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「……というような話を昨日したんや。
 なので今日のライブ、一度でいいから私が前面でやらせてほしいんやけど」
「う、うん、もちろんや」

 本日は場所を変えて、大阪城公園へ向かうSaras&Vati。
 地下鉄の中で答えたつかさは、申し訳なさそうに目を伏せる。

「最近あたしにばっか付き合わせてて、ほんまごめん……」
「ううん、それはそれで私の血肉になってるはずや。
 でも私も花歩を見習って、少しは主役を目指さないとね」
「そう、その通りや!」

 隣の香流が、嬉しそうに声を上げる。
 奈々は合コンへ行ったので、今日も彼女が助っ人だった。

「奈良戦の花歩っちはマジウケたからなー。ツッコミ星人って!」
「でもあれ正直一発ネタやろ。あのキャラ続けるんやろか」
「もー、晶は手厳しいやっちゃな。花歩っち、頑張ってるやないか」

 香流が特定のアイドルを推すようになるなんて、晶には全く予想外だった。
 クールに微笑んでから、その目を自分の推しに向ける。

「で、つかさは何で今日はやる気ないんや」
「え!?」

 はっと顔を上げたつかさは、座席の上で周章狼狽する。

「そそそんなことないで!? みんなの貴重な日曜を潰させてるのに、あたしがやる気なくすなんてマジ絶許っていうか……」
「おいおいつかさ、アタシ達はダチやろ? つまんねー気遣いはナシやで」
「うう……」
「どうせ昨日の藤上さんのせいやろ」

 晶がズバリ言う通り、一人で活躍した姫水の姿がまだ目の奥に残ってる。
 香流も困ったように頭をかいた。

「アタシも奈々から強引に聞かされたで。強豪の三年生二人相手に、一歩も引かなかったって」
「うああ……少しは追いついたと思ってたのに、気のせいやった……」
「そしてとどめにこれや」

 と、夕理が見せたスマホには、先ほど部に届いた写真が映っている。
 赤い紅葉を背景に、当の姫水の両隣に、同じ顔の女の子が寄り添っていた。

『今日は箕面みのおに来たでー! 紅葉の天ぷらが売ってる』
『勇魚ちゃんはボランティアに行ったので、花歩の妹の私がお邪魔してます』
『まだ紅葉は少し早いけど、見頃は混みそうだものね』
『てことで滝まで行ってきまーす』

(花歩はともかく花歩の妹まで姫水と遊べるんかい!)

 あっちは近くに住んでるからと言えばそれまでだけど。
 自分が今まで必死に活動してきたことは、本当に意味はあったのだろうか。
 たとえ特別な一人になれなくても、紅葉狩りに混ぜてもらった方がずっと良かったのでは……。



「ああ……もう……」
「つかさ……」
「すっかり心の糸が切れたみたいやな」
「つかさにしてはよく持った方やな。
 つーかアタシ、藤上さんはピンと来ねーんだよな。ああいう優等生って苦手やし」
「あたしだって最初はそう思ってたんや!」

 それがうっかり恋に落ちたせいでこのザマである。
 膝に突っ伏してうめくつかさへ、夕理は必死であやすように話す。

「つかさ、ここまで頑張ってきたやないか。
 地区予選まで日曜はあと四回。一回は期末テスト前やから、たったの三回や。
 とりあえずはそのゴールまで、あと少しだけ走ってみよう? ね?」

 もし地区予選で負けたら、立火と桜夜はその場で引退。
 Westaは終戦モードになり、もうつかさと姫水のライバル関係も盛り上がらないだろう。
 それまでに何とかしたいし、それまでは何とか頑張ってほしかった。
 理想を押し付けてるようで心苦しくはあるけど……。

 少しだけ顔を上げたつかさに、香流と晶の声も降ってくる。

「一度くらいは何かをやり遂げてもいいんじゃねーの? アタシが言うのもなんやけど」
「藤上さんに届くかはともかく、Westaの人気には大いに貢献してるんや。無意味ではないやろ。
 あ、森ノ宮や。降りないと」

 地下鉄を降りて地上に出ると、つかさの目に眩しい太陽が映る。
 長距離走の終盤のように、苦しいし投げ出したい。
 けれど実際それを行ったとき、姫水にどう思われるかも想像できた。

『あなたって結局その程度の人だったのね。最初から分かってたけど』

「くそー! 姫水めー!」

 勝手な妄想に怒ってから、驚きの目を向ける三人に照れ笑いを返す。

「ごめんごめん。あたしが始めたことやもんな。
 決めた。予選が終わるまでは二度と弱音は吐かない。
 みんな悪いけど、あと少し付き合ってや」
「当ったり前やろ!」

 香流に思い切り肩を組まれ、つかさは公園内に入っていく。
 夕理もほっとして後を追う。
 文化祭前の失敗があるので、今日は城の外の広場でライブをする予定だ。
 自分が前面に出る心の準備をしつつ、つかさ以外の二人にも自然と話しかける。

「終わったらお城の紅葉を見に行くのはどう?
 箕面とまではいかへんけど、ここも綺麗やと思う」
「ええな。石垣も黄色くなってるかな」
「天名さんも優等生ぽくて苦手やったけど、意外といいとこあるやんか」
「はっきり言う人やな……」

 そんな三人を見ながら、つかさはしみじみと心から思う。

(ほんま、持つべきは友達やな)

 いつも中途半端だった自分が、生まれて初めて何かをやり遂げた時。
 そこに何があるのかつかさ自身も知りたい。
 その頃にはもう、紅葉はとっくに散っているだろうけど。
 終わりに向かって全力で走りながら、またひとつの日曜は過ぎていく。


 *   *   *


「衣装はこれでええか」

 資料室で立火が引っ張り出したのは、夕理を入部させたとき使った衣装だ。
 部の残り予算が厳しくなっており、今回も過去の使い回しである。
 一昨年の衣装なので、観客に『またそれ?』とは思われないだろう。

「今回節約した分、地区予選はめっちゃ豪華にしたいよね」
「はいっ! うち、頑張って考えます!」
「うんうん。勇魚は可愛いから、絶対すごいのができるで~」

 桜夜は呑気なことを言っているが、立火としては勇魚の衣装デザインは未だに心もとない。
 まあ、神戸戦が終わってから考えよう……。

 部室に戻り、着替える前に立火は壁のカレンダーを指し示した。

「さて注目! 土曜に神戸戦やけど、その前の日の話や」

 金曜日の数字は赤く塗られている。
 勤労感謝の日を見て、つかさが当然のことのように言う。

「あ、練習っすか? あたしはOKですよ」

 以前とは全く違う反応に、部長の胸も思わずじんとする。
 だがしかし、今は首を横に振った。

「練習したいのは山々やけど、やっぱり可能な限りはホワイト部活にしたい。
 そこでや! 考えてみたら私、そこまで神戸のこと知らへんねん。
 なのでMCのネタ探しも兼ねて、みんなで神戸に遊びに行くのはどうやろ? もちろん強制ではなくて自由参加で」

 パワーアップの望みを絶たれた立火が、それでも部長として、何かできないか考えた結果がこれだった。
 思えば全員で遊びに行ったのは、コスモタワーと住吉祭とプールくらい。
 しかも後二つに晴はいなかった。
 Westaの総力を高めるためにも、遅ればせながら絆を深めたいのだ。

「行くー! 行く行く、めっちゃ行くでー!」

 桜夜は当然大喜び。
 一年生たちも我先にと手を上げる。

「はいはい! うちも絶対行きます!」
「部長のお誘いを断るわけないやないですか!」
「確かに、引っ越す前に行ったきりなので、観光はしたいですね」
「いやー話の分かる部長さんやー(姫水と遊びに行ける!)」
「いいんじゃないですか(つかさと遊びに行ける……)」

 そして小都子は当然賛成ながら、少し切ない目でぽつりとこぼす。

「これで最後になるかもしれませんしね」

 言ってからわずかに後悔したが、撤回はしなかった。
 この先のラブライブと受験を考えれば、もうこんな機会はおそらくないのだ。
 そして一同の目が集中した晴は、小さく溜息をついて肩をすくめた。

「MCのためということなら同行しましょう」
「やったーー! 晴先輩、うち嬉しいです!」
「いちいち騒ぐな。
 ただし異人館と港と六甲摩耶以外にしてください。そのへんは皆も既に行ってるでしょう」
「え、神戸ってそれ以外に何かあるの?」

 桜夜が失礼極まりないことを言う。
 中華街は土曜のお昼を食べに行くとして、他にどこへ行けばいいのか……。
 そこまで考えてなかった立火は、参謀に丸投げした。

「よし、行き先は晴に任せた! 何か穴場とか知ってそうやしな」
「別に観光ガイドに載ってるところしか知りませんよ」
「ご飯はどうしますか? 神戸って何食べても高そうな感じですが……」

 花歩が庶民的なことを聞いてくる。
 確かにまず浮かぶのは神戸牛。大阪のような、安くてうまくてB級というイメージではない。
 翌日に本格中華を食べるのだから、少し節制した方が……と考えた小都子が手を上げる。

「それやったら、私がお弁当を作ってきましょうか。晴ちゃん、どこか食べるところはある?」
「眺めのいい芝生がある。この季節でも晴れてれば大丈夫やろ」
「なら、みんなもそれでええかな?」

 もちろん小都子の手料理なら、そこらの店よりも大歓迎だけど。
 九人分の作業量を考え、夕理たちが次々と参戦を申し出た。

「小都子先輩だけに任せるわけには! 私も何か作ります!」
「うちはおにぎり作るの得意です!」
「わ、私も自信はないけど一応できますよっ!」
「私は食べる方で貢献するで!」

 最後のは桜夜だがスルーされた。
 いや私一人でも大丈夫やから、いえいえそんな、と騒いでるところへ、バン!と机を叩く音がする。
 つかさが目に炎を燃やして訴えかけていた。

「あたしにも作らせてください!!」

 こくこく、とうなずくしかない小都子に、つかさは内心でガッツポーズを作る。

(あたしの手料理を姫水に食べてもらえる!)

 ちらりと見た相手の顔は、無風状態で微笑んでいる。
 しかし当日には、意地でもおいしいって言わせてやる。
 その隣で、勇魚がおずおずと尋ねてきた。

「つーちゃん、うちもおにぎり作っていい……?」
「あ、う、うん。そうやな、主食は任せるで」
「やった! 姫ちゃん、一緒に作ろ!」
「そうね、勇魚ちゃん」
(ぐああ勇魚こんにゃろおおお……まあ、姫水のおにぎりが食べられるならええか)

 話がまとまり、立火は改めて部員たちを見渡した。

「よし、ランチは四人に任せたで。私はお土産のたこ焼き焼くから勘弁してや。
 ほんなら金曜を楽しみに、今週の練習を始めるで!」
『はいっ!』

 大いに士気の上がったWestaは、詰めの練習に立ち向かっていく。
 立火はもう、自分が部長に向かないなんて思ったりしない。
 あらゆる手を尽くして、部員たちを笑顔へ導くのだ!


 *   *   *


『待ってるだけじゃ何も叶わない 戦わなきゃ何も得られない
 欲しいものがあるなら手を伸ばせ そのための人生やないか!』

 先週の練習で、『バトル・オブ・オオサカ』は一応ミスせずできるようにはなった。
 後はここから、どこまで質を高めていくか。
 晴が凝視する中、速いテンポの曲に乗って八人の体が部室を舞う。

「花歩、腕が伸びきってへん」
「す、すみませんっ!」
「勇魚は体が少し右を向いてる」
「はいっ! 気を付けますっ!」

 高評価を得るための確実な方法は、振り付けを高難度化することだ。
 もちろん無闇に難しくすればいいものでもないが、簡単にはできないことをやれば、観客は評価してくれる。
 崩れず美しく実行できればの話ではあるが。

 決戦の曲だけに、作った振り付けは最初からかなりの難度だった。
 やはりネックは花歩と勇魚で、休憩中に立火が早めに手を打とうとする。

「やっぱり二人には難しすぎやな。晴、もう少し軽いのにしよか」
「ま、待ってくださいっ」

 ハードルを下げようとする部長に、花歩は必死で食い下がる。

「まだいけます。絶対にできるようになってみせますっ!」
「けど、もう時間もあまりないで?」
「神戸戦で無理やったら、地区予選までに!」
「分かった、様子を見ながら決める。ケガにはくれぐれも気を付けるんやで。
 勇魚はどうや?」

 聞かれた方は、花歩とは対照的にニコニコしていた。

「難しいけどめっちゃ楽しいです! できるところまで頑張ります!」
「……そうか、勇魚はそれでええで。よし、三分後に再開や!」

 小都子のお茶で水分補給しながら、花歩の横目がつかさへ向く。
 難しい振り付けも器用にこなし、彼女の目に花歩はもう映らない。
 こんな時期になっては、つかさにだって余裕はない。
 奈良戦の後にお互いにおごり合った、あれが最後だったのだ。

(しゃあない……それでも、私の憧れはつかさちゃんや)
(残り少ない時間、一歩でもいいから近づくんや!)

 そして一見何も考えてなさそうな勇魚も、タオルで汗を拭きながら色々考えていた。

(花ちゃんはほんまに偉いと思うけど……)
(できるようにならないとって、義務みたいに考え始めたら楽しくないと思う)
(やっぱりうちは、ラブライブには向いてへんのかな)
(でも、立火先輩はそれでいいって言うてくれたんや)
(うちらしく、最後まで頑張ろう!)

 様々な想いを浮かべつつ、三分経って練習を再開する。

『ただ一人と見定めた相手 友達だけどあなたはライバル
 共に重ねた切磋琢磨で 今度こそ 決着つけるで!』

 神戸戦、やはりキーになるのはセンターの二人だ。
 ステージの左右から走ってきた三年生たちが、互いに拳を突き出し交差する。
 もちろん実際に殴ったら大事件だ。最大限観客をハラハラさせつつ、安全な距離を取らねばならない。

(なんや武術の稽古みたいになってきたなあ)

 色んな角度の突きを試しながら、もっと緊迫感を出す方法を考える。
 そんな立火を見て、桜夜は思わずふふっと笑った。

「なんやもう、真面目にやってや」
「ごめんごめん。立火と真剣な顔でにらみ合うって、状況からして笑えるやん」
「今回は真剣な勝負なんやで。笑った方が負けや」
「にらめっこやんけ!」

 結局漫才になる二人に、つかさが自分の参考にと聞いてくる。

「部長さんと桜夜先輩は、お互いライバルって思ったことはないんですか?」
「言われてみるとないなあ」
「私はいつも、立火に引っ張ってもらってばっかりやったからね」
「な、なんやねん急に殊勝な」
「あはは。ずっとそうできたら楽やったんやけどね。
 けどお客さんの前では、しっかり対決せなあかんな。何か憎みたくなるようなこと言って」
「えっ……この前の奈良戦見てた子から、手作りのお守りをもらったんやけど」
「だああーー! この女ったらしがああーー!」

 見事に敵意を燃やした桜夜は、気合いを入れて立火と決闘し始める。
 つかさの参考にはならなかったが、浪花の戦いの曲は順調に完成へと近づいていく。


 *   *   *


 木曜日。神戸戦前の練習は今日が最後だ。
 朝から部活のことを考えている立火に、未波と景子が声をかけてくる。

「立火、明後日やったっけ」
「そやで」
「さすがにこの時期は行かれへんけど、応援はしてるで」
「ほんまは姫水ちゃんの活躍を見に行きたいんやけどなあ」
「気持ちだけで十分や。でも地区予選の時だけは、できれば投票をやな」
「分かってるって。ここまできたら、一票が命運を分けるかも分からないしね」

 クラスメイトも受験一色で、ラブライブに興味を持ってもらえることも少なくなってきた。
 だが、それはどの学校の三年生も同じ条件だ。
 景子が気の毒そうに肩を叩いてくる。

「ま、せめてラブライブは勝つんやで。受験はご愁傷様やけど」
「勝手に不合格にすな! どっちも勝つわ!」

 言い返してから、今使った単語が何かを気付かせる。

(あれ……私、肝心なこと忘れてた)


 放課後、大詰めの練習に臨もうとする部員たちに、立火はまず確認した。

「今頃になってとは自分でも思うんやけど。
 晴、京都戦の前に言うてたやん。これはガチの勝負ではないし、バラエティな感じでいこうって」
「……そうですね」
「神戸でも方針は変わらへん?」

 確かに、こんな大方針は早く考えるべきことだった。
 天之錦とmahoro-paはその方針で良かったし、それでも成果は得られた。
 だが今、この時期にそんな甘い姿勢でよいのか。
 Worldsに勝たなくてもよいのか……?

 一瞬だけ考えた晴は、珍しく他人に振った。

「小都子、どう思う」
「私!? ……もう、そうやって次期部長を鍛えようとする」

 さらに数瞬考えた小都子は、現部長へ自分の考えを述べる。

「勝とうとしてギスギスするのは良くありません。
 先週来たお二人も友好的でしたし、少なくとも表面上は仲良くすべきです。その上で――
 もしWorldsに勝てれば、私たちは一気に話題になるでしょうね」

 優しい先輩の現実的な物言い。後輩たちは驚くが、このへんは政治家の娘である。
 それは悲願の全国行きが、ぐっと近くなるということだ。
 せやけど、と晴が冷静に反論する。

「それは勝てればの話や。アウェイ戦で、向こうは兵庫のトップ。
 今までの二回とは比べ物にならないほど、相手方のファンで埋め尽くされるやろな」
「票数の差が三桁以内なら、『アウェイなのを差し引いて』私たちの勝ちでええと思うよ」
「まあ、そういう精神的勝利を宣伝するのもアリやけど。
 それもステージの出来で上回るのが前提や。
 部長、桜夜先輩。あの二人に勝つ自信はあるんですか」

 痛いところを突かれ、二人はぐっ、と言葉に詰まる。
 結局負けて士気を落とすなら、最初からバラエティのつもりでいた方がいい。
 が、参謀の深慮など分かりもせず、桜夜は気楽なことを言った。

「だ、大丈夫やって! 深蘭より私の方が可愛いし!
 立火だってヴィクトリアには絶対負けへん。だって立火なんやから!」
「……いや桜夜、悔しいけど私には荷が重い話や」
「ちょっ!?」
「技術と気合いでは負ける気はないで。
 でも向こうは外国人で、私たちはただの大阪人や。キャラ的には逆立ちしても勝てへん」

 キャラ作りは弱者の武器、なんて奈良では言っていたけど。
 別に強者だってキャラ作りはできるし、その場合はもっと強くなるのは当たり前だ。
 特にヴィクトリアは、髪を染めて変な外国人喋りまでしてキャラを徹底している。

 素の自分を出すしかできない立火には今は届かない、が――
 部員たちに向ける立火の瞳は、負けを認めた者のそれではなかった。

「けど私たち二人は、勝てないまでも善戦はする!
 総力戦で勝てばええんや。届かない分は、頼れる後輩たちが補ってくれるって信じてる。
 相手は兵庫のトップ。留学生以外のメンバーもレベルは高いけど、みんなならやってくれるはずや!」

 頼られた後輩たちは、異のあるはずもなく強ううなずく。
 そして……夏に頼られながら結果を出せなかった姫水は、思い詰めた表情で口を開いた。

「桜夜先輩、私は今度こそ……」
「もー、あの時のことは忘れてや。後輩に丸投げなんて真似、二度とせえへんって。
 今度は、私たちの力を合わせて勝利を掴むで!」
「……はい。先輩、必ず!」

 戦わねば何も手に入らない。
 勝つために、Worldsを倒すために、メンバー達は魂の炎を燃やしていく。
 ただ一人……勇魚を除いて。


「うちらが勝ったら、Westaは一気に勢いに乗れる……。
 逆にWorldsの人たちは、負けたらめっちゃ落ち込むやろね」

 帰りのバスで、勇魚はどうしても相手の立場を考えてしまう。
 花歩は困り顔だが、姫水はこれが幼なじみの役割だと、率直に話した。

「そうね。私たちは大阪市二位とはいえ、聖莉守とゴルフラの敵失によるところが大きい。
 まだまだ関西トップレベルとは見なされてない。
 そんなグループに負けたりしたら、Worldsの格は一気に落ちて、離れるファンもいるでしょうね」
「で、でも勇魚ちゃん、そうでもしないと……」

 上位校をそうやって引きずり降ろさないと、Westaは全国へは行けないのだ。
 今回はWin-Winになる方法は全くない。
 この先に広がるのは、情け容赦のない弱肉強食の世界だ。
 勇魚は寂しそうな笑みを友人たちに向ける。

「うちも分かってるんや。せやから二人にしか言えなくて。ごめんね」
「と、とにかく頑張ろう! 私たちにできるのはそれだけや!」
「明後日勝てなかったら意味のない心配だしね。
 それより、明日のおにぎりの具を考えましょう?」
「そうやね! うちはタラコが好きや! 花ちゃんは?」
「うーん、シーチキンが好きやな。任せちゃって悪いねえ」


 一方、弁天組の二人の方は……。

「ごめん夕理。あたし高島屋の地下に寄ってくから」

 地下鉄の方へ行こうとするつかさに、同じ方角の桜夜が驚く。

「え、どんだけ高級食材買う気なん?」
「ふっふっふっ、明日を楽しみにしててくださいよ。
 ここ数日、授業中にもレシピを考えてましたからね」

 自慢にならないことを言っているが、本当に楽しそうだ。
 夕理の胸も温かくなると同時に、つかさの懐の寒さを思い出して申し訳なくなる。

「ねえつかさ、せめて材料費だけでも出すから……」
「もー、手作りのお弁当にお金出そうとか無粋の極みやで。
 小都子先輩にも同じこと言われたんやろ?」
「う、うん……」
「そうそう。おいしく食べるのが、作ってくれる人への何よりのお礼やって。
 あー、デザートも楽しみやなー!」
「……木ノ川先輩は本当にお気楽ですね」

 少し考えた夕理は、自分の足も地下鉄へと向けた。

「私も一緒に行っていい?」
「え、ただの買い物やで?」
「あ、あまりデパ地下って行ったことないから」
「ははあ、新婚気分でも味わおうって魂胆やろー」
「違いますっ! 横から変なこと言わないでください!」
(夕理と桜夜先輩、ちょっとだけ打ち解けてる?)



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