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「うち、ビジネスホテルのバイキングって初めてや!」

 勇魚は朝からウキウキしながら、トレーに料理を載せまくる。
 ベーコン、卵焼き、焼き鮭……。
 パンも全種類取ったところで、晴に止められた。

「食べ過ぎや。パフォーマンスに関わる」
「うっ、確かに調子に乗りました! どないしょこれ……」
「少しよこせ。私が食べる」

 その後ろをこそこそ歩いていく桜夜は、小都子の目から逃れられなかった。

「桜夜先輩も多過ぎですよ。カレーライスと卵かけご飯、両方食べる気ですか?」
「あ、あはは。バイキングやと思うとつい……」
「もう、どっちか私にくださいね」
(四月からは少なくとも、部員の健康は問題なさそうやなあ)

 新部長とマネージャーを頼もしく思いながら、立火は着席した。
 と、一年生たちがかき混ぜてる食品が目に入る。

「みんな納豆食べるんやな……関西人なのに」

 余計なことを言って、夕理からアホを見る目で見られた。

「関西人が納豆食べないって、いつの時代の話ですか。スーパーでも大量に売ってます」
「まあそうなんやけど、私は食べへんで! 大阪の個性がなくなったらおもろないやん」
「はあ……どうぞ勝手にしてください」
「部長さん、朝から絶好調っすねー」

 笑っているつかさは、東京を意識したのかヨーグルトやシリアルでおしゃれな朝食だ。
 そして姫水は、昨晩から心配だったことを幼なじみに尋ねる。

「ねえ勇魚ちゃん、もしかして昨日一緒に寝たのは……」
「うん? うちと桜夜先輩で同じベッドや!」
「勇魚ってほんま抱き心地良くて、温かかったでー」
「やっぱり! 何てことするんですか! 私も最近はしてないのに!」
「昔はしてたんかい!」

 桜夜のツッコミに、ベッドを譲った花歩は味噌汁をすすって思う。

(みんな、のんびりしてるなあ)

 自分もあまり緊張はない。これから五万人の前で歌うというのに。
 あまりに大きな舞台、元より勝ち目のない戦い。
 だからこそ逆に、切羽詰まらずにいられるのかもしれない。

 荷物はホテルに預かってもらい、必要なものだけ持って外に出る。
 衣装と隠し芸の道具、そして楽器ケース。
 姫水が手に持つそれを見て、夕理が声をかけた。

「愛情込めて吹いてあげてや」
「うん……そうね。愛用のクラリネットと思うことにする」

 吹く演技だけだとしても、おまけにチンドン屋の真似事だとしても。
 快く貸してくれた吹奏楽部に失礼のないようにしないと。
 新橋駅のSLの前で、部長はいったん止まって北を指し示した。

「よし行くで! 汽笛一声!」
「鉄道開業時の駅は違う場所で、ここは名前を受け継いだ別の駅ですけどね」
「ありゃ、そうやったん」

 晴のうんちくに微妙にずっこけながら、一同は駅へと乗り込む。


 *   *   *


 アキバドームの最寄り駅はもちろん秋葉原。
 昨日とは逆方向に歩き、アキバドームシティへの階段を上がる。
 まだ一般客が来る時間ではないので、何人か同じ方向へ歩く女子高生は、本日競うグループだろうか。
 少し見えた楕円の天井に、Westaの皆の足は速くなる。

「来たで――ここまで」



 アキバドーム。
 全てのスクールアイドルにとって憧れの地。
 眼前にそびえる巨大な建物に、全員の胸に感慨があふれ出す。
 そして横からかけられた声は――

「ようこそ東京へ! 張り切っていきましょう!」

 彼女たちにも初の舞台。そして学校としては四年ぶりの帰還。
 音ノ木坂学院、ネオμ'sの九人が出迎えてくれた。

「おはよう、藤上さん。今日はお互い頑張ろう!」
「ええ、里崎さん。全力を尽くしましょう」

 小学校のクラスメイト同士が、数奇な巡り合わせを経て握手する。
 立火も東京へのライバル心はいったん置いて、相手方の部長、矢澤こころに愛想よく挨拶した。

「夏はうちの姫水がお世話になったそうで!
 あの音ノ木坂とこうして相まみえるとは、ほんま光栄やで」
「いえいえ、結果を出すのはこれからですから。
 そちらの予選も動画で見ましたよ。素晴らしい決闘でしたね!」
「いやあ、どうもっす」

 つかさは照れて頭をかき、姫水は嬉しそうに微笑む。
 そして夕理は『そちらのスノハレはまんまコピーでしたね』と言いたくなるのをぐっと抑えた。
 本人の言う通り、ネオμ'sが最後に目指す結果をこれから見せてもらおう。
 と、勇魚が我慢しきれないように前に飛び出した。

「お二人とも、にこちゃんにそっくりですね! さすが姉妹やー!」
「そうですか? 私には最高の誉め言葉ですよ」
「性格はだいぶ違うけどね。にこ姉みたいなのが、そうそういてたまるかってーの」
「ここあ! またそうやって憎まれ口を」

 姉に叱られ口笛を吹いているここあは、でも聞きようによっては長姉が唯一無二と言っているようだ。

(伝説のμ'sの、実の妹さんかあ……)

 平凡な花歩には、そんな特別な人たちが少しうらやましい。
 もちろんただ血縁というだけで、ここへ来られたのではないのだろうけど。
 後で少し、そのあたりの話を聞けへんやろか……と思ったりする。

 会場に向かって歩き出しながら、立火はお菓子の箱を取り出した。

「お近づきのしるしにどうぞ! 大阪土産や」
「これはこれはご丁寧に。え、これは……」
「ちょっと立火~。なに持ってきてんねん」

 桜夜が思わず苦言したのは、『大阪バナナの恋人』。いわゆるネタ土産である。
 ここあが指さして爆笑した。

「あはは、何これ! 白い恋人と東京ばな奈、二重にパクってんじゃん!」

 東京の人もユーモアを分かってくれて、ほっとするWestaの面々。
 他のオトノキ生たちも笑っている……が、こころだけが難しい顔をしていた。

「なるほど。私たちネオμ'sも、このようなパクリ商品であると……」
「ええ!? ち、ちょっと待ってや。私はただウケると思って……」
「わ、私の相方がごめん! 立火ってほんまアホで!」
「なーんて、冗談ですよ。むしろ見習おうと思います。
 こういうことも笑いに変えてしまう、大阪のしたたかさを」

 にっこりと微笑むこころは、μ'sの名を使うことで様々な批判も受けてきたのだ。
 そんな彼女が大阪を認めてくれて、立火も喜びの表情を返しながら、いよいよドーム内に足を踏み入れる。


 夏とは違って、今回は向かう先は同じ。参加校席だ。
 野球やライブで何度か来ているこころは、中を案内しながら過去を振り返った。

「予備予選で虹ヶ咲の優木さんに敗れたときは、どうなるかと思いましたよ。
 地区予選では何とか逆転できましたけどね」
「とはいえ向こうはソロで、しかも二年生。次も強敵になりそうですね」
「マネージャーさんも優秀だしねー」

 そう言ったのは音ノ木坂の二年生たちだ。
 千代田区と江東区は同じグループなので、ニジガクの同好会とは今後も競うことになる。
 階段を上がりながら、同じ立場の小都子が声をかけられた。

「Westaも次のステップは、全国常連を目指していく感じ?」
「そうやねえ。サヤンちゃん率いるWorldsや、光ちゃんのGolden Flag……。
 こちらも競争相手は厳しいけれど、何とかまたここに来たいものや」
「その二校、今日のステージにいても全然おかしくないもんなー」

 ここあが何気なく言った言葉は、Westaの胸にずしりと響く。
 負けた学校の分も……とは考えないことに決めたけれど。
 せめてヴィクトリアたちにも笑ってもらいたかった。


 バルコニー席に出ると同時に、ドームの場内が目に飛び込んでくる。
 姫水以外は初めて目にする光景に、立火が即座に声を上げた。

「うわあ、めっちゃ広いで! これ、アキバドーム何個分や?」
「あはは。さすが大阪の方、ボケを欠かしませんねえ」

 ちゃんと拾ってくれたこころに感謝しつつ、席は離れているのでいったんお別れ。
 お昼を一緒にすることを約束しながら、それぞれの座席に向かった。

「そちらは午前の部ね。頑張って、里崎さん」
「うん! 藤上さんは昔から高嶺の花だったけど……今日だけは同じステージだもんね」

 一般客はまだ入っておらず、この参加校席の一画だけが賑やかだ。
 一階と二階のスタンド間のバルコニーで、Westaが指定されたのは最前列の左端。
 これから歌い踊るステージを目に入れながら、桜夜は不満そうに腰を下ろした。

「一番前なのは良かったけど、それでもかなり遠いなあ」
「夏の私の席に比べたら相当マシですよ」
「それにバルコニー席は、他より良い椅子を使っているそうです」
「え、ほんま? ラッキー♪」

 姫水と晴に言われて、あっさり手の平を返す桜夜である。
 そんな光景に笑顔になりながら、勇魚が椅子に座ったときだった。
 右斜め後方から、既知の名前と方言が聞こえてきたのは。

「うわ、あんなとこで歌うんだ。マルちゃん、私たちマジで大丈夫?」
「何ですかこの期に及んで。花丸先輩に失礼でしょう」
「まあまあ二人とも。練習を信じるずら~」
(!?)

 思わず振り返った先で、三列斜め後ろに確かに存在した。
 Aqoursの二年生、国木田花丸!
 そして新生AZALEAのメンバーたる、二人の一年生たちだ。

「は、はわわ。花ちゃん」
「ん、どしたん?」

 震える手で隣の花歩の袖を引き、普段の大声は出せずに耳打ちする。

「う、後ろにAqoursがいてはる!」
「え、どこ!? ……うわ、ほんまにいる」
「そりゃいるやろ。参加校席なんやから」

 つかさにはに呆れられたけれど、勇魚にとっては一大事だ。
 自分の背が低くて見えないが、善子たち他のメンバーもいるのだろう。
 あわあわしながら、部長に小声で相談する。

「ど、どうしましょう立火先輩。サインもらいに行っていいんでしょうか!」
「え、どうなんやろ。初出場やとそのへんのマナーが分からへんな……」
「おやめなさい。今の我々は、対等に競い合う相手です。
 ファン活動をする場ではありません。せめて大会が終わってからになさい」

 逆側の隣から響いたのは、凜とした清らかな声だった。
 視線を向けると、黒髪をお下げにした女生徒が正面を向いて座っている。
 勇魚の記憶と照合した結果は、確か三重県のスクールアイドル――

「伊勢OToMe.さんや! 初めまして!」
「ご存じとは光栄です、Westaの皆さん」
「おー。昨日会うた八咫angelも、自分らのこと話してたで」

 まさか隣になるとはと、立火が明るく話しかけるが。
 伊勢斎宮さいぐう学院の部長、月読伊耶那つきよみ いざなは不快そうに眉根を寄せた。

「あの軽薄な巫女たちですか。神に仕える身としてどうかと思います」
「ま、まあノリは軽い連中やな。今もそのへんにいるんやろうけど。
 何にせよ、今日はよろしく頼むで」
「ええ、お互い最善を尽くしましょう」

 礼儀正しく頭を下げる彼女に、席を接する勇魚はさっそく嬉しそうに喋り始める。

「うちは勇魚っていいます! 伊耶那先輩と名前が似てますね!
 そうそう、去年のゴールデンウィークに伊勢神宮に行きました! めっちゃパワーもらえました!」
「左様ですか。先の遷宮から日も経ちましたから、社殿も円熟していたでしょう」

 全国大会ということは、こうして他地区のアイドルとも交流できるのだ。
 見れば桜夜と小都子も、後ろの席の子と挨拶を交わしている。
 開場時間となり、上にも下にも一般客が入ってきた。
 花歩も今しかないと思い切り、伊勢OToMe.の部員たちに話しかけた。

「三重は東海地区なんですよね。関西地区でもいい気もしますけど」
「まあ北部は、名古屋との結びつきの方が強いからねえ」
「激戦区の関西でなくて良かった……と言いたいけど、当分はAqoursに一枠占領されそうやなあ」
「あー、代替わりしても人気ですもんねー」

 関西もLakePrincessが脱落するとしても、Number ∞は全国の切符を握り続けるのだろう。
 などと花歩が考えていると……

「おいおい、ほんまに来るとは図々しいやっちゃな。
 全国レベルの実力なんてないんやから、辞退したらええのに」

 その当人が横からやって来て、いつものニヤニヤ笑いを浴びせていた。
 桜夜が思い切り渋い顔を向ける。

「戎屋~! わざわざアキバドームまで嫌味言いに来たん?」
「何や。初出場で不安やろうから、同郷のよしみで声かけてやったのに。
 私はもう六回目のドームで、さすがに飽きてきたとこや。
 頭下げて頼むなら、東京での振る舞いを教えてやらんでもないで~?」
「ぬかせ! 初めてやからこそ、何もかも新鮮でワクワクしてるんや。
 せっかくの体験、邪魔せんといてや!」

 笑顔で返す立火は、戎屋相手でもどこか楽しそうだった。
 返された側はフンと鼻で笑って、珍しく素直に席へと戻っていく。
 横目で見ていた伊耶那が、花歩と勇魚に話しかけた。

「Westaは初出場なのでしたね。お二人とも一年生なのに、落ち着いていて立派ですね」
「あ、あはは。当たって砕けろといいますか」
「伊勢OToMe.さんは三回目ですよね。すごいです!」
「我々も初めての際は、なかなか満足いくようには参りませんでした。
 数を重ね場慣れすることで、ようやく呼吸を掴んできたところです。
 あなた方も卒業まであと四回、一度でも多く来られるとよいですね」
『はい!』

 花歩はそっと振り向いて、居並ぶ全国の精鋭を視界に収める。
 理亞たち序盤のグループは楽屋へ行っているが、それ以外は全員揃った日本のトップ。
 自分が場違いなのは重々承知の上で。
 それでも一年生の冬、早くもこの場に来られたのは、どれだけ幸運なことだろう。

 さあ――準備は整った。
 いつものお姉さん、本来はアキバのリポーターだった人が、ステージに元気に飛び出す。
 既に満員となったドームは、一斉にその温度を上げた。

「みんなー! はっちゃけてるかーい!!」
『イエーー!!』
「これが正真正銘、平成最後のラブライブ!
 時代の変わり目に、今までで最高のはっちゃけを見せよう!」

 五月には元号が変わる。
 平成に生まれたスクールアイドルという文化に、いったんの区切りがつく。
 そのラストを飾るべく、高らかに宣言が響き渡った。

「これより第十二回ラブライブ、全国大会を開始します!」


 *   *   *


「まずは北海道地区代表、函館聖泉女子高等学院、『Eternal Ice』!」
「理亞ちゃーん! ファイトー!」

 後方から聞こえた声は、去年の今頃、受験中の勇魚が勇気づけられた歌声と同じ。
 黒澤ルビィ、その人ものだ。

(うちは改めて、とんでもない所に来たんやな……!)

 しかし浮かれている場合ではない。遠くのステージへ、堂々と登場したアイドルに意識を集中する。
 流氷のような衣装に身を包んだ二人組。
 うち片方の鹿角理亞は、強気の表情でMCを始めた。

「私は去年、Saint Snowというグループでこの場に立ったわ。
 次の予選で大失敗し、Saint Snowは終わって、しばらくどん底をさ迷ったけれど……。
 人は何度でもやり直せる! それを証明するため、またここへ戻ってきたのよ!」
「ううっ、理亞ちゃーん!」
「本当に頑張ったわよ、理亞デーモン!」

 花丸と善子の声援も受け、前奏の中で理亞は胸に手を当てる。

「Saint Snowのことは、いつまでも私たちの胸に残り続ける。
 それは永久氷壁――Eternal Iceのように!
 聞きなさい、『氷雪に咲く花』!」

 曲はSaint Snowと似た、ハードなロック調。
 しかし幾分か、可愛らしい雰囲気もある。
 背もスタイルも姉に及ばぬ妹と、似たり寄ったりの相方は、自分たちのライブを新たに構築していた。

(これが全国大会……!)

 あまり実感のなかったつかさは、この時点でようやく認識した。
 激しいダンスとシャウト、その中で咲く可憐な笑顔。
 特に理亞の方は、二人だけのグループで二度も全国へ来た人だ。
 才能が違うのは分かっていたが、ここまでのものとは……。

(けど……今さら、あたしがいちゃいけない場所やなんて思わへん)
(地区予選で好き勝手した分、今回は自分の役目をしっかり果たす)
(そして部長さんと桜夜先輩に、最高の花道を作るんや!)

 息もできぬ迫力のままライブは終わり、ドームの中は拍手の嵐。
 最初からフルスロットルの会場で、理亞はこらえ切れないように大きく叫んだ。

「姉様ー! 私、やりましたーー!!」

 続く拍手の中、相方に支えられるようにして、理亞は退場していった。
 後ろではAqoursの面々からの感激の声が聞こえる。

「あれで私と同い年かあ……」

 小都子が額の汗をぬぐいつつ、彼我の差を飲み込もうとする。
 一方で晴は、この場でも変わらずに冷たかった。

「二人とも頑張ってはいたが、鹿角聖良にはまだ及んでへんな。
 最後の叫びも良くない。姉を知らない人には何が何やら」
「そ、そこは何となく通じるやろ?」
「何となくでは票は入れられへん。ここまで来るとな」

 この精鋭揃いのステージでも、投票できるのは一人二票まで。
 最高の中で、さらなる最高だけが選ばれるのだ。
 お笑いライブなんかに誰が票を入れてくれるのか……。
 浮かんでくる不安を懸命に抑えながら、Westaは始まったばかりの大会に没頭していく。


 *   *   *


『クイーン・レイ! クイーン・レイ!』

 さっそく上には上がいることを実感する。
 前回覇者・帝央学園のライブが終わり、アンコールの時間でもないのに響き続ける歓声。
 会場の盛り上がりはEternal Iceを越えていた。

 メンバーの代替わりで夏よりは劣るとはいえ、それでも東京地区のトップ。
 優勝候補の洗練されたパフォーマンスに、姫水が仲間たちを振り返る。

「いかがでしたか? 非常に参考になると思うのですが」
「いや参考と言われても……姫水ちゃんレベルが九人いるグループ、ハードル高すぎやで」

 困り笑いの小都子だが、姫水はなおも食い下がる。
 自分が去った後のWestaに、少しでも高みへ行ってほしくて。

「今回は少しレベルが落ちたので、つかさ程度の人もいました。
 それでも努力と連携の力で、あそこまで到達できるんです」
「誉めてるのかディスってんのかどっちやねん! ま、言いたいことは分かるで」

 つかさも苦笑しつつ、真剣に考えてはいる。
 秀才の集まりであるクイーン・レイ。
 光のような天才のいないWestaでも、まだ目指せる可能性はあるグループということだ。
 しかし、と立火は思う。秀才ともいえない自分たちは、その域に達するまでどれだけ努力が必要か。

『ブラック部活にするのかという、難しい問題にまた戻ることに……』

 だが、それが声として出ることはなかった。

(あ……そうやった。私はもう、考える必要はないんや)

 今日を最後に部長ではなくなり、明日からはただのOGだ。
 もちろん意見を聞いてはもらえるだろうが、直接関わることはもうなくなる。
 後輩たちが話を続けるのを、口をつぐんで聞くだけの立火に、桜夜も一緒に黙っていた。

 同じ立場の三年生が、そんな二人に声をかけてくる。

「都民としてはうんざりするほど高い壁でしたねえ。クイーン・レイさんは」

 準備万端のこころが、楽屋へ行く前に立ち寄ってくれた。

「おっ、出番やな! 期待してるで!」
「ま、見ててくださいな。模倣には模倣なりの意地があるってとこを」
(あれ、キラセンとちゃうんやろか)

 夕理が意外そうに、階段を降りていくネオμ'sを見送る。
 自分はともかく、μ'sの影を追っているファンたちは、KiRa-KiRa Sensation!を期待しているはずだけれど。
 しかし即座に次の学校のライブが始まり、夕理はそちらへ意識を集中する。
 長野、香川、栃木のグループが、それぞれ全国に相応しいステージを披露した後――

「続きまして東京地区代表、音ノ木坂学院『ネオμ's』!」
『μ's! μ's!』

 ドームには伝説のグループを呼ぶ声だけが響き、誰も『ネオμ's』とは呼ばない。
 μ'sに特に思い入れのない立火やつかさは、少し気の毒になってきた。

(ネオμ'sの九人、ほんまにいい人たちなのに。誰も見てへんのかなあ)

 しかしそれを選んだのは彼女たち自身。今は黙って見守るしかない。
 ステージ中央に進み出たこころが、にこにーポーズを客席に向けてから、真面目な顔になって話し始めた。

「六年前、μ'sが終わりを選んだとき、私はまだ小学生でした。
 幼い私でしたが、姉たちの選択の意味は何となく分かりました。
 それが本当に美しくて尊いことを。
 でもやっぱり、ファンとしては辛く悲しい気持ちを否定できないことを」

 たった一年で活動を終えた伝説のグループ。
 穂乃果たちはその後も部活を続けたし、名前が変わっただけという見方もある。
 けれど、それはやはりμ'sではなかった。

「当時を知る人も、後から知った人も、一度は思ったことがあるはずです。
 ”もしもμ'sが、あれからもずっと活動していたら”
 私たちがネオμ'sを結成したのは、それも一つの理由です。
 あり得ない夢でも、私たちはどうしても見てみたい!」

 話の中で、他のメンバーたちがステージ上に散っていく。
 何度もμ'sの動画を見てきた、夕理と勇魚はすぐに気づいた。

(キラセンのフォーメーションとちゃう!)

「これはμ'sが、もし今の時代に歌ったらというifの曲。
 私たちの憧れを越える憧れ、模倣を越える模倣です!
 聞いてください! 『僕らのアイが創る今』!」

 前奏だけでも、μ'sや、と夕理は感じた。
 しかし六年前の曲のどれでもない、まごうことなき新曲。
 元のメンバーはとっくに社会人になり、再結成など決して望めない中。
 存在しないμ'sを新たに創るという、とんでもない賭けに出たのだ。

『君に二度と会えなくたって 僕らは歌い続けるんだ
 いつかいつか届くように 限りないアイの歌を』

 東京予選を勝ち抜くだけあって、素の実力も十分に高い。
 しかしコンセプトがこうなら、と夕理は聞き入りながら考える。

(いかに『μ'sらしいか』が評価の鍵や)

 そして夕理の目には、合格点を遥かに上回って見えた。
 単に真似してきただけではない。真剣に憧れ、真剣に研究し尽くした彼女たちだからこそできるライブ。
 特にセンター、矢澤こころの弾ける笑顔は、まさに姉の生き写しだった。

(いうても各人が持つμ'sのイメージはそれぞれや)
(一人でも多く合致してくれるとええんやけど……)

 今朝までの不満は消え失せ、祈る気持ちで応援する夕理の前で――
 みんなで叶える物語は、一気に最後まで奏でられた。

『信じれば形になるよ 僕らのアイが創る今!』


 ドームに響く拍手は、夕理を安堵させるのに十分だった。
 同類である勇魚が、嬉しそうに首を伸ばしてくる。

「夕ちゃん、姫ちゃん、μ'sやったね!」
「うん……私には素晴らしいifに見えた」
「思い上がるなって叩かれる可能性もあったのに、実力で覆したわね」

 もしμ'sがここにいたらという、夢の中での六年ぶりの復活。
 問題は……六年が経って、別にμ'sのファンではない客も、今や大勢いるということだ。

「つかさはどうやった?」
「んー、普通に素敵なライブやったで」

 つかさはそう言いつつ、夕理の意図をくんで申し訳なさそうに答える。

「それだけやなあ。μ'sのことはよく分からへん。悪いけど……」
「そ、そう……」
「私も似たようなもんやけど。ただ、何や懐かしい気はしたな」

 と続けたのは、つかさより二年長くスクールアイドルをしてきた部長だった。

「そんなにμ'sの曲聞いてへんのに、何でやろ」
「あ、私も私もー」
「このドームでの開催が決定し、ラブライブが一気に広まったとき、一番真似されたのはμ'sですからね」

 桜夜の同意に、晴があごに手を当て推測する。
 初代優勝者はA-RISEだが、セミプロだった彼女たちは真似しづらい。
 親しみやすいμ'sが、当時から一番多く手本にされたのだ。

「なので今もスクールアイドル文化の根底には、どこかにμ'sがいるのかもしれません」
「なるほどなあ……」

 思えば初代のWestaも、何らかの影響を受けたはずだ。
 東京から広がったのは少し悔しいが、立火も今はその気持ちは抑えて。
 原点を見せてくれたネオμ'sに、皆で改めて拍手を送った。



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