期末テストの一日目が終わり、夕理はふと窓の外を見る。
立火と桜夜が、早足で駅へと向かっていた。
小テストを終え、午後のバトン教室へ特訓に行くのだろう。
(頑張ってください……今はそれしか言えへんけど)
自分は勉強だ、と帰ろうとすると、隣のクラスから勇魚がやってきた。
「夕ちゃん、テストおつかれ!」
「お疲れ勇魚。何か用?」
「えへへー。特に用はないんやけど、部活がなくて夕ちゃんに会えてへんから!」
花歩はいないのかと思ったら、教室の入口で生温かい目で見守っている。
あちらはランチで会ってたから譲ったのだろう。
「まったく、明日もテストなんやから集中せなあかんで」
「うち、今回は勉強頑張ったで! 今日も調子よかった!」
「それは何よりや。分からないところがあれば教えるからね。
まあ、藤上さんがいるんやから必要ないかもやけど」
「そんなことないで! ありがと夕ちゃん!」
満面の笑顔の勇魚に、夕理の表情も思わず和らぐ。
同じクラスなら良かったのに……という思考がよぎった時だった。
「あ、あの、天名さん。横からごめん」
クラスメイトが二人、おずおずと声をかけてきた。
また勉強を教えろという話だろうか。どうせ嫌な思いをさせるだけなのに。
と思いきや、彼女たちの口から出たのは予想外の言葉だった。
「神戸戦の最後の曲、すごく良かった」
「前から感想伝えたかったんやけど、なかなか機会がなくて」
「え――」
夕理の頬がみるみる紅潮していく。
こんなことは初めてで、とっさに答えが出てこない。
勇魚の方が先に反応してくれた。
「わあ、良かったねぇ夕ちゃん!」
「う、うん、ありがとう……」
「あれでラブライブに出るんやろ? 絶対全国行けると思う!」
「予備予選の曲も素敵やったね。パステル色のセレナーデ」
「あ、ありがとう……」
出来の悪いオウムのように、同じ言葉しか返せない。
会話が途切れてしまった。せっかく勇気を出して話しかけてくれたのに!
もっと気の利いたお礼のひとつも言えないのか……と夕理が自分を責めていると。
クラスメイトの片方が、恐る恐る聞いてくる。
「私、天名さんの曲ダウンロードして時々聞いてるんやけど……。
こういうのあかんかった? 著作権とか」
「う、ううん、全然! めっちゃ嬉しい!
あの、その、聞いてくれてありがとう! これからも作曲頑張るから!」
「そっか……良かった。それじゃね」
二人はほっとした顔で、小さく手を振って帰っていく。
入れ替わりで、花歩が大喜びで駆け寄ってきた。
「やったね夕理ちゃん!」
「う、うん。花歩の歌詞も含めての評価やで」
「あはは、そうだとええんやけど。苦労したかいがあったなあ」
「二人ともおめでとう! うちも衣装頑張るで!」
「うん……」
まだ少し夢見心地のまま、改めて帰り支度をする。
なぜこのタイミングで話しかけてくれたのか。
普段むすっとしている夕理が、先ほどだけは話しやすい雰囲気に見えたのだろう。
これを機にあの子たちと友達に――というのは、自分の性格が変わらない以上は難しいだろうけど。
この教室が、少し暖かくなった気はした。
「ねーねー、せっかくやから三人で勉強会せえへん?」
「姫水ちゃんはまた六組の子に取られちゃったからなあ。夕理ちゃんがいれば確かに助かる!」
「人を便利屋みたいに……まったく、今日だけやで?」
『やったー!』
* * *
勉強会のおかげかは分からないが、三人とも好調のまま試験は進んだ。
姫水はいつものように完璧、つかさも今は我慢して一夜漬けに徹し、そして木曜――
「終わったー! これで練習できる!」
「なんかもう、今のつかさを昔のつかさに見せてやりたいで」
晶に笑われ、照れながら部室に行く。
少し待っていると、小都子が鍵を持ってやってきた。
「つかさちゃん、やる気やねえ。でも全体練習は午後まで待ってや」
「先日はお世話になりました! 部長さんと桜夜先輩、今は最後の追い込みですかね」
三年生の小テストは昨日で終わったので、今日は朝から教室に行っている。
六日目、最後のレッスンだ。
立ち止まってのエーリアル――空中投げはできるようになった、と昨日報告があった。
それをライブの中で実行するのを、今頃必死で練習してるのだろう。
他のメンバーも部室に来て、テストどうやったー、なんて言いつつ鞄を下ろす。
勇魚と姫水はさっそく衣装デザインの続き。
それ以外の四人は久々のライブ練習で、なまった体を叩き起こした。
そしてランチを挟んで午後の陽がさす頃……
「ただいまー!」
三年生たちが修行を終えて戻ってきた。
なぜか外から窓を叩きながら。
「なんで中庭からご登場なんです!?」
「花歩のツッコミも久しぶりやなあ。晴、バトン取って」
「はい」
窓を開け、寒気と引き換えにバトンが手渡される。
アイコンタクトした立火と桜夜は、制服のまま歌い出した。
決戦曲の最後の部分だ。
『燃え尽きるまで戦い抜くで! そう私たちは――』
以前とは比べ物にならないほど、二人の指は美しくバトンを回す。
直後に沈むようにしゃがみ込み、立ち上がると同時にそれを放り投げた。
「う、わ」
後輩たちが思わず声を上げるほど高く、部室の天井を越えて。
その間に神戸戦と同じ、素手での振り付けを素早くこなしてから――
『Dueling Girls!!』
回転しつつ落下してきたバトンは、ぱしん!と音を立てて手に収まった。
二人は正面を向いて踊ったまま、まるで頭上に目があるかのように。
そのバトンを再度回して決めポーズ!
皆はしばし呆然としてから、思い切り拍手を送る。
「すごいすごい! こんな事ってできるんですね!」
「六日間でここまで……私たちは本当に、頼もしい先輩を持ちました」
「えへへ、だいぶ頑張ったんやでー。もっと誉めて誉めて」
勇魚と姫水は窓越しに桜夜と握手し、花歩と小都子は立火とハイタッチする。
そして部長の感謝の目は晴へと向いた。
「分かりやすく教えてくれて、最高の先生やったで。晴が選んでくれた教室で大正解やった」
「それは僥倖でした。欲を言うなら、エーリアルの回転はもっと揃っていた方が綺麗でしょうね」
「厳しいなあ! 頑張ってみるけど!」
笑っている皆の隣で、夕理は少し心配そうにつかさを見る。
視線に気付いて、つかさは負けじと笑みを浮かべた。
「いやあ、さすが先輩っす! じゃあ次は、あたしの方の成果を見てくださいよ」
部室に入ってきた三年生が着替えるのを見ながら、つかさは橘家での特訓を反芻していた。
十日ぶりに八人揃ったフルメンバーで、晴が三年生たちに注意する。
「当面は天井にぶつからないようにしてください。来週からは体育館を使えないか交渉してみます」
「頼むでー。やっぱり客の驚きは高さに比例するからな」
その驚きに対抗できるものを、つかさは見せねばならない。
しっかりとバトンを指に留める。これが今の自分の限界。空高く舞うことはできない。
でも、地上でだって輝く星はあるのだ。
『最後の戦いの幕が開く 誇りと魂の全てを懸けて』
(!!)
真っ先に気付いたのは、決闘相手の姫水だった。
つかさの動きが今までと違う。緩急をつけ、よりダイナミックな印象を受ける。この動きはどこかで――
(赤穂四七義少女!)
(武器のエキスパートであるあの人たちの動きを、なんで彩谷さんが!?)
正面で録画している晴はもちろん、他のメンバーも徐々に驚きの目を向ける。
理由を知っている小都子だけが、離れでのことを思い出していた。
『同じ練習ばかり続けて、少し行き詰まってへん?』
『ここらで他の学校の動画でも見て、学んでみるのはどうやろ』
『正直、下心もあるんやけどね。スクールアイドル自体にはあまり興味のないつかさちゃんが……』
『少しくらいは、自分が属する広い世界に目を向けてくれたらなって』
その小都子と相対している夕理は、心から感謝する。
自分が遠慮してつかさに言えなかったことを、小都子が実行してくれた。
ヒュンヒュンヒュン! とバトンを勢いよく回しながら、つかさもまた感謝する。
小都子が何度も様子を見に来て、時には一緒に考えてくれたことを。
(赤穂だけとちゃうで。全国大会でアクションが得意なところも研究した)
(あたしは姫水みたいに、即座にコピーして演じるなんてことはできひんけど)
(先達から学ぶのは、どんな部でもやっていることや!)
(すいません小都子先輩。あたしやっぱり、スクールアイドルはそれなりにしか好きになれないです)
(けど過去から今まで、多くの生徒が情熱と青春を注いできたこと。改めて実感しました!)
『そう私たちは――Dueling Girls!!』
三年生の天井ぎりぎりのエーリアルとともに、ライブは終わった。
皆はつかさに賞賛を浴びせ、晴も評価を更新する。
姫水に並んだとまでは言えないが、少なくとも見劣りはしなくなった。
つかさは大喜びで、ライバルに向かってドヤ顔を向ける。
「見たか。姫水がテスト勉強している間、あたしは一気に追いついたで。これぞ兎と亀!」
「得意げに言うことじゃないでしょう。学生の本分を何だと思ってるのよ」
「ふふーんだ、優等生さんには無理な方法やろ」
じゃれているようにも見える二人に、勇魚の顔は思わずほころぶ。
そしてスケッチブックを取り出して、最後に残った課題を提示した。
「ほな、うちの衣装案を見てください!」
* * *
(うっ……ううう~~!)
立火はうなる。悪くはない、決して悪くはないのだ。
和風の鎧は鈍重に見えるからと、洋風の女騎士に変えたデザイン。
姫水の手助けもあったのだろう、洗練された印象も受ける。
しかし何だろう。これで決戦に挑むには、あと一歩が足りない気がする。
(せやけど何なのかは具体的には言えへん……)
(これで良しとすべきやろか……)
(姫水が『ええ加減にせえよクソ部長』って目で見てる気がするし……)
悩む立火に、桜夜が肘でつっついて耳打ちしてきた。
(これ以上は可哀想やろ! ええやないか、十分!)
(そうやなあ……)
「ダメですか? また考え直しますよ!」
当の勇魚はあっけらかんとしている。
しかし再提出させたところで、完璧なものが出てくる保証はない。
とはいえ決戦なのに妥協するのも……。
「ううーーん……よし、つかさも衣装チームに入ってや!」
「あたしっすか!?」
「あと一歩なんや。つかさのセンスが加われば完成するはずや!」
「はあ、いいですけど……一年生であたしだけ創作に貢献してませんしね」
だったら最初から任せてくれれば良かったのに、とつい思ってしまう。
さっそく三人で部室の後ろへ行き、机を囲む。
「よろしくね! つーちゃんがいれば百人力や!」
いい意味でプライドのない勇魚が喜んでいる一方、姫水はあからさまに不満そうである。
「………」
「ちょっ、あたしが入ったからってそういう顔する!?」
「彩谷さんがどうこうではなくて……勇魚ちゃんの力で完成させてあげたかった」
「もー姫ちゃん、今はみんなで力を合わせる時やで!」
「勇魚がめっちゃ成長したのは、あたしも分かってるっつーの」
「うん……」
元々姫水が来年いないかもしれないから、勇魚にデザイン力を伝授するという話だった。
当人の努力か、伝授する方が優秀だからか。
今目の前にあるデザインは、つかさから見ても十分評価に値した。
当初はセンス皆無だった勇魚からは考えられないほどに。
(そもそも誰に伝えるかって話のときに、手を上げなかったあたしが悪いんや)
(……やっぱり、勇魚で良かったんやろな)
(地区予選で決着がついて、もし姫水と仲良くなれたら……)
(あたしも少しだけ教えてもらって、来年は勇魚を助けられるようになろう)
腹をくくったつかさは、最後の一歩を埋めるべくセンスを総動員する。
「たぶん大阪にしては上品すぎると思うんや。あたしは好きやけど。
観客にウケるためには、もっと派手に、こうアクセサリーなんかを……」
「よし、五分休憩!」
練習組に指示した立火は、衣装組にも声をかける。
「そっちも少し休んでええでー」
「いえ、ちょうど完成しました!」
つかさは笑顔でそう言うが、姫水は少し浮かない顔だ。
「だいぶ派手にはなったけど、さすがに予算をオーバーしない?」
「そんなん聞いた方が早いで! 晴先輩、どうですかー!」
勇魚に呼ばれ、晴を先頭に他のメンバーも集まる。
全体的に装飾が増え、髪飾りは羽根のように。
首元にはブローチが、ソックスの上にも飾りが追加された。
立火も一目見ただけで感じた。これこそ最高の衣装であると。
「ええやんこれ! 三人ともよく頑張ったで!
でも確かに材料費かさみそうやな。どう? 晴」
「ふむ……」
「バトン教室のお代、全額自腹でもええよ?」
「あ、う、うん、私もや」
金に無頓着な桜夜が軽く言うのに対し、立火は反応が遅れてしまった。
晴の少しだけ優しい目が部長へと向く。
「これから新生活で何かと物入りでしょう。
大丈夫です。何とかして収めてみせます。
ただ完全にすっからかんになるので、全国大会の衣装が作れないだけです」
一同も少し不安になるが、今は後のことなど考える余裕はない。
小都子が不安を消すようにフォローする。
「まあ全国行けたら、誰かカンパしてくれるんとちゃう? 夕理ちゃんは嫌かもしれへんけど」
「当然です! それやとゴルフラと同じやないですか。私は自分で払います」
「まあまあ。全国行けてから考えるってことで」
花歩がまとめて、さっそく晴は材料の調達に行った。
勇魚たちも練習に戻る。
課題は全てクリアされ、いよいよ本番が近づいてきた。
* * *
最後の週末は衣装作りに費やされた。
裁縫なら体への負担もないので、休憩も少な目にひたすら作っていく。
(衣装作りもこれが最後……には、したくないで)
ミシンをかけながら立火は思う。
全国へ行けたとしても、受験まっただ中にどこまで参加できるかは分からない。
それでも二ヶ月後の自分が何とかすると信じて、今年六着目の衣装を全力で形にした。
衣装のない晴は、皆のアクセサリーを作成中。
上半身を作り終えた花歩が取りに来た。
「晴先輩、このブローチ持ってっていいですか」
「ええで」
「ちなみにこれで、材料費おいくらですか?」
「三百円。百均のアイテム三つの組み合わせや」
「わ、すごい」
三千円と言われても信じそうなブローチだ。深紅の石を、月桂をあしらった輪が囲んでいる。
接着剤の蓋を閉めながら、晴はぽつりと言った。
「赤い石が足りなくて探し回った。どうにかして八個揃えたかったからな」
「そう……ですね」
女神Westaの聖なる火の色。情熱の炎。
入部した日は種火しかなかった花歩の胸も、今は確かに燃え盛っている。
八つある炎の中の一つとして。
「みんなでお揃いやな!」
「わわっ」
いきなり桜夜が後ろから抱きついてきた。
そのまま腕を伸ばして、自らの分のブローチを手に取る。
花歩のものと並べて、いつになく熱い声で言った。
「頑張るで、花歩!」
「……はい、桜夜先輩!」
立火も他の部員たちも、それを温かな目で見守っている。
花歩は衣装のところに戻り、ブローチをしっかりと縫い付けた。
皆の絆が、決して外れたりしないように。
そして土日を丸々費やし……
「完成や~!」
「いやあ、疲れたねぇ」
勇魚と小都子が向き合って伸びをする。
苦労したが、それだけのものはできた。
さっそく着込んだ八人は、晴に写真を撮ってもらったり、動きに問題がないか確認したり。
Westa史上最高に凝った衣装。
それを身に付けたメンバーの姿に、立火の思いが口をついて出た。
「なんか……ほんまに、今までと次元が違うライブができそうな気がするで」
皆が振り向く中、力強く微笑むのはセンターの二人だ。
「できそうなんてもんじゃないっすよ。やってやりましょう!」
「必ず新しい景色が見られますよ」
立火もうなずき、お世話になった被服室を後にする。
今日は日曜日。本番は次の土曜!
* * *
『今週は体育館で、Westaが最後の練習を行います。
全国へひた走る彼女たちに、熱い声援を送りましょう!』
生徒会の放送を聞きながら、衣装姿のWestaは体育館に現れた。
晴が既に話をつけており、コートを半分譲ってくれたバスケ部にお礼を言う。
バトンを装着した部員たちに、部長からの号令が下った。
「ここからは本気で本番を想定した練習や。あと五日、大詰めやで!」
『はい!』
既に集まりつつある観客から、Westaがんばれー、衣装すごーい、と声が飛ぶ。
笑顔で軽く手を振ってから、真剣な表情で練習を開始した。
『最後の戦いの幕が開く――』
「晶、早く早く! もー、何でこんな日に限って掃除当番なんや」
「焦らなくても、しばらく練習は続くんやろ?」
そう言われても、奈々は早く目に焼き付けたい。
つかさと姫水、大好きな二人の愛憎渦巻く対決を。
「うわ、だいぶ人多い……」
生徒たちは二階のギャラリーまで溢れ、奈々と晶は何とか隙間から覗き見る。
瞬間、息をのんだ。
つかさの突き出したバトンが姫水の髪をかすめ、即座に回転しながら二撃目を放つ。
優雅に歌いつつ距離を取る姫水へ、凜々しい表情で追いすがる!
『ただ一人と見定めた相手 友達だけどあなたはライバル!』
「つ、つかさぁ……」
「こらこら、まだ練習やで。もう泣いてどうするんや」
晶に笑われながら、ハンカチを取り出して目をぬぐう。
センターになったと聞いて以来、応援しつつもずっと不安だったけど。
本気になったつかさは、自分たちの想像なんて軽々と越えていた。
そして三年生たちのエーリアルに、体育館はひときわ沸く。
『おおおーー!』
バトンは綺麗に揃って回転し、キャッチングも完璧。
割れるような拍手とともに、一回目の練習は終わった。
「すごーい! さすが立火先輩!」
「桜夜先輩も! センターでなくても最高やー!」
そんな声が聞こえるあたり、立火と桜夜のファンの不満も消えたようだ。
つかさも今は気後れせず、頼れる先輩たちと力を合わせる。
それを後押しするように、奈々のひときわ大きな声が飛んだ。
「つかさも藤上さんも、最高やー!」
その周りでは五組と六組の生徒たちが、自分のクラスのアイドルに向け、それぞれ競うように声援を。
姫水も微笑んで、改めてライバルに決意の表情を向けた。
「やるわよ彩谷さん。ラストスパート、頑張ってついてきなさい」
「何で上からやねん! そっちこそ気合い入れるんやで!」
一方で小都子の方には、交通整理していた忍が済まなそうに駆け寄る。
「ここまで人が多くなるとは思わへんかった。大丈夫? 集中できる?」
「平気平気! 賑やかな方が私たちの性には合ってるんや。ありがとね、忍」
「ほんま、生徒会には感謝しかないで」
立火からも言われ、忍ははにかんで仕事に戻っていく。
休憩は終わり、立火が部員たちに確認した。
「みんな、衣装は問題なさそうやな!」
『大丈夫です!』
「ここからは細かく改善していくで。晴、よろしく頼む」
「承知しました」
晴が撮影する前で、二回目の練習が始まる。
この終盤で、ネックはやはり花歩と勇魚だった。
神戸戦でも完璧ではなかったのに、そこへバトンが加わったのだ。
他のメンバーが完成しつつある中、どうしても一歩劣る。
「ここはタイミングがずれているし、ここはバトンの向きが合ってない」
「はいっ!」
「は、はい……」
録画を見ながら厳しく指摘され、勇魚はともかく花歩はしょげる。
もう直前なのに……と焦っていると、横から激励が飛んできた。
「花歩ちゃん、ファイトー!」
「勇魚ちゃんも頑張れー!」
三組のクラスメイトたちだ。
勇魚は喜んで手を振り、花歩も元気を取り戻す。
最後までとことんやるしかないのだ。
「勇魚ちゃん、今週も居残り特訓やで!」
「うん、花ちゃんっ!」
* * *
翌日からはさすがに初日ほどではないが、それでも大勢の観客の中、練習は続く。
休憩中、桜夜はつい探してしまう。自分の制服と同じ赤いリボンを。
だが、目に映るのは下級生の青と緑ばかりだった。
(やっぱり三年生には来てもらえへんな……)
同級生たちが受験の追い込みの中、取り残されたような感覚に襲われる。
けれど隣には、決して離れない相方がいた。
「桜夜、練習再開や。みんなも戦ってる。私たちは私たちの戦いをするで!」
「うん!」
火曜、水曜と、残り時間は落ちる砂のように減っていく。
そして木曜日――
「桜夜ちゃーん! もうひと踏ん張りやー!」
「恵!? 叶絵も!」
観客の中に赤いリボンが四つ。恵と叶絵が見に来てくれた。
立火からも笑みがこぼれる。未波と景子も一緒だった。
「そろそろ空く頃と思って来たんやけど、まだ人多いなー」
「さて立火、バトンの腕は完璧に仕上がったんやろな」
「もちのろんや! よく目を開いて見といてや!」
そして繰り広げられるバトンの決闘に、友人たちは大いに感嘆した。
普段は口の悪い景子も今は思う。大したやつと机を並べて過ごしてきたものだと。
時期が時期だけに長居はできず、景子と未波は激励して帰り、恵はバレー部に顔を出しに行く。
ひとり残った叶絵が、腕組みして練習を見続けていた。
「叶絵先輩。元部員としてご意見はありますか」
「晴か。いや、この方向性としては、最善のものができていると思う」
「ありがとうございます」
「せやけど予選を突破できるかは別や。ナンインみたいなアイドルらしい連中に比べると、やはり尖り過ぎてる」
「はい。これは賭けです」
「賭けか……」
それを承知で進むのなら、叶絵にも言うことはない。
部に残ってここに混ざれていたら、なんてことも今さら思わない。
ただ今だけは、かつて関わった者としてじっと見守る。
「おっ、今の新人たちは良かったな」
「そうですね。勇魚! 花歩! それを安定してできるようにするんや!」
「は、はい! やったね花ちゃん!」
「うん! でもまだ油断は禁物やで!」
一安心して、叶絵も自分の戦いへ帰っていった。
立火たちは、かつての仲間を感謝の目で見送る。
* * *
金曜日。決戦前日とあって、体育館には最大の人数が押しかけていた。
バスケ部もバレー部も演劇部も、練習の手を止めてWestaを見守る。
『Westa! Westa!』
ノリよく上がるコールの中、夕理の瞳が二人の生徒を見つけた。
(あの人たち……)
曲を誉めてくれたクラスメイトが、声援を送ってくれている。
きゅっと胸を押さえる夕理に、小都子が嬉しそうに話しかけた。
「ほんま、スクールアイドルってええもんやねぇ」
「はい……!」
学校の存続がかかっているでもない。
歴史に名を残そうとか、大それたことを考えているでもない。
ただ全国へ行きたいというありきたりな目標に、自分たちは青春を懸け。
たまたま同じ学び舎に通うだけの生徒が、こうして心から応援してくれる。
誰もが同じ気持ちの部員たちに、立火は改めて笑顔で向き直った。
「泣いても笑っても今日が最後の練習や。悔いのないようやり尽くすで!」
『はい!』
住之江女子高校の片隅で、皆は心からやりたい事を続ける。
明日という決戦の、ただ一日のために。
そこで行われる、たった二分間のライブのために。
今までの全ては、そのためにあったのだ。