思い出の玉手箱 A面
やっとの思いで手に入れた高校生活。俺、主人 公は、なんとか私立きらめき高
校に滑り込むことができた。
おまけに詩織と同じクラスだぜ。これから精一杯頑張らないとな。
大変珍しいことに、俺の決意は長続きした。やはり可愛い娘が多かったからだろ
うか。
実際、勉強にスポーツに必死で努力した俺は、多くの女の子と知り合うことがで
きた。図書館で本を読んでるときに如月さんと、校庭を走っていて古式さんと、絵
を描いていて片桐さんと。虹野さんにスカウトされたこともあったし、紐緒さんに
拉致されたこともあった。好雄が朝日奈さんを紹介してくれたのは2学期だったか
な。
でも肝心の詩織とは…同じ電脳部に入ったにも関わらず、どうも詩織はよそよそ
しかった。俺も毎日の生活に忙しくて、だんだんと昔みたいに詩織だけを見ている
わけにはいかなくなった。
そんな中俺と妙に気があったのが片桐さんだ。彼女の個性的な性格は、つきあっ
てて楽しかった。電脳部でCGをやってたこともありそちらでも話が合った。
そんなこんなで1年間が過ぎようとして…
「公くん、ちょっと校舎裏に来てほしいの」
何となく話しかけづらくなっていた詩織が、今日はやけににこにこしている。し
かもよりによって2/14のバレンタインである。俺がちょっと期待したのも仕方
ないだろう。
結局その期待は外れたのだが、その後の出来事の方が大事だった。といってもそ
の時の俺はそれがどんなに大きな意味を持つかもわかっていなかったのだが。
「わ、私…美樹原愛といいます。こ、これ、受け取ってください…」
その娘は亜麻色の髪を眉の上で切りそろえた小柄な女の子で、真っ赤になってど
もりながら俺にチョコを手渡すと、逃げるように走り去った。
「ごめんなさい、あの娘、とっても恥ずかしがり屋なの」
いきなり初めて会う女の子からチョコを押しつけられ、俺はただ呆然とするしか
なかった。何で俺にチョコくれるんだ?
「公くん、お願いがあるんだけど…」
帰り道詩織が俺に話しかけてきた。義理チョコくらいくれるのかと思ったが、彼
女の話はさっきの女の子のことだった。
「メグね、中学のときからずっと男の子が苦手で…。公くんのこと気になってたみ
たいだったから、チョコ渡してお友達になってもらえばって私が言ったの。あの
娘にとってもいい機会だと思ったから」
「そ、そう…」
「だから、しばらくメグのことお願いできないかな。公くんならメグのこと安心し
て任せられるし…」
「…わかった」
憧れの詩織からこんな事を言われるのは正直言って複雑な気持ちだった。でも俺
には断る理由もなく、詩織の頼みを聞くことにした。
家に帰ってチョコの包みを開ける。片桐さんから、如月さんから、…いくつかの
義理チョコを開いてから、可愛らしい包装紙に包まれた美樹原さんのチョコを手に
取る。確かに本命というには少し小さめだ。
中には彼女からの手紙が入っていた。あがり症なこと、俺の活躍をいつも見てた
こと、友達になってほしいこと…。たぶん本当は自分の口から伝えたかったことが、
丁寧な字で便箋にしたためられていた。今頃どうしてるのかな、と思うと、ちょっ
と親近感がわいた。
詩織から頼まれたこともあり、さっそく好雄から電話番号を聞き出すと、彼女の
家へと電話をかけた。受話器の向こう側からは目一杯の緊張が伝わってくる。
「今度の日曜日、動物園に行かない?」
「えっ。 は、はい…よろこんで…」
好雄から彼女の好みも聞いておいてよかったな。次の日曜日、初めてのデートで
そう思った。動物園での彼女は別人のように生き生きしていた。
「コアラ、可愛かったですね」
本当に嬉しそうにそう言う彼女を、なんとなく妹ができたような気持ちで見てい
た。たぶん周囲からもそう見えたことだろう。
「ハーイ公ちゃん、日曜あいてる?」
「なんだ、片桐さんかぁ」
「なんだはないでしょ。せっかくこんないい女が誘ってやってるのよ」
彼女とは相変わらずこんな調子で、俺はよく引っ張り回された。好雄からはよく
せっつかれるけど、やっぱりまだまだ友達って感じだな。
その少し後に美樹原さんがいきなり話しかけてきたのにはさすがに驚いた。
「あの…、今度の日曜日、空いてますか?」
「う、うん」
目一杯緊張してたけど、彼女が俺を誘いに来るとは。次の日曜には約束通り一緒
に買い物に行ったが、そのときの美樹原さんの幸せそうな顔は今でもはっきり覚え
てる。
その頃からだったろうか、なぜだか女の子の間で俺の人気が上がりだしたのは。
自覚は全然なかったが、俺もかなり成長していたらしい。ひっきりなしにデートの
申し込みがやってくる。
「今週は如月さんと図書館、来週は優美ちゃんとゲームセンター…ああ、なんでこ
んなことになったんだ!?」
この時ほど自分の優柔不断な性格を呪ったことはない。ひたすらデートに明け暮
れる毎日が続き、俺の頭は恋愛どころの話ではなかった。
「いやぁ、もてる男は大変ねぇ」
「うるせぇぞ片桐」
片桐さんにからかわれながらも必死でスケジュールをこなす。明日は美樹原さん
かぁ…。
「主人君、こんにちは」
彼女もだんだん打ち解けてきて、俺ともけっこう普通に話せるようになっていた。
これで詩織との約束も守れたかな。
その詩織といえばやっぱり俺には対して興味がないようで、ひたすら電脳部でプ
ログラムを組んでた。いいけどさ別に…
時は矢のように過ぎていき、サイバーファングを会得した俺は久しぶりに詩織を
デートに誘った。なんかデートの最中詩織は複雑な表情で、おまけに不良にまでか
らまれてしまった。
「仕方ねぇ、番長様に報告だ」
サイバーファングで不良を追っ払った俺だったが、今度は変なむさい男が現れる。
「やめてっ」
「袖竜!」
番長の攻撃をくらい、俺の意識は闇の底へと沈んでいった。
(に、人間じゃねぇぇー)
その日を境に詩織の愛想はほとんどゼロになった。
最後のクリスマスパーティ。伊集院との漫才も、最後となると寂しいものだ。
遠慮せず豪華料理をたっぷり味わった俺は、満足して家に帰ろうとするところを
美樹原さんに呼び止められた。
「あの…も、もし良かったら…一緒に帰りませんか?」
俺に断る理由なんてなく、夜も更けたことだし彼女を家まで送ることにした。
「あの…、もしかして、片桐さんと帰る予定でしたか?」
「え?彼女なら今日は留学の下見をかねてフランスでクリスマス過ごしてるけど…」
「そ、そうなんですか!?…あ、な、ならいいんです」
なんでここに片桐さんが出てくるんだ?
と、いきなり彼女が走り出した。
「美樹原さんっ?」
もしや俺が何かまずいことでも言ったのだろうか…と思ったが、違った。公園の
片隅で、彼女は小さな白い子猫を抱いていた。
「かわいそう…こんなに震えて…」
美樹原さんの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。本当に動物が好きなんだな…
俺は彼女を促して、とりあえず家まで送っていった。
次の日から2人で猫のもらい手を探すことになったが、それはまた別の話だ。
「あーあ、もうすぐ卒業かぁ」
「そうねぇ、もうすぐなのねえ」
初詣でなんだかしんみりした片桐さん。やっぱり彼女も寂しいのかな。
と、神社から帰った俺を詩織が怒ったような顔で待ちかまえていた。
「公くん…」
「な、なんだよ」
「…なんでもない!」
ぷい、と顔をそむけて家に入っていく詩織を、俺は訳の分からぬまま見送っていた。
「あの…、一緒に…。あの…、帰りませんか…?」
もう部活もなく家に勉強しに帰るしかない俺を、今日も美樹原さんは待っていた。
「いいよ、一緒に帰ろう」
「は、はい…。ありがとうございます…」
思えば3年間のうちで、美樹原さんと帰ったのが一番多かったかもしれない。並
んで歩きながらふとそんなことを考えた。
「そう言えば、もうすぐ卒業だね」
「あ、あの…。会えなくなっちゃいますね」
「そうならないと、いいんだけどね」
「そ、そうですね…」
でもたぶん会えないだろう。彼女は就職。俺はまだわからないけど今の成績なら
どこかの大学には滑り込めるはずだ。彼女もそれをわかっているのか、ちょっとう
つむき気味だった。
「(この娘、俺のことが好きなのかな…)」
今思えばとんちんかんな疑問だった。彼女の行動を考えれば、それ以外に何があ
るというのだろう。だがその時の俺は受験を控えてそれどころではなかった。
「あの、私…」
「ん?」
「い、いえ、なんでもないです。それじゃ…」
家の近くまで来て、いつものように彼女と別れる。もうすぐこんな時間もなくな
るんだな。やっぱりちょっと、寂しいよな…。
3年間なんて一瞬だった。3月1日、きらめき高校卒業式。
「コングラチュレーション、卒業おめでとう」
「サンキュ、片桐さん」
いつものように話しかける彼女に、俺は心の中で苦笑する。ちょっとだけ期待し
てたけど、やっぱり俺たちの仲に伝説の樹は無縁だったようだ。ま、それはそれで
よしとするさ。けっこう充実した3年間だったよな…。
「じゃ、私これから引っ越しの準備だから」
「ああ、フランス行っても頑張れよ」
「サンキュー、ありがとう。あなたもしっかりね」
彼女は意味ありげに微笑むと、俺の背中をバン!と叩いて去っていった。
なんだ?一体…
教室に戻り、机の中を覗く。一通の手紙があった。
『伝説の樹の下で、待っています』
どくん。
入学式の日に好雄から聞いた、永遠の伝説。俺には無縁だったはずだ。
誰が?
俺は手紙を握りしめ、樹の下へと走った。
「美樹原さん…」
美樹原さんはそこにいた。初めて会ったあの日のように、緊張に身を固くして。
「ご、ごめんなさい。こんなところに呼び出したりして」
「別に、いいよ」
伝説の樹。
その下で女の子からの告白で生まれたカップルは、永遠に…。
”美樹原さんが?”
「あ、あなたが…あなたが、好きです…」
彼女ははっきりとそう言った。内気で、男とはほとんど話もできなかった彼女が、
俺に告白してくれた。
「駄目…ここにいられない」
緊張の糸が切れたように走り去ろうとする彼女に、俺は思わず叫んでいた。
「俺も、美樹原さんのこと好きだよ!」
時間が止まったようだった。信じられない言葉を聞いたかのような彼女に、俺は
もう一度言った。
「好きだよ」
ごめん。
気付いて当然だったのに、なんで気付かなかったんだろう。ずっと俺を想い続け
てくれた君の気持ち。誰よりも強かった君の勇気。
彼女は俺の腕の中で泣いていた。ずっと頑張ってきた彼女を、俺はそっと抱きし
めた。
ありがとう、俺を好きでいてくれて。
結婚式を1週間後に控えたとある日曜。引っ越しの荷物を片づけ終わって、出て
きたアルバムを2人で見る。彼女の入れてくれたお茶を飲みながら。
「あの、これ、覚えてますか?」
「うん…忘れるわけない」
いつだって彼女がいてくれる。あの時からずっと。
「…幸せです…」
誰よりも幸せに。
きっと、永遠に…
<END>
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