「はーっはっは! ゴルフラざまあ!
ぽっと出のお前らが、全国常連の私たちに勝てるわけないやろ!」
何とかGolden Flagを下し、戎屋鏡香は高笑いしていた。
一方でNumber ∞の幹部たちは不安げである。
「一位を取れたのはええけど、今回はかなり無理したで」
「部員たちからも不満が出てて……」
「ま、まあ、そこは何とかなだめるんや。名門の誇りがあるやろ、なっ」
そして当のGolden Flagは……
「二位なら上出来や。広告会社は払っただけの仕事をしてくれたで」
「やったー!」
暁子の言葉に光が無邪気に喜ぶ一方、ステージメンバーの三人は暗い顔だ。
「私たちがもっとしっかりしていれば、一位を取れたんとちゃうか……」
「カズラちゃん、ちょっと高望みしすぎやろ~?」
「まゆら先輩の言う通りです! 一位と二位なんてひとつしか変わらんけえ」
「とはいえこのままでは地区予選は厳しい。で、対策を考えたんやけど」
暁子は作戦を話しながらも、どこか後ろめたそうだったが……
聞いた部員たちの顔は、裏腹に明るくなっていく。
* * *
大坂夏の陣の豊臣方。
それは誰が見ても負け戦の陣営。
たとえ真田の槍が家康に届いたところで、天下の大勢は変わらなかったと言われる。
「結果が出ると同時に、各動画の再生数も表示されましたが」
と、晴は予備予選の動画一覧を見せた。
自分たちとしては会心の出来だったライブ。だが再生数は――
「私たちは上位三校に比べ、ガクンと数字が落ちています。
去年の数字にも遠く及ばない。
グループの地力であるファン数と知名度。それが三年生の卒業で減ってから、あまり回復していません」
「………」
「夕理も頑張っているのは分かりますが、あの曲ではやはり力不足です。
姫水も才能に頼るだけでは、本物が出てくる関西ではそろそろ厳しいでしょう。
失礼ですが先輩たちも、去年の五人の先輩を越えたとは……」
「そんなことは分かってんねん!」
去年のWestaに、今のWestaがまだまだ及ばないのは分かっている。
だが、今それを言ってどうなるのか。
晴の意図が読めず、立火の口からは願望が流れる。
「は、ははあ。何か作戦があるんやろ?
このままでは負ける、そこをどう逆転するかって話やな。晴も盛り上げ上手やな~」
「………」
「おい晴……」
「この一週間、ネット上で私なりに戦ってきました」
いつも冷静沈着な晴が、今は苦渋の表情でうつむいている。
この光景に、ようやく部長は実感してきた。
状況が絶望的であることを。
「ですが無駄でした。話題はゴルフラで持ちきりで、何をしてもそちらに持っていかれる。
プロの広告業者の前では、私は一介の高校生でしかありませんでした。
非力で申し訳ありません」
「晴……」
頭を下げる後輩に、立火の手のひらに爪が食い込む。
自分こそ、いつもいつも晴に頼りっぱなしで、どれだけ非力な部長なのか。
「なので」
立火を納得させるための長い前置きは終わり、ようやく結論を口にする。
「今回は捨て石にして、冬にリベンジを図りましょう」
「捨て石って……」
「少しでも経験を積ませるため、花歩と勇魚を出すのもいいでしょう。
少しでも知名度を上げるため、目立つことに特化する方法もある。
全員で考えれば、もっと良い案も出てくるかも……」
「ち、ちょっと待て!」
言いたいことは分かるが、飲めそうにもない提案に、立火は慌てて反論する。
「それやったら普通に全力でライブした方がええやろ!?
たとえ負けて死んでも、真田幸村みたいに世間に名を残せれば!」
「無理です。今の私たちの実力は、とうてい幸村公の器ではありません」
晴は敢然と顔を上げる。
もはやためらいはなく、自らの役目として冷酷に事実を告げた。
「正面から全力で挑んでも、何の爪痕も残せず負けるでしょう」
* * *
帰宅した立火は、部屋の窓から曇り空を見ていた。
様々な情報を集めている晴が、苦渋の結論として言ったのだから、全て事実なのだろう。
冬の方がまだ勝ちの目はあるというのも分かる。
その頃にはWestaの一年生は成長し、逆に他校の三年生は引退する者も出てくるだろうから。
(せやかて、夏を諦めろ言うてもなあ……)
別れ際、最後に晴から聞かれたことを思い出す。
『この話、部の皆には伝えますか?
一年生には、初めての期末テストの前に動揺させかねませんが』
その時は少し考えると返したが、結論は分かり切っていた。
スマホを開いて、晴個人にだけメッセージを送る。
『やっぱり、テストが終わってから話そう。
どのみちテスト期間中は何もできひんし』
『了解しました』
即座に届いた返信を見てから、立火は座布団にスマホを放り投げようとした。
だが、腐る前にやるべきことがあった。
(他の県の結果も見とかなあかん。これから戦うんやからな)
予備予選はどのブロックも今日結果が出るが、時間はバラバラだ。
今なら全ての結果が出揃ったはずなので、公式サイトを開く。
(滋賀は今回もLakePrincessか。羽鳥に勝てる奴はおらへんのやろか)
(おっ、兵庫は赤穂浪士がトップ通過か。羽鳥を討ち取るって公言してるのは大したもんやな。できるかはともかく)
(京都は……)
結果を表示した途端、四位のグループ名が目に飛び込んだ。
慌てて部のLINEを開く。
『小梅の学校が勝ち抜いてる!』
思わずメッセージ送ってから、これでは一年生には通じないと思い直す。
補足しようとしたところ、勇魚が反応してきた。
『お知り合いですか?』
『せやで。勇魚はもう家?』
『今、帰りの電車の中です!』
『ほんまお疲れ様やな。小梅は私と同い年で、元々Westaにいたんや。二年生になるとき親の仕事で京都に引っ越してん』
『そうなんですね! でも京都からなら、頑張れば通えたんやないですか?』
『そいつ京都大好き人間やったからなあ。喜々として転校していきよったで』
悪い子ではなかったが、大阪人のくせに京都かぶれで、立火とはよく喧嘩していた。
その転校先が西陣今宮学院。
全国で唯一の、純粋な和のスクールアイドル――『
『和風のグループって結構あるやろ?』
『ありますね! だいたい和ロックとか、和楽器バンドみたいなのです!』
『けどこいつらはちゃうで。ガチの和風や』
そう書きつつ貼った動画のURLを、自分でも開いてみる。
着物姿の女生徒が五人、鼓や三味線の流れる中で、ひらりひらりと扇を舞わせていた。
その口から流れるのは歌ではなく『唄』。
勇魚の驚嘆が、文字を通して伝わってくる。
『はわわ! これ本物の日舞や!』
『センターは家元の娘らしい。私には良し悪しはよく分からへんけど』
『でも、みんなここに投票したんですね! さすが京都の人は文化的やー』
確かにぎりぎり四位とはいえ、こんな若者向けでないグループが突破するとは誰も予想していなかった。
番狂わせというのはいつだって起こるのだ。
晴も真剣に考えた上での話だったのは分かるけれど……。
計算通りにはいかない可能性も、まだあるのではないか。
『わ、ほんまに小梅やん! 久しぶりに会えるんやな』
『西陣の着物ってめっちゃ高そう。あ、つまんない感想ですみません』
桜夜と花歩も会話に入ってきて、他県の結果も含めトークが盛り上がる。
それに付き合いながら、何とか勝つ可能性を高められないのか考える。
(――あの件、片付けとこか。いつかはやらなあかんことやし)
前から気がかりだった、人間関係の棘を抜くことにした。
* * *
翌日の日曜日から、暦は七月に入る。
そして月曜日……。
一年五組では予備予選突破の祝福と、地区予選への激励がつかさへ向けられていた。
「せっかく調子ええのに、明日から部活禁止期間かあ」
「Westaだけ活動させてあげたらええのにね」
(いや冗談やめて。あたしはそこまで部活したくない)
「今日が一旦最後の練習なんやね。つかさ、頑張って!」
「ん? あたし今日はバイト」
「あ、そうやったん……」
級友たちの顔に失望が浮かぶが、勝手に期待を押し付けられても困る。
授業が始まった時、後ろの晶が笑いながら言った。
「私は全然期待してへんから、安心して」
「そりゃどーも」
放課後になって廊下に出ると、いきなり姫水と出くわした。
「彩谷さん。確か今日はバイトよね」
「あ、うん……」
こんな時に練習休むなんて、と思われているのだろうか。
でも学生思いの店長が、テスト前はシフトを入れさせてくれないので、今日入れるしかなかったのだ。
「そっちは、昨日ボランティア行ってきたんやって? ご立派なことで」
「そんなのじゃないわよ。勇魚ちゃんの付き合いで行っただけ」
「あ、そ」
ああ……何でもっと、楽しく話せないのだろう。
苦い思いを抱えながら、その場を離れようとした時だった。
姫水はいつもの微笑みで、小さく手を振った。
「バイト、頑張ってね」
「つかさちゃん、何かええことあったん?」
「え!?」
開店準備をしている最中、串カツ屋のおばちゃんからそんなことを言われた。
「べべ別にありませんけど、何でです?」
「さっきから、めっちゃニコニコしてたで? 鼻歌まで聞こえてきたし」
「マジっすか……ちょっと顔洗ってきます」
洗面所で顔面に冷水を浴びせてから、ニヤついてたらしい自分を鏡で見る。
(くそっ、あたしチョロ過ぎやろ……)
バイト頑張って程度の一言でも、どうしようもなく嬉しい。
昨日ずっと一緒だったであろう勇魚に比べ、自分との会話はほんの数秒なのに。
それでも、泣きたくなるくらいに嬉しい……。
「お先に失礼しまーす」
八時にバイトを終え、軽い足取りで駅へ向かおうとすると、店の前に人影があった。
「よっ、つかさ。お疲れ様」
「部長さん!?」
電柱によりかかっていた体を起こし、立火が軽く手を上げる。
ここは駅から北側、立火の家とは反対側だ。
通りがかったわけではない。つかさを待ち構えていたのだ。
「駅まで歩きながら話そか。コーヒーでいい?」
「あ、はい、ども。ごちそうさまです」
缶コーヒーを受け取り、蓋を開けつつ歩き出しながら、立火は後ろの店を振り返る。
「バイト先あそこやってんな。基本飲み屋やろ? 女子高生が働いて大丈夫?」
「おじさんとおばさんが目を光らせてますから平気ですよ。ていうか、週一が可なのあそこだけやったんですよ」
「あー、確かに週一は少ないやろなー」
夜空の下、なかなか本題に入らない立火に、つかさの不審の目が強くなる。
一体、何の用なのだろうか。
(あ……もしかして、地区予選ではレギュラー外されるんやろか)
(別に気にしないし、こんな大げさに伝えに来なくてもええのに)
(面倒な練習しなくて済むし、花歩と一緒に喜んで観戦するっての)
(……遠くから、藤上さんを見るだけ……でもしゃあないやん……)
だが、それらは全て杞憂だった。
意を決して立火が口にしたのは、全く違う話だった。
「姫水と仲悪いの?」
(そっちかーーーー!!!)
途端にぎくしゃくする歩行の中、へらへらとごまかし笑いを浮かべる。
「え、えー? やだなー、何でですか?
あたしと藤上さんの間に、特に何もないですよね?」
「いやいや、めっちゃあったやろ。
ファーストライブの時、露骨に顔を背けてたし。
打ち上げの後は何か揉めてたし。
チアの衣装にケチつけてたし。
映画行くの行かないのでも揉めてたし。
とどめに予備予選の前、思いっきり喧嘩してたやろ」
「何でそんな細かく覚えてるんです!? ストーカーみたいでキモいっす!」
「こっちは部長として、部員が悩みを抱えてないかいつも気にしてんねん!」
意外と気配りしていた部長に、つかさは言葉を返せない。
というか、端からは仲が悪く見えていたというのが、正直ショックである。
バイト頑張ってって言われたんですよ!と主張したいが、その程度で必死になるのもみじめな気がする。
「それにお前、姫水のことだけ未だに苗字で呼んでるやないか」
「そ、それは……そんなの、藤上さんも同じやないですか」
「姫水は基本的に、相手の呼び方に合わせてるだけやろ」
正確には晴だけは思うところがあるのか苗字で呼んでいるようだが、それはこの際関係ない。
ここまで証拠が揃うと、つかさとしても言い逃れできない。
かといって本当のことなど絶対言えない。
素早く考えた末、つかさは自分の心の片面だけを見せることにした。
心配して夜中に来てくれた部長に、とりあえず嘘ではないことを言うために。
「まあ……そうですね。実を言えばちょっと苦手です。
完璧で何でもできて、常にマウント取られてそうやし」
「姫水の入部前にもそんなん言うてたらしいな。桜夜に聞いたけど」
(あの先輩口軽いなあ……)
とはいえ口止めもしなかった自分も悪い。
あの時は、姫水にここまで心を占領されるなんて、夢にも思わなかったのだ。
コーヒーを一口飲んだ立火は、不思議そうに首をひねる。
「そのマウントってのが私にはよく分からへんなー。ダンスは姫水より私の方が上やろ?」
「そりゃ部長さんは二年以上練習してるんやから、負けたら逆にあかんでしょ」
「なら何が条件やねん。同じ一年生ってなら、夕理は姫水もできない作曲ができるやないか」
「うーん。そう言われると難しいんですけど」
確かに夕理の作曲に劣等感を覚えたことなどない。
何で姫水にだけ、と考えつつ隣の先輩を見て、一つの仮説に思い至る。
理由のうちの一つでしかないと思うけど、立火に投げつけるには最適に思えた。
「どうしようかなー。これ言うと部長さん怒るからなー」
「いやいや、私、部活で怒ったことないやろ? これでも優しい先輩を目指してんねんで」
「んー……なら言いますけど、藤上さんって東京人ですよね」
「生まれは大阪やん、って言いたいけど、まあキャラ的にはな」
「で、あたしは大阪人と」
「うん」
それで?という顔の立火に、半ば投げやりに、劣等感の理由を口にした。
「しょせん大阪なんて、何やっても東京にかなわない、永遠の二番手やないですか……」
………。
ゴゴゴゴゴゴ
大地を揺るがす鳴動の後、立火の火山が見事に爆発した。
「な・ん・や・て~~!!?」
「ほーら怒ったあ!!」
「勝ってるとこもあるやろ! ほら、あれや、最近の観光客数とか!」
「あたしら観光業者じゃないし、関係ないですよね」
「いや、ちゃうねん。数字とちゃう、ハートなんや! 私の心の中では大阪が日本の中心なんや!」
「はあ、そうっすか」
軽く流され渋い顔の立火を、つかさがニヤニヤと覗き込む。
「どっちが上で下かって、やっぱり気になりますよねー?」
「ぐっ……そーかそーか、つかさと姫水はライバルなわけやな!」
「何でそうなるんです!?」
「大阪と東京ならそうなるやろ!」
「あー……それなんですけど」
気の毒そうな目を部長に向けながら、残酷な事実を告げる。
「東京の人って、別に大阪なんかライバルと思ってへんし、眼中にないらしいですよ」
「嘘やろ!!?」
「残念ながら……」
そんなー、と頭を抱える立火に呆れつつも、つかさ自身も不安になる。
(藤上さんもそうなんやろか)
(いやでも、バイト頑張ってって言うてくれたし……)
(って、どんだけあの一言にすがるんや!)
駅の看板が前方に見えてきた。
複雑な顔をしている後輩を見て、立火はとにもかくにも頼み込む。
「とにかく、姫水のこと嫌わないでやってや。あいつ、ええ奴やないか」
「……分かってますよ。上手くやっていきますって」
長く話した割に、当たり障りのない結論になってしまった。
もう少し何か、二人を近づける方法はないものかと、立火は記憶をたぐる。
姫水の病気がある以上、普通のやり方では無理なのかもしれない。もっと別の何か……。
「あ……そうや。マイナスを問わず……」
「?」
「中途半端に仲良くするくらいなら、いっそ思いきり嫌った方が姫水のためなのかなあ」
「え? あいつマゾなんですか?」
「んなわけないやろ。つかさも気になってると思うけど、姫水の休業理由に関することや」
歩道橋に上りかけたところで、つかさの足が止まる。
立火も立ち止まり、最後の期待を込めて語りかけた。
「一度、本人に聞いてみたらどうや。
つかさやったら、姫水も話してくれると思うで」
すぐ隣を、車のライトが次々通り過ぎていく。
夜でも騒々しい大阪の街で、つかさの肩がすくめられる。
「――やめときます。聞いたところで、あたしに何ができるでもないですし」
「そうか……」
二人とも寂しそうに笑い、歩道橋に上る。
橋の上の分かれ道で、立火は軽く空き缶を掲げた。
「バイトで疲れてるとこごめんな。話ができて良かったで」
「いえいえ、部長さんも大変ですね。じゃ、次はテスト明けに」
「ほな、おやすみ!」
改札を通りながら、つかさはぼんやりと考える。
(そうやった……藤上さんて完璧すぎて忘れてたけど)
(何か問題を抱えて大阪に来てて、さっきの話やとそれはまだ解決してない)
(もしも、あたしが何とかできれば……)
(藤上さんは、あたしを好きになってくれるんやろか……)
『彩谷さんは私の恩人よ。これからはつかさって呼ぶわね』
『私、あなたのことが好きになったみたい。真剣にお付き合いしてくれる?』
「って、そんなわけあるかーい」
小声で自己ツッコミを入れてから、苦笑いしつつ電車に乗る。
アホな妄想をする暇があったら、現実を直視しないと。
(……勇魚に解決できないことを、あたしが解決できるわけないやろ)
座席に深く体を沈め、両目を閉じる。
負けが分かっている戦なんて、つかさは御免だった。