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 晴はさっさと一人で食事に行ったので、それ以外の面子に桜夜が声をかける。

「外でお昼食べる人ー」
「はーい」
「何や、つかさだけなん。ファミレスでいい?」
「いいっすよー」

 それ以外の部員は机にお弁当を広げ始める。
 夕理だけは朝コンビニで買ったパンなのを、小都子が目ざとく見つけた。

「あれ、夕理ちゃんはパンだけ?」
「ちょっと食材を切らせてまして……」
「それやったら私の玉子焼きあげるね」
「い、いえ、申し訳ないです」
「まだ夕理ちゃん、私に慣れてくれへんのかなあ。悲しいなあ」
「ううう……いただきます……」

 聞きつけた勇魚が、加減を知らずに弁当箱ごと夕理の前に置く。

「夕ちゃん夕ちゃん! うちのお弁当半分食べてええよ!」
「いや気持ちは嬉しいけど、パンもあるのに入るわけないやろ!」
「でも夕ちゃんはライブで体力使うし!」
「逆に動けなくなるってば!」

 立火と花歩も、おかずを分ける気満々で弁当箱を開けている。
 そんな様子を横目で見ながら、桜夜はつかさと一緒に外に出た。


「みんな夕理に甘すぎ!」

 廊下を歩きながら、桜夜は後輩に不満を漏らす。

「あんな協調性のないやつ、普通は爪はじきにされて終わりやろ!?」
「そーですね。いい人ばかりの部で、マジで幸運でした」
「私だけ悪い人みたいなんやけど!」
「またまた、桜夜先輩も結構甘いやないですか」

 へ?という表情の桜夜を、つかさは敢えて真面目な表情で見つめた。

「夕理の曲、真剣に理解しようとしてくれてありがとうございます。
 昨日転んだことも、結局一度も責めませんでしたよね。
 あたしも夕理も、優しい先輩を持てて幸せです」

 桜夜の顔があっという間に真っ赤になる。
 慌てて先へ歩きながら、その大声が廊下に響く。

「べ、別に今日のライブのためにやっただけや!
 あと自分がミスった時に責められたら困るし!
 全然夕理のためとちゃうんやからね!」
「何ですかそのツンデレみたいな……」

 呆れ笑いを浮かべつつ、つかさは桜夜の隣に並んで、その整った横顔を見る。

(ただのアホな先輩と思ってたけど……。
 少しくらいは尊敬してあげてもええかな)

 などと失礼極まりないことを考えながら、学校の外へと出て行った。

「ところで二人でお昼ってことは、先輩がおごってくれるんですよね?」
「え゛。そ、その……ううう、今月ピンチで……」
「ちょっ、泣かなくても! 冗談です、割り勘ですね!」
「つかさがおごってくれてもええけど……」
「さすがに先輩として駄目過ぎませんか!?」


 *   *   *


 ランチを済ませ、助っ人も到着して、メンバーたちはライブの準備に入る。
 一時十五分。花歩と勇魚はそれぞれ校門へ誘導に行く。

 外でチラシを配っている他校生もいる中、勇魚が東門で体育館を案内していると、見知った顔が現れた。

「よっ、幼なじみちゃん」
「景子先輩! 今日も来てくれはったんですね!」

 土曜に在校生は普通は来ないが、来て悪いというわけでもない。
 気のせいか昨日よりサイリウムの本数が増えている。

「姫水ちゃんのためやったらどこへでも行くで~!」
「いつも姫ちゃんを応援してくださって、ほんまありがとうございます」

 勇魚は感謝を込めてお辞儀をしてから、いい機会と思い切って聞いてみる。

「正直なところ、先輩は昨日の最後の曲をどう思いますか!」
「ん? 姫水ちゃんがセンターやから好きやで。姫水ちゃんには合ってたんやない?」

 良かった、と言いかける前に、景子の無遠慮な言葉が続いた。

「でも立火がなー。あいつに芸術的な曲とか似合わへんやろ」
「そ、そうでしょうか……。けど今日は一味違うと思います!」
「へえ。それやったら期待しとくわ」


 そして西門では、花歩の前に芽生が現れた。

「花歩、お疲れ様」
「あっ芽生ー……って、うわあ!?」

 変な声を上げてしまった。
 だって妹の後ろから、聖女様と騎士様が神々しい姿を現したのだ。
 今日も清楚な小白川和音が、花歩の前でお辞儀をする。

「初めまして、聖莉守の部長で小白川と申します。芽生さんにはいつも事務的なことで助けていただいて……」
「はっ初めまして! 先週のライブ、すっごく良かったです!」
「まあ、ほんまに? どのへんが良かったですか?」
「え、ええとですね~」
「和音、仕事中に邪魔したらあかんやろ。さっさと行くぞ」

 凉世に引きずられるように連れて行かれる和音を、芽生が苦笑しながら同行する。
 他に何人かの部員が続き、その中には熱季もいた。
 すれ違いざま、今日も挑発的なことを言ってくる。

「わざわざ来てやったで。そっちの部長、でかい口に見合うものを見せてくれるんやろな」
「むっ。私の部長はいつだって、みんなを笑顔にするヒーローやで!」
「こらっ、何をしてるんや熱季!」

 凉世が慌てて戻ってきて、熱季の耳を引っ張った。

「丘本さん、妹がすまない。後でよく言い聞かせておくから」
「い、いえ、お気になさらず……」
「ちょっ、なんやねーちゃん! こんなん軽いアイサツやろ!?」
「全くお前は、聖莉守の品位を汚すなと何度言えば……」

 妹の耳を引っ張ったまま、姉は溜息をついて体育館へ向かっていく。
 女子校の王子様然としていた凉世のイメージが、花歩の中で崩れていった。
(なんか苦労してはる感じやなあ……)


 昨日と同じように、幕の間から見ている晴に立火が尋ねる。

「今日はどうや」
「昨日の三割減くらいですかね」
「そうか……」

 となると三百人いかないくらい。
 去年の終盤より少なく、やはり外では人気が落ちていることを実感する。
 世間的には十分な人数で、五年前の先輩が聞けば『贅沢言うな!』と怒るかもしれないけれど。
 こういう場合、どうしても直前の状況と比べてしまうものだ。

 狭い舞台裏で、つかさは姫水を視界に入れないわけにはいかない。
 とはいえ半日経ってさすがに落ち着いてきた。まだ少しドキドキするが、ライブは問題なさそうだ。
 そうなると、別のことが気になってくる。

(昨日のライブ中のこと、藤上さんにお礼言うた方がええのかなあ……)

 その姫水は特に気にもしていないように、桜夜と何か話している。

(まあ単にライブを壊したくなかっただけで、あたし個人はどうでも良かったのかもしれへんけど……)
(でもあたしを気にかけてくれてたって可能性も、万に一つくらいはあるし……)

 などとグダグダ考えている間に時間は過ぎ、部長の号令がかかってしまった。

「よし、円陣組むで! 今日は大声で!」
「え、客席に聞こえますよ?」
「構へん構へん!」

 小都子の懸念を吹き飛ばすように、立火自ら声を張り上げる。
 他のメンバーも承知したように、笑顔で六人の輪を作った。

「終わりよければ全てよし! 今日のライブは笑って終わるで!!」
『はいっ!』
「燃やすで、魂の炎!!」
『Go! Westa!!』


 ライブ五分前になり、体育館に戻った裏方一年生たちが、扉を閉める準備をする。
 と、一人のご婦人が、校門の方から慌てたように走ってきた。
 すぐに勇魚が大声を張り上げる。

「まだ余裕ありますのでー! 急がへんでも平気ですよー!」

 その人は安心したように歩き出すと、それでも息を切らせた状態で二人の前に到着した。

「はあはあ……ごめんなさいね、家を出ようとしたら宅急便が来て」
「いえいえ、どうぞ中へ!」

 花歩が勧めるが、ご婦人は入ろうとはせず、その場で二人の顔をじっと見つめる。

「もしかして、花歩ちゃんと勇魚ちゃん?」
「あ、はい。どこかでお会い……」
「初めまして、立火の母です」
『えええええ!?』

 二人で驚きの声を上げる。
 そういえば家が近かったのを思い出す。あまり似ていないので、全然気づかなかった。
 どちらかというと立火と逆の、儚く線の細い印象を受ける人だ。
 勇魚が嬉しそうに笑顔を見せる。

「そうやったんですね! 立火先輩にはいつもお世話になってます!」
「あの子、ちゃんとやれてる? 肝心なところでいまいち頼りなかったりせえへん?」
「とんでもない! とても立派なリーダーやと思います!」
「そ、そうですとも!」

 なんだか便乗する形になってしまったが、花歩も本気でそう思っている。
 そしてご家族が来たとなると、どうしても聞きたいことがあった。

「あの、部長……立火先輩って普段、私のこと何か言うてはります?」
「花歩ちゃんの話が一番多いんとちゃうかな。『あいつは私の一番弟子や』って、よく言うてるよ」
「そ、そうですか……えへへ」
「花ちゃん、良かったね!」
「ま、まあ最初に入部したってだけかもしれへんけど……えへへへ」

 中に入った立火の母だが、立ち見が辛そうなので花歩が最後列のパイプ椅子を勧めた。

「見辛いかもしれませんけど……」
「いえいえ。同じ会場にいることが大事やからね」

 その間に時計の針は進み、二日目のライブが幕を開ける。

『Welcome to Western Westa!』


 *   *   *


 一曲目、二曲目は昨日と変わりはない。
 客が少ない分だけ盛り上がりは落ちるが、負けじと歌声を張り上げる。

 隙を見て、立火は客席の構成を確認する。
 三分の一が中学生、三分の二が高校生、後は小学生や大人もちらほら。
 高校生の中には聖莉守の和音たち、Number ∞の偵察部隊、それに――

(あいつは、確か京橋の……)

 京橋ビジネス学院、六王暁子と名乗っていた眼鏡の三年生だ。
 その隣には初めて見る、整った顔立ちの女生徒がいる。
 背の低さからすると一年生だろうか。

 確認はそれくらいにして、MCに切り替える。

「ほなこのへんで、うちのメンバーを紹介するで!」

 上級生は変わりなく、夕理が不人気なのも昨日と同じだった。
 そしてつかさは――

「彩谷つかさでーっす。ま、楽しんでいきましょー」
『つかさー!』

 別の高校へ行った友達が声を上げてくれるが、いかんせん人数が少ない。
 他の大多数は『こいつ誰?』みたいな目で見ている。
 そりゃそうやな、と諦めの境地で下がろうとした時だった。

「つかさあああ! 私がついてるでー!!」
(げえっ! お姉ちゃん!)

 いい歳こいて妹の学校に来た姉が、客席でぴょんぴょん跳ねている。
 あまつさえ、周りの中学生に大声で話しかけ始めた。

「ほら、あなた達も盛り上げて! 私の妹なんやから!」
「は、はあ……」
(やめろおおアホ姉ええええ!!)

 何だかげっそりしたつかさを心配そうに見つつ、立火は姫水の紹介に移る。
 外部の客は争奪戦のことなんて知らないので、台詞は昨日から変えるしかない。

「最後は東京からの転入生!
 なんとプロ女優として活躍していて、全国ネットのドラマにも出たんやで!
 今は訳あって休業中やけど、これからスクールアイドルとして活躍するとこや!
 その名も藤上姫水!」
「皆さん初めまして! ようこそWestaのライブへ!!」
(!?)

 昨日と打って変わった姫水の大声に、最前列の景子が仰天する。
 校外での知名度がないのは姫水も分かっている。
 だからこそ、多くの人の印象に残るようにせねば。
 大仰な身振り手振りを交えつつ、姫水は舞台女優のように朗々と語った。

「藤上姫水、姫に水と書いて姫水と申します。
 今日このステージで、皆さんとお会いできたことを嬉しく思います!
 スクールアイドル界に輝く星となるため、初めて踏み出した私の一歩――
 どうか温かく、見守ってください!!」

 しばし呆気に取られる観客の中で、景子が感涙とともに手を叩き出した。

「うおおおお! 姫水ちゃーーーん!!」

 景子としては今日は孤軍奮闘を覚悟していた。
 けれどその拍手が、周囲の観客にも広がっていく。
 やがて体育館を満たす称賛の中、姫水は微笑んで華麗にお辞儀をした。

(ほんまに頼もしい奴や……!)

 これで病気なんて立火には信じられない。治ったら一体どうなるのだろう。
 しかし考えている余裕はなく、すぐにテンションを切り替える。

「次は去年の地区予選曲や!」

 上げたテンションが、立火の中で一瞬下げられた。
 ここであまり盛り上げない方が、夕理の新曲のためになるのかもしれないと。

 だが、即座にその案は捨てられる。
 夕理がそんなことを望むわけがないし――
 そしてこの曲をライブで歌うのは、正真正銘今日が最後だ。
 容易に盛り上がれるからこそ、最後にすると今決めた。

(泉先輩、菊間先輩、伊達先輩、波多野先輩、小松先輩!)

 この曲を作り、立火たちを鍛えてくれた五人の先輩。
 昨年への決別を込めて、歓声の中でその曲名を叫ぶ。

「灼熱のレゾナンス!!」


 舞台裏で、熱狂の余波を受けながら、夕理の思考も昨日とは変わっていた。
 だってあの人たちが、自分の曲を理解しようとしてくれた。
 だったら自分だって、あの人たちの曲を理解しないと。
 実際できるかはともかく、その努力はしないといけないのだ。

 つかさが近づいてきて小声でささやく。

「あたし、やっぱりスクールアイドルは遊びでしかないねんけど」
「……うん」
「次の曲だけは真面目にやるよ。出血大サービスや」
「! つかさ……!」

 嬉しそうな夕理に、つかさは照れたように頬をかく。
 自分だって午前の話はちゃんと聞いて、夕理の心に近づけた。
 なら次の曲だけは疎かにはできない。

(それにまあ、一応――)

 昨日助けてくれたあの子が、センターを務める曲なのだ。
 さっきの自己紹介を見ても、彼女につかさの助けなんて何も必要ないのだろうけど。
 せめて昨日みたいに足を引っ張ることだけは、絶対に避けないと。

 舞台からは客席も含めた叫びが響く。
 それを聞きながら、二人の心にも火が灯っていく。


 *   *   *


 三曲目が終わった後も、体育館にはまだ熱気が渦巻いている。
 それが収まる前に、六王暁子は隣の一年生に感想を聞いた。

「どうやひかる、あれがWestaのスーパールーキーや」
「確かに大したものですけど」

 光と呼ばれた女生徒の目が、先ほどまで熱く叫んでいた姫水の姿を映す。

「でもあの人、別にスクールアイドルが好きなわけではなさそうですね」
「そう? まあ女優さんを無理に引っ張ってきたらしいからな」
「そういうことではなく、根本的に何も好きではなさそうというか……」

 そう言って、光は先輩に無邪気な笑顔を向けた。

「じゃけん、私が藤上さんに負ける気はしないです」
「ち、ちょっ」

 焦り半分嬉しさ半分で、暁子は慌てて光の口をふさぐ。

「自信を持つのはええけど、言葉には気い付けてや! せっかく広島からスカウトしてきて、炎上されたらたまらんわ」
「はあ、そういうもんですか」

 幸い周りには聞かれなかったらしく、観客の目は舞台上の立火に集中している。

「いよいよ、次が最後の曲や!」

 六人に戻ったメンバーの中で、立火の言葉はさらに続いた。

「さっき紹介した一年生の夕理が、本気で作った曲や。
 あまりWestaらしくない、芸術か!って感じで、戸惑う人もいるかと思う。
 けど同じことだけやっていては、卒業した先輩たちは越えられへんのや。
 これも一つのWestaと思って、どうか聞いてほしい!」

 本来なら歌う前に、こんな言い訳じみたことをしたくはない。
 だが昨日は結局のところ、いきなり期待と違うことをされたからファンは戸惑ったのだ。
 だから今日は何だってやる。
 一人でも多くの人に受け入れてもらうために。

 立火が振り返る。
 互いにうなずき合ってから、六人の口から同時に曲名が流れた。

『”若葉の露に映りて ~growing mind~”』

 曲が始まった。

 夕理に昨日のトラウマはない。
 転倒や曲の内容より、何より反省すべきは、客席ばかり気にして集中できなかったことだ。
 今はただ全力で、自分の表現したいことを表現する。
 評価は後で確認すればいい!


『若葉の頃 心かすかに芽吹きて
 留まる露に 我と我が身を映す』


 撮影している晴も感じる。昨日とは明らかに違うと。
 三年生の二人が、ずっと活き活きとステージを舞っている。


『伸び行く先 風の枷渦巻きて
 露は零れ落ち 映し身は霧と広がる』


 歌詞に、旋律に、夕理が込めた想いに対して、全て共感できるわけではないけど。
 それぞれが噛み砕いて、自分なりに表現していく。
 立火も桜夜も。小都子もつかさも。
 曲の海に包まれながら、その制作者である女の子を思った。

(ほんまに真面目で意識高くて融通効かへんで……)
(偉そうでクソ生意気な後輩やけど!)
(でもあなたが、音楽とスクールアイドルを本気で愛していることを知ってる)
(あたしが絶対持てないものを、たくさん持ってることを昔から知ってる!)

 四人ともが全力で、作曲者のイメージを形にしていく。
 そしてその中心人物は、危うくまた失敗しかけるところだった。
 だって泣き出してしまいそうだった。
 理解してもらえている。寄り添ってもらえていることに。

(――泣いてる場合とちゃうで!)

 作った自分自身が、誰よりもこのを分からないといけない。
 誰からも愛されない失敗作になんて絶対しない。
 この体育館の全員は無理でも。
 一人でも多くの人に、伝えてみせる!


(すごい、みんなすごい!)

 客席の後ろで、花歩の心は飛び跳ねていた。
 実際のところ観客の反応が、昨日と違うのかはよく分からない。
 だからこれは、夕理の話を聞いて、ある程度理解した花歩だから届いたのかもしれない。
 でも今この時だけは、先週圧倒された聖莉守のライブに、決して負けてはいないと思った。

 その一方で……

(姫ちゃん……)

 勇魚の視界の中、姫水だけは平常運転だった。
 元からレベルが高いのだから、それで問題ないのかもしれない。
 でも午前中の激論も、皆の心が一つになった事も、姫水には何の影響もなかった。
 センターで誰よりも輝いているのに、あの子はステージで一人ぼっちだった。

(――やっぱり、うちも早くステージに上がりたい)

 ぎゅっと拳を握る勇魚以外には、姫水の違和感に誰も気づかない。
 否、正確には京橋の一年生だけが気づいていたが、彼女は不敵に笑いながら、じっと観察するだけだった。
 他の客を一人また一人と魅了して、曲は進んでいく。


 昨日失敗した箇所は難なく通り過ぎる。
 もっと長い曲にすれば良かったかな、なんて、夕理は一瞬だけ思ってしまう。
 でも、いつまでも浸っていられない。完成させなければ意味がない。
 最後まで丁寧に、そして全力で、思いを込めて――
 清新な若葉のように、六人の姿が舞台上で開いた。



 最後の一音が消え、審判の時が来る。
 誰か一人でもいい、刺さっていてくれないものか。
 立火が祈りつつ、客席に目を向けると――

「ブラボー!!」

 心からの称賛の声と、綺麗な拍手の音が響いた。
 小白川和音が、目に涙を浮かべて感激している。

(お前かい!)

 思わず内心で突っ込んだ。確かにこういう曲が好きそうではある。
 それでも、届いた人がいたのは嬉しかったし……
 他にも会場のあちこちから、刺さったらしき人の賛美が送られた。
 一番後ろで、椅子から立って笑顔で拍手しているのは、自分の母親だ。

 少し遅れて、体育館全体が拍手に包まれる。
 遅れた分は、たぶん義理のものなのだろう。
 これではラブライブで勝てないのも分かってる。

 でも、今日はこれでいいのだと思う。
 やりたかったことを精一杯やれた。

「……夕理ちゃん」
「はい」

 小都子が差し出した拳に、こつんと夕理も拳を合わせる。
 連休前から続いてきた、新曲を巡る戦いは終わった。


 二日間のライブの最後、立火は残ったエネルギーを出しきるように、終演の挨拶を叫んだ。

「今日はありがとうございました!
 これからもWestaは全力や!
 全力で挑戦するで! 何度でも、どんなことでも!」



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