この作品は「To Heart」「雫」(c)Leafの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
姫川琴音、および雫全般に関するネタバレを含みます。

仮面エスパーの続編です。

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仮面エスパー2 〜対決電波男〜





 ここ数日の私は、どろりとした時間の中を漂っているような気がしていました。
 繰り返される、なんの変わり映えもないくだらない毎日。
 やがていつの頃からか私は、この退屈な世界から音と色彩が失われてしまっていることに気付きます。
 それでも私は、そのことにはさしたる関心もないまま、言いしれぬ熱っぽさを体の中に抱いて、いつものようにノートの落書きに没頭するのでした。

 真新しいノートの上に、小さな円を書き込みます。儚げな私です。
 広いノートの上に私一人だけ。ひとりぼっちの世界です。
 でも栄光は、いつも唐突にやって来ます。
 シャープペンで円をいくつも書き込みました。私のお友達です。
 私をいぢめていた人たちも、ようやく自分の過ちに気づいたのです。
 私は機械的な動きで、ひとつひとつ円を描いていきました。
『お願いだ、仲間に入れてくれ』
『こんなにも琴音様に惹かれる理由が分からない』
 そうしていつしかノートの上は円でいっぱいになり、私はもったいぶるように右腕を持ち上げ、空白を円で埋め尽くしました。
『エスパー仮面!』
『エスパー仮面!』
『琴音万歳!』
『琴音万歳!』
 その瞬間、私は幾千幾万もの人々の賞賛を耳にしたような気がします。
 体内にどくどくと熱い血液が流れ、それは激しく全身を駆け巡るのでした。
「ふふ、ふふ、ふふふふふ……」
「先生ぇー、姫川さんがまた不気味に笑ってます」
「ええい、放っておきなさい!」
 はぁ…こんなにピュアで優しい私に、なんで葵ちゃん以外の友達ができないんでしょう。世の中不思議で仕方ありませんね?
 そんなことを考えながら、何気なく視線を宙に漂わせていたときのことでした。
「くすくすくすくす…」
 そういう乾いた笑い声が教室中に広がりました。
「またか、姫川」
「私じゃありませんっ」
 言いがかりをつける教師を滅殺リストに加えながら、私は不気味な笑い声の主に視線を向けます。
 太田…そう、太田香奈子さんです。人気者で、いつも何人かの女生徒の中心にいる憎き…もとい、素敵な女の子です。
 その彼女が焦点の合わない目で、おもいきりバーンと机を叩きました。
 一斉にシーンとなる教室。目を丸くする生徒達の視線の中で、彼女は大声で言いました。

「人類は滅亡する!!」(くわっ)

 ‥‥‥‥‥。
 去年(1999)の今頃だったら、まだウケたかもしれませんね…。
 しかし心優しいクラスメイトたちは、とりあえず笑ってあげるのでした。
「キャハハハハ! やだ香奈子、それ、すっごいおもしろいよー!」
「ワハハハハハ、なんだよ太田! キバヤシじゃねーの?」
 しかしそれで調子づいてしまったのか、太田さんはしつこくネタを続けます。
「うふ、うふふ。すべては宇宙人の陰謀なんだ! グレイはこの地球に入り込んでいるんだよ! このことはノストラダムスの予言書にすべて記されている! 人類の一部の指導者は既に火星移住計画を進めているんだ!! ノストラノストラノストラノストラ…」
 太田さんは、まるで宮○優子のCDのように「ノストラ」という単語を連発し続けていました。
 生徒たちもさすがに引いて、白けムードが漂い始めたときです。
「きゃああああああっ!!」
 寂然とした教室の空気を引き裂くように女生徒の悲鳴がこだましました。
 太田さんがマジックペンを取り出して、自分の鼻の下にヒゲを書き始めたのです!
 呆然と見ていた教師がはっと我に返り、慌てて太田さんに駆け寄ります。
 教師に抑えられたヒゲの太田さんは、そのあとすぐに、二人の男子生徒の手を借りて保健室へと連れていかれました。
 ざわめく教室の中で、私はゆっくりと狂気の扉が開いていくのを感じるのでした…。


「…っていうことがあったんですよー」
「ふーん、何があったんだろうね」
 昼休みに、屋上で葵ちゃんと一緒にお弁当を食べながら、私は奇怪な出来事のことを話していました。
「きっと勉強のしすぎで疲れたんだよ。格闘技で体を動かした方がいいよね!」
「葵ちゃん、まだ部員集まらないんですか?」
「ううぅ…」
 葵ちゃんも大変ですね。私ですか? か弱い私にはとてもとても…。
 それにしても葵ちゃん、今日も大きいお弁当箱を平らげてます。
「私小食ですからお弁当半分あげますね」
「え、いいの?」
「はい。睡眠薬なんて入ってませんから大丈夫ですよ」
「琴音ちゃん…」
 そんな風に2人で楽しくお昼を過ごしていたときです。
「おー、ここにいたか」
 階段からの扉が開き、人影が顔を出します。誰かと思えば国語の長瀬先生です。
 ちっ、せっかくの葵ちゃんとの楽しいひとときを。
「先生、なにかご用ですか?」
 葵ちゃんは立ち上がると、ぴしっと背筋を伸ばして尋ねました。相変わらず礼儀正しいです。
「あー、いや、そう堅くならずに。太田さんの話は知っているかい?」
「はいっ、今姫川さんから聞いていたところです」
「太田さんが何か…?」
「うむ、こちらで色々と調べていたのだが、どうも最近毎晩のように夜の学校に来ていたらしいのだよ」
 夜の学校…? なんだか不気味な話になってきました。
「夜中に何か怪しげな集会が開かれているらしい。そこまでは分かったのだが、その先が掴めなくてねー。教師が見回りすると警戒されそうだし」
「あの、先生。いったい私たちに何のご用なんです?」
「単刀直入に言おう。実はこの事件…エスパー仮面に解決してほしいのだ!
「ええーーっ!?」
 私と葵ちゃんが同時に叫びます。まさか先生から依頼が来るなんて。エスパー仮面も出世したものですね…。
 はっ、でもエスパー仮面は秘密のヒーローじゃないですか。なんで私に言いにくるんですかっ?
「そ、そうは言いましても私、エスパー仮面なんて知りませんしぃ」
「バレバレだっつーの」
「知りません〜っ」
「まあいい、それならエスパー仮面に伝えておいてくれ」
 それならOKですっ。ああ、また私の活躍が学校の歴史に残るんですね…。
 と、葵ちゃんが懇願するような目で先生に尋ねます。
「あの先生、それってエスパー仮面だけに頼むってことですねっ? ねっ!?」
「いや、もちろん格闘仮面にもお願いする」
「いやーーーっ!!」
 喜びの悲鳴を上げる葵ちゃん。そうですかそんなに嬉しいですか。私たちは一心同体ですものね。
「わかりました! 必ずエスパー仮面と格闘仮面に伝えておきます!」
「うん、よろしく頼んだよ」
「こ、琴音ちゃん……」(しくしく)
 私は青空に向けて事件の解決を誓うのでした。が…
 ガンッ
 帰ろうとした先生が、扉に頭をぶつけています。
「せ、先生! 大丈夫ですか!?」
「いたたた…。アレ? なんで私はこんなところにいるんだ?」
 葵ちゃんが駆け寄りますが、いきなり意味不明のことを言い出す長瀬先生。打ち所が悪かったんでしょうか?
「なんでって、今エスパー仮面に…」
「エスパー仮面? なんじゃそりゃ。うーむ、どうも記憶が曖昧だ」
 先生はふらふらしながら階段を下りていきました。思わず顔を見合わせる私たちです。
「い、いったいどういう事?」
「どうやら、先生は何者かに操られていたようですね」
「ええっ? ‥‥‥‥。そこにいるのは誰です!?」
 さすが葵ちゃん、格闘家の勘で気配を察知したのか、給水塔の裏へ指を突きつけます。
 はたして出てきたのは、どうやら同学年らしい女の子でした。
「いけない、いけない、バレちゃったよ」
 そう言ってくすくす笑う彼女の目は、どこか太田さんの目に似ている気がしました。
「月島さん…」
「知り合いですか? 葵ちゃん」
「うん、同じクラスの月島瑠璃子さん」
 じっとこちらを見ている月島さん。なかなかの美少女です。まあ私には負けますけど。
「琴音ちゃん…。電波届いた?」
「はい?」
「晴れた日はよく届くから。ラジオとおんなじなの。雨の日は雨粒が電波の粒を吸い込んで、一緒に下水を流れていくから、うまく家まで届かないの。マンホールの蓋を開けて地下に潜ればよく聞こえると思うの」
「ところで葵ちゃん、最近の国際情勢はどうですか?」
「台湾には頑張ってほしいよね」
「無視しないでー」
 あんまりこういう人とは関わりたくないです…。しかも目の焦点が合っていません。扉を開いて『あっちの世界』に行ってしまった人の目です。ヤバげです。
「琴音ちゃん…夜の学校を調査するんだね」
「エスパー仮面が、です」
「どうしても行くというなら止めないよ」
「先生操ってそう仕向けたのあなたでしょっ!」
「生徒会室を中心に調べるといいような気がするよ…」
「ずいぶん具体的なヒントですね…」
「それと…電波に気をつけて」
 電波…?
 彼女がその単語を口にしたとたん、何かが灼けるような音が聞こえてきました。
 チリチリチリチリチリチリチリチリチリチリチリ…
「ってなに虫眼鏡で日光集めて紙焼いてるんですかっ!」
「理科の時間…」
「あ、私やりました! 黒く塗っておくとすぐ穴が開くんですよね!」
 葵ちゃん…。
「とにかく、そーゆーことなんだよ」
「あー、はい、ご忠告ありがとうございますっ。それじゃ私はこれでっ」
 私は葵ちゃんの手を引っ張って、そそくさと屋上を去ります。
 階段の所で振り返ると、彼女はアンテナみたいにぼーっと突っ立って空を眺めていました。
 …ヘンな人ですね。


 放課後になりました。葵ちゃんはバレー部に混ぜてもらって筋トレするそうなので、私もトレーニング室に向かいます。
 それにしても月島瑠璃子さん、ヘンな人でしたが長瀬先生を操るだけの力を持っていたのは確かです。エスパー仮面も気を引き締めなくてはいけませんね…。
「あのぅ…」
 物思いに耽っていると、遠慮がちに声をかけられました。
 振り返ると小柄な眼鏡の女の子が立っています。
「は、はじめまして、藍原瑞穂っていいます。姫川琴音さん…ですよね?」
「はい、そうですけど…」
 もしかして私とお友達になりたいとかっ? そうですね、まあどうしてもと言うなら最大限考慮…
「お願いします、私も連れていってください!」
「はい?」
「姫川さん、香奈子ちゃんがおかしくなった理由を今晩調査するんでしょう? 私も協力させてください!」
 え…。すると、つまり…。
「私の手柄を横取りしようってゆーんですねっ!」
ええー!? いや、別にそういう…」
「他にどんな理由があるんですかっ! 私が人気者になるのがそんなに妬ましいですかっ!?」
「違いますっ! 香奈子ちゃんは私の親友だから…。私、香奈子ちゃんのことが大好きだから、香奈子ちゃんのために何かしたいんです!」
 え…。すると、つまり…。
「友達の少ない私に対する当てつけですねっ!」
「あのぅ…」
「そんなに友情をひけらかしたいですかっ! ふんだ私には葵ちゃんがいるもんっ。とにかくダメです。このヤマはエスパー仮面が担当します」
「ううっ、香奈子ちゃん…香奈子ちゃん…」
 藍原さんはしくしく泣きながら去っていきました。わ、私は悪くないですよね?
 それより早く葵ちゃんのところに行かないと! 私がいなくて寂しがっているに違いありません。
 素早く気持ちを切り替えた私は、早足で体育館脇のトレーニング室に向かうのでした。
 なんだか汗くさい雰囲気が漂う中、トレーニング室の扉を開きます…
「ね、お願い松原さん。私も連れてってよー。邪魔はしないからさぁ」
「そ、そんなこと言われても私は関係ないよっ。格闘仮面なんて人全然知らないし!」
「そう言わないで、ねっ」
 葵ちゃんが、バレー部の髪の長い女の子と仲良く話していました。
 私なんかと違って明るくて快活そうな子と…
「あ、琴音ちゃ…ん…」
 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
 目に涙をため、悲しみのオーラを放つ私。
「そう、そうですか葵ちゃん…。私よりその子の方がいいんですね…。私なんてただの根暗ですもんね…」
「ええっ!? なんだか知らないけど落ち着いてっ!」
「姫川さんて面白い人だね〜」
「新城さん煽らないでぇぇぇ!」
 ダッ!
 私は涙の粒を散らしながら、背を向けてその場から駆け出しました。しかしわざとゆっくり走…もとい、葵ちゃんの足が速かったのですぐに追いつかれます。
「待ってよ琴音ちゃん!」
「離してくださいっ! 私なんて…私なんて…」
「そんなこと言わないで! 友達じゃない!」
 友達…
 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達! 友達!
「そうですよね友達ですしぃ」
「(こいつ本当に友達いなかったな…)」
「さあ葵ちゃん! 今夜に備えて今から計画を練りましょう!」
「わ、私筋トレしてたのに…」
 私たちは作戦会議と称して友好を深めながら、じっと夜が来るのを待つのでした。


 夜〜、夜です〜。
 私の超能力で不法侵入しています〜。
「いいのかなぁ…」
「正義のためです」
 仮面とマント姿の私たちは、しゅたたたたたと校舎内を移動していました。一応瑠璃子さんの情報に従い、生徒会室を目指します。
 文化部室棟の端にあるそこには…
 ああっ、明かりが漏れています! スピーディな展開です。
「ど、どうしよう琴音ちゃん!」
「エスパー仮面」
「…どうしよう、エスパー仮面」
「ここは私に任せてください。えーい、クレヤボヤンス!」
 透視能力で部屋の中を探ります。ああっ! こ、これは…。
「な、何があったの?」
「男子1名と女子2名が、1カ所に固まって怪しげな夜の宴を!」
「え……ええーーっ!? あの、えとっ、わ、私そういうのはちょっとっ!」
 耳まで真っ赤になる葵ちゃん。とっても可愛いです…。って言ってる場合じゃないですね。私は今見た場面をテレパシーで送信しました。
「格闘仮面にも見せてあげましょう」
「わ、私っ心の準備が…あれ?」
 それは奇怪な映像でした。なんだか暗そうな男の人が、床に紙を広げて10円玉を動かしているのです。
『コックリさん…コックリさん…』
 そしてそれに付き合わされている女の子2名。
『ううっ、なんでこんな目に…』
『うわぁん怖いよぉーっ!』
 よく見れば藍原瑞穂さんに、葵ちゃんをたぶらかしたバレー部の…名前忘れました。
『くくく、おやおや新城さん、感じてきたようだね? 狐様の霊が降りてきたのを』
『いやーー! お化けイヤーーー!!』
 な、なんてひどいことを。よくわからないけど許せません!
 格闘仮面も同意見のようで、ぐっと拳を握りました。
「踏み込もう、エスパー仮面!」
「はいっ!」
 バーーーーン
 正義の目的を取り戻した私たちは、勢い良く生徒会室の扉を開きます!
「ホールドアップ! エスパー仮面です!」
「見〜〜〜〜た〜〜〜〜な〜〜〜〜」
 古すぎて石化したギャグを放ちつつ、男子生徒がゆらりと立ち上がります。その顔を見て驚きに目を見開く格闘仮面。
「あ、あなたは生徒会長の月島さん…!」
「そうだったんですか?」
「エスパー仮面…もっと学生の自治に関心を持とうよ」
「ハハハハ…どうやら見てしまったようだね。僕のコックリさん大会を!」
「偉そうに言ってるのがかえって間抜けですね」
「やかましいわっ! 見られたからには君たちにも仲間に入ってもらう」
 勝手なこと言ってるお馬鹿さんの頭越しに、新城さんと藍原さんが私たちを見て笑顔を輝かせます。
「やったぁ正義のヒーローだぁ! これであんたもおしまいよっ!」
「き、気をつけてください。その人は他人の体を操ることができるんです!」
「ええっ!?」
 そういえば名前が月島…。瑠璃子さんのお兄さんでしょうか? やはり例の能力がこの事件の鍵を握るようです。
「僕はこの電波の話をするのが大好きでね。まぁ、いわゆる自慢話で恐縮だけど…」
「じゃあ聞きたくないです」
「聞け! もともと、人間の思考とか感情とかは、電気信号の集まりだろ? だったら電波を操れば脳の命令も操れるってわけだ。
 それが僕にはできるんだ! 太田さんの精神も、僕がアレにしてやった! ハハハ、アレにしてやったんだ!!」
「ゆ、許せない…」
 涙を浮かべ、生徒会長をにらみつける藍原さん。もちろん私たちも同じ気持ちです。格闘仮面がスッ…と正拳を構えました。
「おいおい松原葵君、今の話を聞いていなかったのかい?」
「黙りなさいこの外道!」
「クククク…そう言うなよ。僕の下僕になれば、会長権限で格闘技同好会を部に格上げしてやろうじゃないか」
 なんて、なんて卑劣な男なんでしょう。格闘仮面が耳を貸すわけもなく、怒りを込めた声で言い放ちます。
「そんな誘惑には屈しませんっ!」
「更衣室とシャワー室もつけてやろう」
「そ…そんな誘惑には屈しませんっ!」
「その『そ…』は何ですか…」
 …はっ!
 チリチリチリチリチリ…
 しまった能力が発動してます! 瑠璃子さんの理科実験とは違います。電気の粒がどこからから集まってくるようです。
「サイコバリア〜〜!」
 すんでのところで超能力を発動させ防ぐ私。しかし格闘仮面は間に合いませんでした。
「ええっ!? か、体が動かなっ…」
「それ、シェー」
「ああっ!」
 片足でぴょこんとシェーをさせられてしまう格闘仮面。ううっ、真面目で売ってるキャラなのに。
「変なポーズ!」
「あああっ! このポーズに絶対の自信を持っている!?」
「やめてくださいっ! 格闘仮面をおもちゃにするなんて羨ま…いえ、許しませんよ!!」
 念動力を放とうとする私。しかし格闘仮面が両腕を広げ、月島さんをかばうように立ちはだかりました。
「ど、どうしてそんな奴をかばうんですか? やっぱり本心では私のことなんて…」
「だから操られてるんだってば!」
「いいんです分かってます! 本当は格闘仮面なんて恥ずかしくて嫌なんでしょう!?」
「分かってるならやらせるなーーっ!!」
 と、冗談やってる場合じゃないです。私は月島さんへ向き直ります。
「…どうしてこんな事をするんです?」
「それは…金星人の命令だ!」
 ‥‥‥‥。
 さすがは太田さんの師匠ですね…。
「実は僕は先住民族エラヒムの生まれ変わりだったんだ」
「帰っていいですか?」
「エスパー仮面〜っ!」
「冗談です」
 格闘仮面を残してはいけません。でもこんなのの相手もやだなぁ…。
「フフフ、コックリさんだ。コックリさん、コックリさん、どいつもこいつも霊を降ろしてやる。前世が見えて、聞こえないものが聞こえだしても儀式を続けてやる。こっくりこっくりこっくり…」
 どろりと濁った目。
 暗くよどんだ瞳。
 月島さんはじっと床の一点を見続けたまま、そんな言葉を繰り返し続けました。すっごく嫌すぎます。
 私みたいに常識が服を着て歩いているような普通の女の子にどうしろというんでしょう。ああ、こんなとき正義のヒーローが現れてくれたら…ってヒーローは私ですけど…。
 と、私が絶体絶命のピンチに陥っていたそのとき!


「電気の粒は弱者の叫び、今日も屋上アンテナ人生。
 今世紀最後の新ヒーロー、電波仮面ただ今参上!!!
 …だよ」


 ‥‥‥‥‥。
 突如現れた人物は、ご丁寧に私たちとおそろいの仮面&マスクでした…。
「はわわ」
 なにやら月島さんが青ざめて後ずさりしています。
「…ち、違うんだ、瑠璃子。これは…」
「瑠璃子じゃないよ、電波仮面だよ」
 月島さんのアゴが床まで落ちました。
 その間にすすすと私に近づく瑠璃子さん。
「よろしくね、エスパー仮面」
「勝手によろしくされても困りますっ。新メンバーなんて募集してませんよっ」
「でもヒーローものは5人か3人がセオリーだよ」
「それはそうですけど」
 うっ、納得させられてしまいました。
 それを聞いて了承と判断されたのか、月島さんが殺意を込めた目を私に向けます。
「お前が…瑠璃子を仮面ヒーローにしたのか」
「いや別にそーゆーわけじゃ」
「…返せよ…瑠璃子は…僕のものなんだ…」
 月島さんはルリコルリコ呟きながらゆらゆらと近づいてきます。なんだか危険な兄です。
「も、もしかして禁断の愛とか?」
「ううん、お兄ちゃんの片想いだよ」
「瑠璃子!?」(ガビーン)
「私は早いとこイケてる彼氏でも作って青春を謳歌したいのに、兄がいい歳こいてシスコンだから迷惑してるんだよ」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 しゅぅぅぅぅぅぅ…
 あっさりと月島さんは壊れました。ご愁傷様です。
 格闘仮面ほか2名も自由を取り戻し、月島さんを輪になって取り囲みました。
「ルリコアイシテルルリコアイシテルルリコアイシテルルリコアイシテルルリコアイシテル…」(ぶつぶつ)
「生徒会長…。真面目な人だと思ったから選挙で一票入れたのに…」
 廃人と化した月島さんを見て、悲しげに呟く格闘仮面。
「うん…。たぶんあの事件が原因だと思うよ…」
「え、何かあったんですか?」
「実はこの学校には、部員が一人しかいないのに部室を持っているクラブがあるんだよ」
「ええっ!?」
 格闘仮面の顔色が変わります。私もそれは許せませんね!
「その名もオカルト研究部。お兄ちゃんが部室を明け渡すように言いに行ったんだけど…」


『あー、生徒会規約によって部員5人未満のクラブは部とは認められない。即刻この部屋から立ち去ってもらいたいね。何? 部員ならいます? どこに。は? 幽霊部員? あなたの後ろに立ってます? ば、ば、馬鹿なことはよしたまえ! ぼ、僕はこれで失礼するよ。(ガチャガチャ) ああっ扉が開かない!? え? 私たちの活動内容をたっぷり教えてあげます? く、来るなーっ!! あ〜〜れ〜〜……』


「…そして戻ってきたお兄ちゃんは、文字通り『電波な人』になってしまっていたんだよ…」
「な、なんて恐ろしい…」
「エスパー仮面…。お兄ちゃんを助けてあげて」
 ブツブツ言いながらコックリさんを続ける月島さんを、私は哀れみの目で見つめました。
 この人も被害者じゃないですか。
 悪いのはオカルト研じゃないですか。
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「‥‥‥‥」
「どしたの姉さん。え? 急に誰かを呪いたくなった?」
-----------------------------------------------------------
「わかりました電波仮面! きっと私たちの力で月島さんを元に戻してみせます」
「ふふふ…なんだって…?」
 ゆらり、とゾンビのように立ち上がる月島さん。
「おかしいのはお前らの方さ。僕のいるこの世界こそが本当なんだよ…。君だって開けてみたくなる事があるだろう? 狂気の扉を!」
「ぜんぜん」
「ああっ一言で否定しやがった! もういい、何もかも壊してやる!!」
 パチッ! パチパチパチッ!!
 月島さんの周囲に紫電が走ります。
「え? え? 何がどーなってるのよ〜」
「パンピーは下がっててくださいっ」
「うーん、困ったよ」
「お茶飲んでくつろいでる場合ですかっ!」
「私の電波はお兄ちゃんより弱いから、防ぎようがないんだよ」
「何しに来たんだお前はーーーっ!!」
「ハハハハ、みんな、みんな、壊れてしまえ!」
 既に月島さんの頭上には元気玉なみの電波が集まっていました。あ、あんなものぶつけられたら全員ひとたまりもありませんっ!
 ああだいたい屋上で瑠璃子さんに会ったのがケチのつきはじめだったんです。電波の話なんて聞かされなければ…。電波…。
 そうだっ!
「格闘仮面、炎を起こすことはできますか!?」
「え!?」
「お願いします!」
「よ、よく分からないけど、分かったっ!」
 はぁぁぁぁぁぁ…!
 電波に対抗するように、葵ちゃんの気が高まっていきます。
 ボウッ!
 その背後に炎が巻き起こりました!(PS版仕様)
「今ですっ!」
 私のテレキネシスで炎を天井まで運び…
 スプリンクラーが作動して、水の雫が生徒会室に降り注ぎます。
 シャァァァァァァァーーーーー…
「…ば、ばかな!」
 月島さんの口から驚愕の叫びが漏れます。それはそうでしょう。今まで集めた電波がすべて消えてしまったんですから。
「こ、こんな…、こんなはずは…」
 再び月島さんが自分の限界許容量ぎりぎりまで電波を集めますが、スプリンクラーの雨に飲み込まれるように消えていきました。
 みんなが驚く中、私はびしりと指を突きつけます。
「瑠璃子さんが言っていました…。雨の日には電波が届かないと!」
「うん、毒電波は水溶性なんだよ」
 どーーーん!
「そんな弱点があったとわーー!!」
 電波の使えない月島さんなどただのヒョロ男です。たちまち殺気だった女の子4人に取り囲まれました。
「え、いや、あの、ここはひとつ穏便に…」
「香奈子ちゃんを返してくださいっ!」
「火の玉スパーーーイク!!」
「突き! 蹴り! 崩拳ーー!!」
「滅殺」
「ギニャーーーー!!」
 フクロにされながら、その瞳が少しずつ色を取り戻していきます。
 何度か瞬きを繰り返して、瞳の焦点をゆっくり瑠璃子さんに合わせ…
「瑠璃子…」
 月島さんの瞳から涙が溢れ、雫がゆっくりと頬を伝って床に落ちました。
「お兄ちゃん…やっと、帰ってきてくれた…」
「…瑠璃子…ごめん…僕は…僕は…」
「私より、他のみんなに謝った方がいいと思うよ…」
「はうっ!?」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 まだ殴りたりないみんながにらむ中で、必死に土下座する月島さん。
「ごめんなさいっ! この通りっ!!」
「ま、いいですけど…」
「えらい目にあっちゃったねー」
「そうさ、みんな僕が悪いんだ…。責任を取って生徒会長を辞任しよう」
「え?」
「エスパー仮面! 今日から君が生徒会長だっ!!」
 ずびし。
『えーーっ!?』
 思わぬ展開に、みんなの叫びが響き渡ります。
「で、でも私、謎のヒーローですしっ。どうせなら姫川琴音さんなんてどうでしょうか?」
「そうか、エスパー仮面が言うならそうしよう」
「はいっ! それじゃ楽しみに…あわわ、二度とこんな事件を起こしてはいけませんよっ」
 そう言って、3人揃って適当にポーズを決めた後、私たちは生徒会室を後にしました。
 こうして狂気の世界はその扉を閉じたのでした…。


 変身を解き、すっかり暗くなった通学路を3人で帰ります。
「それじゃ、私こっちだからバイバイだよ」
「はい、お疲れ様でした」
「さよなら、瑠璃子さん」
 瑠璃子さんと別れ、葵ちゃんと一緒に少し歩いて…
 私は足を止め、葵ちゃんに待っているよう頼んで、小走りに瑠璃子さんを追います。
「待ってくださいっ」
 ゆっくりと振り返る瑠璃子さん。微妙に焦点のずれた瞳。
「どうして…私を選んだんですか?」
 やっぱりエスパー仮面だからでしょうか?
 それとも…

「琴音ちゃんが、電波を出していたからだよ」
「え…?」
 街灯の光に照らされ、幼い童女のような無垢な瞳に、私の姿が映っていました。
「…毎日、毎日、助けて、助けてって…。
 消えちゃう、消えちゃうって、泣いてたよ。それが電波になって、私に伝わってきたの」
「‥‥‥」
 無言の私の頬を、彼女の両手が包み込みます。
「…私が助けてあげる。琴音ちゃんを助けてあげるよ。
 その苦しみからも…超能力からも…ひとりっきりの寂しさからも…助けてあげるよ。
 だから、もう泣かないで…、ね?」

 少しの沈黙の後、私は自分の手を重ね、ゆっくりと瑠璃子さんの手を離しました。
「泣いてないです、私は」
「…琴音ちゃん」
「自分は自分で助けます。それに…葵ちゃんもいますから」
 瑠璃子さんはいつものように、くすくすと笑います。
「そう、よかった。
 それじゃ、また明日ね」
「はい、さようなら」
 そうして互いに逆方向へ、私は葵ちゃんのところへ戻ります。星の下で、ちゃんと待っていてくれました。
「葵ちゃんっ」
「わ、ど、どうしたの」
「うふふ、なんでもないです」
 私は葵ちゃんに腕を絡ませると、そのまま一緒に帰ります。葵ちゃんがいてくれるし、事件も解決できたし…
 なんといっても、明日からは生徒会長なんですから!
「学園は私のものですね…。ふふふ…」
「こ、琴音ちゃん…」


 翌日になると、藍原さんも新城さんも何事もなかったかのように普通の生活に戻っていました。
 太田さんの精神は治りましたが、ヒゲを書いたのが油性マジックだったためしばらく家から出られないそうです。
 オカルト研は部室から追い出されました。頑張って部員5人集めてください。
 私は葵ちゃんや瑠璃子さんと一緒に、会長職を引き継ぐべく生徒会室に行ったのですが…。
「って今の生徒会の任期、あと一週間しかないじゃないですかーーっ!!」
「ああ、実はそうなんだよ。まあ面倒な引き継ぎは君に任せるよ」(はっはっはっ)
 つ、月島ァァァァ〜〜〜!
「とりあえずは君たちが水浸しにした生徒会室を何とかしてくれたまえ。それじゃ僕はこれで」
「滅殺プラズマ!!」
「ギャーーース!!」
「お兄ちゃん…成仏してね」
 結局びしょ濡れになった書類を乾かしながら、3人で部屋を掃除する羽目に。ううっ、やっぱりこんな結末なんですね…。
「ま、まあ私たちが水浸しにしたのは本当なんだし。ねっ?」
「そうですけどっ…。ああ、どうして私ってこう不幸なんでしょう」
 悲嘆にくれる私に、瑠璃子さんは言うのでした。
「だって、琴音ちゃんだもの」






<END>





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