(毎度毎度、土産がたこ焼きなのも芸がないやろか……)
などと考える立火だが、既に焼き上がりかけてるのだから今さら遅い。
こうして祖母の店頭を使わせてもらうのもあと少し。
ソースとかつおぶしを別容器に詰めていると、いきなり外から二人組に声をかけられた。
「Are you open?」
「え!? お前は開いてるか?
……あ、店のことか。ノーノー、アイムノット店員……あー、クラーク」
見たところアジアからの旅行者のようだ。
立火の英語は通じないようで、鉄板上で焼けているたこ焼きを指さす。
「Can you sell us this?」
「ソ、ソーリー、ジスイズプレゼント……フォーマイフレンド。
私が勝手に売ったら保健所に怒られるので……って英語でどう言うんや!」
「???」
「お母ちゃーん! 婆ちゃんどこ行ったんやー!」
「散歩に行ったでー」
こんな時に!と焦っていると、危機一髪、祖母がのんびり歩いて戻ってきた。
「何やねん朝から、騒々しい」
「婆ちゃん! この人たちお客さん!」
「まだ開ける時間とちゃうんやけどねえ。まあええわ。
8個300円! オーケー?」
「OK、ハッコOK」
孫が温めた鉄板に、プロの生地が流し込まれる。
祖母も英語は全くできないが、強引にコミュニケーションを取っていた。
後は任せてお土産を用意していると、祖母が串を操りながら聞いてくる。
「立火、今日は神戸やったっけ」
「そやで」
「明石焼きには負けるんやないで」
「そこ対抗するとこなの……」
「ってことが朝からあったんや」
昨日の帰りはJRだったので、今日は阪神電車に乗ったWesta一同。
部長の話に花歩が楽しそうに笑った。
「さっそく国際交流ですね!」
「私の英語は何も交流できひんかったけどな。ほんま、Worldsの二人は日本語ペラペラでありがたいで。
それにしてもあんな住宅地にある店、どうやって見つけたんやろ」
「グーグルマップにでも載ってるんじゃないですか」
晴がすぐに検索し、レビューを読み上げる。
「昔ながらのたこ焼き屋を見たいなら、ここへ行くとよい。
経営する老婆におもてなしの精神は皆無だが、飾らない大阪を感じることができる。
マヨネーズはないのかと聞くと、非伝統的であると怒られる」
「あはははは! おばあちゃんの口の悪さ、世界に広がってるやん!」
「で、でも心の中は温かい方ですよね!」
爆笑する桜夜とフォローする花歩を乗せて、一同は再び西へと向かう。
昨日の三宮駅を通り過ぎ、元町駅で降りる。
少し歩くと中華街こと南京町の入口である、長安門が現れる。
昨日晴が言った通り外は寒く、九人は急いで店に向かった。
「えーと、深蘭に教えてもらった場所は……」
『そもそも南京町は観光客向けだから、味だけなら他のところを紹介したいんだけどね』
とは言われたが、やはりせっかくだからこの場所で食べたい。
派手な装飾の前で客引きしている店を通り過ぎ、表通りを外れて路地に入る。
あまりに狭い道に、桜夜が不安そうに立火へ聞いてきた。
「え、ほんまにこんなとこに店あるの?」
「通っぽくてええやないか。お、あったあった」
見るからに歴史のありそうな中華料理屋で、壁に張り付くようにメニューの看板が置かれている。
「お昼の定食、700円から! いいっすね、さすがは深蘭さんや」
つかさが心からの安堵を込めて言う。
昨日のハーブティーはおいしかったが、お値段もお高かったので正直ピンチなのだ。
(ほんまなら、全部先輩におごってもらいたいとこなのに……)
夕理が『後輩やからおごってもらうなんておかしいです!』、晴も『安心しろ、ビタ一文出す気はない』と主張したせいで、昨日から全部割り勘である。
つかさが内心ブツブツ言ってる一方、勇魚はガラス内のサンプルを見て目を輝かせる。
「うち、お腹ペコペコです!」
「よし入るで。ちわー、九人でーす」
大きな円卓テーブルに案内され、さっそくメニューを広げる一同だが……
「ねえ……確かに安いけど、これやったら大阪で食べても変わらへんやん?」
桜夜がひそひそ声で聞いてくる。
エビチリ定食、ザーサイ定食、唐揚げ定食……確かにそのへんの中華料理屋でも売ってそうではある。
小都子が困ったようにフォローする。
「こういう場の雰囲気も含めての味やないですか?」
「せやけど面白くないやろ! 私は珍しいもの頼もうーっと」
「え、そういうのは高いですよ?」
「いいからいいから」
相変わらずの金遣いの荒さで、千円二千円するメニューを眺め出した。
でも言われてみれば確かに、せっかくの本場の店やし……と考えた小都子が、夕理に声をかける。
「中華の一品料理って量が多くて食べ切れへんからね。夕理ちゃん、手伝ってもらえる?」
「え? は、はい、そういうことでしたら……」
おごられたくない夕理も、こう持っていかれるとうなずくしかない。
微笑んだ小都子が、桜夜と一緒に選択に悩み始めた。
と、同じくメニューをめくっていた晴がボールを投げる。
「桜夜先輩。珍しいものならカエルの唐揚げがありますが」
「え゛。そ、それはちょっと……」
「鶏肉みたいでおいしいって聞きますよね」
「姫水は食べたいの? か、可愛い後輩のためやったら……」
「い、いえっ。別に積極的に食べたいわけではなく!」
そうやって他の上級生たちが一品料理を選び出したので、立火もメニューをめくらざるを得ない。
(フカヒレ五千円……北京ダック三千円……)
うん無理、と投げた立火は、苦悩の末に笑顔で後輩たちに尋ねるのだった。
「みんな、ピータン食べる?」
『食べまーす!』
「すみません、注文お願いしまーす。
まずピータン二皿と、それから……」
* * *
ナマコも空心菜も初めての味で、皆で料理を分け合いながら舌鼓を打った。
食後は腹ごなしに中華街を散歩し、そして――
「よし……行くで、ハーバー国際学院へ」
立火の表情が厳しいものに変わり、部員たちも真剣にうなずく。
バスに乗ってメリケンパークやポートタワーを眺めながら数分。神戸港の西側にあるハーバーランドに到着した。
観光客が行き交う中、立火はきょろきょろと青と白の制服を探す。
「案内の人が来てるはずやけど……」
「ねー花ちゃん、木に電球が巻いてあるで! ルミナリエのやろか!?」
「あれはもっと三宮の方じゃなかった? でもせっかくやから写真撮ってこう」
「ハァイ、Westaのみんな……って、何
話しかけてきたのは垢抜けた感じの、ロングヘアのおしゃれな女子高生だ。
ついてもいない電球を撮っていた花歩は、不思議そうに見られて慌ててスマホを引っ込める。
「あ、あはは、気にしないでください!」
「小和田さん、出迎えおおきに。今日はよろしく頼むで!」
「こちらこそー♪ さ、行こっか」
Worldsの日本人三年生のうち、ただ一人部に残った
地元神戸っ子の彼女が、歩きながらまず話したのは同じ境遇の二人だった。
「広町さん、センター試験の準備はどう? ヤバない?」
「めっちゃヤバい。けど、家族は自由にやらせてくれるから助かってるで」
「ええなー、うちの親はガミガミうるさくて。木ノ川さんは?」
「私の親はもう諦めてるから大丈夫や!」
「それはあんまり羨ましくはないな……」
冬の到来を知らせる、冷たい風が港から吹き付けてくる。
観覧車を前方に見ながら、先を歩く湊はくるりと振り向いた。
「引退した二人からは無謀やとは言われたんやけどね。
でもやっぱり悔しいやん? 夏はあと一歩、たったの二位の差で全国を逃したんや。
もう一回やれば今度こそはって、その気持ちが捨てられなくて」
「……そっちの立場からすれば、そうやろな」
「アハハ、そんな複雑な顔しないで。こう見えても、Westaのことは結構気に入ってるんやで。
小都子ちゃん、今日の髪型はハーフアップなんだ。可愛いー♪」
「あ、ありがとうございますっ。おしゃれな神戸の皆さんを、少しでも見習おうかと」
「おしゃれ言うたら、やっぱりつかさちゃんに注目やな」
「え!? ど、どうも」
いきなり言われて面食らうつかさだが、桜夜がここぞとばかりに後輩を押し出した。
「つかさなら神戸っ子に対抗できるで! イケてるとこを見せたってや!」
「三年生相手に一年生がどうしろっつーんですか。
あ……でも姫水は、三年生二人相手に渡り合ったんやった。
昔はともかく今の大阪は、おしゃれでも神戸には負けませんよ!」
「へぇ、ほんまに姫水ちゃんのことバリバリ意識してるんやな。いいねいいねー、そういうの」
対抗してみたつかさだが、三年生の余裕でかわされてしまった。
かなり研究してくれているらしく、ライバルの二人を面白そうに見比べる。
「奈良戦での告白は良かったよね。ああいうストーリーがあると応援しやすくなる」
「そ、それはどうも……」
「で、姫水ちゃんの方は? 正直なところ、つかさちゃんをどう思っとう?」
(ちょ、ちょっと!)
部員たち、特に夕理は焦るが、湊に遠慮する気はなさそうだ。
仕方なく姫水は優等生の笑顔で応じた。
「よく頑張っていると思いますよ。正直すぐ投げ出すと思ってましたが、認識を改めないといけませんね」
「んー。嘘ではないんやろうけど、本質的なところは隠してそうやねえ」
つかさは喜んでいいのか悪いのか、判断に迷う顔で固まっている。
それくらいにしといてや、と立火が止めようとした時だった。
こういう場合に頼りになる晴が、刀を白刃取りして逆に切りつけた。
「そちらはどうなんです?」
「え……」
「Worldsで話題になるのは留学生ばかり。
実力では日本人部員も決して劣るものではないのに。
人種だけで扱いに差があるのは、内心忸怩たるものがあるのでは?」
「うわ、すごい精神攻撃仕掛けてきたな」
苦笑した湊は、商業施設の間から少し見えた海に目を細める。
「けど、それがWorldsの売りやからね。
引退した二人がどう思ってたかは分からへんけど。
少なくとも私は、主役になれないのを承知で残っとうよ」
「なるほど。ぶしつけなことを聞いて失礼しました」
「いえいえ」
しれっと謝る晴に笑いつつ、その後は湊も大人しくなって、素直に学校まで案内してくれた。
観光地から離れると、海を背景に白い校舎が見えてくる。
* * *
「えらいマンモス校やなあ……」
到着した巨大な校舎を見上げて、立火はそんな感想しか言えなかった。
多くの国から若者を招き、また多くの国へ送り出す国際的な学校。
湊が通る先々で、生徒たちの黄色い声が上がる。
「湊せんぱーい! 今日のライブ応援してまーす!」
「ありがとー♪ 楽しんでいってやー」
『あの後ろにいるのが、最近勢いがあるっていう大阪のグループやな』(ヒソヒソ)
『日本人しかいないし、やっぱ地味やね』(ヒソヒソ)
『ま、Worldsの方が格上なんや。寛大な心で歓迎したろやないの』(ヒソヒソ)
(すごいアウェイ感……)
Westaの面々が閉口している一方で、特に気にしない勇魚はさっきから目移りしている。
「湊先輩! あのガラス張りの部屋は何ですか!?」
「あそこはカフェテリアや。海を眺めながらお昼を食べるのが私たちの日常やね」
「いいなああああ! こっちの学校に入れば良かった……」
「おい桜夜! この土壇場で寝返りとは何事や!」
「アハハ。そこのエレベーターを上がった先が部室や」
(高校にエレベーターって……)
もう驚く気力もなく三階まで運ばれ、白い扉を開けると……
パパパパーン!
破裂音とともに、Westaと湊に色とりどりのクラッカーが浴びせられた。
「HAHAHA! まずは挨拶代わりの一発デース!」」
Worldsの部員15名の中、正面でヴィクトリアが大笑いしている。
呆気に取られた湊だが、我に返ると額を押さえて詰め寄った。
「ヴィッキー~! またこうやって、掃除が面倒になることをする!」
「大阪の人はブレイコーが好きって聞いたのデスヨー」
「そういう問題とちゃうから! みんなも止めてや!」
「ヴィッキー先輩が後輩に言われて止まるわけないやないですか~」
「私たちも湊先輩の驚くとこ見たかったですし!」
そう言う下級生の傍ら、深蘭も止める気はないようでニヤニヤしている。
さっきは飄々としていた湊も、部内では結構苦労しているようだ。
そうしてヴィクトリアは、HAHAHAと笑いながら来訪者へ向き直った。
「Welcome! to Western Worlds. ナンチャッテ~」
「………」
すっかり彼女たちのペースである。
これ以上飲まれてたまるかと、立火がビシッと挨拶する前に……
我慢できなくなった勇魚が前に飛び出した。
「皆さんこんにちは、Westaの佐々木勇魚です!
初めましてサヤンちゃん! 会いたかったで!」
呼ばれた相手は控えめにいたが、他の一年生に押されて正面に出る。
東南アジア系の顔立ちをした、大人しそうな留学生だ。
「イサナさん、皆さん、こんにちは。
インドネシアから来ましタ、サヤン・ムーリでス。
日本語まだまだ上手くないでスが、よろしくお願いしまス」
「そんなことないで! めっちゃ上手や!」
「うむ、私の英語より百倍は上手いで。
あ、これ土産のたこ焼きや。レンジでチンして食べてや」
近くの部員に渡してから、立火は改めて対戦校に向き直る。
「Worldsの皆さん、今日は勝負を受けてくれてほんまおおきに!
私たちにとっては格上相手や、胸を借りるつもりでやらせてもらうで!」
『よろしくお願いします!』
双方の部員たちの声が綺麗に揃い、互いにお辞儀する。
が――ヴィクトリアだけが不満そうにしていた。
「んー……そういう日本的なタテマエは要らないデース」
「ちょっ、ヴィッキー?」
「ここ日本なんやけど!」
深蘭と湊の言葉も聞かず、相手の部長はキャラ作りを捨てて不敵に笑う。
「胸を借りるが聞いて呆れるで。
リッカの目を見れば分かる。Worldsを倒すつもりで来たんやろ?」
「………」
Westaの皆にも緊張が走る。
一度目を伏せた立火が、再び上げた時にはもう本性を隠さなかった。
「さすがお見通しやな。
ああその通りや。そうでもしないと私たちは全国へ行かれへんからな!」
「フフーン、それはこちらも同じこと。
上り調子の大阪市二位を叩き潰し、私たちこそが勢いに乗りマース!」
バチバチ! と両グループの間に火花が散る。
さっきの友好的な態度も嘘ではないが、お互い相容れないのも分かっている。
一人あわあわとなってるサヤンに、勇魚だけが元気に語りかけた。
「大丈夫やでサヤンちゃん。難しいことは先輩たちに任せて、うちらはただ楽しんだらええんや!」
「そ、そういうものでスか……」
* * *
(七百人は入ってるか)
Worldsクラスとなるとスタッフも優秀で、晴はあまりやる事がない。
マンモス校らしい豪華な講堂を見渡しながら、客席の片隅で開演を待つ。
この客入りがWorldsだけのものでなく、今のWestaの人気も反映されていると思いたいが……。
そして舞台裏では、衣装に着替えた立火の声が響く。
「あっちもその気なら遠慮はなしや!
必ず金星を上げて、私たちの力を世間に見せたるで!」
『はい!』
「燃やすで、魂の炎!」
『Go! Westa!!』
円陣を面白そうに見ているWorldsの衣装は、なんとチャイナ服だ。
一体どんなライブを繰り出してくるのか、Westaは戦々恐々である。
その彼女たちも円形になり、普段通りのかけ声がヴィクトリアから飛んだ。
「国も人種も違う私たちが、今ここに集まった!」
『YES!』
「世界はひとつ!」
『We are "Worlds"!』
同時に場内へは威勢のいい放送が流れる。
『お待たせしました! これより開演いたします!』
わあああああ!!
大歓声の中、両グループのメンバーはステージに登場した。
『Worlds! Worlds!』
「連休中にわざわざのお越し、ベリーありがとうございマース!
スクールアイドルバトルロード、神戸vs大阪! これより開幕デース!」
『ヴィッキー! ヴィッキー!』
『深蘭! 深蘭!』
(うわあ……昔の私やったら逃げ出してたかも)
完全にアウェイの現実を目にして、花歩は端の方で縮こまってるしかない。
だが自分たちの頼れる部長は、桜夜を連れて堂々と前に出た。
「なにわ大阪から参上した、住之江女子高校Westaや!
名前だけでも覚えて……とは言わへんで!
忘れられへんライブにしたるから、楽しみにしててや!」
『Westa! Westa!』
Worldsのファンもマナーは心得ているようで、ありがたくも声援を送ってくれる。
先週の襲来が効いたのか、住女の生徒も割と来てくれているようだ。
その勢いが少し収まってから、深蘭が軽くMCを始めた。
「ところで広町さん。大阪では大ニュースがあったようだけど」
「おっ、そうやで」
話の枕に持ち出したのは、本日未明に発表された情報だ。
「大阪万博決定おめでとうデース!」
「おおきに! 皆さんおおきにー!」
2025年の大阪万博開催が決定。
神戸市長が関西全体で盛り上げようと言ったからか、客席の神戸っ子も大きく拍手してくれる。
桜夜が愛想を振りまきながら、笑顔で立火にぶっちゃけた。
「言うても何するのかよく分からへんねんけど! ほんまに成功するの?」
「何やねん後ろ向きな。愛知が成功したんやから大阪も成功するやろ!」
「でも七年後ですカー。私たちは行けるか分かりませんネー」
「大変やと思うけど、来られたら来てや」
「行けたら行くよ。ところで上海万博は来てくれた?」
「うっ。実はパスポートを通りすがりのヤギに食われて……」
「冗談冗談。さ、お喋りはこれくらいにして!」
講堂内が一気に沸き上がり、後ろに控えていた湊は後輩たちを振り返る。
「よし、気合入れていくで!」
『はいっ!』
受験を犠牲にしてまで部に残ったのに、MCはあの二人だけで、自分ができるのはこの程度。
でも、それがWorldsなのだ。
せめてもと、曲名だけは二人と一緒に叫ぶ。
「『万福招来 八仙乱舞』!」
ジャーーン!
大きなドラの音とともに、最初のステージが始まった。
軽快な中華曲に乗って、雑技団のように踊るWorlds。
このためのチャイナ服である。
『桃源郷か蓬莱か そこは妙なる夢の国
来来 来来 さあさあ皆さん
(後攻は初めてやな……)
舞台袖に引っ込んだWestaの中で、立火が先攻のステージを凝視する。
Worldsファンの多さを考えると、先にやってもらわないと場が収まらない。
そして予想通り、所狭しと飛び回るアイドルに、講堂内は最初からクライマックスだった。
花歩も横から見ながら感嘆している。
(すご、ほんまのサーカスみたいや。サヤンちゃんは出てへんけど)
曲自体は以前に発表済みのもので、花歩も動画で見たことはある。
だが目の前で繰り広げられる雑技は、画面越しに見るのとは大違いだった。
今のサヤンには荷が重かったのだろうが、練習していつかはここに加わるのだろう。
一方で晴は、客席から別の視点で分析する。
(中だるみしやすい二曲目を、新人のデビューで盛り上げるつもりやろうな)
(そして三曲目は最高の曲で締め)
(さすがの横綱相撲や。一切の容赦がない)
『爽やかな輕輕的風 乗って鼓舞人心 飛行的な私たち!』
バク転は協会に言われたからか控えているものの、代わりに側転で深蘭がステージを横切っていく。
湊も負けじと、逆方向へ美しい側転。
盛大なドラの音とともに、全員が拳法のポーズを決めて一曲目は終わった。
「皆さん謝謝ー!」
『Worlds! Worlds!』
『Worlds!! Worlds!!』
割れんばかりの場内に、Westaの心はくじけそうになる。
だが始める前から終わっていては話にならない。
敢えて小都子が前に出て発破をかけた。
「行きましょう、先輩!」
「ああ! 浪花の心意気、神戸っ子たちにかましたるで!」
Worldsが引っ込むと同時に、Westaがすぐさま舞台に躍り出る。
『Welcome to Western Westa!』
(ようやくうちもできるんや!)
勇魚はライブでこの曲をやるのは初めてだ。
サヤンちゃん見ててや~、なんて考えながら、目一杯の笑顔で歌い踊り出す。
『ようこそ花咲く新天地へ!
ここは大阪 西のパラダイス
愉快な出会いがきっとある!』
そして勇魚以外にとっては、もう何度も経験した軽快なタップダンス。
入学式のときは一人で目を引いていた立火だが、今は桜夜に小都子、後輩たちも華麗な花を咲かせる。
特に姫水は、プロのタップダンサーを模倣して技を磨いてきた。
だが先週通告されていた深蘭には想定済み。それよりも、桜夜が今までとは別種に見えた。
(ずいぶん自己主張が強くなったように感じる)
(広町さんの付属物でいることは、もうやめたのかな?)
その桜夜が振りまく軽妙さと愛嬌に、場内も十分に沸いている。
今年度だけでなく、過去六年間で最高のウェウェになったとメンバーたちも自負していた。
が、しかし――
(曲が――弱い!)
必死で演じながらも、夕理はそれを実感してしまった。
決して悪い曲ではないものの、先ほどのWorldsに比べると平凡さを禁じ得ない。
Westaに綿々と受け継がれてきた……なんてことは観客には何の関係もない。
初代の人たちをけなす気はないが、そもそも当人たちだって、神戸の超強豪との対決に使われるなんて想定外だろう。
(せやけどしゃあない。大阪らしさを出すにはこれしかなかったんや)
(私がもっと早くそういう曲を書いてれば……なんてことも今考えても意味がない!)
(とにかく最後まで軽快にキレよく!)
『共に楽しもう 気苦労は投げ捨てて
娯楽の殿堂 食い倒れの街大阪!
君らの前途に笑いあれ!』
パチパチパチパチ!
水準はクリアしているし、観客も決して失望しているわけではない。
しかし予想は越えてない、余裕しゃくしゃくという顔なのが、Westaには悔しかった。
『ふうん、Worlds相手によくやってるで』
『Worldsの勝ちは揺るがへんけどね。ああ安心した』
立火は笑顔で手を振りながら、内心で歯がみする。
(くそ……一曲目は私たちの負けや)
(せやけどまだまだ! 野球はツーアウトからやで!)