元より藤上姫水は、同い年の一般的な子よりも勝負に身を投じてきたはずだった。
役者のオーディションという、多くの人生とお金がかかった場所で。
(でも私は、何も感じていなかった)
(誰かを打ち負かしても、打ち負かされても、ただ淡々とやり過ごしていた)
(何てもったいないことをしていたんだろう……)
現実感が完全に戻ったわけではない。
それでも最後まであがこうと、壁の向こうの敵たちへ意識を集中する。
あまりに必死だったので、姫水は全く気付かなかった。
後ろでつかさが、獣のように目を光らせていることに。
「続きましてはNo.4!
関西バトルロードは盛り上がりましたね! 大阪市代表、住之江女子高校『Westa』!」
(あのお姉さんに届くほど、知名度が上がってたんやな)
客席の晴は手応えを感じる。今まで精一杯広報してきたかいがあった。
土台は十分。後はその上で実力を見せるだけだ。
バトンを手にした八人のスクールアイドルが、ステージに現れる。
まずはいつものように、三年生の漫才から始まった。
「どーもどーもー、Westaの立火でーす!」
「桜夜ちゃんやでー」
「いやあ、五ヶ月ぶりの城ホールやねえ。前回は私たち、下から三番目のボロ負けやってんけど」
「古傷をえぐること言わんといて!」
「しかしその悔しさをバネに、京都、奈良、神戸のグループと対決してきたんや!」
「みんな見てくれたかなー?」
もちろん全員が見ていたわけがなく、へー、と初めて知った声も聞こえる。
そんな人たちにも少しでも届くよう、立火たちの前説は続いた。
「今日は戦いの総仕上げ! センターは二人の一年生や!」
「うちの部ではライバルとして、しのぎを削ってきた二人やねん! みんなそのつもりで見たってや!」
三年生に紹介され、姫水は笑顔でお辞儀をする。
つかさもこの時点までは、心を押し殺して器用に笑っていた。
さあ準備は整った――。
四週間以上の時間をかけて、作り上げてきた曲の名を八人は叫ぶ。
「私たちの全てを懸けた決闘! 『Dueling Girls!』」
『最後の戦いの幕が開く――』
曲が始まり、そのフレーズを歌ったと同時に。
つかさは姫水に襲いかかった。
* * *
(彩谷さん!?)
他校にばかり意識を向けていた姫水には、完全に不意打ちだった。
振り付けも段取りも無視して、つかさが回したバトンを振り下ろしてきた。
演技などする暇もなく、ステップで辛うじてかわす。
(何考えてるのよ! 何で練習通りにしないの!?)
(どうしてライブを壊すようなこと――)
行動は理解できなかったが、理由はすぐに分からされた。
つかさの涙を浮かべた目が、悔しくてたまらない口元が。
声にならない声で、全身で叫んでいたから。
「あたしを見ろ!!」
『誇りと魂の全てを懸けて
鍛え励んだ私の力 今! こそ! 解き放つ時!』
客席から見ていた晴も、当然ながら異変に気付く。
予定とは全く違うセンターの動きに。
「つかさ、何してるんや!?」
思わず立ち上がって小声で叫び、すぐさま座席に崩れ落ちた。
(終わりや……何もかも)
何があったか知らないが、いきなり暴走するような奴とは思わなかった。
今までの全ての計画、全ての努力は水泡に帰した。
観客もさぞかし呆れて……。
(んん?)
周囲を見回し、後ろの菊間にも目を向ける。
客たちは呆れるどころか、固唾をのんで光景に見入っていた。
彩谷つかさの、とても演技とは思えぬ鬼気迫る姿を。
(許さへん! 許さへん許さへん許さへん!)
(あたしが何のために頑張ってきたと思ってるんや!
何のために過去のあたしを捨てたと思ってるんや!)
(全部全部、姫水のためやないか!)
(なのにこの期に及んで、あたしのことを無視する気か!!)
(絶対に許さへん――)
(何が何でも、こっちを向かせてやる!!)
もはや殺さんばかりの執着だった。
さすがに練習が体に染み着いているのか、振り付け通りの動きも含んではいるけど。
それでも次にどう動くか分からず、姫水の瞳はつかさを注視する。
目の前を戦いながら横切る二人に、立火はもう笑うしかなかった。
(はは――は)
(ええでつかさ、弱気になるよりはその方がいい!)
(まあ、客からどう見えてるのかは私にも分からへんけど)
(しゃあないわ。私が円陣で言うたんや)
(遠慮なく全てをぶつけろって!)
楽しそうな相方の姿に、戸惑っていた桜夜も吹っ切れる。
(ええんやな立火、このまま続けて!)
(何かあったみたいやけど、つかさも姫水もめっちゃ本気やし)
(私たちも負けてられへんな!)
深く考えない性格のおかげで、三年生たちのライブは止まることはなかった。
留め具もなく自由なバトンは、より一層回転を速める。
先輩の意地にかけ、この鮮烈なセンターたちに対抗できるように!
(どういうことや……)
その光景を見ながら、晴は内心で呟いた。
つかさは完全に我を忘れ、やりたい放題やらかしている。
なのに不思議と、ライブは破綻していなかった。
客たちは不自然さも感じぬまま、これが本来のライブであるように夢中になっている。
ステージ全体に目を向けて、すぐに晴も理解した。
(夕理と小都子か!)
二人が必死に、全体のバランスを取っていた。
つかさが右へ行けば左へ、左へ行けば右へ動き、衝突を防ぎつつ見栄えを調整する。
見てから動いたのでは間に合わない。
つかさのやりそうなことを予測し、動きを先読みする。
それは夕理にしかできないことだった。
(つかさばかり見ていた私、Saras&Vatiで一緒に活動してきた私にしか!)
(そもそも始まる前のつかさの様子で、こうなる予感はしてたんや)
(……すみません小都子先輩、こんなことになってしまって)
一瞬うつむきかける夕理だが、小都子の真剣な目を見て持ち直す。
この薄氷の上にあるライブを、決して最後まで手放しはしない!
(夕理ちゃんのやりたいことは分かるで。何とか私たちで持たせるんや!)
小都子につかさの動きは読めないが、夕理に合わせることはできる。
大事な後輩が願う通りに、髪を舞わせつつ調和を保つ。
『待ってるだけじゃ何も叶わない 戦わなきゃ何も得られない
欲しいものがあるなら手を伸ばせ そのための人生なんだ!』
曲は中盤に差し掛かった。
自分のことでいっぱいいっぱいだった花歩も、さすがに異変を感じ取った。
不安の浮かぶ顔が目に映った小都子が、内心で懸命に呼びかける。
(あかん花歩ちゃん、気にしなくていいから集中して!)
(何も気付いてなさそうな勇魚ちゃんを見習うんや!)
勇魚はこの決戦の舞台で、純粋に楽しそうに踊っている。
そのいつも通りの笑顔は、花歩を落ち着かせるのに十分だった。
(大丈夫! 私の仲間は、大阪いち頼れるメンバーや)
(みんなに任せて、私は私のすべきことをすればいい!)
(頼むで、姫水ちゃん、つかさちゃん――)
花歩の言葉が届いたのかどうか。
押されっぱなしだった姫水は、とうとう切れて反撃に転じた。
目の前の敵へ、練習した以上の攻撃を仕掛ける。
『ただ一人と見定めた相手 友達そしてライバルのあなた
共に重ねた切磋琢磨で 今! こそ! 決着の時!』
(確かに私も少しは悪かったわよ!)
(病気を治すことばかり考えて、あなたの気持ちを失念してた!)
(でも仕方ないでしょう!? こっちだって現実感が欲しくて必死なのよ!)
(何よ……いつもいつも、自分の気持ちを一方的にぶつけてきて……)
(そんなに……)
(そんなに、私のこと好きなの……!?)
その答えは、泣き出しそうな少女の形で目の前にあった。
こんなにも好きなのに、と。
どこまでも圧倒的な現実感を持って。
(あ……)
欲しくてたまらない現実は、すぐ近くにあった。
疑いようもなく、はっきりと熱い輪郭とともに。
姫水とつかさを隔てる壁は――
いつの間にか、音を立てて粉砕されていた。
『放て! 叫べ! 命の咆哮
どれだけ強いあなたでも 諦めたらそこで負けなんだ』
残る全ての力で歌いながら、踊りながら。
バトンを切り結び、声なき叫びを互いに叩きつける。
世界にただ一人、瞳に映る相手に向けて。
「姫水ぃぃぃぃぃ!!」
「つかさ――つかさ!」
静まりかえった客席で、観客は呼吸もできない。
こんなライブなんて見たことがない。
理解の追いつかないまま、ただただ圧倒されている間に。
時間は矢のように過ぎ去っていた。
『燃え尽きるまで戦い抜くで! そう私たちは――』
(たどり着いた!)
唯一残した大阪弁の歌詞に、小都子と晴は心から安堵した。
ここまでくれば大丈夫。あとは三年生たちが!
(みんな、よくやってくれた!)
海より深い感謝とともに、バトンを高く放り上げる。
『おおおおおお!』
ようやく息をするのを思い出したように、分かりやすいパフォーマンスに客席は沸く。
立火と桜夜そのもののバトンは、綺麗に寄り添って回転しながら、大阪城ホールの宙を舞い……
『Dueling Girls!』
完璧なキャッチによって、輪舞と乱舞は完成した。
曲が終わると同時に、つかさの目の前は真っ暗になっていた。
魔法が解けたように我に返って、嫌でも理解したのだ。
自分が何をしでかしたのかを。
(やっち……まった……)
全身が震え、汗が噴き出してくる。
何もかもを裏切ってしまった。
これまでずっと、皆が頑張ってきたことを。多くの人の応援を。
センターに推してくれた夕理を、先輩たちの信頼を、姫水との今までの時間を、全部――
「つかさ」
背後から肩に手を置かれ、口から心臓が飛び出そうになる。
きっと部長だ。どう謝ればいいのか分からない。
それでも行動に責任を取るべく、恐る恐る振り返ると……
そこにいた立火は、笑顔で親指を立てていた。
「ウケたから良し!」
え……と呆然とすると同時につかさへも届く。
館内の熱狂が。
今まで聞いたことのないほどの、拍手と歓声が。
全て自分たちに降り注いでいた。
『おおおおおおおお!』
『Westa! Westa!』
「い、いや、でもっ……」
何とか愛想笑いで手を振りつつ、懺悔の声を振り絞る。
「それで許されることとちゃいますよね!? あたしのやらかしたことは……」
「何言うてんねん、ウケるかどうかが全てやで」
楽しそうな桜夜の声に続き、立火がステージを去りながら結論を言った。
「だってここは、大阪なんやから!」
* * *
舞台袖から退場し、歓声が遠ざかったところで花歩がいぶかしむ。
「あの、一体何が起きてたんですか? 私は自分のライブで精一杯で……」
「なんか練習とちゃうかったよね! でも姫ちゃんとつーちゃんなら、きっと深い考えがあるんやろって!」
(あ、さすがに勇魚ちゃんも気付いてたか。ごめんね)
小都子が内心で苦笑し謝る一方、つかさは花歩の問いに答えられない。
代わりに姫水が、端的に事実を伝えた。
「彩谷さんが突然切れて、私に襲いかかってきたのよ」
「つーちゃん何やってんの!?」
「ち、違……いやまあ違わへんけど……」
「!??」
それが何で大好評だったのか、花歩には全く理解できない。
立火が困り笑いで取りなした。
「ま、昼休みに配信の動画を見られるやろ。実際見れば嫌でも分かるで」
「そ、そうですか」
「何にせよ今は、みんなお疲れ様!」
部長のねぎらいに、空気はほっと緩やかになる。
とにもかくにもライブは終わり、手応えのある反応をもらえたのだ。
客席への通路を歩きつつ、雑談の声などが上がり始める。
とはいえつかさとしては、それに甘えるわけにはいかない。
一番の被害者に、歩きながら近づいて頭を下げる。
「その、姫水……色々とごめん」
「え、う、うん」
謝られた側は、急に近づかれて少し慌てていた。
笑顔を作る彼女の頬が、かすかに赤らんでいることに勇魚だけが気付いた。
「結果オーライなんだからそれでいいじゃない。
私の方こそごめんなさい。あなたを無視するような形になってしまって」
「い、いや姫水は悪ないで! 全部あたしが」
「おっと、皆にも説明しとかへんとな」
ライブ前の出来事を立火が話し、ようやく全員がつかさの動機を理解する。
『要はただの痴話喧嘩やんけ……』
そんな目を向けながら。
赤くなったつかさは、続いて夕理に近づいた。
「あの……夕理……」
相手はライブが終わってからずっと無表情だった。
結果オーライなどとは全く思ってくれてそうにない。
言葉が続かずにいるつかさに向けて、夕理は真剣な目で問いただした。
「後悔してる?」
息をのむ。聞いているのが夕理なだけに、適当な答えは返せない。
一生懸命考えてから、正直な気持ちを話した。
「夕理は怒るかもしれへんけど、他に方法はなかった。
ああでもしなかったら、覚醒した姫水の前で、あたしは手も足も出ずに終わってたと思う。
せやから……反省はしてるけど、後悔はしてへん」
「そう……」
ふっと少しだけ和らいでから、また難しい顔に戻って、夕理はつかつかと歩みを速める。
「言いたいことは色々あるけど、まだラブライブは終わってへん。結果が出た後にする」
「そ、そっか」
頭をかきながら、つかさもその後を追いかける。
これで全国へ行けるのかは、誰も何とも言えない。
全てはこの後の各校のライブによって決まるのだ。
少し後ろからついていく姫水に、笑顔の勇魚が小声で話しかけた。
「姫ちゃん、さっきからつーちゃんのことばっか見てるで」
「え!? そ、そうかしら」
「あ! もしかして、姫ちゃん……」
「う、うん。もしかしたら、だけど」
ずっと世界の中で、勇魚という一点だけが現実だった。
それが今はもう一点、つかさの後ろ姿が、確かな彩りを持っている。
点は結ばれて線になり、花歩やWestaの皆と繋がって面になり――
(ああ……取り戻せてたんだ)
勇魚と遊んでいた幼い頃のように、周囲は色づき、現実としてそこにあった。
すぐさまつかさに駆け寄って、お礼を言いたかったけれど。
目に見えぬ脳内のことだけに、今しばらくは慎重になる。
「ぬか喜びだといけないから、ちゃんとお医者様に診てもらうわね」
「うんっ! 良かったあ。姫ちゃん、ほんまに良かったで……」
勇魚の方は医者の判断も待たず、もう治ったものとして泣き笑いを浮かべている。
姫水も本心では感じていた。
少しずつ近づいてくるライブ会場の音が、遠くに切り離されることは二度とないのだと。
* * *
「いやあ、お疲れさん」
「菊間先輩!」
ライブの間をぬって座席に行くと、晴の後ろでOGが手を振っていた。
嫌な思い出しかない先輩に、つかさは思わず身を縮める。
が、OGがニヤニヤと話しかけるのは当然つかさだった。
「晴ちゃんから聞いたで。この大舞台でアドリブかますとはねえ」
「す、すいません……」
「ま、ええやないの。勝てば官軍。勝ちさえすればアンタがMVPや」
「そ、そうっすか……あの、負けたらどうなりますかね?」
「それはもちろん、大戦犯やね」
「あああああああ!」
「ちょっ、やめてくださいよ菊間先輩」
座りかけていた立火が、前の席から抗議する。
「一年生一人に押しつける気はないですよ。その時は私も一緒に責任を取ります!」
「やれやれ、立火ちゃんは相変わらず男前やねえ」
肩をすくめる菊間に続き、晴が状況を説明した。
「観客からは特に変には思われなかったようです。最初からそういうライブとして見てもらえました」
「そうか! 何というか奇跡やなあ」
「いえ、奇跡などではなく。
つかさ、後で小都子と夕理にお礼を言っておけ」
「え?」
理由を聞こうとしたとき、横を通る一団から声をかけられた。
「いやあ、とんでもないものを見せてくれたね。前回のリベンジを見事に果たした」
白衣の女生徒に、立火と桜夜が誰? という目を向ける。
すぐに晴が説明を兼ねて返した。
「
「だがリベンジしたいのは私たちも同じや。奈良県勢として初の全国、必ず勝ち取ってみせる。
こちらも面白いものをお見せするから、期待しててや」
彼女が白衣を翻して去ると同時に、次のライブが始まった。
Westaもひとまずは観客に切り替える。
これから夕方まで、ただ見るだけの長い時間が続くのだ。
* * *
「エントリーNo.8、北山女子高校『KYO-烈』の皆さんでしたー!」
(くそっ……あの大阪人どものボルテージに届かへんかった!)
妙良はステージ上で歯がみする。
自分たちのラップも最高だったのに、それでも客の反応は負けていた。
しょせん天之錦と競う程度と思っていたグループが、あそこまでやるなんて……。
「タエラさん、結果は最後まで分からしまへんで」
「あ、ああ、そうやな。未来は不明! 期待はSTAY!」
仲間に励まされ、京都トップはステージを降りていく。
そして兵庫県代表『Stork Wing』のライブを挟み、午前最後のグループ――
「今回はどんな照明芸を見せてくれるのでしょうか!
No.10、奈良県代表、平城宮学園『瑠璃光』!」
お姉さんの紹介に、会場の興味も高まる。
リーダーの子が前に出て、薬師寺の如来のごとく優しく微笑んだ。
行木は舞台袖あたりで見ているのだろう。
「意外かもしれませんが、奈良市は光にまつわるイベントが多いところです。
冬の瑠璃絵、夏の
若草山の山焼きに、東大寺二月堂、
これより私たちからも、皆様に光の饗宴をお贈りします」
照明が落ち、西アジア風の音楽が流れ始める。
そしてステージの背後には大海の映像。
その中を行くCGの遣唐使船。この技術は――
(プロジェクションマッピング!?)
(どうして高校生が!)
前回打ち負かされたGolden Flagのお株を奪う光景に、観客は目を見張る。
夕理も思わず疑心暗鬼に陥った。
(まさかこの人たちも、どこからお金を!?)
(い、いや、そうそう都合よく大金が入るとは思えへん)
(自分たちで作ったんや……瑠璃光ならできてもおかしくない)
『遙かなるかなシルクロード
西域から唐を経て 奈良の都に繋がる旅を
皆さん これよりご一緒しましょう』
神秘的な曲の中、唐の貴人たちを相手にメンバー五人は踊り出す。
夕理の推測通り、映像にはプロほどの高級感はない。
一方でダンスとの親和性はゴルフラより高い。自作の愛情が感じられた。
どこかで見ている光はどう思っているのだろう。
曲はシルクロードを西へ向かい、敦煌からペルシャまでを歌い上げる。
どうせ短い映像だろうと侮っていた者も、結局最後まで続いたプロジェクションマッピングに舌を巻く。
誰しも感動し感嘆し、万雷の拍手の中で、桜夜は頭を抱えるしかなかった。
「奈良がめっちゃ本気出してきた……」
「やっぱり簡単には勝たせてもらえへんなあ」
立火もうなる通り、前回の悔しさをバネにしたのは自分たちだけではないのだ。
加えて静佳たち前回の上位校も、午後にごっそり残っている。
お昼休みに入る中、立火は立ち上がって声を上げた。
「今さらジタバタしても始まらへん。昼飯食べてエネルギー補給や!
菊間先輩も一緒にどうですか」
「やめとくわ。私が行ったら、その子がますます調子悪くなりそうやしねえ」
指された先では、不安に押し潰されそうなつかさが青くなっている。
勇魚と花歩が、両側から引っ張って立ち上がらせた。
「ほらつーちゃん、ご飯食べて元気出そ!」
「何が起きてたのか、しっかりと動画で見させてもらうで」
「い、いや花歩、無理に見なくても良くない? 別にあたし、大したことしてへんで!?」
「ええい往生際の悪い! あれだけ好評やったんやから、どうせ大活躍したんやろ!」
引きずられるように連行されるつかさに、桜夜が笑いながら姫水と話す。
「姫水がチューしてあげたら元気になるんとちゃう?」
「え!? そ、そうでしょうか!」
「えっ、冗談……」
「あ……そ、そうですよね。もちろん分かってますとも」
「んんー? もしかしてその気あるん? おーい、つかさー」
「やめてくださいっ!」
* * *
「うわあ……」
入ったラーメン屋で、花歩は動画を見ながら呆れていた。
好きな人に見てもらえず、半泣きで必死に振り向かせようとする女の子がいた。
……そんな姿でもなお、本気のつかさはカッコ良かったが、悔しいのでそのことは言わない。
「つかさちゃん、どんだけ姫水ちゃんのこと好きなんや」
「だああー! 明日から表を歩けへーん!」
テーブルに突っ伏すつかさだが、しかしけじめとして、自分も胃痛を抑えながら動画を確認する。
同時に、先ほど晴に言われたことが理解できた。
懸命にライブを持たせてくれた二人に、深く頭を下げる。
「……小都子先輩、夕理。ほんまありがとうございました」
「いえいえ。それに見合うだけの活躍を、つかさちゃんはしてくれたで」
小都子が優しく答える一方、夕理は直接は返さない。
代わりにじろりと三年生の方を向いた。
「そちらのお二人は、全体のことなんて何も考えずに楽しそうでしたね」
「あ、あははー! いやあ、二人のおかげで助かったで!」
「全くもう……」
ごまかし笑いの立火と桜夜だが、夕理も本心ではそれで良かったと思う。
改めて、映像の中のライブを見る。
きっと二度と行えない、全力の感情のままの決闘。
神戸で自分が言った通り、誰よりも強い想いは、必ず観客の心を打った。
同じように見ていた皆も、だんだん自信が戻ってくる。
「これ、やっぱりいけるんとちゃう?」
「いけるいける。今はそう思っとこうやないか!」
桜夜と立火が話している間に、ラーメンが運ばれてくる。
それぞれ麺をすする中、つかさも無理して胃に押し込む。
姫水に合わせる顔がなかったので、何度も向けられる視線には気付かなかった。
夏とは大違いの明るい気持ちで、予選午後の部を迎える。
審判が下されるまで、あと四時間――。