「何でや!」
お泊まり当日だというのに、小都子は朝から憤っていた。
堺の空から降るしとしと雨に。
(予報では曇りやったのになあ)
(一緒に旧港を散歩して、燈台を見たかったのに)
(ま、お天気に文句言うてもしゃあない。部屋の再チェックでもしとこ)
いつも整頓され清潔な部屋だが、今日はさらに念入りに。
夕理を迎える最高の場所にしている間に、待ち合わせの時間になった。
傘を差し、雨に負けぬ朗らかな心で堺駅へ向かう。
「おはようございます。本日はよろしくお願いします」
初めてのお泊まりに少し緊張気味で、後輩はぺこりとお辞儀をする。
ベージュ色のリボンが頭で揺れた。
「夕理ちゃんは、今日も可愛ええなあ」
「な、何ですか急に!」
「あ、つい本音が。雨で残念やけど、インドアで楽しもうね。あ、それは……」
と、夕理が手に提げている紙袋に気付く。
弁解のような説明が返ってきた。
「お土産は不要とのことでしたけど、やはり一晩お世話になるので……。
その、あれこれ悩んだんですけど、海苔です」
「夕理ちゃん……」
「い、いらなかったら持って帰ります……」
「ほんまに可愛い!」
「それはもういいです!」
家に戻ると、玄関で母に出くわした。
この自慢の後輩を誰かに紹介したかったので、渡りに船である。
「お母さん。この子がいつも話してる、頑張り屋さんの夕理ちゃん」
「は、初めまして、天名夕理です。先輩には大変お世話になってます」
「あらまあ、初めまして。言うてもライブの動画では見せてもろてるんやけどね。
小都子はほんまに、あなたの話ばかりしてるで。
私たちはお構いもできなくて申し訳ないけど、ゆっくりしていってや」
母は嬉しそうに笑って、隣の選挙事務所へ入っていった。
再来月の府議選に向け、両親はいつも以上に忙しい。
夕理は靴を脱ぎながら恐縮している。
「こんなときにお邪魔でなかったでしょうか」
「まあまあ。逆に母屋の方はあまり人もいないからね。落ち着いて過ごせるチャンスやで」
「な、なるほど」
小都子の自室である和室に入り、荷物を降ろした夕理はきょろきょろしている。
勧めた座布団に座ったところで、お手伝いさんがタイミング良くお茶を持ってきた。
「どうぞ。ごゆっくりお過ごしやす」
「あ、ありがとうございます」
普段はお喋りな人だが、人見知りの夕理のために今日は抑えるようお願いしてある。
海苔を持っていってもらい、二人きりの部屋でほうとお茶を飲む。
小都子は先ほどから気になることを聞いた。
「夕理ちゃん、結構な荷物やね?」
「あ、はい。これは」
夕理は自信満々でバッグを開ける。
中から出てきたのは、大量のDVDだった。
「過去の全国大会や、今回の出場校のライブ映像です。
雨なので持ってきました。今日はこれを見て、アキバドームに向けて研究しましょう!」
「あ、そう……」
「! あ、あの、お泊まりには不適切だったでしょうか……」
「ううん、そんなことないで! ほんま夕理ちゃんは、部活に熱心で偉い子やねぇ」
「い、いえ、全国へ行くならこの程度は当然で」
照れている夕理の言葉には小都子も賛成ではある。
全国上位の学校の中には、今日も必死に練習しているところもあるのだろう。
先輩として、浮かれてばかりいないでしっかりしないと。
昼食はお手伝いさんが作ってくれた玉子丼。
広い食堂に二人きりで、夕理は恐る恐る尋ねてくる。
「小都子先輩は、一人でのお食事が多いんですか?」
「そうやねえ、父も母も忙しくて。
かと思えば支持者さんや有力者さんがここへ来て、会食に付き合わされたりね」
「それはそれで大変ですね……」
「ま、子供の頃からやからね。もう慣れたで」
「そうですか……私の家の方も、もう慣れました」
「うん……」
それは慣れて良いことなのだろうか。
夕理がここに下宿して、毎日二人でご飯を食べられたら――なんて、想像してしまう。
一度断られている以上、しつこく持ち出したりはしないけれど。
食堂から戻る途中、窓の外、雨に打たれる離れを指さした。
「あれが地区予選前に、つかさちゃんが練習してたとこや」
「そうでしたか……私が言うのも変ですけど、ありがとうございました」
「あはは、つかさちゃんも大事な後輩やからね。
あのときの練習のおかげで、私たちは全国へ行けるのかもしれへんし」
全国大会へは手が届いた。
でも結局、つかさは姫水と結ばれることなく、あの頑張りが今は哀しく思えてしまう。
(って、私が口出ししていいこととちゃうな)
(結ばれなかったからこそ、夕理ちゃんがチョコを作りに来てくれたのも事実や……)
絡まる因果は頭の隅に追いやって、小都子は明るく声を上げた。
「ほな一休みしたら、チョコの材料を買いに行こか」
* * *
堺駅からバスに乗って、堺東駅の高島屋へやって来た。
バレンタインデーまであと四日。売り場はかなりの混雑である。
どの材料をどれくらい買うか、つまりはどんなチョコを作るのか、そろそろ決めないといけないが。
「夕理ちゃんは決まってる? とりあえず数から」
「え、ええと……岸部先輩以外の部員なので、七個で」
「うんうん、桜夜先輩にもあげるんやねえ。大きさは?」
「つかさには本命で、これくらいのハート型のを……お、大きすぎるでしょうか?」
「夕理ちゃんの四年間の想いには、十分な大きさやと思うで。あとは?」
「あまり部員間で差はつけたくないので、五個はこれくらいで。
それと……やっぱり小都子先輩にはご恩があるので、少し大きめのを」
「あ、あらあらあら」
予想外のことに頬が緩む。夕理の手が形作ったのは、つかさの七割くらいの大きさだった。
『つかさちゃんへの想いの七割くらいは、私に向けさせてみせる』
あの宣言のためだろうか。考えすぎだろうか。
(九割って言うといたら良かったかな)
嬉しいはずなのに、そんな強欲が一瞬浮かんで、慌てて頭から振り払う。
「気を使わせたみたいで、ごめんね」
「私は気なんて使いません。先輩に渡したいから渡すんです」
「うん……そうやったね。私も夕理ちゃんへのチョコは気合いを入れるで」
二人で微笑み合ってから、改めて売り場に向き合う。
「分量はだいたい当てがついたかな。ラッピング用品も見ていこうね」
「はいっ」
小都子は普通のチョコ。夕理はホワイトチョコ。
首尾よく材料を調達し、ついでにカフェでおやつを食べて、二人は橘家へ戻ってきた。
「足りなかったら明日また買いに行こうね。どうせバスで10分の距離や」
「はい。逆に余ったらどうしましょう」
「うーん、また泊まりに来て、今度は自分たちで食べる分を作ったらどうやろ」
「いいと思います!」
夕飯までの間、DVDで全国の強豪を研究する。
優勝候補のAqours、LakePrincessの完成度は変わらず、確実に上位に入るだろう。
逆に前回二位のDreamは受験で二人とも代替わりし、かなりレベルが落ちた感がある。
前回優勝のクイーン・レイも、九人中四人が新メンバーに代わり、夏ほどの連携はない。
「何で二月の下旬なんて、受験の真っただ中に全国大会なんでしょうね」
「かといって、いつならええんやって話になると難しいからねえ。
もし地区予選が十月とかに早まってたら、私たちは突破できひんかったろうし」
「ううむ……それもそうですけど」
そしてネオμ'sは、この時期ということで『もぎゅっとloveで接近中』のPVを昨日公開していた。
相変わらずの借り物のライブ。複雑な顔の夕理を、まあまあと小都子が取りなす。
「姫水ちゃんのおかげで、東京では唯一縁のあるグループや。会ったら話くらいはするから、ケンカはせんといてや」
「わ、分かってます。別に悪いことをしてるわけではないですし……。個人的に気に食わないだけです」
外は暗くなり、七時になったので食堂へ行った。
夕ご飯はすき焼き。もちろん関西風。
鉄鍋の上で、お手伝いさんが牛脂をひいて肉を焼く。
「こちら、神戸牛でございますよ」
「そうなんですか」
喜びも感動もしない夕理が悪く思われないか、冷や冷やの小都子である。
ちゃうんです、ブランドに興味がないだけで根はいい子なんです! という心の叫びが通じたのかどうか。
砂糖と醤油で味付けし、野菜も入れて焼いてから、お手伝いさんはごゆっくり、と出ていった。
夕理は高級肉を味わいながら、神戸へと思いをはせる。
「ハンセルさんと趙さんは、もう帰国の準備をしてるんでしょうか」
「どうやろねえ、全国大会だけは見ていってほしいけど。あ、この麩は京都のやで」
「そうですか……寿さんと九条さんも、受験に打ち込んでるんでしょうね」
関西各地で出会った三年生たち。家業を継ぐ胡蝶と飛鳥以外は、今も勉強中なのだろう。
下級生たちも、来年、再来年には同じようになる。
「奈良の秦さんとは、もう少し話してみたいところです」
「万葉ちゃん? 真面目そうな子やったものねえ。
夕理ちゃんがそう言うくらいなら、私も会ってみたいな」
「同じ関西にいるんです。きっとまた会えますよ」
白菜をしゃりしゃりと噛みつつ、穏やかな夕餉は過ぎていく。
雨足はだいぶ弱まってきた。
* * *
お風呂一緒に入る? という小都子の提案は、恥ずかしそうに断られてしまった。
後輩との時間が一秒でも惜しくて、烏の行水のように済ませて上がる。
夕理の方も長風呂するタイプではなく、湯上りの二人は引き続きDVD鑑賞を始めた。
今度は全国大会の歴史を振り返っていく。
「第3回ラブライブ……μ'sの名前はなくなっても、高坂さんのパワーは健在ですね」
「そういえば姫水ちゃんは、μ'sの人に直接会ったことあるんやって。知ってた?」
「あ、はい。この前ゴルフラのライブを見た帰りに、色々聞きました」
「あら、そうやったん。私も引っ越す前に聞いておかないとなあ」
「あ! 西木野さんのこの曲ですが、何か思うところがあったのか特徴的な変化が……」
真剣に語る夕理は、相変わらず情熱に溢れている。
ふと、その情熱のルーツも聞いていないことに気が付いた。
今ここで知りたくなったのは……
好奇心というより、夕理の深層にもっと触れたいという、その気持ちが大きかったかもしれない。
「夕理ちゃんはどうして、スクールアイドルを好きになったん?」
「あ、はい、ええと……」
少しばつの悪い顔ながら、夕理は正直に話し始める。
「お恥ずかしながら、最初は少し見下していました」
「ああ、夕理ちゃんの性格やったら、アイドル自体が嫌いでもおかしくないものねえ」
「はい。他人に媚を売るだけの、低俗な芸能と思っていました。今思えば視野の狭い限りですが……」
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小学五年生の天名夕理に、嫌いなものは山ほどあったけれど。
これが好きだと言えるものは特になかった。
なのでバイオリンも別に好きではなかったが、習っている以上は真面目にやろうと、家でも動画などを探していた。
(高校生のお姉さんの演奏……これは参考になるかも)
(って、バイオリンを使ってるけどアイドルやないか! 紛らわしい!)
すぐに動画を閉じようとしたが、弦を弾きながら歌って踊る姿が珍しく、少し再生を続ける。
これは――スクールアイドルだ。
μ'sが活躍した翌年度のことで、ブームは小学生まで届いていたので、夕理も知ってはいる。
そうでなくても低俗なアイドルの、さらに真似っこなんて、と興味を持たずにいたけれど。
いかにも素人の、それでも一生懸命頑張っている姿に、つい最後まで見てしまった。
(青森にある高校なんや……)
(……ふうん)
その時はそれっきりだったが、夕理のバイオリンの方は壁に突き当たっていた。
しょせんコンクールに出ても賞も取れない才能である。
しばらく後、気晴らしにと思って……
あの動画を再度見て、書かれていたURLも何となくクリックした。
(わ、こんな風に練習してるんや)
アイドルは裏側を見せないのがルールらしいが、スクールアイドルにそんな縛りはない。
ブログにあった活動日誌は、かなり興味深いものだった。
日々の活動を詳しく公開していたグループだったのが、夕理の運命を分けた。
(これが、スクールアイドルの活動……)
(思えば表面だけ見て、裏側のことなんて知ろうとせえへんかったな)
イメージを話し合い、それに沿って曲と詞を作って。
他校のダンスも参考にしながら、振り付けを試行錯誤。
衣装をどこまで凝るか頭を悩ませ、足りないお金は自分たちで出し合う。
アイドルを不潔と思っていただけに、その純粋なあり様は、反動で夕理を感じ入らせた。
遠く大阪の小学生に応援されてるなんて、彼女たちは知りようもないだろうけど。
春から夏にかけて、日々増えていく活動記録は、夕理のささやかな楽しみになった。
そのグループは青森予選を突破し、東北予選で敗れた。
ラブライブまでは興味のない夕理は、この後どうするのか楽しみにしていたが――
活動はあっけなく終わった。
『話し合いの結果、受験に専念することにしました』
(え……)
『動画や活動記録も一週間後に消します。
詳しく書きすぎたので、逆に残すのはどうかなと思いまして』
(ええええええ!)
ショックでしばらく落ち込まざるを得なかった。
保存しておこうかとも思ったが、本人の意に反することはできない。
一週間後、予告通りに、彼女たちの軌跡はネットの藻屑と消えた。
(儚いもんやなあ……)
(でも、これがスクールアイドルなんやな)
限られた時間で輝いて、どう終わらせるかも自分の意志で決める。
その後は、心に空いた穴を埋めるように、他のグループも見るようになった。
全国トップクラスの楽曲に感動したり、いい加減な活動をしているところに憤ったり。
夕理には初めての娯楽だったので、余計にのめり込んだのかもしれない。
そして副産物として、バイオリンの先生から誉められた。
「天名さん、少し楽しそうに弾くようになったやないの」
「そ、そうでしょうか」
「何かあったん?」
「……好きなことに情熱を注いでいる人が、この世に大勢いることを知ったので。
私も見習いたいと、思ったのかもしれません」
自分にも何かを好きになることができると、スクールアイドルが気付かせてくれた。
だから――それが最近そうなったのか、ずっと前からなのかは分からないけど。
天名夕理は音楽が好きなのだと、初めて知ることができたのだ。
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「……と、いうような事がありました」
「あら、まあ……その青森のグループ、私も見てみたかったなあ」
「地区予選にまで出た以上、探せば何か見つかるのかもしれません。
でも記憶だけに残ることを、ご本人たちが望んだわけですから」
「そうやねえ。夕理ちゃんの心の中に、ずっと残るんやねえ」
嫌いなものしかなかった夕理が、その出来事で何かを好きになる気持ちを知って……
「そして私は、つかさと出会いました」
夕理の世界の全てになった、一人の女の子。
『好き』を知っていたからこそ、素直に彼女を好きになり、恋をすることができたのだと思う。
そう述懐する夕理の表情は、小都子の目には安定して見えた。
四月、この子と初めて会った頃の、危うさはもうどこにもない。
しっかりと自分の想いを制御して、それでいて昔と変わらず、強く深くつかさを想ってる。
なぜか直視を続けられなくて、小都子は畳に視線を落とした。
「羨ましいで、夕理ちゃんが。それにつかさちゃんも」
「小都子先輩が好きなことは、私と比べ物にならないほど多いでしょう?」
「うん……でも、そこまで強く、誰か一人を想ったことはないから」
寂しそうに笑う小都子に、夕理は少し口ごもってから、逆の感情を語る。
「まあ、未だに嫌いなものも多いんですけどね」
「桜夜先輩とは、最近は割といい感じちゃう?」
「あ、あれは受験中なので応援するしかなく……。
それよりNumber ∞が嫌いです! 全国大会、順位では勝てなくても、一泡は吹かせてやります」
「あはは。戎屋さんとも、次でほんまにお別れやねえ」
少し目を休めるために、そのまましばらくお喋りを続けた。
その後は再びDVD鑑賞。
第10回ラブライブのアンコール、『青空Jumping Heart』を見終わった頃には、いい時間になっていた。
「明日は大仕事や。そろそろ休もか」
「はい。あの、小都子先輩……」
小さく咳払いした夕理の瞳は、まっすぐに小都子へ相対した。
「私は、先輩のことが好きです」
「ええ!? ど、どうしたんや突然」
「考えてみれば、口に出して言うてへんと思いまして。
もちろん花歩も勇魚も姫水さんも、広町先輩もWestaのことも好きです」
「そ……そう。うん、夕理ちゃんの好きな対象が広がったのは、ほんまに嬉しいで」
何とか先輩らしいことを言いながらも、小都子の心臓は早鐘を打っていた。
だっていきなりだったから。それだけの理由だ。
寝る準備をしている間も、平静に見せかけるのに少し苦労する。
来客用の布団にちょこんと座り、パジャマ姿の夕理は優しく笑いかけてきた。
「お休みなさい、小都子先輩」
「う、うん。お休み」
電気を消して、小都子は布団の中で深呼吸する。
早く眠ろう。
夕理が隣で寝てるからといって、何も動じることなどないのだ。
* * *
『小都子ちゃんって、何か嫌いなことはあるん?』
これは小学生の記憶だったか。それとも中学生だったか。
友達から聞かれ、小都子はいつものように曖昧に微笑んだ。
『うーん、病気やケガは嫌いやけど』
『いやいや、そういうことやなくて。こいつムカつくとか、あらへんのかなって』
あるに決まってる。こっちは勇魚のような聖人ではない。
そもそも、こんな答えづらい質問をされることが嫌だ。
とはいえ正直に言って、空気を悪くするわけにはいかなかった。
『私はあんまり、そういうのはないかなー』
『さすが小都子ちゃん、世界一優しい!』
『小都子はみんなのことが好きで』
『みんなも小都子のことが好きやで』
『あはは、ありがとう』
友人たちの好意は、嬉しいはずなのに、時々息が詰まりそうになる。
誰も傷つけたくないし、誰にも不快な思いをさせたくない。
この八方美人な自分が、もしかしたら一番嫌いかもしれない――。
(あれ……あの子は……)
曖昧なパステルカラーの中で、一人の少女だけが、強烈な色彩を放って見えた。
白と黒、はっきりと分かれた境界で。
彼女の向ける瞳は、強く明確な意志に満ちていた。
『私は誰にも迎合しません。好きなものは好きで、嫌いなものは嫌いです』
小都子の口元が自然とほころぶ。
面倒を見てきたつもりだったけれど……
同時にずっと、惹かれていたのではないだろうか。
この少女の、誰よりも真っすぐな魂に。
* * *
(ん……)
変な夢を見た気がする。
カーテンの隙間から差す日は、朝であることと、雨が上がったことを示していた。
(夕理ちゃん……)
すぐ隣の布団で、安らかに寝息を立てる後輩。
こちらを信頼しきって、何の不安もなく穏やかに眠っている。
リボンは今は外しているけど、起きればベージュ色に飾ってくれるのだろう。
――そして数日後には、小都子と出会うより前に贈られた、白いリボンに取って代わられるのだ。
まだ半分閉じた目の、ぼんやりした視界の中で、小都子の手が無意識に伸びる。
「この子、私のものにならへんかなあ……」
夢うつつに聞こえた言葉が、誰の呟きか判然としないままに。
「私だけの、ものに……」
気付いた途端、呼吸は止まり、目は一気に覚めた。
今、寝ぼけて何を口走った!?
思わず掛け布団を跳ね上げて、身を起こした小都子の顔は、恐る恐る隣へ向く。
(あ……)
(夕理、ちゃん……)
無防備に眠る姿に、心臓が高鳴っていく。
まだ寝ぼけているのだと、頭から布団をかぶった。
何とか気を落ち着けようとしているのに。
目をつぶった闇の中で、内側から暗い声が聞こえてくる。
『嫌や』
『この時間を失いたくない』
『つかさちゃんに、渡したくない――』
限界になって、再び布団から顔を出す。
夕理を起こさないよう、息をひそめて部屋を出て、無音の廊下にへたり込んだ。
頭に響くのは、夏休みの友人からの忠告。
ずっと無視してきてしまった、冷ややかな声だった。
『夕理からは少し距離を置け。入れ込みすぎや』