「一人じゃない」





「それじゃ美紗緒ちゃん、またね」
「う、うん。今日はありがとう」
 今日は美紗緒の誕生日。琴恵ママは仕事から抜け出せず留守だったが、それでも砂沙美や銀次にほのか、クラスメートに先生たちもお祝いに来てくれた。いつもは静かな天野家で楽しいパーティがとり行われる。美紗緒は泣きたいくらい嬉しくて、だから代わりに思いっきり笑った。
 でも楽しい時間ほど早く過ぎるもので、エイミーの一言が誕生会の終わりを告げる。
「そろそろ帰らないと校則違反よぉー」
 砂沙美たちは口をとがらせて不平を言うが、確かに時計は6時を回っていて、みんな渋々と帰り支度を始めるのを美紗緒は黙って見つめていた。
「あ、あのさ美紗緒」
「え、なぁに?るー君」
 パーティの間中もじもじしていた留魅耶が最後のチャンスとばかり話しかける。
「えぇとさ、その、もしよかったら今度の日曜…」
「あのぅ〜、ケーキが少し余ってますけどぉ、もらってっちゃってもいいですかぁ〜〜?」
「まぁ、どうぞどうぞ。嬉しいわぁ〜」
「はっはっはっ、良かったねほっきゅん!」
「ええ、銀ちゃん☆」
「…やっぱりなんでもない」
 最後のチャンスも露と消え、やはり美星に無理矢理連れてこられていた清音は他人事ながら深〜く同情するのだった。


 パタン、と最後のドアが閉まり、広い家に静寂が訪れる。

(美紗緒ちゃん一人で平気? 砂沙美泊まってこうか)
(ううん、大丈夫。みんなにいっぱい元気もらったから…)

 そう言って砂沙美を帰した自分。大丈夫だと思いたい。
 一人一人から手渡されたプレゼントをもう一度開く。砂沙美からもらった人参のぬいぐるみを抱きしめた。嬉しい…。でもお祭りが楽しければ楽しいほど、それが終わった後は静かなものだ。
 怖いのは一人じゃなくて、昔の自分に戻ること。大丈夫だと思いたい、思いたいけど…。
『あっら〜ん?随分とアンニュ〜イな表情だわねぇ』
「え!?」
 突然頭に響く聞き慣れた声。周りを見回しても誰もいない。自分の中から聞こえてくる。
「ミサ、ミサなの?」
『イエ〜スオフコース!せっかく気持ちよ〜くスリーピングしてたのに、ユーがまたつまらないことシンキングしてるもんだから目が覚めちゃったわよ。ふわ〜ぁ』
「ご、ごめんなさい…」
 魔法少女ピクシーミサ。もう一人の自分。目には見えないけど、呆れたようにこちらを見てるのがイメージとして判る。
「あ…。えへ、謝ったらダメ…だよね」
『そ〜ゆ〜コト。少なくともワタシだったら悪い子ちゃんなことしたってネバー謝らないだわよ』
「それも問題だと思うけど…」
 自分の中の悪い心が具現化したのがミサ、そう教えられた。確かにそうかもしれないけど、でも時折美紗緒はミサの明るさがうらやましいとも思うのだ。今ももしかして心配して出てきてくれたのだろうか?
「ね…もし暇だったら、わたしとお話ししない?」
 あくびの途中のミサが思わずきょとんとする。少しの間沈黙が流れるが、ダメかな?、というような美紗緒の視線に、ぷっとミサは吹き出した。
『オールライト、オッケーよん。それじゃるー君のことでも聞かせてもらっちゃおうかしらぁ?』
「え、そ、そういう話題はちょっと…」
『あ〜らベリーシャイな美紗緒ちゅわん。イッツトマトライクな真っ赤なお顔ねぇ』
「ミ、ミサっ」
『きゃはははははははは』
 パーティの時とは別の、不思議な暖かさが広がってくる。だって美紗緒はミサだしミサは美紗緒。美紗緒が砂沙美を大好きなら、ミサも本当はサミーが好きだし、美紗緒が寂しがり屋なら、…ミサも本当は、寂しがりなのかもしれない。


 娘の誕生日だというのに会議が長引いてしまった琴恵は、早足で家に戻ってきた。友達が来てくれると言っていたがもうとっくに帰っているだろう。
「ただいま、美紗緒」
「あ、お帰りなさいママ」
 しかし出迎えた美紗緒の顔は思いの外に明るくて、琴恵は安堵すると同時に少し驚きもした。
「遅くなってごめんなさいね。お腹は減ってない?」
「う、うん。パーティだったから…」
「そう、でもクッキーの1枚くらいは入るわよね。紅茶を淹れるから座って待ってなさいな」
 バッグから出てきたのは駅前のお菓子屋の包み。美紗緒はにっこり微笑んで、ちょこんとソファーに腰かける。
 そしてお湯を沸かす母の姿を見ながら、声には出さずに語りかけた。
「ねぇ、ミサ」
『ホワット?』
「あのね…。お誕生日、おめでとう」
『…You,too!』
 照れたような声を残して、ミサの姿は脳裏から消える。でもどこか、心の中のどこかに、金の髪の魔法少女を感じる。誰よりも知ってる、もう一人の自分。
「あのねママ、今日、みんながお祝いしてくれたの」
「そう…、良かったわね」
「うん。…みんなが、お祝いしてくれたの」

 だからもう大丈夫。一人でも、一人じゃないから。




<END>




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