第7話 ただひとつのPV
「彩谷さん!」
放課後に花歩が廊下に出ると、ちょうどつかさが歩いてきたところだった。
先方もこちらに気付いて、フレンドリーに話しかけてくる。
「今日からよろしくね。つかさでええよ」
「うん、よろしく! えっと私は」
「花歩やろ。あんな自己紹介聞いたらさすがに覚えるわ」
「あはは。夕理ちゃんも一応覚えてくれたみたい……」
昨日の出来事を思い出しつつ、部室に向かって並んで歩く。
話題はどうしても夕理のことになった。
「夕理のこと、悪く思わないであげてね。ちょっと人に慣れてないだけやねん」
「もちろん! 今日のお昼も一緒に食べたよ」
「あ、そうなんや」
隣のクラスへ見に行ったら今日も一人だったので、三組に連れていってお昼のグループに入れた。
食べる暇もなく勇魚に一方的に話しかけられて、かなり閉口していたようだけど。
それでも最後まで付き合ってくれたあたり、本人も努力しようとしているのだろう。
「……あたしが言えた義理でもないけど、ちょっと気が楽になった感じ」
「でもやっぱりつかさちゃんが一番みたいやから、また一緒に食べてあげてね」
「まあ、気が向いたらね」
夕理と、友達になる。
その状況は、どうしても二日前に聞いた昔話を思い出す。
話に出た本人が眼前にいるのが何だか不思議で、自然と感想が口から出た。
「つかさちゃんは凄いなあ」
「え、何が?」
「中一の時のこと。クラス中を敵に回しても夕理ちゃんを選ぶって、普通できひんよ」
「えー、夕理そんなことまで喋ったん?」
困ったような顔のつかさに、花歩は素直に気持ちを伝える。
「全部話してくれたよ。私感動したもん」
「あはは……まあ、一年しか持たなかったわけやけどね」
「そ、それでも十分凄いってば! 私がそこにいたら、大勢のクラスメイトの側やったろうし……」
改めてつかさの姿を見る。
スタイルはいいし、背も花歩より高い。何より態度が大人っぽくて、堂々としている。
自分との差に落ち込みそうになるが、しかし花歩も入学当初の花歩ではない。
「でも私も根性さえ出せば、きっと主人公になれるから!」
「そういうものなの?」
からかうようなつかさの声だが、花歩はいたって真剣だ。
「せやで、いつまでも普通のままとちゃうで」
「普通は嫌なんだ」
花歩は真剣だったがゆえに。
つかさの声が少し苛立ちを含み始めたことに、全く気付いていなかった。
「誰だってそうやろ。でもどんな普通の子でも、スクールアイドルなら絶対輝けるんや! あ、これ友達の受け売りで、その友達も別のグループの受け売りなんやけど」
「へえ」
「だから私たちもラブライブで優勝できれば、きっと特別な存在に――!」
「別にフツーで良くない?」
一瞬、別人が現れたのかと思うほど、冷ややかな声だった。
「え……」
「仮にラブライブで優勝したところで、いい大学に入れるわけでもないし。せいぜい内申書が少し良くなる程度で、結局行きつく先は普通のOLか何かやろ」
「それは……そうかもしれないけど」
「ああ、ゴメンゴメン」
雰囲気が即座に元の、気さくなそれに戻った。
明るく笑いながら、何事もなかったようにひらひらと手を振る。
「別に水差したいわけとちゃうねん。花歩が頑張るんやったら応援するよ」
「う……うん」
「あ、もう部長さん来てるやん」
視聴覚室前に着くと、立火が鍵を開けているところだった。
つかさは花歩を置いて、早足でそちらへ近づく。
「おっ、つかさ。今日からよろしく頼むで!」
「はーい、お手柔らかにお願いしまーす」
放置された花歩は、ゆっくり歩きながらも複雑な心境だった。
(私”たち”って勝手に一緒にしたのがまずかったのかなあ……)
それにしても、夕理から聞いた話とは少し印象が違う気がする。
彼女が美化していたとは思いたくないけど。
* * *
「あんたが噂のつかさちゃんやな。私は木ノ川桜夜。美少女先輩って呼んでもええよ!」
掃除当番で遅れてきた桜夜は、期待の新人の手を握ってぶんぶんと振った。
「桜夜先輩ですね。よろしくでーす」
「いやー、おしゃれの話できる相手が入ってくれて助かるわ。この部のやつら、みんな流行に疎くってなあ」
「着倒れなんて京都の奴らに任せとけばええやろ。私はそんな金があればウマいものを食う」
「ほらこれやで。小都子はなーんか地味な服しか買わへんし」
「私に派手な服なんて似合いませんて」
立火と小都子が反論する中、つかさは如才なく桜夜を持ち上げる。
「桜夜先輩みたいな綺麗な人やったら、どんな服着るのも楽しそうですよねー」
「もー、上手いこと言うんやからこの子は! まっ、お世辞のひとつも言えないよりはずっとええけどなー」
「………(イラッ)」
ちらりと夕理を見ての桜夜の当てつけを、ぐっと堪えてスルーを決める。
夕理からするとただの嫌な先輩だが、つかさと趣味が合いそうなのは確かだ。
友達の楽しい部活動のために、不本意ながら許容するしかない。
と、つかさから立火に質問が飛んだ。
「そういや部長さん、この部ってピアスOKです?」
「別に構へんけど、つけてんの?」
「普段は髪に隠れてますから、ただの自己満足ですけどね」
つかさが髪をかき上げると、シルバーに輝く小さな金属が、その耳で光っている。
桜夜はついまじまじと見てしまい、後輩から獲物を見る目でロックオンされた。
「桜夜先輩はつけないんですか?」
「え!? いやその、痛いのはちょっと……」
「えーもったいない。先輩こんなにカワイイのに」
つかさの手が桜夜の右耳に伸び、軽く耳たぶを撫でる。
石像のように硬直した桜夜の顔に、くすくす笑うつかさの唇が近づいた。
「あたしが開けてあげましょうか」
「ひいいいい!」
「こらこら、あまり年上をからかわない」
「はーい」
立火にたしなめられ、ぱっと手を放す。
桜夜は自分の耳を抑えたまま、赤くなって動揺している。
(ひとまず、格付け完了っと)
つかさが笑顔の裏でそんなことを考えているなど、部員たちは気付きようもなかった。
* * *
恒例の通り、小都子はつかさを連れて資料室に向かう。
「先輩、今日はずいぶん物静かなんですね」
後輩の問いかけに、先輩は照れくさそうに笑った。
「いやお恥ずかしながら、昨日はちょっと熱くなっちゃったかな。こっちが私の素やねん」
「そうなんですか。でも約束は守ってくださいね」
「そ、そやね」
いきなり釘を刺したつかさは、立て続けに釘を打ち込む。
「夕理のこと、大事にしてあげてくださいね。あたしのことは別にいいんで」
「ねえ、つかさちゃん」
足を止める。
小都子はつかさの顔を真っ直ぐに見ると、落ち着いた声で言った。
「夕理ちゃんとはもちろん仲良くするけど、あなたもこれからは大事な後輩なんや。後輩に順番付けたりはせえへんよ」
「うーん、普通なら素敵な先輩ですねって言いたいとこやけど」
軽く笑った直後に、つかさの目は真剣になった。
「でもやっぱり、夕理のことを一番に考えてください。それくらいでないと、あの子は心を開きませんよ」
「……納得したわけではないけど、心には留めておくね」
「お願いします」
「そちらから踏み込んだんやし、私からも踏み込んでいい?」
「どーぞどーぞ」
妙な緊張感を漂わせながら、二人は歩行を再開する。
「結局つかさちゃんは、夕理ちゃんからの好意をどう思ってるの?」
「うわ、マジで踏み込んできましたね」
小都子としても少しやり過ぎとは思うが、これから夕理に接する上では大事なことだ。
いくら交友を広げようとしているとはいえ、夕理の中で大部分を占めるのはつかさなのだから。
「まあ一応好かれてるわけやし、悪い気はしないですよ」
「それだけ?」
「それだけです」
「そう。ぶしつけなこと聞いてごめんね」
「いーえいーえ」
二人で呼吸を合わせて緊張を解く。
その後は和やかに話しながら資料室へ向かった。少なくとも表面的には。
* * *
同時刻に部室の中では、部長がつかさの立場について説明していた。
「……というわけでつかさはよく休むし、練習も真剣にはやらへんけど、私はそれでいいと了承した。決して責めたりしないようにと、自戒を込めて言うとくで」
「今の人数では、どんな態度であれ頭数があるに越したことはないですからね」
晴の言葉に、立火は過去のことを思い出す。
昨年は逆に、やる気の足りない人間は退部に追い込まれた。
それはやる気も実力もある三年生が、五人もいたからできたことだ。
結果的に部内の意識は統一されたし、辞めた子たちも別の高校生活をエンジョイしていると信じたい。
今年はそうは言っていられない。つかさには何としても、この部の中でエンジョイしてもらう。
夕理も同じ考えのようで、全員に頭を下げた。
「私からもお願いします。やっぱり冷静に振り返ると、無理に入部させた感じが拭えないので」
「そ、そんなことはなかったと思うけど」
花歩がフォローしてくれるが、全てはこれから、つかさがスクールアイドルを楽しんでくれるかどうかだ。
「まあええんやないのー」
桜夜が呑気な声を上げる。自分は本来ならつかさと同じ側だと、桜夜自身は思っている。
「部活なんて趣味なんやから、そんな真面目にやらなくても。私もそうしよっかな」
「あっそー、好きにすればあ」
「ちょっと立火! 私の扱いが軽くない?」
「ん? だってただのギャグやろ? 桜夜は真剣にやってくれるって信じてるから」
「ずっるいなあ」
気心の知れたような三年生ふたりの会話に、花歩の胸が少しちくりとした。
自分が知らない過去二年間の活動。
これからの一年間が、その時間に少しでも追いつけるのだろうか。
* * *
「!!!!!!」
アイドル衣装姿で戻ってきたつかさを見るや、夕理は興奮し、床を転げ回り、椅子に頭をぶつけて悶絶した。
「~~~~~っ!」
「あのさあ夕理、ほんまに大丈夫?」
「だっ……大丈夫! 信じて!」
「あーキモいキモい」
「ぐっ……」
今回ばかりは桜夜の言う通りなので、何も言い返せない。
一緒に戻ってきた小都子が、何とか夕理の努力を評価しようとする。
「で、でも夕理ちゃんも依存しないよう頑張ってんねんな。今日は私があげたリボンつけてくれてるし」
部員たちの目が、夕理の髪に揺れるベージュのリボンに集中する。
「はい、折角いただいたので。あ、花歩のは明日つけてくるから!」
「別にそんな気を使わなくても」
「へー、あたしのはもう捨てちゃった?」
「捨てるわけないやろ! 明後日はつかさの……」
その瞬間に晴の目が細くなった気がしたが、小都子から事前に取りなしてくれたのだろうか、何も言われなかった。
立火が腰に手を当て感心している。
「そんな事になってたんやな。私からも買うたろか?」
「い、いえ、部費でいただいた分があるので……」
「ちょっとぉ、何で夕理なんかがモテモテやねん!」
いきなり話題の中心を夕理に取られて、桜夜は不服顔である。
「とっかえひっかえ日替わりリボンだあ!? ハーレム自慢か!」
「何をワケのわからないこと言うてるんですか。変な言いがかりはやめてください」
「ぐぬぬ……」
桜夜は唸り声を上げると、つかさの隣へ寄ってぽんと肩を叩いた。
「つかさ、あんたの友達な? 先輩への敬意ってもんがなってないんやけど」
「あー」
困り笑いを浮かべるつかさに、夕理の忍耐は弾け飛んだ。
せっかく許容してやろうと思ったのに、直接攻撃してきた挙句、つかさまで巻き込むならもう遠慮はしない。
「敬われたいんやったら、それに値する言動を見せるのが先やないですかね!」
「んなっ……!」
容赦のない言いように、花歩が慌てて横から声をかける。
「ゆ、夕理ちゃん、上級生やで!」
「だから何? たかが一年二年早く生まれたからって、何で無条件に尊敬せなあかんの」
「こ、このこのこの……」
「年に関係なく、小都子先輩みたいなまともな人やったら敬意を払います。小都子先輩の爪の垢でも煎じて飲んだらいかがですか」
「ちょっと小都子ぉ! いつの間に後輩から好かれてんねん、この裏切り者!」
「そ、そう言われましても……」
困りつつも少し嬉しそうな小都子に、桜夜は八つ当たりを諦め、再度つかさの肩に手を置く。
「とまあこういう状態やねん! つかさからも何とか言うてやって!」
「んー、あたしには難しいですね」
上級生の命令を、つかさはヘラヘラ笑いながらも明確に拒否した。
「あたし、基本的に夕理の味方なんで」
(つかさ……!)
胸がきゅんとなっている夕理を忌々しげに見つつも、あるいは先ほどの格付けが無意識下に作用したのか、つかさに何も言えない桜夜である。
場をまとめるように、立火が両手を打ち鳴らす。
「まあ、夕理も噛みつく元気が戻ったみたいで何よりや。桜夜だって、おとといみたいな落ち込んでる夕理よりは今の方がええやろ」
「おとといの方が百倍マシやった……」
「はいはい、それじゃちょっと踊ってみよか。みんな着替え開始!」