ここ、きらめき高校には一つの伝説があります。
校庭のはずれにある一本の古木
そのたもとで卒業の日に、女の子からの告白で生まれた恋人達は
永遠に幸せな関係になれるという伝説が…
だがそんな話はヒロインにでも任せておけばよいのだ。(笑)
校内の大半の生徒には、永遠の伝説も関係ない。
自分たちにできることをやり、今日を平和に生きることができれば、皆それで満足なのだから…。
めぐーのアトリエ 〜きら校科学部の錬金術士〜
【注】このSSおよび後書きはサターン版「マリーのアトリエ」のネタバレを含みます。
あの、あの、こんにちは。美樹原愛です。1年のときに紐緒さんに無理矢理引きずり込まれて科学部の部員をやってます。
でも内気で引っ込み思案な私の性格はマッドサイエンスには向かないらしく、科学部創立以来最低というひどい成績(しくしく)。とっても怖い部長の紐緒さんはある日私にこう言いました。
「いい?美樹原愛。あなたに5ヶ月の時間と化学準備室の片隅、それからわずかだけど部費の残りを与えるわ。これで期間内に私を唸らせるような物質を作ってここまで持ってきなさい。私の下僕として認めてあげるわよ。ただしもしつまらないものを持ってきたときは……分かっているわね」
「(ひぇ〜!)」
こうして私は化学準備室に小さな工房を構えることになったのです。もらった部費は3000円。ホントにわずかです…。でもでも、科学部の伝統で怪しい薬品を作っては校内に売りさばいて部費の足しにしているんだそうです。だから私も頑張って研究費を稼がないといけませんね。どんどん道を踏み外してますね…
コンコン
「はい、どなたでしょう?」
扉を開けると立っていたのはお友達の如月さんでした。
「美樹原さんが怪しい薬品を売り出したと聞いてお祝いに来たんです。ステキな部活ですね」
「あ、ありがとうございます…」
「薬というのはいいと思います。私は昔からちょっと体が弱くて…うがふッ!」
「如月さんっ!?」
いきなり如月さんが胸を押さえて倒れました。ああっ、こんなとき科学部員としてどうしたらいいんでしょう!?
「す、すみません呼吸困難が…。酸素、酸素さえあれば…」
「酸素ですねっ!わかりましたっ!」
私は大急ぎで準備室に戻ると酸素を作り始めました。
『酸素の作成』
過酸化水素水 LV.0
H2O2。オキシドールともいうよ。体力が回復するけど、消毒薬だから飲んじゃだめだよ。
理科室の棚にあるよ。
二酸化マンガン LV.0
MnO2。黒いつぶつぶ、水には溶けないよ。触媒として作用させるのに必要。
理科室の棚にあるよ。
三角フラスコ、集気びんを使います。
コポコポコポ…
「うまくいったのかなぁ…」
MnO2(触媒)
2H2O2―――――――→2H2O + O2
「できたぁ☆」
酸素 LV.1
1774年にプリーストリーが発見したよ。最近では健康法として酸素を吸入させてくれるお店もあるみたい。
ひつような
ざいりょう過酸化水素水
二酸化マンガン
もくひょう
LV.6
つかう
MP.1
ひつような
どうぐ三角フラスコ
集気びんかかる
日数 5分
「た、頼んでおいたものはできましたか…」
「はははいっ!できましたっ!」
集気びんに酸素を集め、今にも死にそうな如月さんに吸わせます。土気色だった肌に生気が戻ってきて、如月さんはなんとか立ち上がりました。
「ありがとうございます美樹原さん。おかげで命拾いしました」
「そ、そんな大したことじゃないです…」
「これ、ささやかなお礼ですが…」
如月さんは報酬として500円をくれるともう一度お礼を言って去っていきました。わぁい、初仕事は大成功ですねっ。
「甘ああぁーーーーーい!!」
「きゃぁぁぁぁ!」
喜びもつかの間、紐緒さんがドアを蹴り倒して乱入してきました。
「そんな実験小学生でもできるわよ!せめてH2Oの電気分解くらい使いなさい!」
「かえって面倒ですぅ…」
「フン、だいたい教科書に載っているようなつまらないものを作ること自体許されないわ。そんなもの授業でやれば済む事よ」
「で、でもっ、教科書に載ってないものをどうやって作るんですか?」
私の質問に紐緒さんは不敵に微笑むと、白衣の袖から3冊の本を取り出します。
「まずはこの参考書『初等科学部講座』『中等科学部講座』『高等科学部講座』をそろえることね。しめて2300円」
「部員からお金取るんですかぁ…」
「うるさいわね実費よ実費!ホッチキス代は入ってないんだから感謝しなさい」
「(コピー本!?)」
結局参考書をすべて買いそろえ、所持金はたったの1200円になってしまいました。こんなので大丈夫かしら…
でもでも、紐緒さんが作っただけあって中身は怪しい薬品の作り方で一杯です。理科室にあるものでは作れないようなものばかり。それじゃ次は材料集めですねっ。
「めぐ〜、本当にこんなところに実験の材料があるのぉ〜?」
「あ、あるよ。…たぶん」
「何作る気なんだか…」
私は冒険者の見晴ちゃんとあやめちゃんと一緒に学校の裏の森に来ていました。2人とも私のお友達なのでタダでついてきてくれます。友情って素晴らしいです。
なぜ冒険者なのか?それはこの学校で紐緒さん率いる科学部に関わるのはとっても冒険行為だからです。おそろしいですね…
「さぁて、いろいろ探します」
私は2人に手伝ってもらいながら実験材料を集めはじめました。ただの木の葉、へべれけ池の水、タカワライタケなどなど。
ふと足元に細いトゲで覆われた球体を見つけます。
「こ、これは!」
「栗でしょ」
あっさり断言するあやめちゃんに私は悲鳴を上げました。
「ち、違うわあやめちゃん!これは
うに
って言うのよ!!」
あああっなんことするんでしょう栗とうにを間違えるなんて!事態の重大さにもかかわらずあやめちゃんは見晴ちゃんと顔を見合わせます。
「見晴…、うにってどんなんだっけ」
「とりあえず海にいるものだったと思う…」
「違うの〜!前に紐緒さんと一緒にここに来たときに
『なんと森の中にうにが落ちているとは!?この天才にふさわしい大発見ね』
『あの…、それって栗です…』
『あなた何を言っているの。栗といえばこう、茶色く尖ってて皮をむくのが面倒なものでしょう』
『あの、それは天津甘栗です…。木になってる栗はこういう風にイガに入ってるんです…けど』
『‥‥‥‥。これはうによ!うにったらうに!天才の私がそう決めたわ!逆らえば死あるのみよっ!』
『は、はいーーーっ!』
というようなことがあって以来科学部ではこれはうになのっ!」
「あんた今すぐ退部しなさい!」
あやめちゃんに怒られながら私はうにを拾い集めました。何の材料になるのかって?いえ、何の材料にもならないんですけど…。
「! 何かいるよ!」
不意に見晴ちゃんが叫びます。薮をかき分け私たちの目の前に現れたのは…
「おおーっ美少女が3人も!チェックだチェックぅ〜!」
ナンパ男さんが現れました!
「危険よ愛!ここは私たちにまかせてあんたは下がってなさい!」
「で、でもっ」
「だ、大丈夫あやめは頑丈だから!わたしたちは後衛から暖かく見守ろうっ!」
「見晴あんたね…」
なんて言ってる間にナンパ男さんはにじり寄ってきます。
「彼氏いるっ!?電話番号教えて!」
「近寄るなっ!」
「3サイズ〜!」
ああっ、後ろに下がった私には何も…いえ、こんなときのためにこれがあるのです。
私はかごの中身をつかむと思い切り投げつけました!
「うにーーーーっ!!」
「いでででで!」
鋭いトゲに悲鳴を上げるナンパ男さん。しかし私の大活躍にもかかわらず、友達2人は白い眼で私を見ています。
「…何故、叫ぶ…?」
「だってだって、叫ばないと栗だと思われちゃうじゃない!」
「(栗だろ!)」
あやめちゃんと見晴ちゃんの心のツッコミが聞こえます。でもでも、これはうになんです。うにーーっ!
「くうっ、参ったぜ!」
ナンパ男さんはとうとう退散していきました。私ってすごいのかも…
「あー、すごいすごい」
「うんっ、ありがとう」
「と、とにかくそろそろ学校に戻ろうよ、ねっ」
見晴ちゃんに促され、私たちはかご一杯の材料とともに森を後にしたのでした。
そんな感じで私は次々と研究材料を集めていったのです。
次の物質を、また次の物質を。実験を繰り返し、私の工房も軌道に乗っていきます。
「やあ!頼みがあるんだけど、蒸留水を作ってもらえないかな」
「は、はい…いいですよ」
「ありがとう!やっぱり花を育てるには蒸留水でないとね!」
こうして2ヶ月が過ぎました。でも結局は紐緒さんの本の通りにやっているだけなのです。次のステップに進むにはどうしたらいいのかな…。
コンコン
「はぁい」
扉を開けると立っていたのはヘアバンドをした綺麗な女の子でした。
「あ、詩織ちゃん…」
「フフッ、その通り。あなたと正反対の位置にいる女ですよ。科学部の問題児、美樹原愛さん」
「‥‥‥‥‥」
詩織ちゃんは頭もスポーツも見た目もきらめき高校のトップを走っているのですが、性格はとっても悪いです。
「あなたが妙な薬品を売っていると聞いて後学のために見に来たのですが…。フフッ、このような下らないことに情熱をかけられるなど全く羨ましい限りですね。長いことこんな所にいてはレベルの低さが移ってしまいそうです、それでは失礼」
詩織ちゃんは言いたいことだけ言って背を向けました。なんか無性にムカムカしてきます…。
と、柱の影から1人の男の子が飛び出してきて詩織ちゃんへと駆け寄ります。
「し、詩織!よかったら今日の放課後一緒に」
「フフッ、なぜ私があなたなどと一緒に帰らなくてはいけないのです?友達に噂されたら恥ずかしくて表を歩けませんよ」
「‥‥‥‥‥‥」
ひどい、ひどすぎます詩織ちゃん。男の子は真っ白な灰になって呆然と詩織ちゃんを見送りました。よく見ると彼女の幼なじみの主人さんです。
「あの…、大丈夫ですか?」
「や、やあ美樹原さん…。詩織も昔はああじゃなかったんだけどなぁ…」
「そ、そうなんですか…」
「あんな性格でみんなから敬遠されてるみたいだし、幼なじみの俺としても何とかしないといけないと思うんだ」
「そ、そうですね…」
「そこでだ!美樹原さんに心が穏やかになるというか広くなるようなさわやかな薬を作ってもらいたいんだけど頼めるだろうかっ!?」
「えええっ!?」
私そんな薬知りません。でもでも、主人さんの目はとっても真剣です。断ることなんて私にはできません、ええできませんとも。
「は、はい…わかりました。時間はかかるかもしれませんけど…」
「いつでも構わないよ。それじゃよろしく!」
主人さんは手を振って去っていきました。私は今まで買った参考書を片っ端からひっくり返してみましたが、やっぱりそんな薬は載ってません。こうなったら…
「紐緒さぁぁぁん。新しい参考書を作ってください!」
「ち、ちょっと放しなさい!こっちだってそうそうコピー本なんて作ってられないわよ!」
「そこをなんとかっ!」
「ちっ、仕方ないわね…。まああなたも多少は進歩しているようだし、特別にこれをあげるわ」
紐緒さんが手渡してくれたのは銀色に輝く1枚のカードでした。
「これは…?」
「科学部極秘図書館の入館証よ。ありがたく思いなさい」
「えええっ、いいんですか?」
科学部極秘図書館。それは化学室の地下に位置し、科学部の歴史を集めた知識の宝庫。それゆえ真の科学部員と認められた者以外は入ってはいけないのです。紐緒さんは私を認めてくれたんですね…。
「い、いちいちあなたの相手なんてしてられないだけよ!そこの図書館で自分で勉強しなさい」
「はぁい」
薬品戸棚の隙間にカードを差し込みます。棚がひとりでに動き出し、地下へ続く階段が現れました。おそるおそる足を踏み入れ、降りきったそこにあったのは…埃をかぶった書物の山でした。
「いろんな本があるなぁ…」
でも私に読めそうなものはそんなにはなさそうです…。とりあえず易しそうな本を探してみます。毛生え薬の作り方…
「あっ、それより性格の良くなる本を探さなくちゃ」
しばらく探した結果『笑顔の人生論』という本を見つけました。なんでこんな所に人生論が、なんてことを科学部で考えてはいけないのです。
読んでみると案の定薬の作り方です。私は工房に戻るとタカワライタケを包丁で刻み、ウツボカズラの水と中和剤を混ぜ合わせて薬品を作り上げたのでした。本には名前が載ってないので『世界に笑顔を』という名前にすることにします。我ながらいい名前だと思います。
その時準備室の扉がノックされました。
「そろそろ完成したものができた頃だと思って…」
「は、はい。できてます」
「おおありがとう美樹原さん!これで詩織とも仲良くなれそうだ!」
主人さんは大喜びして帰っていきました。お礼に立派なかき混ぜ棒ももらいましたし、私もとってもうれしいです。
翌日、主人さんに話し掛けている詩織ちゃんを見つけました。
「家も隣同士だしたまには一緒に帰ろうと思って…」
「よっ喜んで!」
良かったですね、2人とも。
「フフフなかなかやるわね。見事な洗脳だったわ」
「きゃっ!ひ、紐緒さん。別に洗脳じゃないです…」
「その調子でしっかりやりなさい。多少は期待してあげるわよ」
「は、はい…」
とにかく極秘図書館にも入れるようになったし、私は期待に応えるべく一生懸命研究を続けました。
しかしそれもわずかな間でしかありませんでした…。
「たぁ〜る」
化学室には「TNT」と書かれたタルが並んでいます。全部紐緒さんのです。私はやることもなく、ひたすらタルを数えていました。
「たーる…」
「ええい!何をやってるのよ何を!!」
「きゃぁぁぁぁ!」
やっぱりというか紐緒さんが乱入してきます。
「タルを数える以外に何かやることがあるでしょう!」
「いす…」
「イスを数えるのも違ーーーう!」
怒ってばかりの紐緒さんに私は潤んだ目を向けます。
「だってだって、本当にやることがないんですぅ〜」
残り期間は2ヶ月。図書館の本もあらかた読んでしまいました。たいていの薬品は失敗せずに作れるようになりました。でもこの先どうしたらいいかというとどうしたらいいのやら…。
「ちっ、仕方ないわね。ならばそれ以上の本を探しなさい」
「ど、どこにあるんですか?」
「伊集院家が金にものを言わせてあつめた貴重書がこの学校のどこかにあるらしいわ。場所を知っているのは伊集院家の人間のみ。この意味がわかるわね」
「ええと、伊集院さんに聞けばいいんですね」
「聞いて教えてくれるわけがないでしょう!こっそり探るのよ。真理を探究するには時には危険も必要よ」
「そ、そうなんですか…」
そんなわけで私は廊下で伊集院さんを見つけると、こっそり後をつけました。私は存在感がないので気づかれません。
「(あっ、あそこは理事長室)」
理事長さんは留守のようです。伊集院さんはあたりを見回すと本棚の影へ姿を消しました。扉の鍵穴からそれを見た私も、そっと中に入ってそちらをのぞき込みます。
「ああっこんな所に隠し書庫!」
「おわあっ愛君!」
「あ…」
あっさり見つかってしまいました。私っておばかさんですね…
「あ、あのっ、ごめんなさいっ」
「まあ見られてしまったものは仕方ない。この伊集院家が総力を持って集めた貴重な書物の数々を見たいかね。見たいだろう。特別に見せてあげよう!ただし他言無用にお願いするよ、はーーっはっはっはっ」
「ほ、本当ですかっ!?ありがとうございます!」
でもそこにあるのは科学部の本に輪をかけて難しそうでした。易しめのを探さないと…。
『むくつけき男』、作者:外井雪之丞。筋肉増強剤の作り方みたいです。運動部に高く売れそうですね。でもあの門番さんも化学者だったんですね…。
「僕もこれから調べものなので今日のところは引き取ってくれたまえ」
「は、はいっ」
ああ、でも伊集院さんてなんて心の広い人なんでしょう。私はスキップをしながらるんたったと工房へ戻ろうとしました。
「きゃっ」
「あっ、す、すみませんっ」
その矢先からいきなり人にぶつかります。ああ、やっぱり私ってダメダメです…。しかも相手は体の弱い如月さんではありませんか。
「あああのっ、ごめんなさいっ。大丈夫ですか?」
「いえ、私もよそ見をしていましたから…ううっゲホッゲホッ!」
「き、如月さんっ!」
苦しそうにせき込む如月さん。わ、私が悪いんでしょうかっ?
「いえ、あなたのせいではありません。実は私肺病と心臓病と偏頭痛を患ってまして…」
「学校休んだ方がいいと思います…」
「医者にももう見放されているのです。ああ、あの枯れ葉が落ちたとき私の命も終わるのですね」
「そ、そんな悲しいこと言わないでくださいっ!」
どうしたらいいんでしょう。解毒剤や力の素A錠じゃ直らないでしょうし…。
「な、なにかいい薬はないんですか?」
「…お医者様が『エリキシル剤』という薬があると言っていました。どんな病気でも回復させるくらい強力な薬だと…」
「分かりました、私が作ってあげます!時間はかかるかもしれないけど必ず!」
「ありがとうございます…。でも間違えて飲んだら死んじゃうような薬は作らないでくださいね」
「まかせてください。…もし毒薬だったときは許してくださいね」
私は伊集院さんのところへ飛んで戻りました。
「愛君、今日はお引き取りをと」
「そ、それどころじゃないんですぅっ!」
「なんと人命に関わるのか。それなら好きなだけ読んでいってくれたまえ」
「ありがとうございます!」
私は書庫の本に片っ端から目を通し、ついにエリキシル剤の作り方の書かれた『奇跡の医学書』を発見しました。材料は……『中和剤(青)』『伝説の樹の木炭』『好○の秘薬』『雪○大福シェーキ』……。あああっ、とっても難しそうです。
「大丈夫かね愛君?なんなら我が伊集院家の力を貸すが」
「い、いえっ大丈夫です!…たぶん…」
それからしばらく私は東に西に飛び回りました。伝説の樹の枯れ枝を拾って木炭に変え、早乙女さんから秘薬の作り方を盗み出し、シェーキを探し……なんとか材料はそろいましたけど。
「でも本当にこれを合成できるのか自信がないです…」
「ふっ、それならこの新元素ヒモニウムを入れなさい。天才が作っただけあって成功間違いなしよ」
「ほ、本当ですか?ありがとうございますっ!」
コポコポコポ…。こうしてついにエリキシル剤は完成したのでした。どんな怪我でも病気でも直します。恋の病には効かないでしょうけど。
「如月さん!できました、エリキシル剤!」
「み、美樹原さん…」
如月さんが入院している病院で、彼女はベッドの上でやせこけていました。でもでも、もう大丈夫です。
「さ、ぐーっといってください」
「は、はい…。それでは覚悟を決めて」
コップになみなみと注がれたエリキシル剤を飲み干す如月さん。その途端みるみるうちに顔色がよくなっていきます。
「これは…私、元気になったようです」
「ほ、本当ですか!?良かった…」
「はい、とても元気になりました…。いいえ、これはッこれはパワーが溢れてくる!オプティックブラストーーー!」
「きゃあああああ!」
如月さんは眼鏡から光線を出すほどに元気になってしまいました。扉の影で紐緒さんが笑みを浮かべています…。
「フフフ、実験は成功よ!」
「紐緒さん…」
でもとにかく病気は治ったらしく、如月さんはお礼を言うと『映画見た涙』という名の綺麗な宝石をくれました。なんだか良心が痛みますけど…とにかく元気になって良かったですねっ。
さて本来の私の研究の方はというと残り期間は1ヶ月しかありません。
今までもかなりのものは作ったと思いますけど…。紐緒さんじゃたぶん満足してくれないと思います。う〜ん、なにを作ったらいいんでしょうか?
『賢者のマイクロチップ…』
『なんですか?それ』
『世の中のすべての演算を行えると言われている究極の石よ。科学部でも長年研究を続けているけどまだ完全な物はできていないわ』
『紐緒さんでも作れないんですか?』
『私は自分の研究が忙しいのよ!』
『ご、ごめんなさいっ!でもどうやって作るんでしょう…』
『世の中を構成する上位の物質を混ぜるのよ。材料は…』
…はっ!なんだかうたた寝していたようです。今のは夢?昔の夢を見ていたようです。
「(賢者のマイクロチップ…)」
そう、そうです。それを作ればいいんです。科学部が長年研究していた物を作り上げれば紐緒さんもきっと誉めてくれます。私って頭いい…
「え〜っと、どうやって作るんだっけ?」
私は記憶の糸を必死でたぐり寄せ、いろいろな本を調べました。その結果……がっくりと膝をつきました。4つの材料のうち『アロマテラピーの素』『ドンケルシクラメン』おまけに都合のいいことに『映画見た涙』も持っているのですが…。最後の『ドラゴン学ラン』はこの街のどこかに住む番長さんを倒さない限り手に入らないのです。ああっ、私にはとても無理です…。
「ダメだよあきらめちゃ!めぐは科学部員でしょ?」
「み、見晴ちゃん…」
「番長の1人や2人なんとかなるわよ」
「あやめちゃん…。ありがとう、2人とも手伝ってくれる?」
「もちろん!」
なんて、なんて素敵な友達なんでしょう。私は夕日に照らされながら熱い涙を流すのでした。私頑張って番長さんを倒します!そして賢者のマイクロチップを完成させてみせますっ!
「俺様がこの世界の番長だ」
ということで番長さんが現れました。
「あの…、恨みはないんですけど倒されてください」
「俺は女子供は相手にせん」
「そ、それじゃ困りますぅっ!」
「だらしない番長ね!自信ないんじゃないの!」
「そ、そうよっ!」
「何ィ!? フッ…面白い、そこまで言うならかかってくるがいい」
番長さんは袖龍の構えを取ります。でもでも、私は文化部らしく一応作戦を立ててきたのです。
「えいっ、時の石板!」
「うおっ!?」
時の石板とは高周波の催眠音波を発する石板でして…ええと、つまり相手を動けなくしてしまうのです。ということで番長さんは動けなくなりました。
「今よ2人とも!タコ殴りにしちゃって!」
「めぐ…。なんか性格変わってない?」
「とにかくやっつけるわよ!行くわよ見晴!」
「う、うんっ」
2人が番長さんを攻撃している間に私は超爆弾『メガフラム』を取り出します。これに火をつけまして…。
「離れて2人とも!」
「はうっ!」
「超!フェノメノンクラッーーシュ!!」
どぼずばぁぁああぁぁん
大爆発に巻き込まれる番長さん。まだまだ、ここへ一気にダウン攻撃です。
「遠心連殺拳!遠〜心連殺拳!!」
「ぐはぁぁあぁああぁぁ!!」
「超!フェノメノン」
「そこまでそこまでっ!」
「死ぬって!」
ふと気がつくと番長さんは消し炭になって横たわっていました。え、えへっ、勝ちましたねっ。
「科学部の名誉にかけて、私、頑張ります!」
「ゲームが違うぞ…」
「(この子敵に回さない方がいいかも…)」
と、とにかくそのようなことで私たちはドラゴン学ランを手に入れたのでした。あとはこれを合成するだけです!
その日狭い化学準備室にはお客さんが大勢来ていました。
「押さない押さない」
「めぐ、本当に大丈夫?」
「う、うん…。みんなが応援してくれるもの」
「頑張ってくださいね、美樹原さん」
「フフッ、まああまり期待はしてませんが…」(←戻ってるし)
いよいよ実験の開始です。腕組みをした紐緒さんが白衣を翻しました。
「さあ!やってみなさい美樹原愛。見事賢者のマイクロチップを完成させるのよ!」
「は、はいっ。頑張ります…!」
ガラス器具に材料を入れ、300度の熱でゆっくりと熱して…
モクモクモク…
…あれ?
ドカーーーーーン!!
「‥‥‥‥‥」
「あ、あのっ、えーと…」
一番近くにいた紐緒さんの顔は煤で真っ黒になっていました。しっぱい...トホホ。
「ええい!この愚民!馬鹿者痴れ物うつけ者たわけ者!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
「フフッ、おそらくそんなことだろうと思ってましたよ」
「ま、また頑張ればいいじゃない!」
もう材料ないです…。かくして賢者のマイクロチップは幻と消えたのでした。
はぁ…、今日が約束の五ヶ月目です。紐緒さんのとっても怖いおしおきが待ってるんですね…。気が重くて沈みそうです…。
「ニヤリ」
「あ、あなたは…!」
通学途中の私の目の前にふらりと殺人コアラさんが現れました!こ、この『コアラの爪』は科学部でも重要な物質とされているのです。これを持っていけばあるいは…!
「ニヤリ」
…しかしそんなことをすればこの子は死んでしまいます。果たしてそれが許されるのでしょうか?でも研究に犠牲はつきものと紐緒さんが…。
「ニヤリ」
‥‥‥‥‥‥‥。
「…見なかったことにしよう。いつか自分で作れるものね」
科学部も大事ですけど…。やっぱり私動物が大好きです。コアラさんの爪を奪うなんていけないことです。なら番長さんはいいのかって?だってあの人動物じゃないし。(コラ)
「コアラさん、いつまでも幸せにね」
「ニヤリ」
私は手を振ってコアラさんと別れました。もう覚悟も決まりました。あとは心を決めて紐緒さんの審判を待ちましょう…。
「来たわね、美樹原愛」
「あ、あのっ、私の結果は…」
紐緒さんは腕組みをしながらコホンと咳払いをしました。
「あなたの作ってきた物を見たわ。感想は…まあ、予想通りというか、こんなところかな、という感じね」
「それじゃ私の結果は…!」
希望に輝く私の顔に紐緒さんは軽くうなずきます。
「一応、合格よ。あなたにしては上出来という程度ね。もう少し頑張れば私の右腕として使ってやったけど」
「(頑張らなくて良かったと思うのは気のせいでしょうか…)」
「採点は甘くしてあるのだからいい気にならないように。まあ凡人にしては良くやったわ」
「あ、ありがとうございます…!」
「もしくじけそうになったら…その時はまた顔を出しに来なさい。私はどこかの理科室にいるわ。おばあさんになるまでね」
「…はい、頑張ります!」
…こうして、5ヶ月間の私の試験は終わったのでした。
これから何をしていこうかな、私…。もう3年生だから部活も卒業だし。
でも、ま、何とかなりますよね。今までだって何とかなってきたんだから、これからもきっと…!
入学したとたん科学部に引きずり込まれた1人の少女がいました。
少女の名は美樹原愛。内気で引っ込み思案なその性格は科学部員というマッドな仕事には不向きでした。しかし彼女は笑顔と根性で、ついには紐緒さんの試練を突破したのでした。
彼女は友人たちの手助けで、本当の自分の研究を始めます。うまくやっていけるかどうか、それは誰にもわかりません。
「ねえムク、私『動物用栄養剤』を作ってみたの」
「キャイーン!」
「ああっ待ってムク!別に実験台にするわけじゃなくてただ味見してもらおうとっ!」
今日も彼女は笑顔で頑張り続けています。
<Fin.>