清川SS:アタックランチ




「ああ…。何かあいつに喜んでもらういい方法はないかなぁ…」
 2人の前で情けなく愚痴こぼしてるあたしに、沙希が例によって勢いよく断言した。
「望ちゃん、それにはお弁当よ!」
「サッキーってばそればっかねー」
「だ、だってお弁当って本当にもらって嬉しいものなのよ。真心をこめればきっと喜んでくれると思うな」
 お弁当かぁ…。確かにここでうじうじしてるよりはいいかもな。
 でも自分がお弁当渡してる姿想像してとたんにやる気なくした。あまりにも違和感ありすぎる。
「いいんだ…。どうせあたしに女の子らしいことなんて何一つ似合わないんだ…」
「そ、そんなことないよ」
「That's meybe right. そうかもねー。望のお弁当じゃ野菜とか全部つながってそうだし」
 むかっ。彩子の言葉に思わずかちんとする。他のやつはともかくこいつにだけは言われたくない。
「こう見えても料理は得意なんだからな」
「ハハーン?食べるのがじゃないの」
「な、なんだよっ!彩子の弁当なんてそもそも食えたもんじゃないじゃないか!」
「ふ、2人とも落ち着いて…」
「何を言っても負け犬の遠吠えよ〜」
 こっこのこのこの…。ここで退いたら女がすたる。ああ女がすたるとも!
「わかったっ明日絶対作ってきてやる!その時になって吠え面かくなよなっ!」
 あたしはそう言い残すと部活をしに教室を出ていった。あーほんとに腹立つ!
「…彩ちゃんて他人をけしかけるのが上手いよね…」
「あっはっはっ、そんなに誉めたら照れちゃうじゃない」

 あたしが料理できるの意外だって?まあちゃんと訳はあるんだけどさ。
「ただいまー」
「おう望ぃー、腹減ったぞ」
「わーかってるよっ」
 こいつはうちの3男の武実(たけみ)。1年浪人してたけどこの前ようやく滑り込んだとこ。他に兄が2人いて、親父は単身赴任中。お袋は…あたしが小さいとき離婚したっていうか他の男と逃げたっていうか。ま、賑やかだから別に不幸だとは思わないんだけどさ。
「(でもそのせいでこんなガサツな性格になったんだから、やっぱり不幸かなぁ…)」
「はははっどうした深刻な顔して。ようやく好きな男でもできたか?」
「ばっ…馬鹿っ!」
 あたしは真っ赤になって自分の部屋に駆け込んだ。あーいう無神経な兄ばっかだから駄目なんだよなっ!
「お、おい望…。まさか本当にそうなのか!?おい望望ぃぃぃぃぃ!!」
 はぁ…。啖呵切ったはいいけど、あたしにお弁当なんてなぁ…。
「騒々しいですね、武実君」
「ああっ巽兄貴!望が望がぁぁぁぁ!」
 廊下の喧噪にあたしが部屋を出ると、次男の巽(たつみ)兄が本を片手に出てきたところだった。ちなみに今年院試。
「望君、そろそろ僕の血液中のブドウ糖が薄まってきてるんですが」
「わかったってば!ったく、こっちは水泳でクタクタなんだから少し考慮してほしいよな」
「何を甘えている」
 こいつは長男の正臣(まさみ)兄。カタギのサラリーマン。ほんとーにカタギ。
「もともと全員で決めた事。それを後になってああだこうだと不平をこぼすようではそもそもの人生に対する態度というものが」
「あーはいはいわかったわかったわかりましたっ!」
 ま、要は家事持ち回りだから、4日に一度は夕飯作らなきゃならないわけだ。そりゃ料理の腕も上がるよな。
「ゆうべのきんぴらまだ残ってるよな…。豚肉買ってあるから、ホイコウロウにでもするかな」
 中華鍋で野菜を炒めながら考える。そうだよ、あたしだってやれば出来るんだ。ぐちぐち言うよりはアタックあるのみじゃないか。
 でも中華鍋を見ながら考える。どうしても色気ってものがないよなぁ。この前はラーメンで、その前は豚汁だったっけ。これじゃなぁ…。
「な、なあ望。さっきの話なんだが」
「なに?武実兄」
「いや、だからお前に好きな男ができたのかという…」
「ばっ、馬鹿っ!そそそんなわけないだろっ!」
 まったくなんてこと聞くかなぁこの男はっ!だいたい…あたしの片思いだしさ。
「そ、そうかぁっ!だよなぁ、望みたいなガサツで乱暴で色気のない女にそんなわけないよな!」
 どべきぃっ!!
「ぐはぁ!あ、兄に手を上げるなんてそれでも妹か!!」
「うるさいっバカバカバカ!!もう武実兄なんて嫌いだっ!!」
「(ガァーン!)うわぁぁぁん望に嫌われたぁぁぁぁ!!」
 そう叫んで走り去る。何なんだよ一体…。昔からなんか変な兄だったんだ…。
「いいから望君、料理に集中してください」
「う、うん…」
 ガスの火で飛び散る油。可愛さのかけらもない。
「なぁ巽兄、やっぱり男の人って可愛いお弁当とかが好きなのかな?」
「料理にあるのは旨いか不味いかだけですな」
「可愛さで腹がふくれるか、愚か者」
 こいつらに聞いたあたしが馬鹿だったよ…。


 翌朝のロードワークは休み。代わりにハチマキを締めて台所に立つ。ゆうべ一晩考えた結果だ。
「どうせ後がないんだ、当たって砕けるのみ!彩子に笑われるのはシャクだし!!」
 というわけで奮発して焼き肉弁当だ。スポーツの得意なあいつならきっと喜んでくれる…かなぁ。
「それともタコさんウィンナーやハート型ハンバーグでも作るべきなんだろうか…」
 だーっ!口にしただけで恥ずかしいぞ。なんで沙希はあんなもの作れるんだ?
「…料理なんて味だよ、なぁ?」
 結局兄貴と同じこと言ってるなぁ…。やっぱり環境のせいなんだ、ねぇ。
「あれ、望何やってんだ?」
「あ、武実兄。おはよう」
 そういや今日は武実兄が朝食当番か。早く片づけなくちゃ。
「ちょっと待っててね」
「なんだ、豪勢なもの作ってるなぁ。また太るぞ」
「あ、あたしが食べるんじゃないやい!」
 むきになって反論するあたしに、なぜか兄貴の顔がぱぁっと輝く。
「ま、まさか俺のために…」
「…なんであたしが武実兄に弁当作ってやらなきゃならないんだよ」
「なんだ違うのか…っておい!まさか他の男に作ったとか!?」
 だからなんなんだよ朝っぱらから…。
「べ、別にいいだろっ!まったくうるさいなぁ…」
「お、俺は許さんぞ!!」
 こんなの受け取ってくれるかなぁ…。あいつこういうのあんまり好きそうじゃないし…。硬派なんだよな、女の子に興味ないって顔だし。いや、そこがいいんだけどさ。なは、なはははは。
「聞けよ人の話!」
「あ、ごめん。何?」
「朝食はまだか」
「僕の血液中のブドウ糖が」
「聞いてくれ2人とも!人の妹に手を出すふてぇ野郎がいるらしいんだ!」
「それはまた奇特な」
「捨てる神あれば拾う神ありですねぇ」
 殴るぞ3人とも…。
「な?望。どこのドイツ人か知らんがやめとけ、今は水泳の大事な時期じゃないか!」
 せめて盛りつけくらいは可愛くするかなぁ…。あーっ、あたしって細かい仕事は苦手なんだよな。
「望ぃぃぃ〜〜!」

 で、とりあえず。
「どうだ!ちゃーんと作ってきたぜ」
「すごいわ望ちゃん!」
「So good. 上出来じゃない。あとは渡すだけねー」
 え゛。あたしの表情が思いっきりひきつる。
「あ、あはははは。どっちかが代わりに渡してくれると嬉しいなーとか…」
「何寝ぼけてるのよ…。Do you see dream?」
「望ちゃん、根性よ!」
 ああっやっぱりこうなるのかぁっ!参ったなぁ、清川望最大のピンチだよ…。
「なーにが最大のピンチだか。いやー昼休みに向けいやがおうにも気分が高まるわねー」
「彩子…お前楽しんでるだろう?」
「あっはっはっ、わかる?」
 はめられたぁぁっ!!

 それでもって、こういう日に限って昼休みはすぐに来たりする。
「ほら、Go ahead! お弁当腐っちゃうわよ」
「そうよ、冬だからって油断はできないのよ」
「いや…あの…でもさ…」
 廊下から中をうかがうと、見慣れたはずの姿が見える。今だ、行け、望。いやでも準備運動してからだ。足がつるじゃないか。
「すっかり錯乱してるわね…」
「望ちゃん、気を確かに!」
「ででででもっ」
 あ、席立っちゃった。昼飯食べに行くつもりだ!まずいこのままじゃ一巻の終わりだどうしよう、ってこっちに来る!出口だから当たり前だけど!
「よお、どうしたそんな所で」
「や、やぁっ!元気!?」
「…おう」
 あたしは後ろに弁当箱隠したままもじもじしてる。横から彩子と沙希がせっつくんだけど、だって、タイミングがというかなんというか、
 あいつはけげんそうな目であたしを見てる。
 なんか違う。普通お弁当を作ってあげるってこんなのじゃなくて、あたしみたいな男女じゃなくて、こんなスタミナ弁当なんかじゃなくて、とにかくなにもかも違って。
 駄目だ。
「ごめん、なんでもない!それじゃ!」
「望!」
「望ちゃん!」
「おい、清川!?」
 本当に駄目だ、あたし。

「(あーあ…)」
 結局いつもと同じかぁ。そんな気はしてたけどさ、はは…。
「武実君、これは不法侵入というのでは」
「んなこと言ってる場合か!ああだから俺は女子校に行けと勧めたんだ。望のやつ純情だからなぁ、変な男に騙され捨てられ」
「…なんか言った」
「うおっ望!」
 植え込みの中の2人によどんだ目を向ける。なんの用、なんて聞く元気もないなぁ。
「おい、どうかしたのか?」
「拾い食いでもしたのですか」
「ほっといてよ…今兄貴たちと話する気分じゃないんだ」
 ああ…弁当無駄になっちゃったな。でも変なもの渡しても迷惑なだけだよね…。
「どうやらお弁当を受け取ってもらえなかったようですな」
「何ぃーーー!?」
「違うってば…」
「許せん、許せんぞぉぉ!この俺自ら引導を渡してやる!」
 バキッ!
 あたしは怒りにまかせて近くにあった幹を殴りつけた。人が傷ついてるときにごちゃごちゃごちゃごちゃと…それでも血を分けた兄妹か!!
「何でもないって言ってるだろ!ただあたしが渡せなかっただけなんだから…!」
 何でこんな事言わなくちゃいけないんだ。驚いてる2人の前で拳を震わせながら、あたしは弁当箱を高く持ち上げる。
「こんなもの!」
「おい、バカ!!やめろ!!」
「放せよ!どうせあたしなんて可愛くないし色気もない、駄目な女の子なんだ!」
 ばしっ
 あたしの左頬が鳴った。呆然とした瞳に映る武実兄は、今まで見たこともないくらい真剣な顔だった。
「…甘ったれるんじゃねェ!」
「武実兄…」
「ぶつかってみることもしねェで、何うじうじ言ってやがる!望が可愛くないだと!?んなわけあるか!望は可愛い。世界中のどんな女の子よりも可愛い!!」
「危険な兄ですね…」
「てめェは黙ってろ!赤ん坊の頃から見てた俺が言うんだ、間違いない!そうだろ?元気で明るくて花が好きで…それがお前じゃねェのか!!」
 武実兄は一気に言うと、しばらく肩で息をしてた。あたしは頬を押さえたまま何も言えなかった。つうっと涙がこぼれ落ちる。
「でも駄目、駄目なんだ…。あたし…あたしのお弁当なんて…」
「それは違うぞ、望」
「正臣兄!」
「長男!」
 昼休みに抜け出してきたのか、スーツ姿の正臣兄が藪の中から現れた。
「駄目だから弁当を渡せないんじゃない…弁当を渡せない奴を駄目と言うんだ!!」
「!!(ガァァーーン!!)」
 そう、その通りだ。あたしってヤツはあたしってヤツは、なんだかんだ理由つけて諦めることで逃げようとしてたんじゃないか。どこまで情けないヤツなんだ!!
「…こんなお弁当でも大丈夫かな」
「あ、当たり前だ!でなかったら相手の男殴ってやる!」
「まずくはないと思いますよ」
「迷うな、妹よ!!」
 ありがとう、ありがとうみんな…。そうだ、防御なんてあたしのガラじゃない。攻撃あるのみじゃないか!!
「待ってろ!今行くよ!!」
 そうだ行け望、人生なんでも勢いだ!後悔するのは歳取ってからでいいんだ!うぉぉぉぉ!!ズドドドドドドド
「フッ…。頑張れよ、望…」
「それじゃ俺そろそろ仕事だから」
「…やっぱり嫌だぁぁぁ!望は俺の妹なんだぁぁぁぁ!!」
「後は任せた」
「こんなものを任されても困るのですが…」
「望ぃぃぃーーーー!!」

 ドドドドドドド
「これ、食べてみてくれっ!!」
 全員が唖然としてる。沙希も彩子も、あいつも。本当に勢いだけで渡しちゃったよおい。
「お…俺にか?」
 真っ赤になってこくこくとうなづく。あいつもちょっとだけ赤くなりながら、ぶっきらぼうに弁当箱を受け取った。
「さ、サンキュ」
「い、いや、その、どういたしまして」
 ぎくしゃくと回れ右をして、からくり人形のように教室を出ていく。頭の中で血液がぐるぐる逆流していて、もう今にも倒れそうだった。
「やったね、望ちゃん!」
「見直したわ、That's great!」
「うん…」
 2人がなにか言ってるような気がしたけど、あたしの耳には届いてない。ぶるっ、と急に震えが来る。どうしよう、あいつ、いきなりあんなことして変な女だと思ったんじゃ。あたしってばまた後先考えずに馬鹿なことしちゃったんじゃ!?
「ど、どうしようあたし!」
「の、望ちゃん落ち着いて!」
「どうどう!」
「だいたい何だよ、手作りのお弁当!?そんな恥ずかしいものよく渡せるよな!並の神経じゃないよ!!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「サッキーも、どうどう!」
 勢いも落ちて錯乱しまくってるあたしは、そのままほっといたら暴れ出したかもしれない。でもその前に、きれいに洗った弁当箱を持ったあいつが目に入った。
「あ…」
 食べてくれたんだ…。それだけで何だか、心の奥が暖まってくる。
「よお…一応洗ったから」
「あ、え、うん。べ、別にいいのに」
「Hey, 感想は?」
「おいしかったよね!?」
「ば、バカっ!」
「…ああ、うまかった」
 聞き間違いか?うまかったって言ったような気がするんだけど。
 頭の中が真っ白になりかけながら、破れそうな心臓を押さえて弁当箱を受け取った。
「あ、あのな」
「う、うんっ。なに?」
「‥‥‥‥」
 あいつは答えないで背中を向ける。なんか顔が赤いように見えるのは錯覚だろうか?
「その…
 よ、良かったらまた作ってくれよ!」
 言い放つようにそう言うと、逃げるように走り去っていった。え、今、なんて言ったんだろう?
「Bravo!やったわね望!」
「彩子…あたしのほっぺたつねってみてよ」
「OKOK.とりゃ!」
「いだだだだだ!」
「おめでとう望ちゃん!」
 ようやく実感がわいてくる。夢じゃない、夢じゃないんだ。あは、あはははは。
「あははははっ、いやー参ったな!あんなこと言われちゃうなんてさぁ!」
「あっはっはっ、考えようによってはプロポーズみたいなもんよねー」
「ば、馬鹿野郎、照れるじゃないか!」
「お弁当様々ね!」
「ばんざーい!」
「ばんざーい!」
「ばんざーい!」
 あは、あはははは。だめだ、笑いが止まんないや。そうかあ、また作ってか。しょーがないなぁもう!クラス中の視線が白い気がするけどきっと気のせいだな!
「ばんざーい!!」

「たっだいまー」
「お、おう望」
 武実兄が心配そうに駆け寄ってくる。いい兄を持ったなぁ、あたし。なんかむちゃくちゃ嬉しくて、思わず武実兄に抱きついた。
「お、おい望!?そんなだめだっ、俺たちは兄妹で、でもどうしてもというなら」
「ありがとう武実兄!あたし…あたし今すごく幸せだよ!」
「(ああっ可愛いっ!) の、望ぃぃーーー!」
「あ、巽兄。夕ごはんまだ?」
 ゴン!
「武実兄、なに柱と抱き合ってるの?」
「…なんでもない」
 くふふふふ。あ、また思い出しちゃったよ。明日は2人分作ってこうかな。それで中庭で一緒にお弁当…なんてななんてな、あ、あはははは!
「あははははははっ」
「狂ってますね…」
「やあ正臣兄!元気かい!?」
「‥‥‥‥‥‥」
 なんだよ、いいじゃないかちょっとぐらい喜んでもさ。この清川望の料理は天下一品だぜ!
「さあーお祝いに食べて食べて食べまくるぞぉー!」
「…何でもいいが俺の分は残してくれ」
「望ぃぃ〜」

 ふぅ…。
 バスタオルで頭をごしごし拭く。少し落ち着いた、かな。
「結構捨てたもんじゃない…のかなぁ」
 ぐっと力こぶを作ってみる。あたしの腕は相変わらずだけど、それでもお弁当は作れるんだし。
 ま、いいや。今日は余計なことを考えるのはよそう。最近あいつのことばかりで全然眠れなかったから、たまにはゆっくりといい夢みよう。
「望ぃーーカムバーーーック!」
「兄さん、この男どう処置しましょう」
「捨てろ」
 なんか下の方が騒がしいけど。えへへ、でもなんだかんだでいい兄貴たちだよ。
 もぞもぞとベッドに潜り込む。なんだか今日は布団が暖かい、気がする。
 おやすみ。また明日。



<END>



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