第22話 サマーダイアリーB面
「久しぶりー」
「うわめっちゃ焼けてる」
「今年はほんま暑いよね」
夏休みの半分が終わり、今日は登校日。
静かだった校内も、一気に女生徒たちで賑わっている。
とはいえ校長の話だの、ホームルームだのは皆興味はない。
主な目的は、文化祭準備の見極めである。
九月の二週間で間に合わなさそうなら、夏休み中も出てこなければならないが……。
「え、劇やるの!?」
3-5の教室で、立火は今さらながら驚いていた。
受験生は軽めの出し物にするのが普通なのに。
首謀者である漫研部長の
「負担は軽くするから大丈夫。演目はチャンバラや!」
「ほー、チャンバラ……」
「適当に刀振り回すだけでそれっぽくなるやろ? セリフも最小限に留めるから」
「それで未波、脚本はできたの?」
実行委員の子に聞かれ、未波は教壇で高らかに語り出した。
「時は西暦2205年!」
『おいおい』
『?』
クラスの四分の一が上の反応、残りが下の反応だった。
下側に入る景子が、疑問符を浮かべて未波へ尋ねる。
「え、未来世界? SFやったん?」
「いやー、刀剣乱舞って知らない? 結構社会現象になってると思うんやけど」
「何や、アニメかゲームの話か。これやからオタクは」
「オ、オタクを侮辱するな! オタクは既に市民権を得てるんや!」
しかし当のオタク仲間からも、未波へは苦言が飛ぶ。
「堅気の人が見る文化祭で刀ミュごっこはちょっと……」
「だ、大丈夫、知らない人にはただのチャンバラとしか見えへんようにするから!
てことで立火は主演やで」
「うぐぐ。何でもやるって言うてもうたしなあ……」
とりあえず、一度稽古をしてみることになった。
皆が机を寄せる中、立火は渡されたコスプレ衣装に着替える。
まあ衣装を着て何かするのは慣れてはいるが……。
「何で白髪のウィッグなん? よっぽど苦労してんの?」
「これは銀髪! ほら、台詞読んでみて。飄々とした感じで」
「『よっ、鶴丸国永や。人生には驚きが必要やで』」
「うおおおい! 大阪弁の鶴さんなんていないから!」
「私に東京弁を喋れいうんか!?」
「何でもする言うたやろ!」
「くそう……」
とはいえチャンバラ自体は結構面白く、土産物屋で売ってそうな木刀を手に、級友たちと一緒に適当な殺陣が繰り広げられる。
「ちぇあ! ちょあ! 驚いたか?」
「ぐあああー……って未波、こっちの衣装はないの?」
敵役を引き受けた景子に聞かれ、未波は腕を組んで考え込んだ。
「元ネタは鎧兜なんやけど、さすがに用意するのは無理やな。シーツでもかぶるか……」
「それでチャンバラって辛いんやけど!」
「うーん、二学期までに考えとく。じゃあもう一回最初からー」
「ははは、じじいには重労働だなあ」
ノリがいい子は元ネタを知っているのだろう。
一時間ほどの練習で結構形になり、これなら夏休みを潰す必要なしと満足な未波である。
と、教室の入口で、隣のクラスの子が覗いてるのに気づく。
「あ、木ノ川さん」
「立火が鶴さんねえ……」
「うわ、とうらぶ知ってるの!? 推し刀は!?」
「去年やってたけど、周回が辛くてやめた」
「ありゃ残念」
「何で最近のゲームって周回ばっかさせるんや! そんなに私を苦しめたいの!?」
「まあ、それがないとすぐ終わるからね。必要悪なんや……」
「桜夜、どないしたん?」
練習が一段落ついて近づいてきた立火に、相方は用件を告げる。
「うちのたこ焼き喫茶用に、おばあちゃんとこで練習させてほしいんやけど。今日家にいる?」
「おるでー。お前が焼くんやろかって心配してたけど」
「焼くのは他の子! どーせ私は、前やったとき黒焦げにしましたよ」
「なら安心や。ま、桜夜は給仕の方が似合ってるで」
「う、うん」
少し嬉しそうに、桜夜は自分のクラスに戻っていった。
未波がニヤニヤしながらそれを見送る。
「相変わらず仲の良いことで。ところでどう? この役」
「鶴丸さんやったっけ? なかなかええこと言うてはるわ。確かに驚きのない人生なんておもろないな」
「気に入ってくれた!? フィギュア見せてあげようか!? ミュージカル行かへん!?」
「落ち着け!」
* * *
縁日を行う1-3では、輪投げ、的当ての他にもう一つ欲しいという話になった。
「縁日といえば金魚すくいやけど」
「生き物を扱うのはちょっと……」
「水風船釣りとかは?」
「校内で割れたらトラブルになりそう」
「はいはい! うち、スーパーボールすくいが面白かったで!」
勇魚の実体験に皆も同意し、スーパーボールとポイが安いところを探すことにした。
空気状態の花歩は少し焦る。
(わ、私も何か意見言って目立ちたい……)
「あと、輪投げと的当ての景品やけど……」
「はいはいはい!」
「はい、丘本さん」
「駄菓子なんてええと思う!」
「うん、王道やな」
(ぐふっ、普通すぎた)
しかし普通ゆえに受け入れられ、有志が駄菓子屋に行ってみるという結論で、その日の話は終わった。
今日は部活もないので、花歩と勇魚は帰りがけに隣のクラスを見に行く。
と、なぜか夕理が実行委員らしき子に食って掛かっている。
「私だけ仕事がないとはどういうことや!」
「いや、みんな仲いい子と作業してるから……。天名さんはゆっくり休んでて……」
「サボりなんて許されるわけないやろ! 全体計画と作業割り当てを見せて。何としても私の仕事を見つけるから」
(めんどくさい人やなあ……)
「ゆ、夕理ちゃ~ん」
花歩が恐る恐る声をかけると、夕理は話を中断して廊下に来てくれた。
解放された実行委員はほっとしている。
「夕ちゃんとこは何するん?」
「迷路やって」
確かに、何人かの生徒が段ボールでサンプルらしきものを作っている。
義務感で参加しているだけの夕理は、興味なさそうに別の話題に移った。
「仕事の後で行きたいとこあるから、花歩はちょっと付き合って」
「え、私?」
「夕ちゃん!? うちは!?」
「大阪らしい曲の取材に行くんや。作曲だけで精一杯やから、作詞は全部花歩に任せる」
まだ難航しているようだった。
大阪らしい歌詞というのも難しそうだし、花歩も確かに取材が要るかもしれない。
一人ハブられた勇魚が涙目で食い下がる。
「うちも行きたい! 衣装の参考に!」
「
それに宿題進んでへんって合宿で言うてたけど、その後どうなんや!」
「ううっ、実はあんまり……」
「なら帰って勉強する!」
「ハイ……」
姫水も忙しいようなので、勇魚はとぼとぼと一人で帰っていった。
花歩が薄い横目を夕理へ向ける。
「夕理ちゃん、まだ勇魚ちゃんのこと苦手?」
「ち、ちゃうっ、ほんまに宿題が心配やっただけで!」
「ならええけど、下の名前で呼ぶ約束、忘れてへんよね?」
「分かってるってば! とにかくどこかで待ってて」
「じゃあ、ちょっと体育館行ってるね」
そこは文化祭当日のステージの場所。
同じ舞台に立って、今度こそ勇魚と夕理を仲良くさせるのだ。
* * *
小都子が廊下に出ると、帰宅する晴と出くわした。
「あれ、二組は準備はええの?」
「討論会やからな。大きな作業はない」
「ずいぶん真面目なことするんやねえ」
「テーマは熱いで。大阪都構想について」
「え……」
言葉に詰まる小都子に、さらにセンシティブなテーマが続く。
「大阪維新の会の評価について、インバウンドの観光公害について」
「こ、高校生がそんなんやって大丈夫?」
「担任は渋ってたけど、盛り上がるならええやろ」
(荒れるって言うんやないやろか……)
帰っていく晴を見送ってから、本来の目的を思い出す。
先日晴に言われたからではないが、姫水と話しに行くのだった。
「藤上さーん、先輩が来てはるでー」
傍目にも活気のある1-6で、呼ばれた姫水はにこやかに寄ってきた。
「小都子先輩。どうされました?」
「準備中にごめんね。うちのクラスもお化け屋敷でかぶったやろ? ちょっと偵察にって」
「そういうことでしたか。うちは結構本格的にやるつもりですよ」
姫水の言葉に、近くにいた六組の生徒もやる気満々でうなずく。
「なんたって我がクラスには藤上さんがいますから!」
「藤上さんに会えるんやったら、夏休み中毎日準備でもええで!」
「もう、みんな大げさなんだから。とにかく、人の心を動かす恐怖を全力で実現します」
「そ、そうなんや。姫水ちゃんもお化けをやるの?」
「はい。勇魚ちゃんのおかげで、演技を解禁できましたから」
そう言った直後、姫水のいきなり表情が変わった。
虚ろな目、だらんと開いた口で、地獄の底からのような声が響く。
「腕……私の腕、どこ……?」
「ひ、姫水ちゃん?」
上手に右腕を隠した姿は、本当に腕が千切れているように見えた。
周りから感動の視線を浴びながら、後ずさる小都子にじりじり近寄っていく。
「ねえ、あなたが切ったんじゃない……。鉈でザクリと……どんな感触だった……? 私の血、温かかった……?」
「あ、あのね姫水ちゃん、そのへんで」
「返してよ……私の腕……ねえ返して……返せェェェェェェ!!!」
「いやああああああ!!」
「――というわけで、私たちに勝ち目は全くなさそうや」
2-3に戻った小都子は、悲しい報告をするしかなかった。
クラスメイトたちは顔を見合わせながら、善後策を協議する。
「一年生に負けるのは嫌やなあ。他の出し物にする?」
「でも今から新しく考えるのも……今日来てへん子もいるし……」
「お化け屋敷自体は変えないとしても、何か差別化できたらええんやけどね」
小都子の言葉に、忍の頭にアイデアが浮かんだ。
少し恥ずかしいが、クラスのためと思って発言する。
「か、可愛い系にしたらどうやろ」
「可愛いお化け屋敷?」
「カボチャのお化けとか、魔女とか……ハロウィンみたいな感じで」
「おっ、ええんやない? 秋やし」
「でもハロウィンって十月じゃ……」
「どうせ日本人はハロウィンの正確な日付なんて覚えてへんから!」
話しながら、全員の目が小都子へと向く。
当人は少し考えてから、柔らかく微笑んだ。
「うん、ええ考えやと思う。
姫水ちゃんのとこでショックを受けすぎた人には、癒されますよって宣伝できるしね」
「よし、その方向で!」
「トリックオアトリート!」
全員が準備にかかる中、小都子は友人にくすくす笑いかける。
「忍、意外と可愛い趣味なんやねえ」
「わ、私の趣味とちゃうわ! ただ三組のピンチに役立てればと……」
「ふふ、はいはい」
* * *
強引に得た仕事を終え、夕理が体育館へ行く途中、開け放しの五組につい目が向いた。
クイズ大会をすると聞いたが、特に作業はしていないようだ。
つかさは久しぶりに会った友達とだべっている。
数瞬の間に目が合ってしまい、先ほどの夕理と同様、話を中断して廊下に来てくれた。
「夕理、帰るの?」
「これから大阪っぽいとこへ取材に行くねん。花歩と一緒に」
「え、例の大阪曲? あはは、もう完全にデートする仲やな」
「デ、デートとちゃうし!」
一瞬むきになった夕理は、少し深呼吸してから小声で聞く。
「人のことを言う前に、そっちはどうなんや。本命とは」
「あー……いつも通りな感じ」
つかさの顔から余裕が消え、自虐的な笑みに変わる。
要は何も進展していない、ということだ。
(進展しないだけならええんやけど……)
演技を解禁して以来、姫水はプロ意識も取り戻したように、前にも増して真剣に練習している。
それは良いことなのだけど、休んでばかりのつかさに対し、好感度がどんどん下がっていないだろうか……。
「な、夏なんやから、もっと積極的にならなあかんやろ!」
「あはは、夕理からそんなこと言われる立場になるとはなあ」
「真面目に考えて!」
「分かってるけど……花火にも誘えへんかったし」
つかさにはもう笑みもなく、拗ねたように視線を落とす。
「さっきも六組を覗きに行ったけど、大勢に囲まれてて、あたしが入り込む余地なんかどこにもなくて……。
……なんか一周回って、あいつのこと嫌いになりそう」
「それはただの逆恨みやろ……」
「そうやな……」
自分の臆病さが悪いことくらい、つかさだって分かっている。
顔を上げて、ぱしんと軽く両頬を叩いた。
「うん、よし。夏休みが終わるまでに、一緒にプールに行くのを目標にする!」
「そ、そう。二人だけで?」
「いやいや、さすがに無理やから部のみんなでや。……我ながら低い目標やなあ」
「そ、そんなことないっ。私も、行った方がよければ行くから!」
「んー、まあ流れ次第でね」
何とか笑顔を回復し、それじゃね、とつかさはお喋りに戻っていった。
プールと聞くと、夕理は三年前の夏を思い出す。
夏のプールなんて浮かれトンチキが行くところと思っていたのに、つかさに連れて行ってもらって手の平を返した。
一緒に水に浸かるだけで、あんなに楽しいとは思わなかった。
姫水のおまけ程度でもいいから、あの時の楽しさを、もう一度望むのは許されるだろうか……。
* * *
運動部も休みのようで、誰もいない体育館のステージに、花歩は一人立っていた。
夏休みの練習の結果、技術的にはまあまあ上達してきた。
あとは芽生に言われた通り、メンタル面も克服せねばならない。
(ここに当日は大勢のお客さんがいて、その前で歌って踊るんや)
(緊張せず、練習通りにできるかなあ)
(ううう、考えただけで胃が痛い)
「花歩」
呼びに来た夕理が、ステージに上がって隣に立つ。
何でこんなところにいるのか、言わずとも分かってくれたようだった。
「夕理ちゃんは、もう三回もライブしてるんやな。緊張したことはないの?」
「全然。緊張なんて心の弱い奴がすることや」
「参考にならへんなあ」
「……佐々木さんもいるんや、大丈夫やろ」
夕理は何か複雑な顔をしていたが、花歩は素直に受け取ることにする。
「ん、そうやね! 勇魚ちゃんも一緒にデビューなのは、ほんま心強い」
「……うん」
「それで取材ってどこ行くん?」
「大阪らしい場所」
「って言うたら」
* * *
「グリコ!」
例のポーズを取る花歩を、夕理は呆れ半分で写真に撮る。
ここは言わずと知れた道頓堀。
川にかかる戎橋の上は、真夏でも観光客で賑わっていた。
「外国人ばっかになったとか言われるけど、割と日本人もいるよね」
「そうやな……」
「言うても、中韓の人は見ても分からへんけど」
「うん……」
「夕理ちゃん、取材に来たんやろ!」
暑さと人混みでうんざりしている夕理を立たせて、花歩もスマホを構える。
「ほらポーズ! アホにならないと、大阪らしさは身につかへんで!」
「あーもう! 勝手に撮ればええやろ!」
ヤケになって両手を上げる夕理を、遠慮なく画像に残した。
後で部の皆にも送っておこう……と企む花歩に、ヤケついでの夕理が欲望に忠実に言う。
「暑いしお腹減った! 取材の前にお昼や!」
「なら、そこ入る?」
花歩が指さした先では、巨大な蟹の看板がうごめいている。
かに道楽に高校生の財布で入れるわけがなく、夕理は恨めしそうな目を向ける。
「誰が払うんや誰が」
「あはは。いつか大人になって稼いだら、また二人で来られたらええね」
「う……うん」
それは大人になっても友達でいてくれると、そういうことなのだろうか。
花歩はさらりとこういうことを言うから困る。
敢えて観光客向けの店に入り、お好み焼きと串揚げを食べながら取り留めなく話す。
話は自然と、二週間後の全国大会のことになった。
「負けて良かったとは断じて言わへんけど、観戦だけでいいのは気楽やね」
「志が低い!」
ドン!と空のグラスをテーブルに置く夕理に、花歩は瓶からオレンジジュースを注ぐ。
「まあまあ、一杯どうぞ。夕理ちゃんはどこが優勝すると思う?」
「そういう予断を与えるのは――」
「投票先はちゃんと自分で決めるってば。こういう雑談ができるのも今だけやろ」
「……順当やったら東京地区トップのとこやろな」
「あの強そうな名前の!」
私立
花歩も地区予選の動画を見たが、とにかく全てにおいて最高水準だった。
逆に言うと尖った特色はなく、動画だけでは強さがピンと来なかった花歩に、夕理は分かりやすく例える。
「要は藤上さんと同レベルの子が九人いるグループや」
「うわ納得した。音ノ木坂よりも上なんやもんなあ」
「というか、ここ数年の音ノ木坂はあんまり強くない」
「そうなの? 姫水ちゃんの知り合いがいるから、全国見に行く時に会うらしいで」
「ふうん」
あまり興味がなさそうな夕理に、花歩はこの話題は諦める。
勇魚と仲良くなれたら次は姫水といきたいところだが、なかなか難しそうだ。
「前回優勝したとこは今回はどうなの?」
「Aqours? どうなんやろな。批判意見もよく見かける。
『あの九人こそがAqoursだったのに。六人になるなら応援しない』って」
「うわあ。そんなん本当のファンとちゃうやろ!」
エビの串揚げをかじりながら、花歩は憤ってジュースをあおる。
夕理もお好み焼きを口に運びつつ、周りからはクダ巻いてる酔っ払いみたいに見えないか、少々不安である。
(私たち、平日の昼間から何してるんやろな)
でも賑やかな店内で、二人でこうしているのも悪くなかった。
こんなの、夏休みだけの特権なのだから。
* * *
食い倒れ人形の土産物屋。
づぼらやのフグの看板。
そして遊覧船で低い橋をくぐりながら、道頓堀川を一巡り。
最後にドンキホーテに入り、派手なエビスの看板をぐるりと囲む、大阪らしい観覧車に二人で乗り込む。
「どう、曲は浮かびそう?」
眼下に先ほどの船を眺めつつ、登っていくゴンドラで花歩は尋ねた。
遠くにはハルカスや通天閣も見えてくる。
「曲自体のイメージはとっくにあるんや」
「え、そうなの!?」
「コミカルでノリのいい曲。大阪らしい言うたら、結局そういうのになると思う」
「まあ、言われてみればそうやな」
「でも、大阪が嫌いな私が書いても、曲に魂は入らへんから……」
かなりの高度に上がったところで、振り向くと後ろの景色も見えた。
取り壊し中のビルが目に入る。
道頓堀から一歩入った裏側は、お世辞にも綺麗とは言いがたく、夕理は眉をひそめる。
花歩はそれに気づかず、隣で腕を組んでいた。
「うーん、やっぱり勇魚ちゃんも来てもらった方が良かったかなあ。
私より勇魚ちゃんの方が大阪ぽいしね」
「……佐々木さんと、ちゃんと仲良くなれるやろか」
二人きりの空の上で、狭いゴンドラにぽつりと流れた言葉に、花歩は意外そうに横を向いた。
「夕理ちゃん?」
「デビューしたら、下の名前で呼ぶ約束は守る。
でも、呼ぶだけで魂が入ってへんなら何の意味もあらへん」
「それは……」
「佐々木さんがいい人で、スクールアイドルにも一生懸命なのは頭では分かってる。
分かってるけど……私はちゃんと、あの子を好きになれるやろか」
ゴンドラは頂上を越えて、下界へ降り始めた。
花歩は生真面目な友達を、暖かな目で見つめている。
「そんなこと気にしてたんや」
「……我ながらアホやと思う」
「でも、仲良くなりたいって思ってるからこそやろ」
嬉しそうな花歩の手が、夕理の手を強く握った。
「大丈夫! 私とだって最初はああやったのに、今はこうしてデートしてるやないか!」
「デートとはちゃうけど!」
「そうやって真剣に考えてくれてるだけで、もう勇魚ちゃんとは友達やって思うよ」
微笑む花歩に、夕理は照れたように眼下の道頓堀を見る。
好きになれる部分から好きになればいい。柚のときにそうだったように。
そして大阪的な勇魚を好きになれるなら、大阪そのものだって――。
「曲、書けそうや」
ゴンドラから降り、再び雑踏に舞い戻りながら、夕理は吹っ切れたように言った。
楽しそうに行き交う人たちの中で、それが移ったように花歩も笑う。
「歌詞の方は心配いらへんよ! 私は元から、賑やかで楽しい大阪が大好きやから」
「そこまで言うんやったら、期待しとくで」
すっかり作詞作曲コンビの二人は、商店街を通って難波駅へと帰っていく。
最後に花歩が、いたずらっぽく提案した。
「その調子で桜夜先輩のことも好きになったら?」
「世の中には限度ってものがあるんや!」
* * *
その夜、さっそくバイオリンの音源が送信されてきた。
イヤホンで聞いた花歩は思わず口ずさむ。
「うーーー、マンボ!」
「何やねん突然」
「いや、そんな感じの曲やったから」
芽生に照れ笑いを返しながら、メロディを何度も聞き込んだ。
この曲を京都で披露する頃には、勇魚と夕理は親友になり、自分は部長と同じ舞台にいるのだ。
きっと何の問題もなく、団結したWestaがそこにあると信じて疑わず。
未来に向けて、花歩は最初のフレーズを考え出した。