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 午後の一番手は実力的にはともかく、精神的にやりづらい相手だった。

「全国へ行けなかった場合、私たちの学校は今日この場で廃校が決定します!」

 熱心にアピールするあざみに続いて、茜も何度も頭を下げる。

「私たちは大好きな学校をなくしたくありません。どうかご声援をお願いします」
「Camphora、がんばれー!」

 心の底から応援する勇魚だが、隣で夕理が苦虫を噛み潰しているのに気付く。

「あ、あのね夕ちゃん。あの人たちは学校を守りたいだけで……」
「分かってる。けど認めるかは別や!」

 あんな同情を引くだけのやり方、夕理の美学からは断じて認められない。
 そして始まったライブはオーソドックスで、決して悪くはないけれど、この関西予選では見劣りした。
 温かい拍手が送られる中、夕理は情を排して投票対象から外す。

(さあ……問題は次や)


 退場する千早赤阪高校を見送りつつ、待機中の深蘭は苦笑していた。

「学校がなくなる、か。確かに気の毒ではあるけどね」
「今の私たちに、気の毒がる余裕はありまセーン」

 ヴィクトリアにとって、午前のWestaは大きな誤算だった。
 ああまで神戸戦と変わるとは思わなかった。底が見えたなどと考えた先日の自分を殴りたい。
 だが、武器を使うアドバイスをしたことを後悔はしない。
 たったの一ヶ月で仕上げた彼女たちが素晴らしかっただけだ。

「ヴィッキー、ちょっと固くなってるよ」
「そうやで。私たちもいること忘れないで」

 深蘭と湊に言われ、サヤンの不安そうな視線にも気付いて、部長はふっと肩の力を抜く。
 自分たちもあれから一ヶ月、寝ていたわけではない。重ねてきた練習の成果を信じよう。

「大丈夫! 私たちの地力なら、決してWestaには負けないデース!」

 うなずく部員たちを率いて、ヴィクトリアはステージへと飛び出す。
 深蘭とのMCも、これで最後になんてしたくない。

「私たちが日本へ来て三年目。もうすぐお別れの時間デース」
「神戸で過ごし、関西をあちこちへ出かけて。色々なことがあったね」
「たとえ生まれた国に帰っても、日本でのことは決して忘れマセーン。
 勝っても負けても、大阪城でのライブは今回が最後!
 皆さんも私たちのこと、忘れないでくれると嬉しいデース!」

 Capmhoraほどあからさまではないが、アイドルとしてシンパシーを得るすべは心得ている。
 しんみりした場内に手応えを感じつつ、二人で声を張り上げる。

「聞いてください、『メモリーズ・イン・ジャパン』!」

『遠い異国から来て 初めて見た日本という国
 港の見える学校で 出迎えてくれた幾本もの桜』

 曲名の通り、日本で過ごした三年間を歌った曲だった。
 やはり最後の最後まで、留学生を前面に押し出すのがWorldsというグループなのだ。
 後ろにいる湊もそれを理解しつつ、今日は大事な役目がある。

(私がサヤンをフォローするんや!)

 一生懸命歌い踊っている一年生に、寄り添うようにしてパフォーマンスを続ける。
 入部してまだ四ヶ月のこの子を出すかどうかは、部の中でさんざん議論になった。
 だが最終的には、ヴィクトリアが出場させることを決めた。

『やはり私たち二人だけでは、夏とあまり変わらない印象を与えマース。
 確かにサヤンはまだ関西レベルではないデスが……大丈夫!
 外国から来て頑張ってる一年生なら、多少は下駄を履かせてもらえるはずデース!』
『は、ハイ。何とか頑張ってみまス』
『ヴィッキーがそう決めたならそれでいい。湊、フォローは君に任せるよ』
『承ったで! それでこそ、部に残った意味もあるってものや』

 客席から見ている立火も、何となく経緯を察した。
 競艇場での深蘭の言葉を思い出しつつ、ふっと笑う。

<私たちは危ない橋を渡る気はない>

(あんなん言うてた割に、やっぱり少しは賭けに出たんやな)

 Westaほどの大バクチではないけれど、安全策だけではやはり勝てないのだ。
 それだけの本気を感じながら、ライバルの作る世界に集中する。

『山と海に囲まれた小さな土地に 触れるのは温かな想い』

 それ以外は深蘭の言葉通り、いつものWorldsを最高の状態で出してきた。
 驚きこそないが、成熟と安定という言葉そのままに。
 神戸のスクールアイドルは、強豪に相応しいライブを見事に披露した。

『メモリーズ・イン・ジャパン この国で過ごした三年の月日
 いつまでも胸に残る 思い出の宝石箱のように――』


 いま場内に響く大歓声が自分たちより上なのか、にわかには判断できない。
 晴が振り向いて第三者に尋ねる。

「菊間先輩、どちらが勝つでしょうか」
「何とも言えへんねえ。勢いだけならWestaやけど。
 終わって冷静に振り返ったとき、投票されるのがどちらかと言うとねえ」
「うーん、完成度ではあちらですしね」

 小都子も腕組みして眉根を寄せる。
 自分たちの出番が終盤だったら、インパクトのまま投票されたかもしれないのに……
 などとも思うが、ランダムに決まったのだから致し方ない。
 また顔色が悪くなるつかさを勇魚が励ましながら、午後の部は続いていく。


 *   *   *


(ああ!)

 花歩の声にならない悲鳴が宙を貫いた。
 前代未聞。このレベルの高い関西地区予選で、転倒するスクールアイドルが現れるなんて。
 近くにいた凉世が助け起こそうとするが、当人はそれを断って立ち上がり、必死でライブを続ける。
 花歩は両手を組んでひたすら祈った。

(蛍ちゃん……頑張れ)
(去年転んだ北海道の人も、先週の予選を見事に突破したって話や)
(蛍ちゃんだっていつかきっと……)

 もちろんその人物――鹿角理亞と紫之宮蛍では実力に天地の差があるが、今は未来の可能性にすがるしかない。
 芽生はこの状況をどう思っているのだろう。
 さすがにおいしいとは思わないだろう……。

「皆様、ありがとうございました」

 ライブ終了後、どう反応したものか迷うような観客に向け、和音は静かに口を開いた。
 いつもと変わらぬ清らかさで。

「私はこの結果に満足しています。
 失敗してもいい。優れてなくてもいい。
 それがプロとは違う、スクールアイドルのあり方やと思いますから」

 ぱらぱらとした拍手の中、聖莉守は退場していく。
 花歩がちらりと周囲を見ると、勇魚は感動の涙を流し、夕理は全く納得いかないように憮然として。
 そして部長は、ライバルの後ろ姿を無言で見つめていた。

 別の場所にいたもう一人のライバルは、軽く鼻を鳴らす。

(ふん。まあ勝ち負けにこだらないんや。お望みの結果やろ)
(それより広町……)
(あんな鬼気迫るライブを、お前らみたいなアホがほんまに計算してできるか?)
(何かアクシデントがあって、結果的にああなったんとちゃうか?)

 さすがに鋭い鏡香は考える。だとしたら――

「エントリーNo.16 聖莉守の皆さんでした。ありがとうございました!
 大阪市代表が続きます。No.17、難波大学附属高校『Number ∞』!」

 聖莉守が作った微妙な空気を吹き飛ばし、場内は一気に明るくなる。

(だとしたら、そんな運の良さに助けられた連中には、絶対負けられへん)
(格の違いってもんを見せつけたるわ!)

 今回の歯車として選ばれた七人が、ステージで笑顔を振りまく。
 いつも通りの無料のサービスとして。

「皆さんこんにちはー!
 平成最後の関西予選ですね! 大いに盛り上がっていきましょう!」
『イエーー!』
「もっともっと声出せますよねー!?」
『イエーーーー!!』

 アイドルは娯楽だ。想いの強さだの崇高な理念だのは必要ない。
 別に鏡香だけの考えではなく、Number ∞の大勢の部員はおおむね同じ考えだった。
 何で金を払うわけでもない客に、そこまで媚びねばならぬのかと不満を持つ者も稀に生まれるが。
 そのような生徒はすぐさま周りから説得された。

<客に頭を下げると思うな、票に頭を下げてると思え!>

 そういう思考のもと、今日も媚び媚びのライブが始まる。

『おしゃれして!』
『ハイ!』
『キュートにね!』
『ハイ!』
『マックス可愛い私たち!』
『ハーイハーイハイハイハイハイ!』

 Dueling Girls!とは逆に、一緒になって明るく盛り上がる観客たち。
 アイドルらしさという点では、殺伐とした決闘などより余程らしいのはWestaの面々も分かっている。
 桜夜もついノってしまうが、仲間たちを気にして腕を引っ込める。
 ああいう何も考えないグループの方が、自分に向いていたのかもしれないけれど。

(でも……うん、最初から選べ言われたら、やっぱりWestaの方やな)
(頭の良くない私でも、今なら悩みのない部活なんて物足りない)

 広く薄く、最大多数に好まれる姿勢に徹して、ナンインのライブは終わった。
 隣で姫水が苦笑する。

「桜夜先輩、気にせず盛り上がってもいいと思いますよ」
「い、いやあ~。戎屋の顔を思い出したら、気分が萎えただけやで」
「ま、今の私は余裕がある。落ち着いて見れば、戎屋の凄さも分かってきたとこや」

 立火は穏やかな顔で腕組みしながら、退場していく彼女たちを見送る。
 そのまま視線を後輩たちへ向けた。

「たぶんナンインは来年も再来年も変わらへん。お前たちにもずっと立ち塞がる壁やな」
「世間受けではかないませんしねぇ。あまり意識しないようにしますよ」
「私は意識します! 絶対に打ち勝ってみせます!」

 小都子と夕理が逆のことを言い、皆に笑われた。
 来年は無理か……と悟った夕理が、二年後に向けて同志を募る。

「花歩もそう思うやろ!」
「え、私? うーん、その時にならないと何ともなあ」
「何やねん、優柔不断な! もういい!」
「でもまあ、夕理ちゃんが本気で勝つ気なら付き合うで」
「そ、そう」

 いざ受けてもらえると、はにかんで横を向く夕理である。
 勇魚とつかさは困り笑いを浮かべているし、姫水は二年後にいるのか分からない。
 だったら自分だけでも、夕理と一緒に頂点を目指したいと花歩は思った。
 あと三つ先の絶対勝てない相手は、自分たちの代にはもういないのだから。


 *   *   *


 エントリーNoは20番台に突入し、いよいよ終わりが見えてきた。
 皆が待ちに待った名前が、ここで司会から告げられる。

「No.20、今日勝てば関西四連覇、そして羽鳥さんはこれが最後です。
 有終の美を飾るか。滋賀県代表、湖国長浜高校『LakePrincess』!」

『静佳さーん!』
『名残惜しすぎるでー!』

 場内は早くも引退ブーストの様相を呈している。
 ファンの大部分は高校生。気軽にアキバドームまで行ける余裕はない。
 彼女のライブを見るのは、これが最後という者も多いのだろう。

 静佳はいつものように微笑みながら、しみじみと語り出した。

「思い出深いこの大阪城ホール。最後と思うと愛おしいものやねぇ。
 せやけどスクールアイドルは限りがあるもの。ここでお別れする皆さん、どうか聞いてくださいな」

 ただでさえ強いのに引退アピールまでしなくてええやろ! と鏡香などは思うが、本人にそのつもりはなく、素直に思うままを話しているのだろう。

 始まったライブもいつものように圧倒的。
 夏の全国のような変化球はなく、壮大にして流麗に響く静佳らしい曲。
 これで四度目だが、飽きたなどとは誰一人思わない。
 既に現実感を取り戻した姫水は、もはや壊される壁もなく、落ち着いて聞き入ることができた。

(あれだけ全力以上の全力を出した私たちでも、やっぱり勝てないな――)
(でも、本当の天才というものを初めて知ることができた)
(できればアキバドームで、この歌声をもう一度聞きたいな)

 引退ブーストも見事にかかり、過去最大の拍手を受けて静佳は退場していく。
 そしてバックダンサーの雪江は、客席に目をやりながら後に続いた。
 同じ学校の生徒に見られている中で、今まで屈辱に耐えてきた。
 それも最後だと思うと、何だか寂しかった。


 同時に舞台袖では、次のグループがげんなりしている。
 よりによって前回トップの直後に前回最下位である。

「何で私たちが羽鳥さんの次やねん! この世には神も仏もないのか!」

 mahoro-paの礼阿はただただ嘆くが、飛鳥は例によってニコニコしている。

「まあまあ礼阿ちゃんー。近所に大神おおみわ神社も飛鳥仏もあるでー」
「誰かが犠牲にならないといけませんしね……。私たちで良かったと思いましょうよ」
「ウフフ……負ける言い訳ができた……」

 万葉と安菜も諦めの境地で、仕方なくステージに出て行く。
 そして今回も、痛々しいキャラ作りが始まった。
 痛々しいと自分たちで分かっていても、これ以外に何もないのだ。

「こんにちはー、明日香村の飛鳥ちゃんやー。
 そしてこの子は古代からの生まれ変わり、小野妹子ちゃん!」
「い、妹子です。よろしくねお姉ちゃん!」

 今回も静まり返る客席……と思いきや、一角から声が上がった。

「ええでー! さすが日本最古の妹キャラ!」
「めっちゃ可愛いで! 妹にしたい!」

 立火と桜夜が手を振って叫んでいる。
 他にもバトルロードを見ていたのか、何人かから声援が届いた。
 勇気づけられた明日香村の四人は、開き直ってキャラ紹介を続ける。

「私は聖徳太子ちゃん! 非実在説が出てるけど、話盛られてただけで実在はしたから!」
「クックック、蘇我馬子ちゃんや。蝦夷と入鹿は何あっさりやられてんねんホンマにも~」

 LakePrincessとのあまりの落差に、逆におかしくなった観客が笑い始めた。
 ライブもネタ曲寄りで、いい箸休めと思ってもらえたようだ。
 予想以上の温かい拍手を浴びながら、mahoro-paは退場していく。

「……これで、飛鳥先輩と礼阿先輩は引退なんですね」

 通路で立ち止まってうつむいたのは、意外にも安菜だった。
 万葉が息をのむ前で、三年生たちは慌てふためく。

「な、なんやしんみりして。安菜らしくない」
「そうやでー。最後に割と好評で、いい終わり方やー」
「私が考えた変なキャラを使ってくれて、本当にありがとうございました。
 ううっ、私の黒歴史が、こんなに大勢の人に受け入れてもらえて……」
「受け入れてもらえたかは少々疑問ですけど。
 とにかく、泣くのは結果が出てからにしましょうよ」
「グスッ、最下位でないといいなあ」

 万葉に慰められている安菜に礼阿が呟く。

「……今回は大丈夫やと思うけどね」

 聖莉守を念頭に、複雑な表情で。


 *   *   *


(残る知り合いは、KEYsだけやな)

 長い観戦になると思っていたのに、立火の眼前で予選はもう大詰めに入る。
 そのKEYsの部長は、舞台袖で待機しながら不利を悟っていた。

 あの合宿で聞いた作戦、『関西バトルロード』で人気が上がっていくWestaを、旬は歯がみしながら見ていた。
 自分たちも頑張っているが、思うように成果が出ない。
 どうしても和歌山以外で知名度が増えない。
 こちらも他県の学校と勝負を……とも考えたが、大阪人のパクリなんてプライドが許さなかった。

 そして午前に見たWestaの衝撃的なライブに、勝てるイメージが頭の中でできない。
 わざわざ部内オーディションまでして、五人の精鋭に絞ったはずなのに。
 自分のしてきたことは、本当に正しかったのだろうか。

「旬ちゃん」

 横からみゆきが、強く手を握ってくる。
 これまで彼女にどれだけ助けられたか。
 今も手を通じて、迷いが吸い取られていく気がした。

「エントリーNo.25、みかんがトレードマークです!
 和歌山県代表、和歌浦女学院『KEYs』!」

 ステージに出ると同時に、オーディションで落とした部員たちが目に入った。
 そして挨拶している最中に、立火と桜夜の姿も。
 あいつらの前で恥ずかしい姿だけは見せられないと、ふつふつと闘志が湧いてくる。

「聞け、紀州の美しき波の音を! 『Wake and Waka』!」

 曲は和ロック。
 激しく踊りながら、みゆきが作った和歌風の歌詞をシャウトする。

『黒潮の 流れる先に 何がある
 私の未来は 逆巻くWave!』

 そして全力を費やした二分間のライブでも、客の反応はWestaに及ばなかった。
 堂々と胸を張って退場し、通路で今度は自分から手を繋ぐ。

「みゆき、私たちのライブは終わりやけど。
 できればこれからも、一緒にいてほしい」

 他のメンバーに聞こえないよう、小声で言ったのに。
 思い切り抱きつかれたものだから、結局バレてしまった。


 *   *   *


「いよいよ残るは、最後のグループとなりました!」

 お姉さんの声を聞きながら、立火は頭の中でそろばんを弾く。
 羽鳥とナンインは仕方ないとして、残り二枠をWesta、Worlds、瑠璃光が争う感じだろうか。
 八咫angelも確かに強豪だが、前回と同じ方向性なら、自分たちが与えたインパクトの方が勝るだろうし……。

「部長」

 と、晴が内心を見透かしたように厳しい声を放った。

「この後のライブを見て、ショックを受けないでください」
「……え?」

 その意図を聞き返す前に、エントリーNo.28の紹介が響く。

「今回も四時間の長旅お疲れさまです!
 和歌山県代表、新宮速玉高校『八咫angel』!」

「熊野の奥山踏み越えて
 八咫烏さんに導かれ
 またまた来ました八咫angel!」

 夏とメンバー構成に変わりはなく、いつもの明るい巫女と思われたが――。



「どういう……ことや……」

 晴の忠告もかいなく、ライブが終わると同時に立火は座席に崩れ落ちていた。
 レベルが違う。
 歌もダンスも、もはやセミプロと言っていいほど鍛えられていた。
 晴が淡々と種明かしをする。

「彼女たちは卒業後、新宮のローカルアイドルとして観光協会に勤めるそうです。
 要は就職先が決まっているので、出席日数が足りた後はもう学校にも行かず、ひたすらレッスンを……」
「なんかズルくない!?」
「しーっ! しーっ!」

 涙目で叫ぶ桜夜を小都子が制止し、夕理が渋い顔で弁護する。

「それでもあのライブは努力の結果です。
 そもそもあの人たちは、陸の孤島というハンデを背負ってきたんです。
 新宮では関西バトルロードなんて、絶対できないんですから」

 確かに東京からの時間的距離が、最も遠い市とも言われる新宮。
 そこで活動して高い人気を得たことだけでも、並大抵の相手ではないと思うべきだった。
 厳しい状況になったが、立火は気を取り直して座り直す。

「どのみち判断するのはお客さんや。あとは潔く審判を待とう!」

 全ライブが終わったステージ上で、お姉さんのアナウンスが流れた。

「これより10分間の投票に入ります。
 公平を期すため、午前のライブをダイジェストでお送りします」

 どうしても午前の印象が薄くなるため、補う意味で毎回流されているのだ。
 前回はWorldsの映像を前にへこむばかりだったが……
 今回はWestaの映像が流れるや、場内から歓声が上がった。

『姫水ちゃーん!』
『つかさちゃーん!』

 つかさはこそばゆい気持ちと、いたたまれない気持ちとの両挟みになる。
 大スクリーンで見る自分の姿に、忘れていた目的を思い出した。

(そういえば、姫水に勝つためにやってたんやった)
(それどころとちゃう状況になったけど……。今は投票しないと)

 まず自分たちに一票入れ、もう一票の投票先に悩む。
 気配を感じてスマホから顔を上げると、姫水が中腰で覗き込んでいた。

「あ、な、何?」
「どこに投票するのかなって思って」
「ああ、うん……あたしは部長さんほど男前にはなれへんし。
 競いそうなとこは無理やな。面白かったし、mahoro-paにしようかな」
「そう。私はLakePrincess」
「あー、そうなんや」
「うん」
「………」
「それじゃ、ね」

 ぎこちないまま、姫水は元の席に戻っていく。
 ふぅと息をついて、つかさは投票ボタンを押した。
 とにもかくにも結果を見届けなければ、自分と姫水の関係も次へ進めない。

 全てを決めるのは、観客の好みという容赦のない基準。
 バトルロードとは比べものにならない票数が、最後の瞬間へ向け蓄積されていく。


 *   *   *


「投票受付が終わりました。各校のメンバーはステージに集合してください」

 とうとう、その時がやってきた。
 神妙な顔で立ち上がる立火に、部員たちも続く。

「晴、菊間先輩。行ってきます」
「私は結果が楽しみですよ」
「負けても死ぬわけとちゃうんや。気楽にね」

 二人の言葉に笑って返してから、ステージへ向けて歩き出す。
 やれるだけのことはやった上に、後輩たちがそれ以上のことを成し遂げてくれた。
 これで駄目なら、もう――。

 皆もそれぞれ祈りながら、部長の後を追う。

(お願い神様。こんなに頑張ったんや、立火を勝たせてあげて)
(お願いします。私はまだ部長を受け継ぎたくなんかない)
(あたしは責められても仕方ない。けど、あたしのせいで皆の夢が絶たれるのだけは勘弁してください……)
(これで負けたらつかさは一生自分を責める。スクールアイドルの精がいるなら、どうか……)

 そして花歩と姫水は、それぞれの片手がぎゅっと握られるのを感じた。
 視線を下に向けると、こんな時でも勇魚は元気に笑っている。
 三人でうなずき合い、もう祈ることもせず、自分たちを信じて審判の場へ向かう。


 ステージに上がると、すぐ近くにWorldsがいた。
 お互いどんな顔をすればいいか分からないまま、立火は満員御礼の客席を見つめる。
 ここで自分の物語は終わるのか、終わらないのか……
 ぼんやり考えていると、いつの間にかお姉さんがマイクを握っていた。

「それでは結果を発表します! 第四位――」
(え、ち、ちょっ)

 前置きなしで言われて慌てる立火の前で、その言葉は発せられた。



「大阪市代表、住之江女子高校『Westa』!」



(――え)


 あまりにも、あっさりと告げられたものだから。
 理解に数瞬かかってしまった。
 考えるより先に動いた桜夜が、叫びながら相方に抱きつく。

「立火ぁぁぁ!」
「よ……」

 あまりのことに息もできない自分を叱咤激励し、立火は全身全霊で声を吐き出した。

「よっしゃああああああ!!」


 部長の叫びに、他の部員たちも静止が解ける。
 花歩と勇魚が、歓喜を爆発させて三年生たちに抱きついた。
 小都子は泣き顔を隠すように顔を覆い。
 客席では晴と菊間がしっかと握手する。

 つかさは喜びよりもただただ安堵して、夕理はそんなつかさに安堵する。
 そして姫水は、少し後ろめたさを感じていた。

(負けたときは何も感じなかったくせに、勝ったときだけ喜びを分かち合おうなんてね)
(でも、この瞬間のために現実を取り戻せたんだと)
(少し厚かましいけど、そう思わせてもらおう――)

 姫水は息を吸って、優等生の演技を投げ捨て思い切り叫ぶ。

「やったんですね、私たち!」
「ああ、やったんや! 姫水もみんなも、ほんまによくここまで――」

 そうやって感情を爆発させる立火たちを、お姉さんが苦笑してたしなめた。

「はーい、そろそろいいかな? 次の発表ができないからね」
「あ、す、すみませんっ!」

 慌てて整列し、びしりと姿勢を正す。
 そのとき桜夜は、立火の頬をつたう一筋の涙に気付いた。
 いつも自分が先に泣くものだから、今まで一度も泣けなかった彼女が……
 初めて見せた表情に、思わず目を奪われていた。



(立火の涙って、こんなに綺麗なんやな――)



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