上野駅を出て、横断歩道を渡るとすぐに上野公園である。
姫水が右手の建物を指し示した。
「あれは国立西洋美術館。夕理さん、夏休みには美術館巡りに再挑戦させてね」
「……楽しみにしとく」
そんな二人に微笑みながら、部員たちは動物園に心引かれつつ、敢えて右へと曲がる。
少し歩いた先の大きな建物が、国立科学博物館である。
(さて……どう案内するか)
入場券を買いながら、晴は少し黙考する。
来てもらえたのは理系として嬉しいが、何しろ膨大な展示だ。桜夜などは途中で飽きかねない。
つかさも付き合いで来ただけで、そこまで興味はなさそうだ。
やはり、盛り上がりそうな展示を二時間程度、かいつまんで見せるべきだろう。
地球館の中に入り、立火を振り返る。
「ここは地上三階、地下三階の六フロアあります」
「そ、それは見応えがありそうやな」
「まずはご所望の、恐竜の化石から見ていきましょう」
「おっ、さすが晴。話が分かる」
ということで一階は飛ばして地下一階から。
中に入ると、さっそくティラノサウルスの巨大な姿が出迎える。
「おおー! やっぱティラノはカッコええなあ」
「でっかいなー。こんなんがほんまに生きてたんや」
立火も桜夜も大喜びで、他の部員たちにも好評だ。
ただ花歩だけが、おっかなびっくり眺めていた。
危惧した晴が、つつと近づいて声をかける。
「花歩はこういうの苦手?」
「い、いえっ。ただちょっとあの牙が怖いかなって……ガブリとされたら即死ですし」
「『恐竜』というくらいやから、正しい反応かもしれへんけどな。
あっちは草食恐竜やから、見てきたら?」
「そ、そうします」
「花ちゃん、うちもー」
花歩は勇魚と一緒にステゴサウルスを見に行く。
一方、夢中で写真を撮っている立火には、夕理が余計なツッコミを入れた。
「テレビで見たんですけど。最近の研究やと、ティラノはあまり恰好よくなかったそうですね」
「え、そうなん? どうなの晴?」
「羽毛が生えていたという説がありますね。そこにイラストがあります」
晴の指した展示板には、もっさりした毛に覆われた姿が描かれていた。
しかも前足が短すぎて、一度しゃがむとなかなか立てないと書いてある。
「なんやもう、イメージ壊れるなあ」
「あはは、可愛くてええやん」と桜夜には好評。
「もっとも一昨年に化石からウロコが見つかって、やはりウロコなのでは?という説も出てますが」
「学者さんもハッキリせえへんなあ」
「六千万年前の生き物なんですから無理言わないでくださいよ」
晴が抗弁していると、解説を読んでいた姫水が顔を上げる。
「でもティラノはともかく、一部の恐竜に羽毛が生えて、鳥になったのは確かなんですよね。
恐竜は絶滅したのではない、鳥に進化して今も生きているのだ……という話にはロマンを感じます」
「ちょっとロマンチシズムに傾きすぎやけどな」
「いーじゃないですか、夢があって」
つかさが擁護しながら、花歩たちを追って他の恐竜を見ていく。
小都子は卵を抱いたシチパチがお気に入りのようだが、それすら花歩は不気味そうに見ている。
まさか相性が悪いのは花歩だったかと、晴は再計算を余儀なくされた。
(この順番で見ていくと、最後に花歩が一番苦手な展示があるな……さてどうするか)
とりあえず恐竜は見終わり、一つ下の階へ移動する。
「ここも化石ですか?」
「恐竜以外の化石やな。花歩は外で待っててもええで」
「いえいえ、小さい生き物ならそんなに怖くは……って、ぎゃーー!」
群集している三葉虫の化石に、とうとう悲鳴を上げる花歩である。
部員たちが心配そうに見る中、つかさだけが薄情にも笑っていた。
「ビビりやなー。こういう虫も駄目なん?」
「こんなん泳ぎ回ってたら海に入れへんわ! 三葉虫には悪いけど、絶滅してて助かった……」
「まあ……このへんは流して先に進もか」
晴としては生痕化石――虫の這い跡の化石について小一時間説明したかったが。
花歩が科学を嫌いになってしまっては元も子もない。次のエリアへ皆を誘導する。
大きな牙を持つ骨格に、勇魚が歓声を上げた。
「また恐竜や!」
「あれはマンモスや。理系クラスを選ぶなら、恐竜と哺乳類の区別くらいつけるように」
「あ、そっか。えへへ」
「ほら花歩ちゃん、ホラアナグマだって。可愛くない?」
「花歩、天井を見て。クジラの先祖らしいで」
「す、すごいねー。あはは」
姫水と夕理が慰めてくれるが、結局どれも絶滅生物の骨である。花歩の顔は浮かないままだ。
さらに続くエリアへ行く前に、晴が再度確認した。
「人間のコーナーやけど、行く?」
「人ですか! それなら怖くないですね!」
「人骨とかあるけど」
「外で待ってます……」
「花歩も見たらよかったのに、原始人の模型。ヌードやで」
「別に見たくないから!」
「あそこが丸出しで勇魚が真っ赤になってて……」
「もー、つーちゃん!」
一年生たちが言い合うのを聞きつつ、エスカレーターで最下層へ移動する。
地下三階は物理と化学の展示なので、花歩も怖くはないだろう。
むしろ問題は三年生たちだ。話を盛り上げるべく、晴はまず科学者コーナーへ案内した。
展示板には笑顔のおじさんの写真がある。
「この方が大阪府出身のノーベル賞物理学者、江崎玲於奈博士です」
「へえ、大阪の人やったん! まさか住之江だったり?」
「高井田生まれです」
「惜しい! 東大阪市か」
地元の話に立火が喜ぶ一方、桜夜は腕組みして首をひねる。
「名前は聞き覚えあるけど、何した人やったっけ? チョコ作った人?」
「なんでグリコやねん!」
「半導体のトンネル効果を発見し、コンピューターの性能をアップさせました」
『おおー』
自分たちのスマホにも恩恵のある話に、感謝を込めて拝む面々。
さらに別のパネルには、テレビでよく見る人が展示されている。
文系の部員たちも、iPS細胞くらいは知っていた。
「山中伸弥博士も大阪出身です。
「え、ずっと京都の人やと思ってた! 東大阪すごいやん。
というか、ノーベル賞は完全に関西の勝ちやなー」
「ほとんど京大ですけどね」
「ええの、関西には違わへんから!」
立火がいい気分になったところで次のコーナーへ。
「モル!」
いきなりの勇魚の奇声に何事かと思いきや、化学の単位の話だった。
1molの物質の重さを比べよう、という展示に、勇魚は情けない顔を晴に向ける。
「モルって何回教科書読んでも、さっぱり意味が分からないです」
「意味も何も……原子や分子が6.02214076×10^23個集まった単位や。
鉛筆12本で1ダースって言うやろ。それと同じや」
「うーん……そないな大きい数をどうやって数えるんですか?」
「概念なんやから数える方法なんて考えなくていい。
親切な超能力者が数えてくれるとでも思っておけ」
「なるほど! 何となく分かった気がします!」
(いやさっぱり分からへん……化学は選ばなくて正解やったなあ)
後ろ向きなことを考える花歩だが、メートルやキログラムの解説は身近な話なので楽しく読む。
スペクトル光の虹色や、粒子加速器の模型を見ながら、最下層の最深部へ。
「これは私のお勧めや」
晴がそう言ったのは腰の高さくらいの大きな箱だった。
中を覗き込むと、白い霧が線状に浮かんだり消えたりしている。
部員たちはわけが分からず、桜夜が顔を上げて尋ねた。
「綺麗やけど、これ何なん?」
「霧箱といって、降ってくる宇宙線を目に見えるようにしたものです。
宇宙線が通過すると、その部分に霧が浮かび上がります」
「え! この地下三階まで、こんなに降ってきてるってこと?」
桜夜は思わず、両手で不安そうに脳天をかばった。
「私の頭にもめっちゃ降り注いでるやん。大丈夫なの?」
「これが有害やったら、地球上の生物はとっくに死滅してますよ」
「つまり安全なんですね! はるばる宇宙からようこそー!」
勇魚は両手を空に向けて、呑気なことを言っている。
こんなすごいものがあるなんて、さすが東京やー、と感心している部員たちに、晴は残念そうに頭を振った。
「やっぱり誰も覚えてへんか……。これより小さいですが、大阪の市立科学館にも霧箱はあります」
「え、大阪にもあったの!?」
すぐさま元気になった立火が、得意げに胸を張る。
「そうかそうか、やっぱり大阪は大したもんやな」
「部長も科学館は行ったはずですよね。社会科見学か何かで」
「い、いやあ、あそこ子供向けやろ? だいぶ前やから覚えてなくて……」
「あたしはこの前行きましたよ。そういやこういうのあったかも」
そう言ったのは意外にもつかさだった。
一瞬嬉しそうな顔を向ける晴に、慌てて手を振って言い訳してくる。
「別に勉強しにじゃないですよ! 友達とプラネタリウム見たんで、そのついでに」
「そうか、市内でプラネタリウムはあそこだけやったな。
それでも行ったのは結構なことや。星とか宇宙とか好きだったりする?」
「まあ……割と好きっす」
「ええ!?」
夕理が思わず声を上げる。四年間も一緒にいて初耳だったようだ。
つかさは自分に似合わないと思ってるのか、恥ずかしそうにしている。
くっくっと笑った晴は、夕理に近づいて耳打ちした。
「いい攻略情報が得られたやないか」
「そんな不埒なことは考えてません!」
後輩がそういうことならと、晴の解説にも力が入り、月の石や望遠鏡を見学していく。
これで地下は終了。エレベーターで最上階へと向かった。
(次のが苦手そうなのは姫水か……まあ姫水なら大丈夫やろ)
* * *
「うわ、圧巻やねえ」
感嘆する小都子の前で、ガラスの向こうに大量の剥製が並んでいる。
バイソン、オグロヌー、ラクダ、トラ。
角がねじれた大きな鹿みたいな動物。
目の前だけでなく、フロアの奥まで続く剥製の海だ。
「全部で百頭以上ある。その角がねじれてるのはクーズーや」
「へー、聞いたことないで」
「姫水は動物好きやから、こういうの面白いんとちゃう?」
桜夜が笑顔で後輩に振り向くが、聞かれた方は困り笑いを浮かべた。
「私は生きている動物が好きなので……剥製はちょっと」
「ありゃ。まあ言うたら死体やもんね」
「でも、学術的な価値が高いのはよく分かりますよ。これは見るべきものですね」
そう言ってくれる優しい後輩に、安堵の息をつく晴である。
少し先に行った勇魚の声が聞こえた。
「晴先輩、パンダがいます!」
「上野動物園にいたフェイフェイとトントンや。亡くなったのは私たちが生まれる前やな」
「天国に行った後まで上野にいてくれて……ほんまお疲れ様や」
巨大なヒグマやヘラジカ、小さなオオカミやイノシシに見つめられながら、フロアを半周する。
獣とは分けられた一角に、大量の鳥類が展示されていた。
「姫水、鶴がいるでー」
「どれどれ」
つかさに呼ばれて、足取り軽く近づく姫水。
剥製とはいえ、鶴ならば写真に残したいところだ。が……。
「ハゴロモヅル? 東武動物公園で見たかしら……。
ツルクイナ……これは本当に知らない……」
「あはは、姫水にも知らない鳥がいるんやな」
「もう、羽鳥さんみたいにはいかないわよ」
即座にスマホで調べ、主に八重山列島に生息する鳥だと理解する。
関西にもたまに飛来するらしい。
「そもそもクイナって鶴の仲間だったのね。ヤンバルクイナ以外にもこんなにいるんだ」
「勉強になった?」
探るように聞いてくる晴に、姫水は本心からの笑顔を向けた。
「はい、とっても。東京に引っ越したら、また来てみます」
「それは良かった」
案内した甲斐があったと満足しながら、晴は次のフロアへ誘導する。
二階は科学技術の展示。
エンジンや計算機には興味が薄そうなので、『はやぶさ』の模型や小惑星イトカワから採取した微粒子を見せて、後は流す。
そして一階に戻ってきて、本来の順なら最初に見るフロアへ。
「ここは全生物の概観や。花歩、蝶なら平気?」
「あ、はいっ。蛾じゃなければ大丈夫です!」
色とりどりの蝶の標本に、部員たちは歓声を上げる。
そしてフロアの一番奥は晴のお勧めの――
「ここが系統広場や」
生命の誕生から枝分かれした無数の線が床に伸び、広場を囲む展示ケースに繋がっている。
動物界への線は獣、鳥、魚、虫や軟体生物等へ。
植物界への線は被子植物、裸子植物、シダ、コケ、緑藻等へ。
ここまでは数も多いし皆も知っている、が……。
「動植物以外にもこんなにあるんやな」
立火が驚いた通り、聞きなれない生物の世界が並ぶ。
『原生動物界』『菌界』『黄色生物界』『古細菌界』『真正細菌界』――。
「菌界は……キノコとかカビか。黄色生物って何やこれ」
「バナナとか?」と桜夜。
「一部の藻やプランクトンです。
ただ、生物の分類は諸説あって定まっていません。
黄色生物を一つの界にするのは、あまり一般的ではないですね」
「ふーん、色々難しいもんやな」
生物の多様さを実感できる展示に、部員たちはそれぞれ興味のあるケースへ寄っていく。
立火と花歩は最も原始的な枝分かれの先を見ていた。
「古細菌と真正細菌って、なんかカッコいい名前やな」
「で、でも細菌ですよね。これもちょっと怖いですね……」
怖がってばかりの花歩に、晴が後ろからフォローする。
「全ての細菌が有害なわけとちゃう。中には人の役に立つものもある」
「あ、ビフィズス菌!」
「そう。それに原始の地球で最初に誕生し、生物が住めるよう大気組成を変えたのもこいつらや」
『へえー……』
生命40億年の歴史を思うと、バクテリアの不気味な姿も立派なものに感じられた。
展示も残り少なくなったところで、晴は勇魚を手招きした。
「ちょっと頼みたいことがあんねん。花歩のために」
「花ちゃんの!? 何でもやりますよ!」
依頼を受けた勇魚は、次の展示に向かおうとした親友に声をかける。
「花ちゃん、ちょっと目ぇつぶってやー」
「え、私? いいけど」
「はーい、先進むでー」
暗闇の中で勇魚に手を引かれ、しばらく歩くと晴の声がする。
「よし、開けてええで。このトキに関する展示が最後や」
「あれ、何か飛ばしたような……」
「気にしなくてええから!」
振り返るのも勇魚に阻止され、花歩は仕方なく佐渡のトキの保護について学ぶ。
それを見終わった頃、後ろから来た桜夜が声をかけた。
「ねー、寄生虫の展示見たー? めっちゃキモかった!」
「桜夜先輩いいい!」
「あ、あれ? 何かあかんこと言った?」
勇魚は抗議の声を上げ、晴は片手で頭を抱える。
そして事情を理解した花歩は、苦笑しつつ二人に感謝した。
「とりあえず見なくて良かったです。勇魚ちゃん、ありがとね」
「う、うん」
「晴先輩も、色々とありがとうございました。楽しい博物館でした!」
「そうか……それは何よりや」
* * *
地球館を出て出口に戻る途中、晴が上に続く階段を指す。
「この上に日本館が三フロア、向こうに360度シアターがありますが」
「まだあったの!?」
疲れ気味の立火はもちろん、他の部員も限界のようだ。
時間も予定通りで、晴は微笑んで見学の終わりを告げる。
「明日に疲労を残すのもまずいし、今日はここまでにしましょう。
というわけで、それが最後の展示です」
階段の下で、巨大な振り子がゆらり、ゆらりと揺れている。
「『フーコーの振り子』。一見すると同じ方向に揺れていますが。
地球が回っているため、少しずつ揺れる向きが変わっていきます。
地球の自転を証明する装置です」
「へえー! 面白いもんやなあ」
皆が振り子を眺めている間に、晴はほっと肩の荷を下ろす。
小都子が近づいて小声で話しかけた。
「晴ちゃん、お疲れ様」
「一生分の気遣いを使い果たした気分やで……」
「あはは、いい経験やったね。ちなみに日本館のお勧めは何なん?」
「忠犬ハチ公と、南極観測犬ジロの剥製かな」
「それはまたいつか、見に来ないとあかんねえ」
是非そうしてくれ、と晴は報われたように答えた。
ここで晴とはいったんお別れ。お礼を言う部員たちに見送られ、特別展のため館内に戻っていった。
残る八人がゲートを出ると、そこは土産物売り場だ。
「姫ちゃん、宇宙食なんて売ってるで!」
「わ、おいしいのかな」
「買い物するなら早めに頼むで。早よお台場行かないと日が暮れる」
「あ、はーい」
つかさに言われて、急いで物色する部員たち。
次はお台場。つかさのターンである。
* * *
そろそろ日も傾く中、新橋に戻ってゆりかもめに乗り換える。
「おー! 近未来って感じやな」
桜夜の感動の声とともに、列車は高層ビル群の間を縫って進む。
早速つかさが部長をいじり始めた。
「車両もおしゃれだし、さっすが東京。似たような路線なのに、ニュートラムとは大違いっすね」
「ぐぬぬ……お前、毎日ニュートラムに乗ってるんやろ!? ちょっとは愛着とか持ってもええやろ!」
「えー? 毎日乗ってさすがに飽きましたよ。景色もちっとも発展しないし」
前方に見えてきた大きな橋は、つかさはもちろん予習済みである。
「あれが噂のレインボーブリッジ!」
「え、あのドラマにも出てくる?」と小都子。
「そうですよー。実際に見られるなんて感動やなあ」
言いながらチラ、と立火の方を見ると、期待通りの反応を返してくれる。
「大阪が誇る港大橋の方がカッコええわ! 赤くて!」
「けど港大橋なんて、府外の人は誰も知らないでしょ。もっと横文字のおしゃれな名前をつけないと……」
つかさとて別に大阪をディスりたいわけではない。
自分の住む街はなぜもっと発展しないのか、東京のようにならないのかという、歯がゆさの裏返しである。
(港大橋だって、電車は地下通ってて海から見られへんしなあ。どうにもチグハグっていうか……)
考えている間に、線路は大きく右にカーブした。
橋を通るため、ループで一回転して高さを稼ぐのだ。
「あははは! ジェットコースターみたいや!」
「こんなん運賃だけで乗ってええの!?」
勇魚と桜夜が大はしゃぎしつつ、車両はレインボーブリッジへ突入した。
東京湾にかかる長大な橋を、金属の柵に囲まれ通過していく。
その向こうに広がるのは、発展した臨海副都心。
盛り上がる部員たちの間で、部長だけがひとり頑固に抵抗していた。
「ニュートラムだって南港大橋通るやろ……」
「距離短いし、比べるだけ空しいっすよ……」
フジテレビのユニークな建物を見ながら、車両は台場駅に到着。
駅を出れば大賑わいで、さすがに敗北感にうなだれ始めた立火に、つかさが追い打ちをかける。
「ちなみにこれから行くアクアシティの他に、ヴィーナスフォート、ダイバーシティ東京、デックス東京って三つも商業施設があります。そうやろ姫水?」
「そ、その通りだけど、そこまで正直に言わなくても」
部長を気遣う姫水だが、逆に火をつけてしまったのか、強気をつかさに向ける立火である。
「えーい、大阪港だって天保山とATCがあるわ! あとユニバも近いから、合わせたら勝てるやろ?」
「ユニバを入れるのはズルいでしょ!? それ言い出したらディズニーが参戦してきますよ!」
「いやいや、あそこ千葉やんけ。つまり東京には巨大テーマパークは存在しないわけや。これは勝ったで」
「せこい! そういやここから数駅先に、あの有名なビッグサイトがあるんですよ。インテックス大阪とは稼働率が大違いの」
「インテックスはサミットやるから!」
さっきから言い合ってばかりの二人に、心配になってきた花歩が夕理に耳打ちする。
「あれ、放っておいてええんやろか?」
「アホらしい、ただの漫才やろ」
「ならええんやけど……夕理ちゃん、東京の感想はどう?」
「……さっきの博物館は良かった。あとは正直、大阪と大して変わらへんな」
「そ、そうかなー。まあ、大阪を数割増しした感じだよね」
その東京を桜夜と勇魚は大喜びで走り回り、小都子に制止されている。
夕焼け空のデッキを歩くこと少し、有名な自由の女神が見えてきた。
「あら、人多いねえ。写真撮れるやろか」
「映えるタイミングやん! みんな行くでー」
小都子と桜夜に先導され、混雑しているデッキを進む。
その時だった。つかさの隣で、女神と姫水の横顔が重なったのは。
思わず息を止め、つかさは慌ててスマホを取り出す。
「姫水、ちょっと撮っていい?」
「え? うん」
手早く撮影し、ありがと、と言って再び歩き出す。
仕方ないなあ、という姫水の視線を笑ってごまかし、こっそりと写真を見た。
(やっぱり、綺麗やなあ)
今思えば、漠然とした憧れと劣等感のあった東京。
そこから引っ越してきた女の子。
彼女とは友達になり、こうして自分もこの都市に来た。
もうすぐ姫水がいなくなる大阪で、彩谷つかさはどうやって生きていくのだろう……。
ふと顔を上げると、夕理と目が合った。
一部始終を見られていたようだ。優しく微笑まれて、つかさは恥ずかしそうに足を速めた。