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 夏休みもあと一週間。
 宿題も作詞も目途がついた花歩は、机に向かってぼんやり考えていた。

(なんか前半にイベントが固まってて、後半は練習ばかりだった感じ)
(もう一つくらい、何かイベントがないかなあ)

 そんなところへ、ボサボサのポニーテール少女がジト目を向けてくる。

「何でWestaの奴がこんなとこにおんねん」
「ここ、私の部屋!」

 芽生が聖莉守の友達を二人連れてきて、勉強会を始めたのが少し前。
 うち片方の熱季に対し、もう片方が厳しく注意した。

「熱季さん、失礼ではありませんか!」
「あーもー、冗談やろ。蛍はいちいち固いんやから」
「申し訳ございません花歩さん。大事なお部屋を使わせていただいて……」
「あ、いえいえ。芽生の部屋でもあるわけやし」

 彼女は聖莉守の一年生で、先ほど紫之宮蛍しのみや ほたると自己紹介された。
 熱季とは正反対の、ミッションスクールらしい礼儀正しい生徒だ。

「花歩さんは作詞をされているのですよね。
 一年生なのにそのような大役を任されるとは、この紫之宮感服の至りです!」
「いやあ、Westaは上級生が少ないだけやから……」
「蛍、もう一年生だからとか言うてる時期とちゃうやろ」

 と、拳を握った熱季が高揚気味に語る。

「三年生はねーちゃんと部長以外は引退した。
 いよいよ私たちの時代が来たんや! うちらの年代は瀬良だけとちゃうことを見せたるで!」
「光ちゃんはともかく、先輩たちと同じステージに立つわけやし、弱音は言えへんよね」
「丘本姉は来月デビューやったっけ。私は月末にPVに出るからな。勝ち!」
「半月早いくらいで威張られてもなあ」

 そのPV、芽生は何も言ってなかったから出ないのだろうか。
 さっきから面白そうに微笑んでいる妹に目を向ける。

「芽生はまだデビューせえへんの?」
「運動は苦手やからね。もうしばらくは基礎を固めるつもり」
「芽生さんは慎重派なのですね。私も万全を期したいのは山々なのですが……」

 何か期せないわけでも? と不思議そうな花歩に、蛍は恐縮したように顔を逸らす。

「お恥ずかしながらこの紫之宮、運動音痴の上に歌も音痴でして……。
 完璧になるまで待っていたら卒業してしまいますので……」
「私よりも運動できない子って、初めて見たで」
「へええ。見た目は美人で優秀そうなのに、なんか意外やね」
「しかしこんな私でも輝けるのが、スクールアイドルやと思うのです!
 未熟であっても真心を込めて、必ずや多くのファンを楽しませてみせます!」
「気合いはええけど、せいぜい足引っ張らんようにしてや」

 熱季の冷たい物言いに、蛍はしょぼんとし、芽生はたしなめるように厳しく返す。

「熱季も偉そうに言える立場とちゃうやろ。今日の勉強会、誰のためにやってるか分かってる?」
「わ、分かってる。感謝してるってば」
「これ以上成績が落ちては、熱季さんの部活動自体がピンチですからね!
 お喋りが過ぎました。勉強を再開しましょう!」
「ううう。分かってたけどうちの学校、生徒を休ませる気なんてないんやな……」

 泣きそうな顔で鉛筆を動かす熱季に、花歩は密かに妹へ尋ねる。

「やっぱり天王寺福音って、夏休みの宿題も多いの?」
「たぶん住女の1.5倍くらい」
「うへえ」

 住女を選んだ過去の自分に感謝しつつ、花歩は宿題の総仕上げを始めた。
 勇魚も姫水の助けにより、ほぼ完了に近いらしい。
 例年なら夏休みの終わりは寂しいものだけど、今年は大丈夫。
 親友と二人での、華々しいデビューが待っているのだから!


 *   *   *


(やばい! 夏休みが終わる!)

 火曜日のつかさは焦っていた。
 結局誰もプールに誘えないまま、タイムリミットは迫る。
 そもそも休んでばかりの自分が、真面目に頑張っているみんなを遊びには誘い辛かった。
 そして今日は、肝心の姫水がいない。

「ちょっと人少ないけど、今日も頑張っていこうね」

 五人しかいない部室で、小都子が活動開始を宣言する。
 三年生たちは夏期講習で、姫水は文化祭の準備、勇魚はボランティア部だ。
 つかさは腹立ちまぎれに疑問を呈する。

「勇魚は他の部行ってて大丈夫なんですか?」
「あまり大丈夫とちゃうけど、ボランティア部も文化祭は力入れるみたいやからな」

 晴の言う通り、今年は地震と豪雨で過去にない大活躍。喜んでいいことなのかは分からないが……。
 勇魚も活動報告会で発表すると張り切っていた。
 花歩が不在の親友をフォローする。

「勇魚ちゃんも何か歯車が合えば、歌もダンスも一気に上手くいくと思うんやけどね」
「その歯車が何なのか分からへんから困ってるんやろ」
「ま、まあ、文化祭までまだ時間あるから。そうそう、歌詞できたんやった」

 本当は全員揃ってからにしたかったが、空気を変えるためにもノートを開く。
 長居組の二人にはバスの中で見てもらった。
 その時は好評だったことを支えに、一気に読み上げる。

『うーーーー マンボ!
 わろてや! 浪花の女子の心意気
 ここは水の都大阪 細かいことは水に流して
 ノリとツッコミでゴーゴー! ”何でやねん!”』

(ううっ、ラブソングとはまた別の恥ずかしさや……)
 大阪人の自信がない自分には、ギャグ方面はどうしても不安になる。
 滑ってないだろうか、寒くないだろうか。
 それでも読み終わったとき、小都子とつかさは大いにウケてくれた。

「あははは! 最高や花歩ちゃん!」
「ええなーこういうの。あたしはこれくらい軽い方が好きやで」

 晴も無言でうなずいたので、及第点はもらえたようだ。
 問題は、こういうのが好きでなさそうな夕理だが……。

「ど、どうやろ。この前の取材も生かしたんやけど」
「とりあえず、私には絶対書かれへん歌詞やと思う」
「え、ええっと、それはどういう」
「……花歩がいてくれて良かった、って意味や」

 照れくさそうにぷいと横を向く夕理に、花歩は感極まって抱きつこうとして、ひらりとかわされた。

「それで、曲名は何ていうの?」

 嬉しそうな小都子に尋ねられ、花歩は考えていたタイトルを告げる。
 もう恥ずかしいなんて思わず、堂々と。

「『なにわLaughing!』
 他のグループだと『なんとかSmiling』は多いんですけど、laughはあまり見ないので。
 大阪らしいと思って使ってみました!」
「うん、私も大阪の笑いに相応しいと思う。
 これで京都と――そして神戸と対決するんやねえ」

 Worldsと対決と言われると、花歩も夕理も自信は揺らぐ。
 しかしこれ以上の曲は作れない。後はパフォーマンス次第だ。
 歌詞の画像を三年生に送ると、すぐに誉める返信が来て、自信も少し回復した。
 いや、夏期講習は真面目に受けて欲しいが……。

「それで小都子」

 話に区切りがついたところで、晴が確認する。

「今日の活動はどうするんや。先に四人だけで新曲の練習? それとも衣装作りの続き?」
「そ、そうやねえ。ええっと……」

 立火がいない日こそ、次期部長がびしりと決めなければならないが。
 決断を下す前に、部室の扉がノックされた。

「誰やろ。夏休みなのに」

 小都子が不思議そうに扉を開けると、いたのは一人の女の子だった。

「こんにちはー!」
「瀬良さん!?」

 数日前は憧れのアキバドームにいた彼女が、にこにこと目の前に立っている。
 遠慮なく部室に入ってきて、状況を説明した。

「うちの部、今週は休みじゃけん! ヒマだから遊びに来ました!」
「ああ、ずっと全国に向けて頑張ってたんやものねえ。ほんまにお疲れさま」
「あれ、勇魚ちゃんがいない」
「今はボランティア部に行ってるんよ。呼んでこようか?」

 小都子が言った部の名前に、光の顔に尊敬の色が浮かぶ。
 邪魔をしてはいけないと、勢いよく首を横に振った。

「昼休みまで待ちます! 昨日まで実家に帰ってたので、これお土産です」
「あらあら、わざわざおおきに」
(えっ、昼まで居座るってこと……?)

 つかさと夕理はあまり歓迎する気になれないが、追い返すわけにもいかない。
 一方でそんなに嫌いではない花歩は、お茶を入れてもてなした。

「実家ってことは、故郷に凱旋やったんやね」
「うーん。十位じゃけぇ、あんまり凱旋って気分でもないけど」
「いやいや、めっちゃすごいやろ。逆に嫌味やで……」

 自分が持ってきた瀬戸内レモンケーキをパクつきながら、光は全国大会の様子を話してくれた。
 楽屋はどんな感じか、ステージから見た光景はどんなものか。
 これは夕理も真剣に聞かざるを得ない。
 そして――

「プロのスカウトを蹴ったあ!?」
「うん。あ、このお茶おいしい」

 のほほんと言ってのける光に、Westaの面々は驚愕の叫びを上げる。
 花歩が信じられないというように身を乗り出した。

「も、もったいないいい! 光ちゃんならプロでも大人気やろ!?」
「でもスクールアイドルの方が楽しいけぇ。Westaともまた勝負したいしね!」
「もう資金は尽きたはずやろ。曲はどうするんや」

 戦力を探りにくる晴に、光に隠す発想はなくペラペラと喋る。

「暁子部長が……あ、もう部長じゃないけど、こんなこともあろうかと少しお金を残してたので。
 それで一年生の一人が作曲教室に通って、自分で作れるようにする予定です」

 つまりスクールアイドル本来の姿である、手作りのライブになるということだ。
 今度は夕理が嬉しそうに身を乗り出す。

「そ、そっか! 瀬良さんもようやく理念を分かってくれたんやな!」
「いや理念とかはどうでもいいよ。それしか方法がないだけ」
「……あっそ!」

 ぶすっとする夕理だが、晴の方は満足げだった。

「できればプロの世界に退場して欲しかったが、それならまあええわ。
 いくらお前が天才でも、金のないゴルフラなど大した脅威ではない」
「うわー、言ってくれるなー」
「ち、ちょっと晴ちゃん。年下相手に何を粋がってるんや」
「事実を言うただけやで。ま、せっかく来てくれたんや。練習に混ざっていってくれ」
「いいですよ。面白そう!」
(先週まで練習漬けやったのに、休みに他校に来てまで練習するんかい)

 つかさにとっては理解不能な生物だった。
 そして一曲踊っただけで分かる次元の違いに、ますます遠くに感じてしまう。

(プロだのスカウトだの、別世界の話としか思えへんわ)
(って、藤上さんもその世界の住人やった……)
(やっぱりあたしとは、住むところが違うのかなあ……)


 昼休み。他の部屋へ呼びに行った花歩が、勇魚と姫水を連れて戻ってくる。
 光は子犬のように勇魚にまっすぐ駆け寄った。

「勇魚ちゃん!」
「光ちゃん! 全国大会、めっちゃ素敵やったで!」
「えへへ、ありがと! 勇魚ちゃんがくれた飴玉のおかげじゃけん」
「飴ちゃんくらい、いくらでもあげたるで! ほら食べて食べて!」
「勇魚ちゃんは本当に優しいなあ」

 仲の良い二人を、姫水が表面上はにこやかに見ている。

「瀬良さん。先日の動画、許可してくれてありがとうね」
「あ、いーよ別に。何が面白いのかよく分からなかったけど」
(こいつ、相変わらず藤上さんのこと舐めすぎやろ!)

 イライラするつかさだが、表に出すのも大人げない。
 晴は一人で外に行ったので、六人のWestaが光にお弁当を分けてランチタイムになった。
 つかさも仕方なく唐揚げを一つあげる。

(ったく、いつまでいるんや。早く帰ってくれないとプールの話が……)
「ねーみんな、プール行かない?」
「ぶっ」

 天真爛漫に言う光に、つかさは飲みかけのお茶を吹きかける。

「彩谷さん、どうかした?」
「い、いや別に……ていうか、ゴルフラの人と行けばええやろ!」
「それは明日行くし、明後日はクラスの友達と行くよ。でもWestaのみんなとも行きたい!」
「うんっ、うちも光ちゃんと行きたい! 行こう行こう!」

 さっそく勇魚が乗り気の一方、小都子は気が進まない様子である。

「そんなにプールばっかで飽きひんの?」
「島で暮らしていた頃は毎日泳いでましたから!」
(……しゃあない、ここは乗っておくか)

 つかさとしては光に助けられるのはシャクだが、これを逃してはもう機会はない。
 努めて明るい声を部室に響かせる。

「そうやなー、夏休みの締めにプールもええもんやな。みんなも行くやろ!?」
「確かにイベント欲しいしね!」と花歩。
「う、うん。私も行きたい」と嬉しそうに夕理。
「私は……」と口を開く姫水に、つかさは手を向けて制止する。
「ああ、分かってんねんで。藤上さんは日焼けが駄目なんやろ? なら屋内プールってことで」

 プールに誘いつつ、気遣いのできる女をアピールする一石二鳥である。
 が、光がブーブー言い始めた。

「夏なのに屋内プールって馬鹿じゃないの? 少しくらい焼けた方が健康にいいよ!」
(やかましいわ! 少しは遠慮しろ!)
「私のことは気にしないで、行きたい人で行ってきたら?」
(ほらあ! 藤上さんが引いちゃった!)

 かくなる上は全ての掘を埋めるしかない。
 三年生は行くに決まっているし、晴は最初から対象外なので、後は小都子だけだ。

「小都子先輩! 部の団結を高めるためにも、全員でプールに行くべきです!」

 団結なんて心にもない単語まで持ち出すつかさだが、小都子の歯切れは悪かった。

「そ、そうやねえ……」
「なんすか! 何が問題なんですか!」
「そ、そのう……」

 夕理の前で嘘やごまかしはできない。
 小都子は机に手をつくと、正直に頭を下げた。

「ごめん! 実は私、カナヅチやねん!」
『ええーー!?』
(くそっ、なんてあざとい先輩なんや!)

 別に本人に萌え要素のつもりはないだろうが、つい憤ってしまうつかさである。
 案の定、姫水はにこやかに撤退しようとした。

「それなら無理強いはできませんね。やはり行きたい人だけで……」
「小都子先輩! 弱点をそのままにしておくのはどうかと思います!」

 必死にそう言ったのは夕理だった。
 つかさを援護射撃するため、後ろめたさを抱えつつも説得に走る。

「水難事故に遭ったらどうするんですか!? 私が教えますから、泳げるようになりましょう!」
「泳げないなんて人生の半分を損してますよー。私も教えるけぇ」
「うちもうちも!」
「さ、さすがに年下に教わるのはねぇ……でも、うん。それやったらチャレンジしてみようかな」
(よっしゃ!)

 後は三年生が行くと言えば、姫水も嫌とは言うまい。
 これ以上余計な話が出る前に、つかさは取り出したスマホを光に向けた。

「じゃ、三年生の都合を聞いて連絡するから! 連絡先交換や」
「うんっ」

 慣れない手つきでスマホを操作した光は、嬉しそうに画面を見つめる。

「わーい、彩谷さんの連絡先だー」
(あたし、何かコイツに好かれることしたっけ?)


 *   *   *


 そして翌日。

「プール!? 行く行く!」
「私はもちろん行くけど……」

 身を乗り出す桜夜の襟首を掴み、立火は引き戻して部長命令を下す。

「桜夜は宿題が終わらない限り参加禁止や」
「ええええ!? ちょっ、横暴やろ!?」
「こういうエサでも吊さない限り、お前終わらへんやろ!」

 今年は九月の一、二日が土日なので、夏休みはいつもより二日長い。
 それを差し引いても、今のままでは片付きそうにないことを相方は把握していた。

「ううう……そもそも受験があるのに、何で宿題まであるんや……」
「去年より少な目やないか。それすら進めてないお前が悪い」
「そうですか、桜夜先輩は欠席ですか……」
(うわああああ!)

 さっそく姫水が欠席の方に傾いている。
 つかさは桜夜の腕を引っ張ると、部室の隅へ行って小声で詰問する。

「誰か宿題写させてくれる人はいないんですか!」
「ええ? みんな受験生なのに頼みづらいなあ」
「プール行きたいでしょ!」
「めっちゃ行きたい……こ、こうなったら恵に頼んで……」
「……彩谷さん」

 後ろからの冷たい声に、振り返ると姫水が氷のような目を向けていた。

「ひいっ! 藤上さん!」
「先輩、悪の声に耳を傾けないでくださいね」
「だ、だってぇ。プール行かれへんかったら死ぬ……」
「はぁ……分かりました。私が勉強を見てあげます」
「ほんまにっ!?」
「先日は招いていただいたので、今回は私の部屋でやりましょう」
(え……いいなあ)

 羨ましいつかさの前で、桜夜は甘えた声を出す。

「お菓子とかあるとやる気出るんやけど~」
「はいはい、大福のお礼に出しますよ」
「姫水の手作りがええなっ」
「全くもう……分かりました、宿題を頑張ったら作ってあげますから」
(ずるいいいいいい!!)

 羨ましさに気が狂いそうだが、とにかく懸案は片付いた。
 恐る恐る、姫水に最後の確認をする。

「じ、じゃあ桜夜先輩の宿題が終わったら……」
「うん、私も行こうかな」
「よおおーし! なら夏休み最終日にってことで! みんなは日曜空いてるー!?」

 大喜びで予定を聞き始めるつかさを、姫水の呆れたような目が追った。

(本当、遊ぶことだけは熱心なんだから……)


 *   *   *


 姫水の完璧な指導により、桜夜の宿題は金曜夜に終わった。
 土曜日、念のため出勤したつかさは、得意げな桜夜に勉強会の話を聞かされる羽目になった。
 夕理は小都子と水着を買いに行ったそうで、そちらの話は微笑ましく傾聴する。
 そして日曜、夏休み最後の日――。


「おっさきー!」
「小学生か!」

 服の下に水着を着てきた桜夜は、すぐさま更衣室を飛び出した。
 空は絶好のプール日和。
 カンカン照りの下で、冷たいシャワーを目いっぱい浴びる。

「あー! 宿題が片付いた後のプールって、なんて最高なんや!」
「木ノ川先輩に先越された!」
「おっ。瀬良ちゃんも下に水着着てたの?」
「はいっ。むしろ服なんかなくて、いつも水着だけでもいいんですけど」
「いやいや、それはあかんて……」

 他校生でも可愛い子は大歓迎の桜夜だが、その水着には少し引いた目を向ける。

「競泳用はええねんけど、ハイレグすぎない?」
「これが一番泳ぎやすいけぇ」
(無防備で心配になる子やなあ……)

 そうこうしている間に、他のメンバーも着替えて出てきた。
 後輩たちの水着姿に、桜夜としては至福の瞬間である。

「勇魚はやっぱりスク水やな! よく分かってるで!」
「えへへ、着られるうちは着ないともったいないので!」
「花歩はセパレートかあ。可愛いけど、もっと布面積減らしてほしいなあ」
「スクール水着より評価低いのは納得いかないんですが!」
「小都子はそれトレーニングウェアっていうか……ちょっとババくさ……」
「い、色は冒険したんですよ!? 派手な赤で!」
「つかさはさすがのビキニやな! ボンキュッボンで最高や!」
「もー、やらしいこと言わないでくださいよー」
「どの口が言うねん! で、姫水は……」



 そのガードの固さには、全員ガッカリせざるを得ない。
 上から長袖のパーカーを着込み、頭には麦わら帽子、下にはパレオを巻いている。
 一応美脚は出しているのは、せめてもの譲歩だろうか。

「私は基本的に日陰にいますから、皆さんは気にせず楽しんでください」
「つまんないなー藤上さんって」
「ひ、光ちゃん。姫ちゃんには姫ちゃんの都合があるから……」
「そんなとこで固まってないで、準備運動するでー」

 騒ぐ一同に、いつの間にか来ていた立火が注意する。
 こちらは色気のない競泳用水着だ。

「あれ、夕理は?」
「お、お待たせしました……」

 三年ぶりのプールに手間取っていた夕理が、おずおずと現れる、が……。

「あ」
「げっ」

 桜夜と目が合い、互いの水着を見てうめき声を上げる。
 配色こそ違えどデザインは全く同じ、フリル付きのものだった。

「な、何を私の真似してんねん! 夕理のくせに可愛い水着着て生意気!」
「これは小都子先輩に選んでもらったんです! そっちこそ真似しないでください!」
「ま、まあまあ、二人とも可愛いということで……」
「小都子がこの水着にしたら良かったんや! そしたらお揃いで嬉しかったのに!」
「悪かったですね私で!」

 来て早々いがみ合っている二人に、立火は日射病でもないのに目まいを覚える。

(この二人、卒業までに仲良くなれるんやろか……)
(……正直無理な気がしてきた)


 *   *   *


「では、私はここで……」

 休憩所に座ろうとする姫水を、桜夜の手が押し留めた。

「さすがに一度も水に入らないってことはないやろ?
 ウォータースライダー行こう! あれならそんなに焼けへんから!」
「……分かりました。では少しだけ」

 姫水も断り切れず、パーカーを脱ぎ捨てる。
 下から出てきた美しいビキニ姿に、全員の視線が集まった。
 特につかさは、その胸部を全神経を集中してガン見する。

(こ、今度こそ藤上さんのサイズが……!)
「あはは、彩谷さんがいやらしい目で見てるー」
「ななな何言うてんねん! 言いがかりや!(瀬良ぁぁぁぁ! 余計なことをおおお!!)」

 お邪魔虫のせいで目を逸らすしかなく、歩き出した姫水と桜夜の後を渋い顔でついていく。
 そのお邪魔虫は、勇魚の手を引っ張って25mプールに向かった。

「勇魚ちゃん、一緒に泳ごう! 競争しよう!」
「ええよっ。うち、走るのと同じくらい泳ぐのも大好きや!」
「私もそっち行こうかなあ……体力つけたいし」
「丘本さんも来る? ほいじゃったら、とりあえず1kmくらい泳ごっか!」
「死ぬから!」

 そして立火は、今日は小都子のコーチである。

「ここやったら足が立つやろ。とりあえずバタ足からやな」
「すみません、よろしくお願いします……」
「私もお手伝いします」
「ゆ、夕理ちゃん。私のことはええから、みんなと遊んできたら?」
「いえ、遊び方がよく分からないので……」

 つかさは姫水と一緒にいるので、今度こそ邪魔をするわけにはいかない。
 今日は、同じプールに来られただけで十分だった。



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