「続きまして第三位！」
お姉さんの声に、Westaから笑顔が消え緊張が走る。
心情的にはWorldsに勝ってほしいところだが……
そう何もかもが思い通りになるはずもなく、非情な結果が下される。
「和歌山県代表、新宮速玉高校『八咫angel』！」
「いえーい！」
巫女たちがハイタッチする傍らで、立火はヴィクトリアの方を見られない。
その間に次々と結果は発表されていく。
「第二位、大阪市代表、難波大学附属高校『Number ∞』！」
「第一位、滋賀県代表、湖国長浜高校『LakePrincess』！ 四連覇おめでとうございます！」
結局Westa以外は特に番狂わせもなく、順当な結果となった。
手を振る静佳に拍手が降り注ぐ中、全ての順位がスクリーンに現れる。
『第五位 Worlds』
票数はいつも公開されない。
だから四位と五位の間が紙一重だったのか、それなりの差だったのかは誰にも分からない。
彼女たちに同情するのは失礼だが、かといって勝った側が何を言えばよいのだろう。
立火が逡巡していると、反対側から声をかけられた。
「広町、私の完敗や」
「
旬とみゆきが、悔しい表情を隠さず立っていた。
KEYsは12位。
夏からは大幅アップだが、負けたことに変わりはない。
旬は一呼吸置いて、合宿で会ったときの偉そうな顔を作る。
「来年は私の後輩たちがこの無念を晴らす！ 覚悟しとくんやな、大阪人！」
「……ああ！ 私の後輩だって、次も必ず勝つで！」
そしてみゆきは、年下の作詞担当に話しかける。
「花歩ちゃん、ええ歌詞やったよ」
「あ、ありがとうございます！
まだ話題になるほどの歌詞ではないですけど、今後も精進します！」
「あと二年も残ってるんやものね。ちょっと羨ましい。
でもその前に全国大会や。これ食べて、風邪ひかないよう頑張って」
袋に九個入ったみかんを渡された。
わざわざ持ってきたということは、この結果を予想していたのだろう。
大いに恐縮する花歩を微笑ましく見ながら、姫水は何かに気付いたように周囲を見回した。
「あれ、勇魚ちゃんは？」
袖から退場していく人の波をかき分けながら、勇魚は一つのグループを探していた。
舞台の反対側でようやく見つけると同時に、動けなくなる。
Camphoraの赤滝あざみは、部長の胸に顔を埋めて泣きじゃくっていた。
「あ、あの……」
「勇魚ちゃん！ 予選突破おめでとう」
部長の茜が顔を上げ、再確認するように順位表を見る。
結果は23位。学校を救うには程遠い位置だった。
「あ、ありがとうございます。その、千早赤阪高校は……」
「うん……これで廃校決定や」
「う、うちは……」
さんざん綺麗ごとを言っておいて、結局こうなってしまった。
泣き出しそうな一年生に、茜も他の上級生も困ったように笑う。
「もう、せっかく勝ったのになんて顔してるんや。私たちの方が申し訳なくなるで」
「う、うちに何かできることは……」
「……それやったら、覚えておいてや。
私たちの学校のこと。このステージで競い合ったこと。私たちが精一杯やったこと……」
「は、はいっ……！」
仲間に促され、茜は後輩の肩を抱いて退場していく。
結局あざみは泣いたまま、一度もこちらを見てはくれなかった。
勇魚も何も言えず、ただ彼女たちの後ろ姿を、忘れないよう目に焼き付ける。
表彰式はマネージャーも参加できる。
晴が舞台へ急いでいると、瑠璃光の行木が待ち受けていた。
「おめでとう。私たちもあるいはと思ったけど、さすがに甘くはないな」
「それでも奈良県勢としては初の快挙やろ」
晴は嫌味ではなく、純粋に事実として言う。
瑠璃光は六位。奈良のグループが一桁の順位を取るのは初めてだ。
しかも来年は、今のメンバーがそのまま活動する。
「うちの橘が率いるWestaにとって、君らは相当の難敵になると認識している」
「ははは、それは光栄や。奈良のスクールアイドル界を頑張って盛り上げるよ」
楽しそうに笑いながら、白衣の参謀は去っていった。
表彰式を前に、舞台上から人が少なくなっていく。
名残惜しいが、もう頃合いだ。深蘭が皆を促した。
「さ、そろそろおいとましようか」
「そうデスネー」
肩をすくめるヴィクトリアに、もう猶予はないと、立火と夕理が一歩踏み出す。
かえって傷つけるかもしれないが、言わずにはいられなかった。
「複雑かもしれへんけど、アドバイスほんまに助かった」
「私たちが勝ち抜けたのは、ハンセルさんのおかげです」
「ＨＡＨＡＨＡ、本当に複雑デース！
けどまあ、ユーたちが一枚上手だっただけや。いつかイギリスにも遊びに来てや」
「中国にもね」
「は、はい、必ず！」
絶対行く気になった小都子が横から首を突っ込む。
留学生たちは微笑んできびすを返した。
一方、湊はそこまで割り切れなかった。
何で受験を棚上げにして、親に小言を言われてまで部に残ったのだろう。
こんな思いをするためだったのだろうか。
かといってサヤンや後輩たちが泣きそうな前で、自分が先に泣くわけにもいかない。
そんな日本の友人の肩に、深蘭とヴィクトリアはそっと手を置く。
「湊、今まで本当にありがとう」
「せめて今は、グッドルーザーとして去りまショウ」
「うん……」
涙をこらえてWorldsも退場し、舞台上は勝ち残った四校のみとなった。
勇魚が戻り晴も合流したところへ、忌々しげな声が飛ぶ。
「おいおい、何でこんなアホどもが残ってるんや。悪い夢とちゃうか」
鏡香が渋い顔で上ってきた。
勝利の苦さを感じていたWestaには、こういう憎たらしい奴はむしろありがたい。
さっそく桜夜が得意げに胸を張る。
「ふっふーん、恐れ入ったか！ これまでの人をコケにした態度、少しは反省するんやな！」
「はー？ 何を勘違いしてるんや？
私たちは二位でお前らは四位や。上下関係は変わってへんのやで」
「む……」
「いやいや、戎屋こそ何言うてんねん」
反撃された相方に代わり、立火がニヤニヤしながら再攻撃する。
「お前らなんて毎回上位なんやから、今さら何の感動もないやろ。
その点私たちは初の予選突破、夏の惨敗から不死鳥のような大逆転！
これはもう気分的に、私たちの勝ちや言うても過言ではないと……」
「過言すぎるやろ！ どういう理屈やねん！」
「あはは、大阪の人ってマジ
八咫angelの部長、
と、不意に湖畔の風のように、静佳がふわりと歩き出した。
夏は瀬良光に絡まれた彼女が、今度は自分から一人の少女のもとへ。
まっすぐ一直線に――藤上姫水へと近づく姿に、周囲に衝撃が走る。
（関西の女王が、藤上さんに興味を！？）
（もうじき引退する自分の後継者として、あの一年生を指名するのか！？）
（くそっ、やっぱり一流は姫水だけを選ぶってことなんか……？）
つかさまでが一瞬そう考える中、困惑顔の姫水の前で静佳は立ち止まる。
そしていい笑顔で親指を立てると、全然関係ない話を始めた。
「鳥類、いいよね！」
「え、はい……あ！ 神戸戦、見ていただいたんですか？」
「そうそう。いやあ、天王寺のツル舎をああまで語れる子がいるなんてね。
長浜にも野鳥センターがあるから、よかったら来てや。今ならオオワシが見られるから！」
「は、はい。機会がありましたら……」
「ところで魚類は興味ある？ 水生昆虫は？」
「ち、ちょっと静佳！」
皆が唖然としているところへ、惟月が大慌てで舞台に上ってくる。
「ファンの人も見てるんやで！ 湖の歌姫のイメージが崩れる！」
「もう、これくらいええやないの。
私が引退した後は、この子を生物オタクアイドルとして後継者に……」
「そんな後継者はいらないから！」
「はーい、表彰式を始めますよー」
お姉さんの声に、四つのグループは急いで後ろへ並んだ。
最初に呼ばれた立火が前に進み出る。
協会の偉い人が賞状を読み上げるのを、九人とも感無量で聞いていた。
「住之江女子高校『Westa』。
貴殿らは第十四回ラブライブ、関西地区予選において。
四位、という優秀な成績を収め、全国大会出場の資格を得ました。
ここにその栄誉を讃え、これを賞します。おめでとう！」
「ありがとうございます！」
一位はトロフィー、二位には盾があるが、三位と四位はこの紙しかない。
それでも自分たち全員で、死力を尽くして勝ち取った結果だ。
うやうやしく賞状を受け取った立火は、観客席に向けて頭上に掲げる。
大きな拍手を受けながら、深く感謝の一礼をした。
この時間を共有した、全ての人たちへと。
＊ ＊ ＊
ロビーの片隅で、mahoro-paの四人はきょろきょろと周囲を見回していた。
夏に受けた無礼を、当の自分たちが行うわけにはいかないが……
聖莉守の人がどこにもいないのを確認し、礼阿は小さく両手を上げる。
「最下位脱出ばんざーい！」
「いやー、めでたいことやー」
「下から三番目でしたけどね……」
「フフフ、夏のWestaと同じ順位……これは運命……」
安菜の言葉に、礼阿は思わずステージの方角を向く。
Westaの衝撃的なライブも、自分たちの精一杯のライブも、今となっては夢のようだった。
「まさかあの人たちが予選突破とはねえ。えらいとこと対決したもんやな」
「そのWestaといい勝負をした私たち！ クックク、これはもうmahoro-paが全国へ行ったのと同義では？」
「いえ全然いい勝負ではなかったですよね。ダブルスコアで負けましたよね」
「万葉ちゃんのツッコミはいつもシャープやなー」
安菜がライブ直後にしんみりしたせいで、今さらもう湿っぽくはならない。
飛鳥が気楽に出口の方を指さした。
「せっかく大阪来たんや。何かおいしいもの食べて帰ろかー」
「ええっ。クリスマス直前の大阪なんて、リア充の巣窟やないですか。私に居場所はあるんやろか……」
「安菜はイルミネーションでも浴びて浄化された方がええんとちゃう？」
なんて話しながら会場を出ようとすると、楽屋方向への通路前に人だかりができている。
おそらく勝ったグループの出待ち。そして一番前にいる大人たちは親族なのだろう。
自らも親への報告を考えながら、mahoro-paは退出していく。
「広町さん、いつぞやはお世話になりました。娘が泊めていただきまして」
「うちの子ときたら、部長がー部長がーっていつも話してばかりで……」
挨拶する花歩の両親に、立火の父と祖母も気さくに応じた。
「いやいや、花歩ちゃんもほんま礼儀正しくてええ子でしたわ」
「立火の後輩にはもったいないくらいやで」
などと話しながら肉親たちが待っていると、通路から足音が聞こえた。
制服に着替えたWestaが現れ、わっと歓声がわく。
そして小さな体が一直線に走り出した。
「おねえちゃああーーーーん！」
今日ばかりは姫水にもつかさにも目もくれず、まっすぐに姉へと抱き着く。
「おめでとぉぉぉーー！」
「汐里……うん、やったで」
「おねえちゃん、いっぱいがんばってた！」
「うん……そうやね、お姉ちゃんたちは頑張ったんや！」
ようやく喜ぶことを許されたように、勇魚は満面の笑顔で妹を抱きしめた。
その隣では、社会人の姉が妹に抱き着いている。
「つかさぁぁぁーー！ ほんま自慢の妹やーー！」
「ちょっ、お姉ちゃん！ 行動が幼稚園児と変わらへんやん！」
「ううっ。何かに打ち込むことなんて全然なかったつかさが……。
あんなに一生懸命になるなんて、お姉ちゃんはもう……！」
「……まあ、一度くらいはね」
そしてもう一人の主役の母は、娘の笑顔に目を潤ませると、急に後ろを向いて頭を下げ始めた。
「ファンの皆様、娘への応援を本当にありがとうございます！
これからも藤上姫水、藤上姫水をよろしくお願いします！」
「やめてお母さん恥ずかしい！」
そんな光景に笑いながら、桜夜の父も、勇魚の母も、それぞれ子供たちをねぎらった。
父と拳を突き合わせている立火に、祖母は微笑んで四月のことを持ち出す。
「それで、どうなんや立火。まだ部長に向いてへんって思ってるのかい」
「もー婆ちゃん、意地悪言わんでもええやろ。私は、部長をやって良かった！」
そして花歩は祝福されつつも、少し声を落として両親に尋ねた。
「芽生は？ 会わへんかった？」
「さっき会うたで。花歩に気にするなって伝えて言うてた」
「中途半端な順位よりは、いっそこの方がいいって」
「そ、そう……」
28位、聖莉守。
信者の票だけでは足りなかったのか、それとも蛍の転倒への正当な評価か。
最下位という結果は、花歩もかなりショックだった。
それでも優しい妹が気にするなと言うのだから、気にしないようにしよう……。
家族との感動の場面を、晴は第三者的に写真に撮っている。
そして相手のいない小都子と夕理は、端に寄って終わるのを待っていた。
「なんや授業参観で、誰も来てくれなかった時を思い出すねぇ」
「私は最初から来なくていいと思ってましたし……小都子先輩とは違います」
そう答えた夕理の目には、合宿の行き帰りで見知った人が映っていた。
橘家の運転手はつかつかと歩いてくると、喜色満面でお辞儀をする。
「お嬢様、この度はおめでとうございます」
「川畑さん！？ わざわざ来てくれはったん？」
「仕事はいいから見守ってあげてくれと、奥様が」
「も、もう、お母さんったら……」
小都子は喜びながらも、夕理を気遣うような視線を向けるが、微笑んで固辞した夕理はその場を離れた。
もっとも、すぐにその時間は終わった。
桜夜のダンディな父が、親族たちに呼びかけたからだ。
「皆さん、我々は家でいくらでも話せる。今はこのへんでアイドルを解放しましょう」
確かに取り巻いているファンたちが、話が終わるのを今か今かと待っている。
皆も納得し、汐里も母に言われて渋々姉から手を離した。
そして桜夜が白い封筒を持って、仲間たちに駆け寄ってくる。
「みんな、パパがお小遣いくれたで！ 祝勝会は焼肉食べに行こう！」
『おお！』
ありがとうございまーす！ という部員たちの声に、いやいやと手を振る桜夜父。
立火の父も恐縮して話しかけた。
「いやあ木ノ川さん、えらいすんまんへんなぁ」
「こちらこそ。今までもこれからも、娘がお世話になります」
「どうです、父親同士で一杯」
「いいですな」
「そうやな、たまには飲もうかね」
「えっ、婆ちゃんも来るの。元気やなあ」
そうして帰っていく家族たちを、皆は感謝の思いで見送った。
同時に、友達やファンたちがどっと押し寄せてくる。
真っ先につかさの元へ来たのは、もちろん奈々と晶だった。
「つかさぁぁ！ ほんまに凄かった、凄かったよぅ……」
「でも体育館の練習と随分ちゃうかったな。隠し球やったん？」
「あ、あははー！ まあそんな感じ！」
せっかくのめでたい場で夢を壊すのは良くない。
あれが大暴走の結果だというのは、半年くらい黙っておこう……。
奈々はすぐに、姫水を囲んで号泣している１－６生徒の輪にも加わる。
立火と桜夜の前には握手を求める列ができ、花歩と勇魚も友達にもみくちゃにされた。
大勢に祝福される小都子の隣で、忍が涙をぬぐっている。
そしてこの状況でもやはり、夕理はぽつんと立っていた。
箱推しのファンがちらちらと見てくるが、話しかける勇気はないようだ。
（クラスメイトのあの子たちは――さすがに出待ちまで期待するのは厚かましすぎやな）
これも自分の性格が招いた結果だ。誰のせいでもない。
幸せな仲間たちの姿だけで満足しようと眺めていると。
その仲間たちが急に、ほっと安心したような視線を向ける。何事かと思えば……
「天名さん」
もうずっと昔のような、夏休み以来の声。
振り向いた先にいた和歌山の彼女は、今はもう脅えてはいなかった。
「玉津さん……」
「予選突破、おめでとう」
「あ、ありがとう……。偉そうに聞こえるかもやけど、KEYsも十分健闘したと思う」
「うん……私はそのステージにも上がれやんかったけどね」
しまった、という顔の夕理を制するように、柚は穏やかに笑う。
「部内オーディションで落ちたときは、正直悔しかった。
でも、悔しがってる自分に少し驚いたんや。
全然変われないと思ってた私も、多少は変われてるのかなって」
「そ、そう！ その気持ちがあれば、次はきっと大丈夫や」
「うん……来年こそは、あなたと同じステージに立ちたい」
まっすぐにその相手を見た柚は、夕理の一番聞きたい言葉を口にしてくれた。
「そやから、私はスクールアイドルをやめない。
今日あなたたちが見せてくれた素晴らしいライブに、少しでも近づきたいから」
「玉津さん……！」
「来年の夏も、ここで会ってくれる？」
「うん、必ず。私もスクールアイドルを続ける。お互いここで、胸を張って会えるように！」
慣れない手つきで握手を交わす。
相変わらず、上手く人と関われない二人だけど。
あと四回、ラブライブでの再会を励みに、きっと走っていけるはずだ。
「……さて、帰ろっか」
遠巻きに見ていた光は、急に出口へと歩き出した。
同じ部の一年生ふたりが、慌てて追いかける。
「Westaの人と話さなくてええの？」
「んー、悔しいから今はいいや。
まっ、これで一勝一敗じゃけん！ 勝負はまだまだこれから！」
天才少女のその言葉に、友人たちは強くうなずき合った。
「そうやな、Golden Flagを一夏だけの花火になんかさせへん」
「光ちゃん、来年は新入部員集め頑張ろう！」
「うんっ！」
巡り来る季節を楽しみにしながら、光もスクールアイドルを続けていく。
最後に一度だけ、ライバルの方を振り返った。
（おめでとうWesta。全国大会、楽しんできてね！）
＊ ＊ ＊
ホールから出ると同時に、晴が部長に報告する。
「鶴橋の焼肉屋を予約しました」
「おっ、さすが仕事が早い。そういや、菊間先輩はどこ行ったんや？」
陽が沈んだ中をきょろきょろと探すが、見当たらない。
まだ人の多い大阪城公園で、去年は黄昏れていた石垣を通り過ぎる。
駅まで行くと、ＯＧはその中にいた。
「よっ、お疲れさん」
手を上げる菊間の隣には伊達が。
立火たちの姿を見るや、ぼろぼろと涙をこぼして鼻をすすりあげる。
「な、なんやお前ら、見事にやり遂げたやないか。この、アホンダラァ……！」
「あははは。伊達先輩、嬉しいときは涙もろかったんや～」
「やかましいわ桜夜！ こ、これは心の汗や！」
怒鳴る伊達の声も、今はどこか心地よく感じる。
笑っていた菊間が、もう一度手を上げた。
「ちょっと電車乗るのは待ってや。今トイレに行って……あ、戻ってきた」
「おっ、みんな久しぶりやな」
立火の目が見開かれる。
長いポニーテールを揺らして歩いてくる、快活そうな女性。
言葉の出ない中、先に声を上げたのは桜夜と小都子だった。
「泉先輩！」
「わざわざ福岡からこちらへ！？」
「もうすぐ大学も冬休みやからな。早めに切り上げてきたんや。一年生は初めまして！」
『は、初めまして～！』
この人が噂に聞く前部長……。
普段なら駆け寄って喋りまくる勇魚だが、今は空気を読んだ。
見つめ合う泉と立火の間にある、立ち入れない何かに気付いたから。
「立火、ほんまにありがとう。私との約束、見事に果たしてくれたな」
「い、いえ、私は何も……。部員たちが頑張ってくれたおかげで……」
「はは、そう謙遜しなくてもええやろ。
……正直、重い使命を背負わせすぎたかと、後悔したこともあったんやけどな」
「そんなんちゃいます！ あの約束があってこそ、私は走り続けてこられたんや！
それに私がライブであれだけ動けたのは、先輩が鍛えてくれたからやないですか！」
「立火……」
感極まって後輩の肩に手を置く泉に、立火は嬉しそうにはにかんだ。
花歩は思わず凝視してしまう。
（わ……部長って、先輩の前ではあんな顔するんや）
せっかくだからと脳内アルバムに保存していると、泉の目が真剣なものに変わる。
「せやけど、立火と桜夜は犠牲にしたものも大きい。
私にせめて、その埋め合わせをさせてもらえへんやろか」
「それって……」
「大学の冬休みが終わるまで、私とひたすら勉強会や！」
「おお！ めっちゃ助かります！」
受験生にクリスマスも正月もない。
立火が心から感謝する一方で、桜夜は引きつった笑みを浮かべた。
「う、うわーい。嬉しいなー……」
「ええい、なんや桜夜。その気のない返事は！」
「ははは、桜夜は相変わらずやな。
ま、晴のコーチほどの効果はないかもしれへんけどな」
「さすがに現役大学生にはかないませんよ。先輩たちのこと、よろしくお願いします」
晴は微笑む一方で、祝勝会の人数が増えるのか気になっている。
が、ＯＧたちは参加する気はないらしく、用を済ませた泉は身を翻した。
「ほな、立火には後で連絡する。改めて、みんなおめでとう！」
『ありがとうございます！』
伊達と菊間も、最後に一言残して泉に続く。
「全国大会、気い抜くんやないで。東京モンに浪花の根性を見せたれ！」
「ここから先はWestaには未踏の領域や。面白そうやねぇ」
手を振る後輩たちに見送られ、ＯＧは内回りのホームへ降りていく。
三人で梅田にでも行くのだろう。
「全国大会、かあ……」
あまりピンとこない顔で桜夜が呟く。
大なり小なり、他の部員も同じようなものだった。
地区予選だけを目標に、全身全霊で打ち込んできたのだから。それが終わった今、この先はモヤがかかったように曖昧だ。
そんな気持ちを吹き飛ばすように、立火は手を打ち鳴らす。
「ま、全国のことは来週考えよう。今はそれより焼肉や！」
「はいっ！ うちお腹ペコペコです！」
嬉々とした勇魚を先頭に、皆は外回りのホームへ降りる。
小都子が笑いながら、つかさの背中を軽く叩いた。
「つかさちゃんはＭＶＰなんやから、いっぱい食べるんやで」
「も、もう、やめてくださいって。ほら、これは九人全員が力を合わせた結果で」
「あはは、らしくないこと言うてる～」
（ねえ、つかさ……）
姫水も話しかけようとしたが、自分のお腹が鳴る音に気付いた。
（やっぱり、お肉を食べてからにしよう）
苦笑してそう考える。今なら味も分かるだろうから。
ホームに電車が到着する。
戦いを終えた九人は、祝勝会場行きの車両に乗り込んでいった。
かくして、Westaは最大の目標を達成した。
今年度の活動はここでは終わらず、もう少しだけ続くことになる。
少女たちの関係性も、これより収束へと向かう。
＜第29話・終＞