「あ、ここ空いてるぜ」
「え、いーの好雄くん?」
「ありがとぉー」
「なーにいいってことよ。女の子が困ってるのは見過ごせませんて」
飯時にごった返す食堂で、俺はにこにこと手を振りながらどんぶり片手に壁ぎわに引き下がった。隣では公の奴がブツブツ言っている。
「なんで俺まで立ち食いせにゃならんのだ…」
「馬っ鹿だねぇ、女の子に親切にできたんだからラッキーだっつーの。こうして普段から得点稼いでおけばだな?『好雄くん、これこの前のお礼なのぉ〜』てな感じで手作り弁当のひとつも頂戴して、こんな色気のない昼メシとはおさらばってとこよ」
「そうかなぁ…」
「それだから詩織ちゃんとの仲がちっとも進まないんだ。おまいは」
「ああっ言うな!それを言うなぁぁぁ!!」
しくしくと涙を流しながらつゆを飲みほす公。ま、とか言ってる俺も女の子に弁当もらったことなんて一度もありゃしないんだけどさ。ニャハハ。
と、最後の1本の麺を平らげた俺の前に赤い頭がぬっと現れる。
「えらいヨッシー!あたしは感動した!」
「なんだよ夕子…。金ならねえぞ」
「お昼おごって」
「断る」
「なーんでよぉっ!こんなかわいー女の子に親切にできるんだから超ラッキーっしょ…って公くん、どこ行くのよ!」
ああっあの野郎、身の危険感じてとっとと食器返しに行きやがった。なんて友達がいのない野郎だ!
「いやー2人の邪魔しちゃ悪いっすから」
「てめぇなんざ親友じゃねぇ!」
「ねぇ〜お願いおごってぇ〜。おごってくれないと大声で泣き出すわよ」
だーーっこの女ぁ!!
好雄SS: ヨッシーランチ
ズルズルー
目の前には俺が金払った月見うどんをすすり込む女約1名。これが現役女子高生の姿かと思うと幻滅しちゃうね俺は…。
「どーせ朝メシも食ってねーな?」
「しょーがないじゃん、寝たの4時だもん。学校来ただけで奇跡って感じ?」
自分で言うな自分で!どーせまた遊びまくってたんだろーがよ…とか言ってやったらぷーっと頬をふくらませた。
「バイトよバイト!夜の12時まで働いてたんだかんね!」
「はー」
「前言ってたコンポの新機種出たじゃん?あたしあれ欲しくってさー、今は労働&倹約期間中」
その倹約に俺を使うなっつーの!ったく、そのバイタリティが他の方向に向かないかね。
「バイトもいいけどよ、食うもんくらいはちゃんと食えよ」
「ん、わかってる。さんきゅ、ヨッシー」
にっこり笑ってどんぶりをかたむけるお気楽女。ホントにわかってるのかねぇ…。
「ゆかり、そのちくわちょーだい」
「はい〜、よろしいですよ」
「ん、おいし。そっちの玉子もいい?」
「どうぞどうぞ〜」
次の日も、また次の日も。人にたかって生きる女朝日奈夕子。
「半分以上おまえが食ってっぞ…」
「だーっておいしいんだもん」
「好雄さんもおひとついかがですか?」
「おっ、悪いね古式さん」
里芋を取って口に入れる。おお!えもいわれぬふくよかな味が見事なハーモニーをかもし出しているぜ!古式さんの腕どんどん上がってるなぁ。チェックだチェックぅ〜。
「っかーうまい!さすが古式さん、お袋の味だねぇ」
「まぁ、ありがとうございます」
「まったくどこかの女にも少しは見習ってほしいね!」
「おーきなお世話っ!そういうヨッシーも自分で作ってみれば!?今は男の料理が流行りなんだかんね!」
うげっやぶへび。しまったーこいつの性格ならこういう反撃はわかりきってたのに!
「な、なははは。こう見えてもラーメンには一家言あるのを知らねぇな?」
「今時インスタントラーメンしか作れないヤツなんて単なる超ダサ!ね、ゆかり?」
「はぁ、でもお父様は男子厨房に近づくなと」
「今はそーゆー時代じゃないの!あーあ、どっかに料理うまくて掃除も洗濯もやってくれてそれでもってかっこいい男とかいないかな」
「何言ってやがる…」
俺の渋い顔に夕子は大あくびで返すと、そのまま机に突っ伏しやがった。食ったら寝るかよ。ほんっとしょーもねぇ女…。
「ってお前、昨日も夜までバイトしてたのか!?」
「あー、毎日よ毎日」
「ニャニィーーッ!?」
「だーってほしいんだもん。それじゃおやすみー…」
とか言いながらもうすやすやと寝息立ててる。ほしいったって体壊したら元も子もないだろうにねぇ、あーまったく!
「可愛い寝顔ですねぇ」
「…ま、な」
黙って寝てりゃわりと可愛いんだからさ…。
夕子はああ言ったが俺の得意はインスタントラーメンだけでわない!塩みそ醤油、札幌喜多方なんでもござれのラーメン通だ。
…全然役に立たねぇけど。
「パン粉、パン粉どこだよ…。あーくそ、要は焼けばいいのか?」
ジューーー
…ハンバーグ作るつもりが謎の黒い物体に生まれ変わった。こ、これは優美にだけは見せられん。兄の威厳が危険でピンチだぜ!
「あれ、お兄ちゃん何やってるの?」
「だぁぁぁ!!」
「…炭焼いてたの?」
呆れたような優美の顔が不意ににやりと笑いやがった。
「あーっ、お料理してたんだぁ。いっつも優美のことバカにしてるくせに、自分だってへたくそじゃなーい」
あ、兄の威厳が…。くっそぉみんな夕子のせいだっ!
「いいからあっち行け!俺は忙しいの!」
「えへへ、優美が手伝ってあげようか」
「冗談も休み休み言えよお前!」
げしっ
あ、あ、兄を蹴りやがったな!
「優美だって練習してるもん!お兄ちゃんのばかばかばか!」
「いててて。わかった、わかったって!ったくしょうがねぇなぁ…」
まあ一応こいつも女だしな。まともな料理なんてしたことねぇし、ひとつ頼ってみるか?
なんて思った俺が馬鹿だった。
「ぐはぁーーー!」
なんでこんな味になるかね!見た目がまともなだけになお不気味だ…。
「変だなぁ、ちゃんと優美の言うとおりにした?」
「したっつーの!見た目でまずいとわかる分俺の方がまだましだぜ!」
「そんなことないもん!見た目がいい分優美の方がましだもん!」
「…低レベルな争いだな」
「…そだね」
あーあ。
ため息ついて台所の床にごろんと寝転がる。
「なんで俺があんな女のためにこんな苦労しなきゃなんねーんだよぅ…」
俺が何したってあいつにとっちゃ単なる親切だし、俺はただのいいお友だちで、だいたいあんな料理はできないわ遅刻はするわ人生お気楽に生きてる女なんて。
…でも本当は人一倍寂しがり屋で、今はバイトの最中か?毎日夜遅くまでだなんて、誰もいない家に帰りたくないだけなんじゃないのか?
「はぁ…」
手の甲で顔覆ってる俺を優美がそっとのぞき込む。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「あんな女って朝日奈先輩?」
「ばっ…!!」
思わずがばと飛び起きる!いきなり何言ってんですかねこの妹は!!
「バ、バッキャロー、なーんでなんでぇあんな女!いいか俺の理想はだな?美人で可愛くて料理が上手くてナイスバデーの」
「お兄ちゃん!」
な、なんだよ急に怖い顔して。
「そういうことばっか言ってるからいつまでもいい人どまりなんだってば!」
「うっ…」
「気持ちなんて伝えなくちゃ伝わらないんだからね!そりゃお兄ちゃんはナンパで軽薄でお調子者でサルだけど」
「あ、あのなぁ!」
「でも優美はお兄ちゃんほど女の子の気持ちを考えてる人はいないって知ってるよ。結婚して一番幸せになれるのはうちのお兄ちゃんみたいな男の人なんだぞって、世界中の女の子に言ってやりたいくらいなんだから!!」
…しばらく台所に沈黙が流れる。俺は正直恥じ入る思いだったが、それよりなによりまずはぎゅっと手を握りしめたままうつむいてる妹の、頭をそっとなでてやった。
「ありがとな、優美」
「お兄ちゃん…」
「あー、重いのやめやめ!とにかく弁当でもなんでもとっとと作っちまおうぜ!」
「う、うんっ!」
その前にこの台所をなんとかしないとなぁ…。なにせ不慣れなもんで流しは材料の切れっぱしやら使ったボールやらで満杯だ。
「ちょっとあんたたち何してんだい!」
「でえっお袋!」
片づけようと思った矢先にお袋が帰ってくる。まじい、外でおばさん同士延々と立ち話してたからあと数時間は大丈夫だろうと踏んでたんだが…。
「あーあー、冷蔵庫の中のもん勝手に使っちゃって」
「い、いや、これには深ーいワケがだな」
「怒らないでお母さん!お兄ちゃん、片思いの女の子に尽くそうと必死なんだから!」
「だーーっ余計なことを言うなぁ!」
「またかい」
「またって何だよ!!」
お袋は額を押さえて深々とため息をつく。何もそこまで…。
「わかったよ、そういうことなら母さんがみっちりしごいてやろうじゃないか!」
「い、いや、遠慮しとく…優美どこ行くんだよ!」
「優美!あんたも少ししごいてやるよ!」
「やだっ!お母さんの料理栄養はあるけど可愛くないんだもん!」
「まったく変に色気づくとこれだから…。それじゃ好雄、まずは使ったもののの片付けからだよ。きびきび働きな!」
「なんでこうなるんだーーっ!!」
そして翌朝。
「ほらよ!」
ドン!と夕子の机に弁当箱を置く。鳩が豆鉄砲食らったような顔してら。
「え、え!?」
「え?じゃねーっつーの!このままぶっ倒られたんじゃたまんねえから作ってきてやったんだぜ。感謝するよーに!」
「う、うそ、ほんとに?やだっ、ありがと!!」
けっ、喜んでやがるよ。まあさすがお袋人をこき使うのだけは天下一品だけあって、それなりのもんはできたからな。優美の奴も言葉なくして降参してたしな。
「ま、栄養は十分考えてあるからよーく味わってだな…ってもう食ってるし!」
「んー?」
人の努力と汗の結晶を早弁すな!まったくこの女はよう!
「だーって今日も朝ご飯食べてないもん」
「あーあーそうですかい!」
「えへへ、でもすごくおいしい。…あと、嬉しい」
「‥‥‥‥」
俺は前の座席に逆向きに座ると、にこにこと弁当をぱくついてる夕子を肘をついて見つめていた。まったく料理はできねえし、ズボラだし、早弁はするし。
…こんなしょーもねえ女、相手できるのは俺ぐらいだろ?
「ほーんと、作ってきてくれるとは思わなかったぁ。何かお礼しなくっちゃね」
「あーいって。全然期待してねぇから」
「あによぉ、お金かからないことなら聞いてあげるわよ」
何だっけ、優美の奴が何か言ってたな。
…気持ちは伝えなくちゃ伝わらないって?
「…来週の日曜日」
「ん?」
「空いてるか?」
「う、うん」
「遊園地かどこか行かねぇ?」
驚いたような顔で俺を見る。弁当箱と箸を持ったまま、ロマンチックとはほど遠いけど。
「…うんっ!」
とびっきりの笑顔で答える、この世で一番しょーもねえ女。
だけどそいつの笑顔見てこんなに幸せになってる俺も、たいがいしょーもねえ男かも、な。
<END>