ロボット寄生
何度も、警告はされてきたはずだった。
『ロボットが発達すれば人間の仕事を奪い、失業者が世界に溢れる』と、ロボットが空想上の存在でしかなかった頃から言われてきたことだった。
しかし実際にその時が来てみると、人類の反応は鈍かった。
何しろ今までひたすら進歩の道を突き進んできたのだ。急に止まれと言われてもそうそうできるものではない。なあに今の仕事がロボットに置き換われば、今度はロボットを監督する仕事が生まれる。どんなに科学が発達しようが、人間でしかできない事は必ずあるさ…。
確かにそういう分野はあるにはあるが、それがもの淒い速さで狭まっていることに、大半の頭は追いつけなかった。
そうして厄介ごとは考えないようにしていた現代人達は、いつしかすっかり厄介な事態に放り込まれることになる。
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「よーし、今日も真面目に働けよロボットども」
あくび混じりの号令をかけてから、椅子に腰掛けコントローラーを手にする。
火星と呼ばれる惑星の、片隅にあるこの建物から、半径20km以内に俺以外の人間はいない。いるのは鉱山で黙々と、昼夜働くロボットばかり。
俺の仕事は監督役――まあ、「何かあったら対応する」という役目だが、実際に何かあったことは一度もない。
かくして俺はゲーム画面を前に、21世紀のジャパンでキュートな女の子達と高校生活を楽しんでいるのだった。
『コークス君。応答しなさい、コークス君』
「おや、社長」
ボスの呼び声に、仕方なく別の画面を投影する。
「おはようございます。そっちが何時か知りませんけど」
『あなた、最近じゃ堂々とゲームに興じてるわね…』
「いいじゃないですか。やつらは優秀だし、トラブルなんか起こしませんよ。それで何のご用ですか?」
今は地球にいる社長は――いつ見ても”眼鏡”が似合いそうな顔だが、残念ながらそんな前世紀の遺物は誰も使っていない――画面の向こうで小さく咳払いした。
『悪い知らせよ。気落ちしないで聞いてちょうだいね』
「へえ、太陽が膨張でも始めましたか?」
『あなたをクビにして、代わりに監督ロボットを雇うことにしました』
「………」
どうやら笑えない状況らしいと気付いたのは、数秒が経過してからだった。
「い、いや待ってくださいよ! ロボットの監督をロボットにやらせるなんて、そんな無茶苦茶な!」
『そりゃ私も不安がないわけじゃないけど、他社がそうやって人件費を減らしてるんだから仕方ないでしょう。ロボットを雇うのと倒産するの、あなたならどっちを選ぶというの?』
「どっちを選んだって俺は飢え死にするじゃないですか!」
『まあ聞きなさい。経済学者が言うには、あと50年もすればロボットの作り出す富が人間の消費を上回り、誰もが働かずして豊かに暮らせるそうよ』
「その50年を俺はどうやって乗り切ればいいんですか!?」
人の文句を無視して、社長はこれからの話に入ってしまう。法律上すぐにクビにはできないので、当面はロボットを俺と一緒に働かせて様子を見るとか何とか。
「あの…決まりなんでしょうか?」
『イエス』
「チクショウ! いつかあんたも社長ロボットに取って代わられるんだ。自分の仕事だけはロボットにできないなんて思うなよ」
『はいはい、それじゃそういうことだからよろしくね』
一方的に通信は切れ、ゲームのBGMだけが部屋に響く。
何てピンチだ。太陽が膨張するなら誰かが何とかしてくれそうだが、この件は誰も解決してくれそうにない。
とりあえず…ゲームをやってから考えよう…。
一週間ほどして、当の疫病神が定期便に乗って到着した。
「初めましテ。トボル12号といいまス」
「ふん、いかにも機械って名前だな。ええおい?」
「それはもう。ロボットはロボットらしく、人間は人間らしくというのが最近のトレンドですかラ」
自分で言っている通り、銀色の円柱に手と眼がついただけの姿は機械以外の何物でもない。こんなののせいで人生最大の危機なのかと思うと、腹立たしいことこの上ない。
「お前、俺の立場は分かってるよな」
「ハイ、存じていまス」
「お前のせいで俺は失業しそうだよ。まったく酷いヤツだよ。ロボットは人間の幸せのために存在するんじゃなかったのか?」
「我々はお金を払ってくれた人のために存在しまス。残念ですガ」
身も蓋もない…。嫌な時代になったもんだ。
いや、待てよ。火星のこんな所までロボ野郎に侵食されたということは、よそではもっと一大事なんじゃなかろうか。
「今頃地球じゃ暴動が起きてるんじゃないか?」
「ニュースくらい見ましょうヨ」
「うるさいよ」
「確かに問題になっていますのデ、ロボットのせいで失業した人には、政府から生活補助が出るようになりましタ」
「なにっ、そういうことは早く言え! でも国の財政は大丈夫なのか?」
「公務員の大半をロボットにしたら、税金が余ったそうですヨ」
「政治家もロボットにすりゃいいんだ…」
だが額を聞く限りでは、食費と住居費でぎりぎりのラインだ。ゲームができない人生に意味なんてあるだろうか? あるわけがないのだが、ロボットはそんなことを気にしない。
「では仕事を始めますので、コークスサンはごゆるりとおくつろぎくださイ」
「俺に教えを請わなくていいのかよ」
「必要な情報は既にインプットされていまス。教えていただく必要はありませン」
「あーはいはい機械様は完璧でございますね。お前な、少しくらい不完全な方が人には好かれるんだぜ」
「自分の電化製品が壊れたら、アナタは全く逆のことを言うんでしょウ」
トボルは淡々と言って仕事に移った。ム、ムカつく…。このままでいいのか、人間として。
そうだ、社長だって少し不安のようなことを言っていた。今のうちにトボルが何か失敗すれば、きっと考え直すに違いない。
(そうと決まれば…)
俺はキッチンへ行って、給仕マシーンに熱いコーヒーを一杯注文した。
しょせんヤツは機械、プログラムされていない事態には対応できまい。たとえこの鉱山で起こるあらゆるトラブルに備えていたとしても、近くの人間がコーヒーをぶちまけるなんてことは想定外のはずだ。パニックになって醜態をさらすに違いない。
「ようトボル、コーヒーでもどうだい」
「ありがとうございまス。ワタシのエネルギー源は太陽光ですのデ、お気持ちだけで結構でス」
「そりゃ残念だ。おっと手がすべったぜ!」
コーヒーカップが宙を舞い……突如トボルの手が1m伸びて、一滴も落とすことなく運動エネルギーを相殺した。
「どうゾ」
「…意外と反射的に対応できるんだな…」
「イエ、コークスサンが部屋に入ってきたときから、表情や筋肉の動きデこの行動は予測できましタ。今後はなるべくおやめくたさイ」
「あ、そう…」
俺はすごすごと退散すると、次の計画を練り始める。
(そうだ。ロボットというものは無限ループに陥ると、煙を吐いてショートするものだったような)
例えば「自分はウソつきだ」と言われると、それを嘘と判断しても本当と判断しても矛盾が生じ、論理の無限ループに落下するのだ。
でもそれで壊れたら俺が弁償させられるのかな…。いや、故意でないことにすれば大大夫だろう。普通に話しただけで壊れたなら、それはどう考えてもメーカーの方が悪い。
「よう、相棒!」
そんなわけで、できるだけ気さくに話しかけてみる。
「なあ、お前は俺をいい人だと思っているかもしれないけどな…」
「別に思ってませんヨ」
「………。実は、俺の言うことは全てウソなんだぜ!」
日常会話を装うべく、髪をかき上げ、びしりと人さし指を突きつける俺。
「さあ、俺の言葉を信じるかい!」
「……」
トボルはまるっきり無視して、監視の仕事に戻りやがった。
「あの、聞いてる?」
「アナタは時にウソも言えば本当のことも言う、ごく普通の方と判断しましタ」
「…意外と柔軟だな…」
「コークスさん、ワタシは人間が作ったロボットでス」
振り向いて、表情のないままヤツは言う。
「選りすぐりの専門家達が、心血と幾多の時間をかけて開発したのでス。無限ループなどという最も問題になりそうな箇所は、真っ先に対処されていて当然じゃないですカ」
「ああそうですね、素人考えですみませんね…。なあ、ロボットは人間に危害は加えないんじゃなかったのか?」
「ハイ、そのように作られていまス」
「さっきから俺の心はズタズタに傷ついてるんだが」
「危害の範疇に入りませン。唾でもつけときなさイ」
そう言って仕事に戻る機械を前に、俺の心に憎しみが灯る。
なんって嫌なヤツなんだ…!
俺は自室に戻って、趣味のガラクタの中から、豆粒大の映写装置を取り出した。
『肝試し用立体映像シリーズ IV エルラゴ星人』
例えばこの火星に宇宙人がやって来たとしよう。
そして最初に出会ったのがロボットだったとする。彼らは相手の機械的で事務的な態度に怒り、星間戦争が勃発してしまうのだ。
そして灰になった地球を見て、社長は後悔するに違いない。ああやっぱり人間を雇っておけば良かったと…。
ということを証明するため、装置のスイッチを入れて監視室へ放り込む。
『キシャー! 我々ハエルラゴ星人ダ』
「……」
さあやれトボル! お前の熱くない魂を見せてくれ。
「いよっ社長。今日もよいお日柄でんナー」
って何を言い始めるんだお前はぁ!
「そのゴージャスな背ビレがなかなか決まってまっセー」
『キシャー! ソウカナ? ワハハハ』
「和んでんじゃねぇー!」
思わず飛び出し、立体映像を蹴散らしてトボルに詰め寄る。
「何だ今の媚びた商人みたいな物言いは! お前にロボットとしての誇りはないのか!?」
「古今東西の話術がインプットされていますので、ちょっと使ってみましタ。それよりエルラゴ星人サンが、コークスサンを見て笑っているようですヨ」
「何だと! てめぇこの宇宙人野郎、今の俺の状況がそんなにおかしいか! ゴートゥーブラックホール!」
「これで本当なら星間戦争が勃発していましたネ。分かったら大人しくしていてくださイ」
「………」
終わったな…。
とぼとぼと窓の近くに行って、生命のない外を覗き込む。
「いいよもう…。俺なんか白骨になって宇宙を標ってりゃりゃいいんだろ…」
「コークスサン」
俺が締めるのを待っていたかのように、トボルは一枚の画面を映し出した。
「実は、このようなプランがあるのですガ…」
仕事場の光景は、前に見たときと変わりなかった。
おそらく人の眼に映らない情報は、途中でカットされているのだろう。
「調子はいかがですカ?」
「ああ、万事順調だね。暑くも寒くもないのがいいね」
「温度の情報自体を送っていませんかラ。行きたいトコロがあれバ他のロボットに装着させますので、言ってくださイ。完全にご要望通りとはいきませんガ」
「別にいいや。必要なら映像だけもらうさ」
それにしても、人間の脳ひとつの情報が納まるチップが、最近では20ドルで買えるとは知らなかった。
かくして俺はトボルの部品の一つに姿を変え、機械の中に同居することになった。活動に必要な電気は彼から供給されている。
食費も住居費もいらないし、政府の補助はゲームにつぎ込めるし、そこそこ豊かな精神生活を送れそうだ。
「でも、こんなことしてそっちに何の得があるんだ? 俺の身体の処理費もかかっただろ」
「会社の方針ですからネ。我々も諸問題を放置できるとは思っていませン。人類とうまく共存するためには、これくらいは当然のことでス」
「お前って案外いいヤツだったんだな! じゃあ悪いけどしっかり働いてくれよ」
早速ゲームに没頭しようとしたその時、トボルの視覚を通して画面が眼前に展開される。
『コークス君…』
「あ、社長。こんな姿ですけどこんにちは」
『あなた、本当にそれでいいの…』
俺は肩をすくめて(肩がないので気分だけだが)回答する。
「他に失業問題を解決する方法がありますか? こんなご時世に仕事を探すくらいなら、こっちの方がよほどマシです」
『でも、それじゃあおいしい物も食べられないでしょう』
「最近じゃ食ベるのも面倒でしたから丁度いいです」
『あ、そう…。天使があなたを見落としたりしませんように!』
気の毒そうな視線を残し、画面は消えた。すぐにトボルが慰めるような音声を送る。
「お気になさることはありませン。5年もすれば人々も慣れまス」
「そうかい」
「だって近視になった眼を新品と取り替えるなんて、昔の人が見ればさぞかし奇異に映ったでしょうからネ」
「それを社長は平気でやってるもんな。時代の流れってのはそういうものか」
経済学者の言う通りなら、あと50年もすれば元のものに近い身体を、タダで作ってもらえるようになるのだろう。だからそれまでの避難と言えなくもない。俺がその時に戻るかは分からないけど。
まあ未来のことはどうでもいい。まずは一番人気のゲームをダウンロードする。製作者は人の娯楽を研究し尽くしたロボットだったが、遊ぶ方にはやはりどうでもいいことだった。
それにしても…。
(今の俺って、人間なのかなロボットなのかなぁ…)
<END>
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