雨のちまた雨
私、美樹原愛!私立きらめき高校に通う、元気で明るい女の子なの。
今日は絶好の体育祭日和ね。彼も見てることだし、精一杯頑張らなくちゃ。
「あっ、おはよう公!」
少し前を歩く見慣れた姿に声をかける。今日は朝からついてるなあ。
「よぉ」
笑顔で振り返る彼の瞳。ちょっとだけドキドキしちゃう。
「いい天気になったね」
「かったるいよなあ、体育祭なんてさ」
くすっ、そんなこと言って本番になるとすぐ本気になっちゃうくせに。
「ぶつくさ言わないの。どうせこんなときしか活躍できないんだし」
「あ、言ったな。俺はおまえと違ってデリケートに出来てるんだぜ」
「はーいはい。体育祭の時だけ早めに起きるなんて、大変デリケートですね」
彼はちょっとすねたような顔をするけど、すぐにぷっと吹きだしてしまう。朝の
通学路、2人顔を見合わせて笑った。
いつもこんな感じの2人だけど、私は彼のことが好き。でも今はこうやって話せ
るだけで十分なの。
「どうした?愛」
「えっ?」
突然呼びかけられて、私は彼の顔をまじまじと見つめる。今…なんて言ったの?
「も、もう一回言って」
「は?どうした愛って…」
めぐみ、って言ったの…?
「も、もう一回だけ」
「おい、何にやにやしてんだよ」
「ね?あと一回」
「変だぞおまえ」
顔を押さえようとするんだけど、どうしても笑顔がこみ上げてしまう。やだ、ど
うしちゃったんだろう私。
「おい、愛」
あと…一回だけ…
* * *
「はぁ…」
夢かぁ…
ばふん、と枕に顔を埋める。
目が覚めてみればなにも変わってなくて、彼に話しかけることもできない内気な私。
今日は憂鬱な体育祭で、それでも学校には行かなくちゃいけないの。
(あと一回だけ…)
もうちょっとだけ、夢を見ていたかったのに。
「ワンワン」
「ごめんムク、静かにして」
もう一回さっきの夢をなぞってみる。あの人に話しかけて、一緒に学校行って…
幸せ…
…もう一回寝ちゃおうかな…
(ざぁ…)
…外、降ってるのかな。
静かな雨は好き、小さな私を隠してくれるから。
ついでに体育祭も流れてくれたら…
「愛ぃー、電話だよー」
下から幸お姉ちゃんの声が聞こえて、私は慌てて飛び起きる。あせって着替えよ
うとしたけど上手くいかなくて、結局パジャマのまま階段を下りていった。
「はいよ」
「う、うん。誰?」
「さあー」
なぜかくすくす笑ってる幸お姉ちゃん。変なの。
「ハイ、美樹原です」
「もしもし、主人ですけど」
‥‥‥‥‥‥‥
え、え、ええっ!?
「もしもし?」
「ご、ごめんなさいっ!」
吹き出しそうになるのを必死でこらえてるお姉ちゃんを横目でにらみながら、私
は真っ赤になって受話器を耳に押しつけた。
「あの、えと」
「連絡網なんだけど、今日の体育祭雨で中止だって」
「は、はい」
あ、な、なんだ、連絡網だったの。そ、そう、やっぱり中止ですか。
「来週の日曜に延期だから、今日は普通に授業だって」
「は、はい」
「それじゃ次の人によろしくね」
「は、はい」
え、あの、もう切っちゃうんですか?あの、せっかくだから少しお話…
ガチャ
…切れちゃった。
「ひーーっおかしーーっ!」
「お姉ちゃんっ!」
爆笑するお姉ちゃんに、私は耳まで真っ赤になる。もう、恥ずかしいよぉ…
「は、早く次の人に電話しなくちゃ」
ぎくしゃくした動きで動きでプリントを取り出すと、私は自分の名前を探し出す。
新学期に配られてから、一度も使われなかった連絡網。あのころはまだ彼のこと
全然知らなくて、「男の子から電話かかってくるなんてやだな」とか思ってたっけ。
私の名前の上に、彼の名前。こんな気持ちになるなんて、思ってもいなかった。
もしかして、運命だったりして…
「なーににやけてんだか」
「お、お姉ちゃん!まだいたの!?」
「いたよーん」
人の横顔眺めてたなんて、お姉ちゃんの意地悪…
「ほら、先に朝ごはん食べててね」
「お幸せに」
「早くっ!」
お姉ちゃんを食堂に押し込むと、私はまだちょっと震えてる指をダイヤルにかける。
「…ということだから、次の人に回してね」
「…うん、それじゃバイバイ」
ガチャ
はあ…女の子とならこういう風に普通に話せるのにね。
でもいいの、初めてあの人とお話しできたから。ただの連絡網だけど、声が聞け
ただけでも嬉しいの。
「ねえムク、私あの人とお話ししちゃった」
「クゥーン?」
部屋に戻って着替えながら、今朝の夢をもう一度思い出す。いつかあんな風にな
れるといいな…
ざぁ…、外ではいつまでも雨が降り続いてる。
…来週も、雨が降ってくれないかな。
そうしたらまたあの人から電話がかかってきて、私だって2回目ならもう少し落
ち着いて話せるのに。
「それで『雨で残念でしたね』とか、『あなたの活躍が見られなくて悲しいです』
とか…そ、それは言えないかな。でもそんなことがきっかけで私のこと…きゃっ!」
ごつん、と食堂のドアに頭をぶつけ、思わずその場でうずくまってしまう。おで
こをさすりながらテーブルについて、お腹を抱えて笑い死にしてるお姉ちゃんに
うらめしそうな視線を向けた。
「彼氏から電話」
「彼氏じゃないもんっ!」
お姉ちゃんの言葉に思わず叫んでしまう私。でも心の中でちょっと喜んでる。
「行ってきますっ」
ばたん、と後ろ手に玄関の扉を閉める。目の前には、空いっぱいの雲。
ざあっ…
静かな雨は好き、何もかも洗い流してくれるから。
優しい雨は好き、そっと私を包み込んでくれるから。
「…あっ」
遠くに小さく、見慣れた傘。
雨の日にいつも見てた、大好きな…
「ま、待ってください!」
自分の傘をあわてて広げると、私は道路に飛び出していった。
朝に降る雨は好き。あの人の…声が聞けるから。
<END>
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