第18話 ラブライブ夏の陣
「お久しぶりです! 佐々木勇魚、ただいま戻りましたっ!」
「おかえりいいいいい!」
一週間ぶりに顔を出した勇魚に、桜夜は思い切り抱き着……こうとして、寸前で姫水に引っぺがされた。
ジト目の姫水が先輩の耳元にささやく。
「勇魚ちゃんは物足りないんじゃなかったんですかっ」
「だってえ、可愛いことは可愛いし」
「二人とも、ほんま仲良くなったんやね! 動画見ました! あんなに胸がきゅんとするライブは初めてです!」
「せやろせやろー?」
桜夜と同時に、立火も得意げに胸を張る。
校内の評判もいいし、予備予選突破も確実と思われた、が……。
「でもNumber ∞もめっちゃ気合入ってましたね! 十五人もいて豪華なステージで!」
「せ、せやな」
「聖莉守も今回は趣向を変えて凉世先輩のアクションが入ってて、ほんま素敵でした!」
「うん……」
「光ちゃんは相変わらずすごいし! それに爽wingも……」
「わ、分かった。もうええから」
二人とも、だんだん自信がなくなってくる。
これから土曜の二時まで、投票結果を待ちつつ胃の痛い日々を過ごすしかない。
晴が状況を分析した。
「ナンインはとにかく出る釘のゴルフラを叩き潰したいようですね。
例年になく力が入っています。
部員たちに一人十票集めるようノルマを課したようで、さすがに内部からも不満が出ています」
「戎屋はほんま相変わらずやな……」
嫌なやつら同士で潰し合ってくれればいいのだが、あいにくこれは対戦競技ではない。
両者に切磋琢磨されると、Westaが落ちていくだけである。
それはそれとして、小都子が気味悪そうに尋ねる。
「晴ちゃんはどこからそういう情報をゲットしてるんや」
「蛇の道は蛇やからな。一方のGolden Flagやけど……」
と、スクリーンに晴のパソコンが映し出される。
「キュレーションサイトでこんな情報が増殖しています」
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ラブライブ予備予選について!
いよいよ各地で予選が始まりましたね。
おすすめのグループを紹介します!
1.Golden Flag
今回の大本命はこのグループです!
瀬戸内の人魚姫、天才少女瀬良光ちゃんの勇姿をご覧ください!
(動画)
投票はこちら→公式サイトへ
2.どうでもいいグループ
うんたらかんたら
いかがでしたか?
投票の参考になれば幸いです。
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「これ完全に業者の手口やろ!?」
例によって激怒した夕理が机を叩く。
最近怒ってばかりで胃は大丈夫やろか……と心配になる花歩である。
「岸部先輩! 協会に通報して取り締まってもらいましょう!」
「残念ながら、いかがでしたかブログを作ってはいけないというルールはない」
「で、でもルール以前のマナーの問題として……」
「諦めろ。さらに有名ユーチューバーがゴルフラについて呟いてるし、そのうち配信でも紹介するやろな」
「どいつもこいつもえげつないなあ……」
うんざりする立火だが、これも含めてラブライブである。
幸い謎の技術により多重投票は完璧に弾かれる。
純粋に気に入ってくれた人の数で勝負は決まるのだ。
「あいつらほど露骨でなくても、できる範囲で投票を呼び掛けてこ。つかさは友達多いから期待してるで」
「んー、一応声はかけますけど、当てにはしないでくださいよ。あたしフツーのJKですし」
つかさが答える一方で、この件では全く役に立たない夕理が、気まずそうに目を逸らす。
(そ、そもそも宣伝なんてみっともない真似、私はしたくないんや)
(本当に良いものなら、宣伝なんてしなくても広まるはずや……)
とはいえ、それを口にしないだけの分別はあった。
晴がいつも頑張って、ネットで広報してくれているのは知っているから。
複雑な顔をしている後輩の肩に、ぽんと部長の手が置かれる。
「話はここまで、練習始めるで!
夕理、勇魚に『羽ばたけ』を聞かせたろやないか」
「そ、そうですね! 先週でかなり形になりましたし」
「花ちゃんから聞いたで! 夕ちゃんがスクールアイドルを好きな気持ちが、目いっぱい詰まった曲なんやろ? うちも早よ聞きたかったんや!」
「うん。佐々木さんには一番響くと思う」
そしてジャージに着替えたメンバーが披露した新曲は、観客の勇魚と花歩を大いに沸かせた。
投票結果が出た後は、すぐに期末テスト前の部活禁止期間が来る。
今週中にとことん練習しなければ!
* * *
今日の昼もお弁当箱を持って、夕理は隣のクラスへ行く。
お邪魔している立場なので、基本的には空気を壊さぬよう沈黙している。
口を開くのは、勇魚に話を振られたときくらいだ。
それでも、一人で食べるよりは良いのかなと思っていた。
「勇魚、そのミートボールおいしそうやな」
きっかけは、同席する一人がそう言い出したことだった。
勇魚はすぐに笑顔で弁当箱を差し出す。
「よかったら一個あげるで!」
「ほんま? なら私のミニトマトと交換しよ」
「こらこら、どう見ても釣り合うてへんやん」
他の友達から突っ込まれたその子は、笑いながら軽く言った。
「えー、別にええやんかー。代わりにWestaに一票入れてあげるから」
夕理の箸が止まる。
一瞬だけ躊躇したが、やはり黙ってはいられなかった。
「冗談でも、そういうこと言うのやめて」
冷ややかな声に、げっ、と花歩が内心で叫んだ。
一気に下がった温度の中、トマトを渡そうとしていた女生徒が、確認のため聞き返す。
「え……何? 天名さん」
「こっちは真剣に取り組んでるんや。ミートボールで買収できるような言い方しないで」
「いや、ただの冗談やろ?」
「せやから、その冗談がおもろないしセンスもない言うてるの」
空気がどんどん険悪になっていく。
あわあわしている勇魚の前で、級友たちの目は釣り上がっていった。
コイツ何でいるの? という態度を何人かが取る。
「天名さんて、何でそう喧嘩腰なわけ?」
「別に喧嘩をする気はないし、言うべきことを言うただけや」
「あんなあ、それでもスクールアイドルなの?」
発せられた単語に、夕理の体が強張った。
それを効果的と取ったのか、女生徒は一気にまくし立てた。
「どんどんWestaを応援する気なくなるんやけど。
そういう態度を取るなら、マジで投票せえへんで?」
「はああ!?」
そう言えば引き下がるとでも思ったのだろうが、全くの逆効果だった。
ぶち切れた夕理は、烈火の勢いで立ち上がる。
「票をもらうために媚びた態度取れ言うてるわけ!?
努力したパフォーマンスは評価されなくて、教室でのゴマすりが評価されるの!?」
「い、いや、私はただ……もう少し愛想よくしてくれたらなって……」
「それやったら投票の話なんか持ち出す必要ないやろ!
アンタは今、全てのスクールアイドルを侮辱したんや!!」
しん……。
教室が静まり返り、無関係な生徒たちの視線も集中する。
夕理は立ったまま手を伸ばすと、半分残った弁当箱に蓋をした。
今まで椅子を貸してくれた見知らぬ人に感謝しつつ、弁当箱を手にして花歩に告げる。
「……明日から、もう誘わなくてええから」
「ゆ、夕理ちゃん!」
「夕ちゃん!」
よく持った方だと思う。
花歩に誘われてから二か月間。それなりに楽しかったけど、結局こうなった。
二度と来ないであろう三組の教室を、夕理は無言で後にする。
「ま、待って、夕ちゃん!」
立ち上がろうとした勇魚を、花歩が手で制した。
目の前では、先ほど言い合った子が気まずそうにしている。
「ここは私に任せて」
「花ちゃん、でも……」
「大丈夫!」
強く言って、急いで夕理を追いかけた。
二組の教室に入りかける彼女を、すんでのところで捕まえる。
「……何しに来たんや」
「もー、夕理ちゃんは諦めが良すぎや」
今まで気に入ってくれていたなら、少しくらい執着してもいいのに。
どうしてこう割り切ってしまうのだろう。
「仲直りするって選択肢はない?」
「必要ない。また同じようなことがあれば同じ結果になるだけや」
「もうちょっと言い方気を付けるとかさあ……」
「言ってる内容は変わらへんのに、表現だけ取り繕っても意味ないやろ!?」
生徒たちの目もはばからず、悲鳴のような叫びが廊下に響く。
「私は! 間違って! ない!!」
(こ、困った子やなあ……)
困った子だが、これが夕理なのも分かっている。
花歩が決断するのに、何秒もかからなかった。
「うん、分かった。先に二組に戻ってて」
「は?」
「私はお弁当取ってくるから。これからは二人だけでお昼やな」
「ま、待って花歩!」
意図を理解した夕理が、戻ろうとする花歩の腕を慌てて掴む。
その表情から怒りは消え、過去から来る怯えが浮かんでいた。
「そんなこと頼んでへん!」
「頼まれてへんけど。でも夕理ちゃんが一人ぼっちでお昼してたら、私のお昼もおいしくないし」
「前に……似たようなことがあったけど」
うつむいて、かすれそうな声の夕理が指す話は、もちろん花歩も覚えている。
だからこそ余計に、こんな事をしようと思ったのだ。
「私、大事な人をクラスから孤立させて、苦しめて……せやから、あんな事はもう……」
「勇魚ちゃんならそうなるかもね。せやけど私なら、つかさちゃんみたいにはならへんよ。いてもいなくても同じようなもんやし」
自虐を込めつつも花歩は明るく笑う。
体育祭での活躍以来、勇魚の人気は大いに上がり、今はクラスの中心だ。
一方の自分は、お昼のグループも勇魚に便乗して入れてもらってるだけ。
先々週の日曜も、勇魚はクラスの子に誘われたけど、花歩は誘われなかった。(それでまた勇魚が気を使って、ひと悶着あったのだけれど)
こんな状況が続くよりは、夕理にとってのたった一人になりたかった。
「夕理ちゃんが嫌ならしゃあないけどなー。あーあ寂しいなあ」
「い、嫌とは言うてへんやろ。まあ……勝手にすれば」
「ん!」
短く返事をして、自分の教室へ戻る。
事情を説明した花歩に向けられたのは、裏切り者に対する怒り……などではなく。
面倒な子を押し付けられたことへの、同情の視線であった。
「丘本さんも大変やなあ」
「さっきは私も言い過ぎたわ。天名さんに謝っておいてくれる?」
原因を作った子に大人の態度で言われ、花歩はもちろんと受け合う。
そして、泣き出しそうな勇魚に目を向けた。
「じゃあ勇魚ちゃん、私は行くね」
「花ちゃん……」
「私たちはバスでも部活でも会えるやろ。大勢に囲まれてた方が勇魚ちゃんらしいで」
勇魚の望むような、友達全員が仲良くする状況は作ってあげられなかった。
でもいくら中学からの親友でも、勇魚の周りには大勢の人がいる。
対して夕理には自分しかいないという、この特別感には抗えない。
弁当箱を持って二組に行くと、夕理は食べずに待っていてくれた。
「さっきの子、夕理ちゃんに謝っておいてって」
「どうせ表面的な社交辞令やろ」
「はあ、まったく……あと勇魚ちゃんは泣きそうやったで」
「……板挟みにして悪かったとは思ってる」
二人とも少し悄然としながら、弁当箱を開けてランチを再開する。
先ほどまでの賑やかなグループに対し、今は周りから奇異の目を向けられ、完全にアウェイだ。
「前にも一度だけ、こんなことあったよね」
「私が入部する前やな。あの時は、何やねんこのモブって思った」
「ひっどいなー夕理ちゃん」
「今はまあ……一緒にお昼食べてくれる、私の友達やけど」
言ってから照れたようにご飯をかきこむ夕理の姿に――
花歩は珍しく、自分の行動に自信が持てた。
気が大きくなって、こちらを見ている二組の生徒に手を振ってしまう。
「こんにちは、Westaでーす。よかったらラブライブの投票頼むでー」
「ちょっ、花歩!」
振られた相手は慌てて目を逸らし、夕理は困った顔で赤くなっている。
「何してんねん、恥ずかしい!」
「恥ずかしくはないやろ。せっかくみんなが良いライブをしたんやから、見てもらいたいやん」
箸を動かしながら、花歩は少し寂しそうに笑う。
「今の私には、こんなことしかできひんからね」
その日の部活で、夕理は票を減らしたかもしれないことを正直に報告した。
でも悪いことをしたつもりはないので謝らない。
桜夜からは文句を言われ。
落ち込んでいる勇魚には、佐々木さんは悪くないからと言い聞かせ。
私も一緒にお昼を……と言い出す小都子には、友達を大事にしてくださいと押し留め。
そして立火からは呆れ顔をされた。
「この前の地震のときは、ずいぶん丸くなったと思ったんやけどなあ」
「私もそんな気がしていましたが、気のせいでした」
もっとも、昔の自分なら花歩の好意もはねつけていたろうから、好意的な相手にだけ丸くなったのだろう。
そんな夕理を温かい目で見ている花歩に、後ろから声が届いた。
「花歩、ありがと」
振り返ると、つかさがそそくさと離れていく。
その表情は見えないけど、安心してもらえた気がした。
(憧れのつかさちゃんに、少しは近づけたのかなあ……)
* * *
「とかやってる間にもう投票の締め切りや!」
金曜日の夜。花歩は自分の部屋で頭を抱えていた。
今日の24時までが投票期間だが、まだ動画は半分しか見られていない。
正直、玉石混交の石の方に酷いのが結構多くて、見る気が削がれる。
「せめて最低限の練習はしてから参加してほしい!」
「花歩、なんだか天名さんみたいになってきたんとちゃう」
「ううっ」
芽生に言われて少したじろぐ。
一緒にお昼を食べているせいで、何か伝染してきたのだろうか。
その夕理は先入観を与えるからと、投票先は頑として教えてくれない。
「ちなみに私はWestaに投票したで」
「あ、そうなんや。ありがと」
「だからって聖莉守に投票しろとは言わへんけど」
「プレッシャーかけないで!」
笑った妹は読書を中断し、自分のスマホを取り出す。
「逆に聞くけど、どんなグループに入れたい?」
「うーん、有名どころはみんなが入れるから、無名でもキラリと光るとこに入れたいなあ」
少なくとも自分がそういうグループなら、一票でも入れてもらえれば嬉しいと思う。
芽生はスマホを操作して、すぐお薦めを教えてくれた。
「それやったら、No.15とかええんやない」
「15番、っと……」
公平を期すため、一覧の並び順は投票者ごとにランダムだ。
番号を直接指定して動画を開くと、まだ見ていないグループだった。
四人しかいないが、確かに一生懸命で光るものを感じるライブに、芽生が補足する。
「ツイッターに書いてたけど、まだ同好会の状態で、あと一人集めて部にしたいんやって」
「それは確かに応援したい! よーし、これも何かの縁や。ここにしよっと」
ポチリと投票し、Westaにも入れ忘れてないのも確認し、これで安心して眠れると思ったが……。
スマホを消すと、別の不安が湧きだしてくる。
(私が一票入れなかったせいで、聖莉守が落ちたらどないしよ……)
(いやでも、聖莉守は勝敗にこだわらないし、別にええよね?)
ちらりと妹を見ると、思考が読まれたのか、くすくすと笑われてしまった。
* * *
いよいよ運命の土曜日。そして六月の最終日。
発表の二時が近づき、八人の部員は練習を中断してパソコンの前に集まる。
勇魚は今週末もボランティアだ。
緊張する面々の中、花歩は雑談のつもりで尋ねた。
「つかさちゃんはどこに投票したん?」
「動画20個くらい見てギブアップしたからなー。その中で一番良かったとこ」
「やっぱり多すぎて辛いよね。部長はどうですか?」
「私は爽wingや。ああいうすがすがしいのが私好みやねん」
よりによって自分たちと当落を競いそうなところに入れるとは、さすがの男前である。
その選択が裏目にならないことを花歩が祈る間に、晴の声が響く。
「時間や」
一同息を飲むが、画面は真っ白のまま動かない。
「サーバーが重いみたいやな」
「もどかしい!」
「ツイッターで誰かが貼ってるかもしれへん」
晴が検索すると、心の準備もないまま、結果が目に飛び込んできた。
1. Number ∞
2. Golden Flag
3. 聖莉守
4. Westa
5. 爽wing
:
「あっぶな!」
部内に響き渡ったのは、立火の正直な叫びだった。
他の人も同じ結果を貼っているので、デマではない。
ぎりぎり四位での通過。
何とか切符は確保したものの、部員たちは素直に喜べず、特に桜夜が口をとがらせる。
「あんなに頑張ったのに四位~? なんでゴルフラの方が上やねん」
「絶対、業者のステマのせいや! 引っかかる方も引っかかる方や!」
「でも天名さん。個人単位で見れば瀬良さんが優れてたのは確かだし、一概に宣伝の力と決めつけるのも」
「藤上さんはこれが純粋な民意やって言うの!?」
「まあ、瀬良が一位でないだけマシやな。あたしがナンインに感謝するなんてなあ」
「と、とにかく通過はできたんやから、ねえ」
喧々囂々の状態を小都子がなだめていた時だった。
パソコンで通知が鳴り、晴から部長に伝えられる。
「部のアドレス宛にメールが来ています」
「誰からや?」
「爽wingの国枝さんです」
「!」
立火の指示でスクリーンに映すと、以下のような内容だった。
『広町、Westaのみんな、予備予選通過おめでとう!
悔しいけど、自分らやったら負けても納得できるで!
私は受験で引退やから、スクールアイドルとしてはここまでや。
今までほんまに楽しかった! これからはファンとして応援させてもらうで!』
桜夜が少ししゅんとなって、二年以上競ってきた相手に思いをはせる。
「どこまでも爽やかな奴やなあ……」
「国枝……」
机の上で、立火の手がぎゅっと握られる。
四位で文句を言える立場ではない。
その陰には、ここで脱落となった多くの生徒たちがいるのだ。
そして被災地にいる勇魚から、姫水へ電話がかかってきた。
『やったね姫ちゃん! うちら、先に進めるんやね!』
「ええ、そうよ。勇魚ちゃんが喜んでくれて嬉しい」
『こっちで、高槻のスクールアイドルに会ったんやけどね。
地震のせいで最後の週は全然練習できなくて、本番でもミスして、悔いの残るラブライブになったって。
でもその分、うちらに頑張って欲しいって言うてくれた!
うちはまだ役には立てへんけど、それでもWestaみんなで地区予選、頑張ろう!』
「そう……そうね、勇魚ちゃん……」
電話を切り、姫水は話の内容を部員たちに伝える。
もはや後ろ向きな者は誰もなく、その目は未来へ向いている。
国枝にお礼を返信してから、立火は全員に檄を飛ばした。
「私たちは大阪市の代表になった!
悲願の全国行きに、今回も挑戦できるんや!
祝勝会といきたいけど、そんな余裕はないで! もっと練習や!」
「でも、おやつの時間くらいは構いませんよね?」
小都子が鞄から取り出した箱を開けると、焼けた小麦色の四角い板が現れた。
「アップルパイを焼いてきたんです。残念賞にならなくて良かったわあ」
「わあ! 小都子先輩、お菓子も作れるんですね!」
「さすがお嫁にしたい先輩ナンバーワンっすねー」
花歩とつかさの感心の声に、小都子は照れながら堺産のナイフも取り出す。
三年生たちもうんうんとうなずいている。
「小都子のお菓子はほんま絶品やでえ」
「ねえ小都子、私と結婚して! それで毎日スイーツ作って!」
「あはは。太った桜夜先輩なんて見たくないですよ」
ナイフで三×三の九等分に切り、林檎の詰まった真ん中の一切れは勇魚に残しておく。
紙の皿にパイを載せて、一人ずつ配った。
「はいどうぞ、夕理ちゃん」
「ありがとうございます、小都子先輩」
「はい晴ちゃん……どうかした?」
「ん、いや、何でもない。いただくで」
珍しく少し上の空だった晴が、すぐに表情を隠した。
小都子は怪訝な顔をするものの、こうなった晴から何かを聞き出すのは難しい。
黙ってアップルパイを手渡した。
* * *
林檎パワーで練習を終え、その日の部活は終わる。
立火が鍵を返して階段を降りると、踊り場で晴が待ち構えていた。
「部長、少しよろしいですか」
「おっ、何や。全国に向けて秘策か?」
半ば本気で言ったが、雰囲気がおかしいことに気付く。
あの晴が、どこか思いつめた顔をしている。
初めて見る表情の彼女は、立火が同じ高さに降りたと同時に、口を開いた。
「単刀直入に言います。
地区予選、我々に勝ち目はありません」
校庭の方から、既に負けて代替わりした運動部の、練習の声が聞こえる。
立火は冗談めかして笑おうとしたが、上手く笑えなかった。
「いや……。
もちろん大阪市でギリ四位なんやから、関西で四位に入るのが厳しいのは分かるで。
けどそこを何とかするのが、奇跡の逆転ファイターで……」
「不可能です。四位どころか、上半分にも入れないでしょう」
「おい晴!」
「分かりやすく例えます」
晴の細い瞳の中に、何かが滅ぶときの炎が映っている気がした。
「今の私たちは、言わば大坂夏の陣における豊臣方。
このままでは、城を枕に討ち死にするだけです」