『アンコール! アンコール!』
『アークーア! アークーア!』
勇魚を筆頭に、一年生たちが元気に声を上げている。
浦の星の奇跡から一年。千歌たちの最後のラブライブに、観客は再び栄冠を贈った。
小都子も結果には納得するが、隣で複雑な顔の三年生たちが気になってしまう。
「羽鳥さんも立派な成績ですよね」
「そうやなあ……」
準優勝、LakePrincess。静佳には今までで最高の結果。
しかし立火としては、やはり関西勢に優勝してほしかった思いもあり。
とはいえ勇魚の喜びようを見ると、この結果で良かったという気持ちもあり……。
(まあ……下位の私たちが、どうこう言えることとちゃうか)
「いよーう、負け犬ども!」
さっそく鏡香がちょっかいをかけに来た。
だがWestaの皆の明るい顔を見て、鼻白んだように渋面を作る。
「なんやなんや、少しは落ち込んだらどうなんや。夏の予選みたいに」
「はっはっは。あのときとは状況が違いすぎるやろ」
そう言う立火の心も、あのときとは全く異なっていた。
26位、Westa。
奇しくも数字自体は、絶望した夏と同一だけれど。
でも一つ上の大会で、参加校の数も多くて、何より自分たちの満足できるライブができた。
少ないとはいえ、このアキバドームで票を入れてもらえたのだ。
「こっちは最下位も覚悟してたんや。下から六番目なんて、文句言うたら罰が当たるわ!」
「ちっ、つまらん! お前らのライブも、全然おもろなかったで。
あんな程度が大阪の笑いと思われたらどないしてくれるんや」
「へーへー、どうもすいません」
部長が受け流しているので、ちょっと悔しくなった花歩が代理で噛みつく。
「ナンインは六位で、夏からひとつ落ちたやないですか」
「誤差や誤差! 今回は上が固まってたからしゃあない」
「戎屋先輩も、今までお疲れ様でした!」
唯一嫌ってない勇魚に笑顔で労われ、気勢をそがれた鏡香は肩をすくめた。
「なんや、小白川みたいな善人がいるんやな」
「あいつもここにいて欲しかったなあ」
しんみりした立火の声に、鏡香はフンと視線を逸らす。
「関西最下位なんかお呼びとちゃうわ……と言いたいが、あいつ
「ええ!? 真の勝ち組は小白川やったってオチ!?」
悲鳴に近い突っ込みは、桜夜からのものである。
未だ進路未定なのを思い出し、鏡香がニヤニヤといじろうとした時だった。
ステージの方で動きがあり、三人とも話の終わりを悟った。
立火が先んじて口を開く。
「ほなな戎屋。一度も勝たれへんかったし、クソ憎らしかったけど楽しかったで。
人生には悪役も必要やからな」
「はっ。それ言うたらお前ら二人はアホ役やな」
自分が悪役なのは否定せず、鏡香は自分の席へ戻っていく。
口もききたくなかった夕理も、ああいう役を演じてた人なんやろか、と何となく思った。
だとしても本人の趣味なのだろうから、性格が悪かったことに変わりはないけど。
『おおーーー!』
歓声の中、Aqoursの九人がステージ上に現れる。
新たに着替えてきた衣装は、白と虹色を基調に、背中には天使の羽。
梨子が少し困り眉で弁明した。
「今回は受験が大変で、アンコール用の曲までは作れませんでした。
なので既存のものになりますけど、私たちには思い出深い曲です」
「去年の三年生が引退した後――在校生だけのライブで、新たな一歩を踏み出した曲だよ」
曜が少しの懐かしさと寂しさを交え、優しく微笑む。
勇魚たち熱心なファンは、既にその曲名に気づいていた。
沼津の駅前で六人で披露されたライブ。それが九人になり、今この場で千歌が叫ぶ。
「聞いてください! 『Next SPARKLING!!』」
ファンもそうでない人も、その歌には心打たれた。
どの学校のどの部でも、三年生が去り、残された在校生は道を模索していくのだ。
小都子たちもサイリウムを振りながら、閉幕する大会の中で心に区切りをつけていく。
新しい輝きへと、手を伸ばすために。
* * *
「皆さん、お疲れ様でーす」
「おつかれー」
参加校席の面々は荷物をまとめ、声を掛け合って席を立っていく。
15位の伊勢OToMe.は、16位の八咫angelと何か言い合っていた。
横から挨拶だけして、Westaも出口に向かう。
コンコースに出たところで、心配そうな顔のこころ達と合流する。
「お疲れ様、今回の結果は……って、別に落ち込んでないんですね」
「ああ、むしろ上出来やと思ってるで」
「なーんだ、どう慰めようか悩んで損した」
ここあのぶっちゃけに立火たちも笑う。
むしろネオμ'sのほうが悔しそうで、姫水が気を使いながら労った。
「そちらはあと一歩で惜しかったですね」
「そーですよー! 11位って。しかも10位の鹿角さんは鹿角さんで不満そうだし」
「だったら代わってくれって感じだよなー」
「まーまー、順位ひとつくらいオマケしといたらええやん。ほぼトップテン、おめでと!」
適当な桜夜の言葉に、大阪らしいねと再び笑って歩き出す。
ドームに名残を惜しみながら、小都子が次期部長の二年生に尋ねた。
「そちらはこの先もμ'sのカバーを?」
「どうしようかなあ。μ'sの後継者を名乗れたのは、こころ先輩がいたからこそだし……」
「私一人じゃちょっと弱いよね」と、ここあ。
「あ、でも四月にもう一人、μ'sの縁者が入る予定なんですよ」
嬉しそうに言った祐子が、その縁を説明する。
「海未さんの道場に通ってた人の従姉妹が」
「ただの他人やないかい!」
花歩が思わずツッコんでしまい、東京人たちから拍手された。
さすがツッコミ星人! と感動している祐子に、やめてーと頭を抱える花歩である。
ドーム前の広場に出て、地元民のオトノキ生はここから徒歩帰宅。
三年生は別れの挨拶を、一・二年生たちは再会の約束を交わす。
東西の架け橋である姫水が、都民に戻った後の予定を伝えた。
「次のラブライブは、予備予選から見させてもらうわね」
「うわ、藤上さんに見られてるなら頑張らないと」
「アドバイスとかあったらよろしく!」
祐子とここあに言われ、姫水は了承の笑みを返した。
もうラブライブに出ることはないが、ファンとしては続けていけるのだ。
それは三年生も同じこと。立火とうなずき合ったこころが、最後に特徴的な指の形をする。
「さあ、今日のところはお別れです。それでは皆さんご一緒に!」
東西のスクールアイドルの声が、ドームの前にこだまする。
一つの山を乗り越えた、満面の笑顔とともに。
『にっこにっこにー!!』
「結局Aqoursの人とは話されへんかったなあ」
ドームが見えなくなったところで、勇魚が残念そうに振り返った。
アンコールがあったため、帰るタイミングも交わらないまま。
つかさが励ますように肩を叩く。
「善子さんやったっけ? 二年生やし、もう一年チャンスはあるやろ」
「そうやね! でも善子って呼んだらあかんねん。ヨハネ先輩って言ってあげて」
「あれって『呼ぶなよ、絶対呼ぶなよ』ってネタ振りとちゃうの?」
「え、どうなんやろ?」
大阪的な解釈をしつつ、駅へ向かって歩いていると……
Westaの全員が息をのむ。見てはいけないものを見た気がした。
静佳が仲間たちに頭を下げていたのだ。
「椿、雪江ちゃん。堪忍や。
バックから外れてもらったのに、結局私は優勝できひんかった……」
「おいおい、準優勝やでー? それで落ち込まれたら他のグループが泣くやろ」
「……私は最後に、羽鳥先輩の本気が見られて幸せでした」
椿はもちろん、後輩たちにも不満があるはずもなく、どこか遠かった天才との別れをようやく惜しむ。
ただ一人、惟月だけはやるせない表情だった。
「なんでライブの前、私の名前なんか出したんや! 私は静佳の影で十分やったのに。
あれがなければ結果も変わったかも……」
「ごめんね。最後くらいは正直でいたかったんや」
「まあまあ。逆にあれのおかげで投票した人もいたかもやろ」
「ここにいるで!」
椿の気休めに、立火は思わず反応してしまった。
立ち聞きして悪かったとは思いつつ、桜夜と一緒に前に進み出る。
湖の歌姫の驚いた視線が向いた。
「あなた方は大阪の……ごめんなさい、お名前……」
「木ノ川桜夜や! 羽鳥、アンタと同学年なんて、何て不運なんやってずっと思ってたけど」
「広町立火! 今は光栄に思うで。お前みたいな凄いやつと、同じ時間を駆け抜けられたことをな」
きっと関西の三年生は皆同じだと、立火も桜夜も信じている。
静佳の表情が和らぎ、お礼のように頭を下げた。
それ以上は馴れ合うことはなく、Westaは黙って横を通り過ぎていく。
ただ姫水だけが、地区予選の続きとして声をかけた。
「春休みに琵琶湖博物館へ行こうと思ってます」
「あら、そう! 私、将来はあそこで働くつもりなんや」
「そうなんですね。……先輩には相応しい場所ですね」
そう答えて立ち去りながら、姫水の内心は複雑だ。
あれだけの才能を持ちながら、もうステージを見ることは二度とない。
本人の選んだ道だから仕方ないけれど……。
背後で静佳とマネージャーが話す声が、少し明るくなったのがせめてもの救いだった。
秋葉原駅が近づいてきたところで、晴が立火へ提案する。
「昨日はもんじゃ焼きを食べられなかったんでしょう? 今から月島へ行くのはどうですか」
「おお! 東京の締めには一番やな」
* * *
電車で二十分ほどかけて月島へ。
わいわい騒ぎながら少し歩いて、もんじゃの中心地である商店街に出た。
既に日が落ちた中、晴の目が周囲を見渡す。
「やはり有名店は並んでますね。
それ以外やったら、スクールアイドルが看板娘を務める店があるようですが」
「ええやん。私たち全国出場やし、割引してくれるかも」
「厚かましいことを言わないでください! ここは大阪じゃないんです!」
桜夜と夕理の言い合いを聞きながら、少し歩いてその店に入る。
「いらっしゃーい! 九人? あそこのテーブル三つ使っていいよー」
看板娘は明るい色の髪の、どこかギャルっぽい子だ。
夕理は見覚えがある気もするが、最近の記憶にはない。おそらく予備予選止まりだったのだろう。
一方で花歩が少し期待しながら前を通り過ぎると、相手は期待通りの反応をくれた。
「あれえ!? さっきの全国大会に出てた人たちじゃん!」
「分かってくれました!?」
「そりゃ分かるよー。アタシ、めっちゃ笑ったもん。面白かったよ!」
Westaの面々に喜色が浮かび、口々にお礼を伝える。
花歩の望みである、見た人の印象に残ることは実現できたようだ。
とはいえ全員とはいかないようで、看板娘はあっけらかんと続ける。
「まあ一緒に見てた友達は、どんな顔していいか分からない感じだったけど」
「そ、そうですか……」
「あ、いや、感情を顔に出すのが苦手な子だからさ!
さ、座って座って。打ち上げなんでしょ? 飲み物何にする?」
とりあえずジュースや烏龍茶を頼んでから、メニューを開いてもんじゃを選ぶ。
姫水も実は初めてのもんじゃ焼き屋。
もち、明太、チーズあたりは理解できるが、奇異な名前が目に飛び込んできた。
「ベビースターラーメンなんてあるのね。立火先輩、大阪の粉ものでもあり得るんですか?」
「いや聞いたことないで。東京は変わったことするんやなあ」
「ふふ。お婆さんのたこ焼き屋さんで入れたら、意外と好評かもしれませんね」
「婆ちゃん、たこ焼きには保守的やからなあ。怒りそう……」
とはいえ珍しいので注文してみる。
飲み物が届いて乾杯し、喋っている間にもんじゃの具も運ばれてきた。
看板娘の手にある商品に、桜夜の目が思わず見開かれる。
「え、ほんまにベビースターが袋ごと来るんや……」
「あはは、カリカリ食感でおいしいよ。どんなもんじゃ! なんつって」
「おっ、上手いこと言うやん。めっちゃウケるで!」
「東京の笑いも大したもんやなあ」
桜夜と立火が場のノリで返し、小都子は本気で笑いをこらえている。
が、言われた相手は一瞬固まった。
そのまま後ろを向いて目元をぬぐう彼女に、勇魚が心配して声をかける。
「ど、どうしたんですか?」
「いや……アタシのダジャレ、最近は同好会でも流されがちだからさ……。
誉めてくれたのが嬉しくて」
「そうやったんですね! 大阪に来てくれたら、いつだって大爆笑ですよ。ね、花ちゃん!」
「あはは、そうやねー(昨日の私のギャグはスルーされたけどね!?)」
おー、そのうち絶対行くー、と軽い看板娘が、皆に焼き方を説明する。
具を混ぜて鉄板に広げ、焼き始めたところでつかさが部長に尋ねた。
「ところで、これは祝勝会って思っていいんですか?」
つかさとしては当然そのつもりで、確認しただけだった。
Westaの皆が元気に笑っている以上、順位に関係なく勝利なのだから。
だが立火は不意に真面目な顔になり、おもむろに口を開いた。
「そうやな、祝勝会。兼、お別れ会や」
「え……」
「私と桜夜はこれで引退や。みんな、今までほんまにありがとう」
後輩たちが息をのむ前で、立火の頭が深々と下げる。
桜夜はヘラを持って固まったままだ。
予期しなかった言葉に、小都子が慌てて割って入った。
「な、何もそんな急がへんでも。卒業式の後にでも、また席を設けませんか?」
「ごめん、けじめはしっかりつけたいんや。
卒業証書を受け取って校門を出たら、そこできっぱり最後にしたい」
「さ、桜夜先輩は……」
「……私もごめん。卒業式の後はクラスのお別れ会やねん」
そんな、と食い下がろうとする小都子だが。
無言でもんじゃを焼いていた晴が、ぼそりと口を開いた。
「小都子、押し付けるようなものとちゃうやろ。
私も変に引っ張るよりは、さっぱりと終わりにしたい。
それに部長、それが今生の別れというわけでもないんでしょう?」
「もちろんや! お互いに新生活を軌道に乗せたら……
夏休みくらいに、二人で部室に遊びに行くから。
そのときにまた、新入生も入れて皆で騒ごうやないか」
ほっとした空気が後輩たちに流れる。
その頃にWestaがどうなっているのか、まだ想像はつかないけれど。
今の寂しい気持ちを抑えて、花歩は元気よく声を上げた。
「それなら去年みたいな、OGが怒って襲来なんて事態だけは避けないとですね!」
「そやでー。私だってお小言しになんか行きたないんや」
「小都子部長に加えて私たちもいるんです。そんな事になるわけがないです」
キャベツを刻みながら、決意込みで夕理が言う。
鉄板上で炒められる具材のように、また夏に向けて熱く燃えていくのだ。
「ですので小都子先輩も、大船に乗ったつもりで部長をスタートしてください」
「夕理ちゃん……」
小都子は烏龍茶のグラスを両手で握って、少しだけ鉄板を見つめた。
けれどもすぐに顔を上げて、片手で決然とグラスを掲げる。
真っすぐに、立火へ向けて。
「それでは立火先輩、今日のところは部長を受け継ぎます。
宴席もいったんこれで最後にします。
でもけじめを付けるというなら、お別れの言葉は卒業式まで取っておきましょう」
「ああ、それなら言うべきことは一つだけ。
小都子、今からお前がスクールアイドル部の部長や!」
立火もメロンソーダを持ち上げ、チン、とグラスが当たる。
大阪城ホールで受け取ったタスキは、一年と二ヶ月のマラソンを経て、次のランナーに手渡された。
しかし立火の言うことは、泉に言われたことの正反対だった。
「私はお前に、何かを託すことはせえへん」
「先輩……」
「小都子の好きなようにやってええんや。次のWestaが何を目指すのか、名古屋から楽しみにさせてもらうで」
小都子は詰まった胸を押し流すように、思い切り烏龍茶をあおる。
軽く息をついてから、立火に向けた顔は身軽で楽しそうだった。
「そうさせてもらいます。まだ自分の中でも道は見えませんけど……。
新たに入る子とも相談して、私たちのWestaを作っていきます」
一年生たちが笑顔で拍手して、継承の儀式は終わった。
そして、ずっと黙っていた桜夜もグラスを掲げる。
副部長もここで交代となるのだ。
「ほな晴、私からも。結局最後まで、あんまり副部長らしくはなかったけどね」
「私も似たようなもので、後輩を引っ張ることはできません。
桜夜先輩と同様、部長を支えることに徹しますよ」
二つのグラスが音を立て、桜夜なりの肩の荷もようやく下ろされた。
勇魚が先輩たちの間にひょいと首を出す。
「晴先輩にはうちもついてますし! 安心して大丈夫です!」
「あはは、確かに二人はええコンビやからなあ」
「お前を頼りにするほど落ちぶれてへんわ。まず自分の心配をしろ」
「ええ~? うちかて二年生になるんやから、もっとしっかりしますよ~」
笑い声が響く中……
姫水だけは部のやり取りに、少し距離を置いていた。
つかさがそれを気遣うように、明るく声を張り上げる。
「さーて、後はもんじゃを食べまくるだけや!
次は土手を作るんやったっけ。姫水、そっちはいけそう?」
「あ、うん。やってみるわね」
ドーナツ状に広げた生地は、部員の輪のようにも姫水には見えた。
真ん中の穴へ出汁を流し込む。
空気を読んで離れていた看板娘も、近づいてきて手助けした。
「そうそう、出汁が煮立ったら土手を崩して。よーく混ぜて焼いてね」
「結局崩すなら、土手を作る意味は何なんですか。最初から混ぜて焼くのとどう違うんですか」
夕理が余計なことを言って、部員たちをひやりとさせる。
が、言われた相手は一笑に付すだけだった。
「まーまー、その作業が面白いんだって! もんじゃは遊びながら食べるもんだよ」
「はあ……そういうものですか」
「自分も……ってこの言い方は通じへんか」
大阪弁で言いかけた立火が、仕方なく標準語で言い直す。
「そちらもスクールアイドルなんやろ。三年生はもう引退したん?」
「来週にお別れ会するよ。アタシが幹事だから、あなたたちみたいに楽しく送りたいね!」
「あはは。送られる方もそれが一番や」
「スイスからの留学生もいるから、最後に日本の素敵な思い出を……」
「スイス!?」
「おーい愛ちゃん、ビール一本」
「はいはーい。じゃ、思い切り騒いでいってよ!」
別の客に呼ばれて立ち去る姿を、目で追いながら一年生たちが呟く。
「なんや知らんけどすごい学校なんやな。さすが東京」と、つかさが土手を崩し。
「うちにも留学生が来てくれたら、絶対スカウトするんやけど!」と勇魚が具材と出汁を混ぜ。
「入るわけないやろ。住之江に何しに来るんや……」と夕理が鉄板上に薄く広げ。
「私たち有名になったから、もしかしたら分からへんでー」と花歩が小ベラを取り出した。
焼けた端の方から『はがし』という名の小ベラではぎ取って皿に入れる。
そのまま口に運んで……
『おいしー!』
空腹を一気に満たす熱々のもんじゃ。
口の中でベビースターラーメンがパキポキ音を立てる。
看板娘のお墨付きだ。目いっぱい賑やかにしながら、東京での夜は更けていく。
* * *
食べ飲み喋り続けている一同の中で、晴だけは冷静に時間を告げた。
「そろそろ出ないと、予約した新幹線に間に合いません」
「えー、もうちょっとだけー」
桜夜がわがままを言うのは分かっていたので、既に空席は確認済みの晴である。
「ネット予約なので一応延ばせますが。小都子が決めてくれ」
「え、私の部長としての初仕事がそれ? うーん、それやったらあと三十分!」
「やったー! 可愛い店員さん、オレンジジュースもう一杯!」
「おっけー!」
ラストスパートとばかりに最後まで騒いで、満足した一同は店を後にした。
次の全国大会でもまた来てね! と、看板娘に見送られながら。
ホテルで荷物を回収し、品川駅で売店に入り……
「あと10分で済ませるように」
「もー晴ちゃん、シビアやで!」
「土産を買う程度のことに時間をかけるな」
みんな大急ぎで土産物を物色し、花歩は無難に東京ばな奈を選んだ。
会計を済ませたところではっと気がつく。
「そういや東京駅に一度も降りてへん!」
「あー、次に来るときは、大阪駅と比べなあかんな」
つかさの声に、立火が即座に反応する。
「いやほら、新幹線のありなしでだいぶちゃうやろ? 新大阪とセットで考えないと」
「あはは。部長さ……立火先輩、帰るまでその芸風っすね」
「……とはいえ私も、東京駅を見るのを楽しみにしとくで」
立火は微笑み、桜夜も隣でうなずいている。
二人が来るとすれば、全国大会の観戦のため。
まだまだ見足りない東京をまた訪れることを、皆で心に誓いながら。
新幹線に乗り込み、二日を過ごした東京を後にした。
「はあ……私一人だけ名古屋までかあ」
動き出した列車の中で、桜夜は切符を見て溜息をつく。
明日の受験のため、今夜は名古屋でもう一泊。隣の後輩の袖をつい引っ張る。
「ねー姫水、一緒に泊まっていかへん? ひつまぶしおごるから」
「私たちは明日も学校ですよ。吉報を待ちますから頑張ってくださいね」
「ちぇー、しゃあないか。大会終わったけどすぐ部活するの?」
「え、ええ」
前の席の小都子が少しどもる。
桜夜は気づくことなく、わずかに残った時間に手を伸ばした。
「それやったら、明後日は部室で勉強しようかな。別にいてもええやろ?」
「え……」
小都子は動揺を隠しきれず、さすがに気づいた桜夜は一瞬泣きそうになった。
「な、何やねん。引退したら部室にも来るなってこと?」
「ちち違います! そのう、何と申しますか……」
「小都子、致し方ない。サプライズのために空気を悪くしたら元も子もないで」
晴に言われて、小都子も驚かせるのは諦めた。
座席の上で半回転し、先輩たちに正面から相対する。
「卒業式の後、新曲のライブでお二人を送るつもりです」
「え……」
「二日しか練習できひんので、出来はあまり期待しないでください。せやけど真心は込めますよ」
「い、いやいや、ちょっと待つんや」
全く予想外だった新部長の言葉に、立火も慌てて遮った。
「明日明後日で完成させるってこと? みんな大会で疲れてるやろ」
「うちらは元気一杯ですよ! こうして笑って帰れるんですから!」
「私も……歌詞はまだ途中ですけど、めっちゃ筆が乗ってます!」
勇魚が力こぶを作り、花歩が作業中のノートを見せる。
夕理も姫水も、何の迷いもなく微笑んでいて。
そしてつかさは、決壊しそうな先輩の涙腺をからかった。
「桜夜先輩~、まだ泣くのは早いっすよ」
「な、泣いてへんわ! もう……ほんまにもう!」
言葉にならない桜夜は、では勉強しましょう、という晴の冷静な声にずっこける。
そして立火は、相方が泣かない以上は泣くわけにもいかず、座席に深く身を沈めた。
(ああ……私の部活動は終わったけれど)
(ほんまに最後まで、最高の部員たちに恵まれた……)
全国大会初出場で、26位。
結果に堂々と胸を張りながら、Westaは一路西へと帰阪していく。
優勝の栄冠には、まだまだ遥かに及ばないけれど。
自分たちだけのアンコールを、卒業式の日に響かせるために。
<第34話・終>