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 今日は桜夜の、最後の合格発表の日。
 自分の合格は余裕で決めた姫水も、先輩のこととなると朝から胃が痛い。
 もう何度目か分からないが、授業が終わって即座にスマホを確認する。

『お昼にそっち行くから!』
(え……)

 それしかメッセージはなく、姫水は思わず首をひねる。

(受かったの? 落ちたの?)

 落ちれば来ないと言っていたので、たぶん受かったのだと思うが……。
 確信が持てず、隣のクラスのつかさへ相談に行った。

「まあ、雰囲気的に受かったんやろ。結果は直接話したいとか、そんなんとちゃう?」
「そ、そうよね。本当、どこまでもやきもきさせる先輩よね」

 結局午前一杯をじりじりと過ごし、昼休みに部員たちは部室に集合する。
 待つこと少し、駆け込んできた桜夜は、なぜか息も絶え絶えにレジ袋を掲げた。

「こ、これ、合格祝い……。
 シャトレーゼでアイス買うてきたから、溶ける前に食べて……」
「それで走ってきたんですか!?」

 慌てた小都子がお茶を注いで、渡された桜夜は一気に飲み干した。
 息が整ったところで、姫水が恐る恐る質問する。

「その、合格祝いということは……合格したんですね?」
「あれ、言うてへんかった?」
「聞いてません! 何にせよ、おめでとうございますっ!」

 嬉しすぎてキレ気味になる姫水に、他の部員たちも大喜びで万歳する。
 さっそくアイスの包みを開けながら、つかさがほっとしたように軽口を叩いた。

「さすが桜夜先輩、盛り上げ上手っすねえ。ラストチャンスでものにするなんて」
「そうやろー? ここまで引っ張った上での奇跡! さすが私!」

 が、夕理には大いに不満で、アイスを食べながら文句をつける。

「こんなに長々と心配させて何言ってるんですか。もっと早く決めてほしかったです。
 まあ、受かった以上はあれこれ言いませんけど」
「言うてるやんけ! でも、心配してくれてありがとね」

 卒業式であんな風に別れた相手が、またのこのこと現れて、夕理としても恥ずかしいのだろう。
 桜夜がごまかし笑いを浮かべていると、レジ袋を片付けようとした勇魚が中身に気付いた。

「先輩、どら焼きが二個残ってます!」
「そうそう、姫水と晴に買うたんやった。私が受かったの、二人が勉強教えてくれたおかげやからね」
「桜夜先輩……」

 姫水はありがたく受け取るが、晴の方はこんなときでも晴だった。

「アイスだけで十分です。あの労力に見合う活躍はしてもらえましたから」
「だー! そう言うてくれるのは嬉しいけど、このどら焼きどうすんねん!」
「勇魚にでもあげたらいいでしょう。何度もお土産もらったやないですか」
「おっ、それもそうやな。はい勇魚、あのお土産は大事に飾っとくで!」
「わーい! うちどら焼き大好きです!」

 そしてアイスを食べ終えた小都子が、持参してきた包みを差し出す。

「では私からも、合格祝いにタルトを焼きました。立火先輩と食べてくださいね」
「ううっ、小都子は私が受かるって信じてくれてたんやな」
「先輩はやるときはやる方ですから。後は引っ越すだけですか?」
「そやな、住むところは立火が探してくれたし。熱田神宮の近くの結構いいところで――」

 言いかけた桜夜の口が止まる。
 その視線の先には花歩がいて、桜夜はとっさに動けない。
 だが後輩の方は、自然な笑顔を返すのみだった。

「いずれ遊びに行きますね。そのときは、二人で名古屋を案内してください」
「花歩……うん! 私と花歩は仲良しやからね!
 いやあ、こっちもクラスのお別れ会で告白されて、断るしかなかったんやけど。
 でもこれからも仲良くしようって……」
『ええ!?』
「前におっしゃってたお友達の方ですか!?」

 全員が食いつき、姫水が詰め寄るが、桜夜はしまったという風に後ずさった。

「さ、さて、そろそろおいとましようかな!
 とっくに卒業してるのに、いつまでも学校にいるのみっともないし!」
「ま、待ってください」

 別にみっともなくてもいいのに、と姫水は思う。
 未練がましいのは分かっているが、ようやく長い受験が終わって、遊べるようになったのに。

「すぐ引っ越すわけではないんですよね? 一日くらい、一緒に動物園にでも行きませんか?」

 桜夜はすぐには答えず、問いかけたのは晴に対してだった。

「卒業式の後、立火は来た?」
「いえ、一度も。電話もメールもありません」
「やっぱり、それがけじめっていうものなんやろな。
 姫水、今はお別れや。でも夏休みになったら、名古屋でも上野でも動物園に付き合うで」
「はい……分かりました。本命の大学に入れたんですから、サボらず勉強してくださいね」
「とほほ、優等生やなあ。小都子、お茶もう一杯もらっていい?」
「はいっ、どうぞ!」

 何度も水分補給をしてきたお茶を飲んで、桜夜はじゃあね! と笑顔で帰っていった。
 手を振って見送る部員たちの耳に、届く足音は消えていく。
 小都子はしみじみと述懐した。

「これで今年度の部活は、完全にハッピーエンドなんやねえ」

 晴も一年生たちも、心から同意する。
 誰も不幸にならず、幸せなまま終えることができた。
 この後はもう事件もないだろうし、静かに過ぎていく日々の中、年度の幕を下ろすだけだ。


 *   *   *


 晴は出て行って、残った面子はそのまま部室でランチになる。
 勇魚と夕理から、昨日会った中学生のことが話された。
 他にどんな子が来るだろう、仕事の分担はどうしよう、なんて気の早い会話が交わされる。

 姫水だけ少し距離を置いて聞きながら、桜夜が残していった、甘いどら焼きを頬張った。
 そんな姫水を引き戻すように、つかさが話題を変更する。

「姫水のお別れ会、ホテルの苺ビュッフェでいい?」
「え、そんな豪華なところにするの? お高いんでしょう?」
「帝国ホテルとかリッツカールトンは五千円やけど、弁天町のホテルなら三千円やねん。
 ちょっと品数は少ないけど、まあ三千円ならええやろ?」

 確かにそれくらいなら……と皆も納得し、苺祭りで締めることに決まった。
 幹事の役を果たせて鼻が高いつかさだが、続く姫水の話にその鼻もしぼむ。

「引っ越しは少し延びて、27日になりました。延びた分は勇魚ちゃんとフェリー旅行です」
「えへへ、最後に二人で楽しんできます!」

 それはええなー、と微笑ましい面々の中で、つかさは顔で笑いながら心はもやもやしている。
 こちらから決着をつけろと言ったのではあるけれど。
 もし二人が結ばれたら、自分はどう感じるのだろう。あるいは、現状維持のままで確定したら。
 そんなつかさに、姫水の優しい瞳が向く。

「つかさと二人で遊ぶのは、旅行の前の日でいい?」
「そ、そうやなー。場所考えとくで」

 実は天保山の無料渡し船に乗せるつもりだった。東京にはないだろうから。
 しかし勇魚とフェリー旅と聞くと、自分の方がしょぼく感じる。
 我ながらしつこいが、幼なじみの関係に、せめて対抗できる場所に連れていきたい……。


 *   *   *


 そろそろ完成させないと、とは皆も思いつつ、PVの練習は続く。
 でもさすがに、今週中がリミットなのは全員分かっていた。
 そして水曜日の昼休み。

「花歩と食べるのは今日までや。明日からは自分のクラスに行って」

 いつものように二組へ行った花歩は、夕理にいきなり言われて面食らう。
 が、すぐに理由に思い当たった。

「ああ、もうすぐ今のクラスは終わりやから?」
「そう。お昼を食べる機会はあと二日だけや。
 今まで一緒にいてくれてありがたかったけど、最後くらいは三組に戻って」

 確かに来週月曜はもう終業式。
 二年生になればクラス替えで、特に勇魚をはじめ理系を選んだ子とは、絶対別のクラスになってしまう。

「でも夕理ちゃん、一人で大丈夫?」
「別に一人になる気はないんや」

 夕理は声量を落とし、ひそひそと計画を伝えた。

「実は明日、つかさにお弁当を作っていくつもり」
「おお!」
「つかさも食べてくれるって言うてくれたから、そのまま五組に混ぜてもらう」
「夕理ちゃん積極的! まず胃袋から掴もうってわけやな」
「……正直、あまり効く気はせえへんけど」

 確かに花歩から見ててもそんな気はする。
 夕理の一生懸命なアタックに対し、つかさは拒否こそしないものの、手応えもない感じだ。
 とはいえ今は仕方ない。もうすぐお別れする姫水のことで、頭が一杯なのだろう。

「姫水ちゃんが引っ越してからが、夕理ちゃんのほんまの勝負やな」
「それも空き巣みたいで気が進まへんな……」
「言うてもしゃあないやん。逆に遠く離れたせいで、想いが募る可能性もあるし。
 そうならないようファイト!」
「うん……」


 その翌日はホワイトデー。
 女子高では大して盛り上がらないが、一ヶ月前に返しそびれた相手へ渡す姿を多少見かける。
 気合いを入れてお弁当を作ってきた夕理も、まずはそちらの用事を片づけようとした。

「あのっ! 伊藤さん、狩野さん!」

 きちんと名簿で名前は調べてある。一ヶ月前にチョコをくれた二人。
 驚いて振り向く彼女たちに、夕理が差し出したのは、日曜に頭を悩ませ購入したマシュマロだ。

「バレンタインではありがとう! これ、つまらないものやけど!」
「え、わ、私たちに?」
「わわ、なんか悪いねえ」

 立ち上がった二人は恐縮して受け取るが、夕理の方こそ何度も応援してもらって感謝しかない。
 あのチョコは全国大会の激励も兼ねていたけれど、ATFDはどう評価されたのだろう。
 という不安が顔に出たのか、向こうの方から言ってくれた。

「アキバドームの感想、言いそびれてたけどほんま面白かったで!」
「そうそう、あの天名さんがあんなに楽しそうに……」
「って狩野ー、『あの』は失礼やろ」
「あわわわ。別に悪い意味でなく」
「うん、分かってる、ありがとう。喜んでもらえて良かった」

 素直に微笑む夕理に、二人のクラスメイトは感じ入ったように、おそるおそる提案してきた。

「今日のお昼、よかったら一緒に食べへん?」
「せっかく同じクラスなのに、あんまり話せへんかったし」
「え!」

 夕理の頭には、当然つかさとの約束が浮かぶ。
 つかさと一緒にお昼を食べて、距離を縮めるチャンスなのだ、けど。
 いつも教室で孤立していた自分に、こうまで手を差し伸べてくれる人たちを無下には――
 どうしても、したくなかった。

「う、うん、私でよかったら」
『やったー!』


 というわけで休み時間中に、つかさへお弁当だけ届けに行った。

「ごめん、約束破って……」
「いやいや、ええことやないか。夕理も二組でいい思い出が作れたんやなあ」
「うん、まあ、一日だけなら不快にさせることもないだろうし」
「あはは、そもそも気にしすぎやって。じゃ、お弁当だけいただいておくね」
「口に合うとええんやけど」
「何言うてんの。夕理の料理の腕はよく分かってるって」

 そう言われても、つかさの料理だって同等に上手いのだから複雑である。
 告白してから今日で一ヶ月。あまり進捗らしい進捗はないけれど。
 でも今は、食べてもらえるだけで幸せだと思おう。


「で、お昼には何話したん?」

 放課後。一緒に部室へ向かう花歩が、興味津々で尋ねてくる。

「別に、東京はどうだったかとか普通の話。あと、明日のお昼も約束して……」
「おお!」
「そ、それより二人とも、ホワイトデーに渡す相手いたんやろ」

 照れる夕理に聞き返され、勇魚が元気に手を上げた。

「うちは朝に渡してきたで! あゆちゃん、喜んでくれた!」
「近所の小学生のファンやったっけ。何だか勇魚らしい」
「私は香流ちゃんとUSJ行くから、そのときに渡すつもり。年パス切れる前に行きたかったしね」
「ファンの人と一緒に遊ぶんやな」
「え、あかんかった?」
「ううん、いいと思う。スクールアイドルならではや」

 本職のアイドルと違い、そういうことができるのもスクールアイドルだ。
 自分たちの何倍もファンがいる姫水は、プロに戻った後はどうするのだろう……。
 なんて考えていると、当人がつかさと一緒に追いついてきた。

「三人で何の話してたの?」
「ホワイトデーの話やで!」
「そういや立火先輩も、桜夜先輩にお返しするって言うてたっけ」

 つかさに言われて、皆も一口チョコとキットカットの差分の件を思い出す。
 たこ焼きでもあげてるのかなー、とか話しているうちに、二年生も来て部室に入る。
 そのときスマホに、桜夜から回答が届いた。

『いえーい、みんな部活始める頃?』
『ここ、どこだか分かるー?』

 写真には浴衣姿の立火と桜夜。背景は見るからに温泉街。
 見覚えがあるのは小都子だった。

「有馬温泉やねえ。先輩たち、卒業旅行はここやったんや」
「ずいぶん近いですけど、二人とも楽しそうですね」

 姫水の言う通り、大阪から電車で一時間ほどの高名な温泉地。
 同じ神戸市内のヴィクトリアたちも、かつて訪問したりしたのだろうか。

『一泊してのんびりするでー』

 との追加のメッセージを読むに、これが立火からのホワイトデーなのだろう。
 花歩にとっては二週間ぶりに見る立火の顔。
 桜夜と並んでの幸せそうな姿にも、もう胸が痛むことはなかった。

(こうやって、慣れていくんやろな……)

 それを見越してか、つかさが余計なことを言ってくる。

「これ、今夜はお楽しみなんとちゃう?」
「そーゆーこと言わない!」



 花歩が突っ込み皆が笑う中で、勇魚だけ意味が分からずきょとんとしている。
(本当、勇魚ちゃんの前ではそういうこと言わないの!)
 そう文句を言おうとした姫水だが、しかし自分も再来週に勇魚と二泊してくるのだ。

(別に勇魚ちゃんとお楽しみしたいとか、そういうつもりではないけど……)
(ああもう! 何を考えてるのよ!)

 呼吸を整え、始まったミーティングでまず用件を伝えた。

「すみませんが土曜の午後と、終業式の日は部活を休ませてください。
 最後にクラスの皆と遊んで、お別れ会も開いてくれるそうなので」
「六組の人たち、ほんまに姫ちゃんのこと大好きやもんね!」

 嬉しそうな勇魚に、姫水も同様の笑みを返す。
 部長にも異論のあるはずはなかった。

「もちろん構へんよ。良いクラスメイトに恵まれたみたいやねえ」
「ありがとうございます。みんな慕ってくれて、私は幸せ者です」
「……ちなみに、そっちのお別れ会ってどこ?」

 伺うように聞いてくるつかさに、姫水は苦笑いを返すしかない。

「実家がカフェの子がいるから、そこを貸し切りさせてもらうの。
 いちいち張り合わないの。苺ビュッフェも楽しみにしてるわよ」
「な、ならええんやけどー」
「となると小都子、PVはいつ撮影する?」

 さすがにもう引き延ばせない。晴の言葉に、部長も覚悟を決めるしかない。
 六組の生徒たちも、姫水の最後のPVを見てからお別れしたいだろう。

「決めたで、練習は今日明日で終わらせる! そして土曜の午前に撮影しよう」
『はい!』

 一年生たち、特に姫水の力強い声が響き、仕上げの練習が始まった。

『今日この良き日を迎えて 目いっぱいの祝福を歌おう』

 集中して歌い踊りながら、姫水の胸には今までのアイドル活動が蘇る。

(たった一年間の活動だったけれど)
(でも元より限られた時間の中で、精一杯輝くのがスクールアイドル)
(他の人より少し短くても、私は全力でやったと心から言える)
(この先に続く役者の道でも、絶対に力になってくれる――)

 名残惜しさもきっぱりと断ち切って、金曜には仮撮影と修正も終了。
 土曜には住之江公園に移動して、本番の撮影を行う。
 いよいよラストというところで、勇魚は姫水と目が合った。

(うちがスクールアイドルになったのは、姫ちゃんと同じ景色を見たかったからや)
(いっぱい同じステージに立てたね)
(姫ちゃん、楽しかったね)
(ここからまた別の道になるけど、うちらのステージで感じたこと、絶対忘れへん)

 ライブが始まり、撮影する晴は困ったものだと内心苦笑する。
 勇魚だけでなくつかさも、小都子も花歩も夕理も、意識は外ではなく内側に向いていた。
 最後の共演となる少女へと。
 だがそれも良しと、晴が回し続けるカメラの中に、姫水のソロパートが記録される。

『まぶたに焼き付いている 間近で見せてくれた熱い魂
 これから遠く離れるとしても 情熱は繋がっているから』

 本来この歌詞を向けた相手は、もう卒業してしまったけれど。
 今一緒にいる仲間たちへも、そして仲間たちからも、同じ想いを交差させて、姫水は最後まで歌い上げた。

『――また会う日を楽しみに』


 皆で動画を確認し、リテイクは無し。
 無事に仕事を終えた後輩に、小都子が声をかけようとする。

「姫水ちゃん、今までほんまに……」
「待て小都子。終了モードになるのは早い」

 何かいいことを言おうとした部長を、制したのは副部長だった。

「姫水の活動日はまだ二日間あるんや。あと少しコーチとして働いてもらう」
「え、今さら私に教えられることは……でも岸部先輩なら、何か考えがあるんでしょうね」
「そう大したことでもないが」
「ま、確かにしんみりするのは早かったね。ほな部室に戻ろか」
『はいっ!』

 小都子に元気よく返事して、皆は公園を後にする。
 姫水が見上げた桜の樹に、咲くのを待つ蕾が見えた。

 大阪を去る頃には、ようやく開花する程度だろうか。
 でも満開のお花見の写真を、きっと仲間たちが送ってくれるはずだ。


 *   *   *


『藤上さん、今までありがとう』
『モノマネ動画も面白かったで!』
『全国大会で知ったのに、もう引退とは残念です』


 つかさが再生したPVには、そんなコメントが並んでいた。
 ベッドで寝転びながら、映像の中の姫水を何度も見返す。
 こうして一つ一つ、何だか淡々と終わっていってしまう。

(でも、それが一番ええんやろな)
(あたしと姫水の関係だって、もう動きようがないし……)

 つかさが恋を終わらせてから、既に二ヶ月も経った。
『やっぱり姫水と結ばれたい。今からでも二番目なのを許容すれば』
 なんて未練は泡のように浮かんで、でも大きくはならず消えていく。
 今さら覆せるような、ぬるい決断ではなかったのだから。

 日曜の今日も、姫水は六組の子たちと思い出作り。
 勇魚はボランティアで、夕理は作曲でもしているのだろう。
 そしてUSJに行っている花歩と香流から、気遣うようなメッセージが届いた。

『つかさちゃん、今ヒマ?』
『アタシ達と合流せえへん?
 花歩っちからホワイトデーのお返しもらえたの、つかさのお陰でもあるんやし』

 ふっと微笑んで、横になったまま返信を打ち込む。

『ありがと。でも今は一人で過ごしたい気分』
『つかさちゃんが!? ほんまに大丈夫!?』
『あたしだってたまにはそういう日もあるんや!』


 翌日の終業式も、卒業式に比べたら平坦に終わった。
 クラスが別れるといっても、結局は同じ校内にいるのだ。東京とは違う。
 級友と軽く挨拶を交わしながら、つかさは帰り支度中の晶に声をかける。

「晶は理系やったっけ。勇魚と同じクラスになるかもね」
「理系は二クラスしかないから、可能性は高そうやな」
「あいつ、相当やかましいで~」
「奈々と友達やってるんやから、慣れたもんやで」

 笑いながら、つかさの一番近くにいた友人は帰っていく。

 午後は姫水のいない部活で、新入生歓迎用のWestern Westaを練習。
 終わって家に帰ると、その奈々から電話がかかってきた。

「よっ、六組のお別れ会終わったん? ……奈々?」
『……藤上さんがね……』
「うん」
『今まで本当にありがとうって……私たちの前で泣いてくれて……』

 思わず言葉を失うつかさの耳に、鼻をすする奈々の声が続く。

『私たちなんてただのファンなのに、あそこまで想ってもらえたんや……』
「……さすがにもう、ただのファンなんて卑下することはないやろ。
 奈々たちは、姫水の大事な友達やと思うで」
『う、うん……。うん……!
 つかさも、お別れするときは素直に泣くんやで!』

 これには曖昧な返事を返すしかなく、電話を切って苦笑いする。

(あたしは無理やな……笑って別れようって歌ってきたんやし)

 そうでなくても、まだ一応ライバルなのだ。
 最後に泣き顔なんて絶対見せたくないし、向こうも同じだろう。

(……しんみりするのはもうやめや)
(あたしらしいやり方で、姫水とお別れしよう)
(あー! 苺ビュッフェ楽しみ!)



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