RainyWhite






 ピンポンピンポーン!
「はいはーい」
 突然の雨に足止めを食らってふて寝していた俺は、突然のチャイムの音に飛び起きた。
 この威圧的な鳴らし方は嫌な予感がする。ドアを開けると案の定ずぶぬれになった彼女がなにやら興奮気味に立っている。
「フフフ!喜びなさい主人君、あなたは歴史の生き証人となったのよ。降雨実験ついに成功の瞬間のね!」
「この雨紐緒さんのせいですか…」
「当然ね。この天才以外にこんなことが可能な者などいるはずもないわ」
 天才だったら傘くらい持っててくれよ…。我が物顔で家に入ってきた紐緒さんは、てきぱきと命令を下した。
「何をぼっと突っ立ってるの?私はこれから健康上の安全を図るためシャワーを浴びて服を着替えるからあなたはコーヒーでも淹れておきなさい。ない?買ってくればいいでしょう!そう、別に嫌ならいいのよ。嫌ならね」
「買ってきますっ!」
 外に出て空を見上げると、俺の心のように雨がざあざあと降っていた。


 コンビニでコーヒーを買って帰宅する。紐緒さんは既に風呂から上がっているらしく奥の部屋で小型ノートパソコンを叩く音が聞こえた。邪魔をすると怖いので台所へ直行し、言わずもがなのブラックコーヒー。砂糖など入れようものなら冷たい視線が返ってくること間違いなしだ。
「あれ、紐緒さん?」
 カップを2つ持って部屋へ行くと、彼女はどこから出してきたのかおろしたてのYシャツを着用していた。俺が出しておいた水色のトレーナーはきちんと畳まれて長椅子に鎮座している。
「こっちを借りたわよ」
「いや、別に何着たっていいですけどね」
 やっぱり俺の着たトレーナーじゃ嫌なのかなぁ。ちゃんと洗濯はしてあるんだが…。
「誰もあなたの雑菌が付着してるから嫌だなんて言ってないわよ」
「こっちだって言ってませんよ」
「…ふん」
 しばらく沈黙が流れる。彼女はキーを打つ手を止めると、コーヒーに口をつけながらじっと外の雨を見つめていた。雨足が早くなる。奇妙な時間が続いた。
「紐緒さんて白い服が好きなんですか?」
 ふと俺がそんな言葉をもらしたのは、Yシャツ姿が白衣とだぶって見えたからだろうか。彼女はけげんそうな視線をこちらに向けると、天井に目を移して少し考え込む。
「別に好きも嫌いもないわよ」
「はぁ…」
「でも…そうね、どうせなら白か黒がいいわ」
 そこまで言って急に灰色の空に気づいたのか多少不機嫌そうに目を閉じると、コトン、とカップをテーブルに置いた。
「このYシャツは徴収させてもらうわよ。むろんお返しはするわ」
「い、いいですよそんな…」
「他人に負債を作る気はないわよ」
 彼女が立ち上がってから玄関のドアが閉じられるまで、俺はそのままの姿勢で雨の音を聞いていた。雨足はさらに強くなる。ふと自分のコーヒーに手をつけていないことを思い出して、あわててぬるくなったそれを飲み干した。


 翌日の放課後、俺が帰ろうとすると下駄箱に何か押し込まれている。取り出してみれば新品の白衣だ。俺は苦笑しながら広げてみた。バーゲン品のYシャツと特注の白衣では値段的に釣り合うまいに。
 と思ったらポケットに1枚のメモ用紙が入っていた。そっけないが几帳面な文が俺の目に飛び込んでくる。


「差額はコーヒーの分よ」


 俺は白衣を抱えると外に出た。昨日とはうって変わって良い天気だ。でも確かに晴れの日もいいが、たまには嵐もいいのかもしれない。




<END>




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