「うわ、えらいことになってるやないか」
登校した立火の遠目にも、校門で待ち構える生徒の大群が見て取れた。
勝利を改めて実感し、高揚した気持ちで歩いていく。
すぐに先方もこちらに気づき、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「立火先輩や!」
「うおおおお! おめでとうございますぅぅぅ!」
「ちょっと待った、ストーーップ!」
喧噪に負けない厳しい声で、周りを制止したのは生徒会長だった。
住女生たちが固まっている間に、立火の前に出てお辞儀をする。
「予選突破おめでとうございます! 垂れ幕は今発注しているので、年明けまで待ってください」
「え、『祝・全国出場』みたいなアレ? そこまでしてもらえるなんて光栄やなあ」
「うちの学校では六年ぶりらしいですよ」
「へえ、六年前はどの部やったん?」
「卓球部に強い人がいて……って雑談してる場合とちゃいますね。はい、生徒会の用件は終わり!」
「立火先輩、握手してください!」
「お祝いの差し入れです! 食べてください!」
「押さない押さない!」
結局は忍が列を整理して、何とか祝福の嵐をさばいていく。
そうこうしている間に桜夜まで登校してきて、騒ぎは一段と大きくなった。
「おおお! イケメンと美少女で眼福やあー!」
「新聞部です! お二人のツーショットをお願いします!」
「うちの学校、新聞部ってあったっけ?」
「ずっとサボってましたが、せっかくなので復活しようかと……」
「調子ええなあ。可愛く撮ってね!」
笑い合った立火と桜夜は、ピースして無数の写真に収まる。
廊下を歩けば教師に祝われ、教室に入れば友人たちに祝われ。
人生でここまで賑やかなことは、もうないのではと思うくらい。行く先々でお祭り騒ぎは続いた。
姫水もおめでとう攻勢を浴びながら、何とか隙を見て五組を覗きにいった。
が、つかさの姿はどこにもない。
うつすと悪いから見舞いにも来るなと言われたので、丸一日以上会ってない。
メッセージでは治ったと言っていたが……。
「うわ、藤上さん! うううちのクラスに何か?」
「驚かせてごめんなさい。つかさはまだ来てないの?」
「そういやいてへんな。晶ー! 何か知らないー!?」
「念のため一秒でも長く寝とく言うてたから、ギリギリに来るんとちゃうかな」
「ふふ、つかさらしいわね。どうもありがとう」
仕方ない、終業式の後に話そう。
六組に戻ると、既にクラスの全員が揃っていた。
ごく自然に教壇の前に立つ姫水に、皆は期待の目を向ける。
(おっ、藤上さん? なんやなんや?)
(ここで勝利のスピーチでも?)
が、すぐに表情は不安なものに変わっていった。
姫水にあるのは勝利の喜びではなく、もっと沈痛なものだったから。
「一年六組の皆さん。――私はあなたたちに謝らないといけません」
夕理の方は、最初のうちは普段と変わらなかった。
何か言いたそうなクラスメイトたちも、遠巻きにするだけで何も言わない。
だが口火を切ってくれたのは、やはりあの二人だった。
「あ、天名さんっ! 予選突破、ほんまにおめでとう!」
「練習で聞いた以上に最高の曲やった!」
「あ、う、うん、ありがとう」
ぎこちないながらも、夕理は話を続ける意志はある。
少しおこがましいが、祝われることも予想して返事を考えてきたのだ。例えば全国大会に向けての抱負とか……。
が、それを口にする前に、他のクラスメイトが雪崩を打って話しかけてきた。
「すごかったねー! あのセンター二人の決闘!」
「全国大会もめっちゃ楽しみや!」
「え、あの、うん、がんばる」
今まで交流のなかった反動か、急に雨のように降ってくる声に、結局そんな返事しかできない夕理である。
喧噪は隣の三組にも届いて、花歩と勇魚を安心させた。
もちろんこのクラスでも、Westaの話で持ちきりだ。
「一年生がセンターなんて、どうなるかと思ったけど……」
「蓋を開けたら大当たりやったね! さすが勇魚ちゃんの幼なじみ!」
「そうやろー!? 姫ちゃんとつーちゃんはすごいんや! ね、花ちゃん!」
「うん――ほんまにね」
浮かれまくっている空気の中で、花歩は明るく笑う。
終業式でも校長から誉められ、壇上に上がった立火に盛大な拍手が送られた。
晶の予想通りギリギリに来ていたつかさが、式も終わって教室に戻ろうとすると。
体育館を出るところで、二人の二年生に呼び止められた。
「つかさちゃん。地区予選、言葉にならないくらい最高やった」
「私なんて思わず感動して泣いちゃって……。ここまで成長するなんてね」
「いやあ、恐縮っす。あれ、もしかして……」
どこかで見覚えのある顔に、つかさは記憶を引っ張り出す。
「確か、ファーストライブでご声援いただきましたよね」
「覚えててくれたん!?」
「私たち、あの時からずっとつかさちゃん推しやねん!」
「あ、あはは。どうも、ありがとうございます」
認知されたことに感激して、先輩たちは今後も応援すると誓ってくれた。
こういうことがあると、退部騒動で辞めなくてよかったとつくづく思う。
そしてこれからの部活についても、つかさはもう決めていた。
教室棟に戻ると、今度は奈々が待ち構えていた。
何やら暗い顔をしている。
「どうかした? 風邪は気合いで治したから、今日のクリスマス会は大丈夫やで」
「……朝に藤上さんから、六組のみんなに話があったんや」
「あ……そうやったん」
四月に東京へ戻るというのは、昨晩に部の皆にも第一報があった。
詳しくは部活で話すということだけれど。
「あたしだって、あと三ヶ月で離れ離れなのはショックや……。
でも薄々予想はしてたやろ。今の時代、ネットでも何でも繋がれるやないか」
「うん、それもあるけど。
……藤上さん、私たちに現実感がなかったって。今まで見せていた姿は、全部演技やったって」
「あ、そっちもか。まあ今にして思えば、姫水に悪気はなかったんやから」
「そうやね……もちろん六組の誰も、それで嫌ったりはせえへんで。
私たちは一人残らず、藤上さんのことが大好きや」
「そ、そっかー」
聞かされたとき激怒してしまったつかさは少々気まずい。
結局、その件はどうなったのだろう。
祝勝会の態度が演技のわけがないから、壁を壊せたのだと思いたいけど……なんて考えていると。
「それにしても離人症なんて病気、初めて聞いたで。つかさは知ってた?」
奈々の何気ない言葉に、つかさの顔色が変わっていく。
* * *
「姫水!」
矢のように飛んできたつかさは、六組の入口で叫ぶ。
級友たちと話していた姫水が、それを中断して廊下に出てきた。
笑顔で嬉しそうに、つかさだけを瞳に映して。
……初めて出会った日と、何という雲泥の差だろう。
「つかさ! 風邪はもう大丈夫?」
「それは平気。そっちこそ、病気のこと奈々から聞いたんやけど」
「ああ、うん……言ってなかったっけ?」
「聞いてへんわ!」
「そうね、言ってなかった。でも結果的には、それで良くなかった?」
確かに、相手が病人と思ったら、どうしても手加減が入る。
あそこまでの全力の本気を、ぶつけることはできなかったかもしれない。
……かといって納得できるか! というつかさの表情に、姫水も理由を話すしかなかった。
あまり聞かせたくはないのだけど。
「あなたにだけは同情されたくなかったの」
「え……」
「あなたに何の現実感もないって言ったの。あれは訂正するわね。
たぶん私、無意識にあなたのこと嫌いだったんだと思う」
「あ……そ、そう……」
過去形とはいえ胸をえぐる言葉に、姫水はあなたが悪いのよ、とばかりに口をとがらせた。
「だって夏休みの練習はサボるし、皆が頑張ってるのに冷めた目で見るし」
「いやまあ、あの頃は……ね」
「勇魚ちゃんに卑猥なこと言うし」
「あんなんJK同士の軽い冗談やろ!?」
「………」
「あ、ハイ、スミマセン。もうしません」
ジト目を続けていた姫水は、そんなつかさの反応に、こらえきれずに吹き出してしまう。
笑っているその瞳には、もう「嫌い」の二文字なんてどこにもなかった。
「本当、分からないものよね。私が世界で一人だけ嫌いだったあなたが。
どんどん私の心に入り込んで、とうとう病気まで治してしまった」
「え、そうなん? あたしが治したの?」
「もう、自覚ないんだから。あなたのおかげで、私の現実は彩りを取り戻したのよ。
つかさは私の恩人で、どれだけ感謝してもし足りない。
今の私は、今のあなたが大好きよ」
自分だけに向けられる好意に、つかさは天にも昇りそうだった。
それも一瞬で、続く姫水の純粋な言葉に……
すぐさま地表に引きずり下ろされたのだけど。
「私が東京へ行っても、ずっと友達でいてね」
* * *
(友達としての『好き』かあ……)
そりゃ当たり前である。他に何だと思ってたのか。
ホームルームを上の空で聞き終え、冬休みに突入しても、つかさは席で溜息をついていた。
今日のクリスマス会に参加する子たちが声をかけてくる。
「先に店行って、部活終わるの待ってるで……って、何や元気ないな」
「どうしたん? 今がつかさの全盛期やのに」
「これから下がる一方みたいなこと言うな!
その、何というか……これは例え話なんやけど」
「ふんふん」
「最初は山頂まで登る気やったとするやろ。
でも、八合目まで来たら景色は十分綺麗やってん。
この先の山道は結構厳しそうやし、無理しないでここで満足するか、それとも初志貫徹するか……」
「山を舐めたらあかんで!」
小耳に挟んだ登山部の子が、横から口を出してくる。
「確かな決意もなしに登るのは危険や! 生死に関わるで!」
「しまった、例えが悪かった……」
「ラブライブの話やろ?」
反対側からクールに助け船を出したのは、もちろん晶である。
「さすがに全国大会で上位は厳しいやろ。甲子園初出場みたいなもんやからな」
「あー、そういうこと……でも負けたら死ぬわけでもないし、全力で挑むしかないんとちゃうの?」
「予選で満足されたら、ファンからは大ひんしゅくやろ」
「あはは、それもそうやなー。頑張ってみるわー」
友人たちが教室を出て行った後、つかさはごまかしてくれた晶にお礼を言う。
頑張れ、という目線を残して去る彼女は、もちろん本当の悩みに気付いているのだろう。
(死ぬわけでもない、ってのは実際そうやなあ)
たとえ頂上を目指して失敗しても。
つまりは、友達以上の感情をあなたに抱いていると、姫水にそう告白して振られたとしても。
それで二人の仲は壊れたりはしない。姫水はそんな子じゃない。
(……でも、今の状態でも十分幸せやしなあ)
(………)
(考えてもしゃあない、部活行こ!)
今日の部活は軽いミーティングのみ。
まずは姫水から、病院での診断結果が話される。
一人だけ知らなかった夕理にも、ようやく休業理由が開示された。
「そんな病気があるんやな。そういえば藤上さんってどこか嘘っぽかったけど、今はそうでもない気がする」
「ありがとう、天名さん。あなたがセンターに推してくれたおかげでもあるものね。
これからは仲良くしてくれる?」
「それとこれとは別や。私と仲良くする暇があったら、つかさと仲良くしてあげて」
「ま、まあまあ。また一年生五人でどこか行こうよ」
花歩が取りなしていると、横からすすり泣く声が聞こえる。
皆の視線が向く先で、桜夜が嬉し涙を流していた。
「とにかく、姫水の病気は治ったんやな。ほんま、良かったあ……」
「はい……まだ完全にではありませんけど、きっと大丈夫です」
「つかさ、私からもお礼言わせてや」
「い、いやあ、大したことはしてないっすよ」
「最後に助けてくれたのはつかさです。
でも先輩がキスしたり、キスさせたりしてくれたことも、私に現実を近づけてくれましたよ」
姫水の衝撃発言に、がたん! とつかさが椅子から立ち上がる。
「桜夜先輩、どういうことっすかねえ……」
「おおお落ち着いて! ほっぺたやって! もー姫水、わざとやってるやろ」
「ふふっ」
からかわれて赤くなるつかさの前で、姫水の感謝の視線は他のメンバーにも向かう。
「もちろん立火先輩も。入部したときの約束通り、決戦直前に熱い魂を見せてくれましたね」
「一応は部長らしいこともできたやろか。きっかけを作ったのが戎屋ってのが複雑やけど」
「自分から踏み込んでくれた小都子先輩や、何度も私をキレさせてくれた岸部先輩も」
「お役に立てたなら何よりや」
「晴ちゃん、涼しい顔で言いすぎ!」
二年生のツッコミに笑ってから、深い親愛の目を近くの二人に向ける。
毎日お喋りしながらの登下校の時間。病気の治療にはならなかったけれど、姫水の夢を叶えてくれた。
「花歩ちゃんはいつも変わらない友達として、私の日常を支えてくれた」
「あはは。あんまり役に立てた気はせえへんけどね」
「文化祭のときの叫びは、私にも衝撃的だったわよ。
そして――私をずっと現実に繋ぎとめてくれた、勇魚ちゃん」
「姫ちゃん……!」
お喋りな勇魚が、今は感極まってそれしか言えなかった。
やっとやっと、引っ越す前と同じ日々が戻ってきたのだ。
皆が姫水を好きで、姫水も皆を好きな、あの子供の頃のように。
「私が現実感を取り戻せたのは、全てWestaのおかげです。
――なのに申し訳ありません、恩を仇で返すようなことをして」
あの日々が戻ってきたのに……
それは同時に、残り少ない時間だった。
姫水は皆に頭を下げながら、改めてはっきりと言った。
「私は四月に東京に戻ります。次の代のWestaには……私は参加できません」
「ええよー。許してあげる」
「何で桜夜が軽く答えてんねん!」
三年生がおどけてくれたので、小都子もあまり重くならずに済んだ。
もちろん戦力的には非常に痛いが、こればかりは致し方ない。
「姫水ちゃんの将来のためやものね。応援してるで、頑張って」
「私は納得できひんな」
皆が温かく送り出す気になっていたのに、晴が一人で冷や水を浴びせてきた。
身を固くする姫水に、心底残念そうな三白眼が向く。
「勇魚、花歩に加えて、つかさもお前の大事な存在になったはずや。
そいつらとあと二年、スクールアイドルを続けるのでは何で駄目なんや。
ラブライブにそこまで魅力を見い出せなかったのか」
「ち、ちょっと晴ちゃん」
「覆せるとは思っていないが、納得はしておきたい」
真剣な晴の態度に、姫水も改めて居ずまいを正す。
たとえ戦力としてでも、ここまで自分を惜しんでくれているのだ。
何度も自問してきたことを、正直に言葉にした。
「スクールアイドルは、限られた時間しか輝けないからです」
その一言で、既に晴は納得せざるを得なかった。
静まり返った部室で、苦渋の末に出した結論は続く。
「だからこそ良いという人もいるでしょう。
でも、私は嫌です。五年後でも十年後でも、舞台の上で輝きを追求したい。
私は瀬良さんのような天才ではありません。卒業まで待っていてはチャンスを失います。
自分でも不義理が甚だしいとは思いますが、でも私は……!」
「分かった。もう十分や」
「……はい」
もはや言うことはないと、晴はいつもの無表情に戻った。
あまり好きではない先輩のはずなのに、やはり申し訳なくて、別の可能性を口にしてしまう。
「もっともブランクもありますし、本当にお仕事がもらえるかは分からないので。
もしかしたら一年後には挫折して、大阪に舞い戻ってるかもしれませんけどね」
「それはそれで結構なことやな」
「ちょっと晴ちゃん! さっきからもう~」
「姫水も、何を情けないこと言うてんねん」
ぴしゃりと言ったのは、意外にもつかさだった。
本当は泣きたいのだけれど。
それでは姫水が安心して行けないから、今は精一杯の虚勢を張る。
「あたしを置いていくんやで。絶対大女優にならないと、承知せえへんからな!
Westaのことは……まあ、あたしが何とかするから、心配は無用や」
「つかさ!?」
「つかさちゃん!」
夕理と小都子が一気に色めき立つ。
皆の期待の目を集めながら、つかさは頭をかいて自分の未来像を話した。
「考えてみたらあたし、部活辞めたら何もないですし。
対等でい続けるには、こっちも何か一つは自慢できるものがないとなって。
……姫水、勝負はもう終わったけど、あたしはいつまでもアンタのライバルや」
「つかさ……」
姫水の目は潤み、涙をこらえてうなずくしかできなかった。
そしてつかさと残り二年を過ごす友達は、左右から抱きついてくる。
「つーちゃん、めっちゃカッコいいで!」
「くっそー、このイケメンめー!」
「おっ。花歩にそう言ってもらえるんやったら、部長さんの後継者になれるかな?」
「ああ、カッコいい方面はつかさに任せたで!」
立火のお墨付きも得て、つかさのやる気もいっそう増した。
小都子は心から安堵して、桜夜や晴と微笑み合う。
姫水と入れ替わりで熱季が来るし、きっとまた優秀な新人も入ってくる。
大阪と東京に離れても。
姫水が心置きなく進めるよう、次のWestaも精一杯進まないと。
* * *
「よし、未来の話はここまで! 続いて目の前の話や!」
部長の声に、皆もきりりと気持ちを切り替える。
立火と桜夜だけでなく、姫水にも最後となるステージ。
アキバドーム――全ての到達点となるその場所について、まず立火は見込みを尋ねた。
「晴、私たちが全国大会で優勝する可能性は?」
「ゼロです」
「上半分に入るのは?」
「ゼロです」
「あっはっはっ、絶望的やなあ」
「夏の地区予選が大坂の陣なら、今回は本能寺の変ですかね……」
「詰んでるやないかーい!」
ツッコミながら、立火も皆も分かっていた。
参加するのは31校。上半分に入るだけでも、日本のトップクラスということだ。
予選を辛うじて勝ち抜いた今の自分たちに、そこまでの力がないのは分かっていた。
それでも晴に夏のような悲壮感は全くなく、穏やかに話す。
「夏とは違って、本番まで二ヶ月の猶予があります。
じっくりと考えましょう。私たちがあの場所で何をしたいのか。
今年度の最後の活動として、何を行うのか」
今までは勝つことが目的で、その方法を考えればよかった。
しかし勝ち目の全くない今回、まず目的から考えねば――。
思考に沈む一同の中で、小都子が顔を上げて前例にならう。
「夕理ちゃん、やりたい曲はある? あるならそれがええと思うよ」
地区予選では、それで上手くいったのだから。
だが夕理は一瞬びくりとすると、すまなそうに声を絞り出した。
「休日の間に色々考えてはみたんですが……。
どうしても、『Dueling Girls!』を越える曲が思い浮かびません」
「あ、そ、そうやったん。あれはほんまに全力やったもんね」
「もちろん、いつかはあの曲を越えねばとは思ってます。でも、今すぐには……」
「こっちこそごめん。夕理ちゃんにばかり任せていい話とちゃうよね」
反省した小都子はアイデアを出そうとするが、頭は空回りするばかりで何も出てこない。
他のメンバーも同様で、しばらく沈黙が続く。
立火は現実を認めて、正直にぶっちゃけた。
「やっぱりあれやな。みんな地区予選で燃え尽きた感があるな」
「広町先輩、それは!」
「分かってる夕理、それで済ますわけにはいかへん。
私たちに負けた学校の分も、全国で恥ずかしくないライブをせなあかんのや。
今日……はクリスマスやから、明日は休みにしてみんなで考えてこよう。
それを明後日に持ち寄って決めるで。私たちが本当にやりたいことを!」
「お願いします。方針さえ決めてもらえれば、年末年始で曲を作ります!」
夕理に頭を下げられ、部員たちは決意する。必ず目的を見つけ出すことを。
考えるのが苦手な桜夜も、最後なのだから真剣に考えようとする。
とはいえ今日も明日も勉強なのだけれど……。
(夢にまで見た全国の舞台。ほんまなら今まで以上に練習して、全力で立火と一緒にセンターやりたかったな)
(せやけど受験も最後の追い込みなんや。どうにか両方ハッピーエンドにしたい……)
ちらと立火を見るが、相方は今日のところはここまでと、活動終了を宣言した。
「午後は部のことは忘れて、目いっぱい楽しんでや。メリークリスマス!」
『メリークリスマス!』
大きな宿題は残ったが、今は年に一度の聖なる日だ。
つかさは姫水の前に立つと、少し固くなりながら右手を差し出す。
「そ、それじゃ姫水。行こっか」
「ふふ、エスコートしてくれるの? 私のお姫様」
「ま、まあ行き先はカラオケボックスやけどね!」
手に手を取り、砂糖菓子のように甘い二人は部室を出ていった。
幸せそうに幼なじみを見送ってから、勇魚は同行者の二人へと振り向く。
「花ちゃん夕ちゃん、うちらも梅田行くで!」
「おっと、花歩は五分だけ時間もらってええか」
引き留めたのは立火の声だった。
何事だろうと驚くが、花歩に断る理由はない。
「は、はい、分かりました。二人は駅で待っててもらえる?」
「ええよー」
勇魚は夕理と話しながら出ていき、桜夜も先に帰ってるでー、と立火の家へ。
この後はパーティの小都子は、退室しながらマネージャーに尋ねる。
「晴ちゃんのクリスマスはどんな感じなん?」
「わざわざ混んでる日に出歩くメリットはない。家で静かに過ごす」
「ほんま、合理的やねぇ」
声は遠ざかり、他の部も今日は活動していない。
静まり返った特別教室棟で、立火と花歩は向かい合って椅子に座った。
「さて花歩、何か悩みがあるんやろ」