第34話 笑え! アキバドーム
授業が始まっても、花歩は集中できるはずもなかった。
合格発表は10時。すぐに連絡が来るはずだが……。
(!)
振動したスマホを、机の下でこっそりと覗く。
表示されたのは『サクラサク』の五文字。
心から安堵すると同時に、教室に大声が響き渡る。
「やったーーー!!」
(ちょおお! 勇魚ちゃん!!)
肝が冷える花歩の前で、怒った先生が近づいてくる。
「こら佐々木! スマホ没収するで!」
「はわわ! すみませええん! あの、立火先輩が合格しました!」
「おっ、それは良かった。いやしかし、授業中にやな……」
「やったね勇魚ちゃん花歩ちゃん!」
「これでWestaは全国で大活躍や!」
教室中が大騒ぎになり、先生も結局は喜んで、しばらく授業にならなかった。
そんな空間で、花歩はもう一度安堵する。
バレンタインが苦い結果に終わっただけに、なおさら。
(振られた夕理ちゃんはもちろん、振ったつかさちゃんも辛かったろうな……)
(でも私は、間違ったことをしたとは思わへん)
(夕理ちゃんも諦めてないんや。二人が幸せになれるよう、私もこれから全力を尽くすで!)
そんなわけで、お昼は夕理と作戦会議……と思っていたのだけれど。
当の夕理は、お弁当を食べながら悩んでいた。
「とりあえず一緒に登校できるようにはなったけれど。次の一手が全く思い浮かばへん」
「そこはもう、がんがんアタックするしかないやろ。デートに誘うとか、プレゼントを贈るとか」
「……それでつかさの心は、こっちを向いてくれるんやろか」
思い詰めた表情で、夕理はいったん箸を止める。
「朝に小都子先輩とも話したんやけど。
歓心を買うためだけに必死になるのは、かえって逆効果かもしれへんねって言われた」
「うーん、それもそうか……。
つかさちゃん、夕理ちゃんの人に媚びないところを気に入ってそうやもんねえ」
高潔なところはなくさないで欲しいと花歩も思うが、そうなると手詰まりである。
牛乳を飲み干して、夕理は割り切ったようにパックを置いた。
「腰を据えて長期的にかからなあかん。ひとまずは登校だけで良しとする。
今は恋にうつつを抜かせる状況とちゃうんや」
「そ、そうやね。全国大会まであと八日!」
どのみち明後日の日曜は練習、その次の日曜は本番。
デートを考えるとしても、全ては大会が終わってからだ。
「部長、私立は受かったけど、公立も受けるのかなあ」
「公立の受験日って全国大会の翌日やろ。どうするんやろな……」
* * *
そんな後輩たちの心配に、放課後の部室で立火は説明を始めた。
「正直なところ大学の雰囲気なんかは、私立の方が好みなんや。
公立の方が偏差値は上やし、受けても合格する可能性は高くない。
とはいえ前に言うた通り、公立の学費は百万円安い。さあっ! 君ならどうする!」
立火の指が一年生たちへ突き付けられる。
後輩にもいずれ来る受験の、心の準備をしてほしいのだろう。
花歩も自分のこととして考えつつ、ついつい雑念が入ってしまう。
(できれば部長には、ここで受験をやめてほしい)
(残り少ない時間、全てを部活に注ぎ込んでほしいんや……)
勝手な言い分とはわかっているけど。
スクールアイドル広町立火の終幕は、受験との掛け持ちではなく、ただ一筋に完全燃焼してほしかった。
一年生五人で後ろを向いて話し合ってから、代表して勇魚とつかさが答えを返す。
「やっぱり、自分が好みの大学に行くのが一番やと思います!」
「百万いうても四年間でしょ? 月あたり二万円。うちの姉を見る限り、社会人になれば余裕で返せますって」
そして姫水が、横目に花歩を映しつつ優しく言った。
「大学は後から編入もできますけど、スクールアイドル活動は二度とない、今この瞬間だけ。
花歩ちゃんに掛け替えのない、最高の思い出を作ってあげてほしいです」
「ち、ちょっと姫水ちゃん、私のことはええやろ。
その……できれば心置きなく、アキバドームに立つ部長を見たいです」
立火としては後輩の参考にというつもりだったが、逆に思いを寄せられてしまった。
感じ入っているところへ、見守っていた小都子が穏やかに促す。
「先輩の答えはもう出てるんでしょう?」
「そうやな。さっき親と先生と話して決めたけど、お前たちのおかげで一層固まった。
私の受験はこれで店じまいや! 公立は受けず、この先の時間は部活に捧げる!」
やったー! と花歩たちが万歳する中、晴もかすかに微笑んでいる。
そして立火の目は、少し複雑な顔の夕理へ向いた。
「夕理は『より上の大学を目指すべきです』とか言うかと思ったで」
「言えるわけないでしょう。この高校を選んだ私が……。
私なら公立も受けた上で判断しますけど、先輩が後悔しないならいいです。
公務員試験の勉強はどこでもできます。しっかり励んでください」
「あはは。久々に上からやなあ」
そんな温かい雰囲気の部室で、ひとり暗いのは桜夜である。
取り残された子猫のような、涙目の顔を相方に向けた。
「うう……立火あ……」
「情けない顔をしない! 私は先に降りるけど、最後まで手伝うから。
三年間真面目に勉強してこなかったツケなんや。気合い入れて完済するんやで!」
「ううう、分かった……見捨てたら一生恨むで……」
「せえへんって!」
その光景を見ている花歩と勇魚も、あまり他人事ではない。
二年後に綺麗に引退できるよう、勉強も頑張っていかないと……。
他に連絡事項はという立火に、夕理が静かに手を上げた。
「私事ですみません。ひとつ報告があります」
デジャブを感じる三年生たち。
語られた内容は案の定、先月と似たようなものだった。
「昨日つかさに本命チョコを渡して告白しましたが、見事に振られました。
でも一敗した程度では諦めませんし、何年かかろうが振り向かせます。
もちろん部活を疎かにはしません。アタックするにしても全国大会の後にします。
私からは以上です」
「あー……そ、そう」
それくらいしか言えない立火である。本当、どこまでも自分の道を貫く後輩たちだ。
つかさは困り笑いを浮かべているが、嫌そうではないので納得はしているのだろう。
が、結果だけ見ればまたも失恋であり、桜夜はやり切れないようだった。
「ちょっとー。うちの部のラブ関係、どこも上手くいってへんやん。どこかにハッピーエンドはないの?」
(一番上手くいきそうなのはアンタやで!)
勇魚と晴以外の下級生が思わずツッコむ。
大切な人と二人暮らし。そんな未来が待っている先輩に、特に花歩は思うところはあるけれど。
でも桜夜も本気で心配して言ってくれているのだ。
しばらく先になったとしても、『夕理ちゃんは上手くいきました!』と報告したかった。
そうして練習が始まり、レッスン不足の桜夜が特に鍛えられる。
とはいえほぼ完成済みの、オール・ザッツ・ファニー・デイズ。伸びしろはあまりない。
完成しているのですからそう焦らなくていいのでは? と姫水が慰めるが。
しかしせっかく部活に集中できるのに、これ以上できることはないのか……と悩む立火である。
お渡し会の記事をアップロードした晴が、帰り際に声をかけてきた。
「残り一週間、私は全力で広報を続けます。
部長も受験が終わって頭がお手すきでしょうし、考えることはやめないでください」
「私の脳みそ、酷使でボロボロなんやけど。でもまあ、何か考えてみるで」
* * *
翌日は土曜日。
部活以外にやる事のない立火は、朝八時に部室へやってきた。
まだ暖房が入っていないので、少し体を動かしてから、温まった体で考える。
(アキバドームの五万人を爆笑させられるとは思わへん。そんなんプロの芸人さんでも無理や)
(せめて三万人……いや一万人でもクスリとしてくれれば……)
それだって相当ハードルが高い気がする。
スマホでお笑いの動画を見てみたが、見ているとだんだん、何が面白いのか理解できなくなってくる。
考えるうちに頭が崩壊しかけて、慌ててスマホを消した。
(結局は笑いは理屈やない、センスなんやなあ)
(平凡なセンスしかない私たちが、それでも見る人を楽しませるには……)
後ろの棚に入れた衣装が目に留まり、自分のものを着用してみる。
難しい顔をしてても仕方ない、ピエロらしくひょうきんに! と思うが、何だか笑い方まで分からなくなってきた。
今度はピエロの動画を探してみると、一つの映像が目に留まる。
(これは……)
(そうや、これなら笑いのセンスがなくても!)
「おはようございまーす」
十時になって登校した花歩たちが、部室の扉を開ける。
同時に目に飛び込んできたのは、朗らかにステップを踏むピエロの立火。
そしてその手から放たれる、宙を舞う三つの物体だった。
「グンモーニング! どうやろこれ!」
「うわ部長、お手玉上手ですね!」
感嘆する花歩は、こんな事をするピエロをどこかで見た気がする。
すぐに姫水が正解を言った。
「ジャグリングですね」
「そうそう。本物はボールとか、ボウリングのピンみたいなのやけど」
「先輩先輩! うちもお手玉は得意ですよ!」
鞄を置いた勇魚が立火の前に飛び出す。
ほっほっ、と投げられたお手玉を、勇魚の小さな手が器用に受け継いだ。
「おー、なかなかやるやないか」
「えへへ、汐里が小さい頃は喜んでくれたので!」
「さすがは勇魚ちゃん、素敵なお姉さんね!」
「姫水は相変わらずやなあ。花歩、ちょっとそこのを追加して」
「あ、はいっ」
机の上にあった四個目、五個目のお手玉が投げ入れられる。
他の部員たちも到着する中、立火と勇魚の間で飛び交う小豆入りの袋。
六個目が追加されたところで、さすがに耐え切れず落ちてしまったが、立火は大いに手応えを感じた。
桜夜以外は揃った部員に、さっそく着席してミーティングを始める。
「というわけで芸や! 隠し芸!
漫才師みたいなセンスはなくても、これなら私たちもできるやろ」
「なるほど。ギャグ的な笑いとは違いますが、見る人が面白くは感じそうですね」
晴のお眼鏡にもかなったようだ。進むことに決めた立火は、さっそく部員たちに挙手を求める。
「ほな、誰か隠し芸できる人ー」
『え……』
「小都子はお笑い好きなんやから、何かあるやろ?」
「そ、そう言われましても……あ! ラテアートならできます」
「ライブ中にどうすんねん!」
「あのっ」
先輩のピンチに、夕理が自信なさげに手を上げた。
「Saras&Vatiでやったバイオリンライブはどうでしょう。面白いかは分かりませんが」
「それや! 楽器を鳴らすのは楽しそうでええな。チンドン屋みたいで」
「チ、チンドン屋……まあ、いいです。それでは明日持ってきます」
せっかくだからと、夕理はスクールアイドル好きの原点について立火たちにも話した。
バイオリンを使っていた青森のグループ。
あの初めてのきっかけを、アキバドームで自分でも行えるなら、それは実に感慨深いことだと。
「そういうことでしたら」
胸を打たれたらしい姫水が、続けて手を上げる。
「楽器が一つでは寂しいでしょうし、私が夕理さんと組みます。
演奏はできなくても、演奏する演技はできますから」
「なら姫ちゃん、笛がいいと思うで! やっぱりチンドン屋はピーヒャララって感じや!」
「そうね。ステージ映えを考えると、クラリネットなんかいいかもね」
「楽器を借りられへんか、吹奏楽部長に相談してみよう」
「頼むで晴!」
(あわわ……とんとん拍子に話が進んでいく……)
花歩も何か芸ができないか、さっきから考えてはいるが何も思いつかない。
結局、立火が話を終えてしまった。
「あくまで追加要素やし、全員がやる必要はないやろ。とりあえず四人で試すで」
「え、うちも入っていいんですか?」
「もちろんや。勇魚と私でお手玉ジャグリングやで!」
「わーい! うち頑張ります!」
(しかも部長を勇魚ちゃんに取られた……)
へこむ花歩だが、先日の轍を踏んだりはしない。
勇魚だって立火のことが大好きなのだ。最後のステージ、二人が組めるのを友達として喜ぼう。
それはともかく、また目立たず終わってしまいそうで、同じく芸のないつかさに小声をかける。
「つかさちゃん、このままでええの?」
「そう言われても、あたし隠し芸とかするキャラとちゃうし。ちょっと様子見」
「うーむ」
程なくして晴がクラリネットを借りてきて、準備は完了。
夕理も今日のところは定規と指示棒でバイオリン代わりにする。
昨日まで停滞気味だった練習が、一気に忙しくなってきた。
どのタイミングでどう芸をするのか、試行錯誤していると、午後になって桜夜がやって来る。
「え、なんや面白そうやん。私も何かやりたい!」
「お前はそんな余裕はないやろ。まずはサブセンターをしっかり務めること。
そういや今日、二校で合格発表やったんとちゃうの」
「今まで黙ってる時点で察して……」
桜夜からは受験の重石は未だ外れない。
それでも全国に悔いを残さぬため、今日も本気でライブ練習に取りかかった。
立火は勇魚とお手玉しつつステージ左へ。夕理と姫水が演奏しながら右へ。
センターから立火が外れたので、桜夜と小都子で繋ぐ。
お手玉を床に置いた立火がセンターに戻り、サブに回った桜夜とともに最後までいって締め。
それを何度か繰り返すうちに、桜夜の頭が一案ひらめいた。
「そうや! ラストにこれ入れたらどう? 練習しなくてもできるし」
と言いながら左手で細い何かを持ち、右手で何かを引っ張る動きをする。
すぐに気付いたのは小都子だった。
「え、クラッカーですか?」
「そうそう、パーンって景気づけに。芸人っぽいやろ」
「確かにお祭りの雰囲気も出ますけど。晴ちゃん、ルール的にどうなん?」
「それ自体は問題ないが、次のグループの舞台に一片のゴミも残さないのが条件や」
そりゃそうだ、と納得する一同に、少し考えこんだ晴が提案した。
「一度試してみますか? アイドルに掃除はさせられへんので、私が黒子として舞台に上がりますが」
『おお!』
立火と桜夜が、思わず手を打って歓声を上げる。
まさに瓢箪から駒。ずっと一緒に頑張ってきた晴が、最後に同じ舞台に立てるのだ。
勇魚と小都子ももちろん大喜びである。
「やったー! 晴先輩と一緒にライブやー!」
「ドームのステージからの景色、晴ちゃんとも共有できるんやねえ」
「あくまで仕事のためやで。とりあえずクラッカー買うてくる」
駅前の百円ショップへ行った晴は、程なくして戻ってくる。
ついでにどこかから調達してきたのか、小さなホウキとチリトリも持っていた。
クラッカーを受け取った桜夜が、一個取り出して小都子に取り出す。
「一人やと寂しいやん。小都子もやって」
「え、私ですか? まあ確かに、左右対称の方が映えそうですね」
小都子としても、最後に桜夜と組めるのは嬉しい。
さっそく練習に入り、終盤部分を歌いながら糸に指をかけて……
『愉快でフライな頭はハイ! そんな私たちの――
オール・ザッツ・ファニー・デイズ!』
パーン!
左右から降り注ぐクラッカーの中を、立火が前に出て締め!
ありがとー! とメンバーが客席へ手を振る間、晴が素早く掃除する。
「いけそうですね。練習すればもう二、三秒は、早く片付けられるでしょう」
「なんというか、こんなアホなこと練習してるの、全国で私たちだけやろうな」
楽しそうな立火の声に、全員で笑う。
一人だけ笑い切れていない夕理に、隣にいた姫水が声をかけた。
「私は賑やかでいいと思うわよ」
「アイドルのライブからは、どんどんかけ離れてる感じやけどな……。
けど私も腹をくくった。今回はこれでええんや。
岸部先輩。私たちの楽器も床に置くより、先輩に手渡してはどうでしょうか」
「確かにその方がスムーズやな。部長、お手玉もそれでいきましょう」
「晴もだいぶ大忙しやな!」
六人の芸と一人の黒子が、笑いのライブに楽しさを添える。
こうなると、花歩も黙っているわけにはいかなかった。
* * *
一時間延長して四時まで練習した後、帰路につく勇魚と姫水に、花歩の声が飛んだ。
「二人は先に帰ってて。私はつかさちゃんに相談があるんや」
そう言って、夕理と帰るつかさを追いかける。
「私たちだけ芸してないやん! やっぱり何かしよう!」
振り向いたつかさは困り顔だ。
自分が自分がの花歩と違い、器用なつかさは全体のバランスを考えている。
「元々完成してたライブなんやで? これ以上盛るのは逆にくどいやろ」
「何やねん! 勇魚ちゃんに聞いたで、つかさちゃんはうちのエースなんやろ?
そんなに消極的なら、私にエースの座を譲ってほしいわ!」
「いや別にあたしが名乗ってるのとちゃうし……」
「ご、ごめんね花歩ちゃん」
と、昇降口から出てきて声をかけたのは、その称号を与えた小都子だった。
「決して花歩ちゃんが劣ってるとか、そういうつもりではなくて……」
「あ、いえ、今の実力ではそうなるのは分かってます。
だからこそつかさちゃんには、もっと挑戦してほしい!」
「分かったってば。けど、くどいのも事実やで。やるにしても一瞬で終わるような……」
つかさが考え込むと同時に花歩も考える。
ライブに組み込めて、目立てて、スピーディな隠し芸。
すぐに思い当たり、二人はお互いへ人差し指を突き付けた。
『手品!』
というわけで、阿倍野のハンズに手品用品を探しに行った。
一人で帰りたくなかった夕理もついてきている。
「ごめんね~夕理ちゃん。つかさちゃんと放課後デートしたかったろうに」
「いらんお世話や! 今は目の前の大会が大事や言うたやろ」
「冗談冗談。でも、一緒に買い物くらいは楽しんだら?」
少し離れたところで、品物を物色しているつかさを花歩が指さす。
夕理は一瞬迷ってから、頬を染めてつかさの隣へ行った。
どうにももどかしい二人に、やれやれの花歩である。
しばらく選んだ結果、手から花を出すマジックに決めた。
衣装にタネを仕込んでおいて、サビのところでぱっと花開かせる。
花歩の名前にも合ってるしね、というつかさの言葉が嬉しい。
「今回はすっかり芸人やけど、次もこうなのかなあ」
ついでに立ち寄ったフードコートで、花歩が呟くように言った。
次も全国行けるかどうか……などとはつかさも今さら言わず、タピオカ茶を飲みながら考える。
「あたしは毎回こうでもいいけどね、面白いし。夕理は正統派のアイドルにしたい?」
「というか……色物を続けても上位へは行かれへんのは確かや。
ラブライブが競技である以上、優勝に向けての努力はしたい」
「前に聖莉守に文句言ってたもんね」
花歩はどうしたいのか、自分でもまだ分からない。
Number ∞にも勝ちたいと言った夕理の夢を、一緒に叶えたい気持ちはあるけど。
と、つかさがタピオカを吸い込んでから一言。
「何にせよ、あたしは小都子部長が決めたことについていくだけやで」
急に先輩想いなことを言い出す彼女に、二人から意外そうな瞳が向く。
つかさはごまかすように微笑むだけだった。
* * *
ジャグリング、楽器演奏、クラッカー、手品。
四つの追加要素をねじ込んで、日曜は朝から晩まで練習に励んだ。
晴も黒の上下に、自作の黒頭巾をかぶってすっかりやる気だ。
そして前期試験が全滅した桜夜は、すぐに来る中期試験のため、途中で切り上げて返っていく。
最終週、月曜もそんな感じでせわしなく過ぎる。
とはいえそれは内部だけの話で、火曜の朝に奈々から不思議そうに問われた。
「地区予選に比べたら、今回はやけに静かやな。体育館で練習はせえへんの?」
「あのときはバトンを投げるのに高さが必要やったからなあ。バスケ部には悪いことしたし」
答えるつかさに、夕理が追加で続ける。
「それに今回は、本番で見るのを最初にしてほしいところや」
「んん? 秘密兵器でもあるの? つかさも同じ意見?」
「あはは。兵器はないけど、事前にネタが割れるとあかんライブやねん」
夕理もつかさもお笑いに詳しくはないが、同じネタで二度笑ってもらうのが難しいのは分かる。
ぶっつけ本番しかない全国大会。いよいよカウントダウンが始まった。
(さて……今日も朝から晩までスクールアイドルや)
誰もいない三年五組で、立火はひとりお手玉を練習する。
階下の教室では、ホームルームが始まった頃だろうか。
高校生活最後の一週間。ひたすら好きなことに打ち込めるとは、なんて幸せな終わり方だろう。
たまに部員やファンの子、先生が様子を見に来て、立火を激励してくれる。
放課後になると部室の鍵を開け、九人の練習が始まった。
今さら大事件も起こらず、ごくごく普通の部活動に、全身全霊を注ぎながら。
水曜には隠し芸入りのライブも完成し、桜夜も一安心して、木曜は中期試験一校目に臨んだ。
部活前に明るいメッセージが名古屋から届く。
『今回は割と解けた! さすが滑り止め!』
『今から大急ぎでそっち帰るでー』
活動終了直前に到着した桜夜は、この上なく楽しそうにクラッカーを鳴らした。
テンションの上がった一同は、全員一致で練習を延長。
人を笑わせるためのライブに、自分たちの方が大笑いしながら、今日も一日は終わっていく。
そして金曜日――。
最後の練習より前に、昼休みに全員が部室に集まった。
余裕ができたので早く来た桜夜が、お弁当を広げながら明るく声を上げる。
「さーて! めっちゃ大事なことを話し合うで。
東京で何を食べて、どこを観光するのか!」