『フラワー・フィッシュ・フレンド 私たちは友達
フラワー・フィッシュ・フレンド 輪になって踊るよ』
日が変わり日曜日。
台風から回復した長居公園で、勇魚は花歩に頼んで、さっそく練習に付き合ってもらった。
今までの苦戦が嘘のように、歌に合わせて体が動く。
観客の姫水が、感動しながらスマホで撮影している。
『フラワー・フィッシュ・フレンド!』
「やったで勇魚ちゃん!」
曲が終わると同時に、花歩は隣の親友に抱き着いた。
姫水も拍手しつつ、目を潤ませて歩み寄る。
「本当におめでとう。いよいよ私たち、同じステージに立てるのね」
「えへへ……二人ともほんまおおきに! 何もかも胡蝶先輩のおかげや!
でも、うちはまだスタートラインに立ったばかりや! もう少し練習に付き合うてくれる?」
『もちろん!』
散歩する人の視線を浴びつつ、しばらく練習した後、先日再開した植物園へ行った。
彼岸花が真っ赤な花びらを広げている。
Westaもこの花のように、もうすぐ情熱の炎が完全に開くのだ!
帰宅した姫水は、先ほどの動画を部のグループに送ろうとする。
が、その前につかさから写真が届いた。
何やらノートPCを持って、夕理と一緒に自撮りしている。
『中古で買うたで!』
『晴先輩には頼れへんから、Saras&Vatiの曲や動画作りはこれでやるんや』
『どうや、恐れ入ったか!』
(彩谷さん、構ってちゃんみたいになってる……)
仕方ないので何か返信することにする。
ライバル役としては、少し煽ることでも書いた方がいいのだろうか。
『おーーっほほほほ! その程度で私に勝てるつもり!?
せいぜい悪あがきを楽しませてもらうわ!』
(って悪乗りしすぎね。もう少し端的かつ偉そうに)
文章を消して、短く直して送信した。
『せいぜい頑張ることね』
こんな文章でもつかさは嬉しいらしく、スマホを胸に抱きしめている。
複雑な横目を向けながら、夕理は取り出した楽譜を渡した。
つかさがノートPCを起動するのを、後ろから覗き込んで尋ねる。
「ほんまに打ち込みできるようになったん?」
「いけるいける。昨日の夜にだいたい覚えたから」
相変わらず器用である。
夕理がやっても良かったのだが、ユニットの責任は自分にあるから……と、つかさが譲らなかったのだ。
「まあ……岸部先輩が卒業したら、どのみち誰かがやらなあかんからね」
ふと口をついた夕理の言葉に、一瞬微妙な空気が流れる。
晴が卒業する頃どころか、来年姫水が東京に戻ったら、つかさは部活を続けられるのだろうか。
姫水のことしか頭にないのに。
(言うてもこの前あんなに迷惑かけて、また辞めるとは言い辛いなあ……)
(ま、その時に考えたらええか)
(姫水が現実感を持てないままなら、東京へは帰れへんのやし……)
それを望んでいるのかいないのか、よく分からないままに、つかさは音符を打ち込んでいく。
* * *
翌日は秋分の日。
世界最大級の水族館こと海遊館の前は、今日も大勢の人々が行き交う。
うち何割かの目は、少し離れてたたずむ二人の少女へ向いた。
アイドルの衣装をまとい、片方はバイオリンを手にしている。
「やるで、夕理」
「うん」
土曜に持ち帰ったファーストライブの衣装で、二人は大きく声を張り上げた。
「こんにちは! あたしたちはスクールアイドルWesta内ユニット、『Saras&Vati』です!」
「今日はこちらへ辻ライブに来ました! 良ければ聞いていってください!」
そして手伝いに来た奈々も、営業スマイルで群衆に呼びかける。
「このユニット、今日がデビューやねん! ほんまお得やからぜひ聞いてー!」
何人かが足を止め、興味深そうに近づいてきた。
晶がノートPCを操作し、部から借りたスピーカーが曲を流し出す。
同時に夕理の弓が弦を弾き始めた。
この時ばかりは、バイオリンを習わせてくれた親に感謝する。
『巡る神秘のアクアリウム 深海の底はオトナの時間』
つかさのリズミカルなダンスに引かれ、徐々に観客が集まってくる。
彼女のキャラに合わせた、オシャレでちょっぴりアダルティな曲。
Westaではできそうにないだけに、夕理も作曲の幅を広げられた。
『大胆なシャチのように アナタのハートを華麗にハント! WA-WA-WA-WAO!』
奈々と晶が撮影し、夕理は演奏しながら歌い、つかさは全力でソロダンスを魅せる。
宣伝効果を考えて少し長めに、三分間の曲を終え……
深くお辞儀する少女たちに、十数名の観客から拍手が送られた。
「ありがとうございました! WestaとSaras&Vatiをよろしくお願いしまーす!」
* * *
「二人ともほんまおおきに! ここはあたしのおごりや!」
隣のマーケットプレースにあるカフェで、つかさは手もみしながら協力者をねぎらった。
いやいやと手を振りつつ、晶は少し心配そうだ。
「バイト辞めたんやろ? このノートPCも買うたのに財布は大丈夫?」
「実はちょっと厳しい……けどこの先あんまり使わへんから!」
二人の会話に、夕理は例によって入れず静かにしている。
そしていつもは賑やかな奈々が、今日は難しい顔で押し黙っていた。
つかさが恐る恐る話しかける。
「あの……奈々?」
「藤上さんといがみ合ってるって、ほんまなん?」
「うっ……」
さっきは心を押し殺して協力してくれたものの、奈々の望む状況ではないようだ。
少し体を引くつかさを問い詰めるように、共通の友人は身を乗り出した。
「私は二人とも大好きやから、ちょっと板挟みの気分や。
ねえ、藤上さんのどこが気に入らへんの!? 何なら私が取り持って……」
「ま、待って! そういうのとちゃうから!」
「なら何やねん! 私、ここ数日ずっと悩んでたんやで!」
「つかさ」
ブラックコーヒーを飲む晶が、仕方なさそうに進言した。
「これからも手伝ってもらうんやろ? 正直に話したら?」
「うう……めっちゃ恥ずかしいけどしゃあない。
絶対に内緒やで? 実は……」
「ふんふん」
………。
「ええー!? ほんまは好き!?」
「しーっ! しーっ!」
必死で制止され、奈々も慌てて口をふさぐ。
レモネードを飲んで一息入れてから、改めて疑問の目を向けた。
「なら何で争うことになってんねん。ツンデレ?」
「いやその……あいつに意識してもらうにはこれしかないというか……」
「何でや! 普通に仲良くして、真面目に努力して認めてもらえばええやろ! 花歩ちゃんとかそうしてるやろ!」
「それはあいつに媚びるみたいで嫌! 花歩の後追いになるのも嫌!」
「めんどくせえ!」
「あの、三重野さん」
放っておけず、夕理が控えめに口を挟む。
「つかさも色々悩んでこうなったんや。できれば応援してもらえると……」
「うーん、まあええけどー。つかさの本気が見られるのは嬉しいし」
椅子に身を沈めて引いてくれた奈々に、つかさはほっと安堵する。
と同時に、晶の方を不思議そうに見た。
「というか、晶はいつから気付いてたんや」
「え? 翡翠のブローチを買うたあたり」
「めっちゃ前やな!?」
店を出てからもう一回ライブをして、本日の活動は終了。
奈々が海側を指し示す。
「ねー、つかさはユニバ寄ってかへん? 年パス持ってきたやろ」
河口の対岸がUSJなので、船で行くことができるのだ。
だがつかさは一瞬迷って、ゆっくり首を横に振った。
「やめとく。撮ってもらった動画、編集してアップせなあかんし。その後は自主練」
「え、まさかこの先もずっと? ユニバのハロウィン見ないの?」
「だって……遊んでたらあいつに勝てるわけないやん」
「何のために年パス買うたんや!」
もう遊んでもらえないのかと必死な奈々を、晶がまあまあと押し留めた。
「藤上さんに追いつくためにはしゃあないやろ。
ただでさえ向こうが上なのに、つかさが夏休みに遊んでた間も、藤上さんは練習してたんやろ?
その差を埋めるのがどれだけ難しいやら」
「ぐおおお……」
的確に痛いところを突かれ、つかさはその場で頭を抱える。
もっと早く本気になっていれば、とどうしても思ってしまう。
でも、奈々や晶と遊んだ今までの時間も否定したくはない……。
そんなつかさをかばうように、夕理が前に出た。
「三ヶ月後にはラブライブの地区予選や。
勝つにせよ負けるにせよ、一旦そこで区切りが付く。
まずはそれまでの間、つかさも私も必死で頑張ってみるつもり」
「うーん……そっかあ」
奈々は諦めの息を吐く。
曖昧に頑張られるより、期限を区切られることで逆に本気の感じがする。
いつか戻ってくる可能性もあるのだからと、明るく顔を上げた。
「分かった。私は遊び人をやめる気はないから、ここで行き先はお別れや。
でも友達なのは変わらへんし、手伝いならいくらでもするからね」
「右に同じく」
「奈々……晶……」
言葉のないつかさから視線を外し、奈々のいたずらっぽい笑いが夕理へと向く。
「それにしても天名さん、すっかり女房って感じやなあ」
「は!? ににに女房って……何言うてっ!」
「つかさ~、二股はあかんで~」
「はいはい、刺されへんように気いつけます。ってか、絶賛片思い中やっちゅーねん」
笑い合ってから、奈々と晶は二人に背を向けた。
つかさのお礼を聞きながら、手を振って船の方へ歩いていく。
「晶も年パス買おうよぉ~」
「そう何度も行かへんからなぁ。ま、今日は付き合うで」
「ほんまっ!? 太っ腹ー!」
どうしても少し寂しそうだった奈々が、晶のおかげで笑顔になるのを、つかさは黙って見送った。
道は分かれた。
部活に打ち込む自分なんて、まだ違和感も多少あるけど、決して後悔はしない。
「帰ろう、夕理」
「うん!」
嬉しそうに駆け寄る夕理と共に、Saras&Vatiはアイドル活動を続けていく。
* * *
連休明けの部活で、一年生たちの成果に立火はニコニコ顔だった。
「まずは勇魚、よく頑張った! これでWestaも完成形や!」
「はいっ! 胡蝶先輩は神様、仏様です!」
「私からも電話してお礼言うといたで。やっぱり京都には不思議な力があるんやなあ」
「京都パワーで私の受験も何とかしてほしいわー」
桜夜が割と本気で言うので、当日に立ち寄る場所は決まった。
そして晴の冷静な声が、勇魚本人と同じことを話す。
「言うてもまだスタートラインに立っただけや。本番まであと四日で、三曲を完璧にするのは厳しい。
部長、今回は一曲だけに集中させてはどうですか」
「そうやなあ……どう? 勇魚」
「確かにうちも、天之錦の皆さんに中途半端なものは見せたくないです。
でもどうか、FFFだけはやらせてください!」
「わ、私からもお願いします!」
パートナーの花歩も頼み込む。
大阪のノリが求められる場で、本来ならフラワー・フィッシュ・フレンドはセトリに入る曲ではない。
だが文化祭で果たせなかったデビューだけは、何としても実現したかった。
部長もその意をくんで深くうなずく。
「分かった、勇魚はFFFに集中や。この曲をトリにするから、二人でしっかりフィナーレを飾るんやで!」
『はいっ!』
「でもって、つかさと夕理やけど……」
向いた先ではつかさが浮かない顔で、夕理は気まずそうにしている。
少し躊躇する立火だが、とりあえず正直に誉める。
「Saras&Vatiの動画も良かったで! ネットでも結構話題になってるやないか」
「主に夕理のバイオリンがですけどね……」
「つ、つかさも決して不評ではないから!」
バイオリン弾きのスクールアイドルは珍しいのか、動画にも結構コメントがついていた。
一方でつかさの方は、全国的に見れば単なるそのへんのスクールアイドルでしかない。
いきなり現実の壁にぶつかり凹んでいるところに、姫水の冷ややかな声が飛ぶ。
「始めたばかりでもう挫けてるの? やっぱり口だけだったのね」
「はあー!? こ、これくらい想定内や!
今まで遊んでた分を取り戻すんや、簡単に済むわけないやろ!」
「ふうん。分かってるならいいけど」
「むきー!」
「ふ、二人ともはんなりとね! 京都行くんやから!」
(小都子先輩には悪いことしたかなあ……)
ライバル構築に手を貸した夕理は、小都子の胃までは気が回っていなかった。
今は心の中で謝るしかない。
ただ副産物とはいえ、自分の人気が少し上がったのは喜ばしかった。
と、桜夜が触発されたように姫水の肩に手を置く。
「でもええなーユニット。姫水、私たちも組まへん? 『ウルトラビューティコンビ』とかで」
「小学生ですか……。もう予備予選も近いんです。
今は安易に手を広げるより、Westa全体のことを考えるべきだと思いますよ」
「ちぇー」
(どーせあたしは自分のことしか考えてませんよ!
……つっても桜夜先輩と組まれたらますます勝たれへんからな。しばらくソロでいて……)
「よし、ミーティングはここまで! 本番を想定して練習するで!」
立火の号令に、皆で机を片づけ着替え始める。
三年生たちの背中へ、晴から京都戦について質問が飛んだ。
「トークバトルコーナーはほんまに台本なしでいいんですか?」
「かまへんかまへん。こういうのはその場のノリが大事なんや」
「京都人はプライド高そうやからなー。立火が下手なこと言うて怒らせないとええけど」
「それはお前やろ! まあ桜夜なら、京都の遠回しな嫌味は通じなさそうやな」
「えへへー、我ながらお得やね」
「誉めてへんわ!」
一抹の不安を感じながらも、晴は机で自分の仕事を進める。
京都vs大阪というカードはやはり世間も興味深いようで、宣伝活動にも手ごたえがあった。
スクールアイドル雑誌の『これから注目のライブ』にも載せてもらえた。
何とか、全国への足掛かりを掴めるとよいが――。
* * *
並行して、予備予選の新曲については……
「小都子せんぱーい! こっちですー!」
中庭のベンチで花歩が手を振り、夕理も立ち上がって会釈する。
だいぶ過ごしやすくなってきた空の下で、小都子はにこやかに近づいた。
今日のお昼はこの三人で、お弁当を食べながら曲作りの話をするのだ。
「初めてのセンターやし、私も具体的なイメージが湧かなくて。どんな曲がええんやろねえ」
「やっぱり先輩にはバラードとか似合うんやないですか!」
花歩が箸を握って力説するが、夕理は否定的だ。
「シックで抒情的な曲は聖莉守に一日の長がある。かぶるのは不利やで」
「夕理ちゃんにしては弱気やなあ」
「わ、私は小都子先輩に確実に勝ってもらいたいだけや!」
「まあまあ……晴ちゃんが言うには割と安泰らしいから、やりたい曲にしようね」
言いながら花歩の様子をうかがう小都子だが、聖莉守への反応は特にないようだ。
妹から何も聞いていないのか、晴が言うほどの問題ではないのか……。
考えている間にも、一年生たちは喧々諤々と議論を続ける。
「いっそ演歌とかどうやろ?」
「花歩、真面目に考えてる? それならジャズの方がええと思う」
「意表をついてメタルとか……」
「つきすぎや!」
小都子はくすくす笑いながら、すっかり仲良くなった二人に目を細めた。
「こうしていると、堺でのことを思い出すねぇ」
「そうですね……」
「『若葉の露に映りて』、私は好きやってんけどね」
「……すみません、不甲斐ない結果で」
「でも最後には少し救われたやろ?」
ごぼうの肉巻きを食べながら、小都子は考える。
大成功ではなかったけれど、決して失敗ではなかった。だったら、もっと先に進められるはずだ。
「もう一度、ああいう方向に挑戦してみいひん?」
「えっ、意識高い系ですか?」
「そういう部分は少し抑えて、もっと優しくて、穏やかで、胸が温かくなるような……。
そんな曲を、二人で作ることはできる?」
夕理と花歩は顔を見合わせてから、力強くうなずいた。
「やれます! 考えてみれば、優しい小都子先輩には優しい曲が一番に決まっていました」
「私の作詞ならどのみち意識高くはなりませんからね! 大勢に届けてみせます!」
聖莉守とはやはり少しかぶるが、気にせず歌いたい曲を歌おう。
小都子の胸は早くも温かくなりながら、後輩のお弁当箱にシュウマイを一個ずつ乗せた。
「私は二人に任せるしかないから、これがせめてもの応援や」
「必ずご期待に応えてみせます」
「やりますよー! このシュウマイに誓って!」
* * *
そうして平日は矢のように過ぎ、いよいよ土曜。京都戦当日――。
「皆さんは、京都へはよく行かれるんですか?」
午前の阪急電車の中、元東京人が大阪ネイティブの先輩たちに尋ねる。
伝統文化にあまり興味のない三年生たちは、はかばかしい反応ではない。
「遠足で行ったくらいやなあ。金閣銀閣、清水寺と、あと平安神宮とか」
「
「桜夜先輩、『五山送り火』が正解です。京都の人に怒られるので直してください」
「そうなん? めんどいなー」
「晴ちゃんはあちこち行ってそうやねえ。私は嵐山とか好きやけど、最近はとにかく混んでて……」
「準メジャーな寺が狙い目や。大徳寺、妙心寺、光悦寺あたりやな」
あたしは二条城に、うちは京都御所に、なんて話している間に
ここからバスで北上し、まず向かったのは……
「学問の神様! どうかどうかお願いします!」
菅原道真の祟りを鎮めるため、平安時代に作られた北野天満宮。
境内は今日も修学旅行の学生が多い。
必死で拝み倒し、これで大丈夫と安心している桜夜に、夕理が呆れた目を向ける。
「神頼みする前に、まず最善の努力を尽くすべきでは?」
「え? 神様が何とかしてくれるならその方が楽やろ」
「最低の発想ですね……」
「あーもー可愛くなーい!」
「神社で騒がない!」
他の面々も来月は中間テストなので、祈ったりお守りを買ったりしている。
牛の像を撫でまくってから、神社を出て周囲を見渡す。
「さて、どこかで昼飯を……」
「立火、にしんそば食べよう! にしんそば!」
「あれって蕎麦にニシン乗っけただけやろ? 家でも作れそう」
「京都で食べるのがええの!」
九杯のにしんそばをわいわいと食した後、いよいよ相手校へ向けて出発する。
晴に先導された石畳の道は、祇園のようなお茶屋さんが並んでいた。
「ここは
「へえー」
「そこを北に行くと千本釈迦堂。重文の六観音像が見事で、特に如意輪観音がお勧めや」
「そうなんですね!」
晴が後輩たちに説明するのを聞きながら、一同は西陣に入る。
静かな石畳を歩き、ようやく校門が見えてきた。
早目に来た客なのか、他の用事なのか、土曜なのに何人かの生徒がいる。
立火は笑顔で手を振ってみるが、相手は遠巻きに会釈するだけだ。
大阪なら知らない人でもフレンドリーな反応が返ってくるものだが……。
(考えてみれば三年目にして、初めての大阪以外でのライブや)
(これがアウェイってやつか……)
固くなる立火が伝染したのか、花歩も不安そうに声をひそめる。
「やっぱり『下品な大阪人が来てはるわあ』とか思われてるのかなあ」
「もう、考えすぎやって。皆さん奥ゆかしいだけや」
「ううっ、小都子先輩は何だか京都っぽくていいですよね」
「そ、そうやろか?」
なんて話しながら校門をくぐると、二人の女生徒の小声が聞こえた。
「あれ、Saras&Vatiの子とちゃう?」
「あ、ほんまや」
つかさは思わず耳を疑って、相手をまじまじと見返してしまう。
びくりとする先方に、慌てて瞬時に営業スマイルを作った。
「どうもでーす。動画見てくれたんですか?」
「え、ええ。おしゃれで印象に残ってました」
「あんまり大阪っぽくなくてええなあって」
率直な感想に、後ろで立火が引きつり笑いを浮かべている。
とはいえ誉めてもらえたのは確かなので、つかさの朗らかな声が返された。
「ありがとうございます! これから天之錦さんとWestaでライブ対決なので、もし良かったら!」
「あ、そうやったんですね。気ぃ向いたら行きます」
「よ、よろしくお願いします」
夕理がぎこちなく下げる頭の前で、女生徒たちは校舎へと去っていった。
立火も気を取り直して、二人の肩にぽんと手を置く。
「やるやないか! 今までとは違う客層にも届いたみたいやな。
これからも別働隊として、よろしく頼むで!」
『はいっ』
少し心が軽くなった一同は、来賓玄関の方へと向かう。
その途中、早足になった姫水が、つかさを追い越しざまにぽつりと言った。
「良かったわね。頑張りが報われて」
つかさの足が止まり、しばし呆然として取り残される。
すぐ我に返り、にやけ顔を必死で抑えながら、急いで皆を追いかける。
ヴァイオリンの3Dモデルはmigiri様作成のものをお借りしました。(VPVP Wiki)