HolyPlace (後)
「ありがとうアレフ。…とても楽しかった」
「そう言ってくれるのが一番嬉しいぜ。愛してるよ。それじゃ、おやすみ」
女の子を家まで送り届け、ふと空を仰げばすっかり暗い。道行く人もすでにまばらだ。
魔術師が呼んだ雪はあくまで気分作り程度で傘が必要なほどではない。アレフの視線が徐々に降り、その先の建物で止まる。エンフィールドでも有数の名家の屋敷。中ではパーティの最中だろうか?アレフのいる場所とは壁を隔てて別世界だけど。
「お姫さまは今日も城の中、か。俺に白馬があれば他の何を置いても駆けつけるのにな」
誰にも聞かれないよう小さく呟き、フッとか格好つけて立ち去ろうとする。だが残念ながら近くに人がいた。
「天下の往来で何言ってんのよ…」
「どえええええ!」
「きゃはははは。アレフ君たらおかしー」
「ロっローラ!気配消して人の背後に立つなぁ!」
雪の中、精神体の少女がふわふわと宙に浮いていた。抗議を無視してアレフの見ていた方へ目を向ける。シェフィールド邸をその目に認め、合点がいったようににやりと笑う。
「何をおいてもねぇ。ふーんそうなんだ、へー」
「えー何ーなんか誤解してませんローラさーん?ぢゃっ俺は用があるから」
「待ちなさいっ!」
ひょい、とアレフの帽子を取り上げる。とんでもない相手につかまったものだ。
「こらこら、レディはそんな事しなーい」
「恋の悩みはローラにおまかせ!いいのアレフ君?クリスマス終わっちゃうよ?塀なんて乗り越えればいいじゃない。お城に忍び込んでお姫さまをさらうくらいしてみなさいようんそれに決定!あっ、あたしも手伝ってあげる」
「勝手に話を進めるなよ!自由の身ならそれくらいしますけどねぇあいにくこの後も他の子との約束で埋まってるの!」
ジャンプしてはしっと帽子を奪い返す。世の中仕方ないこともあるのだ。目深にかぶって再度歩きだそうとする。が、ローラは分かってくれなかった。
「なっさけなー」
「あのな…」
「本当に好きな子を幸せにできないで、他の子を幸せにできるわけないじゃない」
痛いところをついてくる。帽子ごと髪をかきまわす。仕方のないことはたくさんある。だけどその中で、出来ることだってあるかもしれない。
アレフはポケットから一枚のクリスマスカードを取り出した。
「そこまで言うなら…ひとつ頼まれてくれるか?」
シャンデリアに灯りのともるパーティ会場。エンフィールド始め近隣の名士たちが招かれ、談笑に花を咲かせている。そんな雰囲気を壊せるはずもなく、シーラ・シェフィールドはあくまで心の中だけで今日14回目のため息をついた。
こういうパーティに出席するのは名家の人間の義務なのだそうだ。ドレスで着飾り、よく知りもしない人とひたすら挨拶を交わす。それが済んだら大人たちの上流階級の付き合いとやらをぼーっと眺める。正直ここにいる必要などなさそうなのだが、両親に「出ていってもいいか」と切り出すのも気が引けてそのままだった。何もすることがないのに付き合いでいなくてはならない。つまらなそうな顔をすれば周囲が気を悪くする。疲労はたまる一方だ。誰がクリスマスなんて考えたのだろう。
ホールの隅のピアノに目をやる。せめて弾けたらいいのだけれど、今日の音楽は専門の楽団が演奏しておりシーラの出る幕はない。弾いていいかと聞くのもやっぱり気が引ける。そもそもこんな気分では上手く弾けるはずもない。パーティが嫌?ううん、嫌と言えない自分が嫌。
ポロン
一瞬会場が静まり、すぐに不安げなざわめきが起こった。誰も触れてないピアノが音を立てているのだ。
ポロン、パロン、ポロン
「(もしかして…)」
皆が青ざめた顔で幽霊ピアノを遠巻きにする。その中へシーラはおずおずと入っていくと、小さな声でピアノに呼びかけた。
「…ローラちゃん?」
「あったりー!」
ひょい、とピアノの中から女の子が顔を出し、一同仰天することとなった。
「ど、どういうことだねシーラ?」
「え、その、だからねお父様…」
しどろもどろになって説明すると、ローラを追い立てるようにテラスへ連れていく。
「こ、困るわローラちゃん」
「だーってシーラちゃんすっごくつまんなそうな顔してるんだもの。ハプニングのひとつも起こしてやりたくなるじゃない」
思わず顔に手をやる。表には出さないようにしていたつもりだったのだが。
「そそそんな事ないわ。みんなが一生懸命準備してくれたんだし、お客様も素晴らしい人ばかりで…」
「大ウソツキ」
見上げる瞳に返す言葉がない。どう返せというのだろう。
黙り込んだシーラにローラは続けた。
「ねぇ、こんなクリスマスでいいの?今年一年は、今までと同じだったの?」
「ローラちゃん…」
「…はい、クリスマスカード。あたしのじゃないけど」
小さな手から渡される。開いた中には丁寧であろうと務めた文字で
『メリークリスマス。
君に出会えたことへの感謝と。そして君が君の手で幸せを引き寄せられるように祈りを込めて』
…とだけ。差出人の名前はない。
「ローラちゃん、これ…」
顔を上げてはっと息をのむ。彼女の姿が小さくなっていく。いや、遠ざかっているだけか。既にテラスの外に出て、そのまま宙に浮いている。
「あたしには100年の時間を越えて出会えたこと。だから、あたしは大事にするよ」
シーラの言葉が形にならないうちに、微笑んで、手を振って、ローラの姿はそのまま消えた。シーラはただ立ちつくすだけ。
「おーいシーラ、そこにいるのか」
「は、はいっ」
灯りのともる会場に戻る。ポケットにはクリスマスカード。
そして自分と戦い始め…1時間あまり経って、ようやくシーラは決心する。
吐く息が白い。
白く舗装された道に足跡をつける。何か壊している気分になった。
(クリスマスなんてアタシには関係ないね)
今日何度そう思っただろう。
「あれ…シーラじゃないか」
大きな屋敷の前で所在なげにたたずむ少女を見つけた。もう暗いのに不用心な。少し歩調を早めてそちらに近づく。
「あっ…。エルさん」
「何してるんだ、こんな所で」
夜空に浮かび上がるシェフィールド邸に比べ、その少女はあまりに頼りない。たった1人どこへ行けばいいのか分からないといった風だ。まさか家を追い出されたわけでもあるまいに。
「どうかしたのか?」
「え?えっと…」
何やら後ろめたそうに俯いて、シーラはぽそぽそと口にする。
「…ウソついて出てきたんです」
きょとんとするエルにシーラは続けた。
「体調が悪いからなんて言って抜け出して…。ジュディにも手伝わせちゃったし、だいたい出てきたって行くところなんてないのに何やってるんだろうって…」
最後の方は小さくなって聞こえない。エルはため息をつくと髪をかきあげる。何やってるんだか聞きたいのはこっちの方だ。
「そこに突っ立ってたって風邪引くだけだろう?」
「そ、そうですよね。ええ、そうなんです」
周囲の壁を破った後はどこへ行けばいいだろう。このエンフィールドでは心当たりはひとつしかない。行きたいならさっさと行けばいいのに。エルの苛立ちを察してか否か、シーラは振り切るように顔を上げた。
「ジョートショップに行ってみます。私で手伝えることもあるかもしれないし…」
「そ、そうか」
「エルさんも一緒にどうですか?」
「いや…アタシはいいよ」
にこやかに誘うシーラになぜだか少しうろたえる。シーラはあの場所へ行けばいいと思う。でも自分は…足が向かない。今日がクリスマスだからかもしれない。
「店番しなきゃらならないし、さ」
「そ、そうですか…」
シーラの視線を避けるようにエルは背を向けて歩き出した。
雪は声もなく降り積もる。
適度に散歩するつもりが夜になってしまった。自分にあるまじき失態だ。
素早く計算して最適な経路を取る。まず所用のためマーシャル武器店へ。普段あまり出歩かないだけに、こういう機会に用を済ませるのは有効なのだ。
しかし店まで来ると中でエルが店番をしている。クリスマス休みに人がいるとは思わなかったが、それなら郵便受けではなく店員に手渡した方が良かろうと中へ入った。
「いらっしゃ…。あれ、イヴか」
「こんばんは」
「こんな日に武器買うヤツがいるとは思わなかったな」
「それならなぜ店を開いているの」
「‥‥‥‥‥」
沈黙するエルに封筒を差し出す。
「中にマーシャルさん当ての督促状が入ってるわ。既に返却期限を1週間も過ぎているから、即刻返すよう伝えてもらいたいのだけれど」
「なんだ図書館の仕事か…。マーシャルは格闘技団体のパーティだかに行ってるけど、帰ってきたら伝えておくよ」
「よろしく。それから彼が何を借りたかは図書館員が守るべき秘密に属するので封筒の中は見ないようお願いするわ」
「別に何借りたかなんて知りたくない…」
てきぱきと用件を済ませ、そのまま帰ろうとして、イヴ・ギャラガーはふともう一度エルに目を向けた。珍しいことだ。
「…なんだよ」
「暇そうね」
「やる事がないからね」
「時間を無駄に使ってる」
「大きなお世話だよ。そういうアンタはどうなんだ?」
「クリスマスなので街を散策しながら思索にふけっていたわ」
「あ、そう…。それじゃせいぜい哲学命題でも発見してくれ」
話を打ち切るエル。イヴは何か理不尽なものに怒っている気がした。彼女が怒るわけがないので気のせいだろうか。
「ジョートショップの手伝いには行かないの?」
エルの体がぴくりと震える。
「…とっくに誰か行ってるよ。アリサはみんなから好かれてるからな」
「そうね、みんな彼女が心配だから。私も後で行ってみるつもりよ。あなたがそうしてる間に」
「大きなお世話だ!」
怒鳴り声は悲鳴に近かった。
「…あなたが暇そうだからよ」
また余計な一言を言って店を出る。エルの沈黙が見送った。
要らない時間を費やしてしまった。街はすっかり夕食時で、あちこちからおいしそうな匂いがしてくる。
余計ついでに、もう少し散歩してみようか?
「終わったー!」
「終わったっスー!」
「みんなご苦労さま」
カッセルへミートパイを配達して戻ってきた紫円とテディを店の全員が出迎える。全員というのは臨時お手伝いのトリーシャ、シェリル、それに医院の仕事が終わってからこっちに来ていたクリスも含めてだ。
「3人ともごめんなさいね、せっかくのクリスマスにこんな遅くまで手伝わせてしまって…」
「い、いえっ。ぼ、僕は今日は寮の門限緩いから大丈夫です」
「ボクのお父さん今日も仕事だしね。どうせ家帰っても誰もいないからちょうどよかったよ」
「それに私たち白ドワーフと雪ウサギですから…」
「そう!そうだよ。ようやく分かってくれたんだねシェリル!」
さすがに衣装は脱いでいたが、その心は分かった気がする。トリーシャに手を握られ苦笑するシェリル。アリサは嬉しそうに目を細めていた。テディと紫円が包みを取り出す。
「あ、これカッセルからクリスマス祝いだそうです」
「まあまあ…」
小さな額縁を受け取る。ローズレイクの水彩画、カッセル老が描いたのだろうか? 何はともあれ注文を受けた料理はすべて運ばれ、今ごろそれぞれの家庭で食卓を賑わしているだろう。そう考えるとアリサは何でも屋で良かったと、額縁を棚に飾りながら神様に感謝するのだった。
しかしそれで円満解決とはいかなかったりする。
「あーそれより腹減ったー。アリサさん俺たちもお祝いしましょうよ」
「ええそうね。今ごちそうを…。あらどうしましょう、もう材料がないわ」
「‥‥は?」
…冷たい北風が吹き抜けていく。困ったように涙目の欠食児童たちの顔を見るアリサ。しかし本当にほとんどの食材を使い切ってしまった。あるのはケーキの材料くらいだ。人のためここまで頑張った彼らに、神様は恵みを下さらぬものか。
「ごめんくださーい!」
ドンドンドン!
不意に店のドアが叩かれ、近くにいた紫円が扉を開けた。
「今日はもう店じまいで…。なんだパティか」
「なんだはないでしょ。あれ、随分人いるんだ。足りるかなぁ…」
ショートカットの少女と一緒に何やらおいしそうな匂いが流れてくる。
「こんばんは。どうしたのパティちゃん?」
「あ、おばさまこんばんは。ほら紫円あんたも手伝いなさいよ」
「え?もしかして差し入れとかっ?」
「すぐに気づきなよ。鈍いねボウヤは」
後ろからリサも顔を出す。2人の手にはさくら亭のおかもち。中で料理が湯気を立て、トリーシャは思わず指を鳴らした。
「やったぁ!食いっぱぐれずにすんだね!」
「まあパティちゃん、悪いわねぇ…」
「い、いいんです、ちょっと店の方で作り過ぎちゃって」
あわてて弁解するパティにリサが茶化すように笑う。
「あれ、ボウヤのために一生懸命作ってたんじゃなかったのかい」
「ななななな何を言い出すのよリサっっ!」
「パティおまえ…」
「ち、ちょっと変な勘違いしないでよっ誰があんたなんかに!おばさまのためよおばさまの!」
「あーっそうかよ可愛くねぇ。どうせ俺はおまけでしょうよ!」
「そうよっバカっ!」
痴話ゲンカ始めた2人を放っておいて一同テーブルに皿を並べる。エシャン鳥の手羽肉にきのこのスープ、ギーフィの唐揚げ、カラ菜とシャハの実の炒め物。エンフィールドのクリスマスの、家庭の食卓には欠かせない料理の数々。湯気にクリスの眼鏡が曇り、あわててハンカチで拭き始める。
「あら、大丈夫クリス君?」
「は、はいっ大丈夫です!感激だなぁ僕、寮暮らしだとご馳走なんて縁がないからこんなクリスマス料理なんて初めてで…」
「本当にそうですね。ありがとうございます、パティちゃん」
「だ、だからそんな大したことじゃないって…」
照れくさそうに横を向くパティの表情がふと変わる。何かを見つけたように店のドアを開けて外へ飛び出した。
「ど、どうしたんだパティ!」
「紫円さん今度は何して怒らせたんっスか!?」
「あーもう違うってば!」
苦笑しながら店の側の街路樹の影をのぞき込む。黒くて長い髪は夜には目立たなかったが、そこからジョートショップの窓を見ていたのは…やっぱり彼女だった。
「あ、こ、こんばんはパティちゃん」
きまり悪そうなシーラの手を少し怒ったように掴む。
「こんばんはじゃないでしょもー!何してんのよこんなところで!入りなさいよ早くっ、あたしの家じゃないけど」
「え、えと…」
パティに引きずられるようにして店の中に入るシーラ。みんな笑顔で迎えてくれた。暖かい空気に温かい料理、暖かい人たち。自分が入っていいのだろうか?
「ちょうど良かった、今から夕飯なんだ」
「え、あの、ごめんなさい。私全然お店手伝わなかったのにこんな時だけのこのこやって来て…」
「まあ、そんな気にしないで。みんなそれぞれの都合があるんだから」
パティが軽く肩をたたく。
「ほらクリスマスなんだから!あたしの料理で悪いけど、大勢の方が楽しいでしょ」
「パティちゃん…」
ようやく心から笑える。この時がクリスマスの始まり。
「…メリークリスマス」
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス、シーラさん」
「ほら乾杯しようよ乾杯!」
「ごめん飲み物もないや。水でいいか?」
「紫円さ〜〜〜ん」
そして欲しいものをくれる白ドワーフのように、またもドアが開かれる。
「ご心配無用よぉ〜〜〜〜ん」
「ふみゃあ、おのみものですぅ」
「由羅、メロディ!」
次々と人が集まってくる。自分がここに来たかったのはやっぱり自然なことだった。今さらながらシーラは思った。拒んだエルは…今ごろどうしてるだろう。
「はい、清酒でしょ〜、ワインでしょビールでしょ」
「こらこら、未成年の方が多いんだからね!」
「ふみぃ、シャンパンです!」
いつの間にやら11人。この店ではちょっと手狭なようだ。リサが店の外へ目を向ける。皆それぞれの家で夕食だろう、この時間に出歩く者はほとんどいない。
「ボウヤ、テーブル外に出そう」
「え、でも寒くないか?」
「あ、それなら魔法で店の周りだけ暖かくできるから大丈夫ですよ」
「あら、まあ…」
結局屋外パーティになった。雪の降る店の前をトリーシャ、シェリル、クリス3人の魔法が包む。雪を見ながら寒くないというのも妙なものだが。リサと紫円でテーブルを運び出し、料理を並べ直してようやく乾杯。紫円やテディは物も言わず夢中に食べ、パティは呆れシーラは笑う。まだ誰か来そうな気がする。
「ほんとだってば!お店の方へ歩いてったの。絶対あれはシーラちゃんだったわ!」
「ローラの情報は当てになんねぇからなぁ…。おわっ!」
なぜだか外で食事してる連中の、テーブルの端でシーラがこちらを見ている。アレフは危うく転びかけた。
「よ、ローラにアレフ」
「お兄ちゃん、メリークリスマス!」
「なんだアレフ、デートは終わったのかい」
「お、おいリサ!そーいう誤解を招く言い方はさぁ…」
冷や汗をかきながら横目でちらりとシーラを見る。しかし悲しいかな事情を知らない彼女の視線はローラの方を向いている。
「ローラちゃん。あの、さっきは…」
「ね、人間素直が一番でしょ。ねーアレフくん?」
「はっ?なんでそこで俺に振りますかねぇローラさんっ?」
それでようやくシーラも気づく。ローラから受け取ったクリスマスカード。宝物のように内ポケットに入れてきたけど。
「あの、アレフ君。もしかして…」
「あーっクリスこの野郎、一人でいいモン食いやがってーーっ!」
「ち、ちょっと苦しいよアレフくん!」
はぐらかされてしまった。でも彼のおかげだ。君が君の手で、幸せを引き寄せられるように。シーラは心の中でそっとお礼を言った。
とんだとばっちりを受けたのがクリスで、アレフに首絞められながら反撃に出る。
「そういえば皆さん、今日はアレフくんの誕生日ですよ〜!」
「え、そうだったの!?」
「ク〜〜リ〜〜ス〜〜〜っ!」
「それじゃ主賓じゃなぁ〜〜い。さ、飲め飲め〜〜!」
「おい由羅そんなに注ぐなよぉ〜!」
珍しい誕生日だ。ガールフレンドに祝ってもらうのが常で、今日もそうだった。最後にこんな落ちが待っているとは。予想しなかったがそれも悪くない。何よりシーラも楽しそうだ。
「おめでとうアレフ。また一歩ジジイに近づいたな!」
「サンキュー紫円。プレゼントに肩叩き券でも頼むわってこの野郎!」
街の空気に笑い声が響き、近所迷惑を心配したシェリルが少し軽めの静寂の魔法を使う。ふと見るとアリサが店へ入っていく。何かあったのだろうか。
「おばさん?」
「あ、シェリルちゃん…。いえね、やっぱりケーキがないと寂しいと思って。今から焼けばデザートには間に合いそうですものね」
「そ、それじゃ私も手伝います」
「いいのよ、せっかくみんな集まってくれたんですもの…。私にも何かお返しさせてほしいの。ね」
何事かと駆け寄ってくる紫円を手で制して、アリサは店の中へ入っていった。このよく見えない目でも、彼らの楽しそうな姿はここからちゃんと見えるのだ。
「1番トリーシャ!メロディとデュエットしまーす!」
「しますぅ〜!」
「チョップ、チョーップ、チョップの嵐だ」
「なのだぁ〜」
「歌になってねぇよ…」
しかしさすがに騒ぎすぎたか自警団の青年が大またで近づいてくる。
「おいこらお前ら!天下の往来で何やってる!」
「なんだアルか…。どうせ人なんて通らないだろ〜」
「だからってなぁ…」
「アルベルトさんも入れてほしいならそう言いなよぉ」
「な、何を言うかねトリーシャちゃん!」
アリサが扉からひょいと顔を出す。
「まあアルベルトさん、ゆっくりしていってくださいね」
「は、はひっ!アリサさんがそうおっしゃるのでしたら!」
「最初からそうしてりゃいいのに…」
結局アルベルトも由羅にコップを押しつけられ、並々と酒が注がれた。
「アルっていうくらいだからアルコールには強いわよねぇ〜」
「なんか違うぞ…」
「あ、お父さん!」
「ぶっ」
飲みかけたアルが思わず吹いた。トリーシャの言うとおり、雪の中をリカルドがゆっくりと歩いてくる。
「皆さんお楽しみのところ失礼する」
「よ、おっさん」
「お父さん仕事じゃなかったの?」
「お前が寂しがってると思って早めに帰ってきたのだが、な」
確かに例年はたとえ遅くても父が帰ってきてからささやかなお祝いをしていた。思わずしゅんとするトリーシャである。
「そ、そうだったんだ…。ゴメン」
「いや、楽しんでいたならそれに越したことはない。それより…」
蛇に睨まれた蛙のように冷や汗を流すアルベルトを見て、リカルドは深々とため息をついた。
「はぁ…」
「たた隊長!いやこれはですね、じ、自警団員として市民と触れあう機会を持たんがために敢えてと言いますかあれですか」
「何言ってんのアルベルトさん…」
「…まあ、クリスマスだからな…。アリサさん、私もご一緒してよろしいでしょうか」
「もちろんですよ、リカルドさん」
アリサが窓越しににこやかに答える。即座に由羅が酒を注ぐ。
「や、これは失礼」
「隊長もたまには羽目外さないとダメよぉ〜〜」
「お前は外しっぱなしだろう」
相変わらずのそっけない声。白衣が道をやってくると思ったら、やはりトーヤ医師だった。
「あ〜らドクター、匂いに引かれて来たのかしらぁ〜?」
「単に通りがかっただけだ」
「せ、先生今まで往診だったんですか?」
「ちょっと急患が出て大変だったんですよー。もうお腹ぺこぺこです」
トーヤの影から顔を出すディアーナ。
「ディアーナの分もあるわよ。足りなかったらさくら亭にまだあるしね」
「いや、俺は医院に戻る」
「そう言わず寄ってきましょうよ先生」
「そうですよ先生」
「こ、こらお前ら!」
弟子2人に…というよりその場全員に引っ張られ、トーヤも憮然として席に加わった。酒を飲め、いや飲まないと由羅と問答を始めている。
「それじゃちょっと取ってこようぜ。そろそろ足らないだろ」
「足らないっス!人数増えたっスね〜」
「そうね。ひのふの…17人かぁ。行ってこよっか」
「じゃ、2人でよろしくね〜」
「ちょっとローラ!?」
他の連中も薄情にも2人に押しつける。心なしかニヤニヤしているようだ。なぜだか少し赤くなって、パティと紫円は並んでさくら亭へ歩いていった。
店の前で紫円は待つ。さくら亭内はギルド合同のパーティ兼納会らしい。ここからでもどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。しばらくして扉が開いた。
「お待たせー。はいこれ持って」
「店の方はいいのか?」
「いいんじゃない?みんな勝手に飲み食いしてるし」
「そうだぜボウズ〜」
ふらふらと歩いてきたのはシーヴズギルドのトラヴィスだ。はた目から見てもかなり酔ってる。
「大人は大人で勝手にやるから若い奴らは今を楽しめって。なあお二人さん?」
「はぁ…」
「それじゃ上手くやれよ〜」
勝手なことを言って扉は閉まった。少し固まった後、おかもち両手に歩き出す。しばらくしてパティが口を開く。
「ホント言うとお父さんがね、クリスマスまで働いてばっかじゃ悪いから少し好きに楽しんでこいって」
「なのによりによってジョートショップへ?」
「そうよ、悪い?」
「いや…。嬉しい」
真っ赤な顔を見られずに済むことをパティは夜に感謝した。
「…ばか」
しかしいい雰囲気もそこまで。背後から元気な足音が、騒音と一緒に駆けてくる。
「あーもうこんな時間になっちゃったじゃない!サイテー!」
「へへへー、いいじゃん夜更かししてやろうぜ」
「お父さんに怒られるんだからね!」
「じゃ家に帰れば?」
「やーよっ。せっかく練習したんだから!」
「こらこら、子供はもう寝る時間だ」
紫円の声に急停止して目をぱちくりするマリアとピート。この時間にこの2人がなぜおかもち持ってこんなところにいるのかいまいち理解できない。
「ジョートショップに料理持ってくところ。みんな集まってるわよ、あんたたちも来たら?」
「あ、そうなんだ。マリアたちも行くとこだったの」
「そーだよオレすげえ腹減ってたんだよ!オレの分ある?あー、なんか気がついたらもう動けねえー」
「はいはい、ちゃんとあるわよ…。もう一往復するようかな?」
結局2人増えてジョートショップに戻った。トーヤの姿を見て一瞬たじろぐマリアだが、なにぶん昼から飲まず食わずだ。さっさと食い始めているピートに負けじと料理を口に押し込み始めた。呆れ顔の紫円にふとシーラが近づく。
「あのね紫円くん、エルさんのことなんだけど…」
「あ、ひょうよエルふぁ?」
「飲み込んでから喋れよマリア。エルならまだ来てないよ」
割り込んだマリアがサラダを飲み込んで抗議する。
「なーんでエルが来てないのよぉっ!」
「なんでって言ってもなぁ…。そのうち来るんじゃないか?」
「彼女なら来ないわよ」
静かな声とともに闇の中から溶け出すように現れたのはイヴだった。全員が怪訝そうな目を向ける。
「来ないって何で?」
「本人がそう言ってたのよ。理由については推測にしかならないから判断しかねるわ」
「あれ?マリアもう食わないのか?」
マリアは無言で口を拭くと、椅子を蹴るように席を立った。
「ま、待てよマリアちゃんどこへ行くんだ?」
「エルのとこに決まってるでしょっ!」
「おい!夜道の一人歩きは危険だって!」
あわててアルベルトが後を追う。紫円は軽くため息をつく。
「本当にどいつもこいつも…」
「行こっ、お兄ちゃん」
ローラが言い、シーラも無言で賛同する。紫円は軽くうなずいてパティに一言。
「パティ、料理もう一人前追加な!」
「オッケー!」
迎えに行く者と、待つ者と。アリサはケーキを焼きながら優しい目で見つめていた。
静かだ。
武器屋の中は物音もしない。あと数時間でクリスマスも終わる。早く終わってほしい。こんな、自分が、独りぼっちであることを思い知らされる日なんて。
「エルーーッ!」
沈んだ空気を粉々に打ち破ったのは金髪の女の子だった。ドアを蹴り飛ばすように中に入ってくると、唖然としたエルにカウンター越しに詰め寄る。
「あーーっやっぱりそんな顔してた!」
「な、なんだマリアか…。この顔は生まれつきだよ」
「ウソばっかり!ね〜ジョートショップの方に来てよ〜」
「なんでアタシが…」
「マリアのすごい魔法を見せてあげるわよ」
「死んでも行くか!」
入り口ではアルベルトが呆れ顔でこちらを見ている。別に…行きたくないから行かないだけだ。それのどこが悪いのか。
「エ〜ル〜っ!」
いきなり背後からローラが現れる。
「ね、料理に釣られたと思って行きましょうよ〜」
「だーーっ何だそれは!放っておいてくれよ、アタシ1人いなくたってどうってことないだろ!」
「そ、そんな事ないですよ」
シーラだ。彼女はクリスマスを見つけられたのか。良かった。でも自分は、シーラみたいな優しい子とは違う。
「エルさんが独りでこんなところにいるんじゃみんな気になります」
「そうだぜ、エル」
顔を出した紫円が続ける。
「仲間が1人でも欠けてるとさ、何かしっくりしないんだよ。どうしてもな」
仲間。
エルも紫円同様流れ者だった。魔法の使えないエルフ。どこにも居場所はなかった。どこへ行ってもすぐ居心地が悪くなる。仲間なんてどこにもいない。自分は嫌われ者だから。嫌われてるから。
「…同情なんて真っ平だ」
「エル!」
「いいから店に戻れよ!アタシが行くと迷惑する。マリアとだっていつもケンカばっかりじゃないか。なんで今日に限ってそんな事言うんだ…」
エルの語尾が消え、皆かける言葉を失う。確かに無理に引っ張っていく訳にはいかないが。
「…じゃあマリアがお家に帰る」
突然そんなことを言い出すマリアに思わず顔を上げた。
「マリアがいるのが嫌ならマリアは帰るから!だからエルは行ってあげてよ、お願いだから…」
少し涙目になってる。本当に。どうしてこの連中は自分なんかに関わるのだろう。19歳にもなるともう性格なんて変えられない。放っておいてくれていいのに。
…でもそれならずっとこのまま。仲間同士普通に話したり笑ったり泣いたり。ただそれだけのことが、彼らにできることがなんで自分にはできないんだろう。
(できないって思い込んでるだけさ)
頭の中で誰かの声がする。マリアがじっと返事を待ってる。分かってる、分かってる。あとは自分だけ。
少し弾みをつけて、多少気まずそうに、それでもエルは立ち上がった。
「分かったよ…。それじゃ、少しだけな」
仲間の揃ったジョートショップ前で、相変わらずとりとめなくお喋りは続けられる。マリアはいつにも増して上機嫌で、エルにあれを食べろとかこれがおいしいとか色々と構っていた。
一通り空腹を満たして、ふと店内を見た。少し驚きの表情が浮かぶ。
「どうしたの?エル」
「いや…ちょっと」
手で制して店内に入る。アリサがハンカチで目をぬぐっていた。
「アリサさん…」
「あ、あら。ごめんなさいね」
ハンカチをしまって、アリサはエルに微笑みかける。
「いえね、主人が亡くなった時はどうしようもなく途方に暮れてしまったけど…。こんないい人たちに囲まれて、私は本当に幸せ者ね」
小さなテーブルの上には完成しかけたケーキ。窓の外にはみんなの姿が見える。映り方はアリサとは違うかもしれないけど。
「…アタシ、あんたに嫉妬してたかもしれない」
驚くアリサに、エルはうめくように続ける。
「あんたはみんなに優しくて、みんなから好かれてて、アタシとは大違いで、だからあんまり来たくなかった。比べた自分が、あまりに情けなくて…嫌で」
アリサは少し黙った後、ケーキに苺を乗せていった。ひとつ、ふたつ。
「そう…。でもねエルさん、それはあなたの思い違いよ」
「そ、そうかな…」
「あなたはみんなに優しいし、みんなから好かれてるわ。本当は知ってたから来てくれたんでしょう?」
「‥‥‥‥」
――彼らは。
この人たちは、自分を嫌ってない。時にはぶつかることもあったけど、本当に自然に好意を向けていてくれた。でも自分自身は自分が嫌だ。みんなのことは好き、でも好かれているとは思えない。だってこんな自分が、好かれるわけはないじゃないか。
けれど慣れてないだけ、仲間がいることに慣れてないだけだ。仲間だって言ってくれた。だから――大事にしよう。優しくなれるように。何度も流れてきたけど、ようやくここに――
「…聖域、だな」
「え?」
「あんたの周りがさ」
ケーキに蝋燭を立てる。一年の思い出と、神への感謝に。
「いいえエルさん…。それはあなたたちがいるからですよ」
アリサと一緒にエルがケーキを運んできた。一同から歓声が上がる。そろそろクリスマスも終わりが来る。ケーキを切り分け、名残惜しそうに口にする。イヴやリカルドなど数年振りのケーキだった。
「それじゃそろそろ真打ちマリアが」
「なになに?」
「新魔法をご披露しまーす!」
「うげほっ!」
料理の残りを片づけていた紫円とアレフがむせ返る。
「マ、マリア?もう遅いしまたの機会にしない!?」
「俺もクリスマスくらい静かに終えたい…」
「なによぉ〜。今日は大丈夫、ちゃんと練習してきたんだから!」
「そうだぜ!オレも協力したんだからさぁ。大丈夫だよ、オレが保証する!」
ピートに保証されてもなぁ…という顔の一同だが、意外な人物が声を上げる。
「やらせてみたらどうだ」
「ドクター…」
「いつまでも子供じゃないだろう」
真面目なトーヤの目に、マリアも真剣な目で返す。少しみんなから離れ、空に向かって呪文を始めた。光の魔法のルーン。印を結び、精霊に語りかける。
「イルンセリム、アラネリス、来たれ闇の中の光」
それは祈る姿にも似て。
「…ライティング。光よ灯れ」
あっけなく静かに呪文は終わる。しばらく何も起こらない。失敗か、と思った時に、空を差してピートが叫んだ。
「ほらほら、見ろよあれ!」
雲に覆われた空に星の光が――
いや、雪が光っている。天から舞い降りながら、音も止まるような静かな光とともに。
「わぁ…」
パティが思わず声を上げた。夜空にきらきらと輝く雪。聖夜を彩り、手の中ですっと消えていく。しばらく全員が天を見上げていた。
「どう?ドクター」
とことこと戻ってきたマリアが得意そうに。
「まあまあだな。やれば出来るということだ。これからも今回のことを胸により一層の努力を」
「あーはいわかりましたっ!どう?エル」
声にはっと下を向く。マリアの目がじっとエルを見ている。
「エルが魔法使わなくても…。マリアがいるから大丈夫だよ」
輝く雪は降り積もる。そっとマリアの頭に手を置いた。
「…ま、マリアでもひとつくらいは取り柄があるもんだね」
「ぶ〜、ひとつで悪かったわね。そのかわり力仕事はエルに押しつけるからね」
「ああ、任せておけよ」
――そして
クリスマスは終わりを迎える。年に一度だけの聖なる夜。神を信じる者も信じない者も。この日だけは、清らかな心を胸に。
「メリークリスマス」
ふと誰かが口にする。一年を無事に過ごせたことを神に感謝し、この仲間たちと出会え、過ごせた日々を胸に。
「…メリークリスマス」
来年も色々なことがあるだろうけど、1年後のクリスマスをまた皆で過ごせますように。
メリークリスマス。
<END>