攻守入れ替わり、ヴィクトリアは予想通りサヤンを前に出してきた。
「本日デビューのサヤン・ムーリデース! 皆さん温かいご声援をー!」
「よ、よろしくお願いしまス。少し緊張してまスが、頑張りまス」
『可愛いー!』『頑張れー!』という大歓声に満足しながら、ヴィクトリアは急にしんみりした空気を出した。
「私と深蘭は残念ながらもうすぐ卒業……国に帰りマース……」
『そんなー!』『行かんといてー!』
「そもそも今のイギリスに帰っていいのかという気もしマースが……」
『EU離脱するのー?』『せえへんのー?』
「HAHAHA、グダグダすぎて笑うしかないデース……。
でも! サヤンたちが必ず立派に受け継いでくれると信じてマース!
さらにさらに、来年アメリカから来る留学生が一人、入部が内定してるのデース!」
おおおおおお!
初公開の情報に盛り上がる場内だが、舞台袖のつかさは小声で渋い顔である。
「そんなんあたし達とのイベントで言う必要ないやろ!」
「でも現に盛り上がってるからねぇ。ほんまにお上手や。
でもインドネシアとアメリカかぁ……。来年も強敵になりそうやね」
小都子が嘆息する目の前で、ようやくWorldsは曲に入った。
「ではサヤン、曲名をお願いしマース」
「はいっ、私のデビュー、どうかご覧くだサい。
世界の国から
『生まれた場所も違う 言葉や文化も違う
だけどね一緒に歌えば ほら
誰だって友達になれる 同じ地球に生きてる奇跡』
けれん味なく正統派。『フラワー・フィッシュ・フレンド』と同様の、明るいフレッシュな曲だ。
やはり新人のデビューにはこういう曲が似合う。
(サヤンの実力は……普通か)
未熟であってくれないかと期待した晴だが、さすがにそこまでは甘くない。
デビュー当初の花歩や勇魚と同程度だ。
だが外国人のデビューと大阪人のデビューでは、どうあっても前者への声援の方が大きい。
勇魚はもちろん、花歩まで手に汗握って応援している。
(サヤンちゃん頑張れ! 私がついてるで!)
(ああっ、そこのステップ難しいよね、分かるで!)
新人に配慮したのか一曲目ほどの難度ではないが、それでもこの大観衆の前では厳しい。
思えば入部してまだ三ヶ月なのに、早くも来年の顔として期待されているのだ。
主役になれない湊たちも複雑だろうけど、留学生は留学生で大変だった。
『Nice to meet you!
初次见面!
クナルカン ナマ サヤ!
初めましての言葉を交わせば 私たちはもう友達!』
そういう状況でも最後までミスはせず、サヤンは無事に初ライブをやり遂げた。
拍手の嵐の中、ほっと息をしている彼女に、舞台袖から勇魚が飛び出していく。
「サヤンちゃーん、デビューおめでとうー!」
「お、おい勇魚!」
「めっちゃ可愛かったでー!」
「桜夜もかい!」
勇魚はそのままサヤンに抱きついたが、桜夜は立火に首根っこを掴まれる。
引き戻した相方に、立火は厳しい小声で耳打ちした。
「次で盛り返さないと私たちはお終いや! 崖っぷちやで!」
「わ、分かった。みんな、絶対お客さんを笑わせたるで!」
後輩たちも危機感を共有し、険しい表情でそれぞれうなずく。
しかし険しい表情でやっていい曲ではない。
舞台に出ると同時に笑顔に切り替え、素で笑顔の勇魚と合流した。
「どーもどーも、立火でーす」
「桜夜でーす」
「いやあ、いつ見ても新人がデビューするのはええもんやな」
「ほんまほんま。特に今回は、外国から来て頑張ってはるんやから」
「その根性にはこうべを垂れるばかりで……」
「神戸だけに、って何言うてんねん!」
場内に少し笑いが流れる。
大阪ほどは反応してもらえないが、それは想定内。
アウェイならアウェイなりのやり方があるのだ。
「神戸って上品なイメージやけど、お笑いのことはどう思ってるんやろな」
「どうやのー? 小和田さん」
「え、私?」
舞台袖に引っ込んでいた湊が、桜夜に呼ばれてひょいと顔を出す。
敢えてホームの相手を巻き込むやり方に、乗ってくれるかどうか……。
少しの間の後、彼女はにこやかに微笑んだ。
「さすがに大阪ほど盛んではないけどね。
けど、笑うのが嫌いな人なんているわけないやん。
今日だってみんな、浪花の笑いを楽しみにしとうよ」
(おお……ありがとう小和田さん!)
賭けではあったが、さすが強豪の三年生。期待以上の答えを返してくれた。
生きるか死ぬかの戦いだけど、人情を捨てたわけではない。
台本ではなく、立火と桜夜の心からの感謝が湊へ返る。
「小和田さん、ほんまおおきに! 必ずご期待に応えてみせるで!」
「おしゃれな神戸の人たちも、今だけは全てを忘れて笑ってや~」
客席の空気はいつしか弛緩され、気楽なものに変わっていた。
笑わせるため、そして勝つため、Westaの八人が曲名を叫ぶ。
『なにわLaughing!』
(え、ここで使うの)
ヴィクトリアの目に意外の二文字が宿る。
バトルロードのテーマ曲。最後のライブである今回、トリに使うものと思っていた。
となると何で締めるのだろう……と考えている最中に曲は開始される。
『うーーーー マンボ!
新曲ほどの時間は取れなかったが、ここ二週間でこの曲についても色々考えていた。
京都と奈良のときのような、ただ楽しむだけのライブではWorldsには勝てない。
より一層工夫して、観客の笑いを誘って、そして――
その上で、今まで以上に楽しまねばならない!
(ねえ立火、笑いの世界も大変やな!)
(ああ、せやけど芸人さんはもっと苦労してはるんや! これくらい!)
立火と桜夜を中心に、もっとコミカルに、もっとアホになって、全力をライブに込める。
『ここは水の都大阪 細かいことは水に流して
ノリとツッコミでゴーゴー!』
この曲はこれで三回目。
既に覚えてくれた人もいるようで、客席の何割かは一緒にツッコんでくれた。
『”何でやねん!”』
さらに今回は追加でサービス!
立火と桜夜、それに小都子が、もう一回転して手の甲を振る。
『何でや何でやねん!』
そして最後とばかり、一年生たちが再度回転!
『なな何でやねん!』
(ねえ夕理ちゃん。苦労した曲やけど、作って良かったよね)
(ほんまやな。私はまだ、大阪の全てを好きになれたわけではないけど……
誰かを笑わせられるところは、認めてもいいとこやと思う)
さあ、ここからだ。
自分では面白いことはできないと思っていた小都子も、今はもうその考えは捨てた。
ずっこける振りをして、先輩たちに支えられいたずらっぽく笑う。
いつも漫才で楽しませてくれた二人の、魂を今こそ受け継げるように。
『苦しいときには見上げてや! 天にそびえる通天閣
ビリケンさんが空から笑うてはるで~』
(ほんま、お笑いってええもんやなあ)
心から感じながら、大阪の魂を表現していく。
一方で、その魂を持たない姫水は――
(コテコテの方面は先輩たちに任せよう)
もっとマイルドな方面で、神戸の人も受け入れやすいように笑顔を作っていた。
(矢澤にこさんのにこにこにーが60%。
高海千歌さんの太陽みたいに輝く笑顔が35%。
後は沖縄代表の方と、岡山代表の――)
これが練習の末に編み出した、姫水のできる最高の笑顔である。
楽しそうな演技にも磨きをかけて、観客の笑顔を引き出していく。
(姫水……)
今日も追いかけるつかさは、京都戦でのことは反省していた。
あのときは悔しかったり必死になったりで、心の中では楽しめなかった。
それは曲を作った二人に申し訳がなさすぎる。
(うん……結局一度も勝てへんまま、バトルロードは終わりそうやけど)
(でもあたし、姫水と張り合うだけで楽しかったんや)
すぐ隣で、勇魚が何も考えず嬉しそうに歌っている。
今だけは見習って、つかさも心から笑って。
ついに一つになった八人の笑いは、一気にサビへと突入する。
『Laughing! Laughing! なにわLaughing!
笑うあなたに福きたる
打ちましょ(パンパン!) もひとつせ(パンパン!)』
このバトルロードのため作られ、三回に渡って演じられた曲は……
七百人以上の手拍子とともに、見事にその役目を終えたのだった。
『
大沸きに沸く場内と、何より観客たちの笑顔を見て、立火は食らいつけたことを実感する。
(いける、まだまだいけるで。あとは三曲目に全てを懸ける!)
視線の先ではヴィクトリアが、望むところとばかりに腕組みをしていた。
……と、その前に会話での勝負である。
* * *
「トークバトルコーナー! イェーイ! 楽しみにしてマシター!」
「私たちは聞き役だけどね」
はしゃいでいるヴィクトリアを、深蘭が一歩下がらせる。
さすがにご当地自慢となると、地元民の湊が主役である。
張り切った彼女が立火へ目を向けた。
「まずは私からアピールさせてもらってええかな?」
「どうぞどうぞ。さっきのお礼や」
湊はマイクを握ると、講堂内へ向けて大声で叫んだ。
「神戸にはパンダがいる!」
うわ、とWestaの顔が引きつる中で、会場からは一気にコールが沸く。
『パーンーダ! パーンーダ!』
(いきなりカード切ってきた……)
苦い顔の立火に、湊はアハハと笑いながら振り向いた。
「唐突にごめんねー。ちょっと知名度低いからこの機会にって」
「うん、昨日行ってきたんやけど。うちの部員の半分以上、行くまで知らんかったで」
「それはさすがにアンテナ低すぎとちゃう!?」
少しショックの湊だが、なればこそもっと神戸を知ってもらわねば。
悪い情報も隠すことなく伝える。
「まあ再来年にはレンタル期限が切れるから、その後は分からへんのやけどね」
「日中友好のためにも何とか続けてほしいね」
(中国に巨額のお金払ってまで借りる必要はないと思うけど)
深蘭と夕理が逆のことを考えている間に、ヴィクトリアが前に出てきた。
何をするのかと思いきや、いきなり大阪を攻撃し始める。
「一方で大阪の動物園はとんだテイタラーク……。
エサ代が高いからとコアラの飼育からは撤退予定で、ゾウもいないそうデスネー!」
「え、そうやったん!? 晴、天王寺にゾウいないの!?」
「いません。今年の一月に亡くなってから、空のゾウ舎だけが展示されています」
(何てことや……)
客席の晴の答えに愕然とする立火である。
しばらく行かない間にそんなことになっていたとは……。
「で、でも王子にもトラがおらんかったで!?」
「既に新しいアムールトラを手配しとうよ。来年には来るんとちゃうかな」
「ぐぬぬ」
あっさり湊に返り討ちに遭う。桜夜もこういう話は手助けができない。
大阪の敗北かと思われたとき……
場内に響いたのは、透き通った声だった。
「鶴はどうですか?」
姫水が客席から立ち上がり、舞台の直下に立っていた。
ヴィクトリアがきょとんとした目を向ける。
「え……Crane?」
「王子動物園にはタンチョウ、マナヅル、カンムリヅルしかいませんでした。
天王寺にはタンチョウ、オオヅル、ナベヅル、アネハヅル、ソデグロヅル、オグロヅル、ホオジロカンムリヅルがいますが何か?」
「へ……へぇー」
マニアックな話にちょっと引いてるWorldsに、姫水ははっと我に返る。
慌てて笑顔を見せながら、子供の頃の記憶を頼りに話を続けた。
「それに天王寺は『鳥の楽園』という超大型ゲージがあるんです。
せせらぎで自然に過ごすたくさんの鳥たちを、遊歩道から自由に見られるんですよ」
「あー、あったあった! 確かにあれは自慢できるで!」
「とどめにキーウィがいるのは、日本で天王寺動物園だけです」
「せやな、時代は鳥やで! 大空に羽ばたくんや!」
「え、キーウィって近所のスーパーで売ってるやん」
「それやなくてニュージーランドの鳥!」
立火と桜夜が始めた漫才に、姫水は仕事は終えたと席に戻っていく。
それなりに来ていた姫水のファンが大きな拍手を送った。
勝ったと思ったのが互角に持っていかれ、ヴィクトリアは悔し紛れの笑みを浮かべる。
「クックックッ、大阪の動物園も多少はやるようデスネー。
しかし神戸の動物園は、あと二回の変身を残していマース! この意味が分かりマースカ!?」
「いやもう動物園の話はいいよ。いつまで続けるの」
「え、待って深蘭。まだ神戸どうぶつ王国と六甲山牧場の話が」
「はいはい、次は大阪側からどうぞ。何か自慢できることは?」
「そうやな……!」
人口や経済規模、インバウンド数などで大阪が上なのは、双方とも分かっている。
しかしこの場において、そんな生々しい数字を出すのは無粋極まる。
奈良での経験を経て、立火が選んだカードとは――
「大阪には積み重ねられた歴史がある!」
「ぐっ……」
痛いところを突かれて湊が胸を押さえる。
逆に神戸はあまり歴史イベントがない。
福原京と湊川の戦いで少し話題になる程度で、あとは幕末に開港するまで単なる地方の良港だった。
「奈良戦は見てくれた?」
「見てたで……難波宮、大した歴史なんやな……」
「そうやろそうやろ」
渋々答える湊に、立火は意気高々で攻勢を続ける。
「街を歩くだけで、大坂の陣の跡がそこここにあるで。
広大な住吉大社に四天王寺と寺社も結構豊富!
そして何より大阪城や!」
「うう……神戸に大きいお城はないからなあ」
「はっはっはっ。天守閣もコンクリとか言われるけど、大阪市民の寄付で建った登録有形文化財なんやで」
「でも姫路城の方が感動しましたヨ?」
「相手が悪すぎる!」
いきなり横から攻撃してきたヴィクトリアに、立火は抗議の意を込めて振り向く。
「あれ神戸関係ないやん! 姫路市やん!」
「いやいや、私たちは兵庫のトップデスカラネー。兵庫はひとつ、兵庫のものは私のモノ」
「嘘つけ! 兵庫はヒョーゴスラビアとか言うて、地域ごとにバラバラで一体感ゼロって聞いてるで!
そうやろ小和田さん!」
「あ、あはは。確かに私も、但馬の方なんかは一度も行ったことないんだよね……」
但馬牛と城崎温泉くらいしか知らない湊は、兵庫全体の話にされると弱い。
察した深蘭がすぐに締めに入った。
「まあ神戸も、明治以降の歴史だけでも十分価値があると思うけどね」
「ソーデスヨ! 外国人居留地は中国人とイギリス人が一番多かったのデスヨ」
「では歴史のお勉強はこのへんで。湊、最後に神戸側から何かある?」
さり気なく神戸側の攻撃回数を増やされたが、アウェイ戦では致し方ない。
湊が持ち出したのは神戸牛でも洋菓子でもなく……
「やっぱり――夜景やな!」
「ぐああ!」
日本三大夜景を持ち出されて悶絶する。
立火のピンチに、歴史の話には混ざれなかった桜夜が、ここぞとばかりに首を突っ込んできた。
「でもぉー、ポートタワーってだいぶ古くなってるやん。
大阪の展望台は数も多いし、コスモタワー以外は賑わってるで!」
京都戦に続いて性懲りもなくタワーを持ち出したものの、湊のジト目が向く。
「ふーん。で、その展望台って何m?
「山の上に勝てるわけないやろ!?
お、大阪も最近は夜景を頑張ってるんや。今も御堂筋でイルミネーションをやってて……」
「あかん桜夜、その話は!」
「あ」
立火が止めたがもう遅い。
湊はニヤリと笑うと、客席に向かって大声で叫んだ。
「神戸ルミナリエは来月7日から!」
『うおおおおお!!』
「あーもう……何してんすか桜夜先輩……」
客席でつかさが頭を抱えている。全国的な知名度を誇るルミナリエにかなうわけがない。
青くなっている桜夜に向かって、湊は勝ち誇ったように微笑んだ。
「大阪の人もよかったら来てや。16日までやけど」
「行けるわけないやろ! 地区予選直前やん!」
「そうやんなー。クリスマスまでやってれば見てもらえたんやけど……。
でも阪神大震災の鎮魂が目的やし、お祭り騒ぎにするわけにはね」
その災害の名称を聞いて、ヒートアップしつつあった双方もしんみりする。
阪神・淡路大震災。
もちろん自分たちが生まれる前のことだが、何度も話は聞かされてきた。
その心情を共有はできないものの、ヴィクトリアも心配そうに尋ねる。
「今年の地震は大丈夫でしタカー?」
「大阪市はそれほどでもなかったで。それより台風でえらい目に遭った」
「神戸も散々やった。通学路が冠水したもの」
「え、ほんまに!?」
自然災害の前には大阪も神戸もないのだ。
勇魚がはっと横を見ると、サヤンがWorldsの一年生に何か慰められていた。
(そういえばインドネシアでも、今年だけで三回も大きな地震があったって聞いたで……)
少し暗くなってしまった講堂内に、立火は明るく声を響かせる。
「せやけど、そういう時こそスクールアイドルが笑顔を届けるんや!
小和田さん。関西人同士、困ったときは助け合いやで!」
「(あ、そろそろ締めやな)
そうやねえ、私たちも大阪へは時々遊びに行っとうし。
何やかんやで、阪と神は切り離せへん関係やからね」
「うんうん。ところで神戸って、やっぱり横浜にライバル意識持ってるんやろ?」
締めにと取っておいた話題だが、湊の反応は立火の予想と違った。
「え? 別に気にしたことないけど……行ったこともないし」
「何でや! そこは大阪神戸で組んで、東京横浜と戦うとこやろ!」
「もー立火! 恥ずかしいからやめて!」
「立火先輩、あなたはまだそんな事を……」
「あ、ち、ちゃうんや。これはそういうネタで」
桜夜と姫水に詰め寄られ、立火は慌てて弁解を始める。
場内に笑いが流れたのを見計らい、留学生たちは話を終わらせるのだった。
「どの国も地方には色々あるよね」
「スコットランドみたいに関西独立運動が起きたら面白いデースネ」
「いや面白くはないよ。以上、トークバトルコーナーでした!」
* * *
泣いても笑っても、あと一曲で決着である。
舞台に揃った全メンバーの前で、ヴィクトリアが静かにMCを始めた。
「私たちの最高の曲は、当然いま練習している地区予選用の曲デース。
なので今回は、二番目に優れた曲で勝負したいのデースガ……」
と、少し気まずそうな目をWestaに向ける。
察した夕理が、差し出がましいと思いつつ一歩前に出た。
「もしあの曲のことなら、余計な気を回さないでください。
私の曲は確かに完敗しましたが、それだけ素晴らしいものでした。
こちらに気を使って封印されてしまうのは、決して本意ではありません」
「ユーリ。あなたの音楽への真摯な姿勢、本当に敬意に値しマース。
では遠慮なく! 私たちのスクールアイドルへの思いを……」
「それはそれとして、私からは深蘭に文句があるで!」
と、いきなり割り込んだのは桜夜である。
また何かアホなことを……と夕理が危惧する前で、文句をつけられた側は自分を指さす。
「え、私?」
「なーんか最後まで落ち着いてて、全然熱くなってへんやん。仙人か!」
「そう言われても、元々こういう性格だからね」
それは桜夜も分かっている。
その上で、副部長同士として言ってやりたい一言があった。
「私はもちろん自分も全国へ行きたいけれど。
それより何より、立火を全国へ連れて行ってあげたい! そっちはどうなんや!」
「お、おい桜夜」
堂々と言われて立火は少し恥ずかしそうだが、深蘭の空気も変わる。
隣に立つ部長の青い瞳と、思わず目が合った。
その視線を桜夜に戻したとき、そこには強い決意が宿っていた。
「……もちろん、ヴィッキーを全国の舞台に立たせたい。
私を部に誘い、スクールアイドルの楽しさを教えてくれたのはヴィッキーだ。
いいだろう。中国四千年の気迫をもって、この曲に臨もう!」
「深蘭……」
「そうこなくっちゃ!」
桜夜は大いに満足して、舞台袖に引っ込んだ。
呆れたつかさが小さく溜息をつく。
「わざわざ相手を強化してどうするんすか」
「ええの! この方が盛り上がるんやから。そうやろ立火!」
「……ああ! お互いの全力で、最後の激突や!」
そしてWorldsの側では、サヤンが部長に話しかけている。
「ヴィッキー先輩、ちょっといいでスか」
「ん、何や?」
「提案なのですが……」
その内容は他の部員にも伝えられ、ヴィクトリアと深蘭はうなずき合った。
「オーケー、今回はそれで行きまショウ」
「サヤンには悪いけれど、またの機会にね」
「はい。私はこの先に何度でも、Westaとは勝負できますかラ」
ステージ上に散りながら、皆は舞台袖のWestaを横目で見る。
予想以上に食い下がられているが、まだまだ自分たちが上のはずだ。
「私たちがスクールアイドルを好きな気持ち。
夏にあと一歩を逃した悔しさ。
全てを昇華させて、今こそ歌いマース!」
胸を張り堂々と、ヴィクトリアは最後の曲を開始した。
「『スクールアイドル・フォーエバー』!」