レミットの誕生日に



「明日は姫さまのお誕生日でしたよね」
「んなっ!」
 隠しておいたのをあっさりアイリスさんにばらされて、レミットは思わず抗議の声を上げました。
 といって本当はお祝いしてほしかったのでひそかに嬉しかったりします。
「へー、そうなんだぁ」
「それはズバリお祝いしなくてはいけませんねぇ」
「いいいいわよ別にっ。もうそんな歳じゃないしっ」
「え、レミットって何歳なの?」
「…ほっといて」
 レミットは今年13歳になります。キャラットよりまだ年下で、この中では一番小さいのでした。だから歳のことはあんまり言ってほしくないのです。
 …でもお祝いはやっぱりしてほしいのでした。困ったものですね。
「ですのでもう少し急いだ方が良くはないでしょうか? そろそろ次の街ですから、今日中に着いておけば明日はお祝いできますよ」
「だ、だから誕生日なんてどうでもいいもん」
「『うんそうね急ぎましょう』と言っているようですね」
「勝手に翻訳しないでよメイヤー!」
「それじゃ早く行こうよ」
「ばかぁ!」
 ぶつぶつ言いながらついていくレミットですが、数分後一番早足で歩いていたのはやっぱりレミットでした。

 急いだかいがあって夜には次の街に到着しました。疲れ果てた一行はその晩はぐっすり眠って翌日。
 まずレミットはベッドから出てきません。
「あのぅ姫さま、貴重な誕生日なんですから早くお起きになって…」
「ね、眠いんだもん」
「いけませんねー誰かがベッドから引っぱり出してくれるのを待ってるんですね。まったくもってお子様の証拠」
「起きるわよ起きればいいんでしょ!」
 宿屋で朝食を取った後も、外に出ていこうとしません。
「ねえレミット、プレゼント選びに行くんじゃないの?」
「た、誕生日なんて関係ないもん」
「姫さまそんな…」
「いけませんねー誕生日とは古来自らが一つ成長を刻んだ証として決意を新たにする大事な日なのです。まわりの人たちに感謝し、お祝いは素直に喜ばないといけませんね」
「か、関係ないわよ。ばかぁ…」
「私のどこがバカだとゆーーんですか!!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
 こうしてレミットは外に連れ出されました。アイリスさんちょっと落ち込んでます。
「メイヤーさんて姫さまの扱いがお上手ですね…。私自信なくしました…」
「いやあ児童心理学に基づく知性のなせるわざですよ」
「(後で覚えてなさいよ…)」
 さてこの街はそれなりに賑やかで、キャラットは例によって好奇心いっぱいできょろきょろとあたりを見回していました。花屋さん、武器屋さん、お土産屋さん、いろんな店がいろんな人と一緒に立ち並んでます。
「ねえねえ、レミットは何がほしいの?」
「『何もいらない』なんて言ったら本当に何も買ってあげませんよ」
「う…え、えーと」
 何となくほしいものはいろいろ目に入ってきますが、あらためて聞かれると悩むものです。自分で買うならともかく人に贈ってもらうのですから。
「えーとっ」
「姫さま、そんなに焦らなくてもいいですからゆっくり選びましょうよ。ね?」
「う、うん」
 それから4人は街の中をあれこれ話しながら歩いていくのでした。

「(あ…)」
 プレゼントの中身より、プレゼントを贈ってくれる人がいること、今こうして一緒に歩いてくれる人がいること、その方が大事かもしれません。できたらずっとこのままで…
 でもそれはできない相談です。レミットたちは旅の途中で、その旅もいつかは終わりが来るのですから。
「…なにがいいかなー」
 考えれば考えるほど欲しいものは遠くなります。レミットは少し怒ったように立ち止まりました。
「姫さま?」
「なんでもいい」
「はい?」
「くれるならなんでもいいってばっ。だいたい『これ買って』なんて言えるわけないじゃない子供じゃあるまいし!」
「ボクは別にいいと思うけど…」
「わ、わたしはキャラットとは違うんだからね!それじゃ先に帰ってるから」
「あ、姫さまお待ちください!」
 レミットとアイリスさんは小走りに駆けていき、雑踏の中にキャラットとメイヤーさんが残されます。
「ど、どうしようメイヤーさん?」
「んーなんでもいいと言うからにはなんでもいいんでしょう。私はひとつ意表を突く品物を探してきます」
「突いてどうするの…」
「いやぁ」
 メイヤーさんは眼鏡を直すと、レミットの行った方を眺めながらくすくす笑いました。
「あの子はなんでも嬉しいんですよ。私たちがあの子のために選んだものなら、ね」


 いきなりレミットが立ち止まったので、アイリスさんは思わずぶつかりそうになりました。
「ひ、姫さま?」
「…あのねアイリス」
 レミットはもじもじしていましたが、もう13歳になったのだからと勇気を出して口にします。
「あ、あのね…。アイリスに買ってほしいものがあるの」
「は、はいっ。なんでしょう?」
「えとね…。耳貸してよ」
 アイリスさんはしゃがみこんでレミットの口に耳を近づけました。レミットは赤くなってぽそぽそと耳打ちします。
 アイリスさんは少し驚いて、少し困った顔で、でもレミットの心配そうな顔に、安心させるようににっこり微笑みました。
「わかりました…。必ず、姫さまに似合うものを見つけてきますね」
「や、約束だからね。それじゃ先に帰ってるからっ」
 真っ赤になったレミットはすたすたと歩き去ります。こんなことキャラットやメイヤーさんのいる前では恥ずかしくて言えないのです。そんなレミットを、アイリスさんは少し目を細めて見送るのでした。


 メイヤーさんはどこかへ消えてしまったので、キャラットは何を贈ったらいいか自分で頭をひねらなくてはいけませんでした。
「うーん、おもちゃとかお菓子とかかなぁ。でもレミットだからそんな子供っぽいものって怒るかな?」
 そんなに急いで大人にならなくてもとキャラットは思うのですが、レミットは違うのでしょうか。いつも彼女が何を怒っているのかよく分からないのですが、せめて誕生日くらいは笑っていてほしいと思うのです。
「うん…やっぱりこれにしよっと!」


 ぼすーん、と宿屋のベッドに飛び込みます。レミットはプレゼントは何かな、とか、なんて言ってお祝いしてくれるのかな、とか、そんなことを考えながら思わずにへ〜として、はっと自分の口を押さえるけれど、やっぱり我慢できずにくふくふ笑いながらベッドの上でゴロゴロしていたりしました。
「ただいまーっ」
「きゃぁぁ!」
「ど、どうしたのっ?」
 キャラットの声に天井まで飛び上がり、抱えていた枕を思いっきり投げすてると表情を整えて、なんとかいつものレミットで出迎えようとします。
「な、何でもないわよ?わわ、わたしがどうしたっていうのよ」
「何でもないならいいけど…はいっ、お誕生日おめでとう!」
「え…」
 キャラットが差し出したのはきれいな花束でした。黄色とピンクのお花が元気に咲いていて、きっとキャラットがレミットのために一生懸命選んだのでしょう。
「あ、ありがと…。もらっておいてあげる」
 ああ、こんなふうに言いたいんじゃないのに。レミットは花束を抱きしめると思わずそれで顔を隠しました。ちゃんとお礼しなきゃ、お礼しなきゃ。
「あのぅ…気に入らなかった?」
「ば、ばか、そんなわけないじゃない……すごく……嬉しい」
 キャラットはほっとしたようににっこり微笑むと、花束を持ってない方の手を取ってもう一度言うのでした。
「お誕生日おめでとう!」
 …ありがとう、という小さな声は花束にくぐもってしまいます。こんな風に、キャラットみたいに素直に笑ったり喜んだりできたらいいのに。
「やっ、盛り上がってるようですね」
「メイヤーさん」
 メイヤーさんはにこにこしながら部屋に入ってくると、ちょっと心配げなレミットに向かって案の定講釈を始めました。
「やはり誕生日ということですから頭脳の成長を願うということで私は書店を中心に贈り物を探してきました。基本的には歴史書!しかしあなたに分かるレベルのものというとなかなかなくてですねー」
「わ、悪かったわね!」
「ま、こんなところで手を打ったわけです。お誕生日おめでとうございます」
「あ…ありがと…」
 メイヤーさんにしては珍しくきちんとラッピングしてあるその包みは中身はやっぱり本のようでした。はやる手つきでレミットが開けると、中から出てきたのは古びた地図と一冊の本。
「その地図はね、私が子供のころ家の蔵書の中から見つけたものなんです。マチャピチャ遺跡の場所を示すヒントらしいということが分かりましてね。自分が見つけるんだって本はあさるわ怪しい場所には旅に出るわ。ま、今と変わりませんが」
「そ、それで見つけたの?」
「ええ…別の人がね。それ、その本の作者ですよ」
 レミットがあらためて見るとそこにはメイヤーでない名前が書かれていました。
「ふぅん…残念だったわね」
「いえ、競うようなものじゃありませんからね。何かを探すのは楽しいことですから。その本、面白いですよ」
 メイヤーさんは眼鏡の奥で本当に楽しそうに話します。それは彼女が常に目標を持ってるからだと、以前本人が言っていました。レミットに見つかるのでしょうか。
「姫さま〜」
 最後に荷物をかかえてアイリスさんが帰ってきます。
「アイリス?何買ってきたのよ」
「いえ、宿屋さんが台所を貸してくださるそうなので今夜はごちそうにしようと…。それからこれを」
 材料を脇に下ろすと、アイリスさんは別の包みを取り出しました。もちろんこちらはプレゼントです。
「姫さま、お誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとう…アイリス…」
 レミットは急いで包みを開けます。中から出てきたのは…可愛いエプロンでした。
「わあ、いいないいな!」
「それを着て発掘でもするんですか」
「するわけないでしょ!これでアイリスに料理を教えてもらうのよ!」
 は?という顔の2人にますますレミットは怒りますが、アイリスさんは苦笑するとそっとレミットの手からエプロンを取って、そのまま着せてあげました。
「よくお似合いですよ、姫さま」
「そ、そう…?」
「馬子にも衣装というやつですね」
「怒るわよ…。わたしだってね自分のご飯くらい自分で作れるようになるんだから!いつまでもアイリスに面倒ばかりかけないんだからね、だから…」
 いきなりレミットの視界が暗くなりました。顔に何か柔らかいものが触れています。自分がアイリスさんに抱きしめられていると理解するまで少しかかりました。
「アイ…リス?」
 見上げたアイリスさんの顔は少し寂しそうで、でも少し嬉しそうで、エプロンを着たレミットはどうしていいか分からなくて、アイリスさんの胸に顔を埋めます。
「さ、…それじゃ下に行ってお料理を始めましょう」
「う、うんっ」
「及ばずながら私もご尽力します」
「ボクもボクもーー!」
 一緒に階段を下りていきます。右手はアイリスさんとつないだまま。
 もちろん食事も作れるようになりたかったけど…本当はアイリスさんに喜んでもらいたかったのです。アイリスさんに誉めてもらえるようになりたかっただけなのでした。
 いつかアイリスさんに恩返しはできるのでしょうか。

「おっ、お嬢ちゃんが誕生日か。おめでとうよ」
「あ…ありがとっ」
「今度いくつになるんだい」
「じゅ、13歳……です」
 宿屋の1階の食堂では話が広まってるらしく、みんながレミットにお祝いを言ってきました。レミットは困ってしまってアイリスさんの後ろに隠れます。
 宿屋のおかみさんはもう料理を始めていました。
「すみません、お邪魔してしまって…」
「なぁに構わないさ。おやおや、お嬢ちゃんも手伝うのかい?」
「そ、そうよっ。わたしの誕生日だもん!」
「そりゃあ感心だねぇ。頑張んなさい」
「う、うん…」
 そして料理が始まります。ギーフィのあぶり肉にカラン菜のサラスダレ、シャハの実を隠し味にしたスープ、デザートには銀氷瓜…。何しろいつもアイリスさんに任せっきりでレミットには大変なことでしたが、アイリスさんが優しく教えてくれました。一番大変なのはすぐ変な味つけをしようとするメイヤーさんを止めることだったりしますが…。
「ねえ、キャラット」
「え、なぁに?」
 お皿を並べながら、キャラットの方を見ないで話しかけます。
「…わたしたち、ちゃんと大人になれるかなぁ?」
「‥‥‥‥」
 キャラットはお皿を並べ終わると、もう一度、今度は両手でレミットの手を握るのです。
「うんっ!」
 それだけでレミットは元気がわいてくるのでした。

 ごちそうを食べて、みんなにお祝いしてもらって、時間は矢のように過ぎていきます。いつまでも続けたいけど、いつかは終わりが来るのです。
「お嬢ちゃん、子供はもう寝る時間だよ」
 だんだん静かになっていく食堂で、1人のお年寄りがそう言いました。いつもならレミットは眠いくせに起きていたがるのですが、今日は何やらそわそわしていて自分から席を立ちました。
「そ、そうよね。もう遅いし」
「あ、ボクもそろそろ寝ようかな」
「あんたは起きてなさいよ15歳でしょ!」
「なんかいつもと言うことが違うよ…」
 メイヤーさんは笑いをこらえています。アイリスさんも立ち上がると2人の方を振り向きました。
「お2人とも、今日は姫さまのためにありがとうございました」
「あ…ありがとっ」
 いえいえ、と微笑む2人から照れくさそうに視線を逸らして、レミットはアイリスさんに促されて暖かい食堂を出ていきました。大事なプレゼントをしっかりと手に。


「ねぇ、アイリス」
「はい?」
 ベッドを整えるアイリスさんに、レミットは言葉に迷います。何を言っても今の気持ちには届きません。
「あ、あのね…。つ、次はアイリスの番なんだからね!思いっきりお祝いしてやるんだから。覚悟しときなさいよ!」
 そんな感謝の言葉を、アイリスさんはいつものように優しく受け止めてくれます。
「楽しみにしてますね、姫さま」
「…今日は…ありがとう」
「はい…」
 どんなに言葉にしても足りないくらい。
 びくっ、とレミットの体が震えます。アイリスさんの手がそっと頭に置かれ、ゆっくりと撫でてくれました。
 レミットはぎゅっと唇を噛んで、こぼれそうになる涙を必死でこらえます。
「お休みなさい、姫さま」
「…おやすみなさい」
 静かに扉を閉めてアイリスさんは出ていきます。灯りのともった部屋で、きょろきょろと周りを見回してももう誰もいません。今まで恥ずかしくて抑えていた笑みがすぐに広がっていきます。
「えへへ…」
 キャラットのくれた花束を目の前に飾って。
 メイヤーさんのくれた本と古い地図を手でなぞって。
 アイリスさんのくれたエプロンを思いっきり抱きしめて…。
「…あれ…」
 ちょっとだけ涙がにじみます。みんながお祝いしてくれた。みんながレミットのことを祝福してくれた。
 どうしようもないほど嬉しくて、生まれて初めての誕生日にレミットはずっとそのまま幸せを抱きしめるのでした。


 少し経って3人が部屋に戻ってくると、レミットはエプロンを抱えたまますやすやと寝息をたてていました。素敵な夢を見ているかのように嬉しそうでした。
「まあ姫さまったら、風邪を引いてしまいますよ…」
 あわてて毛布をかけてあげるアイリスさんに、2人はくすくす笑います。レミットの寝顔を見ながら、キャラットも何か幸せになるのでした。
 暖かいものがレミットを覆っていきます。お祝いしてくれたのはレミットを好きだから。大好きな人たちが、レミットのことも好きでいてくれるから……。
 灯りが消されてもそれは確かにそこにあるのでした。魔宝がなくても、願いはかなうのかもしれませんね。



 明日も良い日でありますように。









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