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 桜夜が元気な一方で、立火は気乗りしない様子だった。

「東京にそんなおもろい場所あるの?
 前にも言うたけど、東京にあって関西にないものなんかないやろ。
 高層ビルも展望台も電気街も関西にあるやん」
「大阪でなく関西と言うあたりが実に小ずるいですね」

 夕理に冷たく突っ込まれ、慌てて言い訳する立火である。

「いやほら、パンダとか言われたら困るし……。
 べ、別に東京が嫌で言うてるんとちゃうで?
 どうせなら関西にないものを見たいってこと!」
「東京が圧倒的な場所というと、日本庭園ですかね」

 元東京人の姫水の言葉に、小都子が興味を引かれたようだ。

「そうなん姫水ちゃん? 東京ってそないにお庭が多いん?」
「浜離宮、旧芝離宮の恩賜庭園。六義園、小石川後楽園、清澄庭園。
 大名屋敷が多かったので、それに付随して多いですね。数だけでなく面積も広いですよ」
「け、けど大阪にも庭はあるやないか。この前、夕理と一緒に行ったんやろ」
「慶沢園ですか? あそこはそんなに広くないので……」

 立火の反論は、気の毒そうな姫水にあっさり返される。
 さらに晴が冷たく実データを挙げた。

「姫水が挙げた東京の庭で一番狭いのは清澄庭園ですが。
 慶沢園はもちろん、京都の渉成園、奈良の依水園、神戸の相楽園、和歌山の養翠園、滋賀の玄宮園。
 いずれも清澄庭園以下の面積です」
「うぐぐぐ……ほ、ほら、岡山の後楽園があるやろ!?
 あそこめっちゃ広いやん! 岡山なんて関西の親戚みたいなもんやろ!」
「どれだけ東京に負けたくないんですか……」

 さすがに呆れる姫水の傍ら、つかさが横から要望を述べる。

「まあ庭もいいっすけど、こんな真冬に行くのはちょっと渋すぎるでしょ。
 お台場行きましょうよお台場。若者はそういうとこ行くべきですよ」
「おっ、ええな! なんか自由の女神とかあるんやろ」

 乗り気の桜夜だが、立火が今度は青くなって頭を抱え出した。

「やめてやー……大阪のベイエリアがぱっとしないってこと、嫌でも実感させられるやないか……」
「ああもう、みっともない! ほんまに置いてくで!」
「じゃ、お台場は決定でー」

 つかさが嬉しそうに宣言する一方、勇魚は晴へと目を向ける。
 お台場なんて絶対行きそうにない先輩は、都内でも単独行動するのだろうか。

「晴先輩はどこに行かはるんですか?」
「関西より東京が圧倒的に優れる場所がもう一つある。
 自然史系博物館や。日本科学未来館、科学技術館、そして上野の国立科学博物館。
 私は上野に行く」
「おおー!」

 勇魚は感嘆するが、少しむっとしたのは花歩だった。
 思わず挙手して、長居公園内の施設を挙げる。

「異議あり! 長居の住民としては、大阪の自然史博物館も結構すごいと思います!」
「あそこも頑張ってはいるが、いかんせん規模が違い過ぎる。上野の方は常設展を見るだけで三時間かかるからな」
「そ、そこまでですか……」
「はいはいはい! 先輩、うちも行ってみたいです!」

 元気に訴える後輩に、一人で満喫する気だった晴は嫌そうな目を向ける。
 しかし拒絶する前に、部長まで話に乗ってきた。

「そこって目玉は何なんや?」
「恐竜の化石ですかね」
「ええやないか! 私もそこ行こうかな」
「ええ……」

 晴の顔はますます渋くなるが、そういう晴に慣れ切った部員たちは一切気にしない。
 知性派の小都子、夕理、姫水も同行を申し出た。

「私も興味あるなあ。晴ちゃんが一緒なら解説してもらえそうやし」
「進路は文系を選びましたが、科学の知識も大事とは思っています」
「動物を見るだけでなく、たまには生物学的な素養を深めるのもいいですよね」

 こうなると花歩とつかさも顔を見合わせ、みんなが行くなら……と言い始める。
 珍しく少し焦った晴が、思わず机を叩いた。

「ちょっと待て! 桜夜先輩はどうなるんや。
 この人が博物館なんか行くわけないやろ。お前らは先輩を一人にする気か?」
「なんやねん晴、私をアホみたいに!
 これでも受験戦争に揉まれて、だいぶ賢くなった気がするんや。
 桜夜ちゃんはサイエンスガールを目指すでー!」
「本気ですか……」

 晴も仕方なく溜息をつく。まあ、部員たちが科学に興味を持つこと自体は大歓迎である。
 浅草や東京タワーは敢えて行かないのもWestaらしいのかもしれない。

「では明日の午後は科博の常設展ということで。
 その後は私は特別展を見るので、皆はお台場でもどこへでも行ってくれ」
「待ってください。その前に神田明神は当然行きますよね?」

 姫水が挙げたのはμ'sの聖地。
 もちろん異を唱える者はなく、立火もこれには素直に従った。

「そうやな、お昼食べたらまずお参りしよか。他のグループも来てるかもしれへんし」
「全国の人と仲良くなれたらいいですね!」

 嬉しそうな勇魚に姫水も優しく笑うが、続けて部長に向けた目はあまり笑っていなかった。

「神田明神は都会の真ん中で、あまり広くはありません。
 『これが東京の総鎮守~? 住吉大社の何分の一やねん』とか、余計なことは言わないでくださいね」
「言わへんて! くそう、姫水には最後まで信用されないままか~」
「うふふ。東京での振る舞いによっては、見直す準備はありますよ」
「はいはい、気いつけます。ほな次、食べたいものある?」

 注意されたばかりなので、立火も『まあ食い倒れの大阪人からしたら、東京の食べ物なんてねえ』などとは冗談でも言わない。
 桜夜はスイーツを考えている顔だが、東京でしか食べられないもの、となると思いつかないようだ。
 ぱっと手を上げたのは花歩だった。

「東京名物といったら、やっぱりもんじゃ焼きですね!」
「おっ、確かに。江戸の粉もんがどんなものか、たこ焼き屋の娘としては確認したいとこや」
「大阪にもそこそこありますけどね、もんじゃの店」
「つかさは入ったことあるん?」
「いや、そう言われると一度もないっすね」

 やはり大阪ではお好み焼き、たこ焼きを食べてしまうので、本場のもんじゃを味わうことに決まる。
 続けて手を上げたのは小都子だった。

「うどんなんてどうでしょう? 東と西で違うそうですからね」

 そう言われて、ははーんとあごを撫でる立火である。

「『何やこの墨汁みたいな汁は! こないなもん食えるかーい!』とか言うんやろ。
 あかんでー、姫水に怒られるから」
「言いませんよ! でも実際どれだけ黒くて、どんな味なのか知りたくないですか?」
「うちも知りたいです! 姫ちゃんは食べたことある?」
「うーん、どうだったかしら。食べてないことはないはずだけど、あまり記憶にないわね」
「こういう状況やからな。小都子の希望は叶えられそうにない」

 と、晴が見せたノートパソコンには、東京駅周辺でうどん屋を検索した結果が出ている。
 『讃岐うどん』『讃岐うどん』『讃岐うどん』。
 しまいには『関東初上陸! 大阪千日前の名物うどん』。
 逆に蕎麦屋は歴史のありそうな店が多数見える。

「あらら……やっぱりあちらさんは、蕎麦文化なんやねえ」
「東京でも西の方へ行けば、武蔵野うどんというのがあるみたいやけどな。
 それと群馬は小麦生産が盛んで、水沢うどんが名物らしい」
(群馬……)

 姫水の胸には、夏のアキバドームで知り合ったお姉さんたちが浮かんだ。
 今回も来てくれるだろうか。あのときの子だと気づいてもらえるといいけれど。
 とはいえうどんを食べに群馬まで行けるわけもなく、桜夜があっさりと断定した。

「蕎麦でも別にええんとちゃう? これだって黒いやろ」
「そうですねえ。郷に入っては何とやらですし」と小都子。
「では後で良い店を探しておこう」

 晴が言って土曜のメニューは固まった。
 日曜の昼はアキバドームシティ、夜は大会終了後の気分次第、と決まっていくうち、昼休みは終わり近い。
 急いで弁当を腹に片付け、部室を出る夕理に花歩が話しかける。

「夕理ちゃんももっと意見言って良かったのに。食べたいものとかないの?」
「私は好き嫌いないから。ライブをする栄養分が取れれば十分や」
「あ、そっか。夕理ちゃんがほんまに食べたいのはつかさちゃ……ぎゃああ!」

 夕理の怒りのアイアンクローが炸裂し、悲鳴の花歩につかさが苦笑している。
 そんな光景を見ながら、勇魚は幼なじみに耳打ちした。

「ねえ姫ちゃん。うちも夕ちゃんとつーちゃんの仲、何か協力できひんかなあ」
「気持ちは分かるけど。でも夕理さんの応援は、四月からも好きなだけできるわよ。
 今は、この瞬間だけのことを大事にしましょう?」
「そっか……そやね」

 午後の授業が終われば、三年生たちの最後の練習。
 後ろをちらりと見ると、鍵をかけた立火が桜夜と楽しそうに話している。
 思わずしんみりする勇魚に、姫水が優しく手を繋いだ。


 *   *   *


 その最後の練習が、つつがなく行われていく。
 四つの芸も違和感なく入れられ、あとは微調整くらいしかないけれど。
 練習自体が楽しくて、九人で何度も繰り返す。

(私、練習は嫌いやったはずやのになあ)

 笑いながら、桜夜の頭にはそんなことが浮かぶ。
 ダラダラと気楽だった一年目。
 厳しくて吐きそうだった二年目。
 そして本当に色々なことがあった、三年目の練習の日々。
 時計の針は容赦なく進み、最後の時間はみるみる減っていく。

(でも泣かへんからな!)

 いつも泣き虫の自分だったけど、ここから先は泣かないと決めた。
 今から卒業式まで、最後になること、お別れすることが続いていくけれど。
 Westaの副部長として、絶対に笑ったまま終わらせよう。

「ぱーーん!」

 クラッカーの消費が激しいので、今は引くふりだけのエアクラッカーだ。
 すぐに晴がエア掃除。
 それを何度繰り返したろう。不意に立火が、優しい声で指示を下した。

「よし、次で最後や。実物使てや」

 ぴくん、と桜夜の体が固まる。
 小都子が微笑みながら、先輩の手にクラッカーを握らせた。
 桜夜も一生懸命笑って、全力で声を張り上げる。

『1、2、3、いぇい! ここから始まる楽しいフェスティバル!』

 立火と勇魚の間でお手玉が行き交う。
 夕理と姫水がスキップしながら楽器を鳴らす。
 サビで花歩とつかさがぱっと花を出す。
 そして1分55秒の曲の最後に――

 パーーン!
 桜夜と小都子が笑いながらクラッカーを鳴らし、晴が後片付ける。
 少しだけ余韻を味わってから、立火の力強い声が響いた。

「練習はここまで! みんなお疲れ様!」


 桜夜はもちろん、他の部員たちも実感がない。
 この九人での練習の日々。終わったことが信じがたく、延長を期待する目もいくつか向くけれど。
 部長は首を横に振って、きっぱりと言った。

「明日は八時半に新大阪へ集合や。今日はゆっくり休むように!」
『……はい!』
「何を忘れてもいいけど、衣装だけは忘れんといてや」

 晴の素っ気ない言葉に、皆も苦笑しながらその衣装を脱ぐ。
 丁寧に畳んで鞄に入れて、姫水と夕理は楽器もケースにしまう。
 帰る準備ができてしまい、つかさが伸びをして明るく言った。

「さーて、明日は観光や! めっちゃ楽しみ!」

 皆も少しほっとして、次々と部室を出ていく。
 最後に立火が電気を消して、廊下に出て鍵を閉める――のが、ずっと続いてきた日常だった。
 だが、ふと桜夜が振り返ると、立火が部室から出てこない。
 むっとして大股で戻れば、中では相方が名残惜しそうにたそがれていた。

「こら立火! 後輩に示しがつかへんやろ!」
「い、いやほら、私は家近いから。少しくらいええやん」
「そういう問題とちゃうわ! なら私も残ろうかなー」
「お前はもうすぐ本命の試験やろ!」

 確かによりによって、全国大会の翌日が試験日だ。
 家で最後の追い込みをしないといけないが、立火をこのまま残していいものか……。
 と思っていると、桜夜の脇から勇魚が顔を出した。

「立火先輩! それならうちと少しだけお手玉しましょう!」
「おっ、それやったら遊んでこか。これは決して練習とはちゃうんやで」
「ったくもう、言い訳くさい……」

 呆れる桜夜だが、勇魚がいてくれるなら安心できる。
 ほな明日ね、と二人と手を振り合ってから、心静かに廊下に出た。

(最後に後輩を立火に譲るなんて、私って偉いやん)

 自画自賛しながら昇降口へ行くと、二年生たちが優しい目で待っていてくれた。


 *   *   *


 一方、一年生の昇降口では姫水が口を開く。

「花歩ちゃんは行かなくていいの?」
「い、いやー。今回の部長のパートナーは勇魚ちゃんやから」

 以前のこともあって遠慮する花歩に、今日は夕理とつかさが背中を押した。

「勇魚やったら、花歩もいてくれた方が絶対喜ぶやろ」
「泣いても笑っても、部長さんは明後日で引退や。部室での思い出は今しか作れへんねんで」

 そう言われても、花歩はまだ戸惑いながら、大事な友達に目を向ける。

「でも、姫水ちゃんを一人で帰らせることに……」
「もう、私だって子供じゃないわよ。ちょうど一人でやりたかったこともあるから、気にしないで」
「そ、そう? それじゃ……ちょっとだけ」

 えへへと後ずさりしてから、花歩は身を翻し、早足で部室へ戻っていった。
 残った三人は、色々な因縁も忘れて、今は素直に笑い合った。


「立火先輩、何か心残りはありますか?」

 お手玉を投げ合いながら、勇魚は遠慮なく聞いてくる。
 湿っぽい空気なんて全くない笑顔で。

「もしあったら、先輩の代わりにうちが叶えます!」
「うーん、そうやなあ。正直、できすぎなくらいの三年間やったと思うし……」

 山あり谷ありの部活動だったが、ついに悲願の予選突破。最後はアキバドームのステージに立つ。
 これで文句を言ったら罰が当たる。
 後輩もできた子ばかりで、特に小都子と晴には安心して任せられる。
 夕理とつかさの顛末は見届けられないが、あの二人ならこじれることはないだろう。

「勇魚もメンタル面では、もう何の不安もなさそうやからな」
「えへへ。あと二年、笑顔で続けられる自信はありますよ!」
「敢えて言うなら、看護師になれるかが心配やろか」
「うぐっ。次の学年末テストも頑張ります……」
「あはは、私も大学では勉強優先や。一緒になりたい職業に就くで!」
「はいっ!」

 ただ一人だけ、心残りがあるとすれば……。
 結局最後まで、思い入れが強すぎると言われそうだけど。

「やっぱり……花歩やろか」

 そう言うと同時に、本人が扉を開けて入ってきた。

「え、私がどうかしました?」
「立火先輩の心残りやって!」
「そ、そうですか……すみません、不甲斐ない後輩で」
「いや、不甲斐ないのは私の方や」

 正直すぎる勇魚に苦笑しつつ、お手玉をキャッチして、後輩たちを椅子に座らせる。
『私はっ……唯一無二の自分になりたいんや!!』
 あの文化祭の叫びから五ヶ月。在籍中に叶えてやることはできなかった。

「誰にも負けない、最強のスクールアイドルに育てられたら良かったんやけどな」
「そ、それは上を見たらきりがないですよ。
 部長のおかげで、全国の舞台に立てるまでにはなりました。あと二年は自力で頑張ります!」
「そうか。そこまでは自信を持ってくれたなら、ひとまずは安心や。ただ……」

 立火の頭に浮かぶのは、最後まで遠い存在だった羽鳥静佳のことだった。
 同じ全国へは行けたものの、もし会場で会ったとき、彼女と対等に話せるだろうか。

「やっぱり才能は残酷や。
 新入部員に姫水や瀬良みたいなのがいて、お前たちを追い抜いたり……なんてことは心配してる。
 勇魚はそれでも大丈夫やろか?」
「はい! そんなすごい後輩が入ってくれたら、めっちゃ嬉しいです!」
「花歩は……?」
「あはは……確かに、へこむとは思います。
 でも大丈夫ですよ。のろまな亀でも、歩くことは決してやめません。
 卒業間際までかかるかもしれませんが、必ず望んだ通りの花を咲かせます」

 花歩の落ち着いた、そして揺るがない瞳に、立火はもちろん、勇魚も目を潤ませた。
 親友に横から抱き着いて、顔だけ立火に向けてくる。

「それに、花ちゃんにはうちがついてます!
 何があったって、二人なら乗り越えられます!」
「勇魚ちゃん……」
「ああ……そうやな」



 少し目を閉じた立火は、自らの心を確認し、ぱっと目を見開いた。

「よし! もう心残りは何もない!」

 三人とも立ち上がって、もう少しだけお手玉で遊んだ。
 この一週間、高度なジャグリングは試していない。そういう趣旨のライブではないから。
 ただ楽しめるように、見る人も釣られて笑えるように。
 それだけを心に掲げて、ザ・ハリセンズは活動を終える。

 鍵を閉め、職員室に返しに行く。
 一年間続けてきたこれも、とうとう最後。
 ついてきてくれた二人に心温かくなりながら、立火は視聴覚室の鍵を握った。

(来週からは、小都子の仕事や。今までおおきに……)


 *   *   *


『弥生さんへ』

 一人で帰るバスの中、姫水はメールの文章を書いていた。

『引っ張ってごめんなさい。やはり今回も、会うのはやめておきます』
『Westaの皆との二度とない時間を、今は大事にしたいのと』

 数分間すら会えないのか、とは自分でも思うが、中途半端にしたくないのだ。

『あなたに会って、あの日の返事をすることは』
『大阪でなすべきことを全て終えて、何の心残りもない状態でしたいのです』
『あと一ヶ月。私が東京の住人になるまで、もう少しだけ待ってください』

 送信してから、自分に少々苦笑いする。

(まだ編入試験に受かったわけでもないのに、自信過剰かしら)

 とはいえ落ちる気はさらさらない。四月からは必ず、弥生と同じ学校に通う。
 そのためにも明後日の全国大会、そしていくつか残った宿題に、全力で取り組まないと。

(弥生さん、ラブライブは見てくれるかな……)

 ライブ会場の雰囲気が苦手と言っていたので、見るとしてもテレビかネットだろう。
 あのお笑いライブが彼女にウケるかは、正直見込み薄だけれど。
 それでも大阪での一年の集大成だ。けなされてもいいから、見届けてほしかった。


 *   *   *


「ただいまー」

 少し遅くなった花歩が帰宅すると、読書中の芽生が顔を上げた。

「最後の練習、どうやった?」
「ん……心残りはないって、言ってもらえた」
「そっか。良かった」

 お風呂と夕食を済ませて部屋に戻ると、机の上でスマホが点滅している。

(あれ、小都子先輩から招待?)

 指示されたグループに入ると、一・二年生だけがメンバーのようだ。
 いくら三年生が引退するからって、こんなの作らなくても……と過剰に反応してしまう花歩だが。
 表示されたメッセージを見て、一瞬でも疑ったことを反省した。

『卒業式の後に、先輩たちを送るライブをしたいと思うんや。
 みんなはどう思う?』
(小都子先輩……!)

 もちろん大賛成だ。が、何か引っかかる。
 カレンダーを見上げる前に、晴がずばりと指摘した。

『準備期間が二日間しかないな』

 花歩の目は改めてカレンダーへ向く。
 日曜が全国大会で、水曜からテスト前の部活禁止期間。金曜日が卒業式。
 月、火の二日で準備するしかなく、小都子の申し訳なさそうな文章が続く。

『うん。しかも全国大会で疲れたところへ休む間もなしや。
 そやから私も迷ってたんやけど、やっぱり最高の卒業式にしたいなって』
『二日もあるやないですか。以前の一日ライブを考えれば、十分すぎるくらいです』

 これは夕理から。あの一日ライブで夕理は入部し、花歩は見ているだけだった。
 でも今は違う。一年間の経験を経て、まさに当事者として披露できるのだ。

『花歩、新曲作るで!』
『任せて、夕理ちゃん!』
『だ、大丈夫? 無理しなくてもええよ。別に既存曲でも』

 小都子が慌ててフォローを入れる。
 花歩としても、まだ全国大会が終わってないのに移り気すぎるとは思うけど。
 でも気持ちは止められない。立火と桜夜のためだけの曲を作りたい!
 つかさと姫水からも、賛同のメッセージが届いてくる。

『この二人なら大丈夫ですって。全国レベルの作詞作曲家っすよ』
『どのみち内輪のライブです。やりたいことを優先しましょう』
『間に合わなかったら既存曲にすればいいだけの話や』

 晴が身も蓋もないことを言って、小都子もそれならお願いね、と二人に依頼した。
 あとは勇魚を待ちながら雑談していると、しばらくして入ってくる。

『すみません、妹と遊んでました! うちももちろん大賛成です!』
『勇魚は、どんな曲がいいと思う?』

 夕理に聞かれて、勇魚の返事は文字が踊っているようだった。

『めっちゃ明るい曲!
 立火先輩と桜夜先輩なんやで。いくら卒業式でも、しんみりしたのは無しや!
 笑顔で旅立ってほしいねん!』

 いかにも、とスマホのこちら側で深くうなずく花歩である。
 が、心配そうなメッセージが姫水から届いた。

『ATFDと似た雰囲気になるけど、連続で大丈夫?』
(あー、確かに差別化が難しいなー)

 今まで毎回バラバラな雰囲気だったから、語彙の少ない花歩でも何とかなったのだ。
 笑える歌詞を必死でひねった後の、絞りかすの頭で作詞できるだろうか。
 が、作曲担当の方は、いつものように毅然としていた。

『全国であの曲を披露する以上、広町先輩の言うWestaらしさは、これからは笑いになるんや。
 もちろん違う曲を書くこともあるやろうけど。
 メインは笑いを軸に、かつファンを飽きさせない曲を作らなあかん。
 その練習にちょうどいい。花歩もそう思うやろ』
(そ、そうやね~)

 内心では冷や汗ながら、文章だけは自信満々に送信する。

『もちろん! 音楽の可能性は無限大なんや!』
『おっ、花歩も言うようになったやないか』
『夕ちゃん花ちゃん、ファイトー!』
『ほんま、無理はせえへんでええからね』

 テキストが次々と流れ、最後に晴が厳しく釘を刺した。

『肝心の全国大会が疎かにならないようにな。
 夜遅くまで作曲して、明日寝坊するなんてのは勘弁やで』
『私はそこまでアホじゃありません!』

 むきになった夕理の言葉に笑って、いったんお開きとなった。
 少し軽くなった心で、いそいそと明日の準備をする。
 作詞ノートを荷物に入れる姉に、妹が不思議そうな目を向けた。

「わざわざ東京行ってまで作詞するん?」
「ふっふっ。また新たな目標ができたんや」

 全国大会が終わりではないのだ。
 後輩たちだけでも立派にライブができることを、卒業する先輩に見てもらう。
 体育祭のリレーのように。バトンを綺麗に繋いで、次の道を走り出そう。


 芽生と一緒に全国出場のグループを予習していると、時計は十時。
 そろそろ寝るかと切り上げたところへ、夕理から連絡が来た。

『曲ができた』
『早!』
『明日の朝に渡すから、今のうちに頭を休めといて』
『あはは。おっけー』

 明日、500kmの彼方へ旅に出る。
 最後の大会と、そして新たな曲を作るための旅。
 未来への浮遊感に包まれながら、花歩は穏やかに眠りについた。



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