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「続きまして関西地区代表、住之江女子高校『Westa』!」

 名前を呼ばれるだけでも感動ものだが、こんなのは序の口だ。
 立火を先頭に八人は飛び出し、晴だけが舞台袖に残る。

 開けた視界の前に、広がる圧倒的な風景。
 アキバドームを埋め尽くす、五万人の観客たち。
 プロに戻る気の姫水すら、こんな経験が再びあるのかは分からない。

(夏に会った群馬のお姉さん、この中にいるのかしら)
(もしかすると弥生さんも……)

 探し出すことはできないが、見てもらえるつもりでやらないと。
 他のメンバーたちも客席と、テレビやネットの先にいる、さらに多くの人に思いをはせる。

(汐里ー! お姉ちゃんのこと見えてるー!?)
(私に注目してるの、家族と香流ちゃんだけかもしれへんけど! でもやったる!)
(奈々も晶も、それにお姉ちゃんも……きっとあたしを応援してくれてる)

 とはいえ全国では知名度ゼロのWesta。
 上位校のように場内が沸くことはなく、一応礼儀といった程度の拍手しかもらえない。
 しかも他校が美麗な衣装を披露してきた中、出てきたのはふざけたピエロ服。
 怪訝そうな視線も向くが、分かっていたことだ。

(お願いします、先輩!)

 小都子の願いを背に受けながら、立火と桜夜は揉み手で声を張り上げる。

「どーもどーも。なにわ大阪から来ました、Westaいいますー!」
「名前だけでも覚えて帰ってやー!」

 よくあるネタではなく、切実に名前だけでも覚えてほしい。
 そのためにもまずは地ならしだ!

「私ら今回が初出場でしてねえ」
「初めて間近に見る全国トップグループ! ええもん見せてもらいましたわ。ほなさいなら」
「ちょちょ、帰ってどうすんねん! その学校とこれから競うんやで!」
「いやいやいや! 初出場の私らなんて、勝ち目はあらへんて~」

 情けなく泣きを入れる桜夜の姿は、演技だけでなく本気も入って見えた。
 だが一回落とした上で、立火はより大きな声を響かせる。

「せやけどな! こっちも尻尾巻いては帰れへんのや!
 確かにどのグループも、豪華なフルコースのような見事なライブ。
 でもラブライブって、それだけでなくてもええんちゃう?」
「確かになあ。ちょっと軽いスナックも食べたいとこやわあ」
「なら私らは、そこに活路を見い出したろやないかい!」

 瞬間、立火の頭には部室でのことが蘇った。

『何というか、言い訳くさいMCやなあ』

 皆でMCを考えたとき、立火の愚痴に晴は答えたのだ。

『言い訳は大事ですよ。言わな伝わらへんこともあります。
 むろん作品で伝えられるならそれが一番ですが、今はそこまでの力はない。
 たとえ酷評されるにしても、やりたいことを分かった上で酷評してほしいでしょう』
『うーむ、なるほど』

 後ろで控える晴を感じながら、立火は五万の観客と目を合わせる。
 この場で含蓄のある話も、爆笑できるギャグも言えない自分。
 ならばせめて、ここに立つ理由を全力で伝えよう。

「頭を空にして、ただただ笑えるだけのライブ。
 アホの私たちが贈る、ほんのひとときのお笑いや!」

(ほんまにアホやな広町、ガッカリしたで!)

 客席では早くも一人が酷評していた。
 戎屋鏡香は腕組みしながら、頭の中で吐き捨てる。

(確かにお前らの実力では、まともにやっても埋もれて終わりや)
(色物に走ってでも、爪痕を残したいという気持ちは分かるが……)
(全国大会の客はそんなん望んでへんのや! 今までいくつのグループが失敗したか、調べなかったんか!?)

 大阪の恥め、という口の動きは立火には見えない。
 やりたいことは伝わった。
 練習の成果を、今までの全ての日々を、この最大のステージに注ぎ込むため。
 立火と桜夜、二人の声が、四つの単語を唱和する。

『オール・ザッツ・ファニー・デイズ!』


 弾むメロディが始まる中、まず意識すべきは表情と動き。
 目一杯の笑顔で、大げさに踊りながら、八人のピエロは歌い始める。

『1、2、3、いぇい! ここから始まる楽しいフェスティバル!
 私たちはスクールアイ!ドル! すくすくと笑い!踊る!』

(くっ……私はほんまに未熟や)

 花歩は早くも口惜しさを感じていた。
 本当ならもっと高度なギャグを、聞くだけで吹き出すような歌詞を作りたかった。
 きっと夕理も同じ。できるならもっと笑える曲にしたかっただろう。

(せやけど今の私たちには精一杯の曲や)
(これを土台に、みんなのパフォーマンスで何とかするで!)

『今だけ悩みは投げ捨てて みんなも一緒に笑おやないか!』

 陽気な動きで招いてみるが、効いているのかはよく分からない。
 一応サイリウムは振られているが、何しろ会場が広すぎて、細かい様子は把握しづらい。
 立火はすぐに探るのをやめた。

(客の反応は、後で晴に聞けば十分や)
(もし冷えてたとしてもやることは同じ)
(これがWestaなんやって、最後まで訴え続けるだけや!)

<Westaらしさを出したい>

 三年間の終着点として、その願いは立火が率先して叶えるのだ。
 部長としてライブを引っ張りつつ、隠し芸タイムに一番手として突入する。

 晴が舞台袖から半身を出し、ステージ内にひょいひょいとお手玉を投げ込んだ。
 立火が飛び跳ねながらキャッチ、勇魚も一生懸命にキャッチ。
 二人のジャグリングが始まった。

(あ、笑ってもらえてるで!)

 お手玉を操る勇魚の視界に、一人の観客の感心したような笑みが映る。
 この広い会場で、たまたま目に入っただけかもしれないけれど。
 一人でも二人でもいいのだ。少しでも喜んでもらえるなら。

<見てくれる人を笑顔にしたい>

 ネオμ'sもAqoursも、今までのどのグループも、勇魚を笑顔にしてくれた。
 それを少しでもお返ししたい。
 今回出場したアイドルの中で、実力では最下位かもしれない自分。
 でもスマイルにだけは多少自信がある。放るお手玉と一緒に、それを目の前の人へも向けた。

(立火先輩のことも、もっともっと笑顔にするんや!)

 受け取った立火は、一層の笑みとともに歌声を響かせる。

『吹きすさべ 滑稽の風
 ええやないか ええやないか ノリだけで生きたって!』

(あははははは!)

 一番はっちゃけていたのは小都子だった。
 大好きだけど、自分には無理と思っていたお笑いの世界。
 なのに最大の舞台で、最高の形で願いが叶えられた。

<自分がやりたいことをしたい>

(それが私の望み! 笑うし、笑かすでー!)
(良い子の小都子ちゃんは、今日だけは店じまいや!)

 全ての枷が外れたような、アホそのもののパフォーマンス。
 遠くで見ている両親やクラスメイトは仰天しているかもしれない。
 そして忍はきっと喜んでくれるだろう。
 今このときだけ、底抜けに、何も考えずに笑う橘小都子を。

(自己満足ではあかんって、さっき夕理ちゃんに言われたばかりやけど)
(私に限ってはこれが最善やって信じる! あとは頼れる後輩たちが何とかするはずや!)

 小都子の目に映る夕理は、自然な微笑のまま演奏の準備に入った。

 黒子姿の晴が影のように、スススとステージ上に滑り出る。
 夕理と姫水が後ろに伸ばした手に、素早く楽器が渡された。
 二人のチンドン屋の誕生だ。

♪チャララララ~ ピーヒャララ~

 元はWesta音頭だった旋律の名残りが、景気よく響きわたる。
 バイオリンは生演奏。
 クラリネットは打ち込みだが、姫水の演技力なら一人前の楽士に見えるはずだ。



(今回私だけが、やりたいことが見つからへんかった)

 ドームの後ろまで届くよう、弦をかき鳴らしつつ夕理は考える。
 地区予選で燃え尽きて、何も思いつかず他の八人に頼った。

(でも、たまにはこういうのもええもんやな)
(ずっと夢見てた舞台と、みんなのおかげで作れた曲)
(……入部した頃は、曲には口出しするななんて言うてたのにね)

 頼れる仲間がいる喜びを、夕理は噛みしめながら音楽を続ける。
 そして他のメンバーより視野の広い姫水は、アリーナの様子を少しだけ見て取れた。

(モザイク模様……)
(楽しんでる人もいれば、呆れてる人もいる、かな)

 割合までは何とも言えないし、遠いスタンド席になるともう分からない。
 この状況を踏まえて、自らの目標を再確認する。

<アマチュアならではのことがしたい>

 今日の全国大会も、やはり全体のハードルを上げるものだった。
 それは仕方ない。進化することは誰にも止められない。
 けれど、もし今のライブを成功させられたら。
 高度な技術や絶大な人気がなくても、ラブライブに出てよいのだと示せるなら――
 小さな置き土産になるはずだ。もうすぐスクールアイドル界を離れる自分にとって。

(それにしても小都子先輩、弾けてるわね)
(私だって優等生の評価は今はいらない)
(思う存分、アイドルごっこに興じる!)

 スキップしつつ木管楽器を吹きながら、センターの三年生たちを夕理と共に囲む。
 間奏が流れる下で、立火と桜夜のコントが始まった。

「私ら東京初めてなんやけど」
「どうやったー? アキバ」
「ほんま、のどかでええとこやねえ。牛や馬もぎょうさんいてはるし」
「それアキバやなくて牧場まきばやないかい!」
「ドームすいません!」

 吹き出す声が多少聞こえた気がするが、人数までは分からない。
 それより姫水は、横目で見た夕理の様子に焦った。

(夕理さん、微妙な顔しないで! 面白かったじゃない、ねっ!)

 念が通じたのか、夕理の表情は持ち直し――
 楽器は晴に回収され、曲はサビへと突入する。

『あっはっはっ お腹の底から
 どんな痛みも 吹き消すくらいに
 素で参るようなスマイルで 笑って決まってわっしょいわっしょい!』

(つかさちゃん!)
(今や、花歩!)

 体をひねって客席から手を隠し、曲に合わせて前に突き出す。
 同時にぽんと咲く、二つの小さな花!
 一瞬の手品に、何人かが微笑んだように見える。

(けど、もう少し!)

 花歩はそのまま、しゃがんで大きくジャンプする。
 練習中に頼み込んで、何とか入れてもらった小さな見せ場。
 自分にできる最高の笑顔で、空中の花歩は大きく叫んだ。

「いやっほう!」



<見る人の印象に残りたい>

 この程度で何かが変わるとは思っていないけど。
 何もしなければ今のままだ。少しでも上へ!

 そんな友達と踊るつかさには、初めての心から楽しいライブだった。

(あはは! ええで花歩、あたしも面白い!)

 フツーに生きることが間違いとは思わない。
 普段のカラオケだって十分に楽しい。
 でもこれは、普通に生きてるだけでは決して得られない体験。

<五万人の前で、思い切り歌って踊りたい>

 無限に広がるかのような巨大な会場で、数え切れない視線がこちらを見ている。
 なんて愉快なんや、と思ったところで、似たような表情の彼女と交差した。

(姫水……)

 地区予選の決闘は、反省しつつ今も後悔はしていない。
 ただ、あれで終わらなくて本当に良かったと思う。
 こうして同じ高さで、協力してライブができたこと、一生忘れない。

 いよいよ終盤、三年生たちがセンターに戻る。
 相方とふざけた踊りを繰り広げながら、桜夜にはどうしても無念が浮かぶ。

(ああ……これで終わりかあ)

<あまり練習せずに済む曲がいい>

 フィナーレでそんな要望しか出せなかった。
 願いは叶い、少なかった練習量でも、無事ミスもなく完走できそうだけど。
 受験さえ片づいてれば、もっともっとできたのに。

(けどしゃあない。花歩が言うた通り、これは趣味なんや)
(高校の部活でしかなくて、学業とは切り離せないんや)
(もし時間が戻って、三年間をやり直せるとしても……)
(どうせ私は勉強なんてせえへんし!)

 開き直って笑いながら、ポケットのクラッカーを手に忍ばせる。
 立火が下がり、小都子が代わりに隣へ来た。
 この糸を引けば全ては終わり。
 小都子が向ける笑顔に寂しさはなく、晴が背後でスタンバイしているのも感じる。
 桜夜の歌声は、三年間の全てを込めて明るく響く。

『愉快でフライな頭はハイ! そんな私たちの――』

(ありがとう小都子、晴。こんなアホな私を支えてくれて)
(ありがとう、私の可愛い一年生たち)
(ファンのみんな、友達のみんな、今見てくれてる人たち、ありがとう――)
(立火、次の日々へ一緒に旅立つで!)

 喜びと楽しさだけを目一杯詰め込んで。
 八人の重なった声が、最後のフレーズを歌い上げた。

『オール・ザッツ・ファニー・デイズ!』

 パーーン!!



 迷わず糸は引かれ、祝福の音とともに舞う紙吹雪。
 その間を飛び出た立火が、満面の笑顔のまま、両手を前に出して挨拶する。

「おおきに、Westaでした! 笑ってもらえたなら幸いです!」

 返ってきた拍手は予想以上の大きさだった。
 それがウケたからなのか、単に観客の全体数が多いからなのか、初出場の身には分からないけど。
 気づけば晴の掃除は終わり、小声で退場を促される。

(――夢みたいな、日々やったな)

 立火も桜夜も同じことを考えて、最後のステージを後にする。
 名残惜しさは、後輩たちが和らげてくれた。
 一緒に客席へ手を振りながら、笑顔で去ってくれることで。


 *   *   *


「晴! どうやった!?」

 通路に出ると同時に立火が詰め寄った。
 大勝利でも大敗北でもない。爆笑の渦とはいかなかったが、氷のように冷えていたわけでもないのは皆も分かる。
 なら一体、どの程度の結果だったのか――。
 晴は口を覆う布を外し、落ち着いて話し出した。

「私が見た範囲のサンプル調査ですが。
 三分の一は白けてたか、トイレに行ってました」
「そ、そう……まあ目の離せない大会や、トイレ行きたい人は助かったやろ!」
「さらに三分の一は苦笑いで」
「は、ははは……」
「残る三分の一は笑顔でした。
 微笑から大笑いまで様々でしたが、確かに笑っていたと思います」
「おお……」

 立火は即座にはそれしか言えない。
 五万人の、三分の一。単純計算では一万六千人。
 テレビやネット経由も含めたら数万人……とっさに実感が湧いてこない。

「部長さん、どうなんです!? 成功って思っていいんですか!?」

 今度は自分がつかさに詰め寄られる。
 部員たちは皆、部長の言葉を待っている。
 甘く評価すべきか、厳しく評価すべきか……。
 一秒だけ考えて、すぐに立火は笑顔を見せた。

「成功や! 当たり前やないか!
 めっちゃ大勢の人を笑わせたんやで! これが成功でなくて何なんや!」
『やっ……たーー!』

 花歩と勇魚が大喜びでハイタッチする。
 桜夜も涙をこらえて安堵するが、もしやという風に夕理の方を向く。
 向かれた方は不本意そうに口をとがらせた。

「何ですか、異議なんて唱えませんよ!
 私も成功失敗で言うたら、成功やと思ってます」
「おー、良かった良かった。夕理のお墨付きや」
「ただ……この程度の成功に留まるなら、順位は期待しいひん方がいいと思います」

 釘を刺す言葉に、一同も現実を認識する。
 それは色物の宿命だ。
 たとえ一時的に面白がられても、最終的な投票の対象には、どうしてもならない。
 姫水も久しぶりに自分を第三者的に見て、結論に首を横に振る。

「一人たったの二票。
 私がもし一般の観客なら、やはりAqoursのようなところを優先しますね。
 別枠で敢闘賞でもあれば良かったんですが……」
「まあ……元々上位が無理やから、この道を選んだんや。成功したからって変な欲を出すのはやめとこ」
「うちは何位でもいいですよ! それより先輩、早く客席に戻りましょう!」

 勇魚に言われて、立火も我に返った。
 あと少し続く貴重な時間。まだ残っている全国の猛者たちを、直接見られるのだ。
 特に晴の望み。次に繋げるためにも、後輩たちには吸収してもらわないと。

「よし、急いで戻るで。とにかく私たちはやれることはやった!」
『はい!』

 早歩きで楽屋へ向かう途上、花歩の頭は、早くも次のことを考えていた。

(私も十分やと思うし、そしてまだまだ上に、昇れる余地があるんや)
(次はもっと、次の次はもっともっとできるはずや!)
(いつかは――上位に入って、今日以上の大成功を部長に報告したい)
(……小都子先輩はどう考えてるんやろ)

 前を歩く小都子は、ライブ中の反動のように静かだった。
 間もなく部長を受け継ぐことへの、心の準備をしているかのように。


 *   *   *


 地方の生徒が早く帰れるよう、全国大会ではライブ後すぐ着替えるのがルールだ。
 制服姿で客席に戻った勇魚に、伊耶那がお疲れ様と言ってくれた。

「ありがとうございます! うちらのライブ、いかがでしたか!」
「まあ……やりたいことは伝わりましたよ」

 その表情を見る限り、どうやら苦笑した三分の一に入っていたらしい。

(ま、苦笑いも笑顔の一種や!)
(そうですよね、にこちゃん!)

 本人が聞いたらそれこそ苦笑しそうなことを考えつつ、勇魚は次のグループに集中する。

 スタイリッシュな鳥取の学校。
 優しい雰囲気の福島の学校。
 名古屋の学校はAqoursと競っただけあって、相当の実力者だ。
 夢中になれる時間はあっという間に過ぎ、とうとう31校目が登場した。

「トリを飾るのは関西地区代表、湖国長浜高校『LakePrincess』!」

 四連続出場、前回四位。
 そして今回で引退する天才に、ドーム内は悲喜の入り交じった声で満たされる。

『羽鳥さああああん!』
『静佳さーん! 今までありがとうー!』
(引退ブーストはこいつが一番強いな……)

 立火が感じる通り、個人だけの人気とあって惜しむ声は大きい。
 千歌たちはまだ受け継ぐ者もいるが、静佳には本当に誰もいないのだ。
 そして……

「あれ、バックダンサーがいてへん」

 桜夜が今までと違う様子に気づく。ステージ上には静佳ただ一人。
 いる意味がなかった椿と雪江だが、今日は存在すらしない。

「本当に本気で、優勝を狙っているようですね」

 晴の推測は、一票でも多く取るため不要なノイズは捨てたということだ。
 三年生たちがごくりと唾を飲む中、静佳は穏やかに話し始める。

「皆様、この二年間ほんまにありがとうございました。
 心から感謝していますし、いらんこと言わんで去るべきとは思うのですが。
 でも正直に言いますね。私はスクールアイドルに対して、さしたる思い入れはありません」

 立火たちはもちろん、場内の五万人が唖然とした。
 最後の最後に、孤高の天才はとんでもないことを言い出した。

「私がここにいるのは、マネージャーの影森惟月に頼まれたからです。
 最初はただ面白そうやなというだけで、こないに大きなことになるとは思いませんでした。
 でもここまで来たからには、私は惟月に優勝旗を渡したい」

 静まり返った場内で、静佳は深々と頭を下げる。
 そんな名前も知らないマネージャーを持ち出されても……と戸惑うファンに対して、彼女が訴える声は切々としていた。

「これが私の偽らざる気持ち、ここからが私の全てを懸けた本気です。
 一度も優勝できなかった私に、どうか最後に栄冠をください。
 ファイナルソングです。『Momentary LakePrincess』」

 立火たちには最高峰だった静佳に、まだ上があることを思い知らされた。
 今までをさらに上回る、魂ごと殴りつけてくるような歌声。
 そして今回、ダンスにも力を入れていた。
 どれだけ練習したのか、一流バレリーナ並の流麗な動き。
 歌に合わせ高く跳び上がる。琵琶湖を飛び立つ水鳥のように。

(羽鳥……)
(頑張れ!)

 桜夜は思わず応援していた。
 ずっとずっと勝ち目のない、忌々しい強敵でしかなかった相手。
 でも、大事な人のために勝利を捧げたいという、その気持ちは分かるから……。

「――ありがとうございました。たまには必死になるのも良いものですね」

 歌い終えた静佳は、全てをやり切ったように笑みを浮かべた。
 前のMCなどは忘れて、ドームには絶賛の嵐が響き渡る。
 彼女が退場し、ようやく場内が収まってから、お姉さんが審判の開始を告げた。

「平成最後の全31校、お疲れ様でした! これより投票の時間となります!」


「こうなると関西人のよしみで、羽鳥に投票したくなるで」

 桜夜の言うことに、同じ時間を過ごした立火も引きずられそうになる。
 だが一年生たちは別の意見だった。

「そうですか? うちはAqoursに入れますよ!」
「え、みんなネオμ'sに入れないんすか。あんなに仲良くお昼食べたのに」
「うーん、悩ましい!」

 勇魚とつかさの言葉に、人情で板挟みの立火は頭を抱える。
 Westa自身に一票入れるので、どうしてもあと一票しか自由にならない。
 すぐに夕理が文句を言ってきた。

「情に流されてどうするんですか。きちんと客観的に評価すべきです!
 というわけで私はPhilosophiaに入れます」
「それ単なる夕理の好みちゃう?」
「ラ、ライブを見て好きと思った気持ちは、一番純粋な評価でしょう!?」
「そうやなあ……」

 立火が一番好みのライブは、自画自賛になるがWestaのものだ。
 そんなライブができたことに満足しつつ、二番目に好きだったのは……。

(矢澤さんごめん。羽鳥の必死な姿が、どうしても忘れられへん)

 静佳に一票を入れ、優勝旗の関ヶ原越えを託す。


 *   *   *


「あの大阪の子に入れたいのは山々なんだけど」

 ここは一階スタンド席の片隅。
 群馬から来た双子の大学生のうち、妹の方は悩んでいた。
 夏に会った綺麗な女の子と、ステージで再会できたのは嬉しかった。
 なのにあんなお笑いギャグライブになるとは……。

「いや面白かったけどね!? ちょっと笑ったし」
「だったら投票すればいいじゃない」
「けど他のグループより優れてたってわけじゃないしなあ」

 二票しかないうちの片方を、入れてしまってよいものか。
 特に隣の姉が、あまり評価していないようなのでなおさら。

「そっちはなんか真顔になってたよね」
「私の笑いのツボには入らなかったなあ。笑いって人それぞれ基準が違いすぎて、難しいわよね」
「そうだね……あの子は、そういう難しいことに挑戦したわけだ。うん」

 その感慨が決め手となり、Westaに一票が投じられた。
 もう一票は順当にAqoursに入れて、伺うように隣を向くと、姉は正直に答えてきた。

「Eternal Iceに入れたわよ」
「まさか姉想いなところが琴線に響いた、とかじゃないよね」
「ふふ、さあね」

 かつて青春を共にした先輩や仲間、顧問の先生も、今頃ネットで見ているのだろう。
 皆はどこへ入れたのだろう……と考えている間にレポーターが登壇した。

「お待たせしました。第十二回ラブライブ、結果を発表します!
 まずは第十位……函館聖泉女子高等学院『Eternal Ice』!」
「あ、私の票が役立った」

 隣の嬉しそうな呟きと同時に、ドーム内は拍手に包まれる。
 とはいえSaint Snowの八位からは後退。本人はどう思っていることか。
 地区予選と違いステージ上に生徒たちはおらず、反応が見られないのが残念だ。
 アンコールライブの準備のため仕方ないけれど。

「続きまして第九位!」

 緊張を高めながら、そのアンコールの権利に向けて、発表は一つずつ階段を上っていく。
 Westaに投票した妹も、さすがにトップテンに入り得ないのは分かっている。
 初出場なのだから、何位であっても拍手を送るつもりだが――。



 ヴァイオリンの3Dモデルはmigiri様作成のものをお借りしました。(VPVP Wiki)

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