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『おはようございます。今日は頑張りましょう!』

 夏と同じようにメッセージを送るのは、ジンクス的に良くないかもしれない。
 無邪気だったあの頃と違って、今はもう、好きな人が他の人のものであることを知っている。
 それでもいつも通りの自分でいたくて、花歩はそのまま送信した。
 すぐに返信が戻ってくる。

『ああ花歩、頼りにしてるで!』

 夏には考えられなかった言葉に、思わずスマホを抱きしめる。
 先輩のたった一人にはなれなくても、自分はあの人の後輩で、同じステージに立つ仲間なのだ。

 12月22日。地区予選当日。
 ラブライブ冬の陣。
 うまく立ち振る舞えさえすれば、きっと勝ち目はある戦いが始まる。


 *   *   *


 花歩へ返信を送った後、広町家のチャイムが鳴った。

「おはようございます。いよいよですね」
「おはよう小都子。いざ天王山や!」

 神戸へ行った日とは逆に、小都子が自転車で訪問していた。
 最後かもしれないこの日、先輩と一緒に行きたかったのだ。
 立火の母と祖母も出てきて出迎える。

「おばさんはちょっと風邪気味で行かれへんけど、応援してるからね」
「だ、大丈夫ですか? 寒いですしお大事にしてくださいね」
「代わりに二人分を目に焼き付けたるわ」
「えっ、おばあちゃんは来てくれるんですか! 心強いです!」
「おとんも来られたら来る言うてたでー」

 温かな人情を感じながら、激励の声を背に出発する。
 小都子の両親は師走とあって忙しく、今日も見に来ることはない。
 それでも、何とか吉報を伝えて喜ばせたかった。
 予備予選と同じく解かれた髪に触れながら、決意も新たに駅へと向かう。


 地下鉄の中で、立火のスマホにメッセージが届いた。
 既にこの戦いからは降りた、京都の友人たちからだ。

『受験やから現地には行かれへんけど、京都パワーをここから送るで!(小梅)
 ライブと結果発表の瞬間だけは配信で見るからね。頑張って。(葵)
 お気張りやす。勇魚はんにもそう伝えてや。(胡蝶)』

 小都子にも見せて喜び合ってから、立火はふと真剣な顔をする。

「負けたとき、私はみんなを幸せにできるやろか」

 必ず勝つなんて夢想はもうしない。
 夏の二の舞を避けるには、そこをきちんと考えないといけない。
 やれるだけのことはやったと思うが……。

「私は悔いなくいられると思います。
 問題はつかさちゃん、姫水ちゃん、夕理ちゃん。
 この三人が自分を責めないようにフォローしないとですね」
「ああ、そこは上級生で協力せなな。
 うーん。戦う前からこんなん考えてるの、私たちだけかもしれへんな」
「でも、大事なことだと思いますよ」

 隣で微笑む小都子は、一年前と同じく優しく、そして今は頼もしい。
 負けたとき、立火はその場で部長の役を終え、この子にバトンタッチする。

『次の部長はお前や。私たちが果たせなかった夢、お前に託したで!』

 去年のこの日、そう泉部長に言われたことを、自分も言うのだろうか。
 まだ決めてはいないけど、方向は固まりつつあった。


 *   *   *


「夕理、今までほんまにありがとう」

 駅のホーム、深々と頭を下げるつかさに、夕理は戸惑う。

「な、何やねん、水くさい」
「結果が出る前に言わなあかんと思って。
 心から感謝してるし、この恩はいつか返す。
 そして夕理を引き留めるのも今日で終わりや。明日からは自由にしてほしい」
「……うん」

 依存しないために、他に友達を作って、つかさからは少しずつ離れていく。
 その使命をしばらく棚上げしていた。つかさの願いを叶えるという口実で。
 それも、今日で終わりなのだ。

 つかさは顔を上げて、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。

「あたしの気持ちが姫水に届いても、届かなくても。
 本気になったこの三ヶ月、Saras&Vatiでの活動、ほんまに楽しかった」
「うん……私もや」

 本番なんて来ないまま、あの日々が続けば良かったのに。
 そんな一瞬浮かんだ考えを、夕理は振り払う。
 決着をつけないと。
 既に思い出となった今までのことを、無意味にしないために。


 *   *   *


(結局、私の病気は治らなかった……)

 晴から頼まれた以上、本番が終わるまで諦めはしないけど。
 それが全国へ行ける条件と言われると、どうしても焦ってしまう。
 地下鉄の中、隣で楽しそうに話している二人を見習わないと。

「花歩ちゃんも、すっかり神経が太くなったのね」
「いやいや、これでも緊張してんねんで。
 でも姫水ちゃんとつかさちゃんの重責に比べたらこれくらい!」
「ふふ、それなら私もしっかり務めないとね」
「うちもうちも! あのステージに立てるだけで嬉しいで!」

 屈託なく笑う勇魚の顔が、帰りにどうなるのか姫水は不安になる。
 残念ながら今の下馬評では、千早赤阪高校が勝つ可能性はないに等しい。
 自分たちの結果に関係なく、廃校の二文字を見ることになるのだろう。

(でも、もう過保護はやめよう)
(たとえ傷ついたとしても、勇魚ちゃんはそれを乗り越えられる子だもの)
(それに花歩ちゃんっていう、心強い親友がついてくれている)
(私はそれよりも……)
(自分のことを、どうにかしないと……)


 *   *   *


「おそーい! こんな可愛い子を待たせるなんて」

 前回とは逆に、桜夜が一番先にロビーへ来ていた。
 立火と小都子は思わず笑ってしまう。

「今回はぐっすり眠れたみたいやな」
「桜夜先輩、やる気満々ですね!」
「当ったり前やろ! 開き直った私は怖いものなしや!」

 一年生も次々到着し、程度の差はあれ開き直った表情を見せる。
 そしてやって来た晴に、部長は最後の質問をした。

「結局のところ、私たちが全国行ける可能性はどれくらいや?」
「三割くらいですかね」
「え! そんなに高いの!」

 立火が思わず返した感想は、他の部員も似たようなものだった。
 どれだけ低いと思ってたんや、とお互い笑い合う。
 三回に一回の勝利を、必ず今回引き当てよう!

 Number ∞、LakePrincess、Worlds、聖莉守……。
 変わらぬ関西の精鋭たちで、ロビーは徐々に賑やかになっていく。
 光がいないのが寂しいけど、たぶんどこかで見てくれるだろう。
 ヴィクトリアたちと一瞬目が合うが、お互い言葉はない。
 と、立火のスマホが振動した。

「あれ、戎屋から呼び出しや」
「え、何であいつが?」

 桜夜の目がナンインの方へ向くが、人数が多すぎて鏡香の所在は分からない。
 少し考えてから、立火は指定の場所へ足を向けた。

「逃げたと思われるのもシャクや。行ってくる」
「乱闘はやめてくださいよ~」

 つかさの軽口に手を振って返しながら、歩いていく立火の背を桜夜が見送る。
 そのとき桜夜に浮かんだのは、動物的な勘みたいなものだったもしれない。
 近くにいた後輩に、浮かんだそのままを伝えた。

「姫水も一緒に行ってきたらええわ」
「え、私ですか? どうして……」
「何となく! 姫水にいいことがありそうな気がするから!」
「そ、そうですか。桜夜先輩がそう言うのでしたら」

 姫水は怪訝な顔をしながらも、人ごみに消えた部長の後を追う。
 部長同士の話に、お邪魔してよいものだろうか……。


「小白川も呼ばれたん?」
「はい。私たちは三年間を共にしたお友達ですものね」
「ははは、最後まで天然やな」

 人を呼び出しておいて、後から来た鏡香がニヤニヤと笑う。
 ここはロビーの一番隅。館内の喧騒もここでは薄れている。
 去年は外の石垣で相対した三人が、今年は決戦前に話し始めた。

「帰りに話すのは無理やろなと思て。ほら広町が、また顔面蒼白になってるかもやろ?」
「やかましいわ! 夏みたいな醜態、今度は絶対見せへん!」
「まあまあ。実は謝ろう思て来てもらったんや」

 鏡香らしからぬ言葉に、意外な顔をする立火の前で話は続く。

「主力が抜けたWestaが、こうも健闘するとは予想外やったで。
 ここにはもう来られへんて言うたこと、撤回させてや」
「あ、ああ」
「まっ、それも今日までやけどな! 夢に寝ぼけた頭を覚まして、せいぜい現実を見て帰るんやな!」
「……しょせん戎屋は戎屋か……」

 こんな嫌味を言うためにわざわざ呼び出したのか。
 さらに鏡香は和音へ向き、聖莉守の体たらくをせせら笑おうとした時だった。

「あら、藤上さん?」

 和音の声に、他の二人も振り返る。
 Westaの一年生が、戸惑いながら近くに来ていた。

「姫水、どうしたんや?」
「い、いえ、その……」

 部長に聞かれるが、姫水にも理由はよく分からない。
 先ほどからの不毛な嫌味の応酬を、横で聞いていればよいのだろうか。
 いや……。
 桜夜がここへ来させたのは、そんなことのためではないはずだ。

「部長の皆さんにお聞きしたいことがあります」

 三人の三年生の前で、一年生は思い切って質問する。

「皆さんは、何のためにラブライブに出場しているのですか」
「姫水……」
「唐突にすみません。
 でも私は、この決戦の今になってさえ、それが現実感をもって理解できないのです。
 厚かましいのは重々承知ですが、教えていただけないでしょうか……」

 その懇願の理由など鏡香に分かるはずもなく、勝手に曲解して受け取った。

「一銭の報酬もないのに何でって? さすがプロは言うことがちゃうで」
「い、いえ、そういうつもりでは」
「いけませんよ戎屋さん。たとえ他校生でも、迷える子羊を導くのは年長者の役目です」

 聖女らしく返した和音は、静かに目を閉じた。
 色々とあった活動を思い出しつつ、自らの答えを導き出す。

「そうですね……己の成長のためでしょうか。
 スクールアイドルとして誰かを楽しませること。部長の任をしっかりと務めること。
 高校生として、これほど成長に繋がることはないでしょう。
 いずれ社会に出たとき、この経験が大きな糧となると信じています」
「なるほど……ありがとうございます」
「はーん、全くご立派なお答えやなあ」

 皮肉っぽく評する鏡香に、姫水の真剣な目が向けられる。
 仕方なく、鏡香も自分の理由を答えた。

「ラブライブは遊びや」
「え……」
「ただの趣味で、娯楽としてやってるんや。
 特にナンインは、入りさえすれば楽に全国へ行ける強豪やからな。
 弱者を踏みつぶし常に勝利する。こないな楽しいことは他にないやろ!」

 絶句しかける姫水だが、寸前で立ち止まる。
 あれだけの大組織を動かすのが楽なはずがない。それなりに苦労もあったはずだ。
 けれども決して表には出さない。そういう人なのだろう。

 回答を終えた二人の目は、先ほどから考え込んでいる立火へと向く。

「で、広町はどうなんや」
「ぜひ後輩の模範となるような理由をお願いします」

 和音の言うようにはできそうにない。
 姫水が求めているのはそういうものではない。
 本音だ。
 現実であると実感できるような、本当の心を聞きたいのだ。
 少し低い声で、姫水の先輩は語り始める。

「小白川の言うことはよく分かるで。私も部長をやって、考えなしやった自分から成長できた。
 戎屋も言い方はアレやけど、楽しむためってことなら大いに同意する。
 けどな……今の私には、それ以上に大きな理由があるんや」

 立火だって模範になろうと、立派な部長であろうと頑張ってきた。
 でも、今はそれを投げ捨てる。
 合宿で旬と対決したときのように、素の自分をさらけ出して――

「私は――」

 思うまま、心のままに、立火は吠えた。

「お前たちを全員ブッ倒すために!
 今、この場に立ってるんや!!」



 その答えは、ライバルたちのお眼鏡にかなうものではなかった。
 二人揃って呆れた反応を返す。

「それでも清く正しいスクールアイドルですか?」
「ええいこの野蛮人め! 大阪のイメージが悪なるやろ!」
「何とでも言え! これが私の本音や!
 夏に惨敗したあの時の屈辱、一度たりとも忘れたことはないで!
 今日という今日は、十倍にして返したる!」

 その気迫を、ライバルたちも同意はしないながらも受け止めはする。
 同時にロビー中央から、スタッフの声が聞こえてきた。

「出演順一覧を配ります。代表者は取りに来てくださーい!」

 鏡香と和音はきびすを返し、部長の仕事を果たしに行く。
 去り際に一言ずつ残しながら。

「この世は結果が全てや。今の大口、後で恥じずに済むとええな」
「いえ、過程が大事なのです。お互い最後かもしれないラブライブ、悔いなく過ごしましょう」

 そしてその後に続く立火を、姫水は慌てて追いかける。
 ロビーを行き交う生徒たちをかいくぐりながら、先輩の背中に思わず問いかけていた。

「立火先輩! あなたにとって、他校のスクールアイドルは何なんですか!?」
「敵や!!」
「て、敵……ですか」
「ああ!!」

 姫水は戸惑う。あまりにかけ離れていないか。
 μ'sが秋葉原で歌ったSUNNY DAY SONG。多くのスクールアイドルが楽しく語っていた、あの光景から。
 だが振り向いた立火の顔を見て、姫水は自分の誤解を悟る。
 そこにあったのは敵意や憎しみではなかった。
 最高に嬉しそうで、今を楽しんでいる心だった。

「どいつもこいつも、青春を懸けて戦うに足る、一騎当千の強敵たちや!
 なあ姫水。ワクワクしてくるやろ?
 こんな凄いやつらが、私たちと本気でぶつかってくれるんやで!」

 一覧表を取りにきた和歌浦の旬が、北山女子の妙良が、立火とすれ違う。
 どちらもお前らには負けないという、真剣な一瞥を浴びせながら。

 女優の頭にふと浮かんだのは、時代劇の一幕だった。
 風吹きすさぶ草原で、刀を手に背中合わせで構える立火と姫水。
 周囲は敵に取り囲まれ、鍛え抜かれた刀や槍を突き付けられている。
 絶体絶命の大ピンチ! にも関わらず……
 立火はもちろん、自分も不敵に笑っているのだ。

(ああ……そうだったんだ)
(私が演ずるべき人は、こんな近くにいたんだ)

 一覧をもらって戻ってくる立火の前で、姫水の雰囲気が少しずつ変わっていく。

「私に欠けていたものが、ひとつ埋まりました」
「姫水?」
「今だけお借りします、私たちの部長。
 あなたの、燃えるような闘魂を」

 ボッ、と発火する音が聞こえた気がした。

 優雅なプリンセスは消え失せて。
 瞳に灯るのは今までにない感情。
 戦意と闘志に満ちた、戦う女の子がそこにいた。


「ひ……すい……?」
「『敵』を教えてくださって、ありがとうございます。
 こんなに素晴らしい好敵手たちに、今まで気付いていませんでした」

 姫水の視線は、談笑している静佳の横顔を真っすぐに射貫く。
 遠すぎて向こうは気づいていないが、構わずに直視し続けた。

(夏はこの気持ちを持たなかったから、口先だけで勝つと言ってあっさり飲まれた)
(でも、今はもう違う。貴方のような天才と競えること、光栄に思います!)

 ぽかんとしていた立火も、徐々に状況を理解する。
 歩き出す後輩は、この土壇場で一段階オーラが上がったように見える。
 もちろん部長としては喜ばしいことだ、が……。

「桜夜先輩が言ってくれたんです。立火先輩のところへ行けって」
「あ、そうやったん」
「おかげで覚醒できた気分です。さすがお互い通じ合ってるんですね」
「は、ははは。それは良かった」

 楽しそうな後輩に、喜ばしいけど不安もある。
 だって、今回はダブルセンターなのだ。

(この姫水が相手で、つかさは大丈夫やろか……?)


「No.4 Westa! いかにも四位以内に入れそうですね!」

 かなり早い順番を、花歩は前向きに受け止める。
 一方で桜夜は気味悪そうにしていた。

「『死』ってこととちゃうの?」
「も~。いらんこと言わないでくださいよ~」

 つかさの苦言に笑う一同に、立火もとりあえず付き合っておく。
 姫水のまとう空気は元に戻っていて、誰も変化には気付かない。
 安心すべきことなのかは分からないが、今は様子を見るしかない。
 それが単に役作りを練っている最中だとは、さすがに立火も思わなかった。

 何にせよ四番手である。
 自分たちが終わった後は、二十校以上を延々と見続けることになる。
 一覧を見ていた夕理は、その最後のグループに目を留めた。

「最後はやっぱり八咫angelですね」
「この人たち、前回五位やものねぇ。Worlds以上の障壁やで」

 小都子の言う通り、地理的に遠すぎて馴染みがないが、新宮の巫女も相当の強さだ。
 彼女たちのライブを見る頃、Westaはどんな表情をしているのだろう。

「間もなく開場します。No.4までのグループは、楽屋に移動してください」

 スタッフに言われ、Westaの八人はここで晴と別れる。

「みんな夏とは大違いのリラックスぶりやな。私も客席から楽しませてもらうで」
「はい、晴先輩! 入部から今までのうちの成果、どうか見ていてください!」

 勇魚が代表して答え、皆も手を振りながら楽屋への通路へ向かった。
 ロビーから出るところで姫水だけ振り返る。

 いよいよ始まる戦いに、客席あるいは楽屋へと散っていく28グループ。
 いや、過去も含めれば数百グループの真剣勝負を、この大阪城の地は見守ってきたのだ。
 闘志を手に入れた今の姫水には、建物の声が確かに聞こえた。

<戦え、西のスクールアイドル達!>


 *   *   *


 九つ用意された座席に、今は晴が一人だけで座る。
 以前は一緒だった花歩と勇魚の不在は、先輩としては誇らしい。
 ホールは開場し、一般客が次々となだれこむ。
 と、後ろに座った誰かが声をかけてきた。

「晴ちゃん、いよいよやねぇ」
「菊間先輩。いらしたんですか」

 わざわざ真後ろの席を確保するとは、どれだけ早くから並んでいたのだろう。
 OGは眼鏡を光らせながら、埋まりつつあるホールを見渡す。

「伊達ちゃんもどこかに来ているはずや」
「今回は怒鳴られることはないと思いますよ」
「夏休みからこっち、ほんまに精力的に活動してたものねえ。
 あれ以降口出しはせえへんかったけど、よく頑張ってるなって五人で話してたで」
「ありがとうございます」
「ただ……」

 と、菊間は不安そうな顔に変わった。

「今回のセンターには、さすがに皆も驚いたけどね。
 小松ちゃんなんかは言うてたで。立火のやつヤケになったのかって」
「そんなわけないでしょう。きちんと勝算あってのことです」
「うん。泉ちゃんはそう信じるって」

 とはいえ前部長の信頼に答えられるかは、蓋を開けてみないと分からない。
 全てが決まるステージの上に……
 司会のお姉さんが登場し、いよいよ地区予選は始まった!

「みんなー、はっちゃけてるかーい!」
(そろそろ別の台詞を考えた方がええんとちゃうか)

 マンネリに苦言を呈する晴だが、館内は大いに盛り上がっている。

「2018年ももうすぐ終わり。
 関西の年の瀬を、スクールアイドルで熱く染め上げよう!
 まずはエントリーNo.1! 滋賀県代表、甲賀女学院『忍Doll』!」
「ニンニン!」

 現れた忍者たちは、先日静佳にボコられたことなどおくびにも出さず、大観衆の前で印を切った。

「先頭を飾れるとは光栄にござる! 甲賀の秘伝、とくとご覧あれ!」

 曲とともに手裏剣を取り出す彼女たちに、晴は一瞬ひやりとする。
 まさか、武器を使うという点でかぶったのでは――
 と思ったが、後ろに立てた的に一回投げただけで、後は体術中心だった。

(言うほど大した動きではないな。忍者という単語の過大なイメージには届いてへん)
(それにしても、こう言うたら何やけど)
(赤穂が欠席してくれてつくづく助かった)

 あの剣劇と比べられたら、付け焼刃のバトンなど誰も見向きもしなかったろう。
 あとは武器を使うグループが出ないことを祈るばかりだ。

「ありがとうございました! 続きましてはNo.2、大阪B代表――」


 *   *   *


 楽屋で衣装に着替え、つかさは少し深呼吸する。
 これから主役を務めるのだ。大丈夫、落ち着いてる。
 もう一人の主役の華麗な衣装に、つい見とれつつ、それを止めることはしない。

(そういや、夏は姫水が不調やったっけ)
(あたしは声をかけられなくて、後で後悔して……)
(ま、今回はそんな心配もなしや)

 気力充実してそうな姫水に、歩み寄って明るく声をかける。

「いよいよやなあ。あたしに負かされる覚悟はできた?」
「……ああ、彩谷さん。うん。そうね」
(え……)

 気のない返事をされ、急に背筋が冷たくなる。
 夏のように、姫水に力がないわけではない。むしろ逆……
 つかさを置いて、一段高いところへ行ったように見えるのは気のせいだろうか?

「よし、そろそろ時間や。みんな円陣組むで」

 立火には最後かもしれない号令。姫水はすぐに歩み寄り、つかさも慌てて後を追った。
 手を炎の形にしたメンバーに、部長の目は一瞬だけ潤む。

「今まで、ほんまに色んなことがあったな。
 ここまできたら、もう何も言うことはない。
 私たちの全てを、遠慮なくぶつけるんや!」
『はい!』
「燃やすで、魂の炎!」
『Go!! Westa!!!』
(!?)



 つかさだけでなく皆も驚いた。
 姫水の叫びが、いつになく強烈に響き渡ったから。
 桜夜は素直に感心する。

「うわあ姫水、気合い入ってるんやなあ」
「当然です。桜夜先輩のライブ、これで最後には絶対しません!」
「ううっ、私はどこまでいい後輩を持ったんや」
(さすがは姫ちゃんや!)
(姫水ちゃんの半分くらいは、私も目立ってみせるで!)

 勇魚と花歩も、親友の輝きを無邪気に喜んでいる。
 小都子も後輩だけに任せておけぬと気合いを入れ直す。
 夕理だけが急に不安になって、つかさへと目を向けた。

(つ、つかさ……?)

 顔には出していないが、青くなっているように感じる。
 何か声をかける前に、ドアの外からスタッフの声がした。

「Westaさん、舞台袖へ移動してください」


 桜夜を先頭に、バトンを持ったWestaは意気揚々とステージへ向かう。
 前に立つはずの立火は歩みを落とし、最後尾のつかさと並んだ。

「……部長さん、何があったんですか」

 他の部員に聞かれぬよう、小さな声で尋ねられる。
 立火としては正直に話すしかなかった。

「姫水に火が付いた。いや、自分で自分に火を付けた。
 それ自体は良いことや。部長として止められへん」
「あいつは、今のあいつの目には、いったい誰が映ってるんです!?
 姫水の敵はあたしだけのはずなのに――」

 すがるような後輩の目に、やはり本当のことを伝えるしかない。
 つかさにとっては残酷なことだとしても。

「この会場で戦う、全てのスクールアイドルや」
「全て……の……」
「とにかくつかさ、何とか付いていくんや。夕理が推薦した想いの強さ、ここで見せてや!」

 いつまでも後ろにいると不審に思われる。
 センター二人の強さを信じて、立火は先頭に立ち戻った。
 つかさの歩みは遅くなり、顔には乾いた笑みが浮かぶ。

(ああー、そっかそっかあ。羽鳥さんとかヴィクトリアさんとか、そういう人たちが姫水の敵かあ)
(それはしゃあないわ。あたしなんてもう、目に入るわけないやん)
(あはは……は……)

 一歩一歩、運命のステージが近づいてくる。
 だん! とつかさは強く床を踏み込んで。
 前を歩く想い人を、憤怒の目でにらみつけた。

『ふざけんなよ、このアマっ……!』



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