それは入学したばかりのある日のことでした。

 わたしがちょっと探検のつもりで学校の中をうろうろしていると、ふと満開の桜の下にひとり立ってる男の子を見つけたの。その人は桜に囲まれながらどこか遠くを見つめていて、なんだかすごく透明な感じがして、その時はそのまま通り過ぎちゃったんだけど、なんだかいつまでも頭から離れないの。
 それからずっと、彼のことが気になってる。クラスは別になっちゃったけど、休み時間になると彼の姿を探してる。
 好き………かも。





見晴SS: 一目ぼれを信じますか?





「おっはよー!」
 教室に入って元気よく挨拶すると、こちらをじっと見たあやめはくるりとわたしに背中を向けた。
「あーっ、何よ何よその態度は!」
「あんたみたいなキテレツな髪の女なんて知らないわよ」
「ううん、このコアラの髪型で彼に覚えてもらうの。名付けて!『個性的な髪型で印象づけちゃうぞ大作戦』!」
「‥‥‥‥‥‥」
 そりゃわたしだってこんな回りくどいことしたくはないけど…。
 でもほら、たとえば外国の人に話しかける時ってすごく勇気いるよね?そんな感じかな。今はまだちょっとっていうか、なにかきっかけさえあればっていうか。
「そーいうのが一番イライラするっ!」
「だってだってだってー!」
 できないもんは仕方ないじゃない!まるっきり一方的に一目ぼれしただけだし、向こうはこっちのこと知りもしないんだし。
「だからまずきっかけから作ろうと思うの。名付けて!『ラブコメの王道廊下で衝突大作戦』!!」
「いっぺん病院行ってこい!!」
 その日からわたしの恋のバトルは始まったのでした。


 …恋のバトル現在停滞中。
「こうなったら謎の留守電で印象づけるのよ!名付けて」
「名付けんでいいっ!!」
 彼はわりと一人でいることが多くて、かえって声かけづらかったりする。いや、大勢の中にいたらいたでやっぱり声かけづらいんだろうけど。
 で、わりといつも無表情で本読んでたりする。ちょっと最初のイメージと違うかな…。
 でもやっぱり彼を見てると幸せで、授業中も彼のこと考えてるし、ノートに彼の顔落描きしたりしてるし、えへへ、館林見晴は恋する乙女。
 で、まあ停滞したら停滞したなりに楽しかったりしたんだけど。
「あいつ、文化祭の実行委員会に入ったぞ」
「ええっ!?」
 早乙女くんの情報に思わず頬を押さえるわたし。そうよ、委員会って手もあるよね。これはきっと神様のくれたチャンス…
 名付けて!『一緒に頑張るうちに2人の仲は急接近、そのまま一気にラブラブハッピーエンド大作戦』!!
「ありがとう早乙女くん!見晴、文実に入ります!」
「おおぅ。俺も影ながら応援するぜ」
「でも彼にはわたしのこと教えないでね」
「あーそれは全然大丈夫。あいつそういうの興味なさそうだから」
 …興味ないかぁ。今までの作戦も無駄だったかなぁ。ちょっとショック。
 ううん、でもこれから、これからよ。見晴ファーイト!

「それじゃ次はこの係だけど…」
「‥‥‥‥」
「あ!わたし、わたしもやりますっ!」
 彼が無言で手を上げたのを見て、あわててわたしも名乗りを上げる。
「俺一人で大丈夫だけど」
「やるったらやります!絶対っ!!」
 強引に彼と2人っきりの係になってらっきらっきらっきー。さっそく係の打ち合わせ。頑張れ、見晴!
「ああああのっ、よよよろろろよろしく」
「よろしく。ところで仕事の割り振りだけど」
 …そっけなく事務的に話を始める彼。なんかない?「君、この前ぶつかった子だよね」とか何かさぁ…
「あ、あのっ…。この前はぶつかっちゃって…その、ごめんね…」
「別に」
「で、でもっ」
「何だ?別にわざとぶつかったわけじゃないだろう」
「ち、ちち違うよっ!」
「ならいい」
 …わたしの方、あんまり見てくれない…。
 こんな人だった?


 それから数日。ぜんっぜん違ってた。予想と。
「ならやめれば」
「そんなあっさり言わないでよぉ…」
 でもホントにくじけそうになってる。すごくそっけないんだもん。あやめみたい。
「どーいう意味よっ!」
「ひだだだだ。口ひっぱんないでぇ〜〜」
 アタックも全部空回り。それでも好きなんだからと頑張ってはいるんだけど…。
 計画はスケジュール通りに行かないのが世の常で、本番が近づくにつれて仕事も忙しくなってくる。それでもみんなはそれなりに楽しくやってるんだけど、わたしたちのとこだけひたすら黙々と作業続けたまま。
「あのぅ…。なにかお話ししない?」
「別に話すことは無い」
 そりゃないでしょ…。
「そのぅ…」
「何だ?」
「ええと…」
 何か、何か話さなきゃ。好きな人なんだもの。好きなんだから…。
「あ、あのねっ…。一目ぼれって、信じるかな!?」
 うわずった声でそんなこと言っちゃった。言った瞬間に後悔した。なんとなくどう答えられるかわかってたから。
「全然」
 わたしの中でかしゃん、て音立ててなにかが壊れる。
「一目ぼれということは、見ただけで好きになったということだ。つまりは人間を外見で判断してるということだ。実に馬鹿にした話だ。相手のことほとんど知らないくせに、なんで好きとか嫌いとか言えるんだ?それとも単に外見が好きだってことか。だったら相手は人間じゃなくても人形で十分だ。だいたい」
 ガターン!
「いい加減にしなさいよこのタコ野郎!!」
「あやめっ!?」
 どっから入ってきたのかあやめがいきなり彼の胸ぐらをつかんで持ち上げていた。あやめって背高いからはっきり言って怖い。
「ち、ちょっと落ち着いて…」
「放しなさいよ!いっぺんひっぱたいてやらないと気が済まないわよ!!」
「ひっぱたかれるようなことをした覚えはないぞ」
「ならぶん殴ってやるわよ!!」
「やめてっ!やめて…」
 必死になってあやめの腕に抱きついて、部屋の外へと引っぱり出す。他の委員の人たちがあぜんとしてる中、彼だけはYシャツを直すと何事もなかったように仕事を続けていた。
「あんな奴のどこがいいのよ!!」
 廊下であやめに怒鳴られる。どこなんだろう…。
「…どこか」
「なんじゃそりゃぁぁぁぁ!!」
 絶叫するあやめにわたしはうなだれたまま。なんかもう頭の中がぐちゃぐちゃで、泣きたくなるのを必死でこらえてた。こんなはずじゃなかったのに。
 わたしの一目ぼれはあてにならないのかなぁ……


 その夜もずっと考えてた。
「あーあ」
 ぱふん、とベッドに顔を埋める。
 そうよね、よく考えたら性格悪いとしか思えないよね。そうよ、縁がなかったとあきらめて別の恋を探すのよ!
「…でも……でも……」
 ……ああっ未練がましい自分が嫌い。

 外見だけ……ってことはないと思う。雰囲気とか、直感とか。
 でも直感がいつも当たるならテストは毎回100点だよね。わたしの勝手な思いこみだったのかもしれない。恋に恋してただけで、彼のこと好きだったわけじゃないのかもしれない。もう一目ぼれに自信がない。
 …考えても仕方ないや…。もう寝よ。しくしく…


 そして文化祭当日。
「こちらのチェックは完了。そっちは?」
「あ、ごめん。今やってるとこ」
「遅い」
「‥‥‥‥‥」
 自分で希望してたくせに、今は彼と一緒に仕事するのがものすごく苦痛だったりする。遠くから見てるだけの方が幸せだったんじゃぁ?とか、自分でもお馬鹿さんと思うんだけど、ついつい頭をよぎってしまう。
「…もうちょっと思いやりのある人だと思ってたんだけどな」
「自分の幻想を相手に押しつけるな。たわけ」
「‥‥‥‥(この野郎…)」
 可愛さあまって憎さ100倍ってヤツかも…。ええーそうよ!どうせわたしがみんな悪いのよ!なによなによお星様のバカーーーっ!
 …はぁ。
「体育館の方で人手が足りないそうだ。行くぞ」
「はぁ〜〜〜い…」
 気の抜けた風船みたいによろよろと、わたしは彼の後をついていった。

 その後も劇的な事件があったわけでもなく、ごくスムーズに文化祭は終わってしまった。わたしって何しに実行委員会に入ったんだろ…。
「お疲れさまー」
「お疲れさまでしたぁ」
 委員の仕事も一段落して、それでも彼の姿を探してしまう。
 馬鹿みたいだと思いながら、見つからない彼を追って廊下に出る。そのへんを探してみたけど彼はいない。見つからない方がいいのかもしれない。
 でも最初の、あの時の気持ちが全部勘違いだったとも思わない。あの時の彼は好きだったの。
 それは彼の一部分でしかないのかもしれないけど……


「あ…」

 誰もいなくなった校内で、彼は一人で窓の外を見つめてた。

 わたしは何だか近寄りにくくて、少しの間見てるだけだったけど、勇気を出して話しかけた。
「な、何してるの?」
「っ…と、君か」
 いきなり声かけられて驚いたみたい。彼のびっくりした顔、初めて見た。
「別に」
「ぼーっとしてただけ?」
「いや…今日の反省とか」
「ふーん…」
 そういえば一番真面目に仕事してたんだよね。
 もしかしたら彼の目にはわたしが不真面目に映ってて、それで怒ってたのかもしれない。
「‥‥‥‥‥」
 でも色々考えてみても、結局はただの想像だし。
 彼の顔のぞき込んでみても、ぷいと視線そらされちゃうのが悲しい。
「わたしのこと、嫌い?」
 でもこのままじゃ仕方ないから、思い切って聞いてみる。
 彼はきょとんとしたような顔でわたしを見ると、やっぱり視線をそらしてそっけなく言った。
「別に嫌いじゃない。どうでもいいだろう」
「よくない!」
 なんでこんなこと言えるんだろう。わたしの態度見てたら、すぐ気づくはずなのに。
「だってわたし、あなたのこと好きだもん!」

 …やっぱりバカかも、わたし。

「なっ…何を言い出すんだいきなり!」
 そのくせ彼は真っ赤になってそんなことを言うので、わたしは本気で頭に来た。
「いきなりってことないでしょ!わたし、いつもあなたのこと見てたよ。あなただって知ってたでしょ!」
「知らない!」
 怒ったように一人で歩き出す。あわててわたしも後を追う。
「ねぇ…」
「正気じゃない!何で俺なんだ?他に男なんていくらでもいるだろう!自慢じゃないが俺は性格が悪いと思うし、君に好かれるようなことをした覚えもない。何でそんなことが言えるのかさっぱりわからない!」
「別にいいじゃない!蓼食う虫も好きずきだもん!」
「俺は蓼か!」
「そうよっ!」
 わからない?わからないけど、でも。
 好きなものは好き。理屈じゃないよ。
「俺のこと何も知らないくせに」
「少しは知ってるもん」
「少しだろ!」
「そんなこと言ってたら恋なんてできないでしょ!」
 何でも始まらなきゃ始まらない。わたしの最初は一目ぼれだった。
 それでいいと思う。それで……

 委員会の部屋に戻ると、もうみんな帰った後だった。
「ちょっとあなたたち、2人でどこ行ってたのよ!」
「も、申し訳ない」
「ごめんなさ〜い…」
「もう…ほら、鍵閉めるから外に出て」
「はぁーい」
 2人で並んで外に出ると、夜空いっぱいに星が輝いてて、一瞬だけど彼はまた遠くを見てて、わたしはそれを見つめてた。
「…駅まで送る」
「え、い、いいよそんな」
「そういうわけにもいかないだろう」
 …夜道を並んで歩きながら、なんだか今日はわたしの心も軽くて。
 何も話せなかったけど、それで十分幸せだった。
「それじゃ俺はここで」
「う、うん。どうもありがとう」
「その…今日はお疲れさま」
「う、うんっ!あなたも!」
 照れたように言って逃げるように駆け去る彼を、わたしは手を振ってずっと見送っていた。好きだから幸せなのか、幸せだから好きなのか、どっちだかわからないけど…。
 どっちでもいい、よね?


「でねでね、彼って普段はそっけないけど、よくよく話したらいい人で、想像とは違ったけど真面目で自分のやることには真剣で、でも実は照れ屋さんだったりするの!」
「あそ…」
 一目ぼれは外れたのかもしれないけど、おかげで彼と知り合えたんだし。
 結果オーライってことで、いいよね。えへへ。
「あんな唐変木のどこがいいんだか…」
「誰が唐変木だ」
「あっ!」
 振り返ると彼が憮然として立ってた。今はそれがなんだかおかしくって。
「この前借りたCDを返す…。どうもありがとう」
「え、べ、別にまだいいのに。あ、そ、それより今度の日曜空いてる?」
「別に用事はないが」
「それじゃ中央公園に行こうっ!」
「…まあ、他に用事はないし」
 あやめが呆れたような顔をして、わたしはくすくす笑い出す。彼は納得いかない顔をして、そのまますたすたと出ていった。
 どうせ神様じゃないんだし、外れを怖がってたら何もできないから。
 恋のラブラブ大作戦、なんとか今は前進中……かな?




<END>






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