Dr紐緒と愉快な軍団



<前回のあらすじ>

紐緒さんに強引に戦闘員にされ殺人コアラと戦うことになっためぐめぐ&みはりん。みはりんは実はリヤニ人?疑惑を残しうやむやのうちに戦いは終わったが、あの紐緒結奈がそのまま黙っているはずもなかった…。




 人通りもまばらな放課後の廊下を、私はとぼとぼと歩いていました。駄目、やっぱり詩織ちゃんがいないと…。神様、どうして彼女と同じクラスにしてくれなかったんですか?詩織ちゃん詩織ちゃん…。
 …あれ?なんだろうこのポスター。

『紐紐団戦闘員募集中。君も紐緒様の下僕になって、世界征服に貢献しよう!』

 そんな言葉とともに、右目を髪で隠した女の人の写真がいつものように不敵に微笑んでいました。紐緒結奈さん…。この前はなんだか記憶があやふやなまま逃げて来ちゃったけど、その後どうしてるのかな…。
「フフフ、そのポスターに興味があるようね」
「きゃっ!?」
 私がびっくりして振り向くと、ポスターを抱えた本人が鋭い目で私を見ていました。あの…、元気そうで良かったです…。
「…誰かと思えば美樹原愛じゃない。そういえばあなたは既に戦闘員だったわね」
「えっ…」
 後半部分がちょっと引っかかりましたが、私のこと覚えててくれたんですね。私なんて紐緒さんと違って存在感ないから、会った人も次の日には忘れちゃうのに…。
「どうかしたの?戦闘員らしからぬ浮かぬ顔をしているわね」
「あ…」
 心配してくれている(たぶん)紐緒さんに、私はおずおずと口を開きます。
「えと、今日委員会で発表だったんですけど…私緊張しちゃって、上手くできなくて…」
「不甲斐ないことこの上なしね」
「がーーんっ」
 ショックでしくしくと泣く私に、眼光鋭く紐緒さんが声を張り上げました。
「そんなことで戦闘員がつとまると思うの!?どうやら一から鍛え直す必要がありそうね」
「あ、あの…、そしたら弱い私も強くなれるんでしょうか…」
「当然ね、紐紐団の戦闘員は世界最強よ。さあ、理科室へ行くわよ」
 ああ、なんて強引なんでしょう。私もこのくらい強引になれたらいいのにな…。
「紐緒さーん」
 と、向こうから男の子が駆けてきます。異性が苦手な私は、あわてて紐緒さんの陰に隠れました。
「北校舎のポスター張り終わりましたぁ」
「さっそく効果があったようよ。紹介するわ、彼女が下僕2号こと美樹原愛よ」
 そう言うと紐緒さんは私をずいっと前に押し出しました。あ、あの、恥ずかしいです…。
 あ、でもこの人詩織ちゃんの幼馴染みの主人さんですよね。そういえば詩織ちゃんが、「公くんが専制主義に走っちゃった」って嘆いてました。そんな悪い人には見えないけど…。
 がしっ
 え?あ、あの、そんな急に肩なんてつかまれても困ります…っ…
「悪いことは言わない考え直すんだ!なにもその若さで人生捨てることはないだろうっ!?」
「…はい?」
「何があったか知らないが生きていればきっといいこともある!自暴自棄にならずにもっと前向きにうごっ」
 主人さんの後頭部に紐緒さんのチョップが決まりました。い、痛そう…。
「どいつもこいつも、まとめて訓練の必要がありそうね!今日はもう遅いから、明日の昼休みに理科室へ来ること。いいわね」
「は、はい…」
「それじゃ下僕1号、あなたはポスター貼りの続きよ」
「ひ、ひ゛も゛お゛さ゛ん゛…」
 そういって主人さんは紐緒さんに引きずられていきました。
 あの…、頑張ってくださいね。


 次の日の昼休み、私は約束通り理科室へと足を向けます。
「あれ?めぐってばどこ行くの?」
「あ、見晴ちゃん。これから紐緒さんのとこへ行くの。よかったら一緒に」
 …見晴ちゃんは突風のように逃げ去っていきました。そんなに怖がることないと思うんだけどな…。
 さて暗幕の張られた理科室で私と主人さんを待っていたのは、紐緒さんの厳しい顔でした。
「いかに私が天才とはいえ、さすがに分身するわけにもいかないわ。世界征服の成否の1%くらいはあなたたち下僕にかかっているのよ。わかるわね?」
 紐緒さんの重々しい口調に、私は思わず身を固くします。
「紐紐団の戦闘員としてそれなりの働きを期待させてもらうわ。いい?」
「は、はい…いいと思います…」
「どうでもいいけどその軍団名なんとかなりません…?」
「この私の天才的なネーミングセンスにケチをつける気なの!」
「ごめんなさいっ!」
 紐紐団っていうんですね…。きっとカラフルな組み紐の飾りに可愛いリボンが巻いてあるような、そんな軍団なんだろうな…。
 そんな空想に浸ってる私に、紐緒さんは1枚のスライドを映し出しました。あれは…この前のコアラさん!
「通称殺人コアラ。私の調査によると惑星リヤニからやってきた地球外生物であり、学名をリヤニニヤ・ニヤニヤニヤリというらしいわ」
「そ、そうだったんですか…」
「学会に発表されてないのに何故学名が…ああっなんでもないですっ!」
 げしっげしっ
 け、蹴ったら可哀想です…
「とにかくっ!奴らが私の世界征服の最大の障壁になることは間違いないわね。まあこの紐緒結奈にかかればひとひねりだけど、下僕を育成する意味であなたたちにも戦闘の機会を与えようと思っているわ。ありがたく思いなさい」
「は、はい…ありがとうございます…」
「‥‥‥‥‥‥」
「何よそのうさんくさそうな目はっ!」
「ひゃんでもありひゃへんっ!」
 ひ、紐緒さん。そんなに引っ張ったら主人さんの口が伸びちゃいますぅ…
「それでは今日の訓練よ。『紐緒様バンザイ!』と大声で100回唱えなさい」
「そ、そんなことするんですか…?」
「当然ね、下僕としての第一歩よ」
「ひ、紐緒さま…ばんざい…」
「声が小さいっ!」
「ひ、紐緒さまばんざいっ!」


 くすん、のどが痛くなっちゃった…。でも大声出せるようになったし、少しは私進歩したのかなぁ。もしかして紐緒さんも最初からそのつもりだったのかも…。
「大丈夫?美樹原さん」
 流しのところでうがいをしていた私は、いきなり声をかけられて思わずむせてしまいました。
「こほっ、こほっ!」
「あ、ご、ごめんっ!」
 やだ、どうしよう。男の子と2人きりなんて緊張しちゃう…。
 私はどうしたらいいのかわからなくて、そのままうつむいてしまいました。
「あ…えっと、そういえば、美樹原さんて詩織と友達だったんだよね」
「は、はいっ」
「いやあ、前は詩織の話によく出てきたから…。最近じゃ俺となんて口きいてくれないけど」
「そ、そうなんですか…」
 なにはともあれ共通の話題が見つかったので、私は少し主人さんとおしゃべりしちゃいました。普段なら絶対無理なのに、なんでかな、この人とだと…
「でもやっぱり紐緒さんの下僕はやめた方がいいよ。俺1人で十分だって」
「で、でも私内気だから…。紐緒さんみたいに強気になりたいんです…」
「そ、そう」
 主人さんはなんだか嫌そうな顔をしました。だ、ダメですか?
「あの…、主人さんはあんな目にあって、どうして逃げ出さないんですか?」
「え?いやぁ…彼女についてけるのは俺くらいだから」
 そう言って主人さんは照れくさそうに笑います。
「それにああ見えてもけっこう優しいんだ」
「そ、そうですよね。私もそう思います…」
 それに…主人さんも優しい人ですよね。だってそんな風に笑えるんだもの…
 …あれ?どうしたんだろう、私…
「あなた達!」
「わあっっ!」
「きゃっ!」
 いつまでも戻ってこない私たちに、紐緒さんは怒って探しに来てしまいました。
「何をしているかと思えば!この紐緒結奈の目の黒いうちは、ラブコメなど断じて許さないわ」
「ごめんなさいっ!」
「そ、そんなつもりは…」
「問答無用!さっさと理科室へ戻りなさい。次は遠心破砕拳からケミカルインパクトへつなげる特訓よ」
「そ、そんなこと急に言われても無理です…」
 逃げ腰の私に紐緒さんはびしっと指を突き出します。
「まだわからないようね美樹原愛…『女ならやってやれ』よ!」
 !!!
 紐緒さんの迫力に、私は思わず感動を覚えました。『女ならやってやれ』
 何をやるのかよくわからないあたりが紐緒さんらしくてすごいと思います…。
「あの…、私、目が覚めました…」
「よろしい、それでは今日の目標は16ヒットコンボね」
「ところで俺は女じゃないんですが…」
「あなたが私の言うことを聞くのは当然であって理由など必要ないわ」
「(差別だぁっ)」
 そして私は夕日の射し込む理科室で、主人さんとともに特訓に励むのでした。詩織ちゃんがいなくても強く生きていけるように…。


 男の子が苦手だった私も、主人さんとだけはだんだんと打ち解けていきました。やっぱり彼って情けな…じゃなくてちょっと弱気だから、私も親近感を覚えたのかもしれません。
 それじゃ今日も理科室に行こうかな。また主人さんとお話しできるといいな…なんて、は、恥ずかしいっ。
「メグ」
「あ、し、詩織ちゃん」
 1人で赤くなってる私の前に、今日もきれいな詩織ちゃんが現れました。早く「私も強くなったでしょ?」って言えるようになりたいな…。
「どうしたの?詩織ちゃん」
「…紐緒さんの所に出入りしてるって本当?」
 そういった彼女の顔はいつになく深刻です。そういえば紐緒さんのこと嫌いなんだっけ…。
 何も言えない私の肩を、詩織ちゃんは思い詰めた表情で揺すりました。
「ねぇ、そんなこともうやめなさいよ。世界征服なんて良くない事よ?」
「そ、そうなんだけど…」
「おまけに公くんまでいるし…。あんな人がメグと一緒にいると思うと、私」
「ぬ、主人さんのこと悪く言わないで!」
 思わず大声を出してしまって、私ははっと口を押さえました。少し青ざめた詩織ちゃんが、おそるおそる私に尋ねます。
「メグ…あなたまさか公くんのこと…」
「そ、そうじゃないの!あの、だから…」
「…そう、よくわかったわ」
 1人で納得してしまった詩織ちゃんは、そのまま理科室へ駆け出しました。足の速い彼女に私はとても追いつけません。
「ま、待って、詩織ちゃん…」

「そこをどきなさい!」
「いや、だからね…」
 私がようやく理科室に着くと、案の定詩織ちゃんが主人さんに詰め寄っているところでした。
「あなたって人はあなたって人はっ!悪の走狗になったばかりでなく、私のメグまでたぶらかそうっていうのね!」
「私のメグってお前…」
「と、とにかくメグは私が救い出すわ!紐緒さんと直接話をつけるからそこをどきなさい!」
 その時たじたじの主人さんの後ろから、紐緒さんが腕組みをして出てきました。不機嫌そうな視線を詩織ちゃんに向けると、冷たい声を投げかけます。
「誰かと思えば藤崎詩織じゃない。神聖なる理科室の前でわめき散らすとは、この私が誰だかわかっていないようね」
「知ってるわよ。マッドサイエンティストの紐緒さんでしょう」
 あ、あ、詩織ちゃんたらあんなこと言って…。
「枕言葉が少し気になるがいかにもその通ーり!私は世界征服と下僕の育成に命を懸ける女ドクター紐緒!」
「見事に無駄な時間を費やしているようね!」
「失礼な!誰ができそこないの役立たずよ」
「紐緒さん…誰もそんなこと言ってない…」
 2人ともひどい…主人さんてあんなにいい人なのに…。
 駆け寄る私の姿を見て、詩織ちゃんが優しく微笑んでくれます。
「ね、メグ。もうこんなことしてちゃダメよ。私と一緒に帰ろ?」
 ありがとう詩織ちゃん、心配してくれるのは嬉しいの。でも…
「どうするかは自分で決めなさい。それもできないなら用はないわ」
「美樹原さん…」
 3人の視線が集まる中で、私はゆっくりと理科室の扉をくぐりました。
「メグっ!」
「ごめん、詩織ちゃん…」
 今の彼女がどんな顔をしているか、私は見るのが怖くて、振り向くこともできませんでした。
「…でも私、今まで詩織ちゃんに頼ってばかりだったから…。これじゃいけないと思って、それで…」
 上手く言えないまま、私たちは理科室へ入ります。扉が閉まる寸前にちらっと見えた彼女は、呆然としたまま1人立ちつくしていました。
 ごめんね詩織ちゃん。後でもう一回ちゃんと謝ろう…。


「メグ…そうよね。なにもかも変わっていっちゃうんだよね。何もかも…」
「ニヤリ」
「! あ、あなたは…!」


 その後数日、彼女と話すきっかけがつかめないまま、私はぼんやりと過ごしていました。本当にこれで良かったのかな…。
「下僕2号、聞いてるの!?」
「あ、は、はいっ!」
 怒った紐緒さんは怖いです。私が悪いんですけど…
「ということでついに敵からの挑戦状よ。期日は今日。なかなかせっかちね」
「え!?あ、あの、コア…リヤニ人さんからですか?」
「当然ね、他に誰がいるのよ」
 紐緒さんが手に持つ挑戦状には、見たことのない言葉が書かれていました。あっさり解読しちゃうなんて、さすが紐緒さんですね…。
「…もしかして俺たちも行くんでしょうか」
「別に嫌ならいいわ。嫌ならね、ふふ…」
「行きたいです!超行きたい!」
「それじゃ出発よ。全員、しっかり覚悟を決める事ね」
 全員といっても2人しかいないんですけど、言われたとおり覚悟を決めました。一体これからどうなるのかな…


「ここが決闘の地ね」
「はぁ」
 学校から少し離れた空き地で、私たちはコアラさんが出てくるのを待ちます。白衣の紐緒さんの肩にはいろいろな武器が装着されていて、まるでサイボーグのようでした。
「ニヤリ」
「出たぁっ!」
 コアラさんに会うのは初めての主人さんが、思わず声を上げます。あ、やっぱり2本足で立ってますね…
「あなたたちは手出し無用よ。この私が一気にカタを付けるわ」
「俺たちなんのために来たんだろう…」
「あの、でも、やっぱりけんかは良くないですし…」
 しかし一対一の決闘を始めようとする紐緒さんをよそに、コアラさんはニヤリと笑うとさっと右手を挙げました。その合図に土管の陰から出てきたのは…
「詩織っ!?」
「み、見晴ちゃんまで!」
 固い決意を秘めたような詩織ちゃんと、青い顔をした見晴ちゃんとが、コアラさんと並んで私たちと対峙しました。
「詩織ちゃん、見晴ちゃん、どうして…」
「メグ、今助け出してあげるからね」
「あ、あはは…。藤崎さん、私これから塾が…」
「あなたもメグの友達でしょう!?親友のために戦うのが真の友情というものでしょう!」
「うわぁん平凡な女の子として平凡に生きていたかったーーっ!」
 自らの不幸を嘆く見晴ちゃん。あの…、くじけないでね。
 黙って状況を観察していた紐緒さんでしたが、フンと鼻を鳴らすと詩織ちゃんに視線を向けました。
「偉そうなことを言っていたわりに侵略者と手を組むとは、墜ちたものね藤崎詩織」
「そ、そうよ詩織ちゃん。私…」
「だまされちゃダメよ、メグ!」
 そういうと詩織ちゃんは、キッと紐緒さんをにらみつけます。
「このコアラさんがリヤニ人だなんて真っ赤な嘘。本当は正義の使者プレイプ星人で、紐緒さんから地球を守るためこの星へやってきたのよ!」
「そ、そうだったの!?」
「ニヤリ」
「頭痛い…」
 見晴ちゃん、風邪?
「くだらないわ、あなたにそいつの言葉がわかるわけないでしょう」
「ニヤ」
「残念ね、館林さんが通訳してくれたのよ」
「してないっ!何もしてないよっ!」
 見晴ちゃんはぶんぶんと頭を振りました。こういう場合どっちを信じたらいいんでしょう…
「そう、しょせんあなたはリヤニ人だったというわけね」
「違うのーーっ!」
「これ以上話してもらちがあかないわ。館林さん、正義のために変身よ!」
「いやーーーーっ!」

『ト○イダグオン!』

 コアラさんが微笑む中、2人はブレスレットをかざすと変な呪文を唱えました。とたんにどこからかプロテクターが現れて、2人の体に装着されていきます。
「ファイヤー詩織!」
「シ、シャドー見晴…」
 詩織ちゃんは真っ赤なボディに白い羽根のついた不死鳥のようなプロテクターを、見晴ちゃんは紫のカラーに大きな手裏剣のついた忍者のようなプロテクターをつけていました。か、かっこいい…
「ちいっ、話しても無駄なようね!2人とも、戦闘服に着替えなさい!」
「ええっ!?」
 せ、戦闘服ってあれでしょうか…。
「わ、私主人さんの前で全身タイツなんて嫌です…」
「お、俺だって女の子の前で全身タイツなんて嫌ですよ!」
「何を言ってるの?戦闘員といえば黒の全身タイツと相場が決まっているでしょう!」
「ショルダーバーム!」
 いきなり詩織ちゃんの肩から光弾が発射され、主人さんを襲いました。見晴ちゃんが呆然と立ちつくす中、すでに戦いは始まってしまったのです。
「バカなことはやめるんだ詩織!」
「そ、そうよ!やめて詩織ちゃん!」
「…そう…2人とも私より紐緒さんの方がいいんだ…」
「相変わらずやきもち焼きだよなぁ…」
「うるさいわねっ!」
 詩織ちゃんは次々と攻撃を繰り出してきます。私たち絶体絶命です!
「ファイヤーバードアタック!」
 詩織ちゃんは火の鳥に変形すると、まっすぐ主人さんの方へと突っ込みました。
「いやぁっ!」
「こんなの嫌だぁっ!」
 と、主人さんをかばうように紐緒さんが立ちふさがりました。猛然と向かってくる火の鳥に眉毛一つ動かさず、そのまま手元のスイッチを入れます。
「マグネティックシールド作動!」
 ガチン、と音がして詩織ちゃんの攻撃ははねかえされました。肩で息をしている主人さんが、紐緒さんに感謝の視線を向けます。
「ひ、紐緒さん…」
「二度目はないわよ」
 冷然と言い放つと、紐緒さんはブラスターを構えました。どうやら1人で戦う気みたいです。
「くっ、さすがに手強いわね。館林さん!必殺オーバーヘッド手裏剣よ!」
「知らないよぉっ!」
「あなたそれでも正義の勇者なの!?」
「藤崎さん目が怖い…」
 なにげない見晴ちゃんの一言でしたが、私は思わずはっとしました。確かに、いつもの詩織ちゃんじゃありません。
 後ろではコアラさんがニヤリと笑っています。まさか…!?
「紐緒ブラスター!」
「ショルダーバーム!」
 戦いが繰り広げられる中、私はそっと抜け出すとコアラさんの後ろに回り込みました。私って存在感ないから誰も気がつきません。(くすん)
「ニヤリ…」
 コアラさんは笑いながら戦いを見ています。たたくのは可哀想ですよね。そうだ、耳引っ張ってみようかな。
 …えいっ!
「ニヤッ!?」
 いきなり耳を引っ張られるとは思わなかったらしく、コアラさんは文字通り飛び上がりました。あの…、ごめんなさい。
「え!?」
「美樹原さん!?」
「メグ…?」
 私の意外な行動に、みんな一斉に驚いたようです。特に詩織ちゃんの様子がなんだか変です。
「あれ…あれ?やだっ、なによこの格好!」
「藤崎さん…」
 詩織ちゃんは自分のプロテクターを見て思わず叫びました。あ、見晴ちゃんの顔にタテ線が…。
「なるほど、そういうことだったのね」
「え?え?」
 状況のつかめない詩織ちゃんに、紐緒さんと主人さんはコアラさんを見据えます。
「詩織はあのコアラの奴に操られていたんだ!」
「そ、そんなっ」
「ニヤ…」
 後ずさりするコアラさんでしたが…不意に私をにらみつけると、鋭い爪のついた
拳を振り上げました!
「きゃぁっ!」
「メグ!」
「めぐっ!」
「美樹原さん!」
 ズガン!
 動けない私の寸前で、コアラさんの手が停止していました。その足もとの地面には穴が開き、白い煙が立ち上っています。
「あなたの相手はこの私よ…」
 ブラスターを構えたまま、紐緒さんは静かに言いました。コアラさんは軽く舌打ちすると、くるりと背を向けて逃げ出します。
「逃がさないわ!追うわよ、下僕!」
「は、はいっ!」
 紐緒さんと主人さんは矢のように駆け出しました。紐緒さんは前を向いたまま、主人さんは大丈夫というふうに微笑んで、私の前を通り過ぎていきました。
 プロテクターを脱いだ詩織ちゃんと見晴ちゃんが、心配そうに私のところへ歩い
てきます。
「メグ、ごめんね…」
「ううん、仕方ないよ。操られてたんだもん」
「私の心の弱さが、コアラにつけ込まれちゃったんだ…」
「あのコアラさんに、あんな力があったなんてね…」
「(…これって夢だよ。なにも聞かなかったことにしようよ見晴…)」
 顔にタテ線の入ったままの見晴ちゃんに、詩織ちゃんが頭を下げます。
「館林さんもごめんなさい。私のせいで…」
「え、い、いいよそんなっ」
「見晴ちゃん…せっかく見つかった仲間があんなコアラさんだったけど、元気出してね」
「違うってのに!」
 遠くでなにかが炸裂する音が聞こえました。まだ戦いは続いているんです。
「私…行かなくちゃ!」
「メグ…」
「ええっ!?もう関わるのよそうよっ!」
 見晴ちゃんの言葉に、私は微笑んで首を振ります。
「私、紐紐団の戦闘員だから…だから、逃げたくないの」
「メグ、強くなったね…」
「(めぐだけはまともだと信じてたのに…)」
 私は2人に無言で別れを告げると、音のする方へ駆け出しました。紐緒さん、主人さん、今行きます…!

 …と意気込んだのはいいんですけど、私が着いたときにはもう戦いは終わってました。紐緒さんとコアラさんが向かい合って肩で息をし、主人さんは灰になって地面に横たわっています。
「今日も…引き分けね」
「ニヤリ」
 お互いに微笑むと、紐緒さんはずいっと私に顔を近づけました。
「ひーきわけ!」
「あ、あの、そうですね、引き分けです…」
 気がつくとコアラさんはどこかへ消えていました。私はあわてて主人さんの所へ駆け寄ります。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「くっ、やはりニヤリ砲は強力だった…」
 そ、そんな技があったんですかあのコアラさん…。
「それにしても下僕2号、意外な働きだったわね」
「そ、そうですか?」
「そうだよ!まさか美樹原さんが詩織の洗脳を解くなんてなぁ」
 なんだか照れくさくて私はえへへ、と笑いました。そんな私を紐緒さんはしばらく見つめていましたが…不意に横を向いて口を開きました。
「そうね、もうあなたに教えることは何もないわ。明日からは来なくていいわよ」
「え…ええっ!?」
 ど、どうしてですか?私やっと、少しだけ自信がもてるようになったのに。
 このままずっと、紐緒さんと主人さんと一緒にいたいのに…。
 何か言いたいのに言葉にならない私の肩を、主人さんがポンとたたいてくれました。
「美樹原さんは優しすぎるよ。戦闘員には向かない」
「そ、そんな…」
「今日だってコアラを傷つけようとは思わなかったろ?そんな君に世界征服の道は厳しすぎると思ったから、紐緒さんは…」
「な、何を勝手なことを言ってるのよ!足手まといになるから来るなと言ってるだけよ!」
 夕焼けのせいでしょうか、紐緒さんの顔が少し赤いようでした。
「紐緒さん…」
「…これからは誇りを持って生きていきなさい。一時的とはいえこの天才の下僕をつとめたのだから」
 紐緒さんはそれだけ言うと、さっさと歩き出しました。そんな彼女の背中を優しく見つめる主人さんの目を見て…私はその想いに気づいてしまったのでした。
「あの…、そ、それじゃ私はこれで…」
「あ、うん」
 涙を見せたくなかったのでうつむいたまま、私は2人に別れを告げます。短い間だったけど、一緒に夢が見られて良かった…。
「あ、ありがとうございました…さよならっ!」
 それだけ言うと、私は2人と反対方向へ駆け出しました。途中で一瞬だけ振り返ると、真っ赤な夕日の射す中で、紐緒さんが軽く右手を上げていました。
 さよなら、紐緒さん。さよなら、主人さん…


 戻ってきた私を、詩織ちゃんと見晴ちゃんは広場で待っていてくれました。
「メグ…どうしたの?」
「な、泣いてたの?」
 やっぱり目が赤いの気づかれちゃったみたいで、2人は心配そうに声をかけてくれます。私は精一杯の笑顔を作ると、つとめて明るく答えました。
「私、失恋しちゃった」
「メグ…」
「そ、そうなんだ…」
「でも…これでいいの」
 もう一度今来た方向へ目をやります。きっとあの2人は、明日も戦い続けるのでしょう。
「私…今日のことは絶対忘れない…」
「うん、いつかきっと笑って話せる日が来るよ…」
「(わたしはさっさと忘れたい…)」
「私、ここで祈ってます…紐緒さんと主人さんが世界征服をなしとげることを…」
「メグ、優しいね…」
「(祈るなぁ!)」

 きっとその日まで、私はいつだって紐紐団の戦闘員です。
 心の中でそうつぶやくと、私は涙をそっと風に乗せるのでした。



<END>



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