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『これより第三十三回、住女祭を開始します』

 パチパチパチパチ!
 校内放送に対し、校舎の至るところから拍手と歓声が起こる。
 縁日の準備も済んだ教室を、花歩は矢のように飛び出した。

「行くで勇魚ちゃん! 部長のお芝居を最前列で見るんや!」
「うん!」
「待って、私たちも!」

 何人かのクラスメイトと一緒に、3-5の教室へ駆け上がる。
 既に結構な生徒がいたが、何とか良い場所を確保した。
 観客は後から後からやってきて、廊下にあふれる人の波に、眼鏡の先輩が慌てて声を上げる。

「ごめん、今回は満員やー!
 次は一時と三時に公演するから、そっちでよろしくー!」
(部長、午後は忙しそうやなあ……私も午後は当番あるし、午前中に目いっぱい楽しもう)

 そうしてウキウキしながら開演を待つことしばし……

「時は西暦2205年!」
『きゃああああ!!』

 始まったナレーションに、黄色い声が響き渡る。
 ばらばらと教室の中央に出てきた四人の刀剣男子――に扮した女子の中で、コスプレ衣装の立火がすらりと木刀を抜いた。

「俺の名は鶴丸国永。平安時代に打たれた刀の付喪神だ。
 驚いていいから聞いてくれよ。この学校を、歴史を変えんとする化物たちが襲おうとしている!」
「きゃーー! 部長ーー!! 素敵ーー!!」
「は、花ちゃんちょっと落ち着いて……」

 勇魚は引いているが、お祭りなのだから遠慮することはない。
 歓声の中で話は進み、すぐにチャンバラのシーンになった。

「ぐおおおーーー!」

 鬼や般若のお面をかぶった敵役が、木刀でばっさばっさと倒されていく。
 元ネタのゲームは知らない花歩だが、軽やかに動く立火を見るだけで楽しかった。
 劇は十五分ほどで終わり、歓声の中で拍手をしながら立火に駆け寄る。

「部長~! カッコ良かったです~!」
「あはは、楽しんでもらえて何よりや。ほな文化祭回ろか」
「花ちゃんは立火先輩と回るん? ならうちも一緒に行くで!」
「え……」

 勇魚はとっても良い子だが、こういう時は致命的に空気が読めない。
 幸いにも、他のクラスメイトが気を使って引き離してくれた。

「い、勇魚ちゃん。私たちバザー見たいんやけど、案内してくれへん?」
「え、そう? 晴先輩が持ってきてくれたお皿がお勧めや!」
(ありがとうみんな! 勇魚ちゃんごめん!)

 内心で手を合わせる花歩を残して友人たちは去り、後には苦笑する立火が残った。

「衣装を着替えてくるから、花歩は隣で待っててや」
「桜夜先輩のところですね!」
「確か食券が……あったあった。飲み物も適当に頼んでおいてくれる?」
「はいっ」

 一旦別れて、花歩は隣の教室に向かう。

『たこ焼き喫茶 3-6みーろ

 という大きな看板とともに、廊下も派手に飾り付けられている。
 劇の後で一休みする人が多いのか、結構賑わっているようだ。

(さっきもやけど三年生の教室って、こんな時でないと入れへんな)

 恐る恐る足を踏み入れると……。

「はい可愛いお客様一名ごあんない~!」



 と大声を出す先輩が一番可愛くて、思わず見とれてしまった。
 桜夜が和風メイド服をひるがえし、愛嬌を振りまいている。

「花歩~、私に会いに来てくれたんやな!」
「す、すみません。部長との待ち合わせでして……」
「ちぇー、立火ばっかりずるいなあ。まっ、あちらの席へどうぞ」
「おーい、花歩ー」

 案内された席の隣で、つかさが手を振っていた。
 友達数名と一緒で、この前カラオケをした晶と奈々もいる。
 対して自分の身を振り返り、花歩は慌てて弁解した。

「べ、別に私、一人で文化祭とちゃうからね!?」
「聞こえてたって。部長さんとデートなんやろ?」
「え、花歩ちゃんと立火先輩ってそういう関係!? 詳しく聞かせて!」

 奈々がすごい勢いで食いついてきて、かわすのに苦労した。
 聞き出せないとみるや、仕方なさそうにたこ焼きを頬張る奈々である。

「はーあ。劇を見ようと思ったら満員やってん」
「あ、そうやったん。部長、めっちゃ最高やったで」
「くうう、午後こそは一番前で見ないと!」
「あ、注文しよっと」

 通りがかった桜夜に食券を渡すが、飲み物のメニューを見て迷ってしまう。
(結構仲良くなったはずなのに、私、部長の好きな飲み物も知らへんな……)
 泊まりに行ったときはアイスティーを出してもらったけど、あれはチーズケーキだからだろうか。
 色々と複雑だが、仕方なく桜夜に質問する。

「あの……部長って飲み物は何が好きなんでしょう?」
「立火? 水でも飲ませとけばええんとちゃう?」
「もっと部長を大事にしてください!」
「冗談やって。あいつ麦茶が好きやけど、メニューにないし……ミックスジュースも結構好きやで」
「で、でしたらそれをふたつ」
「はーい。ミックスジュース入りましたー」

 ほっと一息つく花歩を、つかさがもどかしい顔で見ている。

(花歩~、恋敵に情報もらって安心してる場合とちゃうやろ)
(にしても桜夜先輩も、花歩に嫉妬とかは全然せえへんなあ)
(やっぱり部長さんとはただの漫才コンビなのか、それとも正妻の余裕なのか……)
「つかさ、そろそろ行く?」

 晶に促され、花歩に別れを告げてつかさ達は出て行った。
 廊下で挨拶が聞こえたと思うと、入れ替わりで立火が入ってくる。

「お待たせ! 割と繁盛してるやないか」
「桜夜先輩が看板娘ですしね!」
「看板娘はええけど、ちゃんと仕事できてるんやろか」

 言ってるそばから、店の反対側でトラブルの音がする。

「はーいたこ焼き二皿、お待ちどう」
「一皿しか頼んでないんやけど……」
「あ、あれ、そうやった? ドンマイドンマイ」

 ごまかし笑いを浮かべた桜夜は、余った一皿をそのまま立火の方に持ってきた。

「はーいたこ焼き一皿、焼き立てやで!」
「なーにが焼き立てやでや。お前ほんまに大丈夫?」
「ちゃんとできるってば! あ、ジュース忘れてた」

 ばたばたと騒がしく厨房に向かった桜夜に、カーテンで仕切られた向こうから級友の小言が聞こえてくる。
 心配になりつつも、温かいうちにたこ焼きをいただく。
 立火の祖母に教わっただけあって、なかなかのお味だった。


 *   *   *


「立火先輩、9ポイント! 最高記録更新です!」

 よっしゃ、と拳を握る立火に、周りの生徒たちは歓声を上げる。
 まずは花歩の労力の成果を見ようと、1-3の縁日にやってきた二人。
 昔取った杵柄で、立火の投げたボールは見事に狙った的を打ち抜いた。
 当番のクラスメイトが憧れの目を向けている。

「立火先輩、ほんまカッコええなあ」
「丘本さん、あんな人と一緒に回れるなんてうらやましい!」
「え、えへへ……」

 嬉しいと同時に、本当に自分で釣り合っているのか不安になってくる。
 追い打ちをかけるように、立火が笑顔でボールを渡してきた。

「ほら、次は花歩の番やで」
「い、いえいえ! 私は準備のときに十分遊びましたので!」
「そう言わず。花歩のピッチングフォームを見せたってや」
「ううう……ほんま期待しないでくださいね……」

 大勢が見守る中、花歩は小さく振りかぶり……

「えいっ」
「あ、あれ? てやっ」
「はあっ! ……ぐあああ!」

 見事に三球とも大外れ。
 立火は少し後悔しつつ、状況を分析した。

「うーん、まだプレッシャーには弱いみたいやな」
「で、でもライブは別ですから! 明日はちゃんとできますからあー!」
「ああ、ライブの練習を頑張ってきたんやもんな!
 っと、今日はライブのことは忘れるんやった。ボールすくいもやろか」
「はいっ」

 何とかスーパーボールを一個すくえて、花歩も面目を保つことができた。
 弾ませながら外に出ると、隣のクラスの受付に、夕理がちょこんと座っている。
 近くには『謎解きラビリンス』の看板。
 二人で近づいて声をかけた。

「あんまりお客来てへんみたいやね」
「多すぎると迷路に入りきれへんし、これくらいでええねん。やってく?」
「夕理の労力の成果やな。遊ばせてもらおか」
「謎解きありとなし、どっちにしますか?」

 夕理が問題の書かれたA4の紙を二人に見せる。
 これのヒントが迷路のどこかに書いてあるそうだ。
 先ほど隣の歓声を聞いていた夕理は、気遣うように立火を見た。

「せっかく花歩にいいところを見せたのに、台無しになるかもしれませんが……」
「お前は私の頭を何やと思ってんねん! ええで、全問解いたるわ!」

 自信満々で教室に入ると、段ボールの迷宮を探索していく。
 そして数十分後、二人で知恵熱を出しながら戻ってきた。

「部長の面目丸つぶれや……」
「わ、私も解けなかったから大丈夫ですよ!」
「だから言うたやないですか」

 呆れながら夕理が正解の紙を渡す。
『あー! なるほどー!』とひとしきり感心した後、廊下の逆側にある人だかりに気付いた。

「藤上さんのお化け屋敷、朝から大人気ですね」
「力入れてたもんなあ。花歩、行ってみる?」
「も、もう少し後でええんやないですかね!」
「あはは、無理しなくてええで。なら頭に糖分でも補給しに行こか」


 *   *   *


「タピオカ、全然売れへんねんけど!」

 校庭の屋台ゾーンで、立火の顔を見るなり景子が愚痴りだした。

「誰や、タピオカなら何でも売れるなんて言うた奴は!」
「しゃあないやろ、ここに来るまでに三軒も見たし……」
「水泳部のが人気みたいですよ」
「くそー! すぐ流行りに乗っかる日本人どもめ!」
「お前もや!」

 あまりの売れなさに、後ろにいた新体操部員が部長に訴える。

「もう無料で配りませんか? 別に私たちの懐が痛むわけでもないですし……」
「それただの給水所やん! そ、そこまで敗北主義に走ることはないやろ。明日はもっと人来るから!」
(景子にここまで商売の才能がないとは……)

 さすがに気の毒になってきて、立火は指を二本出す。

「とりあえず二杯もらおか」
「あ、部長! 桜夜先輩のところではおごってもらいましたし、ここは私が」
「いやいや何言うてんねん。今日一日、金のことは心配せんでええで」
「いえいえそんな、部長と一緒なだけで幸せなんですから、数百円くらいは」
「何イチャついてんねん! はーい二杯で四百円、はよ払いや」

 結局立火が押し切って払ったが、出てきた飲み物は……

「タピオカティーで紙コップはないやろ……」
「何でや! エコに配慮したのに!」
「味も……うん。これで二百円はない」
「タピ茶なんてどれも同じ味やろ!?」
「どんだけ商売舐めてんねん!」
「部長~、せめて値下げしましょうよ~」

 部員たちに詰め寄られ、まだ抵抗している景子を残し、次の屋台へ行く。
 フランクフルト、お好み焼きで早目の昼食を済ませ、その先にバレー部のクレープ屋があった。
 見れば仕事を終えた桜夜が、クラスメイトと一緒に何か注文している。

「イチゴはないの?」
「生ものは危ないからね。みかんやったら缶詰があるで」
「じゃあそれー」

 恵が生地を焼いている最中に、桜夜がこちらへ気付いた。
 と同時に、不満そうに口をとがらせる。

「まーだ一緒にいる。そろそろ花歩を私に引き渡したら?」
「何でやねん! 午後の劇までは離す気はないで」
「ふーんだ。私だって午後は勇魚と約束してるんや。
 姫水とも回りたいんやけどなー。予約で一杯みたい」
「姫水ちゃんと一緒に回りたい人、大勢いるでしょうしねえ」

 しみじみと言う花歩は、三日間つきっきりで特訓してもらえたことに改めて感謝する。
 そんな花歩に、桜夜と一緒にいた叶絵の視線が向いた。

「自分が明日デビューする子?」
「は、はいっ。丘本花歩と申します!」
「そうか、頑張れ」
「なになに、その子もスクールアイドルなん?」

 桜夜のクラスメイトたちも取り囲み、口々に激励する。
 花歩がすっかり恐縮しているところへ、とどめに恵が追加の生地を焼き始めた。

「それやったら景気付けに一枚おごるで。何がいい?」
「も、申し訳ないですってばっ」
「あはは、これはいよいよ成功させなあかんな」
「三年生はいつでも一年生の味方やで!」

 立火と桜夜にも言われ、花歩は遠慮がちにチョコを注文した。
 恵が優しく渡したクレープを、素直にお礼を言って受け取る。
 部長と二人、クレープを食べながらお祭りを歩くのは、何だか本当にデートみたいだった。


 *   *   *


 体育館のステージも、今日はのんびりしたものである。
 歌声に引かれて二人が入ると、のど自慢大会の真っ最中だ。

『もう迷わない 胸に決意を秘めて
 一人じゃないこと 今初めて気付いたよ』
(あれ、この曲……)

 覚えのある曲を歌っていた三人組の生徒は、立火に気付いてはっと息をのむ。
 それでも何とか最後まで歌い終え、ステージの上からぺこぺこ頭を下げた。

「すみません! Westaの曲を勝手に!」
「いやいや、めっちゃ嬉しいで。ありがとう!」

 立火の本心からの言葉に、生徒たちは安堵の顔を見せた。

 四月のPVの曲……。
 あのとき花歩は外され、校舎裏で立火と二人だけで撮影した。
 あれから五ヶ月。練習し、歌詞を作り、ようやくここまで来た。
 つかさと夕理に比べて、本当に遠回りだった――。

 次々と楽しそうに歌う生徒たちに拍手を送りながら、のど自慢は終わった。
 プログラムはしばらく空いてるし、そろそろ二人ともクラスに戻らないといけない。
 その前に、立火が控えめに提案した。

「ちょっとだけステージに上がってみる?」
「え……」
「最後のダメ押しや」

 未練がましいが、やっぱり最後に花歩の役に立ちたかった。
 花歩も同じで、最後に部長に助けて欲しかった。
 二人でうなずき合い、実行委員に許可を取りに行く。


「どーもどーもー、立火でーす」
「か、花歩でーす」
『あれ、Westa!?』

 休憩していた十数人の生徒が、プログラムにない登場に怪訝な顔をした。
 花歩にとっては最後の練習。
 さっそく立火が大声を張り上げ、事情を説明する。

「実はこの子、明日のライブでデビュー予定でして!
 舞台慣れするために、ちょっと上がらせてもらいました!」
「え、えへへ、すいません……」

 卑屈に笑っている花歩に、立火は腰に手を当てパフォーマンスを始めた。
 やるのは当然ながら漫才だ。

「今日こそ完全に緊張を克服するで!」
「はいっ、何でもします!」
「なら吸ってー」
「すー」
「吐いてー」
「はー」
「吸ってー」
「すー」
「吸って吸って吸って吸ってー」
「死にますやん!」

 ちょっとだけ観客に笑ってもらえた。
 立火が大げさにあごに手を当て、感心のジェスチャーをする。

「前から思ってたんやけど、花歩はツッコミの才能はあると思うで」
「スクールアイドルに必要ない才能ですよね!?」
「いやいや、何事にも根性を出して突っ込んでいく。それがアイドルには必要なことなんや!」
「なんか誤魔化されてる気がします!」

 観客の中で徐々に笑顔が増していく。
 最後に残っていた緊張も、今度こそ完全に消え去って……
 笑いという特効薬を浴びながら、台本のない漫才はしばらく続いた。


 立火と一旦別れる際に、勇気を出して言葉にする。

「クラスの当番が終わったら、お化け屋敷に行きませんか?」
「ええけど、大丈夫?」
「もう怖くは……いえ怖いは怖いんですけど、やっぱり姫水ちゃんの本気は見たいですし! 逃げるのも嫌ですし!」
「分かった。なら二時に六組の前で待ち合わせや!」
「はいっ」

 成長した後輩が嬉しく、立火は足取り軽く階段を上っていく。
 そして花歩も教室に戻りながら、成長させてくれた友人たちのことを思った。

(夕理ちゃん、小都子先輩としっかり楽しんでるやろか……)


 *   *   *


「大変良いお点前でした」

 夕理に茶道はよく分からないが、小都子を真似てお辞儀をする。
 主に文化部が発表する特別教室棟は、ちらほら人がいる程度だ。
 茶道部の後、書道部の素晴らしい作品を見てから、夕理は客の少なさに憤慨した。

「文化祭なんやから、皆もっと文化に関心を持つべきです!
 屋台だの迷路だのは本来必要ないんです!」
「まあまあ、明日はもう少し人増えるからね。
 あ、似顔絵やって。描いてもらっていい?」
「いいですけど……」

 美術室に入ると、部長の晴奈が一人で何かスケッチしていた。

「あ、いらっしゃーい。どっちを描こうか? それともペアで?」

 小都子は一瞬考えてから、夕理の両肩にそっと手を置く。

「この子の、満面の笑顔を描くことってできます?」
「小都子先輩!?」
「ほほう……なかなかいい課題を出すやないか」

 美術魂に火が付いた晴奈が鉛筆を構える。
 一方で勝手に課題にされた方は、少しばかりしゅんとなった。

「そんなに私、笑えてないでしょうか……」
「入部した頃に比べたら、かなり笑顔になってきたと思うよ。
 せやからこのへんで、最終目標を確認するのもええんやない?」
「は、はあ」
「ほら動かないで!」

 椅子に座らされた夕理を、小都子はにこにこと眺めている。
 この先輩みたいに笑える日が、いつの日か来るのだろうか……。


「よし、完成!」
「誰ですか!?」

 絵の中の少女に、夕理は思わず突っ込んでしまった。
 だって本当に楽しそうに、心から笑っていて、実物とはなんて程遠い――。

「ま、私は天名ちゃんの不器用なところも好きやけどね」

 絵を渡しながら言う晴奈に、Westaの二人は思わず顔を見合わせる。

「わ、私のことご存じやったんですか」
「住女生の半分はWestaのファンなんやで。私もその一人ってだけ。
 全員がスマイル満面ってのもバランス悪いし、あなたみたいな子もいていいと思うけど。
 でもこれくらい笑えるようなことが、天名ちゃんに起こるとええね」

 とっさに夕理が答えられずにいる間に、小都子が深々と頭を下げた。

「ほんまに、ありがとうございます。お気持ち痛み入ります」
「あ、ありがとうございますっ!」
「いえいえー」

 次の客が来たので、二人は展示を見てから美術室を後にした。
 夕理の両手が、もらったばかりの絵を眼前に掲げる。

「これは、大事にしまっておきます」
「そう……」
「この笑顔を自分で作ることはできませんけど。
 本当に良いことがあった時は、これくらい素直に笑うことにします」
「うん、私も楽しみにしてるね」

 次はどこへ……と考えていたところへ、白衣の生徒が廊下で大声を上げた。

「間もなく化学室で炎色反応の実演をしまーす! よろしければどうぞー!」
「あら、綺麗そうやねえ。行ってみる?」
「はいっ」


 *   *   *


「ほ、ほな行くで、勇魚」
「はいっ、桜夜先輩!」

 ごくりと唾を飲み込み、二人は行列の後ろに並ぶ。
 午後の一年六組、お化け屋敷『フィアーズ・ヘル』。
 姫水が頑張って作ったのだから見たい、でもやっぱり怖い、という葛藤を抱えつつ列に並んでいると……。
 中から怪獣みたいな悲鳴が響いてきた。

『ぎゃああああああ!!』
「花ちゃん!?」



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