「というわけで花歩のメンタルを鍛えるのは、私に任せてください!」
「待って、天名さん」
放課後の部室で自信満々の夕理に、姫水が冷静に口出しした。
「花歩ちゃんのことは、私も勇魚ちゃんから頼まれてるの。
それに私の方が何度も大舞台を経験してる。適任なのは私だと思う」
「はあ!? 藤上さんみたいな優秀な人に、花歩の気持ちが分かるわけないやろ!」
「花歩ちゃんが優秀でないみたいな言い方は失礼じゃない?」
「そ、そういう意味では……とにかく、私だって佐々木さんから頼まれてるんや!」
「ふうん。でも勇魚ちゃんが望むのは、花歩ちゃんの確実なデビューのはずよ」
取り合って争われている花歩に、横からつかさが茶々を入れる。
「いよっ、モテモテやなあ。ひゅーひゅー」
「あ、あはは……」
二人の気持ちは嬉しいが、引きつり笑いを浮かべるしかない。
そんな一年生たちを、立火は少しもやもやして見ていた。
『ええい、花歩は私の一番弟子なんや! 花歩の力になるのは私や!』
……なんて大人げないことは言えないのは、三年生の辛いところである。
ここは大人の態度で後輩たちに任せるしかなかった。
「まだ日数はあるんや、交代でやったらええやろ。今週は夕理、来週は姫水ってことで」
「……分かりました。先輩がそうおっしゃるのでしたら」
「悪いけど今週中に克服するから、藤上さんの出番はないで!」
やる気に満ちた夕理は、部室の隅へ花歩を連れて行く。
椅子に座らされた花歩の前に、鞄から次々と厚い本が取り出された。
『あがり症のあなたに』
『実践メンタルトレーニング』
『緊張しないスピーチ方法』
「スピーチはちょっとちゃう気がするけど」
「似たようなもんやろ! さっ、一から説明するで。そもそも緊張がなぜ起こるかというと……」
本のページをめくりながら、夕理の講義が始まった。
一生懸命なのは嬉しいけれど、本当に効果が出るのか不安になってくる花歩である。
「では私は、衣装を直してますね」
姫水は反対側の隅へ行って、勇魚の衣装の丈を伸ばし始めた。
こうなると残るのは三人だけ。
桜夜と小都子は、今日はクラスの準備に駆り出されているからだ。
祭典に向け盛り上がっていく校内で、晴が淡々と言う。
「各クラスの準備が終わるまで、全員揃うのは難しそうですね」
「ま、しゃーない。夏休みに十分練習したから大丈夫やろ。
私たちは、なにラ!の振り付けでも考えよか」
立火の言葉に、つかさは怪訝そうな顔をする。
「なんすか、なにラ!って……」
「ん? 『なにわLaughing!』」
「そう略すんですか!?」
「フラワー・フィッシュ・フレンドも、
「私たちが作った曲を、怪しい笑いみたいに呼ばないでください!」
耳のいい夕理が抗議し、花歩は苦笑している。
あははと笑う部長に、つかさは夕理に聞こえないよう、小さな声で尋ねた。
「ていうか、あたしは京都戦も出るんですか?」
「え? そのつもりやけど……」
「ぶっちゃけあたし、いつ頃にステージを降ろされるんですかね」
「……つかさ……」
言葉を失う立火は、晴と顔を見合わせる。
ステージに何の未練もないように言われるのは、部長としては正直悲しい。
だが飲み込むしかないことだ。人の熱量はそれぞれ違うのだから。
『遊び半分の奴が入ってるグループなんか、全国へ行けるわけがない』
菊間に言われた通り、いつかは避けられないことなのだ。
「とりあえず、今はまだ参加してほしい。
花歩と勇魚があの状態で、お前に抜けられたら戦力は大幅ダウンや」
仕方なさそうに言う晴に、立火が続ける。
「いずれ花歩がお前を追い抜くから、その時になったら……」
「え……?」
「ん?」
急につかさが、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
立火に見つめられ、慌てて取り繕う。
「あ、そ、そーですよね。
花歩も頑張ってるんやから、そりゃそうなりますよね」
自分でも信じていないことを、自分に言い聞かせるような口調だった。
一番弟子への態度に、さすがに立火も少し剣呑な口調に変わる。
「お前まさか、花歩のこと見下してるんとちゃうやろな」
「ち、ちゃいますって! 花歩はあたしの、大事な友達ですし……」
「……ならええけど」
「部長、落ち着いてください」
「あ、ああ、ごめん。ええと、何の話をするんやったっけ」
「なにラの振り付けです」
「そうそう。『何でやねん!』の動きやけど……」
始まった検討に相づちを打ちながら、つかさは上の空だった。
花歩に追い越されること自体は別にいい。それを気にするほど、スクールアイドルに思い入れなんてない。
ただ、それを全く想定していなかった自分がショックだった。
(花歩のことを、どこかで下に……)
(……見てたかもしれない)
(あかんな、あたし……猛省せな……)
* * *
「というわけで、緊張すまいすまいと思うほど、逆に緊張するんや」
「な、なるほど! つまり緊張するするって思えばええんやな!」
うなずいた夕理は、持ってきた布で花歩の目を覆う。
真っ暗な中で、満席の大ホールを想像した。
「一万人の視線が花歩に集中してる!」
「うおお~、それは緊張するで~」
「ステージの上は花歩ひとり」
「ひとりなの!?」
「緊張する訓練なんやから、少し大げさな条件の方がええやろ!
で、踊ってる最中に振り付けを間違えた」
「いや、ちょっ……」
状況がハードすぎる上に、実際に本番でも起こり得ることだ。
それに抵抗せず、緊張を受け入れた結果……。
花歩の心はあっさり折れた。
「あかん、吐きそう……」
「だ、大丈夫!?」
慌てて介抱する夕理を、裁縫中の姫水がちらりと見る。
「天名さん、代わってあげましょうか?」
「う、うるさい! 他にも方法はあるんや!
次、ルーティーンが有効なんやって」
「あ、なんか聞いたことある」
花歩の記憶では、確か一定の動作を毎回行うことで、落ち着きを取り戻すという方法だ。
プロのスポーツ選手がよくやってるらしい。
「ということで、花歩が好きな動作をしてみて」
「ええー? 急に言われても難しいんやけど……」
悩んだ末、先日の道頓堀と同じポーズをしてみる。
「グ……グリコ」
「……それが花歩のルーティーン?」
「いやあ。あの看板くらい注目を浴びるようになれたらなあって」
「ならええけど。それが体に定着するよう繰り返すんや」
「グリコ! グリコ! 一粒300メートル!」
両腕をばたばたと上げていた花歩は、ふと我に返ってしまった。
「ねえ夕理ちゃん。私ただのアホみたいになってへん?」
「疑問を持ったらあかん! ルーティーンの効果がなくなるやろ!」
「なに面白いことやってんの~?」
いつの間にか来ていた桜夜が、芸人を見る目で近寄ってきた。
夕理が嫌そうな視線を向ける。
「緊張とは無縁の人は口を挾まないでください」
「い、言い過ぎやって。でも桜夜先輩はメンタル強そうでうらやましいです」
「んー、私だって緊張することはあるで?
でもライブは好きやし楽しいからね。実際にライブが始まったら、それに夢中になるやん」
無邪気に笑う桜夜の姿が、花歩の目にはまぶしく映る。
いつか部長に言われた通り、上達につれてどんどん楽しくなってきてはいるけど。
本番中にそう思える心の余裕は、まだ持てそうになかった。
感心した立火が横から口を挟む。
「桜夜にしてはええこと言うやないか」
「私はええことしか言わへんやろ!」
「とにかく! 花歩は私が何とかしますから、木ノ川先輩はあっち行ってください」
「もー。ぼっちが珍しく友達作ると、すぐこれや」
「ぼっちとちゃうわ!」
がるるる……と威嚇する夕理に、はいはいと桜夜は離れていった。
ちょっと重く感じてきた花歩の前で、夕理は再び本を開く。
「次、緊張を解くツボというのがあるんやけど!」
* * *
部活帰りの電車の中で、夕理は揺れながら落ち込んでいた。
「あんまり上手くいかへんかった……」
「ま、一朝一夕でどうなるもんでもないやろ。小都子先輩の水泳と同じで」
つかさは慰めてくれるが、しかし現実に文化祭は迫っている。
メンタルの弱い花歩が大失敗したら、そのまま部を辞めてしまうかも……。
とまでは心配しすぎかもしれないが、とにかく絶対に成功させてあげたい。
そして卒業までの間、何十回でも一緒にライブをしたいのだ。
「部室の中では埒が明かへん。どこか人が大勢いる場所へ行って、実地訓練を……」
「あの、ね。夕理」
少し後ろめたそうに、つかさが口を開いた。
「あたしも、花歩のこと手伝っていい?」
「え?」
「一年生の中で、あたしだけ協力しないのも何やし。ま、別に大したことはできひんとは思うけど」
「そ、そんな事ないっ! きっと花歩も喜ぶと思うで」
「そっかー」
小さく笑うつかさを、夕理は思慕の瞳で見る。
つかさはいつだって友達思いの女の子で、そういうところが大好きだ。
だから、彼女が猛省の結果としてそう言ったことなど、夕理は気付くはずもなかった。
* * *
台風から四日経ったが、住之江区にもまだまだ爪痕は残る。
土曜の朝。ボランティア部が今日の活動現場へ向かっていると、後ろから声が追いかけてきた。
「おーい、勇魚!」
「立火先輩! どうしたんですか?」
走り寄ってきたのはジャージ姿の立火だった。
ボランティア部員の中で、ファンの子が黄色い声を上げている。
「婆ちゃん経由で聞いたんやけど、岸さんち行くんやろ? 同じ町内やねんし、私も知らん顔はできひんと思て」
「そうやったんですね! 部長、どうでしょう?」
「うーん、ほんまは保険に入って欲しいんやけど。まあご近所のお手伝いいうことなら、ええんとちゃうかな」
少しふくよかなボランティア部長に了承され、立火も活動に同行する。
嬉しそうな勇魚が歩きながら、イケメンの方の部長を隣で見上げた。
「岸さんというのは、どういうお家なんですか?」
「お年寄りの二人暮らしやねん。中学の通学路やったからよく挨拶してたけど、最近はご無沙汰やな」
祖母の話では納屋と植木が半壊し、業者も多忙で来られず困っているらしい。
それで住女生が助けを求められたというわけだった。
「ま、今日はアイドルはお休みや。浪花の人情を手伝わせてや」
「はいっ、一生懸命片付けましょう! でも花ちゃんの方は……」
「夕理と大阪城に修行へ行ってるで」
「お城に!?」
「みんな花歩のデビューのため頑張ってくれてる。私は出る幕がなくて寂しいんやけどな」
よよよ、と泣き真似をする部長に、勇魚は安心したように心から笑う。
立火としては勇魚の様子を見る目的もあったが、心配は無用のようだった。
傷ついた大阪を元に戻すため、今は後輩と一緒に人助けへ向かう。
「こっちも酷い状況やな~」
関西空港が使えないせいか、外国人観光客が少ない大阪城公園。
さすがに道は片付いているが、林の中では木々が痛々しく倒れていた。
「うわあ、トイレが!」
公衆トイレの屋根から瓦が落ち、立ち入り禁止になっている。
無視して行こうとする夕理の裾を、花歩は後ろから引っ張った。
「ねー夕理ちゃん、トイレ……」
「さっきから落ち着きのない! 何しに来たと思ってるんや!」
「ううう……ほんまにやるの?」
歴史あるこの場で辻ライブを行えたなら、本番の体育館ごときは物の数ではないはず。
と夕理に説得されてやって来たのだが、果たして上手くいくかどうか。
「最高気温は30度を越えないらしいから、熱中症は大丈夫やろ」
「もうそろそろ秋なんやなあ」
「よし、このへんでええか」
さすがに本丸まで入るのははばかられるので、お堀の前で立ち止まった。
例の脱税したたこ焼き屋の場所に、今はシャッターの降りた屋台だけが残る。
「じゃ、始めて」
「いきなりやなあ!」
「今の大阪はどこも痛々しいし、天災続きで人の心も暗くなってる」
いつも真剣な夕理の目が、普段にも増して真っすぐに花歩を見つめた。
「そんな時こそ世の中を明るくするのが、アイドルの仕事やと思う!」
「夕理ちゃん……」
確かに勇魚ほどではなくても、できることはあるのかもしれない。
今まで自分の心配ばかりしていた花歩だが、少し広い視野で思い切って叫んだ。
「み、皆さんようこそ大阪城へ!
私たちは住之江女子高校スクールアイドル『Westa』!
よければ一曲、聞いていってください!」
通行人の視線が恥ずかしいが、でも水着よりはずっとマシだ。
先日のプールでのリベンジを、今こそ果たすのだ!
「羽ばたけ! スクールアイドル!」
マイクもないまま、花歩は精一杯の声を張り上げる。
『私たちの手は小さくとも 集えば夢を生み出せる~』
一ヶ月半前、近くのホールで聞いた曲は、今は自分の中にある。
何度も練習を繰り返し、もう目をつぶっても歌って踊れる、けど……。
『この振り付けはどうかな こんな動きはどうだろう……』
声が徐々にしぼんでいく。
誰も聞いてくれない……。
観光客はお城を目当てに来ているわけで、本丸を前に立ち止まる理由はなかった。
(プールで聞いてもらえたのは、桜夜先輩だったから)
(私みたいなモブが歌ったところで、足を止める人なんていないんや……)
みんなを笑顔にしようと張り切っていた気持ちは、見事に空回りする。
続けても意味がないと、ダンスも止まりかけた時――。
『目指す空 理想へと今』
見ていられなくなった夕理が、いきなり隣で歌い出した。
花歩も慌ててライブを続ける。
(そうや……どんな状況でも最後までやり遂げないと、いつまでも中途半端なままや!)
『羽ばたこう! ハイ!
We are スクールアイドル!』
何かと物議をかもす天守閣のエレベーターだが、八階まで階段を上る気力もない今は、非常にありがたい。
展望台から外を眺めながら、先ほどの結果に溜息をつく。
一応、観光客のおばちゃん数名がお情けで拍手してくれたが……。
「まあ、今日は客集めが目的とちゃうから」
夕理が仕切り直すように、本来の話に立ち返る。
「緊張しないために来たんや。どうやった?」
「あ! 忘れてた……」
「何しに来てんねん!」
「で、でも忘れるくらいなんやから、緊張してへんかったんとちゃう?」
「全くもう……」
ごまかし笑いを浮かべる花歩に、渋い表情を返すしかない。
夕理の役目はここまで。
結局友達の役に立てたのか判然としないまま、天守閣からの眺望を後にした。
「でもね夕理ちゃん」
手すりを持って急な階段を降りながら、花歩は空いた方の手を隣の子と繋ぐ。
「一緒に歌ってくれて嬉しかったで」
「あ、あれは、つい……花歩の練習なんやから、ほんまは良くなかった」
「でも心強かった!」
こんなにも自分を想ってくれる子が、同じステージでライブをするのだ。
勇魚がいないからなんて、泣きごとを言えるわけがない。
「本番でも夕理ちゃんが一緒なら、きっと大丈夫や!」
「……他のメンバーにも同じこと言うんちゃうの」
「あはは、言うかもー」
途中の階で、ちょっとだけ黄金の茶室を見に行った。
ガラスの向こうの煌びやかなレプリカに、観光客は喜んで写真を撮っている。
世の中を明るくするのは、今日のところは秀吉公に任せよう。
自分たちは、本番の観客を楽しませるため頑張ろう!
* * *
「そろそろ、つかさとの約束の時間やな」
城を後にしたところで、夕理が腕時計を見て言った。
「つかさちゃん? 何かあるの?」
「カラオケボックスで待っててくれてる」
「あー、カラオケかあ」
厳しい練習続きだったし、たまには気楽に歌うのもいいかもしれない。
などと呑気な思考が顔に出ていたのか、夕理は厳しく念押しする。
「まだ部活の時間中やで。そんな甘いわけないやろ!」
個室の扉を開けると、そこはパリピの集会所だった。
「ちーっす」
「その子が例の子?」
「へー、なんかモブっぽい」
つかさの他に知らない子が五人、リア充の空気を漂わせながら、じろじろと値踏みしている。
される側の花歩は、突然の事態に入口で固まるしかない。
特にうち一人は花歩の苦手なタイプ。あからさまなギャルだった。
(うわあ、髪めっちゃ染めてる。日焼けしてる。ネイル盛ってる……)
「何ジロジロ見てんの? うぜーんだけど」
「すすすすみませんっ!」
「まあまあ
と、別の子が人懐っこく話しかけてきた。
こちらも少しギャルっぽいが、まだ可愛いらしい方だ。
「あんたが花歩ちゃん? 私は六組の三重野……」
「ストップ奈々。そういうのあかん言うたやろ」
せっかくの自己紹介なのに、つかさが手を上げて制止する。
「『知らない人の前で歌う』練習なんや。今は親しくならないように頼むで」
「あ、そっか。アウェイの空気を出さなあかんのやな」
「ウェーイの空気なら得意なんやけどな!」
「一文字減っただけで全然ちゃうやん!」
アハハハハ!と大笑いするパリピたちに促され、花歩はモニターの前に立たされる。
つかさの意図は理解した。
確かに良い練習になりそうだが、初対面の人に注視され、どうしても身は固くなる。
なんかギャルさんが目の前でにらんでるし……。
「テメー、こっちは土曜を潰してんねんで。つまんねーモン聞かせたらマジでシバくから」
「は、はいいい!」
「って、こんな感じでええの? つかさ」
「それ聞いたら意味ないやん。けどまあ、そんな感じで」
「オッケーオッケー。オラ、いつまで待たせるんや」
「え、ええと! 皆さん初めまして、今日はわざわざお集まりいただき……」
「挨拶聞きにきたんとちゃうわドアホ!」
♪~~
見ていられなくなった夕理が、スマホを取り出し曲を流し始めた。
蓄積された練習のおかげで、わたわたしていた花歩も一気にライブモードに入る。
(そ、そうや、せっかくつかさちゃんが作ってくれた機会なんや)
(緊張しないで、楽しんで、練習通りに!)
自分に言い聞かせた花歩の、フレッシュな歌声が流れ出す。
『それは一面の花畑
咲くのを待つ蕾たちの上を 空飛ぶ魚が跳ねていく』
アウェイ感を出すためか、みんな無表情で聞いている。
さっきの客がいない状況も辛かったが、客が真顔なのもそれはそれで辛い。
しかしこれも修行である。狭い空間で可能な限り踊りながら、歌はクライマックスに入る。
『咲き誇る花は もう見失わないね
フラワー・フィッシュ・フレンド!』
アウトロも終わり、夕理が曲の再生を止めた。
(ど、どうやったやろか……)
花歩自身としてはそこまで緊張してなかったと思うが……。
もうええの?ときょろきょろしたギャルさんが、感心したように手を叩いた。
「へー、マジやるやん!
ぱっとせえへん奴と思ってたけど、歌うといっぱしのアイドルやな!」
「そ、そう? ありがと、えへへ……」
優しいギャルさんだった。苦手なんて思って申し訳なかった。
他の子たちも誉める中、一人だけがクールな意見を述べる。
「まあ部活やってるだけあって、素人のカラオケに比べたら上やけど。
でも何カ所か固くなってたように見えた。まだ緊張が完全には消えてへん」
「なんや晶~。細かいことはええやろ」
「良くはないやろ。丘本さんは全国目指してんねんから」
厳しくも親身な晶の言葉に、奈々も確かに……とうなずいた。
バンドをよく聞く晶だけに、来てもらって良かったとつかさも満足する。
そして花歩は、握ったマイクに力を込めて言った。
「うん、その通りや。完璧にできるまで、反復するしかないと思う。
みんな、同じ曲で悪いけどもう一回聞いてもらえる?」
『ええで!』
さすがはつかさの友達、いい人ばかりだった。
四回ほど歌うと花歩の方が慣れてしまい、緊張しない練習はお開きになった。
普通にカラオケ大会となった部屋で、少し居心地悪そうな夕理が寄ってくる。
「どう? メンタル強くなった?」
「うーん、結構鍛えられたと思うんやけど……あとは本番で試すしかなさそう」
「うーっす。部活やってる奴は大変やなあ」
どっかと隣に座ったのは、例のギャルさんだった。
少し躊躇していたが、晶の言葉を思い出したのか正直に言う。
「花歩っち、マジ頑張ってるとは思うねんけど。
どうにも素朴すぎるっつーか、なんか華がなくね? 名前にはあるのに」
「うぐっ。やっぱりそうなんかなあ……」
「髪染めてみたら? アタシに任せてくれたら、チョー派手にしたるで」
「あ、ありがと。でもやっぱりそういうのでなくて、練習した成果で花を咲かせたい」
「へえ、見た目によらず根性あるやんか」
気に入ったように、彼女は花歩の肩を遠慮なく抱いた。
「アタシは
「ほんま!? ありがとう香流ちゃん!」
「ぶっ」
歌っていたつかさがいきなり吹き出し、他の四人も笑いをこらえている。
微妙な顔をしている香流に、花歩は大慌てで周りを見渡す。
「あ、あれ!? 私何かあかんかった!?」
「いや、別にええねんけど……アタシをちゃん付けで呼ぶ奴は初めてやで……」
「あははは、ええやん可愛くて。香流ちゃ~ん、デュエットしよ♪」
「マジやかましいっつーの! ていうかつかさは遊んでてええんか?」
「んー……次の主役は花歩やから、ね」
さらりと流して、つかさは香流と仲良くデュエットを始めた。
花歩のこぼれ落ちた小声が夕理に届く。
「つかさちゃんって、やっぱりすごいなあ」
「うん……」
一声かけるだけで五人も集まってくれる、その人望と顔の広さには、きっと一生かなわない。
ステージの上で勝ちたいというのも、おこがましい考えかもしれない。
でも、と花歩は考え直す。つかさを越えてこそ、応援に答えることにもなるはずだ。
聞き入っている夕理のところへ、笑顔の奈々が寄ってくる。
「天名さんも何か歌ってや。何がいい何がいい?」
「い、いや、私は……」
「夕理ちゃん、私とデュエットしよっか」
「う、うん。まあ、花歩とやったら……」
仲良く曲を選ぶ二人を、つかさは歌いながら嬉しそうに見守った。
週明けからは姫水のコーチが始まる。
彼女に対して三者三様の思いを抱えながら、カラオケ大会は過ぎていく。