この作品はPS版「シスター・プリンセス」(c)メディアワークス の世界及びキャラクターを借りて創作されています。

# 兄、鈴凛、衛の三人兄妹という設定です。
















公平な兄













「あねぇ、そのへんにグローブないかな?」
 いつものようにラボで発明に熱中していると、開いた扉から妹の明るい声が響いた。
 ラボっていっても外の物置で、中身を無理矢理端に寄せてスペースを空けただけのもの。なので目の前には本来の物置の主が、ガラクタになって積まれていたりする。
「うーん、あるとすればそのガラクタの中だわ。メカ鈴凛、探してやってくれる?」
「了解しました、マスター」
 発明を手伝っていた私の分身は、くるりと向きを変えて機械的に捜索を始めた。
 私の名前は鈴凛。自分で言うのもなんだけど、メカに関する才能はかなりのものだと思う。資金さえあれば私に作れないものはないっ。まあ、その資金が問題なんだけどね。
「ごめんねー、メカ鈴凛」
 そして一緒に探し始めたこの子は衛。私の妹で、姉から言うのもなんだけど素直ないい子。やっぱり姉妹だけあって私に似たのよねぇ…なんて言うと、みんなに妙な顔をされる。
「でもグローブならアニキが持ってるんじゃない? 部屋で見かけたわよ」
「うん、でも二つないとダメなんだ。あにぃとキャッチボールするんだから」
「ふーん、球技は苦手なんじゃなかったっけ」
「だ、だから練習するんだよっ。そうだ、あねぇも一緒にやろうよ!」
「え…あ、あははは。私は研究があるから遠慮しとく」
 運動が苦手ってわけじゃないけど、衛の体力に付き合わされるのは勘弁してほしいわ。前に一緒にマラソンやらされたときはひどい目にあったっけ…。
 ほどなくしてグローブは発掘され、衛はホコリだらけの頭をはたいてから、ふと床にある組み立て中の装置に目を落とす。
「あねぇ、今度はなに作ってるの?」
「これ? ふっふっ、よくぞ聞いてくれました。これはねぇ、自転車に取り付けてスピードをアップさせる装置よ」
「わ、すごーい! じゃあボクの自転車も速くなる?」
「マッハ5は出るわよ」
「…乗ってる人、死んじゃうんじゃ…」
「まあ速度調節がついてるから大丈夫だって。でもねぇ…」
 と、わざとらしく暗い顔を作ってみる私。
「実は先行きが暗いのよ。資金不足で材料が足らなくって」
「え…そうなの?」
「そんなわけで衛ちゃんっ、千円貸してっ」
「ええー!? だ、だってこの前貸した五百円もまだ返してもらってな…」
「細かいことは気にしない! いいじゃんそれくらい、そのうち倍にして返すからさぁ」
「で、でもぉ…」
「妹にたかってるんじゃないっ!」
 突然の背後からの声と、同時にべしん、と頭が何かではたかれる音。
 ゆっくりと振り返ると、呆れ顔のアニキが人の頭にグローブを乗せていた。
「あ、あはは。アニキ…」
 この見た感じぱっとしない、平凡な男が私のアニキ。口うるさくて、お節介で…でもまあ、私にとっては大事なアニキ。いや、ほら、やっぱり資金援助してもらえるし。
「あーあ、邪魔が入った」
「聞こえてるぞっ。衛もダメだぞ、こいつに甘さを見せたら際限なく搾り取られるからな」
「失礼ねー、人を金の亡者みたいに。じゃあアニキが貸してよ、五千円」
「なんで増えるんだよ!」
「あ、あはははは…」
 他愛のない言い争いに、衛が困ったように笑う。これが私たちのお決まりのパターン。
 ずっとそうだった。
 …今も、そのはずなんだけど。
「じゃあね、あねぇ。邪魔してゴメンね」
「別にいいわよ。にしてもアニキも大変ねぇ。休みの日まで衛の相手なんて」
「まあ、最近運動不足だから丁度いいさ。じゃあ行くぞ、衛」
「うんっ」
 仲良さそうに駆けていく兄妹を、私だけラボに残って見送る。
 ――本当に、仲の良さそうなアニキと妹。
 私はたぶん、複雑な表情をしていたと思うけど、メカ鈴凛は何も言ってくれなかった。


 洗面所で手と顔を洗ってから、自分の部屋で寝転がる。
 この部屋は衛と共有。東半分にある衛の領土は、女の子らしさこそないものの、シンプルにきちんと整頓されている。それに比べて私の方は……部品や工具で足の踏み場もない。
「ねえ、メカ鈴凛」
「はい、マスター」
「…ううん、なんでもない」
「はい、マスター」
 『何か悩み事でもあるんですか?』くらい言ってくれてもよさそうだけど――これはメカ鈴凛のせいじゃなくて、私の技術不足。まだ相手の言葉に反応するまでしかできてないのよね。
「ねえ、正直大したことじゃないんだけど」
「はい」
「別に気にしてるわけじゃないんだけどっ」
「はい」
「最近のアニキって…、衛にばっかり優しくない?」
 …言ってしまった。
 ここしばらく、ずっとそんな気がしていた。
 別にはっきりした根拠があるわけじゃないけど、気がつくと衛と喋ったり、衛と遊びに行ったりしてるし……私とはあまり話してくれない、ような気がする。少なくとも一緒にいる時間が平等じゃないのは確か。
「この前なんて駅伝の応援だとかで二人だけで出かけてたのよ? そりゃあ私は駅伝なんて興味ないけどーっ! 声くらいかけてくれたっていいじゃない! ねえ?」
 メカ鈴凛はどう反応したらいいか分からない風に黙るだけ。
「――ごめん、気にしないで」
「はい」
 自分でも気にしすぎだとは思う。
 私がラボにこもってばかりだから、必然的に衛と遊ぶことが多くなるだけなんだろうし。
 アニキが贔屓なんてするわけないもの。だけどもうちょっと、公平に感じるように気を使ってくれてもいいと思うけどなぁ――。


 サイクルブースターは8割完成したところで、あっさりと資金が尽きた。
 どうしても必要な部品が数個あるんだけど、ひとつ八百円くらい…。でもって貯金箱は空。逆さに振っても何も出ない。
 来月の小遣いまでにはまだ日があるし、早く完成させてアニキに見せたい。結局いつもの手しかないのよね。やむにやまれぬ事情ってやつ?
「アーニキっ」
「またかよ…」
 にこやかにアニキの部屋へ入ると、既に諦めたような顔で肩を落とすアニキが目の前に。むー、傷つくわねぇ。
「なによ、まだ何も言ってないじゃない」
「でも小遣いなんだろ?」
「まあねー。お願い、二千円でいいから。完成したら真っ先にアニキに使わせてあげるからっ」
「わかったわかった。ちょっと待ってろ」
 へへへ、さすがはアニキ。鞄から財布を引っぱり出す後ろ姿を拝んだりする。と…
「あにぃ、早く行こうよ! …あれ、何か用事?」
 …顔が強ばった。
 いや、別にショックを受ける理由なんてないんだけど……なぜだか緊張して、必死で平静を装いながら衛に尋ねる。
「ま…、衛、アニキとどこか行くの?」
「うんっ、ローラーブレードを見に行くんだ。まあお金ないから見るだけなんだけどね。えへへ…」
「ふ、ふーん」
「あ、でもあねぇの方が用事があるなら…」
「いや、大した用事じゃないよ。じゃあ行くか」
 財布をしまってそんなことを言いやがるアニキ。
「ア、アニキ! あのさっ…」
「分かってるって、ほら」
 すっ、と目の前に出される千円札二枚を、私はありがたく受け取る以外何をしようもなく…。
「あ、ありがと…」
 どういたしましてと手を振って、アニキはさっさと行ってしまう。
 衛はちょっと私を気にしたように目を向けたけど、やっぱり一緒に行ってしまう。
 私は千円札を持ったまま、メカ鈴凛と一緒に取り残された…。


 道端の小石を蹴る。
 近くの電気屋へ、メカ鈴凛と一緒に歩いていきながら、思わず不平がこぼれ落ちた。
「何よあれ。金さえ渡しとけばいい、みたいな態度じゃない」
「――――」
「う……」
 メカ鈴凛にじっと見られて、思わず言葉に詰まる。そりゃ、お小遣いもらっておいて文句言うのも勝手とは思うけど。
 でももうちょっとこう、さあ。
 お小遣いくれるにしても、少しは真心というものが……って贅沢だって自分でも分かってるけどっ!
「ねえ、メカ鈴凛」
「はい」
「いや、あの……」
 もごもごと口ごもってから、思い切って聞いてみる。
「もしも、もしもよ? アニキが……その、私より衛の方を可愛がってるとしたら、理由は何だと思う?」
 いや、そんなことあるわけないんだけど、予防措置として、ねえ?
「入力受け付けました。分析を開始します。
 ――――分析完了。金ばかりせびる守銭奴な妹と、素直で純真でよく懐いてくる妹では、後者を優先するのは至極自然と思われます」
「守銭奴で悪かったなぁぁぁっ!!」
「わわわ私は分析結果を発言しただけデす」
 メカ鈴凛の肩をつかんでガクガク揺すってから、我に返ってその手を離す。
 やっぱり……そうなのかなぁ。
 ちょっとおねだりし過ぎたのかもしれない。それでアニキ、私のこと嫌になって、『妹? 衛さえいればいいや』とかそーゆー思考に…。
 ぶんぶんぶんっ。
 頭を振って悪い考えを追い払う。そんなの認められない。歩く足が次第に速くなる。こうなったら、早く発明を完成させよう。完成品を見れば、アニキもきっと誉めてくれる。
 電気屋で必要な部品を買いそろえると、半ば駆け足で家に戻った。メカ鈴凛もぱたぱたとついてくる。
 ラボにこもり、猛然と作業を開始する。そうよ、今までもそうだったじゃない。
 私が何か作るたびに、アニキは『すごいなぁ、鈴凛は』って言ってくれた。
 だからもっと発明が好きになって、上手くいかないときでも頑張ってこられたんじゃない――。


「あねぇ、ただいまーっ」
 そんな私の気も知らず、ラボの扉を開けた妹は脳天気な笑顔を見せた。
「ねえねえ、ローラーブレードの最新モデルが出てたんだよ! あねぇも来ればよかったのに」
「…ふーん。興味ないし」
「そう? でもあんなので滑れたら楽しいだろうなぁ。すっごく速そうなんだよ。びゅーんって」
「うるさいわね。今忙しいのよ、邪魔しないで」
 …しまった。
 言ってから後悔したけど既に遅し。数秒間固まった衛は、無理矢理笑顔を作ると少し小さな声で言った。
「そ、そう。ごめんね。ボクってほんとに気がきかないよね。あの……ごめんなさいっ!」
 背を向けて走り去る衛を見送って、ラボの扉を閉めてから、深く深く溜息をつく。
 やっちゃったぁ…。
「…衛に当たっても、しょうがないのになぁ」
 衛が嫌な子なら、まだ楽だった。
 でも正直言って、あたしには勿体ないくらいのいい妹だから始末に悪い。
 『すごいや、あねぇ!』って、私の発明に感激してくれたのは、最近ではむしろ衛の方が多いかもしれない。
 帽子の上にサングラスを載せて、嬉しそうに走ってきたこともあったっけ。
『ねえ見て見て! あねぇとおそろいだよっ』
『アンタね、そりゃゴーグルじゃなくてサングラスでしょ』
『え…違った? あ、あははは。おかしいなぁ…』
 困ってる妹に、思わず苦笑したそのときの私は
『ま、似たようなもんでしょ』
 そう言って、衛もにっこり笑って。
『ボクね、みんなに自慢してるんだ。ボクのあねぇは天才なんだぞって。あねぇは何でも作れちゃうんだぞって!』
 そんな風に言われて悪い気はしなくて……まあ正直に言えばめちゃめちゃ嬉しくて、暗視機能つきの高性能サングラスを作ってプレゼントしたんだった。
 だから衛は悪くない。
 うん、だから……みんなアニキが悪いんだって、そういうことにするしかないよね…。


 そんなこんなで、サイクルブースターはついに完成した。
 今日は日曜。昼過ぎになっちゃったけど、天気もいいし、今からサイクリングに行っても何の問題もないわよね。ただまあ、材料不足で2個しか作れなかったし……ま、衛はまたの機会にということで!
「いいじゃないそれくらい! ねえ?」
「――はい?」
「え、えへんえへん。それじゃ早速アニキに見せよっと」
 アニキの部屋をノックしてみたけど、どうも部屋にはいないみたい。庭に出てみたけどやっぱりいない。代わりに父さんがいたので聞いてみる。
「ねえオヤジ、アニキ知らない?」
 植木に水をやっていた父さんは、こちらを向いて渋い顔をした。
「お前なぁ…。いつも言ってるけど、女の子がオヤジはないだろう」
「えー、兄がアニキなんだから父親はオヤジが妥当でしょ。それよりアニキどこ?」
「ああ、衛とサイクリングに行くって言ってたぞ」
 ――え?
 理解できないでいる私の頭に、何の気なしの声が飛ぶ。
「なんだ、鈴凛は一緒じゃなかったのか?」
「あ――う、うん。ちょっと発明が忙しかったのよ。あ、あははは…」
 頭の中が真っ白になったまま、ごまかすように笑って、発明品を抱えて足早にラボへ戻ると扉を閉めた。誰にも顔、見られたくなかったから。
 あはは…。
 なーんだ、衛と二人だけでサイクリングかぁ。ブースターなんて、作る意味全然なかったわね。参ったねこりゃ。
「……こんなものっ!」
 手の中にあったそれを床に叩きつけようとして……けど今まで頑張ってきた時間を思い出して、壊すこともできない情けなさ。
 床に座り込み、ブースターを脇に置いて、自分の膝を抱え込んだ。
 もう……やだ。
 アニキの馬鹿……。


 いつの間にか夜になってたらしい。
 なぜってアニキが扉を叩いて、『夕飯だぞ』なんてのんきに言いやがったから。
 頭に来たので無視してやったら、しばらくしてガラガラと扉が開いた。
「うわっ! 電気もつけないで何やってんだ?」
 いつもと変わらないアニキの声。座り込んでる私を見て息をのむ音と、差し出される手の気配。
「おい、鈴凛……?」
「触んないでよっ!」
 その手を思い切り振り払う。驚いたアニキは無言の後、困った声でメカ鈴凛に聞く。
「メカ鈴凛、一体どうしたんだ?」
「――不明です」
「メカ鈴凛に聞かないでよ! このえこひいき馬鹿アニキ!」
 もう堪忍袋の緒が切れた。
 立ち上がって怒鳴っていた。どうして、私のところになんか来るのよ!
「何だよ、えこひいきって…」
「そっ…そうじゃない! 衛ばっかり可愛がって、私のこと放ったらかしにしてさあ!」
「はあ? おい、ちょっと待て…」
「公平に扱ってよっ!」
 もう、止まらなかった。
「私も衛もアニキの妹じゃない。不公平にしないでよ! こんなの、納得いかないっ!」
 馬鹿みたい。アニキにそんな義務ない。
 衛の方が可愛いっていうなら仕方ない。私に文句言う資格なんかないのに…。
 無茶言ってるって、分かってても言葉が勝手に出てきてしまう私に、アニキの大声が返ってきた。
「俺は公平だっ!」

 なっ…!
 かっと頭に血が上る。衛の方がいいならそれで諦めようって思ってたのに、このうえ白を切ろうってわけ!?
「どこがよ! 今日だって衛と二人でサイクリング行っちゃうし! どう見たって私の相手するより衛の相手する方が多いし! えーえー私はお金ばっかりほしがる嫌な妹ですよ。それならそれでいいわよ、言い逃れしないでよっ!」
「あ、あのなぁ…」
 アニキは頭痛がするとばかりに頭を抑えた。
「衛と一緒にいるのは、お前に小遣いをやってる分だよ…」
 ――へ?
 ぽかんと口を開ける私に、小さく溜息をつくアニキ。
「前に小遣いやった時さ、衛が見てたんだ」
 そう言って、アニキはその時の様子を話した。
『いやー、また鈴凛にねだられちゃったよ。そろそろバイトが必要かもな』
『いいなぁ、あねぇばっかりお小遣いもらえて…』
『‥‥‥』
『あ! で、でも仕方ないよね。ごめん、忘れて。ねっ!』

「確かに鈴凛にばっかり小遣いやるのは不公平だし、かといって二人に小遣いやってたら破産するし、この上はできるだけ衛の相手をしてバランスを取ろうと…」
 あ……あはは、は……。
 怒りはあさっての方角へ消えて、代わりに冷や汗が体中を落ちる。うん、確かに公平だわ…。
 って私のバカーーっ!
 なのに一人でいじけて、しかもちゃっかり小遣いはもらってたわけねっ! ああもうバカバカ大バカっ!!
「とにかく!」
 内心でのたうち回る私に、アニキはびしりと突きつける。
「選ぶなら小遣いか兄の愛情かどっちかにしなさい。両方は無理! お前らの兄貴は一人しかいないんだから!」
 お金か、愛情……?
「あ……」
 ――そんなの、決まってる。
 それは、一度も欲しいなんて言ったことはなかったけど。
 それが無かったら何の意味もないって分かったから――私は横を向いて、たぶん耳まで真っ赤になって、それを言った。
「愛情……」


 アニキはしばらく、ぽかんと口を開けていた。
「おい、正気か!? 俺の愛情なんて一文にもならないんだぞっ!?」
 あ、アニキ…。私のことをそーゆ目で…。
「そりゃ、資金は欲しいし、発明もしたいけどっ!」
 でもまあ、そう思われても仕方ないような妹だったわけで。
 そんな自分への罰を込めて、恥ずかしいのを我慢して本当のことを言う。
「けど…や、やっぱりアニキに見てもらわないと作る張り合いがないし…。
 兄妹なんて、どうせいつかは離れて暮らすんだから…一緒にいられる間は、できるだけ一緒にいたい…」
「鈴凛…」
 しばらく沈黙が流れる。何か言おうとして、急にがっくりと肩を落とすアニキ。
「ごめん…」
「なっ…なんでアニキが謝るのよ!」
「いや、俺が悪かった。ごめん」
「悪いのは私でしょっ! 馬鹿みたいにやきもち焼いて、あんなこと言ってっ! ああもう、みっともないっ…」
 もう、泣きたかった。恥ずかしくて、私がこんな気持ちだなんて知られたくなくて、それから少しだけ……アニキに嫌われたわけじゃなかったのが嬉しかったから。
「ちゃんと話せば良かったんだよな」
 いつものアニキ。何も変わってない。
「兄妹なんだから、完全に平等にしようとか算数みたいなこと考えてないで、言えば良かったんだ。ごめんな、寂しい思いさせて」
 もう、どうして…。どうしてこんな人が、私のアニキでいてくれたんだろう。
 結局私はそれ以上は、胸が詰まって、何も言えなくて。
 アニキに手を引かれて、夕ご飯を食べに家の中へ戻っていった。


 ほんと、穴があったら入りたい。アニキのこともだけど、その後になってアニキに話を聞いたらしい衛までやってきたから。
「ごめんね、あねぇ! ボクがお小遣いほしがったりしたせいで、そんなことになってたなんてっ!」
 飛んでくるなりそんなことを言う衛に、私は逃げ出したい気分だった。
「あ、あははは。いや、あれは私が悪…」
「ううん、そんなことないよっ! あねぇは天才でお金が必要なのも当然だもん。ボクなんかが羨ましがるなんて図々しすぎたんだよ! ボクなんか、あねぇみたいに立派で凄い人の妹でいさせてもらえるだけでも感謝すべきなんだよっ!」
 ぐさぐさぐさっ。
 良心に針が突き刺さり、私は思わず……衛にヘッドロックをかけていた。
「だからいい子すぎるんだってのあんたはーーっ!」
「うわぁんよくわかんないけどごめんなさいーーっ!」
 締め上げて…ついでにぎゅっと抱きしめる。
「あ、あねぇ?」
「まあ…こんなどうしようもない姉だけどさ。少しは反省したから、見捨てないでやってよ」
「ち、ちょっとあねぇ。何言って…」
「うん、反省した。私もアニキを見習うわよ。ちゃんと、姉の愛情をあげなくちゃね」
 手を離して、小声でそう言う。なかなか面と向かって言うレベルになるには難しそうだけど。
 衛はしばらく私を見つめてから、ぎゅっと手を握って俯いた。
「…もう、もらってるよ」
「まあまあ。もう少し増量するから受け取りなさいな。どうせタダなんだし」
「も、もう。あねぇったら…」
 照れくさそうに笑う、その顔を見て……私にも、アニキの気持ちがよく分かったのでした。


 こうして、私への資金援助は絶たれてしまったわけで。
 二人も妹がいるんだから仕方ないわよね。メカ鈴凛と一緒にバイトでもするかなぁ…。
 あ、アニキだ。
「アーニキっ」
 廊下を歩いていたアニキに、背中から思いっきり抱きつく。
「な、なんだよいきなり」
「いやほら、お小遣いは諦めたからさぁ。その分甘えとかないと損じゃない?」
「損って、お前なぁ…」
 呆れて溜息をつくアニキに、笑いながら大きな背中に顔を埋める。
 と、その視界の隅に人影があった。
 こんな光景を見せられて、どうしよう、って感じの衛の姿。
『おいでおいで』
 手招きで伝える。衛は一瞬迷ってたけど…。
 やっぱり私の妹なのか、近づいてきてえいっと前からアニキに抱きついた。
「お、お前らなぁ…」
 サンドイッチにされて、情けない声を上げるアニキ。
「文句言わないの。アニキは二人分のアニキなんだから」
「あはは。そうだよ、あにぃ」
「ったく…しょうがない奴らだな」
 うん、自覚した。私の中に、どうしようもないくらいの気持ちがあるって。
「…それじゃ、今度三人でどこかに遊びに行くか」
「え、ほんと?」
「まあ、資金も余裕ができたことだし」
「やったっ。衛、これはもう山ほどおごってもらわなくちゃ」
「え…う、うん、あねぇがそう言うならっ!」
「こらこらこら!」
 同時に吹き出す。本当に自然に。
 どちらが優先で、優先でないかなんて――全然必要ない。三人でいるのが、こんなに楽しいんだもん、ね。







<END>



感想を書く
後書き
ガテラー図書館へ
シスプリの小部屋へ
プラネット・ガテラーへ