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「え!? いえいえいえ、無事予選を突破したのに、別に悩みなんて」
「たぶん今の花歩なら、自力で解決できるんやと思う。
 けどこの前のトラブルのとき、私は何もできひんかったからな。
 少しは先輩らしいこともさせてもらえへんか」

 そう言われても、しばらく花歩は笑顔を貼りつけたままだった。
 立火の優しい目の前で、一分間経った頃、その表情がこわばっていく。
 さらに一分経って、とうとう……
 朝から溜まり続けていたものを、花歩は苦しそうに吐き出した。

「……みんな姫水ちゃんとつかさちゃんの話しかしてへん」
「花歩……」
「私だって……私だって頑張ったのに……!」

 居残り練習までして、今度こそはと努力して。
 それなのに、結局何も残せなかった。
 つかさと姫水が、規格外の圧倒的な輝きを見せたと言えばそれまでだけど。
 その輝きにかき消された自分は、一体何のために頑張ってきたのだろう。

 浮かんでくる涙を袖でこすりながら、花歩は自己を嫌悪しつつ足下を見つめる。

「ごめんなさい。私っていつもこんなで。
 勇魚ちゃんは相変わらず、私と大違いで純粋に喜んでるし。
 おめでたい日に不満を言えるわけなくて、周りに合わせてニコニコしてるしかなくて……」
「花歩」

 急に立ち上がった気配に、花歩は驚いて顔を上げる。
 仁王立ちした立火が、厳しい顔で見下ろしていた。

「何や何や、根性が足りてへんで!
 悔しかったらもっと努力して、次はお前がセンターを奪い取ればええやないか!」
「……はい……その通りです……」
「って、昔の私やったら言うてたろうけどな」
「え?」

 再び着席したとき、立火の空気は穏やかだった。
 きょとんとする後輩の前で、思い出しながら話し始めた。

「前に夕理に聞いたことがあんねん。
 『曲が盛り上がるのってサビの部分やろ? それやったらサビを倍にしたらええんちゃう? むしろ全編サビでええんちゃう?』って」
「は、はあ」
「もちろん半分冗談やで! けど夕理の性格やから、真面目に答えてくれたんや」

『コース料理がメインディッシュだけで成り立ちますか?
 前菜もスープもデザートも、なければ満足いく料理にならないでしょう。
 音楽だって同じ、一見地味なパートでも、全てに役目があるんです』

 花歩の肩に立火の手が置かれ、本当の気持ちが伝わってきた。
 お世辞でも慰めでもなく、全員の力であのライブは成り立ったのだと。

「今回、花歩はきちんと自分の役目を果たしてくれた。
 私たちが全国へ行けるのは花歩のおかげや。
 花歩だけのおかげとちゃうけど、それでも花歩のおかげや」
「……部……長……」
「ありがとう。ほんまに頑張ってくれた」



 ぼろぼろと、頬を転がっていく涙は、よどんでいたものが消えていくようだった。
 誰もパフォーマンスを評価してくれなくても、別に構わなかったのだ。
 世界でたった一人。この人さえ誉めてくれるなら。


「部長! 私、私、部長のことが――!」

 抑えきれずに立ち上がる。
 ここで本当の気持ちを伝えず、いつ伝えるというのか。
 もうすぐ卒業してしまうのに!

 立火は一瞬緊張したが、覚悟を決めた表情で待ち構える。
 覚悟――それは、たとえ後輩に辛い思いをさせても、正直に返事をするという。
 そういうことなのが、花歩にも即座に見て取れて……。

「部長のこと……その、めっちゃ尊敬してますっ!」
「え、あ、そ、そう? 先輩冥利に尽きるで!」

 拍子抜けしたように、お互いあははと笑った。
 ここで引いてしまうのが、つかさとの差なのかもしれないと思うけど。

(でも、これで良かったんや)
(桜夜先輩がいるのに、告白なんかしたって困らせるだけや……)

 椅子を戻し、立火と一緒に廊下に出る。
 そのつかさも似たようなことで悩んでいるとは、さすがに想像できなかった。


 鍵を返しに行く途中、祝勝会で聞けなかった一年前の話をしてくれた。
 13位に終わり、泣くこともできないまま、笑顔で大きな約束を引き受けたこと。
 悔しさですぐには帰れず、鏡香や和音とやり合ったこと。

「……何ていうか、改めて、予選を突破できて良かったって思います」

 しみじみと言う花歩は、ようやく全てのわだかまりを捨てられた気がする。
 立火もすっきりしたように、廊下の天井を見上げた。

「大きな目標は達成できたし、私は小都子に何かを約束させる気はないんや。
 四月から何を目指すのかは、みんなで自由に考えてや」
「は、はいっ。決めるのは小都子先輩ですけど……でも自分でも考えてみますっ」


「あれ? 三人とも待っててくれてる」

 校門まで行くと、勇魚と夕理、桜夜が誰かと話していた。
 近づいてみれば私服の大学生で、立火が嬉しそうに駆け寄っていく。

「泉先輩! わざわざ迎えに来てくれたんですか?」
「少し気分を変えて、ファミレスでやるのもええかと思ってな」
「先輩がケーキおごってくれるって! ううっ、暗黒のクリスマスに一筋の光や」
「おお、さすがは大学生!」

 感涙にむせぶ桜夜に、立火も子供みたいに笑っている。
 頑張ってくださいー!という一年生たちの声援を受けつつ、三人は店へ向かっていった。
 自分たちも駅へ歩き出しながら、花歩がぽつりと言う。

「部長も桜夜先輩も、最上級生としてずっと責任を背負ってきたから……
 ああやって年上の先輩に甘えられてるのを見ると、何やほっとするなあ」
「わ、花ちゃんが大人っぽいこと言うてるで!」
「い、いやいや。ちょっと思っただけ」
「でも花歩、急にいい顔になってる。広町先輩と何かあった?」
「あ、あはは、まあねー。
 さっ、私たちも出発や。ドイツクリスマスマーケットへ!」


 *   *   *


「来た来た! いらっしゃーい!」

 つかさに連れられて行ったカラオケボックスでは、既に女子高生たちが盛り上がっていた。
 姫水が知っている人物は、残念ながら奈々しかいない。
 他の住女生四人は五組の生徒だろうか。他校の制服の子も三人いる。

「今日はいきなり乱入してごめんなさいね」
「何言うてんの。藤上さんなら大歓迎!」
「なんたって時の人なんやから!」

 晶を含む五組の生徒はもちろん、他校の二人も笑顔で自己紹介などを始める。
 しかし他校のもう一人、香流だけはどこか浮かない顔だった。

(う……そういや姫水のこと、優等生で苦手や言うてたっけ)
(今日のところは大人の対応をしてほしいなあ……)

 つかさが心配していると、奈々が近寄ってきて耳打ちした。

「夜にはちゃんと二人きりにしてあげるから!」
「あ、あはは。悪いねー」


 パンケーキでお腹を満たした後、さっそく姫水にマイクが渡された。
 優雅に立ち上がって、当然のように大事な人へ微笑みかける。

「つかさ、デュエットしない?」
「うえ!? あ、う、うん、ええけど」
「ヒューヒュー!」
「熱いねこのー!」

 周りに囃し立てられながら、仲良く並んで歌い始める。
 最初は賑やかだった友人たちも、徐々に動きを止め聞きほれていった。
 曲が終わり、大きな拍手とともに感嘆の呟きが漏れる。

「藤上さんが上手いのは分かってたけど……」
「改めてつかさも、めっちゃ上手になったんやなあ」
「ふふん、必死で場数踏んできた成果やで。
 奈々も晶も香流も、Saras&Vatiではほんまにありがと」

 つかさの感謝に、奈々は照れ晶は微笑む。
 が、香流だけ渋い顔をしていて、さすがに友人たちから苦言を呈された。

「何やねん香流、何か不満でもあんの?」
「い、いや、そういう事やなくて……。実はアタシ、花歩っちにまだ感想言えてへんねん」
「花歩ちゃんに?」

 思わず目を向ける姫水とつかさに、香流は逆恨みと知りつつ指を突き付けた。

「お前ら二人が悪い!
 何度動画を見返しても、お前らに視線が釘付けになるやないか!
 そのせいで花歩っちが印象に残らへんのや!」
「うーん、そう言われても」
「でも私たちの決闘は、花歩ちゃんの歌詞あってこそよ」

 落ち着いて返す姫水に、はっと息をのむ香流である。

「あのフレーズをお互いに叩きつけてこそ、あの決闘ができたんだから」
「そうそう、あたしも思いっきり力を込めて叫べたんや」
「な、なるほど! そこを誉めることにするで!」
「ファンも大変やなあ」

 猛然とメッセージを打ち始める香流に、周りは感心と呆れが半分ずつの一方、姫水は心から嬉しく思った。
 花歩自身は歌詞ではなく、パフォーマンスを誉めて欲しかったろうけど。
 それでもファンの応援はありがたいものだ。自分が引っ越した後も、花歩を支えてほしかった。


 *   *   *


「ううっ。香流ちゃん、ありがとう……」

 大阪駅を横切りながら、花歩はスマホを抱きしめる。
 数日経っても何の反応もなくて、とうとう見放されたのかと思っていた。
 たとえ歌詞だけでも、誉めてもらえて感謝しかない。

「花ちゃん、良かったね! あれ、どっち行ったらええんやっけ」
「あっちあっち。このへん、早く公園になってほしいよねー」

 目の前に広がる梅田貨物駅跡地では、うめきた二期工事で大きな公園になる予定だ。
 変わっていく大阪駅周辺で、三人娘は地下道へ向かう。

「ヨドバシの方にも何かできるんやろ? うち楽しみや!」
「でも梅田ばっか発展してるよね。長居なんて何も変化なしやで」
「弁天町も一向に栄えへん。ベイタワーは相変わらず閑散としてるし……まあ、暮らすには別に困らへんけど」

 なんて話しながら地下道を抜けると、ツインタワーの立つ新梅田シティである。
 クリスマスの飾りつけがされたアーチの向こうは、既に人でごった返していて、夕理はうんざり顔になる。

「どいつもこいつも、キリスト教徒でもないくせに何を浮かれてるんや」
「あっはっは。夕理ちゃんもここまで来た時点でその一員やでー」
「うぐぐ」
「ねーねー、あのメリーゴーランド乗らへん? 木でできたアンティークなんやって!」
「乗るわけないやろこの歳になって! まずはお昼や!」

 ドイツの屋台が立ち並ぶ中、三人で手分けして調達に行く。
 ソーセージセット、グリューワイン、プレッツェルがテーブルに並び、大きなツリーを眺めながら乾杯をした。
 ワインに口をつけかけた夕理が、飲み物担当の勇魚を不安そうに見る。

「念のため確認やけど、ちゃんとノンアルコールを買うたんやろな」
「いくらそそっかしいうちでも、さすがにそれは間違えへんで!?」
「あはは。お酒飲んだりしたら、やっぱ全国大会は取り消しになるのかなあ」
「は、花ちゃん。縁起でもないこと言うのやめとこ」

 ソーセージは白と赤の大きな二本。マスタードをたっぷり塗っていただく。
 デザートのプレッツェルは、結び目の形をしたドイツの焼き菓子。
 全部平らげワインも飲み干した夕理に、花歩が教えてあげる。

「そのカップ、持って帰ってええんやで」
「え、別にいらない……何の変哲もないカップやし」
「確かに、昔は雪ダルマ型やってんけど、今は普通の形やなー」
「夕ちゃん夕ちゃん! いらへんのんやったらうちにちょうだい」
「ん」

 受け取った勇魚は、嬉しそうにカップを並べて宣言した。

「これはうちが使って、うちの分は晴先輩にクリスマスプレゼントや!」
「え……」

 やめた方が……という二人の顔は、もちろんUSJの後、お土産を突っ返されたことが念頭にある。
 だが、勇魚は妙に自信ありげだった。

「桜夜先輩に聞いたんやけど、晴先輩って陶磁器が好きなんやって」
「へー。なんか綺麗好きそうやもんね」
「それは掃除機!」

 反射的にツッコんでしまい、赤くなる夕理に他の二人は拍手する。

「夕理ちゃんもツッコミ役いけそうやね」
「次はボケの練習や!」
「芸人とちゃうから!
 ほら、カップ持って帰るんやったら、洗面所で洗ってきた方がええで」
「そうするー」


 洗ったカップは鞄に入れて、ツリーとビルを背に記念撮影。
 写真を見ていた夕理が、二人に許可を申請する。

「これ、小都子先輩に送っていい?」
「うんっ! 先輩も喜ぶで!」
「え、でも今は出たくもないパーティ出てるんやろ。私たちだけ遊んでて、なんか悪い気もするなあ」
「私もそれは考えたけど、だからこそ少しでも気晴らしになるかなって」
「そうやで花ちゃん! 小都子先輩なら夕ちゃんが楽しんでるとこ見たいはずや!」
「うーん、それもそうか」



 ならもう少しいい写真を……ともう一枚撮って、小都子に送信する。
 さて店を見て回ろうというところで、勇魚が元気よく提案した。

「ねーねー二人とも、プレゼントの贈り合いっこしよ!」
「おっ、ええんやない」
「何でクリスマスに贈り物をする必要があるんや。理由が納得できひん」
「とか言うて、つかさちゃんからもらった物は大事に取ってあるんやろ」
「そ、それはっ!」

 反論できず、結局何か買うことになった。
 屋台に並ぶマトリョーシカを見て、これドイツじゃなくてロシアなんじゃ……と不思議に思いながら店を見ていく。

(キャンドルでええか……)
(汐里にも何か買ってこっと!)
(部長にはどうしよう……)

 迷ったけれど、星のオーナメントを買うことにした。
 今日の部活のことは、本当に嬉しかったから。

 お菓子の屋台の前で、勇魚がはっとして飛び上がる。

「そうや花ちゃん! 姫ちゃんの病気が治ったら、ケーキをあげる約束やで!」
「あ、そうやった。でも昨日の今日で、ケーキ食べ飽きてそうやなあ」
「シュトーレンでええんとちゃう? ドイツではケーキ代わりに食べるらしいし」

 夕理が指した先では、本場のシュトーレンが売っている。
 それや! と二人でお金を出し合い、無事入手して夕理にお礼を言った。

「夕ちゃんが選んでくれたって、姫ちゃんにも教えとくで」
「やめて。藤上さんがおいしく食べられなくなるやろ」
「もー。あと三ヶ月なんやから、姫ちゃんとも親友になってや!」
「………」
(い、勇魚ちゃん、そのへんで……)

 花歩としても仲良くなってほしいのは山々だが、つかさを挟んでいるだけに単純には言えない。
 完全につかさを取られた夕理の心情は、実際いかなるものなのだろう。
 本人は決して表に出そうとはしないけれど……。

 今できるのは一緒に楽しむことだと、花歩は頭上へ拳を突き上げる。
 遥か上空、二つのビルをつなぐ空中庭園に向けて。

「よーし、せっかくここまで来たんや。スカイビル登るで!」


 *   *   *


「藤上さん、誰かに贈り物?」
「ええ。母からプレゼントをもらったから、お返しにって」
「偉い! 親孝行!」

 つかさたちは阿倍野のキューズモールで、買い物タイムに入っていた。
 姫水の声に耳をそばだてつつ、つかさも自分の品を物色する。

(夕理に何か買わな……)
(姫水とベタベタしてる、今のあたしにもらっても嬉しくないかもやけど……)
(でも……ほんまに感謝してるんや)

 マフラーや手袋は重いだろうか、食べ物の方がいいか……と迷っていると。
 つつ、と姫水が近づいてきて、隣に寄り添った。

「つかさは誰にあげるの?」
「え!? あ、え、えーっと……。
 そう、お姉ちゃん! なんか新しい彼氏できたはずなのに、昨日は一日家にいたんや。
 上手くいってないなら慰めてあげようかなーって」
「ふふ、お姉さん思いなんだ。でもお姉さんも、つかさの風邪が心配だったんじゃない?」
「うーん、クリスマスなんやから自分の幸せを優先してほしいなあ。
 あとはその……一応夕理に」

 何だか浮気を告白してる気分で、声が小さくなっていく。
 だが姫水の方は一切気にする様子もなく、納得したように微笑んだ。

「そうなんだ。地区予選のこと、本当に天名さんには助けられたものね。
 私からも贈りたいけど、向こうはもらっても困るかな」
「あ……うん」

 全く嫉妬してもらえないというのも、それはそれで寂しい。
 だが現状、友達でしかないのだから仕方ない。
 一人しか作れないのが恋人なら、何人作ってもいいのが友達だ。
 奈々たち他の友達も、わいわいと姫水に話しかけている。

(いや……そうやとしても)
(姫水と友達になれたら、やりたかったことがあったやないか)

 制服なので翡翠のブローチはつけていないが、ポケットには入っている。
 それを服の上から握りしめ、つかさは思い切って声を上げた。

「ねえ姫水!」
「うん?」
「あ、あたしも姫水にプレゼントあげる! せやから、姫水もあたしにちょうだい!」

 おおー! とさっそく周りの方が盛り上がる。
 子供じみた申し出を、姫水は快く受け取った。

「いいわよ。何か欲しいものはある?」
「アクセサリー!
 それでやな、引かないでくれると嬉しいんやけど……。
 お……お揃いで何か買わへん!?」

 これは友達を越える行いだと、そう思われてしまうだろうか……
 などという心配は無用だったようで、楽しそうなくすくす笑いが響いた。

「つかさって本当に可愛いわね」


 全員でアクセサリーショップを回って、あれやこれやと探していく。
 最終的につかさの目に留まったのは、細い指輪。
 姫水の綺麗な指に合いそう……なんて考えていると、当人が横から覗きこむ。

「私もそれ、いいと思う」
「うーん、でも四千円……結構するなあ」
「ダメ? もうすぐお年玉があるから、私は強気でいけるけど」
「あはは、それもそうやな。二人の記念なんや、思い切って!」

 拍手されつつ購入し、通行の邪魔にならない端へ行く。
 それぞれ指輪の箱を開けて、さっそく交換会となった。
 奈々が調子に乗って囃し立てる。

「藤上さん、薬指にはめてあげてー!」
「もう、悪乗りしないの。はいつかさ、人差し指出して」
「あ……うん」

 少し申し訳なさそうな奈々だったが、つかさは大丈夫と目で返した。
 今は嬉しい気持ちの方が圧倒的に大きい。

(姫水とお揃いの指輪……一生の宝物にするで!)
(あたし、こんなに幸せでええんやろか)

 そしてつかさの側も、相手の美しい指にリングをはめる。
 写真映りを考えて、左右対称になるよう反対側の手へ。
 さっそく撮影してもらった姿は、姫水も負けず劣らず幸せそうだった。


 *   *   *


「来年こそは百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録! そして堺の飛躍の年にしましょう!」
『かんぱーい!』

 ここは堺駅近くの高級ホテル。
 付き合ってグラスを掲げる小都子としても、できれば山のように観光客が来てほしい。
 しかし端からは小高い丘にしか見えない古墳群で、どこまで期待していいものか……。

(せやけど明るい材料には違いないものね)
(私も堺のために、何かできたらええんやけど)

 両親は偉い人と難しい話をしている。
 邪魔にならないようジュースを飲んでいると、何人かの大人が話しかけてきた。

「小都子さん、部活動で全国大会に進んだんやって?」
「はい、おかげさまを持ちまして。部員皆で力を合わせました」
「へええ。ほんま大したもんや」
「こないな才媛を後継者に持って、橘先生も安心やねえ」
「あはは。まだ後を継ぐかは分かりませんけど」

 堺でなく大阪市の高校を選んだことに、今までは嫌味を言われたこともあったけど。
 今後はそういうことも少なくなりそうだ。
 すぐに両親に呼ばれ、しばらく挨拶回りに付き合わされる。
 それが一段落した後、ようやく料理を口に入れていると……。

「小都子ちゃん、小都子ちゃん」

 何かの委員をしているおばさんが、会場の隅へと手招きした。
 周りをうかがいながら、隠れるようにポチ袋を差し出してくる。

「予選突破、おばちゃんにもお祝いさせてや。これ、部費の足しにでもして」
「い、いえ、そういうわけには」
「ええやないの。ご両親には内緒やで」

 そういえば全国大会の衣装代、足りないんだったなあ。と一瞬だけ思うものの。
 もし夕理が聞いたらどう言うか、まざまざと想像できた。

『私たちはそんなお金のために頑張ってきたんじゃありません!』

 内心で苦笑しながら、やんわり断固として拒否させてもらう。

「ごめんなさい、これでも政治家の娘ですので。
 お金のやり取りは公明正大にと、両親から口を酸っぱくして言われてるんです」
「い、いやでも、ねえ、遠慮せえへんでも」
「可愛げのない子供で申し訳ございません。
 でも、おばさまのご厚意には感謝しています。母にも伝えておきますね」
「い、いえいえいえ。ほんま、そういうつもりではなくて!」
「そうご遠慮なさらずに」

 微笑む小都子に、婦人は青い顔をしてパーティに戻っていった。
 すぐに母のところへ行って耳打ちすると、やれやれという顔をされる。

「あの人にも困ったものやねえ。後はお母さんに任せて大丈夫」
「うん、お願いね」

 何が目的だったのか、はたまた純粋な善意だったのか、心が疲れるだけなので考えないようにする。
 この程度で疲れるようでは、やはり政治家には向かないのかもしれないけれど。

 お手洗いで一息ついてから、スマホの通知に気付いた。

「あらあら」

 メッセージを見て、思わず顔がほころんでしまう。
 ツリーの下で仲良さそうな三人と、お揃いの指輪で嬉しそうな二人。
 今の小都子には、精神が洗われる一服だった。
 鏡に映った自分を見て、少し考える。

(このパーティドレス、別に着たくて着てるのとはちゃうけど)
(でもまあ、夕理ちゃんたちに見せたら喜んでもらえるかな)

 普通の女の子っぽく自撮りして、送信してから会場に戻る。
 さて、もう一仕事しよう。
 桜夜に言われた通り、せめて美味しいものでお腹を満たしながら。



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