1ヵ月後 夜――
海羽「戸締り確認ーっと」
海羽「相変わらずあたし達しか住んでないよね。アイドル目指して上京した子とか来ないのかなー」
瑞樹「あたしは、今のままの方がいいな。新しい人が来ても、上手くやっていけるか分からないし」
海羽「もう、ホント瑞樹ちゃん人見知りすぎ」
瑞樹「そ、そういえば、最近瑠璃と一緒に声優の授業に出てるんでしょ? どう?」
海羽「んー…瑠璃ちゃんは頑張ってるよ。順調に上手くなってると思うし…」
海羽「…あたしは全然上達しないけどね。もうミュージカルなんて無謀な夢、諦めた方がいいかも」
瑞樹「ち、ちょっと、そんな簡単に諦めちゃダメよ。ミュージカルに憧れてこの道に入ったんでしょ?」
海羽「に、にゃははは。でもやっぱ、人には向き不向きがあるしさー」
海羽「向いてないって分かってるのに、無理して続けたってしょうがないじゃん…」
瑞樹「海羽…」
 ――――
海羽「ん? 今、何か聞こえなかった?」
瑞樹「や、やめてよ。脅かすつもりなんでしょ」
海羽「いやお化けじゃなくってぇ…。あ、レッスン室の方だ」


瑠璃「あ〜あぁぁ〜〜ぁぁあ〜」
海羽「瑠璃ちゃん!?」
瑞樹「瑠璃…」
瑠璃「あれ? 二人とも、こんな時間にどしたの?」
瑞樹「こっちの台詞よ。こんなに遅くまで…レッスンなら昼にもしてたんでしょ?」
瑠璃「えへへ。でもせっかくレッスン室がある建物に住んでるんだしね。有効に活用しなきゃ」
瑞樹「あんまり無理すると、喉を悪くするよ」
瑠璃「う…そうだね。気をつける」
瑠璃「でも今の瑠璃は何にもできないから……早く一人前になって、みんなの足を引っ張らないようにしなくちゃ」
海羽「…そんなに、頑張ることないよ…」
瑠璃「海羽ちゃん?」
海羽「瑠璃ちゃん、今でも十分すごいじゃんっ!」
海羽「始めて数ヶ月なのに、ちゃんとアイドルとしてやってるじゃんっ!」
海羽「あたしなんて、最初の発表会の時は緊張でボロボロだったのに、瑠璃ちゃんはファーストライブでも堂々としてた…」
海羽「それなのに、何もできないなんて言わないでよっ…!」
海羽「あたしを、置いていっちゃわないでよぉ…」
瑠璃「海羽ちゃん…」
瑠璃「も、もう、何言ってるのかな〜。歌やダンスは海羽ちゃんの方がずっと上じゃない。子供の頃からダンス習ってたんでしょ?」
海羽「そうだけど、そうじゃなくてっ…」
瑞樹「今でも十分ってのは、あたしも賛成」
瑠璃「え…」
瑞樹「瑠璃には、明るくて元気っていう一番の長所があるもの」
瑞樹「瑠璃がいるだけで、周りのみんなが楽しい気持ちになる。あたしみたいに、復讐のために歌っていた人間に比べたら…ずっとアイドルに相応しいと思うわ」
瑠璃「………」
瑠璃「ありがと、二人とも」
瑠璃「でもね、瑠璃、最初から明るかったわけじゃないんだ」
海羽「え…?」
瑠璃「小さい頃はすっごく人見知りだったの。それこそ、今の瑞樹ちゃんよりもずっと」
瑞樹「…ウソでしょ?」
瑠璃「あはは、ちっとも信じてもらえないけどね。本当に、お兄ちゃんの陰に隠れてばかりだった」
瑠璃「けど、お兄ちゃんに言われて、自分から周りに話しかけるようにしてみた。怖かったけど、お兄ちゃんが言うんだからって」
瑠璃「そしたらね、世界が変わったの」
瑠璃「毎日が楽しくて、周りが笑顔で一杯になった。お兄ちゃんがいなくても、元気な瑠璃でいられるようになった」
瑠璃「だからね、瑠璃は思うんだ。頑張ればできないことはないって」
瑠璃「真っすぐ走っていけば、絶対、なりたい自分になれるんだって…」
瑞樹「瑠璃…」
海羽「………」
瑠璃「海羽ちゃん?」
海羽「あ…あたしも一緒に練習する!」
海羽「あたしみたいな下手くそがいたら、邪魔かもしれないけど…。でも…!」
瑠璃「…うん。一緒にやろ」
瑠璃「偉そうなこと言ったけど、やっぱり一人で練習は寂しかったよ〜」
瑞樹「しょうがないわね。あたしも付き合うわよ」
瑠璃「瑞樹ちゃん…」


瑠璃「きゃぁぁぁーー! いやぁぁぁーー!」
海羽「うーん、なーんかわざとらしい」
瑞樹「どうしても棒読みっぽさが残っちゃうね」
瑠璃「そ、そっか。自然な演技って難しいなぁ…」
海羽「うう…自分を棚に上げて人の演技を批評するって、胸が痛いにゃあ」
瑞樹「右に同じ…」
瑠璃「まあまあ、瑠璃がお願いしてるんだから。やっぱり自分じゃ自分の演技はよく分かんないもんね」
智弘「なんだ、こんな所にいたのか」
瑠璃「お兄ちゃん? どしたの?」
智弘「重要な話があるんだ。遅くに悪いけど、ちょっと来てくれないか」


瑠璃「瑠璃が――サニーに出演できる!?」
智弘「ああ、それも前みたいな犬じゃないぞ。レギュラーと言っていいキャラだ」
瑠璃「ど、どどどどうして!? まだ声優でもないのに! あ、エイプリルフールなんだー。もうお兄ちゃんのおちゃめ」
智弘「落ち着け! 瑠璃だけじゃない、唯も出ることになっている」
舞「なるほど、話題作りか」
瑞樹「話題作り?」
琴葉「ほら、よくあるじゃないですか。芸能人に声優をやらせて、マスコミに取り上げてもらおうっていう」
舞「らぶドルの一・二・三期生が揃うとなれば、結構なニュースになるしな」
比奈「理由はどうあれ、大きなチャンスではないでしょうか。評判が良ければ、次のお仕事も来るでしょうし」
海羽「そうすれば一気にプロ声優だよ! やったじゃん瑠璃ちゃん!」
瑠璃「う、うん…。でも…」
智弘「もちろん、お前のポリシー上引き受けられないなら、無理にとは言わないけどな」
瑠璃「あの…お兄ちゃん。瑠璃が前に言ったこと、もしかして覚えてる?」
海羽「なになに、何を言ったの?」
瑠璃「実は…」


瑠璃「あーんもう、頭にくるよぉ」
智弘「なんだ、機嫌悪いな」
瑠璃「瑠璃の好きなキャラの声をね、よく分かんない芸能人が当てたの! しかもヘタクソ!」
智弘「うっ…。いやそのへんは、業界の苦しい事情があってだな…」
瑠璃「そんなのファンの知ったことじゃないもん! ちゃんと声優さんっていうプロの人がいるんだから、芸能人がしゃしゃり出てこないでほしいよ! もーっ!」

瑠璃「…って…」
海羽「わ、笑えないにゃ…」
琴葉「で、でも確かに、芸能人声優はアニメファンからはおおむね嫌われてますね」
瑞樹「そ、そうなの? それってまずくない? これで悪いイメージがついたら、もうアニメの世界にいられないんじゃ…」
比奈「で、ですね。じっくり実力をつけてからの方がいいかもしれません。きっと次のチャンスはあります」
舞「でも、次があると思っていると、実際はなかったりするのが芸能界だからなぁ…」
海羽「瑠璃ちゃんなら――大丈夫だよ! やっちゃえやっちゃえ!」
琴葉「海羽さん、そんな無責任な」
智弘「どうする? 瑠璃」
瑠璃「る、瑠璃は――」

 下手な芸能人が出るべきではないので辞退
 声優一筋で努力してきた人に悪いので辞退
 関係ない! やる!




瑠璃「…ごめん、お兄ちゃん」
瑠璃「やっぱり、瑠璃の実力じゃ出られないよ…」
智弘「そうか…」
海羽「い、いいの瑠璃ちゃん? サニー好きなんじゃないの?」
瑠璃「サニーが好き…だからこそだよっ!」
瑠璃「サニーのような神作品は! 声優陣も一流でなくてはならないッ! 海羽ちゃんもそう思うよね!?」
海羽「え、えーっと、見たことないからわかんにゃい…」
瑠璃「海羽ちゃんは後で正座して全話視聴! ごめんねお兄ちゃん、せっかく取ってきてくれた仕亊なのに…」
智弘「気にするな。唯は出るんだから、不義理にはならないよ」
瑠璃「うん…」 


瑠璃「………」
瑠璃「もし瑠璃が声優になれても、サニーに出るチャンスなんて二度とないんだろうなぁ…」
瑠璃「…悔しいーーー!!」
瑠璃「どうして、どうして今の瑠璃はこんな実力しかないの…」
瑠璃「うわぁぁーーーーん!!」

智弘(その悔しさがお前を強くするんだ…。頑張れ、瑠璃!)
BAD END

瑠璃「小さい頃から声優目指してる人もいるんだろうし…。瑠璃がレギュラーなんてもらったら、そんな人たちに悪いよ…」
智弘「そうか…」
比奈「瑠璃様…なんて欲のない方なのでしょう。私、感動の涙で前が見えません」
舞「けっ、偽善くせー」
琴葉「舞さん、そんな正直なこと言っちゃダメですよ」
瑠璃「………」

 一ヶ月後

瑠璃「舞ちゃん、頼まれてた本買ってきたよ」
舞「おっ、悪いね〜」
舞「芸暦8年になると、近所の本屋に行くのも大変だからさ」
瑠璃「そんなこと言って、棚の上の方だから届かなかったんじゃないの〜」
舞「ムキー! 小さいからってバカにすんなー!」
舞「ん? そっちの雑誌はなんだ?」
瑠璃「声優雑誌。サニーの新キャラ役に決まった人の、インタビューが載ってるみたいなの」
舞「ふーん…どれどれ」
雑誌○○役に決まった守屋美紀さん『何度オーディションに落ちても、めげずに続けたかいがありました! 頑張ります!』
瑠璃「…ねえ、舞ちゃん」
舞「あん?」
瑠璃「もしも瑠璃がこの仕事受けてたら、この人はデビューできなかったかもしれないんだよね…」
舞「アホか!」
舞「それを言うなら、お前がらぶドルになったせいで、他の誰かがアイドルになれなかったかもしれないんだ」
舞「芸能界ってのはそういう所なんだよ」
瑠璃「う、うん、瑠璃はラッキーだったよ…。でも、だからこそ、今以上を望んじゃいけないんじゃないかなって…」
舞「……」
舞「そんなことを言ってる奴は、いずれ今の地位も失うんだからな」
瑠璃「…瑠璃、芸能界には向いてないのかなぁ」
BAD END

瑠璃「要するに上手ければいいんだよね! キムタクは叩かれたけど、三輪明宏はそうでもないし!」
舞「言うだけで上手くなれたら誰も苦労しないぞ…」
琴葉「ほ、本当に大丈夫ですか? 演劇部や放送部の経験があったりします?」
瑠璃「な、ないけど…。ほら、桜木花道だって4ヶ月で全国大会に行ったんだし!」
瑞樹「それは漫画でしょ…」
海羽「もう、みんなどうしてテンション下がること言うかな〜。瑠璃ちゃんが決めたんだから、応援してあげようよ」
比奈「そ、そうですよね。それではデビューのお祝いにお菓子を焼いてきます」
海羽「いやそーゆーことじゃなくってぇ!」
瑞樹「うん…。そうだね、ごめん」
舞「しゃーない。せいぜい応援してやるか」
琴葉「私たちにできることがあったら、何でも言ってくださいね」
瑠璃「みんな…」
瑠璃「うん、瑠璃はやるよ! みんながついていてくれるんだもんね!」
智弘「じゃあ、そう返事をしておくぞ。これから忙しくなるからな」
瑠璃「う、うん…!」

 その日から、瑠璃の猛特訓が始まりました。
 時間はあまりないし、不安も焦りもあるけど、でも…。
 もう後には引けない! やるしかないよ!

 アニメファンの反応は――
 学校では――
 そしてアフレコ当日





瑠璃「はぁ…」
舞「ん? インターネットか?」
瑠璃「うん、サニーファンの掲示板…」
瑠璃「やっぱりって言うか、瑠璃がボコボコに叩かれてる…」
舞「そういうところは見ない方がいいぞ。精神衛生上良くない」
瑠璃「そんなあ! それじゃ瑠璃はどこでサニーについて語ればいいの!?」
舞「こんな時くらいアニオタを止められんのかお前はーーっ!!」
瑠璃「はぁ…。もっともっと練習しなくちゃ」
舞「………」
舞「むーむむむむ」
琴葉「舞さん、難しい顔をしていますね」
瑞樹「牛乳の飲み過ぎでお腹壊したの? まだ伸びるんだからそんなに焦らなくても…」
舞「違うわっ! サニーファンの掲示板とやらを見てたんだよ」
舞「『誰だよ藤沢瑠璃って! 死ね!』みたいな反応ばっかだ」
瑞樹「そ、そうなんだ…」
琴葉「知名度もまだ低いですしね…」
瑞樹「ど、どうしよう。このまま全国に放送されて、瑠璃が日本中から非難されるようなことになったら…」(オロオロ)
琴葉「だ、大丈夫ですよ。私たちが瑠璃さんを信じませんと…」(オロオロ)
舞「えーい、お前らは瑠璃のおかんか!」
智弘「おーい、そろそろパソコン使わせてくれ。アニメ雑誌にコメントを送るんだ」
瑞樹「マネージャー! どうして瑠璃にあんな仕事を持ってきたの!」
琴葉「そ、そうですよ。最後に決めたのは瑠璃さんとはいえ、じっくり育てるのもマネージャーの仕事じゃないですか」
智弘「そう言われてもなぁ…」
舞「真面目な話、成算はあるのか? たまに練習に付き合ってるけど、さすがにプロと比べられるのは厳しいレべルだぞ」
智弘「…大丈夫だよ」
瑞樹「そんな根拠もなしに」
智弘「らぶドル18人の中で、俺が一番良く知っている相手は誰だと思ってるんだ?」
瑞樹「………!」
智弘「あいつは昔から、やるときはやる奴だよ」
舞(そういえば…。あゆみの付き人をした私たちが、レベルの差に落ち込んだとき…)
琴葉(ストリートで活動していた瑞樹さんは実績があったけど、私たちはそうではなくて…)
瑞樹(でも、瑠璃は迷わないで、進むべき方向を見ていたっけ…)

瑠璃『だからこそ、見せなくちゃいけないんじゃないかな。そうだよね、瑞樹ちゃん』
瑠璃『デビューイベントなんだよ。瑠璃たちがらぶドルにふさわしいかどうか、見てもらうチャンスなんだよ』
瑠璃『瑞樹ちゃんはやってきたんだよ。瑠璃たちだってできるよ』

舞「…ま、あの根拠のない前向きさは大したもんだけどさ」
琴葉「いきなり社長に直談判するわ、怖いもの知らずですもんね」
瑞樹「うん…そうだよね。瑠璃ならきっと…」

 学校では――
 そしてアフレコ当日





 スイートフィッシュスクール 高1クラス
瑠璃「おっはよーん♪」
比奈「おはようございます、皆様」
生徒A「あ、瑠璃ちゃんじゃん。なんか久しぶり〜」
生徒B「ずっとサニーの準備だったんでしょ? 大変だね」
瑠璃「もっと練習しないとマズイんだけどね〜。たまには学校行けって、お兄ちゃんに怒られちゃった」
生徒A「まあお兄さんだって、妹がこれ以上バカになったら困るっしょ」
瑠璃「ひっどーい。瑠璃はバカじゃないよぉ」
生徒C「さすが人気アイドル様よね。経験もないくせに、いきなりレギュラーですか」
瑠璃「……!」
生徒C「コネのある人はいいわねぇ」
生徒B「ち、ちょっと、やめなさいよ。自分が声優志望だからって」
生徒C「何よ、本当のことでしょ! 実力もない奴が仕事もらえるって、絶対おかしいわよ!」
比奈「…だったら、貴方も人気アイドルになればいいんじゃないですか」
生徒C「な…!」
比奈「運も実力のうちである事くらい、芸能界の常識でしょう? そうやって愚痴るだけが、あなたの実力ですか?」
生徒C「くっ…。な、何よこのっ…!」
瑠璃「ま、ま、まあまあ比奈ちゃん」
瑠璃「えっとね、瑠璃が嫌われるのは仕方ないよ。確かに怒りたくなる人もいるよね」
瑠璃「瑠璃には、結果を聞いてとしか言えないから…。それで駄目だったら、いくらでも非難してね」
生徒C「………」
生徒C「…ふん! せいぜい公共電波で下手さを晒して、恥をかけばいいわ」
生徒A「何よあれーっ!」
生徒B「瑠璃ちゃん、気にすることないよ!」
瑠璃「…うん…」


比奈「申し訳ありません。出過ぎた真似をしてしまいました…」
瑠璃「そんなことないよっ。比奈ちゃんの気持ちは嬉しかったよ」
比奈「いえ、三期生で瑠璃様と同学年なのは私だけなのですから。私が、瑠璃様をお守りしませんと」
瑠璃「でも、あんなこと言うと比奈ちゃんの人気に関わるから…。もうしなくていいからね?」
比奈「瑠璃様…」
比奈「…瑠璃様は、いつも笑顔なのですね」
瑠璃「そう? 瑠璃、単純だから――」
比奈「そのことが、時々心配になります」
瑠璃「え?」
比奈「海羽様から聞きました。瑠璃様の性格は生まれつきではなく、努力して手に入れたものだと」
比奈「かつての私も、いつも努力していました」
比奈「ひとりきりで寂しいときも、両親に心配をかけないように、お姉様方に嫌われないようにと…」
比奈「いつだって、笑顔という演技を続けていたんです」
比奈「瑠璃様がそうとは言いませんけれど…。先程のようなことを言われても笑顔でいるのは、少し心配になります」
瑠璃「…さっきも言ったけど、瑠璃は単純だから」
瑠璃「だから笑っていれば、本当に楽しいような気がしちゃうんだよ」
瑠璃「でも、本当に辛いときがきたら、それじゃ駄目だと思うから…」
瑠璃「そのときは、比奈ちゃんに弱音を言ってもいい?」
比奈「も、もちろんです! そのときは、きっと私が、瑠璃様をお慰めしますね」
比奈「そうだ。海羽様といえば、今度二人でドラマのオーディションを受けようって話してるんです」
比奈「私たちも、瑠璃様に負けていられませんから」
瑠璃「あ、あはは…。瑠璃が一人前になるまで、少しは待ってほしいなあ」
比奈「ふふ。そんなことを言っていても、瑠璃様の成長の早さはよく知っていますよ」
比奈「さあ、授業が始まってしまいます。教室に戻りましょう」
瑠璃「うんっ」
瑠璃(瑠璃が笑顔でいられるのは――ひとりきりじゃないからだよ)

 アニメファンの反応は――
 そしてアフレコ当日





瑠璃「ごめんね、わざわざ見送りに来てもらって」
海羽「気にしない気にしなーい。今日は瑠璃ちゃんの晴れの舞台なんだから」
瑠璃「うん…」
瑠璃「…ドラマのオーディション、残念だったね」
海羽「に、にゃははー。まあ、一発で受かるほど甘いとは思ってないって」
海羽「…って言っても比奈ちゃんは一発で受かったんだけどね…」
瑠璃「つ、次があるよ! 海羽ちゃん運動神経いいし、アクション系とかなら受かるよ!」
海羽「へーきへーき、心配しなくても大丈夫だって」
海羽「絶対に諦めたりしないよ。ミュージカルは、あたしの子供の頃からの夢だもん」
海羽「ま、道は遠そうだけど、瑠璃ちゃんに追いつけるように頑張るよ」
瑠璃「海羽ちゃん…」
瑠璃「瑠璃なんてまだまだだよ…。これから本番なのに、まだ実感が湧かないんだもん」
瑠璃「子供の頃からアニメを見ていて、声優さんやアニメーターさんは雲の上の存在だったから…。自分が作る側になるって、まだちょっと信じられない」
瑠璃「そんなんじゃ、全然ダメなのにね」
海羽「アフレコが終わって、アニメが放送されれば、いやでも実感するよ」
瑠璃「そうかなぁ…」
海羽「そうだよ。今日はその第一歩なんだからさ」
海羽「ドクマちゃんだっけ? 瑠璃ちゃんがやるキャラ」
瑠璃「う、うん…」
海羽「その子も、今日初めて生まれるんだよ」
瑠璃「うん…」
海羽「放送されたら録音して、毎日合宿所で流してやるニャー」
瑠璃「わぁぁ〜! 恥ずかしいからやめてぇ〜!」

海羽「あそこだよね、スタジオ」
瑠璃「そうだよ。前に六人で来たよね」
海羽「あれから色々あったねぇ…」
瑠璃&海羽「………」
海羽「ほら、そろそろ行かなくちゃ!」
瑠璃「うん…海羽ちゃん」
瑠璃「それじゃ瑠璃、行ってきまーす!」
海羽「がんばれー! フレー! フレー! 瑠ー璃ーちゃーーん!!」
瑠璃(み、海羽ちゃん、そんな大声で…)
瑠璃(…でも、ありがと)


瑠璃「雪見さん、唯さん…」
雪見「いよいよですね、サニーとしても楽しみにしています」
唯「自信のほどはどう?」

 バッチリです!
 サッパリです!




雪見「え…?」
瑠璃「まあ考えてみれば、こんな短期間で演技力がつくわけないですよね!」
瑠璃「でも下手でも一生懸命やることが大事だしー! 経験を積めばそのうち上手くなるしみたいなー」
唯「客はキミの経験値のためにお金を払ってるんじゃないんだぞーーッ!!」
唯「もういい、瑠璃ちゃんの分はボクが二役やる!」
雪見「あっ、唯さん待ってください〜」
瑠璃「こ、ここまできたのに…ここまできたのにぃ〜!」
BAD END

瑠璃「お二人に比べればまだまだかもしれないけど…。瑠璃にできることは、全部やりました!」
唯「そう…。それなら後は、その成果を発揮するだけだね」
雪見「5万人の前で歌うことに比べたら、大したことではないですよ」
瑠璃「はいっ」
瑠璃(でもあのライブの時は、みんなと一緒だった…)
瑠璃(今日初めて、瑠璃一人の力が試されるんだ――!)


音響監督「まあ、瑠璃ちゃんは初めてだからさ。無理をせず気楽にやってよ」
瑠璃「そ…そういうわけにはいきませんっ!」
音響監督「うん?」
瑠璃「このアニメができるまでに、大勢の人が苦労したんですよね?」
音響監督「それはそうだが」
瑠璃「なのに、瑠…わたしの演技でぶちこわしにしたら、お詫びしてもしきれません!」
瑠璃「ドクマちゃんだって、ファンに受け入れてもらえるかは、わたしの責任が重大なんですからっ…!」
音響監督「…そうか」
音響監督「瑠璃ちゃんがその覚悟なら、こっちも遠慮なくリテイクを出すよ。いいね?」
瑠璃「はいっ! よろしくお願いします!」
瑠璃(いよいよだね、ドクマちゃん)
瑠璃(瑠璃、精一杯あなたに命を吹き込むからね…!)

 そして時は流れ…
 放映当日

琴葉「瑠璃さーん?」
琴葉「そろそろ始まりますよー。みんなで見ましょうよー」
舞「ったく、どこ行ったんだ。人がこんな時間まで起きてやってるのに…」
琴葉「そうですねぇ。子供に深夜アニメは辛いですよね」
舞「子供扱いするなー!」
海羽「こちら海羽! 瑠璃ちゃんを捕獲したにゃー!」
瑠璃「ううう…。駄目だよ瑠璃…」
瑠璃「雪見さんも唯さんも、良かったとも悪かったとも言ってくれないし…。きっと話にならないレベルなんだよ…」
舞「今さら何言ってんだ。もうアフレコだって結構進んでるんだろーが」
瑠璃「それはそうだけどぉ…」
瑞樹「見なくちゃ駄目よ、瑠璃」
瑞樹「どんな結果でも、きちんと受け止めるのがプロの責任でしょう?」
瑠璃「瑞樹ちゃん…」
瑠璃「…うん」
海羽「まあ、あたしの演技より恥ずかしいってことはないからさ〜」
瑞樹&比奈&舞&琴葉『うんうん』
海羽「…ちょっち傷ついた」
比奈「さあ、この日のために買った高級プラズマテレビの出番ですよ」
比奈「チャンネルをピッピッピッと」
 BOOOOOOOM!!
一同『………』
比奈「…自分自身の進化が、時々恐ろしくなります」
舞「しみじみ言ってる場合かーーっ!」
海羽「別のテレビ別のテレビー!」
瑠璃「始まっちゃうーっ!!」


テレビ『ちゃっちゃららっちゃらららっちゃ〜』
テレビ『魔法使いサニー ターボR!』
舞「ほうほう」
琴葉「これ、前作見てなくても分かりますか?」
瑠璃「何となくは分かると思うよ」
比奈「あ! 今映ったのが、瑠璃様のキャラクターですよね」
瑠璃「あ、あの。瑠璃の声よりも、作画とか演出とか色々見るべきところが…」
海羽「喋ったぁーー!」
瑞樹「海羽、少し静かにして」
海羽「あう…。ごめんにゃ」
一同『………』
瑠璃(…………)
テレビ『来週もまた見てねー!』
瑠璃「…終わった…」
舞「瑠璃がやってるキャラって、結構憎たらしくないか?」
琴葉「今は敵役ですからね。たぶん中盤あたりで改心するんですよ」
海羽「いやいやいや! アニメの内容よりも、瑠璃ちゃんの声について語ろうよ!」
瑠璃「やっぱり駄目だった…」
瑞樹「そ、そんなことないわよ。新人声優としては十分合格じゃないかな」
比奈「そうです。とてもお上手でした」
瑠璃「駄目だよ! 滑舌は悪いし棒読みくさいしサニー的世界観に合ってないし…」
瑞樹「いや、サニー的世界観とか言われても…」
舞「オタクのこだわりは分からん…」
瑠璃「とにかく、瑠璃のレベルはまだまだだよ」
瑠璃「だから…もっともっと、一杯練習しなくちゃ」
海羽「瑠璃ちゃん…」
比奈「…はい。それは私たちも同じです」
琴葉「満足してしまったら、いつまでも雛のままですものね」
舞「ま、私の仲間なんだ。一流声優を目指してもらわないと困るからな」
瑠璃「…みんな」
瑠璃「これからも、瑠璃のことよろしくね」
瑞樹「瑠璃…」
海羽「…にゃはは」
比奈&瑞樹&海羽&舞&琴葉『こちらこそよろしくー!』
瑠璃「うんっ…!」


瑠璃「お兄ちゃん、こんな所にいた!」
智弘「どうした、そんなに慌てて」
瑠璃「ビデオで見てくれたんだよね? ど、どうだった?」
智弘「前にも言ったろ。それは聞いてくれたファンが決めることだ」
智弘「掲示板を見てきたんだろ?」
瑠璃「うん…」
瑠璃「賛が7で、否が3くらいかな…」
智弘「十分じゃないか」
瑠璃「で、でも! 賛って言っても『新人にしては良かった』とか『期待よりはマシだった』とかそんなので…!」
智弘「唯や雪見だって、最初はそうだったさ」
智弘「最初の一歩はちゃんと踏み出せたんだ。今日くらいは、素直に喜んでおけよ」
瑠璃「お兄ちゃん…」
瑠璃「瑠璃ね、瑠璃…」
美樹「はいそこまでー。感動的なところ悪いわねぇ」
瑠璃「なんで出てくるのよー!」
美樹「こっちはアンタと違って、土曜も仕事なのよ。智弘、会議の準備は出来てるの?」
智弘「徹夜で仕上げたよっ! ったく、俺はいつになったら楽になるんだ…」
美樹「楽になんてなるわけないでしょ。これからは、単独で仕事できるのが一人増えるんだから」
瑠璃「……!」
美樹「あら。『思い知ったかバーカ』とか言ったりしないの?」
瑠璃「…言わない。今は、新人にしてはまあまあってレベルだから」
瑠璃「いつか瑠璃が本物のプロ声優になったら、めいっぱい自慢してやる」
美樹「本当、生意気な子だこと」
美樹「ま、そういうつもりなら、ひとつ嫌がらせでもしてやりましょうか」
美樹「…おめでとう」
瑠璃「――――」
瑠璃「な、な、何よっ!」
瑠璃「あ、あなたに言われたって、嬉しくなんかないもん!」
瑠璃「嬉しくなんか…」
瑠璃「うぇぇ…」
智弘「瑠璃…」

智弘『姉貴、やけに瑠璃には厳しくないか?』
智弘『仲が悪いのは知ってるけど、それにしてもさ』
美樹『当たり前でしょ。あの子のことはよく知ってるもの』
美樹『…あんな泣き虫のバカ妹、こうでもしなくちゃ、芸能界で生き残れるわけないじゃない』
智弘『え…?』
美樹『あたしは歌も踊りもできないけど、芸能界の厳しさはよく分かってる』
美樹『どれだけの新人が、数年と経たずにそのまま消えていくか…』
美樹『…あの子をそんな風には、絶対にさせはしないわ』
智弘『……』
智弘『なんだ。結局姉貴も、瑠璃のことが大事なんだな』
美樹『勘違いするんじゃないの! 会社のために決まってるでしょ!』
智弘『いだだだだ。ギブギブ!』


智弘「………」
智弘「よかったな、瑠璃」
瑠璃「お兄ちゃん…」
瑠璃「お兄ちゃん。瑠璃、頑張るね。今日の気持ち、絶対に忘れない」
智弘「…ああ」
智弘「お前なら、きっと何だって成し遂げられるよ」


司会「それでは本日のゲスト、声優としても活躍中の、藤沢瑠璃ちゃんです!」
瑠璃「よろしくお願いしますっ」
司会「すごい格好ですね〜」
瑠璃「えへへ〜、やっぱり大事なのはキャラクターへの愛ですから! 普段からなりきるようにしてまーす」
司会「やっぱり声優の仕事は大変ですか?」
瑠璃「ちょっとだけ。でもようやく慣れてきたから、そろそろ久し振りに六人でライブしようって、みんなと話してるんですよー」
司会「それは楽しみですね〜。それでは視聴者の皆様へ一言ご挨拶を!」
瑠璃「はいっ…」
  ――やっと。
  胸を張って言える――。
瑠璃「こんにちは! らぶドル三期生、藤沢瑠璃です!」
 FIN








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