この作品は「AIR」(c)Keyの世界及びキャラクター、
また「痕」(c)Leafのおまけシナリオを借りて創作されています。
AIR全般に関するネタバレを含みます。


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友情のAIR劇場





 往人さんは再び旅立つことになった。
 日差しの照りつけるバス停で、わたしひとりで最後のお見送り。
「それじゃあな、観鈴」
「うん…。ちょっと寂しいけどね」
「まあな」
「往人さんなら友達になってくれると思ったのにね。結局期待させるだけさせといて、タダ飯食って出ていくだけだったねっ。全然気にしてないけどねっ」
「は、はははははー!」
「にははははー」
「あー、えへん。いや、俺はしょせん旅人だからな。友達ならここの人間にしろ」
 が、がお…。癇癪のこと知ってて、どうしてそういうこと言うかなぁ…。
「そんな顔をするな。この町にもお前の病気くらい気にしなさそうな奴がいたぞ」
「ええっ!?」
「そいつの名は…」
 『遠野美凪』と『霧島佳乃』。
 その名前を残して、往人さんはこの町から去っていった。
「うーん…」
 どっちも知ってる人だけど…。ちゃんと話したことはないし、いきなり友達になってって言っても迷惑なんじゃないかなぁ。
 あ、でもそんな風に考えるから友達ができないのかも。
 誰だって最初は面識なんてないんだし、頑張って話しかけてみようかな。うん、観鈴ちん、ふぁいとっ。
 ということで、来た道を歩きながら作戦を練る。
「やっぱり声かけるとしたら遠野さんかな」
 一応クラスメートだし。なんか変な人だからちょっと敬遠してたけど、考えてみればわたしだって同じだよね。もしかしたら遠野さんも、わたしみたいに寂しい思いをしてるのかもしれない。
『どうせ私を理解してくれる人なんていないんです…』
『そんなことないよっ。今からはわたしが友達、ぶいっ』
『神尾さん…。私、私本当は寂しかったんですぅぅっ!』
 か、完璧…。(じ〜ん)
 バラ色の未来を見たわたしは足取り軽く駅へとスキップしていった。
 数分して汗だくになった頃に、使われなくなった駅が見えてくる。
 ベンチには例によってシャボン玉を飛ばす遠野さん。
 あ、でもいつもの小さい子がいないや。こう静かだと声かけづらいけど…迷ってても仕方ない。観鈴ちん、がんばっ。
「こ、こんにちはっ」
 思い切って元気に声をかける。
 遠野さんは顔を上げ、こちらを穴が空くほど見つめると、うつむき気味にぼそりと言った。
「こにゃにゃちわー」
「‥‥‥」
「…なーんちって」
 回れ右して帰ろうとする自分を必死で押さえつけ、精一杯笑顔を作る。
「に、にははっ。と、遠野さんひとり? いつもの女の子は?」
「…みちる…」
「え?」
「みちるーーーっ!」
「はうう!?」
「すみません…。取り乱しました」
「い、いえっ」(どきどき)
 あの子引っ越しでもしちゃったのかな? これはチャンス、もとい、やっぱり遠野さんも寂しいだろうし友達にならないと!
「え、えーっと、あのねっ」
「…?」
 小首をかしげる遠野さん。うっ、きっかけとか考えてくればよかった。
「わ…わたしと友達になってくださいっ」
「友達…?」
 さらに傾く遠野さんの首。へ、変な子と思われたかなぁ…。
「だ、ダメ…かな?」
「世界に広げよう…友達の輪」
 彼女は無表情のまま言うと、両手を上にあげて輪を作った。


 ‥え?
「‥‥‥」
「え? え?」
 わ、笑うとこなのかな?
「‥‥‥」
 変なポーズの遠野さんを前にしたまま、場に重苦しい沈黙が流れる。ど、どうしよう、観鈴ちん大ぴんちっ。
 不意に遠野さんは腕をおろすと、ひどく傷ついた視線をわたしに向けた。
「帰ってください…。ギャグセンスのない人と友達にはなれません…」
「にーっはっはっはっ!! おもしろーい! 観鈴ちん大爆笑っっ!!」
「そうでしょう…。えっへん」
 得意げに胸を反らす遠野さん。
「そ、それじゃ友達になってくれる?」
「そうですね…。ただし条件があります…」
「じ、条件っ?」
「この私を…、ギャグで笑わせることができたらです!」
「ええーっ!?」
 わ、わたしがギャグを? うーんうーん、観鈴ちん困った。
「…やっぱり無理。残念」
「ちちちょっと待ってっ! え、えっと、うんと…。ふ…ふとんがふっとんだ!」
 どーーーん!!
 効果音とともに、なんだか硬直する遠野さん。
「ふとんが…ふっとんだ…。
 ぷくっ…。くくく…」
「あ、笑ったっ。笑ったねっ」
「ぜえぜえ……やりますね神尾さん、さてはプロですね…?」
 なんのプロだか…。
「わかりました…。神尾さん、お友達になりましょう」
「え?」
「え、じゃなくて、お友達」
 目の前で微笑む彼女の顔が、だんだんと天使に見えた。
 や…。
 やったーーーっ!
「うううっ、友達いない歴16年…。ようやくわたしも一人じゃなくなったんだ…」
「おめでとうございます、ぱちぱち…」
「えぐえぐ、ありがとう〜」
「それでは友情の証に…進呈」
 そう言って彼女は白い封筒を差し出した。
「え、わたしに?」
「はい…神尾さんに」
 わーい、やっぱり遠野さん、いい人。なにかな、なにかなっ。(がさがさ)
「…ち、地域振興券…」
「景気の回復しない景気対策に、意味はあるんでしょうか」
 とっくに期限切れのこれをどうしろと…。いやいや、そんなこと思っちゃダメ。
「ところで…。友達なのに名字で呼び合うのも他人行儀ですね」
「そ、それだーっ!」
 そう、友達といえばあだ名で呼び合う仲。『観鈴ちーん!』『美凪ちーん!』なんて叫びながら夕暮れの海岸を走り回るのっ。
「あ、あのねっ。わたしのことは観鈴ちんって…」
「『ミス・観鈴』にしましょう」
「…は?」
「韻を踏んで…かっこいいです」(うっとり)
「あ、あの、できれば違うのがいい…」
「…『げろしゃぶ』の方がいいですか?」
「ミス・観鈴でいーですっ!」
「気に入ってもらえました…。ばんざーい」
 神様…。わたし何か悪いことしたかなぁ…。
「私のことは遠慮なくナギーとお呼びください。さあ」
「ナ…ナギィ〜〜」
「…グー」
 びしりと親指を立てる遠野さ…ナギー。だんだんと方向性が違ってきてるような気が…いやいや気のせい気のせいっ。
 ぶんぶんと頭を振ると、ここぞと懐からトランプを取り出した。
「そ、それじゃ一緒に遊ぼっ。ババ抜きとか、神経衰弱とか」
「…ババ抜き?」
「あ、ご、ごめんねっ。そんなの子供っぽいよねっ。ナギーの好きな遊びでいいよ」
 そう、二人で遊べるならなんだって楽しいから。水遊びしたり、花火したり…。
「それでは…シャボン玉デスマッチをしましょう」
「…なにそれ」
「飲まず食わずでどれだけシャボン玉を吹き続けられるかを競う競技です。その起源は古代エジプトに端を発するといいます」
「なんか目まいがしてきた」
「私たちの友情もここまでですね…。短い付き合いでした」
「わああーー! むちゃくちゃ面白そうだねっ! すっごくやりたいですっ! にははー!」
「分かればいいんですよ…。ポチ」
「‥‥‥」
「…冗談です」
 うそだーっ! 目が本気だったーーっ!!
「さあ、ミス・観鈴。吹いて吹いて吹きまくるのです」
「が、がお…」
 ストローと石鹸水を渡され、ナギーと一緒にひたすらシャボン玉を吹くしかないわたし。な、なんか想定していた未来と大幅に違う…。
 こうして友達というより奴隷の一歩を踏み出しかけたその時っ。
「やあ、美凪君。やはりここか」
「…はい、ここ」
「あ、聖先生。こんにちはっ」
 現れたのは霧島診療所の聖先生だった。わたしも癇癪が起きた時とかお世話になってるの。
「こんにちは。観鈴君も一緒とは珍しいな」
「に、にはは…」
 一体どうしてこうなったのやら…。いやいや、ようやくできた友達にそんなこと考えちゃダメっ。
「ところで美凪君。母上の記憶が戻ったようだぞ」
「え…?」
「君のことを探していたな」
「? ナギーのお母さん、記憶喪失かなにかだったの?」
「はい…。ではミス・観鈴、さようなら」
「うん、さようなら…って、ええー!?」
 ま、まだ何もしてないー! 帰っちゃうの!? ひとりはもう嫌だよっ…。
 わたしはすがりつくように、ナギーの手にしがみついた。
「ミス・観鈴…」
「ナギー…」
「じゃま」
 がーーーん。
 石化するわたしに目もくれず、矢のように走り去るナギー。
 がっくりとその場に崩れ落ちる。
「そうなんだ…。しょせんKey作品においては友情<<<家族愛なんだ…」
「な、なにかまずいタイミングで来てしまったかな?」
「もういいや、ネットで予告して事件でも起こそう…。どうせ友達いないし…」
「落ち着けーっ! と、友達が欲しいのか。それならうちの妹などはどうだ?」
「え?」
 きゅぴーん! と往人さん直伝の目が光る。
「か、佳乃さんとですかっ?」
「ほう、私の妹を知っているのか」
「はいっ、いつも遠くから見てるだけですけど、明るくて友達多くてすごく妬ま…素敵な人ですねっ」
「はっはっはっ、君は非常に素直な正直者だな。よろしいついてきたまへ」
「はーいっ」
 こ、今度こそ普通の友達ができるよね。わたしは最後の望みをかけて、聖先生の後について診療所へと向かった。


「そろそろ帰ってくる頃と思うが…」
 先生にいれてもらったお茶を飲んで待っていると、程なくして玄関からぱたぱたと音がする。
「たっだいまだよぉー」
「ああ、お帰り」
 現れたのはショートカットの女の子。いかにも気さくそうな屈託のない笑顔。よし、いける!
「あ、あの、こんにち…」
「聞いて聞いてお姉ちゃん。また誕生会にお呼ばれしちゃったんだぁ」
「こんにちは…」
「これで今月3度目かぁ。プレゼント代が大変だけど、やっぱり大勢でお祝いするのって楽しいよねぇ」
「あのぅ…」
「でねでね、あたしの誕生日には友達みんなでパーティ開こうって、今から計画進めてるんだって。楽しみにしててねって言ってくれたんだよぉ。えへへー、嬉しいなぁ」
「‥‥‥」
「ところでお姉ちゃん、その隅っこでいじけてる人だれ?」
「いや、何というか…」
 誕生日か…。わたしなんてお母さんにすらプレゼントもらったこともないよ…。ふふ、ふふふ…。
 と、聖先生が助け船を出してくれる。
「あー、その子は私の患者でな。夏休みの宿題が詰まったからと相談に来たのだ」
「うぬぬ。宿題のことなんて忘れてたよぉ」
「どうだ、一緒に勉強でもしてみては?」
 がばっ! と跳ね起きる観鈴ちん。
「は、はじめましてっ。神尾観鈴っていいますっ、観鈴ちんって呼んでねっ!」
「霧島佳乃だよぉ。佳乃りんでいいよぉ」
 す、素直な子…。何の疑問も持たず幸せに生きてきたであろうその人生が憎たらし…いい人だねっ。
「な、仲良くしてくれるとうれしいなっ。にははっ」
「もちろんだよぉ。それじゃ、あたしの部屋に行こっかぁ」
「ああ、後で茶でも持っていこう。…今日はアレは出てこないようだな」
「え?」
「いや、何でもない」
「それではでっぱ〜つ!」
 先生に見送られ、佳乃りんに続いて廊下を歩く。他の子の部屋なんて初めて。どきどき。
「わ、可愛いお部屋っ」
「えー、恥ずかしいよぉ」
 なんていかにも普通の友達っぽい会話に感激しつつ、テーブルを挟んで向かい合って座る。
「ところで観鈴ちんの宿題は?」
「も…持ってきてない」
「は?」
「え、えっと、宿題と称してお喋りとかしたいなーって」
「あはは。あたしもその方がいいよぉ」
 そして始まる何気ないお喋り。学校のこととか、家族のこととか…。わたしにはあまり話すこともなかったけど、佳乃りんはそんなわたしにも楽しそうに色々話してくれた。
 今度こそ…今度こそちゃんと友達ができたんだ…。
「それじゃキミをかのりんの友達弟123号に任命するよぉ」
「ひ、ひゃくにじゅうさん…」
「あはは、あたしって誰とでも友達になっちゃうんだぁ」
 いちいち自慢してんじゃねえーー! なんて思ってない、思ってないよっ♪
「はっ! でも友達の友達ならわたしの友達も同然だよね!」
「そ、そうかもしれないねぇ」
「つまり労せずして100人以上の友達を手に入れたことに…。フフフ、こりゃもう人生勝ったも同然だね」
「観鈴ちん、目が逝ってるよぉ」
「にーーっはっはっはっ」
 ああ、友達100人…。なんて甘美な響き。
 しかしこう順調だと落とし穴がありそう…って、今まで不幸だったからそんな気がするだけだよね。
「それじゃ遊ぼっ、トランプしよっ! …佳乃りん?」
 トランプを取り出しかけたわたしの手がふと止まる。
 急に押し黙り俯いた佳乃りんの顔。その前髪に隠れた向こうから、怪しげなオーラが漂ってくる。い、いやな予感…。


「うらああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 ガシャーーン!
 佳乃りんはいきなり立ち上がると、テーブルを思いっきりひっくり返した。
「うらぁ〜〜〜〜〜! このパツキン〜〜〜っ! どこで髪染めやがった〜〜〜〜っ!」
「か、佳乃りんっ!? あ、あのっ、なっ、なにをっ!」
「ぜって〜おかし〜ぞ、その頭はよぉぉ〜〜〜っ!」
「か、佳乃りんに言われたくない…」
 い、一体なにがどうしたのっ? あの素直な佳乃りんがタチの悪いチンピラのように…。
 やっぱり、わたしにまともな友達なんてできないんだ…。
 ひとりで頑張らなくちゃいけないんだ…。
「うら〜〜〜〜〜っ! いちいちプレイヤーの同情引いてんじゃね〜〜、この偽善者が〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「ひ、ひどいよ佳乃りん。わたし、偽善者なんかじゃないもんっ」(がおっ)
「それが偽善チックだってんだよ〜〜〜〜〜〜っ!」
「何事だっ!」
 騒ぎを聞きつけ、聖先生が扉を開けて飛び込んでくる。
「せ、先生っ! 佳乃りんがなぜか目も当てられない不良にっ!」
「くっ、まさか出てきてしまうとは…。実は小さい頃に神社にお供えされていたキノコリゾットを食って以来、佳乃は時々性格が反転してしまうのだ」
「佳乃シナリオってそんな話だっけ?」
「おら〜〜〜〜〜〜っ! 姉貴〜〜〜〜〜〜っ!」
「な、なんだっ?」
「愛してるぜ、ベイベー」
 バチーーン(←ウィンク)
 ‥‥‥‥。
「はぁ…うっとりくらくら」
「陶酔してる場合ですかっ!」
「はっ! いかんいかん、常日頃冷静な私がつい暴走してしまったようだ」(ふ)
「いえ、先生が暴走してるのはいつもですけど…。って佳乃りんがいなーいっ!」
「しまった、外かっ!」
 あわてて二人で外に出ると、すっかりやさぐれた佳乃りんが黒い目で獲物を物色している。
「ふっふっふ」
「ぴ、ぴこー!」
「ふっふっふ」
「ああっ、通りすがりの犬にマジックでヒゲを書いてます!」
「不良だ、佳乃が不良になってしまった!」
 普段はそりゃあ性格のいい佳乃りんだから、性格が反転したらどんなに恐ろしいことになるか…。ああもうなんでこうなるかなぁ。
「あ、でもわたし解決法知ってる」
「ほう、言ってみたまえ」
「聖先生が佳乃りんに当て身を食らわすの。元ネタはそんなオチでした。ぶいっ」
「このたわけがーーー!」
 BAKOOOOOM!
 先生の壮絶アッパーカットに宙を舞うわたし。
「私に佳乃を殴れというのか! ああ恐ろしい、お前は悪魔の化身か!」
「ううう…他人よりも身内を大事にする医者」
「家族愛のためなら大抵のことは許される! この訴えは麻枝シナリオにおいて常に続けられているのだ」
「そ、そーゆーもんでしたっけ」
 でも先生が当てにならないんじゃどうしよう…。観鈴ちん、超ぴんち。
「君は佳乃の友達だろう。何とかしなさい」
「そ、そんなこと言われても〜」
「ここで佳乃を救うことができれば…君はさしずめ佳乃の大親友だな」

  大  親  友  !!

「やります! わたしの友情パワーで佳乃りんを元に戻してみせますっっ!」
「(こいつ本当に友達いなかったな…)」
「佳乃りーーーん!!」(ずどどどどどど)
 全力疾走したわたしは、100円拾ってポケットに収めている佳乃りんの前に立ちふさがった。
「ふっふっふ、どうした観鈴? あたいが恋しくなったのかい?」
 こ、こんな友達ヤダ…。
「目を覚まして佳乃りん! ついさっきあなたと永遠の友情を誓った観鈴ちんだよっ!」
「誓ってねーよ」
「ちっ」
 どうしたらいいのかな〜。
 う〜ん。
 う〜ん。
 きっと熱い友情があれば。
「佳乃、観鈴君もこう言ってるしそろそろ帰らないか?」
「るせぇ〜〜、姉貴面してんじゃねぇ〜〜」
 いきなりビンタするとか?
 わ、友情っぽーい。
 佳乃りん!(パンッ)
 つっ…。痛ぇじゃねえかこの野郎!
 それはわたしの心の痛みだよ!
「まあまあ、ここは尊敬する姉のためにひとつ」
「へっ、あたしが知らねぇとでも思ってるのか〜〜っ」
「な、何がだ?」(ギクリ)
「てめえときたら『お手製佳乃ちゃん人形』を作って毎晩寝る前に頬ずり…」
「クロロホルム!」
 それでも友達かよ!
 友達だからこそ…佳乃りんが悪いことするのを見ていられなかったの…。
 観鈴ちん…。
 だって…それが本当の友達だと思うから…!
「おーい、観鈴君」
 でもって、でもって…。
「もう終わったぞ」
「うん、終わった…って、ええっ?」
 我に返ると、聖先生の背中で佳乃りんがぐーすか眠っている。
「い、いつの間に…」
「いや、このクロロホルムでちょちょいと」
「そんなもの持ってるなら、最初からやんなさい!!」
 海辺の町にわたしのマジツッコミが響き渡った。

 先生に頼まれて佳乃りんを診療所に運び、一休みしていると先生も戻ってくる。
「いやはや、今回も大変だった」
「でもこんな発作があるのに友達が多いなんていいなぁ…。どうやってるんですか?」
「なぁに、発作のたびに私が目撃者の記憶を消して回っているのだ」
「ってその手の注射器は何ーーっ!」
 怪しげな薬品が針の先端から流れ出てる…。
「ちょっとここ数日の記憶が吹っ飛ぶだけだ。何の心配もいらん! さあ腕を出しなさいさあさあ」
「喋りません喋りませんっ。友達の悪い噂なんて絶対喋りませんっ!」
「そうか…。ま、いいだろう」
 そう言って注射器を引っ込める聖先生。今度から病気の時は隣町の病院に行こう…。
「だがこうも容易に起きてしまうとは…。同じような発作を持つ君たちは、やはり悪影響を及ぼし合うのかもしれない」
「え…」
「君には悪いが…。もう佳乃に近づかないでもらえるか」
 目の前が真っ暗になった。
 …そっか。
 わたしのせいかもしれないものね。
 迷惑かけちゃ…いけないよね…。
「にははっ、わかりましたっ」
「観鈴君…」
「佳乃りんが起きたら伝えてくださいっ、今日はお話しできて楽しかったって」
「すまない…。妹馬鹿なこの姉を許してくれ」
「い、いいんですっ。それじゃ……さよならっ!」
 診療所を飛び出し、涙をこらえて走り出す。
 楽しかったな、ちょっとの間だったけど、普通の友達みたいにお話しできて。
 ほんとに…ちょっとの間だったけど…。
 …往人さん。
 わたし、友達できなかった。
 結局ひとりも、友達できなかったよ…。
 ふと足を止めると、カラスが道端でこちらを見てる。
「ね、ねえカラスさん。わたしの友達になってくれないかな」
 ばささささーー(逃亡)
 ‥‥‥‥。
「あ、そこのセミさん、わたしと友達にならない? ねえねえアリさん、わたしと友達になろうよっ」
「不憫や…。不憫な子やで…」
「わ、お母さんいつからそこにっ!」
 振り返るとお母さんがハンカチで目を押さえていた。
「くじけるな観鈴! 根性で強く生きるんやー!」
「ううっ、お母さんにわたしの気持ちなんて…」
「いや、分かる…。うちも観鈴と同じやからな…」
 え…? お母さんも…?
「小さい頃からずっとそう。他の人と一緒に酒飲まれへんのや。
 うちは一緒に飲みたいのに…
 うちの中の、別のうちが暴れてまう。
 せやから、みんなうちとは酒飲もうとせえへん。
 晴子ちんは、すぐ暴れるからって…」
「それ、ただの酒乱」
「人が慰めてやってんのにいらんツッコミすなっ! このアホちんアホちんっ!」
「ああっごめんなさいごめんなさい! 観鈴はアホちんですっ!」
 うううっ、観鈴ちん不幸。結局こうなる運命なのかなぁ。
「ま、世の中一人でも生きていけるもんやで。酒が友達っちゅーんもええやないか」
「い、いやだ〜」
 わたしはどろり濃厚ジュースが友達…。憂鬱すぎる…。
 こうして何ひとつ成果のないまま、わたしは足を引きずるようにして家へと帰っていった。


 そして翌朝。
 日差しが眩しくて、頭からタオルケットをかぶる。起きたくないな…。どうせ友達いないし。
「なんや観鈴、夏休みやからってまだ寝とるんかい」
「うん…」
「ええんかな〜、せっかく友達が誘いに来てくれたのに〜」
 え…?
 パジャマのまま、ベッドの上に身を起こす。空耳? 冗談?
「お、お母さん、今なんて…」
「おっと、もうこんな時間や。ほな仕事に行ってくるさかいな」
 お母さんはなんだか嬉しそうな顔で出かけていった。あわてて服を着替え、飛び出すように外に出る。そこには…

「昨日は失礼しました…。ぺこり」
「遠野さん…」
 もうないと思っていた光景に、そのまま言葉が続かない。
「あ、あの、えっとっ」
「…違います」
「え?」
「遠野さん、じゃないです」
「あ…。う、うんっ、ナギー…!」
「グー」
 やっぱりわたし、アホちんだった。
 あんな簡単に諦めちゃうなんて。
 もう一度、振り絞るように、もう一度手を伸ばす。
「あ、あのねっ…。今日は…二人で遊べるかな…?」
「無理です」
「え?」
「三人だから…」
 ナギーの後ろから、ひょこっと顔を出す小さな影。
「おっはよー」
「え? え? 佳乃りん、だって聖先生が…」
「うんっ、なんだかうるさかったけど、しつこいから『お姉ちゃんなんて嫌い』って言ってやったら寝込んじゃったよぉ」
 か、かわいそ。
「今日はヒマヒマ星人1号だから、いっぱい遊べるよぉ」
「それではシャボン玉を吹きましょう」
「あたしは散歩がいいなぁ。観鈴ちんは?」
「えっ? あ、わ、わたしはトランプ…」
「それじゃ、順番こに全部やろうねぇ」
 ほっぺたをつねってみる。夢じゃない。
 遊べるの…?
 わたしが、友達と…?
「に、にはは…」
「あーっ、観鈴ちん、泣いてるよぉ」
「…感激屋さん」
「に…は…」
 え…。

 涙がぽろぽろと落ちていく。
 わたしの意志とは関係なく。

「観鈴ちん?」
「‥‥?」
「は‥‥えぐっ‥‥」

 やだっ…!
 やっとできた友達なのに!
 幸せな時間が、すぐ目の前にあるのに…。

「ああ‥‥っく‥‥うぁぁ‥‥」

 それなのに、抗っても無駄だった。
 わたしの中の別のわたしは、座り込んで泣き崩れる。
 行き着くところはいつもと同じ…。
 閉じた暗闇の中で、それをただ呆然と感じていた。



 …どのくらい時間がたったんだろう。
 顔を上げるのが怖かった。
 誰もいなくなった道端を見て、結果を思い知るのがどうしようもなく怖かった。
 そんな時…

「あ…」

 誰かの手が頭に置かれる。
 わたしの中で何かが溶けて、反射的に顔を上げる。
 優しい表情でわたしを撫でてくれる、長身の女の子。
 心配そうにわたしを覗き込む、背の小さな女の子。
「び、びっくりしたよぉ」
「落ち着きましたか…?」
「あ、う、うん…」
 そっか…。
 ナギーは同じクラスだから、わたしの癇癪のこと知ってたんだ。
 目の前にはまだ一本の糸が垂れていた。立ち上がって、必死の思いでしがみつく。
「あ、あのねっ…。わたし、ヘンな子だから。
 誰かと友達になれそうになると、今みたいに泣き出しちゃうの。
 小さい頃から、ずっとそうだった」
「‥‥‥‥」

 だから仕方ないって思ってた。ひとりで頑張ればいいんだって。
 でも、もうやだ。
 友達がほしい。
 わたしは、友達がほしい。

「でもね、別に辛いからとか、嫌だから泣いてるわけじゃない。
 自分でもどうしてだかわからないだけで…
 本当は、二人と友達になりたい。
 一緒に遊んだり、勉強したり、お話ししたりしたい、だから…」
 二人は黙って、わたしの言葉を聞いている。
 ごしごしと目を拭いて、せめて笑顔で。
「だからわたしと…友達になってください…っ!」

「もちろんだよぉ」
「もちろんです…」
 お日さまみたいに、明るく笑う佳乃りん。
 月明かりのように、優しく微笑むナギー。
 涙が勝手に溢れてくるけど、今度は癇癪のせいじゃない。
「えぐっ…わたし、ヘンな子だよ…?」
「別に気にしないよぉ」
「気にしません…。変なのはお互い様ですから」
 うん…。
 往人さんの言うとおりだったね。
 こんな簡単なことだった。
 ちゃんと正直に、自分の気持ちを伝えればよかったんだね…。
「ありがとう、ありがとう二人ともっ…。
 実はわたし8月半ばごろに死んじゃうし、二人も呪いで巻き添え食って死んじゃうけど、そんなの別に気にしないよね!」
「永遠にさようなら」
「ああっうそうそ! 呪いなんて教会でゴールド払えばすぐ解けるからぁー!」



 そして時は流れ…
 一年が過ぎ、再びやってきた夏休み。わたしは太陽の下で旅の人に出会った。
「往人さん、久しぶりっ!」
「ああ、久しぶり…つーかお前なんで生きてんだよ?」
「うん、それなんだけどね…」

#############リプレイ開始#############
観鈴「二人とも、短い間だけど楽しかったよ…。く、悔いはない…」
佳乃「そんなっ、前世がどうとかで死んじゃうなんてひどすぎるよぉ!」
美凪「はっ。(ピーン) 一人では容量が大きすぎる翼人の魂も、三人の魂を合わせれば受け止められるのでは?」
佳乃「そ、そうかっ! さすがナギー、天才だよぉ」
観鈴「で、でも失敗したら二人まで…」
佳乃「友が苦しんでいるのを見過ごすことなどできない! 死ぬときは一緒だ…!」
美凪「フッ、及ばずながらこの私もお手伝いしましょう」
観鈴「か、佳乃りん、ナギー…。お前らって奴は…」
美凪「ならば! われらの魂をひとつにして――」
佳乃「今こそ燃えろ友情の小宇宙よ!」
観鈴「究極まで高まり、果てしなく奇跡を起こせ!」
 カッ!(閃光)
#############リプレイ終了#############

「とまあそんな感じで、三人分の魂で翼人の記憶を受け継いだの」
「そりゃあ良うございましたね…」
「うん、持つべきものは友達。ぶいっ」
 ちょうど海に遊びに行くところだったので、水着の袋片手に往人さんと並んで歩く。
「ま、幸せそうで何よりだ」
「うんっ…。やっぱりね、友達っていいもんだと思う。
 この一年もいろいろあったけど、やっぱりそう思う」
「そうか…」
「一緒にいろんな所へ遊びに行ったり。
 お喋りに熱中して、気がついたら夜になってたり。
 たまにはケンカすることもあったけど…
 次の日になって、『昨日はごめんね』って言えばすぐ仲直りできた」
「‥‥‥」
「たぶんこれからも、一生の宝物になると思う。
 同年代の友達って必要だよね。
 それがないなんて、すっごく寂しい人生だよね!」
「‥‥‥」
「? 往人さん?」
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 ‥‥‥‥。
 走ってっちゃった…。何かあったのかなぁ? ま、いいや。
「おーい、観鈴ちーん!」
「ミス・観鈴、遅刻…」
「にはは、ごめんごめんーっ!」
 二人の声が聞こえ、手を振って走り寄る。その向こうは広がる海。もう何度も行ったけど、一緒ならいつだって楽しい。
「今日も競争するよぉー」
「…はい、今日こそカノピーに勝ってみせます…」
「ううっ、観鈴ちんは今日もビリ」
「あはは、あたしが泳ぎ方教えてあげるよぉ」
「…目指せオリンピック」
「そ、そうだねっ」
 砂浜に降りて、サンダルを脱ぎ捨て走り出す。ばしゃばしゃと跳ねる水。潮の匂い。
「観鈴ちーん、水着に着替えてからだよぉ」
「…準備運動も」
「にははっ」
 振り返ると、呆れ顔の二人。
 波の中で笑いながら、わたしは思い切り腕を広げ、夏の空気を吸い込んだ。






<END>

====================================================================

 その頃人気のない山道では、必死に人形へ話しかける一人の青年の姿があった!
「なあ相棒。俺たちは長いこと苦楽を共にした親友だよな?」
『‥‥‥』
「‥‥‥」
『‥‥‥』
「‥‥‥」
『‥‥‥』
「はっ! べ、別に友達なんて欲しくもなんともないねーー!」







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