HolyPlace






 年の瀬も差し迫ってくる12月25日。エンフィールド含めこの地方一帯に「クリスマス」と呼ばれる行事がある。もともとは大昔の大聖人の誕生日にちなんで教会が祈りを広めるためのものだったらしいが、これを過ぎると年越しの準備で本気で忙殺されることもあり、この日だけはのんびり過ごして力を蓄え、かつ一年を振り返りつつ無事に過ごせたことを神に感謝するのが習わしであった。
 そんなわけで今日はたいていの人は仕事を休み、商店も店を閉じ、エンフィールドの街全体に穏やかなお祭り気分が漂っている。この街に滅多に雪は降らないが、今日だけは夕方から魔術師ギルドが雪を呼んでくれる。陽の当たる丘公園の大樹は飾り付けられ、道行く人たちはメリークリスマスの挨拶を交わしていた。
 …ただし例外はどこにでもいるもの。一部の人は「クリスマスの準備でいつもより忙しい」という矛盾極まりない事態に直面している。
「ケーキ完成したっス!早く包んで届けるっス!」
「まあテディそんなに急がなくても…」
「急がないと間に合いませんよアリサさん!」
「そうっス!」
 傾きかけた何でも屋ジョートショップ。傾きかけるだけで一向に潰れることのないのは女主人アリサ・アスティアの人望のなせる業で、今日も近所の人を始めエンフィールド中から「クリスマスのごちそう」の注文が殺到していた。アリサの料理の腕はこの街でも5本の指に入るといわれる。それでまたお人好しの彼女が「お代は材料費と気持ちだけで」な料金設定をするものだから注文の割に儲けは少なく、それがこの店が潰れはしないが繁盛もしない理由でもあった。
「ひーっ間に合わねーーっ!」
「でもねえ紫円くん、今日のこのクリスマスに皆さんの幸せのお手伝いができるなんてとっても素敵なことよ」
「はいはい、分かってますっ」
 実際目の前の料理は見るだけでもひとつひとつ心の込められたものであることが伝わってくる。鼻歌など歌いながら幸せそうに料理をする彼女を見ていると何も言えないのだ。
 彼の名は項紫円(カオ ツーイン)。東方の出身だがふらふらと流れて行き倒れていたのをアリサに拾われ、現在魔法生物のテディとともにこの店を手伝っている。彼自身のクリスマスはなさそうだが、風来坊やってるよりよほど有意義か。
「それじゃ行ってくる。由羅の家だったな!」
「よろしく頼むっスよ!」
「由羅さんとメロディちゃんによろしくね。それから道が滑りやすいから気をつけてね。せっかくのクリスマスなんですもの、怪我なんてしたら大変だわ。そうそう、後でクラウド先生にも」
「はいっ!分かりましたからっ!」
 ケーキ箱片手にドアを開けようとした途端手を触れる前に扉が開く。
「めっりー!クリスマーース!」
「おわっ白ドワーフ!?」
 普段は雲の中に住んでいるが、クリスマスの日に雪ウサギと一緒に降りてきて良い子に宝物をくれる白ドワーフ──が目の前に立っていた。赤い帽子に赤い服、腰まで届く白いひげ。ただ本の中の彼よりは少しばかり小柄なような。
「…なんだトリーシャか」
「なんだはないでしょ。あ、テディ君とアリサおばさんもメリークリスマス!」
「まあまあ、メリークリスマス」
「メリークリスマスっス。学芸会か何かっスか?」
「そう!学校で劇やったんだけどせっかくだからそのまま来ちゃった。ほらほら雪ウサギ」
「ち、ちょっとトリーシャちゃん!」
 扉の影から引きずり出されたのは雪ウサギ…の恰好をさせられたシェリル。白いゆったりした服はともかく、頭の上のうさぎ耳を見て紫円とテディが同時に吹き出した。
「に、似合ってるぜシェリル!くくくく…」
「笑っちゃ悪いっス紫円さん!ぷぷぷ」
「だからイヤだって言ったのに…」
「とても可愛らしいわよ、シェリルちゃん」
「…ありがとうございます」
 あんまり嬉しくなさそうだ。無理矢理着せた張本人ことトリーシャは気にもしないで笑ってる。
「可愛いんだから細かいコトは気にしちゃダメだよ、ねえ?」
「そ、そんなことより…。もしかしてお忙しかったんじゃないですか?」
「はっそうだっ!お忙しかったんだよ実は!」
「そうみたいだね。ボクたち手伝おうか?」
「それは助かるっス!」
 渡りに船とばかりケーキ箱を押し付ける紫円とテディ。なにしろ猫の手も借りたいくらいだ。
「まぁそんな、ごめんなさいね」
「い、いえ。おばさんにはいつもお世話になってますから」
「そうそう!良い子には贈り物をするのが白ドワーフじゃからのう、ふぉっふぉっ」
「ノってるなぁトリーシャ」
「それじゃ行ってきまーす!」
 ケーキを抱えて勢いよくドアを開け出て行くトリーシャを見送って…シェリルは困ったようにゆっくりとアリサへ振り向いた。
「ええと、どちらへお届けすればよろしいんでしょうか?」


 普段暖かいこの街もさすがにこの時期は寒い。今朝は特に冷え込んだらしく道のあちこちで水溜まりが凍っている。白ドワーフと雪ウサギの組み合わせはとことこと由羅の家へと向かっていた。
 パリン、トリーシャの足元で氷が割れる。赤い長靴の下で氷の上に水がにじみ、トリーシャはにんまり笑うとあたりの水溜まりを片端から踏み始めた。パリン、パリン、パリン。シェリルはあきれ顔だ。
「トリーシャちゃん子供じゃないんだから…」
「だって面白いよぉ。ほら、あの子だって」
 トリーシャの指差した先でも女の子が一心不乱に氷を割っていた。
「うにゃ」
 パリン
「うにゃっ」
 パリン
「メロディ、家に入るときはよく足洗ってね〜」
「うにぃ。あしがつめたいけどやめられないですぅ」
「あれ、よく見たら」
 駆け寄る2人に向こうも気づく。相変わらず薄着の由羅とメロディに見てるこっちが寒くなりそうだ。
「あらぁ〜、ウサギちゃん可愛いわねぇ〜」
「やめてください…」
「メロディ、よいこにしてましたぁ」
「えらいっ!ボクからのプレゼントだよ!」
 なんて言いながらケーキの箱を押し付けるトリーシャ。メロディはふんふんと匂いをかぐと飛び上がって喜んだ。
「わぁいケーキですぅ!」
「あら、今こっちから取りに行こうと思ってたのよ。入れ違いにならなくて良かったわぁ〜」
「そうだったんですか…。あの、由羅さんもケーキなんて食べるんですか?」
「そうよ、酒の肴よ〜」
「‥‥‥‥」
 この世の食べ物すべて酒の肴ではないのか、と思ったが口には出さなかった。ふと横を見るとメロディがしきりにトリーシャのつけひげを引っ張っている。
「うにゃぁ、メロディくものうえにいってみたいですぅ。つれてってください〜」
「そ、そんなこと言っても…わ、わしにはまだ仕事があるのじゃよー!」
「それじゃメロディおてつだいしますぅ。でしになるのですぅ」
「あのねメロディちゃん、その白ドワーフはトリ…」
「だめだ雪ウサギ!子供の夢を壊しちゃダメなんぢゃぁぁぁっ!」
 なりきってるトリーシャに途方に暮れるシェリル。由羅はと言えば無責任にけらけら笑っている。
「おねがいですぅ」
「だ、だからね…うわぁっ!」
「みぎゃっ!?」
 すってーん。白いひげが宙を舞い、勢いあまったメロディはひっくり返って背中を打つ。あわてて一同が駆け寄るとひげを片手に目を回していた。とりあえず夢だけは壊れなかったようだ。


「まったくこういう日となると必ず浮かれて怪我する馬鹿が出てくる…」
 ぶつくさ言いながらメロディに湿布をする天才医師氏。こんな日でもクラウド医院は開業中だ。
「ふにゃ、ごめんなさいです」
「相変わらず口が悪いわねぇ」
「事実を指摘したまでだ。クリス、絆創膏!」
「は、はいぃぃ」
「このくらいならお前が手当してもいいんだぞ」
 痛いところを突かれて柱の陰に飛びすさるのは見習いのクリス。
「そそそそんな女の子を診るなんて僕にはとてもっっ」
「クリスちゃんメロディのてあてはしてくれないですか?」
「いやそうじゃなくて…」
「あたしの手当てもお願いしたいわぁ〜〜ん。ク・リ・ス・くぅ〜〜〜ん!」
「ゆゆ由羅さんやめてください〜〜っっ!」
「人の医院で騒ぐな!」
 別にメロディは怪我というほどのことはなく、数分で治療は終わった。トーヤがカルテに書き込む間に今度は玄関が騒々しく鳴る。
「すみません遅くなりましたーっ!あ、由羅さんにメロディさんいらっしゃい」
「はぁ〜〜い」
「めりーくりすますですぅ」
「ようやく来たか。ご苦労クリス、今日はもう帰っていい」
「は、はいっ」
「ディアーナ、来て早々悪いが問診の準備だ」
「わかりましたっ!」
 弟子の交代の時間だったらしい。帰り支度をしていた由羅が形のいいあごに指を当てる。
「なぁに、まだ仕事するのぉ?クリスマスなのにマジメ〜〜」
「病人だってクリスマスくらい楽しみたいだろうからな」
「ふぅ〜〜ん…。あ、クリス君。ちょっと包丁貸してくれる?」
「ほ、包丁ですか?」
「何をする気だ…」
「何よその反応は…」
 なんのことはないケーキを切るだけの話だった。働き者の医療チームにささやかなおすそわけだ。
「俺は甘いものなど食わんぞ」
「クリスマスくらいいつもと違うもの食べなさいよ。それじゃまたねぇ〜〜ん」
「バイバイですぅ」
「ふん…」
 勝手なこと言って去っていく2人に渋い顔の医師。しかも振り返るとこれまた弟子2人がそそくさとお茶の用意をしていて、健康とは関係なく目まいが襲う。
「あ、クリス君。アリサさんのケーキにはセラン茶の方がいいですよ」
「そ、そうですか?でもジョートショップを手伝ってる僕に言わせてもらえば銀珈琲の方が」
「問診に行くぞ!」


 べちゃっ
 …という感じで何かが放り出されたのは、トーヤとディアーナが魔術師ギルドの側を通りがかった時。
「な、なによぉ!マリアだってそのくらいの魔法使えるんだから!」
「帰った帰った!」
「ばかー!どけちー!」
 ギルドの前で1人の女の子が喚いている。この街はこんな奴らばかりか。トーヤの頭痛は増す一方だ。
「何をしている」
「ふんだ関係ないでしょ!…げげっドクター!」
 声に振り向いたマリア・ショートの身が固まる。彼女とってこの街で一番苦手なのがこの医者だ。洒落も冗談も通じなければこれっぽっちも妥協がない。少なくともこのクリスマスの日にお会いしたい相手ではなかった。その彼がもう一度口を開く。
「何をしている」
「う…ディ、ディアーナ聞いてよ〜。マリアはね、マリアは雪を降らせるお手伝いをしたかっただけなんだよ。それを話も聞いてくれないなんてあんまりじゃないあんまりだよねあんまりだと思うでしょ!?」
「は、はぁ〜〜」
 詰め寄られてディアーナは苦笑するしかない。そういえばもう夕方で、天候に関係なく雪の降る時間だ。今は空も晴れているが、もうすぐ魔術師たちが雲を呼び寄せるだろう。そこにマリアが加わったら雪の代わりに槍が降ってきそうだ。もっともディアーナもやる事の成功失敗に関してはあまり偉そうなことは言えない。師であるトーヤが眼鏡を直す。
「そうだな、街の連中は今日の雪を楽しみにしているからな」
「でしょでしょ?」
「それをお前がぶち壊した場合みんなに対して責任を取れるのか」
「う…」
 これだからこの医者は苦手なのだ。冷や汗を浮かべて横を向く。
「マ、マリア失敗なんてしないもん」
「取れるのか」
「…あーもうわかったわよぉ!マリアが悪かったです!」
 トーヤは軽くうなずくとまた何事もなかったように歩き出した。マリアとすれ違いながら一言。
「別に何もするなとは言ってない。お前にできることがちゃんとあるはずだ。それから始めてみろ」
 そしてディアーナも。
「上達するまで頑張りましょうよ。みんなから喜ばれる方が気分いいですよ、ね」
 2人の姿は薄暗くなった街の中へと消えていく。いつの間にか灰色の雲が空を覆っている。マリアは呼べなかったけど。
「…ふんだ!」
 マリアは地面を蹴ると街の郊外へと走っていった。ふわり、ふわり。白いものが少しずつ舞い降りてきた。


 静かに雪は降り続ける。西門の門番も今日は休み。そのおかげで塀を乗り越える2名の人影も見つからずに済んだ。
「ピート探検隊、無事街に到着〜!」
「はいはい、ご苦労さん」
「おう!リサ隊員、見事な働きであったぞ」
「ありがとうございます、ピート隊長!」
 びしっ!、と同時に敬礼して、同時に吹き出す。せっかくの日ながら暇だったリサは、サーカスが休みでやっぱり暇だったピートと一緒に近くの森を探検してきたのだ。結果冬眠中のクマの寝床(らしきもの)を発見しただけだったが、こんなクリスマスも悪くない。
「さて…私はそろそろさくら亭に戻らなきゃならないけど、お前はどうするんだい?」
「うーん、アリサおばちゃんのとこにでも行ってみようかな?」
 と、2人の身が一瞬固まる。どこからか怪しげな音が聞こえてくる。
「え〜〜いっ!」ちゅど〜ん
 なんだこれ、と言う前にピートは駆け出し、リサも肩をすくめて後を追った。好奇心の塊のあの少年は見ていて飽きない。
 先にあったのは街外れの荒れ野原。
「なんだなんだ?地下から現れた謎の大怪獣かエンフィールドを狙う黒い影か!ってマリアか」
「なんなのよいきなり出てきて!マリアは忙しいんだから邪魔しないでよっ!」
「なに怒ってんだよ〜。なあなあ何してんの?面白いこと?オレもまぜて」
「あ〜〜っうっさい!」
 リサもゆっくりと歩いてくる。さすがというかなんというか、元から荒れ地だったのをさらに荒らすマリアの魔法は大したものだ。
「真面目に魔法の練習かい?珍しいね」
「どーせ珍しいわよっ!だってみんなしてマリアのことバカにするのよ。も〜悔しいったらくやしーー!」
「うんうん、その気持ちを大事にしなよ」
「でもさどうせやるなら楽しくやった方がいいと思うぜー!サーカスだって怒りながらじゃ上手くならねーもん」
「じ、じゃあピート手伝ってよ!寒いしつらいしホントはもうやめようかと思ってたんだ…」
「あははは、オレならマリアの魔法くらい全然平気だぞ!」
「なんか引っかかる言い方ー」
 そして練習を始める2人をリサは目を細めて眺めていた。自分にもこんな時期はあっただろうか。
「…それじゃ、私はもう行くよ」
「おう!時間あったらさくら亭にも行くからな!」
「ドクターに会ったら今に見てろって言っといてね!」
「トーヤ医師に?はいはい」
 そのまま道に戻り街の中心部へ歩いていく。自分のナイフがあんな風に鍛えられたなら、今とは少し違っていたろうか。


 大衆食堂兼宿屋、さくら亭。ここもまたクリスマスにいつもより忙しい場所である。夜からパーティの予約が入り、その準備にてんてこ舞いだ。
「あ、リサお帰り。ちょうど良かったよ、そろそろテーブルの準備しようかと思ってたとこさ」
「オッケー、分かったよ」
 さくら亭のおかみ――パティの母親――の指示でてきぱきとパーティ会場ができあがる。パティがお皿の山を運んできて、慣れた手つきで並べ始めた。
「クリスマスだってのに息つく暇もないわねー」
「ま、ね。忙しいと言えばジョートショップも今ごろ大変じゃないか?」
「紫円のヤツ要領悪いしね…。後で見に行ってみようかな」
 そんな話をしていた時に扉が鳴る。本日貸し切りです、と答えようとしてその見覚えある顔に気づいた。もっとも男女のカップルの見覚えがあるのは男の方だけだが。しかもパティは思わず眉をひそめる相手だが。男はそんなこと一向に気にせず、女の子をその場で待たせると軽い調子で近づいてくる。
「よっ、パティ。忙しいところ悪いね。俺の彼女が寒そうでさぁ何か暖かい飲み物くれない?」
「まーた違う女の子とデートしてる…」
「しッ!そういうことは小声で、な。だって今日はクリスマスだぜ?たまたま一緒に過ごす相手のいない寂しい女の子にさ、いい思い出のひとつもあげたいじゃない。分かる?」
「あーーはいはいはいはいはいはいミルクティーとコーヒーでいいわね」
「あ、俺のはブラーックね」
 ぶつくさ言いながら厨房へ引っ込むパティ。アレフは女の子のところへ戻るとあれやこれやと話し始める。リサの見る限り相手の子はおとなしい子のようだ。まあ、当人たちが楽しければそれでいいとは思う。
「はい、お待たせ」
「いよっさすが看板娘仕事が早いね。いくら?」
「いいわよ、お代は」
 鳩が豆鉄砲食らったようなアレフに、パティは困ったように説明する。
「だからー。今日誕生日でしょ?あんた」
 アレフの顔が疑問から歓喜へ急転直下した。
「いや嬉しいよパティ!いやーそうなんだよ俺のバースディ覚えててくれたんだなぁ。このコーヒーにこめられた君の愛確かに受け止めうげふッ」
「調子に乗るんじゃぁないっ!」
 正拳突きがみぞおちに決まった。ナンパ師は涙を浮かべながらも女の子に飲み物を勧め、あくまで笑顔を絶やさぬまま礼を言って出ていった。だからってパティが感心したりはしなかったが。
「ほんっと男なんていい加減なヤツばっか!」
「まあまあ、それでもあの女の子を幸せにしてるのはアレフなんだしさ」
「それがますます気にくわないわ…」
「怒らない怒らない」
 厨房から父親の呼び声が聞こえる。確かに怒ってる暇はないらしい。2人はそそくさと仕事に戻った。
 クリスマスはまだ始まったばかりだ。








<To be continued>







続きを読む
感想を書く
ガテラー図書館に戻る
シャドウランドに戻る
プラネット・ガテラーに戻る