「魔法少女エターナルマリア・最終回」

                              作者:月刃歳さん




 エンフィールドの闇、光を持つ者には踏み込めない世界に『彼等』はいた。いや、彼等そ
のものが闇なのだ。
「もはや我々はエンフィールドを支配するには力を失いすぎてしまった」
「あの小娘・・・マリアに構いすぎたのだよ」
「今やふたたび闇の底に眠るしか術はない。それとも永遠に消えるか」
「マリアに一矢も報いずにか?」
「目的をとりちがえるな。マリアがいなくなればエンフィールドの支配などたやすい。時を
待てと言っているのだ」
「愚かな。小娘一人から逃げ回ってなにが出来る」
「マリアをたおす。これは我等『物言わぬ柱』の悲願達成のために避けては通れぬ道だ」
「力が必要だ。マリアに抗することの出来る強大な力が」
 重く、深くこだまする闇の声は、いつしか一人の少女への呪咀となり、夜のエンフィール
ドを走り抜けていった。

「だからおまえは子供だってんだよ。ミルク飲んで寝てな」
「ぶ〜☆またマリアのこと子供扱いしたわね。許さないんだから!」
 夜は闇ではない。安らかに大地を包む月がある。生物の命の輝きがある。そして人間の生
活の灯火がある。宿屋と酒場を兼営しているここ『さくら亭』は、夜のエンフィールドで
もっとも輝いていると言えるだろう。そんな幸福なる喧騒の中に、夜の輝きに楽しみを求め
るにはまだ幼すぎる少女がいた。そう歳は変わらないであろう若者達とともに酒を交えぬ談
笑に花を咲かすその少女こそ、誰あろうマリア・ショートであった。
「まったく、エルもマリアも相変わらずなんだから。今日は一体なんの騒ぎ?」
 カウンター越しにジュースをよこしながら、さくら亭の看板娘パティ・ソールが皆の会話
に入り込む。にらみ合うマリアとエルを仲裁するかのように間に入っている青年が苦笑まじ
りに答えを返す。
「いやなにね、マリアが俺のジョッキを物欲しそ〜に見てたんで、ちょっとだけ飲ませて
やったんだよ。そしたら盛大にひっくり返っちゃって・・・」
 バチコーーーーーン!
 青年の話が終るのを待たずに、パティは回転ののった右ストレートを青年の顔に打ち込ん
でいた。パティはそのまま平然と汚い物でも触ったかのように右手をおしぼりで拭く。
「あんたねえ。マリアにお酒なんか飲ませてなにするつもりだったのよ!」
 もはや慣れているのか、決して手加減されているようには見えなかったパティのコークス
クリューを食らいながらも青年は一瞬で立ち直って椅子に座りなおした。
「俺がマリアになにかしようとするわけないだろ。本っ当にちょっとだけだったんだよ。そ
んなに強いもんでもないし、まさかひっくり返るなんて思わないって」
「なによそれ、アレフまでマリアを子供扱いするわけ!?ほんのちょ〜〜〜〜っとビックリ
しただけなんだから」
 二人の会話が聞こえたのか、マリアが青年、アレフ・コールソンにも喰ってかかる。子供
と言われて突っかかるのは子供の習性のようなもので、それはマリアが自分自身を子供だと
認めているようなものである。
「ま、たしかにアレフも無謀だよな。もしマリアが酔っ払って魔法でも使ってたらパンチ程
度じゃすまなかったろうよ」
 矛先がアレフに向かったマリアを引き戻すかのように、揶揄するような声音でエルがつぶ
やく。本人が意識してそれを行っているのかはいまいち分からない。
「なぁんですってええええええ!?」
 そんなこんなで、エンフィールド名物である『エルとマリアのケンカ』は本日もつつがな
く行われていった。
 さくら亭の夜は、輝いていた。

 月も傾きだした頃、マリア達は今日のところはお開きということで各々帰途についた。エ
ルは武器屋に住み込みで働いているのだが、途中にある公園で寄り道をしていた。さくら亭
の喧騒もさすがに届かず、公園にはエルとエル自身の影しかいないようだった。その静けさ
がかえって先ほどの騒がしさを思い出させてしまう。
「・・・別にケンカしたいわけじゃないんだよ」
 誰にともなく、というより誰もいなかったからだろう。エルはいつも心でつぶやいている
言葉を吐き出した。エルは魔法に卓越したエルフ種族である。だが、そうでありながらエル
はある先天的な理由によって魔法を操ることが出来なかった。同族からもうとまれ、ひとり
エルフの社会を飛び出したエルは、流れ流れてこの街にたどりつき、武器屋で住み込みとし
て働くようになった。弟の仇を追う女性剣士、『英雄』という肩書きとともに重い業を背
負った戦士、亜人種として人間に狙われ続けている女ライシアン、心に強き影と、同じだけ
の優しさを持った青年、そしてエル。この街は、そのような魂の旅をしてきた者にとって休
息の場のようなものなのである。
「私が私でいられるのは、この街しかないんだ」
 もちろんエンフィールドも天国のような街というわけではない。時には差別だってある。
どうしようもない偏見だらけの奴等だっている。だが同時に、馬鹿みたいなお人好しも馬鹿
な目にあいながら笑って暮らしている。
「あいつは馬鹿以外の何者でもないけどな」
 金髪の少女のことを思いだしながら、つい笑みを漏らしてしまう。マリアは魔法第一主義
のような少女で、そのためにエルのことを魔法の使えないエルフだと馬鹿にすることがあ
る。そんなマリアも実際の魔法技術はからっきしで、そのことでエルに馬鹿にされている。
いつのまにかそんな関係ができ上がり、エルといえばマリア、マリアといえばエルといった
ようにエンフィールドで知らない者がいないほどになった。
『力ある者・・・強き闇の魂を持つ娘よ・・・』
「!? 誰かいるのか!」
 突如夜の公園に響き渡った声にエルは身構える。周囲には誰もいない。だがエルは身動き
することが出来なかった。重力でも持っているかのような強力な視線がエルを圧迫する。ひ
とつではない。月が作りだしたあらゆる影から視線という手が伸び、エルを捕まえていた。
『力が必要なのだ・・・あの小娘に抗するための力が・・・我等にはその力がない・・・お
まえの力が必要なのだ・・・』
「私の力が、必要?」
 視線に必死で抵抗していたエルが、その言葉を聞いて気をゆるめる。周りと付き合うこと
を避け、独りで生き、独りで死んでいくのだと信じていたエルにとって、その言葉は甘美で
危険な香りを持っていた。だが、エルの意思などは影の視線にとってはなんの関係もないこ
とだった。エル自身の影が、足元からゆっくりとエルを包んでゆく。
『強き闇の魂を持つ娘・・・マリアをたおす力・・・』
「(・・・マリアを、たお・・・す・・・?)」
 靄のかかりだしたエルの頭に、金髪の少女の姿が浮かぶ。しかしそれも一瞬のことで、エ
ルの意識は深い闇の世界へといざなわれていった。

 夜の公園を一人の酔っ払いが意味不明に叫びながら通りすぎてゆく。その数瞬前にその場
で繰り広げられた異様な出来事を知ることもなく。
 すべてを知っているのは月だけである。月は安らかに輝いていた。


 朝は始まりの時間である。もちろん夜でこそ生きることの出来る者もいるだろうが、太陽
は相手を選ぶことなく眠りの淵に光を差し込み、夢の世界を切り裂いてゆく。そう、太陽は
そこが夢の世界でないということを否応なく思い知らせてくれる。現実を生きねばならない
ことを。
「う〜、頭痛いよお」
「ホントに〜?お酒飲んだったって、ほんの一口だったじゃない?マリアってばお酒弱いん
だね」
 マリアと、学友のトリーシャ・フォスターは学園寮からではなく、それぞれの家から通学
をしている。そしてマリアの通学路上にトリーシャの家があるため、自然と一緒に登校する
ことが多かった。トリーシャも昨夜のさくら亭でマリア達と同席していたので、事の一部始
終は知っている。
「ぶ〜☆お酒なんて弱くたっていいもん。あんなの全然美味しくないし、なんでみんな飲み
たがるんだろ」
 愛敬のある顔をふくらませながら学園への途を進んでゆくマリアに、つと学園の方から
走ってくる人影が目にはいる。無論のことトリーシャにもその姿は見えており、頓狂な声を
あげた。
「あっれ〜、シェリルじゃない。なんでこっちに来てるんだろ。学園お休みなのかな」
 走ってくる人影、シェリル・クリスティアが近づいてくるにつれてすこしずつその表情が
見えてきた。焦燥とも、脅威ともとれる切羽詰まった表情はすくなからず非常事態であるこ
とを告げている。頭痛を訴えていたマリアも一気に意識が覚める。
「はあ、はあ、マリアちゃん!マリアちゃんだよね!?」
 息を切らせながらようやく二人の許へたどりついたなり、シェリルはマリアにしがみつい
てしきりに叫んだ。マリアもトリーシャも、シェリルがなにを言っているのかをまったく理
解出来ずにただ顔を見合わせる。正確にはなにを言っているのかは分かる。ただしその言葉
にどのような意味があるのか、についてはまったく分からないという状況である。
「シェリル、一体どうしたのよ。それじゃ全然分かんないよ」
 トリーシャがシェリルをマリアから引き離してゆさぶる。シェリルはまだ平静を取り戻せ
てはいないようだが、すこし落ち着いた様子で呼吸を整え、途切れ途切れに喋りだす。
「あ、あの、学園のグラウンドに、マリアちゃんを探してる人がいるの。でも・・・」
 シェリルはそこで言葉を止めてうつむいてしまう。トリーシャは困惑した様子でマリアを
見つめ、マリアはなにかを予感して息を飲む。
「(・・・『物言わぬ柱』が学園に現われたんだ。マリアをねらって)」
 マリアはこれまで何度も不可思議な事件に遭遇し、解決してきた。そしてその裏に大きな
陰謀が存在することを知った。エンフィールドの誰も知らないところで張り巡らされた『エ
ンフィールドの戦闘国家化計画』。そしてその計画を画策する組織が『物言わぬ柱』なので
ある。マリアにとって、そして彼等にとって、お互いにたおすべき存在となっていた。
「わかったわ。マリアを待ってるのね」
 静かに決意をかためたマリアに、トリーシャは一瞬驚きの表情を浮かべ、そしてゆっくり
と、しかし力強く語りかける。
「マリア・・・君が独りで、なにかすごく危険なモノと戦っていることは知ってるよ。待っ
てるのって、そいつらなんだろ?」
 今度はマリアが驚く番になる。シェリルの方を見ると、シェリルもまた、悲しげな、慈し
むような瞳でうなづいた。
「私達、いつもマリアちゃんに助けてもらってた。マリアちゃんが何も言わなくたって、み
んなちゃんと知ってたよ。みんな、本当はマリアちゃん一人に危険なことはさせたくないっ
て思ってた。でも、いつものマリアちゃんはどんなときも明るくて、ちょっとドジで、みん
なをあたたかくしてくれて・・・何も言えなかったの。いつものマリアちゃんがいなくなっ
ちゃうんじゃないかって、マリアちゃんの笑顔が消えちゃうんじゃないかって、恐かった
の・・・」
 最後のほうは涙声になってしまっていた。トリーシャも顔を伏せて肩をふるわせている。
そして、マリアも。
「ありがとう・・・ありがとう!」
 マリアは思わずトリーシャとシェリルに抱きついていた。3人で抱きあって泣いていた。
独りで戦っていたと思っていたマリアを、心の中で応援してくれていた二人の想いに、何も
出来ずにただマリアの無事を祈ることしか出来なかった辛さと、本当の心を打ち明けること
が出来、そしていつもと変わらない笑顔を見せてくれたマリアに、涙を流すことしか出来な
かった。
 ほんの一分も経ってはいなかっただろう永遠の時が過ぎ、マリアは二人から離れ、笑顔で
言葉を紡いだ。涙は、止まらない。
「大丈夫。みんなが応援してくれるから、マリア、頑張れるよ。絶対に帰ってくる。マリア
はどんなときだってマリアだよ☆」
 マリアの笑顔に、二人も精一杯の笑顔で応える。止めてしまいたい。『行くな!』と言い
たい。マリアもその気持ちに気付いている。だからこそ笑顔で、明るく言ってくれているの
だ。
「嘘だったら承知しないよ。お昼おごってもらうだけじゃすまさないからね」
「マリアちゃん。私、信じてる」
 二人がそれぞれの励まし方でマリアを送る。マリアの決意が変えられるものではないと分
かっている。笑顔で送ることが今マリアに出来る最高の応援だとわかっている。
「うん☆ じゃあ、ちょっと行ってくるから」
 先生から呼びだしを受けたような軽い口調でマリアは学園にむかってゆく。シェリルはい
つもの内向的な性格からは想像出来ないようなしっかりとした瞳でその背中を見送った。
「(マリアちゃん。グラウンドで待ってるのは・・・きっとマリアちゃんが一番戦いたくな
い相手だと思う。だけど、絶対に目をそらしちゃダメ。マリアちゃんしか、彼女を救けられ
ないから)」


 どうやら学園のグラウンドにも校舎にも誰も残ってはいないようだった。皆すでに避難し
たのか『物言わぬ柱』が露払いをしたのかは分からないが、マリアにとってはそのほうが都
合がよかった。だがグラウンドで待っているハズの相手すら、なぜかいなかった。
「マリア、来たわね。私が戦うべき相手、たおすべき敵」
 声は、校舎のほうから聞こえた。だが正確には太陽が大地に落とした、校舎の影から聞こ
えた声だった。校舎の影から、雲が千切れたようにひとつの影の塊が校舎の影を離れ、マリ
アのほうへやってくる。その影からゆっくりと人が浮かび上がってくる。小柄な、金髪の少
女が。
「あ、あなたは・・・誰!?」
 目の前で起きたことを否定したいマリアに、影から現われた少女は残酷な笑みを浮かべて
優しく答える。
「私はマリア。闇の救世主、シャレイド・マリア」
 闇の救世主を名乗る少女の背を、神々しく太陽の光が照らす。太陽の光は、マリアに目の
前の出来事が夢ではないことを思い知らせていた。

「そ、そんな、マリアはマリアだけだもん!正体を現わしなさいよ、このニセマリア!」
 興奮してまくしたてるマリアに、シャレイド・マリアは微笑みをくずさないまま近づいて
くる。
「私が誰かなんて関係ないでしょ。大事なのは、私がなんのためにここにいるのかじゃない
の?」
 その言葉と同時に、シャレイド・マリアから強烈な殺気が沸き上がってくる。マリアは突
き刺さってくる殺気に圧倒されて跳び下がり、臨戦態勢をとる。目をつぶって両手を胸の前
であわせ、空へなにかをささげるようにゆっくりと上へ挙げる。
「心ある精霊達、私にその声を聞かせて、私のこの声に応えて!エーテル・インティグレイ
ト!」
 マリアの叫びに呼応して、マリアの周囲にプリズムのような光があふれる。次第に輝きは
おだやかになってゆき、最後には銀色のローブとなってマリアをゆったりと包みこんだ。
 普段のマリアは魔法を使うとほぼ間違いなく失敗をしてしまう。だがそれはマリアに魔力
が足りていないのではなく、彼女の周囲にあまりにも沢山の精霊が存在するからであった。
マリアは生まれた瞬間に、すべての善なる精霊からの祝福を受けた。それがなぜなのかは分
からないが、逆にそのことで、マリアは精霊の統御に通常よりはるかに複雑な構成が必要と
なってしまっていた。そのことをマリアが知ったのは、マリアが最初に『物言わぬ柱』の造
り出した魔法生物に出会い、精霊の加護を無力化する魔法を受けたときだった。その魔法に
よってマリアは初めて自分を守護する多数の精霊の姿と、精霊がマリアに語りかけ続けてい
た声を感じることが出来た。結局魔法生物の魔法はマリアの精霊の加護を無力化するには力
が足りず、精霊と心を通わせたマリアに返り討ちにあった。そして、それがマリアと『物言
わぬ柱』との、静かで激しい戦いの始まりでもあった。
「ふふっ、それがあなたの力?そんなものに手も足も出せなかったなんて、あいつらも所詮
単なるカビの生えた過激派ね」
 具現化してマリアを包む精霊を見ながらも、シャレイド・マリアは殺気を帯びた微笑みを
浮かべたまま近づくことを止めない。
「あいつら?『物言わぬ柱』のこと?あんたはあいつらが生んだんじゃないの?」
 シャレイド・マリアが近づくのにあわせて後退しつつ、マリアが聞き返す。シャレイド・
マリアはクスクスと笑い声をあげて両手をひろげる。
「あいつらはあなたをたおすために私の力が欲しいって言ってきたの。そしてあいつらは私
の中に眠る力を目覚めさてくれたわ。だけどあいつらには私を押える力すらもう残っていな
かったみたい。私が好き放題やってるのをなにもせずに見ていたわよ。アハハハハ!」
 空を仰いで笑いだしたシャレイド・マリアの足元の影が序々に波打ちだし、胸の高さにま
で跳ねるようになった。校舎の影もシャレイド・マリアの影にすこしずつ集まってきて、す
でにマリアに届くほどになってきていた。
「『物言わぬ柱』の命令じゃないなら、なんでマリアをねらうのよ?あんたの勝手にすれば
いいじゃない!」
 一瞬、シャレイド・マリアの瞳から笑みが消える。顔は微笑みを浮かべてはいるものの、
さらに激しくなった殺意が彼女の感情を如実に示している。
「だめ・・・あなたがいると、私が私でいられないのよ!」
 シャレイド・マリアとともに、その影も叫び声をあげる。シャレイド・マリアを完全に包
み、それだけでは足らずに小山程の大きさにまで膨れ上る。校舎の3階まで届きそうな巨大
なドームとなった影が小さく震えたかと思うと、見る間にその姿を変化させた。大きさはそ
のままに、左右にひろげられた翼、太陽を射るように突き上げられた首、それは黒いドラゴ
ンの姿であった。ドラゴンの口からではなく、おそらく影の中心にいるであろうシャレイ
ド・マリアから声が響く。
『誰かに護ってもらわないと、なにも出来ない子供のクセに!』

 影のドラゴンが咆哮とともに黒い炎の光線を打ち出す。マリアは軽くドラゴンの頭の高さ
まで一気に跳躍してかわした。自分を護る精霊と心を通わせている状態の今のマリアは、詠
唱や予備動作なしで通常の魔法を凌ぐ力をごく自然に行使することが出来る。
「あんたなんかに子供だなんて言われたくないわよ!自分だってマリアとおんなじカッコし
てんじゃない!」
 マリアの手に集まった風が小さな台風のような渦を巻き、ドラゴンに向けて飛んでゆく。
そのままドラゴンは風の直撃を受けたが、影で出来ているハズの体は揺るぐことなくマリア
を睨みすえる。着地したマリアに向け、ふたたび黒い火線を吹き出す。
『一人じゃなにも出来ないから子供だって言ってるのよ!私はどんなときだって一人で生き
て来た!』
 マリアが手を前にかざすと、氷の壁が発生してドラゴンの火線を遮る。火線を受け止めな
がら、マリアはシャレイド・マリアの言葉を咀嚼していた。
「(・・・あいつ、マリアのことを昔から知っている?)」
 考えれば考えるほどまとまらない。いつのまにやら上の空でドラゴンの火線を防ぐだけに
なっていた。
『なにチョロチョロ逃げてるのよ!いつもみたいに突っかかって来ないと面白くないじゃな
い!』
「うっさいわね、あんたが変なことばっかし言うから悪いのよ!マリア、ドラゴンの知り合
いなんか・・・」
 売り言葉に買い言葉で出てきた言葉が、マリアにある一人の女性の存在を思い出させる。
邪竜の魂を前世にもち、その封印のために魔法を使うことが出来なかったエルフの女性。
「エル!」
 ドラゴンの動きが止まる。向き合う二人の間を沈黙が支配し、その沈黙が答えであること
をマリアは理解した。
「本当に、エルなの・・・なんでマリアがいると、エルはエルでいられないの?どういう意
味なの!?答えてよ!!」

 影が造った邪竜は、砂の城が風に吹かれていくように、ゆっくりと散っていった。残った
のはシャレイド・マリア・・・『物言わぬ柱』によって魂の力を解放したエル・ルイスだけ
だった。マリアはなおも言葉を続ける。
「たしかにマリアは子供だよ。でも今のエルなんて駄々っ子じゃない!一人で生きるって、
そんなに偉いことなの!?」
「うっとおしいんだよ、お前は!!」
 マリアの言葉を遮って、エルはドラゴンのときと同じように黒い火線を打ち込む。マリア
は回避せずに白く輝く光を真正面から火線にぶつけた。
「お前とセットにされて扱われるのがイヤなんだよ!お前がいなくたって、私は私なんだ!
みんなにおんぶだっこされて生きてきた奴と一緒になんかされたくない!」
「エルはエルだよ!なんでそんなこと考えるの!?それに、エルは独りで生きてきたんじゃ
ないハズだよ!独りで生きていけるわけ、絶対にないんだから!」
 互いの光は中央で弾けあい、均衡を保っていた。火線に乗って、二人の心もまた、ぶつか
りあう。
「独りじゃないんだよ。みんなエルのことを分かってる。エルを応援してくれてるよ!」
 マリアはトリーシャとシェリルとの会話を思い出していた。マリアは自分に存在する精霊
の加護と、その力を知ったとき、自分が自分ではないような感覚に襲われた。今まで散々魔
法を失敗していた自分が、なんの苦労もなく、ただ思うだけで常識を超えた力を使うことが
出来た。そんな自分がこわくなった。だから、誰にも言えなかった。誰にも見せられなかっ
た。その力を『物言わぬ柱』に対してのみ使うことで、それを宿命のようなものだと無理や
り納得させていた。誰かによって戦わせられているのだと言い聞かせて。
『マリアちゃんが何も言わなくたって、みんなちゃんと知ってたよ』
『何も言えなかったの。いつものマリアちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって、マリ
アちゃんの笑顔が消えちゃうんじゃないかって、恐かったの・・・』
 いつしかマリアは自分自身を演じようとしていたのかもしれない。精霊の力で戦う自分を
否定するために、無理に『本当の自分』というものを作り上げてきていたのではないか。そ
の思いを皆は気付いていた。そして、マリアのために黙っていてくれていた。マリアに普通
ではない力があることもきっと知っているだろう。それでも皆は支えてくれていた。戦いに
疲れてしまったときもあったが、そんなときにも皆と会えたら元気になれた。決して独りで
戦っていたのではなかった。
「(宿命なんかじゃない、誰の命令でもない、マリアはマリアの意志で戦ってたんだ!みん
なを守りたかったから!みんなと笑っていたかったから!)」
 マリアの光がエルの黒い光をすこしずつだが押し返し始めた。戦っているのはマリアとエ
ルだけではない。皆の想いがマリアに力を与えていた。
「そうやってお前は人から助けてもらえないと生きていけないんだ!私は、私は、いつだっ
て独りだ!」
 エルの叫びがふたたび光を均衡へと押し戻す。エルの叫びは、エル自身の心も深く傷つけ
ていた。心の傷口からあふれる血がエルの瞳からこぼれ、頬を流れてゆく。シャレイド・マ
リア・・・エルは無意識のうちにマリアに憧れていた。マリアがいることで、エルは自分が
マリアのような存在を求めてしまうことを知り、マリアがいると自分が自分でいられないと
感じたのである。そして、シャレイド・マリアとなり、マリアをたおすことでマリアのすべ
てを手に入れようとしていた。
「エル。エルは独りなんかじゃないよ・・・独りだなんて・・・言わないでよ。トリーシャ
だって、マーシャルだって、みんなみんな、エルのことを分かってる。いつもエルのことを
見てるよ」
 エルの頬を伝う光に、マリアもエルの心を理解する。エルが否定しているのは他人と支え
あって生きてゆくことではない。今まで独りで生きてきたと信じていた自分が、他人と心を
通わせることが出来るのかが信じられないのだ。
「だって・・・私は、みんなになにも出来ない。みんなを分かることだって・・・」
「マリアだってなにも出来ないよ。でも、なにかして欲しいから、分かって欲しいから一緒
にいたいんじゃない。きっと、逆なんだよ。好きだから、その人を知りたくて、その人の力
になりたくて、一緒にいるんだよ。今、エルのことすごく知りたい。エルの力になりたい」
「・・・・・・マリア」
「エル。また一緒に、ケンカしようよ」
 刹那、エルの手から火線は消滅する。白い光芒がエルを包みこみ、そのまま突き抜けてゆ
く。光が去ったあとには、メッシュの入った緑の髪に均整のとれた容姿のエルフの女性、い
つものエルの姿があった。邪竜の魂はマリアと、マリアに力を与えてくれた者、そしてエル
自身の心によって、ふたたびエルの中に封印されたのだろう。マリアは気絶しているエルの
元へ歩み寄り、嬉しそうに見下ろした。
「もうマリアのこと子供だなんて言わせないんだから☆」


「やっほー、マリアだよ☆ みんなそろってる?」
 マリアがマーシャル武器店に顔を出すと、カウンターを挟んでシェリルとトリーシャ、そ
してエルが揃って座っていた。マリアが入ってくるなり、トリーシャが抗議の声をあげる。
「おっそーい、マリアが最後だよ」
「ごめんごめん。夜鳴鳥雑貨店にマジックアイテムが入荷してないか見てきたの」
 全然申し訳なさそうに謝るマリアに、シェリルは思わず笑みを漏らした。反対に、エルは
頬杖をついて憮然とした目でマリアを見ている。
「やれやれ、人には『絶対に遅れるな』なんて言っておきながら自分が一番遅れるんだから
世話ないよな。これだからお嬢様は」
「ふーんだ、駄々っ子〜!」
「駄々っ子はおまえだろうが!」
「マリアもう子供じゃないもん!」
 さっそく始まったエンフィールド名物にトリーシャとシェリルは肩をすくめる。あの日、
マリアは銀色のローブをまとって、手にエルを抱きかかえて二人の元に帰ってきた。そして
『ただいま』と言って最高の笑顔を見せてくれた。マリアは自分がいままで戦っていたこと
を隠していた理由と、自分に存在する精霊の力を教えてくれた。ともにすこしではあるが感
づいていたことであったが、マリアからそれを話してくれたことが嬉しかった。マリアはい
つもとまったく変わっていなかった。マリアはどんなときだってマリアだ。そのことを、誰
よりもマリア自身が認識出来たことで、なにか吹っ切れることが出来たのだろう。
 マリアとエルとの間でどんなことがあったのかは分からなかったが、なぜかエルが3人に
おごってくれることになったらしい。もっとも、本人の預かり知らぬところでマリアが勝手
に決めたことだったため、事後承諾のようなかたちになったのだが。そして今日がその約束
の日なのである。
「ほら二人とも、ケンカだったらさくら亭でも出来るじゃない。もうボクお腹ペコペコなん
だから行こうよ〜!」
 延々と続く口ゲンカを見かねてトリーシャが二人をせかす。ケンカの張本人だったはずの
マリアもコロッとひっくり返ってすでにマーシャル武器店の外に出ようとしていた。
「マリアもお腹ペコペコ!エルのおごりなんだから高いのジャンジャン食べちゃお☆」
「おまえなあ・・・お嬢様のクセにせこいんだよ。・・・まあいいや。マーシャルにカウン
ターに立ってもらうから先に行っててくれ。多分途中で追い付けると思うからさ」
 マリアの変わり身の速さとせこさに呆れながらエルはカウンターを立って奥に入っていっ
た。
「はい。じゃあ先に行ってますので。トリーシャちゃん、行こう」
「エルー、早く来ないと先に食べちゃうからね〜」
 店を出ていく二人の背中を見ながら、マリアは店の前でエルを待つことにした。
「あいつバカだから、一人にさせるとすねちゃうもんね☆」
 空を見上げると、太陽が神々しく輝いていた。その輝きは、マリアに今起きている出来事
が夢ではないことを教えてくれた。
                                      <完>


>あとがき
 実はこの作品は「悠久大辞典」にあった「マリア・アダルトバージョン」の項が元ネタに
なっています。でも書いているうちにドンドン設定が変わり、アダルトチェンジはしない、
リスはしゃべらない、必殺技はないというものになりました。それでも魔法少女を名乗らせ
るんだからアレですが。オチだけ思いついたので、いきなり最終回にしました。実はこれが
俺にとって初めての1話完結ものです。っていうか初めて完結出来たSS。
 まだまだ未熟ではありますが一応はこれを仕事にしたいと夢見ております。どうかあたた
かい目で見守ってくださいませ。それではまたいつかどこかで。         月刃歳


# 感想は月刃歳さんまで