翌日の日曜日。外は静かに雨が降る。
勉強している三年生以外は、皆ゆっくりと休んでいるのだろう。
(せやけど私に休息は必要ないで!)
過去の全国大会の動画を開き、天名夕理は研究を始めた。
関西代表に相応しい曲を、必ず作るのだと意気込んでいる最中……。
(あれ、藤上さん?)
昼前に、姫水からメッセージが届いた。
今は正直、あまり見たくない名前である。
勝手につかさとイチャついてればええやろ……と愚痴りながら本文を読むと。
『休みの日にごめんなさい。つかさと連絡が取れないの。
天名さんは何か知らない?』
(!?)
夕理も連絡を試みるが、メッセージも電話も応答がない。
仕方なく傘を差して、どんよりした冬空の下を歩き出した。
(つかさと藤上さんの間に、私が入る隙なんてもうないと思ってたけど)
(近くに住んでるってだけでこうなるんやな……複雑やなあ)
「つかさなら寝てるでー」
「あ、そ、そうですか」
彩谷家で出迎えた姉の言葉に、夕理は思わず拍子抜けする。
しかし年上の彼女の目は、普段にもまして優しかった。
「昨日も早めに寝て、それからずっと熟睡や。よほど疲れてたんやろねえ」
「そうですね……全身全霊、全てのエネルギーを使い果たしたんやと思います」
「あの子があそこまで一生懸命になれたの、夕理ちゃんのおかげなんやろ? ほんま、ありがとうね」
「い、いえ! 私は、何も……つかさが頑張っただけで」
「これからも、つかさと仲良くしてあげてや」
「は、はい……」
返事はしたものの、そう簡単な話ではないのだけれど。
何となく胸が暖かくなって、夕理は雨の中を再び歩き出した。
早く帰って姫水に教えよう。
結局つかさが目を覚ましたのは、夕方近くになってからだった。
電源を切っていたスマホには、溜まっている大量の連絡。慌てて一つずつ返していく。
コートを着て階下に降りると、姉と鉢合わせした。
「おはよ、昼前に夕理ちゃん来てたで」
「うん、姫水から聞いた。ちょっと出かけてくるから、夕ご飯いらないってお母さんに言うといて」
「え、雨降ってるのにどこ行くん?」
「バイトしてたとこ。結果が出たら報告するって約束してたんや」
いつもの通学電車で、久しぶりの串カツ屋へ向かっていく。
しとしと雨を見上げながら、明後日にはホワイトクリスマスにならへんかな、なんて思う。
まあ、大阪で雪なんて滅多にないのだけれど。
「ごちそうさまでしたー! またいつか!」
おばさんもおじさんも大喜びで、たらふく串カツをごちそうしてくれた。
本当に良いバイト先だし、財布のことを考えても復帰したい気持ちはあるけど……。
駅へ戻りながら、夕理からの宿題を考える。
(考えたくないけど、もし姫水が四月に東京へ戻ったら)
(ますますもって、あたしが部に残る理由はなくなる)
(でも三年生と姫水が抜けたら、来年のWestaはどうなるんや)
(その上にあたしまで辞めたら、小都子先輩は……)
「っくし!」
ちょっと嫌なくしゃみだった。
喉にも痛みを感じて、背中を冷や汗が落ちる。
(ええ~!? ちょっと外出ただけなのに……)
(どんだけ抵抗力落ちてるんや!)
「おかーさん! 風邪薬どこ!?」
「なんや、風邪引いたん?」
「まだ引きかけや! すぐに治す!」
家に帰るなり薬を飲み、軽くシャワーを浴びて寝る準備をする。
父が心配そうに声をかけてきた。
「明日はお祝いを兼ねて外食でもと思ったんやけど、あかんか?」
「ご、ごめん。明後日にどうしても外せない理由があるんや。また今度!」
「しゃあないな、お大事に」
部屋に戻り、ふと思い出して、バッグからみかんを取り出した。
花歩から配られたKEYsの贈り物。
こんなことなら出かける前に食べていけば良かったけれど。
今さらビタミンCを補給して、頭から布団をかぶる。
(くっそー! 意地でも明日中に治してやる!)
(それで明後日は姫水と過ごすんや!)
(姫水とクリスマス……姫水とイルミネーション……)
* * *
(つかさちゃん、大丈夫かなあ)
翌日、24日。
荘厳な聖堂の中で、聖歌を聞きながら花歩は心配する。
今朝会った姫水が「大丈夫かしら? 大丈夫かしら?」とオロオロしていたのは、いいものを見せてもらったけれど。
(その姫水ちゃんは今は病院……いい結果が出るといいなあ)
(っと、いけない、聖歌に集中しないと)
集中できないのには理由がある。
今日も音痴の蛍が入っていて、全体の質を落としていたからだ。
『最後くらいはあの無能を外して、和音さまと凉世さまの美声を聞かせてくれるのでは?』という、ファンの期待はあっさり打ち砕かれた。
空気など一切読まず、聖莉守はどこまでも清廉だった。
いまいち盛り上がらない拍手の中、挨拶を終えた和音と凉世の目が花歩へと向いた。
芽生に案内されてまっすぐ歩いてくる。
「おおおお疲れさまですっ!」
慌てて立ち上がる花歩に、和音の聖女の笑みはどこか寂しそうだった。
「来ていただいてありがとうございます。少しお時間よろしいですか?」
「も、もちろんです! 私の方こそ、お二人にお話がありまして」
「あら、それやったら花歩さんからどうぞ」
促され、深呼吸してから立火の言葉を伝える。
『お前たちは最後まで信じる道を貫いたんや。堂々としてたらええやろ』
和音は心底嬉しそうに、凉世は嬉しそうではあるけど少し苦笑していた。
「広町さんにも心配させてしまったみたいやな」
「いえいえ、一切ぶれなかったのは私もすごいと思います。
あの、そちらのご用というのは……」
「ああ。橘さんに言うべきかもしれへんけど、私の愚妹のことや」
他校の一年生に向けて、騎士と聖女は深々と頭を下げた。
絶句する花歩の耳に、悲痛な願いが届く。
「熱季のこと、どうかよろしく頼む」
「無力な私たちでは、彼女を救うことはできませんでした。我ながら情けない話ですが……」
「か、顔を上げてくださいっ! 誰でも向き不向きはあるんです、仕方ないやないですか!
小都子先輩は楽しみにしてるって言うてましたし、勇魚ちゃんは大歓迎ですし、それに……」
熱季にはムカついたり言い合ったりしたこともあったけど、それは棚に上げる。
精一杯の勢いで、花歩はどんと胸を叩いた。
「私、こう見えてもWestaで一番気難しい子と友達になれたんですよ。せやから絶対大丈夫です!」
(花歩……)
芽生の目の前で、姉は一回り大きくなって見えた。
三年生たちもほっと安心する前で、その妹に花歩は尋ねる。
「ところで熱季ちゃんは?」
「今日は来てへんよ。ミサとか大の苦手やから」
「まったく、あの妹はいつもいつも……」
額を抑える凉世に、和音はくすくすと笑う。
用件は終わり、少し明るくなった顔で、和音はお別れを口にした。
「それでは、花歩さん。私たちは引退ですが、貴方はあと二年頑張ってくださいね」
「はいっ、ほんまにお疲れさまでした。聖莉守のライブ、大好きでした! あ……」
花歩の口が思わず空いたままになる。
いつの間にいたのか、紫之宮蛍が近くで話の終わりを待っていた。
「蛍ちゃん……」
それしか言えない花歩に、蛍は黙ってお辞儀をするが、目的は花歩ではないようだ。
「凉世さま。二人でお話をさせていただけませんか」
「え、私? 構わへんけど。では花歩さん、広町さんと木ノ川さんにもよろしく」
最後に手を振って、凉世は蛍と去り、和音はファンのところへ戻っていった。
それを見送りながら、五月にこの学校へ、ライブを見に来たことを思い出す。
あのときは世俗離れした人たちに思えたけれど、今は悩みも悲しみもする、普通の高校生に見えた。
聖堂を出て、芽生が校舎の方を指し示す。
「ちょっと校内回ってみる? 結構クリスマスの飾りつけもされてるで」
「おっ、さすがはミッションスクールや。行く行く」
「凉世さま、私を殴ってください。あなたにはその権利があります」
聖堂の裏で、思いつめた顔の蛍は至って真面目なのだろうけど。
言われた凉世の方は、『お前は何を言うてるんや』と思わざるを得ない。
「暴力を振るったからと熱季を叱った私が、自分で暴力を振るえるわけがないやろ」
「ですが! 私のせいで、仲のよろしかった姉妹があんなことに……」
「誰も悪くはなかった。いや熱季は少し悪かったが、全ては仕方のないことや」
凉世は冬の空を見上げ、三年間の活動を振り返る。
「最後に最下位でむしろ足跡を残せた。
スクールアイドルとはどう在るべきか、ネットでも議論が続いている。
中途半端な順位で終わるくらいなら、この方が和音に相応しいのかもしれない」
「そう……なのでしょうか……」
「しかし蛍、お前にはこれからも試練が続く」
副部長の厳しい目に、蛍は思わず息をのむ。
「今回こそ議論にもなったが、二度、三度と同じようなライブをすれば、見る側は白けていく。
いずれは話題にもしなくなるやろ。
そうなったとしても、私も和音も何もしてはやれへんのや」
「はい……自力で何とかしてみます。私は決して、ステージを諦めません」
「そうか。信じる道を貫けばいい」
話を終え、凉世と蛍は聖堂へ戻っていく。
蛍の試練は、聖莉守の試練でもある。
受け継ぐ後輩たちは、どんな聖莉守を見せてくれるのだろう――。
「私は必ず、蛍を上達させる」
チャリティーバザーを物色しながら、芽生はそう言い切った。
「理念はともかく、現実的にはそれしか救われる道はないんや。
どれだけあの子に才能がなかろうと、私の知恵を尽くして何とかする」
「おお、珍しく芽生が燃えている!」
眼鏡を光らせる妹に、花歩はちょっと感動しつつも、正直な気持ちを言う。
「それはいいけど、私としては早よ芽生のライブも見たいんやけどね」
「そっちもしっかり準備はしてるから、もうしばらく待って。
まあ、全国レベルのお姉様には逆立ちしても勝たれへんとは思うけど」
「も、もう、やめてや! 私個人は全国に程遠いことくらい、自分で分かってるってば」
「冗談冗談。あ、花歩ってこういうの好きやろ」
芽生が手に取ったのは、ガラスでできたスノーマンだ。
雪だるま好きの姉の顔がほころぶのを見て、レジへ持って行った妹は、包んでもらったそれを手渡す。
「はい。クリスマスプレゼント兼、予選突破のお祝い」
「え、なんか悪いなあ。ありがとね芽生」
「全国大会、頑張って。テレビで日本中に放送されるんやから」
「そうやったん!? なんかえらいことになってきたで……。
まあ、まだ先の話や。今日のところはクリスマスイブ! 芽生にも何かプレゼントするね」
「うん、ありがとう」
バザーの品をあれこれ選びながら、双子の聖なる日は過ぎていく。
一つの戦いを終えたWestaは、この後も延々と戦いが続くけれど。
勝ち負けにこだわらないこの学校で、今だけ安息に浸らせてもらおう。
* * *
「ったく、医者のくせにはっきりしないわねえ」
「仕方ないわよ。そういう病気だもの」
待合室で会計を待ちながら、母に答える姫水も正直もどかしかった。
『おそらく良い方向へは向かっている』
『このまま二週間再発しなければ、寛解と言っていい』
『ただしその後も、絶対に再発しないとは断言できない』
そう言われて少しがっかりしたのは事実だが、良い方向ではあるのだ。
つかさがそちらへ引っ張ってくれたのだと、前向きに考えよう。
「とりあえず医学的なことはともかく、私は治ったと思っておく」
「そうねえ。再発に脅えながら生きるよりは、その方が精神的にいいのかもね」
「うん……それにもう、時間がないもの」
悠長に二週間も待つ余裕はないのだ。
女優に戻るなら、四月に東京へ転校するなら、もう手続き的に待ったなしである。
結論は既に出ていた。
予選が終わってから何度も自問し、昨日は勇魚とも話し合った。
目を閉じて思い出す。
ステージの上で全力を尽くし、そして得られた拍手と喝采。
一昨日だけでなく、今年行った全てのライブに、今さらながら実感が持てた。
でも、それより前。カメラの前での演技や、視聴者からの反応は、まだ少し遠いままだ。だから――
「……ねえ、お母さん」
「ん?」
待合室の白い壁の中で、姫水は自分の人生を選択した。
「私、役者のお仕事を続けたい。
今度こそきちんと、演じることに向き合いたいの。
東京に戻る手続き、してもらってもいい……?」
「でっしょおおぉぉぉーー!?」
返ってきた反応は、喜色満面のドヤ顔だった。
「ほーら、だから言ったじゃない。いつかお母さんに感謝するって!
ようやく姫水も分かってくれたのねえ。私の言う通りにしてれば間違いないのよ」
「………」
ものすごくイラっとした。
でも、今まで他人みたいだったこの人に、そう感じられるだけでも進歩なのだろう。
演技など一切なく、心からジト目を向ける。
「言っておくけど、私と勇魚ちゃんを引き離した恨み。まだ忘れてないからね?」
「え! い、いやほら、そのおかげで女優になれたわけで……」
「小学生の間は大した成果もなかったじゃない。もっと他にやりようがあった! でも、まあ……」
恨み言は引っ込めて、娘が浮かべたのはいたずらっぽい笑顔だった。
「確かに素敵な世界を紹介してくれたんだから、それでプラマイゼロかな?」
まるで普通の母娘みたいに、デパートのおもちゃ売り場へ行く。
汐里へのプレゼントを買うためだが、母は何だか浮かない顔だ。
「気のせいかもしれないけど、汐里ちゃんって私のこと嫌ってない?」
「昔のお母さんが勇魚ちゃんに冷たかったこと、バレてるんじゃないの?」
「あ、あれは私も反省して……ちょっと姫水、余計なこと話してないでしょうね!?」
「さあ、どうかしらねー」
さらにワインとケーキも買い込んで、夜になったら佐々木家へ。
さっそく笑顔の姉妹が出迎えてくれた。
「姫ちゃん、メリークリスマス!」
「めりーくりすますー!」
「二人とも、メリークリスマス。はい汐里ちゃん、気に入ってくれるといいんだけど」
「プレゼントや! ひめちゃん、ありがとー!」
「買ってくれたのはお母さんだから、一応お礼言ってあげてね」
「……ありがと、おばちゃん」
「いえいえ、大事なご近所ですもの。おほほ」
「ささ、姫ちゃんもおばちゃんも、どうぞどうぞ!」
勇魚の方は一切含むことなく好意を向けてくれて、どうにも気がとがめる姫水母である。
居間へ行くと、佐々木夫妻がテーブルに料理を並べていた。
「いらっしゃい! いやあ、一緒にクリスマスなんて何年ぶりやろねえ」
「汐里が産まれる前やから……七年ぶり?」
「そ、そうですね。すみません、お料理は任せてしまって」
「いえいえ、ケーキとワインおおきにね。ケーキは冷蔵庫しまっとこか」
大人たちが話している間に、包みを開けた汐里が、プリキュアやー!と歓喜の声を上げている。
お礼と笑顔が行き交う中、両家のクリスマスイブは始まった。
「……そう、四月にはまた東京へ。せっかく再会できたのに、寂しなるなぁ」
勇魚父の残念そうな声に、姫水もつい決心が揺らいでしまう。
こんなことでは駄目だ。
Westaの皆にもこのことを告げるのだから。しっかりしないと……。
そして幼い汐里は、事態が理解できずに戸惑っていた。
「え、ひめちゃん、ひっこしてまうん?」
「そうなの。ごめんね汐里ちゃん、お手紙書くからね」
「そんなあ……」
「汐里、姫ちゃんは大事な未来のために行くんやで。うちらは精一杯応援せなあかん」
事前に相談されていた勇魚は、このときばかりは姉らしい威厳を見せる。
「それに、うちも卒業したら東京行くんや! 姫ちゃんに寂しい思いは――
って、あ。それやとうちも、汐里と離ればなれに……」
「おねーちゃん!?」
そこまで気が回っていなかった。
今さら気付いた勇魚の体が、妹の手でがくがくと揺すられる。
それはもう、姫水の話のときとは比ではない勢いで。
「どういうこと!? おねーちゃんもいなくなるん!?」
「で、でもその頃は汐里も八歳なんやから! きっといっぱい友達もできて」
「いややー! おねーちゃんのあほー!」
大騒ぎの幼稚園児に、姫水も困り笑いで取りなすしかなかった。
「たとえ八歳でも、大事な人と離れるのは辛いことよ。そんな残酷なことを、私は勇魚ちゃんにさせたくない」
(娘から私に対する当てつけを感じる……)
「まだ二年もあるんだもの。ゆっくり考えた方がいいわよ」
「そ、そうやね。汐里、急に変なこと言うてごめんね」
「うう……ひめちゃんにはつーちゃんがいるんやからええやん!」
子供心にも先日のライブで、二人のセンターは印象に残ったのだろう。
姫水の困り笑いは拡大し、母親たちは盛り上がる。
「あの子、ほんまに姫水ちゃんのこと好きなんやねえ。見てるこっちにも伝わってきたで」
「まあ、その……はい」
「それにしても迫真の演技力だったわね。役者に興味があるなら事務所を紹介してあげたら?」
「つかさのあれは全然演技じゃないから……」
再び賑やかになったパーティで、チキンやポテトが胃の中に消えていく。
そしてケーキも平らげ、夜もすっかり更けた頃……。
「私には姫水しかいないんですよおおおおお!」
自分が持ってきたワインで、姫水の母はぐでんぐでんに酔っていた。
「娘だけが生きがいで……ぐすっ……私には他に何もなくて……」
「藤上さん、そういうのあかんと思うで。完全に娘に依存してるやないか」
「姫水ちゃんももう大きいんやから。もっと自分の趣味を見つけなあかんよ」
勇魚の両親にばっさりと斬られる。
大阪人は歯にきぬ着せなさすぎる! と普段なら毒づいたであろう母は、今は酒のせいか弱々しかった。
「でも私、ママ友も全然いなくて……東京でも大阪でも一人で……」
「何言うてるの、私たちは長い付き合いやないの。ずっとお友達やと思ってるで」
「さ、佐々木さぁん、私みたいな嫌な女を……うわあああん!」
母親が勇魚の母に抱きついて泣き出す光景に、姫水は頭を抱えたくなった。
勇魚と汐里に向ける笑顔も引きつらざるを得ない。
「私たちは部屋に戻りましょうか。汐里ちゃんにはあまり見せたくないし」
「え、なんで? お母ちゃん同士が仲良くなったんやで、ええことやん!」
「それはそうなんだけど、もう少し年相応の振る舞いを……汐里ちゃん、一緒にトランプやらない?」
「やるー!」
食器を片づけ、子供部屋で楽しいトランプが始まった。
もっともそれも、一時間ほどして汐里がうつらうつらし始める。
「汐里、そろそろおねむ?」
「うう……もっとひめちゃんとトランプしたい……」
「良い子は早く寝ないと、サンタさんが来てくれないわよ」
「! うち、もうねる!」
汐里は布団に入り、あっという間に寝息が聞こえてきた。
ブラインドで仕切られた部屋のこちら側で、二人の幼なじみが小声で話す。
「何だか昔を思い出すわね」
「うちらはサンタさんに会うんやって、こっそり起きてようとしたもんね。結局寝てもうたけど!」
「あまり良い子じゃなかったわね」
二人でくすくすと笑い合う。
病気が治ったことと関係なく、いつも現実として存在している女の子。
永遠に変わらないとは思っているけれど。
先ほどの母を思い出して、ぽつりと呟く。
「私たちは、どんな大人になるのかな……」
「なりたい大人になるんや。姫ちゃんは今日、そのために一歩踏み出したやん!」
「うん……そうね。……つかさは、将来のこととか考えてるのかな」
「普通のOLって言うてたって、前に花ちゃんに聞いたで。
でもつーちゃん器用やから、何にでもなれそう!」
「それは逆に迷うかもしれないけどね」
布団に寝転がって手を繋ぎながら。
もうサンタは要らない悪い子たちは、そんな風に友達のことを話して、クリスマスイブを夜更かししていった。
の、だけれど――
「わーい!」
翌朝、靴下の上の箱に大喜びしている汐里の隣で、姫水と勇魚は驚いていた。
自分たちの枕元にも、プレゼントが置かれていたのだから。
「汐里汐里! おねーちゃんももらえたで!」
「うんっ。おねーちゃんもひめちゃんもいいこー!」
「わ、わーい、嬉しいな。でも高校生にもなって……」
少しの苦笑が向けられた先で、勇魚の両親は楽しそうに、姫水の母は照れくさそうにしている。
「予選を突破したから、サンタさんも奮発してくれたんとちゃう?」
勇魚の母の言葉に、姫水も素直に受け取ることにした。
汐里の目の前とあって、贈り主の名前を出すわけにはいかなかったけれど。
「――ありがとう、サンタさん」