「桜夜先輩、もうちょい頭下げてください」
「これくらい?」
「オッケーでーす。はい、チーズ!」
観光客の群れの中、花歩は急いでシャッターを切った。
自撮り棒を引き寄せて皆で写真を見ると、自由の女神の下に八人のWesta。
その背後にはお台場の空と、海の向こうのレインボーブリッジ。
いい写真が撮れた。晴も喜んで使ってくれるだろう。
……が、立火だけが微妙に笑っていない。
つかさが何か言う前に、桜夜がさすがに苦言を呈した。
「ちょっと立火~。みんな東京を楽しんでるんやから、いい加減にして」
「い、いやいや、私もええとこやと思うで。
ただ東京を評価しているからこそ、アメリカさんなんかに頼らないでほしいというか。
ニューヨークをパクって東京の名所でーすってどうなのというか……」
「ユニバやアメ村で同じこと言ってみてくださいよ」
「つかさの言う通り! 大阪だってアメリカ頼りやん」
「ううう……」
「あの、三人とも」
姫水が呆れ顔で話を止め、来た道を指さす。
「とりあえず他の人の邪魔なので戻りましょう。
そしてあそこの入口にある案内板を、よく読んでくださいね」
『?』
三年生とつかさは頭に疑問符をつけながら、人混みをかき分け言う通りにした。
そして……
「へ……へー。これってフランスにあるやつが元やったん」
「そもそもニューヨークのもフランスから贈られたと……。何がアメリカや立火のアホ!」
「お前もやボンジュール!」
「メルシー!」
『日本におけるフランス年』の記念で、パリからお台場に運ばれて一年間展示。
それが好評だったので、パリに許可を取ってレプリカを作った、と解説に書いてある。
読み終わったつかさが顔を上げると、姫水がくすくすと笑っていた。
「あ、あたしは知ってたで!? 言わなかっただけや!」
「はいはい」
「まーまー、ええやんつーちゃん。うちも勉強になったで!」
「ちゃうってばああ!」
後輩の叫び声に苦笑した小都子が、デッキの上から海に視線を向ける。
沈みかけの太陽は雲の向こうに隠れ、東京湾にも夜のとばりが降り始めた。
「もう五時半やねえ。少し早いけど、夕ご飯にします?」
「さんせーい! もんじゃ焼きを食べまくるでー!」
「明日もあるんですから、食べ過ぎは駄目ですよ」
桜夜に注意しつつ、目の前の商業施設に入っていく。
* * *
レストラン一覧の看板を見て、目的の食べ物を探した。が……。
「あれ、もんじゃの店ないやん」
「鶴橋風月とぼてぢゅうはあるのに」
三年生たちが言う通り、粉ものは大阪発のお好み焼きチェーンしかない。
すぐにスマホで調べた姫水が、意外そうに声を上げた。
「もんじゃ焼き屋は近くにはないようです。月島まで行かないと……」
「え!? 東京って至る所にもんじゃの店があるんとちゃうの!?」
昨日提案した花歩が驚くが、姫水は残念ながら、と首を横に振った。
「粉ものはお好み焼きとたこ焼きばかりね。
隣のデックス東京には、たこ焼きミュージアムがあるみたい」
「おおー! そうやろそうやろ!」
みるみる元気になった立火の鼻が、ウザいくらいに高くなる。
「やっぱり粉もんは大阪が全国区なんやなあ!
日本中どこへ行っても浪花の味が求められてるんや。大阪最強!」
「じゃ、代わりに何食べますー?」
「うおおいつかさ! 何か言うことはないんかい!」
「全国区って意味だと、最近は築地銀だこに席巻されてますよね」
「あんなんたこ焼きとちゃう! 揚げたこやー!」
「築地の名前が出たので、この店でいいんじゃないですか」
夕理が指したのは、築地直送の海鮮の店だ。
他は大阪にもありそうな店ばかりで、『東京でしか食べられないもの』はここくらいしかない。
確かに最近魚不足かも、という桜夜の言葉で決定し、ぞろぞろと店に入る。
出来上がるのを待つ間、店内を眺めていた桜夜が姫水に尋ねた。
「築地いうたらえらい揉めてたけど、結局どうなったん?」
「十月に豊洲市場に無事移転しましたよ。肝心の魚が不漁で苦戦してるみたいですけど」
「ああ……うなぎとかサンマとか、この先どうなるんやろねえ」
小都子が不安そうに未来を案じるが、だからこそ今食べられるものは美味しくいただかねば。
魚料理が次々と到着し、つかさもアジフライにタルタルソースをつけて口へ。
(うーん……作り置きを温めたやつやな)
(ま、観光地の食事に贅沢言ったらあかん。おいしいことはおいしいし)
一方の立火は、嬉しそうに中濃ソースをどばどばかけている。
「東京にもソースはあるんやなあ」
「そりゃ、大阪にも醤油はありますし」
「これが築地の魚……あんまり大阪の魚と変わらへんな」
「先輩、このお刺身おいしいですよ! 良かったらどうぞ!」
「おっ、なら勇魚もエビフライ半分食べてええで。
……やっぱり違いが分からへん。ま、浪花の海鮮は築地に負けてへんてことやな」
「けど大阪の魚なんて、知名度全然ないじゃないっすか」
また部長に噛みついてる……と花歩などは思いきや。
予期せぬ真面目な顔で、つかさは箸を振って熱弁しだした。
「やっぱり味よりも、築地とか豊洲とか、そういうブランドが大事なんですよ。
大阪の市場はただの『中央卸売市場』って、そりゃ豊洲に勝てませんって」
「あそこはそもそも観光やってへんからなあ」
「つかさちゃん、結構真面目に大阪のこと考えてるんやね」
「あ、いえ」
小都子に誉められ、我に返ってご飯をかきこむ。
「ただの愚痴っす、愚痴!
その……大阪が発展して首都になってれば、姫水は東京に行かなくても良かったのにって」
「ふふっ、つかさったら。可愛いこと言ってくれるのね」
「うっさいわ! ちょっと思っただけ!」
「いやいや。動機はともかく、つかさの気持ちはめっちゃ大事やで」
立火は本日最大の笑顔で、思い切りカニクリームコロッケを頬張った。
「なーに、私がいずれ大阪の職員になって、首都になるくらいに発展させたるで。
テレビ局も芸能事務所も移転して、姫水も大阪に戻ってくるんや!」
「はいはい。ま、期待しないで待ってますよ」
「私は東京も大阪も好きなので、どちらでも構いませんけどね」
姫水は笑いながら、上品に東京の海鮮丼を味わった。
一同満腹になって店を出る。
窓の外を見ると、きらびやかな夜の湾岸に女神が浮かび上がっている。
「さて観光は終わりや。明日に備えて戻るで」
「ええー? せっかくモールに来たのに。少しはお店寄ってこー!」
桜夜の懇願に、立火は時計を見て仕方なく許可した。
「ほんなら一時間だけ。終わったらきっちり切り替えるんやで」
「うー、晴も待ってるししゃあないか。つかさ、服でも見に行こ」
「いいっすよ。花歩もどう?」
「そ、そうやな。もう東京のおしゃれも怖くないで!」
「私はインポート雑貨でも見に行こうかな」
姫水は勇魚、小都子と一緒に雑貨屋へ向かい、つかさも一瞬後ろ髪を引かれる。
しかし桜夜とももうすぐお別れだ。素直に服屋へ同行した。
アパレルも大阪とそう変わらないが、初めてのブランドを見つけたので入る。
ハイセンスな服も可愛く着こなす桜夜は、幸せそうに後輩たちの服も選び出した。
楽しく着せ替えに興じて、それも一段落したとき。
「ねえ、つかさちゃん」
服をハンガーに戻した花歩が、思い切ったように言ってきた。
「今さら言うのも遅いけど、さっきは部長のこといじりすぎや!」
「ほんまに遅いわ。ええやん、部長さんはああいう芸風なんやから」
「うー……ならつかさちゃんは、部長のこと好き?」
「んなっ」
「おっ、ええで花歩ー。つかさにはそういうストレートなのが効くよね」
桜夜も面白そうに首を突っ込んで、答えないわけにはいかなくなった。
逡巡してから、仕方なく白状する。
「そりゃまあ、めっちゃお世話になったし……。一応あたしなりに尊敬はしてる」
「そっか、良かった!」
花歩の顔がぱっと輝き、桜夜も腕組みしてうんうんうなずいている。
何だかムカついて、思わず反撃に転じた。
「そういう花歩は、桜夜先輩のことどう思ってんねん!」
「えー? 一年間ほんまに楽しかったし大好きやでー」
「うわ、こんにゃろ。ストレートに返しやがった」
「あーもう、二人とも可愛すぎ! よし、可愛い二人にはこの服や!」
「え、そういうフリフリはちょっと……」
「あたしには似合いませんって!」
「何言うてんねん、着てみな分からへんやろ。さ、試着試着!」
結局お台場観光は、桜夜におもちゃにされて終わることになった。
(……ま、これも旅立つ先輩への贈り物やな)
* * *
「虹ヶ咲学園も見たかったなあ」
ニジガクとは逆方向に走る電車で、名残惜しそうな勇魚に花歩が尋ねる。
「ネオμ'sと予選を争ったとこやったっけ」
「そやで! しかもソロで東京予選までいったんや」
「ソロはすごいなあ」
そんな会話を聞きながら、つかさが話しかけたのは隣に立つ夕理だ。
「さっきは部長さんとどこのお店行ったん?」
「特に行きたい店もないから、二人で散歩してたら熱帯魚の水槽があった」
「へー。あたしも見たかったなあ」
「また来たらええやん」
「うん……そうやね。まだ全然見足りひんし」
華やかな東京ベイエリアから、ゆりかもめは勢いよく帰っていく。
やっぱり生まれ育った大阪ベイエリアを、これに負けない場所にしたいな……なんて。
まだ夢ともおぼつかない、ぼんやりした将来をつかさが頭に浮かべていると。
メッセージが来たのか、立火がスマホを取り出した。
「晴から、ホテルの部屋割り決めとけって。3×3で」
「私、あみだくじアプリ持ってますよ!」
花歩が得意そうにスマホを掲げ、各人が選択肢をタップする。
果たして今日の夜を過ごす相手は――
・立火、小都子、姫水
・桜夜、花歩、勇魚
・晴、つかさ、夕理
「ちょっと花歩~。なんか細工したんとちゃうの~?」
わざと苦笑いを作って言い出すつかさに、焦った花歩は異議を申し立てる。
「アプリの中身なんか触れるわけないやろ!? そりゃ夕理ちゃんは応援したいけど、不正なんてするわけ」
「あ、あの、つかさ。もし私と同じ部屋が嫌なんやったら」
「もう、冗談やって! 夕理もそう控え目やと、いつまでもあたしは落とせへんで?」
「う、うん……頑張る」
もどかしい関係を上級生が微笑んで見守る間に、電車は新橋に戻ってきた。
「荷物を置いたら部長の部屋に集合や。明日の出演順が発表された」
『!』
ホテルで待っていた晴に言われ、急いで指示通りにする。
一部屋に九人はかなり狭いが、ベッドの上も使って何とか押し込んだ。
各人がスマホで公式サイトを開く間に、晴の声が先に届く。
「私たちは全31組中、23番目や」
「おっ、ちょうど中だるみする頃やな。笑いを提供するのにええタイミングや」
立火が虚勢込みで強気で言うが、晴からは真面目に返されてしまう。
「全国大会に中だるみがあるとは思わない方がいいですよ」
「そ、そうやな。全グループが精鋭やもんなあ」
「とはいえトップクラスが前後にいないのは助かりましたね」
姫水が言う通り、Aqoursやクイーン・レイは少し離れた順番だ。
Aqoursの直後にギャグライブ、などという惨状にはならなくて済んだ。
敢えて言うなら八咫angelが三つ前なので、ライブは見られないかもしれない。そして……
「理亞先輩が一番手や!」
「うわあ、自分やったらと思うと緊張するなあ」
勇魚の声に、同い年の小都子が胃のあたりを抑える。
もっとも、一年生の夏から既に全国に出ていた理亞である。動じることはないのだろう。
「私も頑張って場数を踏まなあかんね」
「そうやで小都子、次は全国経験者が部長になるんや。私以上の場数を生かしたってや」
「は、はい。そのためにも明日は、目いっぱい吸収します」
立火に発破をかけられ、一層気を引き締める小都子である。
反対側、最後の31番目はLakePrincess。
花歩が真面目くさった顔で、渾身のギャグを繰り出した。
「羽鳥先輩がトリですね。鳥だけに」
『………』
「言わなきゃよかった!」
「まあまあ」
突っ伏す花歩を姫水が慰める一方、三年生たちは笑えなかった。
同じ学年を過ごしてきた天才スクールアイドル。最後の舞台は何を用意しているのか……。
ネオμ'sは9番、Aqoursは真ん中の16番。
ひと通りの確認が終わり、立火が軽く手を鳴らす。
「さ、今日はここまでや。みんな旅先やからって浮かれないで、早めに寝るんやで」
『はーい』
他の二室のメンバーは去り、立火の部屋には小都子と姫水だけが残った。
「改めて見ると、ちょっと狭いですね」
姫水の言う通り、ダブルの部屋にエキストラベッドを入れたので足の踏み場もない。
とはいえ都心でトリプルなんて取ったら高いのは分かる。
ベッドの上であぐらをかきながら、立火は大きく伸びをした。
「ま、そのぶん会場までたったの四駅や。明日の朝はゆっくりできそうやな。
お風呂、年下から先に使ってええでー」
「姫水ちゃん、お先にどうぞ」
「では遠慮なく使わせていただきますね」
姫水が入浴を済ませて出てくると、立火と小都子は四月からの活動について話していた。
この三人では旅先の夜も、真面目な話で終わりそうだが、それも良し。
小都子がバスルームに入り、姫水と立火はこの一年の反省と、新生活のことを語り始める。
* * *
(花ちゃんは、立火先輩と同じ部屋の方が良かったんやろか?)
親友を気遣う勇魚だが、横目で見た花歩は別に気にしていないようだった。
花歩も自分も、立火とは昨日の出来事で十分だったのだ。
今は桜夜との時間を大事にしよう……と、勇魚は部屋に入るなりバッグを開ける。
「先輩先輩! うち、トランプ持ってきました!」
「私はウノやでー。二度とない機会や、めっちゃ遊ぶで!」
「あの、水を差すようで申し訳ないんですが」
唯一の常識人の責任として、花歩が念のため確認した。
「桜夜先輩は勉強しなくていいんですか?」
「うぐっ。だ……大丈夫や! 新幹線の中でいっぱい勉強したから!」
「それなら、いいんですけど……」
「先輩が大丈夫って言うなら、うちは信じます!」
「ううう、そう言われると自信が……いや、大丈夫! 今夜は遊ぶ!」
決定した桜夜に、後輩たちもそれ以上は言わず、まずお風呂を勧める。
「ここは先輩から」
「お先にどうぞ!」
「えー、悪いなあ。そうや勇魚、一緒に入らへん? ぐへへ」
「はいっ、いいですよ!」
「え、ほんまに……そう素直にOKされると罪悪感が」
「勇魚ちゃんに変なことしたら、すぐ姫水ちゃんを呼びますからね?」
「せえへんって!」
初めてビジネスホテルに泊まる勇魚は、バスルームにも興味津々だ。
これ何やろ、と取り上げたのはシャワーキャップだった。
「すごーい! さすがは東京のおもてなしや!」
「いや大阪のホテルにもあるんちゃう? 勇魚、お湯加減はこれくらいでいい?」
「んー……はいっ! ちょうどいいです!」
「それにしても狭いなあ。ビジホやからしゃあないけど……」
お湯を張り、二人で入ってはみるが案の定ぎゅうぎゅうである。
しかしこれはこれで非日常感があって、笑いながらのお喋りが浴室に響く。
ふと桜夜が口を止めて、おずおずと尋ねてきた。
「あのね勇魚。さっきお台場で花歩に言うてもらったんや。私のこと大好きやって。
勇魚は正直なところ……私のことどう思ってるん?」
「え? もちろん大好きです! あ、でも……」
中断する言葉に固まる桜夜だが、すぐに勇魚は朗らかに続けた。
「それより姫ちゃんと仲良くしてくれて、ほんまにありがとうございました!」
「え、そっちが優先? 勇魚はどこまでも友達思いやなあ」
「えへへ。病気やったときの姫ちゃんを支えてくれたのは、桜夜先輩ですから!」
「そ、そうかなー。最後はつかさに全部持ってかれた感じやけど」
「そんなことないです! 絶対姫ちゃんは、先輩に感謝してます!」
桜夜は嬉しそうに肩まで浸かってから、ふと真面目な顔で天井を見上げた。
昨日の立火と同じく、一つだけの心残りを口にする。
「勇魚はちっこくて可愛いし、ほんまにいい子やけど。
だからこそ少し心配があるんや。後輩から舐められるんやないかって」
「うっ……き、きっと新入生もいい子ばかりですよ!
けど確かに、尊敬してもらえる自信は全くないです……」
「でも、ね」
そう言いながら、いつもの愛らしい笑顔が勇魚へと向く。
思えば一年間、この先輩のおかげで部室は常に明るかった。
「そういう先輩もいていいと思うんや。普段は友達みたいに気さくに仲良くして。
でもやる時はやるっていう、私みたいなタイプ!」
「桜夜先輩……」
「自分で言うんかーい! ってツッコんでもええで」
「いえ、ツッコみません! うちが必ず、桜夜先輩の後を受け継ぎます!」
「そっ……か」
桜夜が果たしてきたムードメーカーの役割を、後輩の中で受け継げるとしたら。
それはやはり自分が適任だと、勇魚は認識していた。
思いが通じた桜夜は、泣くのをごまかすように、ばしゃばしゃとお湯で顔を洗う。
「よーし、泣いても笑っても明日が最後や! 必ず先輩らしいとこを見せたるで!」
「はいっ、頼りにしてます!」
狭すぎてまともに体も洗えなかったので、勇魚だけ手早くシャワーで済ませて出てきた。
デスクにノートを広げていた花歩が慌てて隠す。
「あわわ……って、勇魚ちゃんか」
「花ちゃん、作詞の続き?」
「そやで。帰りの新幹線で何とか完成しそう」
「さっすが夕ちゃんと花ちゃんや!」
頼もしい作詞作曲に対し、衣装の新作は二日では無理だ。
過去の衣装で気に入ったのでええよ、と小都子に言われているので、勇魚はデビュー時のものを着るつもりだ。
「うちのデビューが一番遅くて、あれからたったの五ヶ月。
それでアキバドームに立つなんて、何だかまだ夢みたいやなあ」
「ほんまにね……けど夢見心地になってる余裕はないで。
今回私たちは、はっきり言うなら連れてきてもらっただけや。
次は私たちの力で、みんなをアキバドームへ連れていこう!」
「花ちゃん……うん!」
しばらく二人でお喋りしていると、桜夜が後悔の表情で飛び出てくる。
「しまった、いつもの癖で長風呂した! 貴重な夜やのにー!」
「あはは、まだ時間はあります! うちとトランプしましょう!」
ババ抜きしている間に花歩がお風呂へ行き、出てきた後は三人でウノ。
これも明日への英気を養うため。
二度とない東京の夜を、全力でカードゲームに打ち込んでいく。
* * *
「私がエキストラベッドを使う。
いないものとして扱っていいから、好きなだけイチャイチャしてくれ」
晴は勝手なことを言い残し、さっさとシャワーを浴びに行った。
よりによって、つかさとダブルベッドである。
固まっている夕理に、いつものような冗談が飛んできた。
「寝てる間に変なことしたらあかんで~」
「するわけないやろ! 中央の線からは髪の毛一本出さへんから!」
「ほんま真面目やなあ」
夕理としては忸怩たる思いである。こういう状況は、きちんとお付き合いできてから実現したかった。
何年先になるかは分からないが……。
カラスの行水のような速さで出てきた晴は、素知らぬ顔でスマホをいじり始めた。
次使ってええでとつかさに言われる。
「夕理はあんまり長風呂せえへんやろ? あたしは最後にゆっくり入るから」
「う、うん」
合宿のときと違ってつかさは落ち着いていて、自分だけがおろおろしている。
シャワーを浴びながら、夕理は小さく溜息をついた。
(私が意識しすぎなんやろか……)
(ようやく告白できたのに、そのせいでぎこちなくなったら意味ないで……)
チョコを渡す前、つかさとただの友達だった頃は、普通に楽しく話していたはずだけど。
この状況では、どんな話をしていたか思い出せなくなってきた。
交代し、宣言通りにつかさは長風呂。
手持ち無沙汰の夕理が、持ってきたバイオリンの手入れなどをしていると。
ようやく出てきたつかさは、髪を拭きながらベッドに座った。
ホテルの寝間着なのが目のやりどころに困る。
「晴先輩、テレビつけていいっすか?」
「どうぞ」
「東京って何やってるんやろ。大阪ほどはお笑い番組やってへんよね」
「どうせ下らないバラエティとかやろ」
「かもねー」
夕理をいつものように流してつかさが選んだのは、そのバラエティ番組だった。
彼女はあははと笑っているが、夕理には全く面白くない。
(明日のライブ……ほんまに大丈夫やろか)
笑いのライブ、オール・ザッツ・ファニー・デイズ。
メンバー内では自分が一番、このテーマから遠いのは重々分かっている。
それでも皆で考え決めた曲だ。笑顔でいられるように、笑ってもらえるようにと一生懸命練習してきた。
けど、好きな人とホテルで二人の今すら、難しい顔をしている天名夕理が。
観客を笑わせることなんて、本当にできるのだろうか――。
「つかさ、テレビ見たい?」
「ん、何か話? 別にええよ」
テレビを消して、つかさの顔が正面から向き合う。
高鳴る胸を今は抑えて、悩んでいることを包み隠さず話した。
前日になって何を今さら、などとは決して言わず、つかさは真面目に考えてくれた。
「確かにねえ。改めて思うと、よく夕理がお笑いライブなんて了承したもんやで」
「私にも代案はなかったから……。
それに、Westaの皆には合ってる曲や。私がはみ出し者なだけや……」
「でも、スクールアイドルを一番好きなのは夕理やろ」
一見関係なさそうなことを言われ、夕理はきょとんと首を傾げる。
その意図するところを、想い人は微笑んで口にした。
「アキバドームに立てること、大勢の前でライブができること、嬉しくないの?」
夕理の中から浮かんできたのは、ごく自然な笑顔だった。
きっと明日、皆の前で披露すべき感情として。
「その通りや、めっちゃ嬉しい!
ずっと見てるだけだった場所で、みんなで頑張った成果を発表できるんや。
勝ち進み方はちょっと不本意やったけど」
「あはは。明日はほんま練習通りにやるから」
「あ、いや、つかさが連れてきてくれたのは確かやから!
うん……私は幸せ者で、もうすぐ最高の舞台が待ってるんやった」
これが笑わずにいられようか。
そして何より幸せなのは、こうしてそばにいてくれる彼女の存在だ。
「つかさ。いつもいつも、ほんまにありがとう」
「あたしこそ。夕理から受けた恩、まだまだ返し足りてへんよ」
お互い、返し切ることはないのかもね、と笑い合いながら。
堰を切ったように、夕理は明日の大会のことを話し出す。
つかさも自分のこととして、真剣に聞いてくれた。
「寝る時間やで」
晴は本当に空気に徹していたので、いきなり声をかけられ仰天した。
時計は十一時。先輩は他の部屋に見回りに行く。
その間に、二人でベッドに潜り込んだ。
「明日もし会場が冷えても、私はファーストライブみたいにはならへん。
そのときも、最後まで笑い通すだけや」
「うん……あたしも地区予選とは違って、何も背負わずに楽しむつもり」
晴が戻ってきて電気を消す。
家から遠く離れた東京で、夕理は穏やかに目を閉じられた。
恋する相手が同じベッドにいても。同じベッドにいるからこそ。
(ああ……私はほんまに、つかさのことが大好きや)
この想いは永久に、報われないままの可能性もあるけど。
それでも明日、一緒に至高のステージに立てる。
何より嬉しくて楽しい、最高のファニーデイがやってくる――。