※TV版の後日の話です。





 戦い終わり、平凡な日常に戻った砂沙美たち。何もかもが元どおりになり、今までと同じ日がまた続く。
 しかし変わらないものもあれば変わったものもある。ジュライヘルムから降りてきたウサギネコの魎皇鬼は、目の前でピシャリと閉められた窓にしばし呆然としていた。
「ど、どうしたの砂沙美ちゃん。一晩泊めてって言っただけじゃないか!」
「や、やだよっ!泊るなら男の子の家にしてよ!」
 いきなり怒られ途方に暮れる魎皇鬼。泊めてもらえるほど仲のいい男の子はいないし、だいたい何で急にこんなことを言われるのかわからない。
「どうしたんだよ砂沙美ちゃん。ボクいつも砂沙美ちゃんの部屋で寝てたじゃないか、なんで今さら…」
「り…リョーちゃんのばかぁぁぁっ!!」
 突如開いた窓から顔を真っ赤にした砂沙美の拳が飛び出し、直撃を受けた魎皇鬼は塀を飛び越え道路に激突する。
「きゃっ?」
 ちょうど美紗緒が遊びに来たところで降ってきた生物に一瞬跳びのくが、ピクリとも動かないのが魎皇鬼と気づくとおそるおそる近づいて声をかけた。
「あの…魎皇鬼くん、大丈夫?」
「な、なんでだよぉ砂沙美ちゃぁん…」


 何も変わらないような気がしていた、そんな春の日のお話。






友だちという名の時間






「なあ、河合のヤツなんで今日機嫌悪いんだ?」
「え、えっと…」
「美紗緒ちゃん言っちゃダメっ!」
 年がら年中元気な海の星小学校。でも今日は広人の言うとおり、砂沙美は朝から機嫌が悪い。登校途中もリョーちゃんは無神経だとか、もう信じらんないとかそんな話ばかり。本気で怒ってるわけじゃないんだろうけど、砂沙美の笑顔が大好きな美紗緒としてはちょっと悲しい。
「ねえ砂沙美ちゃん、魎皇鬼くんだって悪気があるわけじゃないんだから…」
「わかってるけどぉ〜」
「砂沙美ちゃん、何か悩みがあるなら先生にも相談してくださいねぇ〜」
「…美星先生って何かで悩んだことある?」
「う〜ん…。今悩んでますよぉ」
 なんて感じでいつものように授業が始まろうとしたその時。
「聞いてくれ砂沙美ちゃん!」
 砂沙美の手から取りだしかけた教科書が落っこちる。突然教室のドアを開けて立っていたのは魎皇鬼。しかもジュライヘルムの衣装をまとった人間タイプの姿で、息せき切ってこちらを見ている。
「り、リョーちゃんっ!?」
 何かまずい雰囲気を察知した砂沙美が止める暇もなく、とうとうと語り出す魎皇鬼。
「砂沙美ちゃん、確かにボクは君と一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たり寝る前にキスしてもらったかもしれない!しかしそれは決してやましい下心があってのことじゃない。すべては正義とジュライヘルムのため、君をサポートするため仕方のないことだったんだ!」
 しーーん。
 魎皇鬼の絶叫にクラス中の視線が砂沙美に集中する…。ムンクと化した親友に、美紗緒はもはや慰めの言葉もなかった。
「あ、あの…砂沙美ちゃん、落ち着いて…」
「リョーちゃん」
「わかってくれたのかい砂沙美ちゃん!」
「とっとと出てけーーーっ!!」
「ぐはぁ!」
 砂沙美の右コークスクリューが魎皇鬼を天空の星と変える。とたんに動き出す教室。つい先日鷲羽先生の力で元の姿に戻った映美がここぞとばかりに本領を発揮し出す。
「河合さぁん!どういうことなのか説明してもらいまぁす!」
「なんでもないなんでもないよっほんとにっ!」
「ふーん、河合さんて結構進んでたんだぁ。ね、広人」
「おれに振るな」
「人は見かけによらないね〜」
「うるる…砂沙美ちゃん不良になっちゃったんですかぁ」
「ちがうちがうちがうーーっ!」
「3組、うるさーーーいっ!!」
 砂沙美受難の一日。親友としてどうすべきか深く考え込む美紗緒の横で、教室の喧噪はしばらく続いていた。


「もうリョーちゃんなんて絶対に許さない!」
 給食の時間になってもまだ砂沙美は怒ってる。気の毒に思った美紗緒が卵焼きを1個分けてあげるが、そのくらいじゃ砂沙美の怒りは収まらない。
「り、魎皇鬼くんも今ごろは反省してるんじゃないかな」
「知らないよっ!」
「でもね砂沙美ちゃん、ずっとケンカしてるわけにもいかないんだし…」
「うう〜」
 もぐもぐと卵焼きを食べながらふくれる砂沙美。ちょっと可愛いなと思ったりする。昔の美紗緒ならおろおろするだけだったろうけど。
「ちゃんと話し合わなくちゃ、ね?」
「でも…。どんな顔して会ったらいいのかわかんないよぉ」
「うん…」
 砂沙美が困ってる。手助けしてあげなくちゃ、友達だから。美紗緒は頭をフル回転させて、家からそう遠くない大きめの公園の景色に到着する。海の星公園と呼ばれるそこには桜の木が並び、毎年美紗緒は一面のピンクの雲を楽しみにしていた。
「あ、あのね、2人でお花見に行ってみたらどうかな」
「お花見?」
「う、うん。公園の桜が咲きかけてたし…。私が魎皇鬼くんを連れてきてあげるから。桜を見ながらならお話したらいいんじゃないかなって…」
「リョーちゃんとぉ〜?」
「だ、ダメかな…」
 落ち込む美紗緒に砂沙美はあわてて手を振った。
「う、ううん、美紗緒ちゃんの言う通りだよ!うん、仲直りしよう!」
「砂沙美ちゃん…」
 安堵の息をつく美紗緒に、砂沙美は嬉しそうにペロっと舌を出した。
「えへへ。ありがと、美紗緒ちゃん。砂沙美、美紗緒ちゃんがいてくれてよかったよ」
「え…」
 その言葉に、どうしてもほころぶ口もとを隠すように下を向く。
 砂沙美の役に立てた。いつも砂沙美に助けられてばかりだった自分が砂沙美の役に。
 少し急ぎぎみに給食を片づけ、昼休みのチャイムとともに美紗緒は席を立った。
「そ、それじゃ魎皇鬼くんに話してくるね」
「うんっ、ありがと美紗緒ちゃん」
 はにかむように笑い、少し胸を高鳴らせながら美紗緒は小走りに駆け出していく。
 一人ぼっちだった自分を助けてくれた砂沙美。初めて友達になってくれた砂沙美。砂沙美がくれたものはとても返しきれるものではないけど、少しずつでも返していけたら。


 その頃もう一方の当事者は学校の裏庭で男子3人に取り囲まれていたりする。
「あのさぁ…」
「やっぱり男として許せねぇ!」
「翻訳するとうらやましいってことだね〜」
「バ、バカ!そんなんじゃないぞ」
 赤くなってる広人を押しのけ、なぜか来ている留魅耶が魎皇鬼に猛然と詰め寄った。
「絶っっっっ対に許せない!魎皇鬼!今日という今日は見損なったよ!」
「ち、ちょっと待ってよ!なんで留魅耶までいるんだ」
「うるさいっ!ペットのふりして一緒にお風呂に入るだなんて、お風呂、着替え、…ああっ」
 誰のことを考えたのか知らないが勝手に妄想始めて貧血起こす留魅耶に、うんざりした表情で途方に暮れる魎皇鬼。実のところ後ろめたいところがないわけではないのだが、女王試験の間はあくまで動物になり切ってたし。それに砂沙美は10歳だ。まだ子供だ。だから何ら問題はないっ!そう無理矢理納得してとりあえずその場から逃げ出すことにした。
「それじゃボクはちょっと用事が」
「待てよ逃げんな!河合に謝れよっ!」
「ボクは謝るようなことは何もしてないじゃないか!」
「そうだね〜。謝るってことは自分がスケベだって認めることだよね〜」
「だからそーいう問題じゃないっ!」
「大問題だ!」
 全然話が通じない。特に留魅耶からは殺気まで感じる。そこまでうらやましかったのか…?
「自分は鳥の姿で美紗緒ちゃんに頬ずりしてたくせに…」
「げっ」
「留魅耶もかぁっ!」
「意外な事実だね〜」
「ちちち違うよっ!あ、あれは美紗緒が寂しそうだったから慰めようと、その、だから、変な下心なんてないよーーっ!」
「何がないの?るーくん」
 ひ!
 とか声にならない叫びを出して留魅耶の心臓が一瞬止まる。お約束通り背後に美紗緒がきょとんとした顔で立っていた。
「よ、よお天野」
「ああああああの美紗緒っ。ボ、ボクは何も言ってないよっ!?」
「そう?それより魎皇鬼くん、砂沙美ちゃんのことなんだけど…」
 それより扱いされて地面にのの字を書く留魅耶を多少気の毒に思う一同だが、魎皇鬼としてはまともに話のできる相手は助け船だ。向き直って美紗緒に尋ねる。
「砂沙美ちゃんまだ怒ってる?」
「ううん、魎皇鬼くんと仲直りしたいって。それでね、今度の日曜日に海の星公園に一緒にお花見に行こうって…。ど、どうかな」
 魎皇鬼が断ったりしたら計画の意味がないのでちょっと不安だった美紗緒だが、いらぬ心配だったらしく魎皇鬼は大喜びで美紗緒の手を握った。
「そっかあ!もちろん行くよ、砂沙美ちゃんに絶対行くって伝えてよ」
「う、うん」
「いやあ、助かったよ美紗緒ちゃん〜」
「フーン、まあ良かったんじゃねぇ」
「偉いね天野さん〜」
「そ、そうだよ!美紗緒に感謝しろ魎皇鬼!」
「わかってるよ…」
 くすっ、と美紗緒が笑う。こうやってみんなが幸せになるお手伝いができる。魎皇鬼は砂沙美の友達だから美紗緒にとっても友達だ。ケンカは嫌だし、仲良くしてくれる方がずっといい。
 すぐに教室に戻って砂沙美に伝える。午後はずっと上機嫌だった。
「美紗緒ちゃん、一緒にかーえろ」
「う、うんっ」
 ちょっと寄り道して当の公園を見に行く。桜はまだ咲きかけで、小さなつぼみがそこここに見える。もうすぐ花が開く。今年も、来年も、それはずっと変わらない。


 その日もママの帰りは遅かったけど美紗緒は平気だ。もう大丈夫。
 一人でベッドに潜りながら、こんなこと考えちゃいけないのかもしれないけど、でもちょっとだけ、これで砂沙美ちゃんが私のことをもっと好きになってくれたらいいなと思った。

 美紗緒はまだ小学生で、やっぱりまだ少し、子供だったのかもしれない。



 美紗緒の見込み違いは次の朝早くも露呈した。
「砂沙美ちゃん、今日の宿題やってきた?」
「‥‥‥‥‥」
「砂沙美ちゃん?」
「え?あ、ごめんね、なに?」
 朝からボーっとしたり、一人でニヤニヤし出したり、かと思ったら急に考え込み始めたり、なんだか砂沙美の様子がおかしい。
 クラスのみんなはそんな砂沙美を見ながらくすくす笑ってる。自分一人取り残されたような不安を感じながら美紗緒は授業中もちらちらと砂沙美を見ていた。
「砂沙美ちゃんに美紗緒ちゃぁーん」
「は、はいっ!」
「は、はいっ…」
「んー、この天才鷲羽先生の授業を真面目に聞かないとは困った子ちゃんたち。そんなに実験台になりたいわけ?」
「絶対やだっ!」
 反射的に立ち上がって叫ぶ砂沙美と、思わずうつむく美紗緒。砂沙美のこと見てたのが鷲羽先生に気づかれたかもしれない。
 しかしクラスの皆は美紗緒など気にもしておらず、このはが嬉しそうに口火を切った。
「河合さんは日曜日のデートが心配なのよねぇ〜」
 とたんにクラスのそこここから口笛が聞こえ、砂沙美の頭から湯気が吹き出す。
「なんでこのはが知ってるのっ!?」
「悪ぃ河合!喋っちまった」
「周知の事実だしね〜」
「本当だったのねぇ!不純異性交友でぇす!」
「違うよぉーーーっ!」
 はやし立てるクラスメートたち。昨日と同じ光景が繰り返す。
 ただ砂沙美は少し照れくさそうで、美紗緒は…蒼白だった。このはの一言で血の気がさあっと引いたのが自分でもわかった。

 デート…?

 いつの間にそんな話になったんだろう?
 砂沙美と魎皇鬼は友達で、だから仲直りの役に立とうって…。デートだなんて聞いてない。小学生なんだし。
 でも、それなら、砂沙美は朝から魎皇鬼のことを考えていたのだろうか。魎皇鬼のことをずっと…。
「んふふふふー。とってもすんばらしい青春群像だわね。それじゃ砂沙美ちゃんの前途を祝して今日は自習!」
「祝されるような前途なんてないよぉー!」
 勝手なことを言って鷲羽先生は出ていってしまった。クラス中が騒いでいる。美紗緒だけ一人ぽつんと取り残された。


 いつもと変わらない教室。
 ただあちこちで噂話が立ったり、砂沙美が赤くなったりしてるだけ。
 落ち着いて考える。砂沙美は美紗緒の親友だ。もし砂沙美に好きな男の子ができたときは、応援するのが当たり前。それが親友なんだから。
「ねえ、美紗緒ちゃん」
「あ、な、なに?砂沙美ちゃん」
 砂沙美が照れくさそうに話しかけてきた。心が暗くなっていくのを感じる。
「ホントにリョーちゃんと仲直りできるかなあ…」
「で、できるよ…」
「なんだかまたケンカしちゃいそうな気がするよぉ」
「そ、そんなことないよ…たぶん…」
 どんどん声が小さくなる。砂沙美とこんな話なんてしたくない。
 ふと窓の外に動く影を見つける。魎皇鬼だ。動物形態で、校庭の木の枝からこちらを見てる。砂沙美を。砂沙美を見ているのは自分だけではないのだ。
「美紗緒ちゃん?」
「え?あ…」
 砂沙美にのぞき込まれて顔をそらす。こんなこと考えてるなんて知ったら砂沙美はどう思うだろう。
「ごめんなさい、ちょっと手洗ってくるね」
「そ、そう?」
 逃げるように美紗緒は席を離れた。今の砂沙美はミサの存在を知ってる。ミサのことを許してくれてる。でも、いくらなんでも、魎皇鬼と仲良くしないでなんて言えば呆れられるだろう。友達なんだから、砂沙美のことを応援しなくちゃ。
(友達だよ。当たり前だよ)
 あの時の砂沙美の言葉は何にも代えられない宝物だった。それは今も変わらない、だから…


 昼休みに、居場所がなくて中庭を歩きながら魎皇鬼を見つけた。このはと広人も一緒だ。見る限りではウサギ猫にしか見えない。本当にただのペットでいてくれたら、いや、そんなこと考えちゃいけないんだけど。
「やあ美紗緒ちゃん」
 魎皇鬼がこちらに気づき手を振る。彼はとってもいい人だ。いつもサミーを助けて一緒に戦ってきた。それにひきかえ美紗緒のやったことといえばミサに変身して邪魔したことだけ。
「こ、こんにちは」
「よう、天野」
「今来週のデートの打ち合わせしてたとこよ」
「ボクはいいっていってるのに…」
「何言ってんのよあたしがフォローしてあげるんだからしっかりやんなさいよ!」
「そうそう、おれとか健二もついてってやるぜ」
「君たち面白がってるだけだろ」
 砂沙美ちゃんのこと好きなの?
 聞きたいけど聞けない。美紗緒の聞くことじゃないから。彼はいつも砂沙美と一緒で、美紗緒の知らない砂沙美を知ってて…。
「美紗緒ちゃん?」
「え?」
「ええと…今、なんかニラんでなかった?」
 思わず身体が硬直する。何か言おうとして、口が石のように動かなかった。
「も、もちろんこの前のことは砂沙美ちゃんに謝るつもりだよ」
「そーよそーよ、ホント女心がわかってないんだから。ねー広人」
「だからなんでおれに振るかなぁ?」
「ご、ごめんなさい…。そんなんじゃないから…」
 聞こえるか聞こえないかくらいの声で、返事も聞かず美紗緒は身を翻して駆け去った。日は傾いていき、手は届かない。
「美紗緒ちゃん、一緒に帰ろ!」
「ごめんなさい、塾があるの…」
「美紗緒ちゃん…」
 今日は砂沙美の顔を見たくなかった。
 どんどん日は遠ざかる。


 ポロン。
 誰もいない家で、ピアノが小さな音を立てる。
 今日もママの帰りは遅い。パパも外国にいる。でもパパもママもいなくても平気だ。砂沙美がいるから平気。大丈夫。

 砂沙美がいなくなったらどうなるんだろう。

 ううん、いなくなるわけじゃない。今まで美紗緒が砂沙美を頼りにしすぎてただけ。ただ少し離れていくだけ。今までみたいに一緒に下校してくれなくなるかもしれない、休みの日に一緒に遊んでくれないかもしれない、その程度のこと。砂沙美の中で、美紗緒の占める割合が小さくなるだけ…。

 …やだ。

 でも、仕方ない。

「砂沙美ちゃんのこと応援しなくちゃ…」
 それは友達の義務。

 ポロン
 ピアノが小さな音を立てる。
”それでいいの?”

 びくん
 思わず身を震わせる。自分の中から声が聞こえる。自分の中の、もう一人の自分。

”それでいいのかしらぁ〜?”
(だめ…)
 魔法の力で生み出された悪の魔法少女。でも紛れもない自分の心の一部。美紗緒がやりたいことを、でも抑えていることを、何の躊躇もなく実行してくれる。
 ミサだったらこんなに苦しまない。悩む必要もない。

”いい子ぶりっ子な美紗緒ちゃん。なーに深刻ぶっこいちゃってんだか。
 砂沙美と魎皇鬼の仲なんて…”
「だめだってば!」
”ぶち壊しちゃえばいいのよ!!”


 電気を消して、ベッドに潜り頭から毛布をかぶる。
 できない。そんなことをすれば本当に悪い子だ。砂沙美に怒られる。
”ミサは悪い子だもーん”
 美紗緒は本当は悪い子。振り払うように、より深く毛布をかぶる。
「私は砂沙美ちゃんの友達なの…!」
”ほー、それじゃあ砂沙美が魎皇鬼とよろしくやっても構わないワケね。もうあんたのことなんて見向きもしなくなるかもね、にゃはははは。女の友情なんてそんなもんよ!”
「砂沙美ちゃんは違うわ!」
 砂沙美は違う、砂沙美は…。美紗緒のことを友達だって。
 でも友達は友達でしかない。どうしたって、それ以上にはなれない。

”砂沙美を取られちゃってもいいの…?”

 いやだ。

 取られたくない。砂沙美を、誰にも渡したくない。自分のことだけ見ていてほしい。
 我が儘で勝手。でも一人は嫌。一人は嫌。

 初めてできた友達なのに。砂沙美がいなかったら、もし砂沙美がいなくなったら。
(砂沙美ちゃん、砂沙美ちゃん、砂沙美ちゃん、砂沙美ちゃん…)
 他には何もいらないから。他の何をあげてもいいから。


”砂沙美ちゃんを取らないで…”


「ザッツ、オールライト!」




「みーさおっ!」
 日曜の朝早く、美紗緒のアパートに元気な少年の声が響く。砂沙美と魎皇鬼がくっついたら次はボクたちの番かな…などと甘いことを考えていた留魅耶の夢想は、出てきた姿に即刻打ち砕かれた。
「グンモーニーンるークーン!」
 一瞬の沈黙の後、留魅耶が3歩ほど後ずさる。
「ミ、ミサっ!?なんで?どうして!?美紗緒はどこ行ったの!」
「それはねぇ美紗緒はシャイで恋愛話は苦手だから、このわたぁしのアクティブーな行動力にすべてを任せることにしちゃったりなんかしちゃったわけよ。さあ2人の恋の応援のためレッツラゴー!」
「そんなぁー…」
 それ以上言わさずミサは留魅耶を引きずって公園へ向かった。ミサなら平気で嘘をつける。
 公園の桜はまだ八分咲き程度だが、目を楽しませるには十分だ。朝とはいえそこここに人が来ている。ピンクの花びらが舞う中を走り抜け、待ち合わせ場所へと向かう。
「なんでミサが!?」
 既に来ていた広人、このは、映美、健二が一様に驚く。健二だけは本当に驚いているのか不明だったが。やっぱりミサは歓迎されない。
「ご挨拶ちゃんねえ。親友の砂沙美ちゃんがため華麗にオンステージじゃない」
「そんな校則違反の格好で言っても信用できませぇん!」
「留魅耶!おまえ誰連れてきてんだよ!」
「別に連れてきたわけじゃ…。そっちこそその人は何だよ!」
「いや、だって勝手に…」
「はーいはいはいご静粛に」
 手を上げて騒ぎを制したのは歩く天災こと鷲羽フィッツジェラルド小林その人。
「あれよやっぱ教師として?生徒が間違いを起こさないよう付き添ってあげるべきなんであって別にただ面白そうだからってわけじゃないわよ」
「んーグレートにその通り!お子様の砂沙美には私たちのヘルプが不可欠、よっく分かってるわね鷲羽ティーチャー!」
「ちっちっち、今日は鷲羽ちゃんよ」
 この2人が揃った時点でなんとなく作戦の失敗を予想する一同だ。
「! 魎皇鬼だ」
 近づいてくる魔法の物質を感知して留魅耶が叫ぶ。とりあえず2人の待ち合わせ場所から少し離れ、めいめい桜の幹の影に隠れる。
「天野さん、邪魔だけはしないでよぉ。恋愛はあたしの方が経験者なんだからね」
「にゃーっはっは、協力協力」
 このははフンと目を魎皇鬼に戻したので、ミサのいまいましそうな視線に気づかなかった。このはと、砂沙美と魎皇鬼の仲に協力する者たちと、そして魎皇鬼に対するそれに。
 桜は静かに舞い降りる。


「寝坊だっ!」
 と、砂沙美は叫んで飛び起きたが時間まであと30分ある。昨日さんざん悩んで用意した服に着替え、早足でキッチンへ向かった。
「やあ砂沙美!グッドモーニン」
「おはよっ!2人とも起きてるなら起こしてよ〜」
「だって砂沙美ちゃん気持ちよさそうに寝てたんですもの。あら、どうしたのお目かしして?」
「え? あはは、うん、ちょっとね」
 テーブルの上の朝ご飯をかき込む砂沙美に、銀次の目がキラリと光る。
「デートだね、砂沙美」
「ぶっ!」
「やあねぇ銀ちゃん。砂沙美ちゃんはまだ小学生よ」
「はっはっはっ、それもそうか!」
「あ、あははははそうそう!それじゃちょっと遊びに行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、砂沙美ちゃん」
 汗をかきながら外へ駆け出す。デート…なんだろうか?よくわからないけど、砂沙美にとっての魎皇鬼が他の男の子たちとはなにか違うのは確かだ。
 でも気になるのは美紗緒のこと。なんだか元気がなかった。どうしたんだろう? とにかく早いところ魎皇鬼と仲直りして元通りになろうと思う砂沙美である。
 公園に到着、花の情緒も感じぬまま待ち合わせ場所へ走る。時間ぎりぎりだ。
「リョーちゃん!」
「やあ、砂沙美ちゃん」
「(うっ)」
 当然ながら魎皇鬼は人間形態だ。あらためて見ても結構かっこいい。だから余計に砂沙美は困るのだ。
「あ、あはははは。いい天気だねリョーちゃん」
「砂沙美ちゃん、ボクは最初に謝らなくちゃいけない」
 空笑いしてる砂沙美に魎皇鬼は拳を握りしめて力説する。
「砂沙美ちゃん、いくらボクに下心はなかったとはいえ一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たり寝る前にキスしたりするのは恥ずかしかったよね!それに気づかなかったのはボクの不注意だ。砂沙美ちゃんのお風呂や着替えのことは記憶から削除することに」
 バキッ!
「リョーちゃんのばかぁぁぁぁぁ!!」
「ああっなぜなんだい砂沙美ちゃん謝ってるのにーーっ!」
「アホかあいつは…」
「(なんか何もしなくても勝手にぶち壊れそうだわね…)」
 木の陰で呆れるミサ。真っ赤な顔で駆け去る砂沙美に、殴られた魎皇鬼はただ呆然と立ち尽くしている。すぐさまこのはが留魅耶の魔法を通じて声を送る。
『あんた何やってんのよ!追うの、追いなさいよ!』
「は、灰田さん!?」
『とにかく追いかけて当たり障りのない会話で雰囲気を作るのよ!』
「わ、わかったっ」
「(そうはいかんっつーの!)」
 砂沙美を追う魎皇鬼。その後から少し離れてついていくミサたち。鷲羽も走りながらノートパソコンに何か打ち込んでいる。
「待ってよ、砂沙美ちゃん!」
 魎皇鬼の声に砂沙美がじと目で振り返る、その瞬間…いきなり綺麗な女の人が魎皇鬼に抱きついてきた。
「ああっ可愛い美少年ーー!」
「でえっ!?」
「…リョーちゃん、その人誰」
「し、知らないよぉっ!」
 懸命に弁解する魎皇鬼に謎の女性が頬ずりする。
「ねえボクっ名前教えて!お姉さんとどこか行きましょう!」
「ち、ちょっと放し…」
「もうリョーちゃんなんて知らない!」
「ああっ砂沙美ちゃ〜〜ん!」
 必死で長い髪の女性を振り払ったものの、砂沙美は怒って行ってしまう。魎皇鬼の運の悪さに影で歯がみする応援チーム。
「あーんもう誰よあの浪人生っぽい雰囲気を漂わせたショタ女は!」
「気のせいか清音先生に似てるね〜」
「気のせいだろ」
 ひそひそ話が交わされるその中で。
 留魅耶だけ急に心が暗くなるのを感じた。今ミサがあの女の人に魔法を使ったように見えたのだが…見間違いだろうか?
「砂沙美ちゃん、ほら!桜、桜を見よう!」
「うー」
『もうちょっとロマンチックな一言でも言いなさいよ!』
『にょほほほほ!砂沙美なら花よりダンゴーよ』
「君たち少し黙っててよ…」
「なんか言った?リョーちゃん」
「いやなんでもっ」

 それから後はさんざんだった。
 桜を見れば毛虫が落ちてくるし、ベンチに座れば酔っぱらいに絡まれるし、タコ焼きを買えばタコが入ってないし、それはもう誰かの悪意で仕組まれているのではと思うほどろくな目に合わなかったのだ。実際そうなのだが。
「(なんでこうなるのかなぁ…)」
 砂沙美と魎皇鬼、お互い疲れた顔で並んで歩く。2人とも思いながら口に出せない。口に出せないのが問題だけど。
「どうにもうまくいかないね〜」
「にゃはははは、困ったもんね」
「困ったじゃないわよぉ」
「んー、困った困った」
 笑いながら、ミサの目は砂沙美を見ている。
 さすがに留魅耶は気づいていた。自分なら気づいても何も言わないと思っているのだろう。でも…
 邪魔する理由も今わかった。砂沙美。結局美紗緒は、砂沙美のことしか見てない。砂沙美のことだけが好きなんだ。
 今またミサが魔法を使おうとする。
 留魅耶はたまらず、とうとう拳を握りしめて叫んだ。
「いい加減にしてよ、ミサ!」

 ミサの動きが止まる。
「なんだ?どうした留魅耶」
 広人たちが振り返ると同時に留魅耶はせきを切ったように話す。
「ミサの仕業なんだろう!? さっきから起きてる変なこと全部。そんなに砂沙美を取られたくないんだ。そんなの友達のやることじゃないよ!ミサなんて…」
 キッ!
 ミサの刺すような視線が留魅耶を射抜いた。動けなくなる。一瞬後、視線をそらしたミサが肩をすくめる。
「な〜んだバレバレちゃんだったわね。ま、いいじゃないのミクロなことは」
「よかねぇよ!」
 さすがにキレて広人が叫ぶ。
「お前のせいだったのか!? 最初から邪魔する気で来たのよ!」
「そうよそうよ、信じられないわよ!」
「そういうの校則違反だと思いまぁす!」
 鷲羽も気づいていたのだろう、興味深そうに傍観している。ミサは白けたような顔で横を向いた。
 でも少しだけ美紗緒の心が留魅耶には見えた。好きな人が自分の方を向いてくれない。留魅耶も同じだ。でも違う、違うよ美紗緒。こんなこと言う資格はないかもしれないけど…。
「ミサ…」
「おい、ピクシィミサ!」
「天野さん!」
「シャラーップ!」
 ミサが怒鳴る。怒鳴った後に続けようとして、言葉が止まった。
 砂沙美が見ていた。


「…どうして、みんながここにいるの?」
「あ゛…」
 留魅耶経由で聞こえたミサの話に気を取られ、魎皇鬼は砂沙美から目を離してた。あわてて追ったが間に合わなかった。
「さ、砂沙美ちゃん!」
「なんでみんながいるの!」
「いや、落ち着けよ河合」
「リョーちゃんも知ってたんだね!?」
「え、だってその…」
「ひどいよ、みんなで砂沙美のこと見せ物にして…」
「ち、違うよ砂沙美ちゃん!」
 砂沙美の目に涙が浮かぶ。魎皇鬼と仲直りしようと思って来たのに、陰でこんなことしてたなんて。
「リョーちゃんなんて…」
 仲良くしたかったのに。だましてたなんて!
「リョーちゃんなんて大っ嫌い!」
 泣きながら砂沙美は走っていく。魎皇鬼は呆然と膝をついた。追えない。
 重苦しい空気があたりを包んだ。


(やった!ぶち壊したわ!)
 ミサは歓喜に震えていた。はずだった。これで2人の仲はおしまいだ。目論見通りだったのに。
 砂沙美は泣いてた。

”ごめんなさい…”
 心臓が痛い。ミサのもうひとつの心。美紗緒が自分を突き刺してる。
(シャラップ!)
”ごめんなさい、砂沙美ちゃん、ごめんなさい、ごめん…”
(黙りなさいよ!)
 砂沙美を傷つけた。優しくしてくれた砂沙美を、友達だって言ってくれた砂沙美を、自分の身勝手のために。
(不可抗力よ!別に傷つけようとして傷つけたわけじゃないわよ!砂沙美を取られてもいいの!?砂沙美を…)
”私が悪かったの!”
 我慢しなくちゃいけなかったんだ。砂沙美が幸せならそれでいいって。砂沙美にはいつも笑っていてほしかったのに、なのに酷いことした。大事な友だちを、最低の形で裏切った。
「おい、ピクシィミサ!」
 はっと顔を上げる。クラスメートたちが非難の目で見ている。留魅耶も痛そうに目をそらしている。
「どう責任取ってくれんのよ!」
 どうする?逃げるか?白ばっくれる?暴れる?どうしよう、美紗緒。
 どうしよう。

「‥‥‥‥‥」
 ゆっくりとバトンを握る。ミサは悪い子。悪の魔法少女。ミサにできることなんて…
「天野さぁん!」
「うるさい!」
 たじろぐ一同にバトンをつきつける。
「ハン! だいたい恋だの彼氏だの10年早いっつーの! おませなお子様ちゃんたち、おかしくってヘソで茶がボイルしちゃうわ!」
「なんですってぇ!?」
「もうやめやめ、みーんなぶち壊し! ジ・エーンド!OK!?」
 魎皇鬼がこちらを振り向く。彼はいい人だ。自分なんかよりずっと砂沙美にふさわしい、きっと。
 掲げたバトンから魔法の光が走る。
「来なさいラブラブモンスター! コーリング・ミスティーークス!!」

「ミサ!」
 叫ぶ留魅耶の横をかすめ、光線は桜の木に激突した。七色の閃光が弾け、桜がラブラブモンスターへと姿を変える。
『桜舞うですぅ〜』
「にゃーっはっは、さあラブラブモンスターお花見女!桜に浮かれるおバカさんたちをめっちゃめっちゃのぐっちゃぐっちゃにしてやんなさい!」
「おいこら、正気かミサ!」
「正気で元気、本気と書いてマジと読むよ!」
 久々に見るラブラブモンスターだが懐かしさなんて全然ない。桜の幹の真ん中に顔が出てきただけという工夫のないそれは、根をじたばたさせて道行く人を襲いはじめた。
『一緒にカラオケしましょ〜』
「おわぁぁぁ!何やこいつは!」
「いっちゃん、こわいよぅっ!」
「にゃはははは!いーわよいーわよお花見女!」
 今ごろラブラブモンスターが出てくるなんて!魎皇鬼に持ち前の使命感が戻ったが、かといって砂沙美はいない。
「ここはボクたちが食い止める!君たちは砂沙美ちゃんを探してきてくれ!」
「わ、わかったわ!」
「後は頼んだよ〜」
 このはと健二が駆けていくのをミサは黙って見送った。自分は何をしてるんだろう…。
 広人は手近にあった木の棒を手にして参戦する。魎皇鬼と留魅耶、2人の魔法使いがいるものの場所が地球では心もとない。裸魅亜の魔法で生まれたミサにかなうかどうか。
 しかしミサの前へ別の影が立ちはだかる。
「これ以上黙って見過ごせませぇん!」
「委員長!?お前も河合探しに行けよ!」
「そうそう、ユーなんてお呼びじゃないわよこの魔性ルール女!」
 腰に手を当ててにらんでるのはよりによって映美。隣では鷲羽ちゃんも不敵に微笑んでいる。
「ちっちっちっミサちゃん、あなたの考えこそ大甘の甘党ちゃん」
「先生、お願いしまぁす!」
「まかせなさい!NTシステム作動!」
「ホワーーット!?」
 頭を抱えるミサの前で、鷲羽の作り出した魔法が映美を包み、茶色を基調とした魔法少女の衣装へと変えていく!
「魔法少女ラブミィエイミーNT!校則通りに参上でぇす!」
「ガビーンニューフェイスの分際で名乗りセリフまで!」
「い、委員長…」
 口を開ける男子たちの前で、精神的に成長して衣装にも耐えるエイミーは、びしりと指を突きつけた。
「たとえ天が許しても、あなたの悪事はこの私が許しませぇん!規律と規則に従ってぇ、いかした魔法を」
 ボカーン!
「ま、魔法を…」
「何」
 口上の途中でいきなりエイミーの衣装が爆発し、元の姿に戻った映美は煙を吐いて気絶する。
「およ?」
「…鷲羽せんせぇ〜」
「わ、私のせいじゃないだわよ。あーそうそう、ドキュメント書くのにワー○パッドなんか使ったのが間違いだったわ。まったくビフったら改心するっていうから使ってやったってのに進歩のない!」
 他人のソフトに責任を押し付けキーを叩き続ける鷲羽。頼りにしたのが間違いだった。
「くっ…」
「にゃーっはっはっ!まあそんなとこでしょ。所詮あんたたちみたいなダメ子ちゃんじゃ無駄!ダメ!貧弱貧弱ーってなもんよ!」
 ミサが笑う。ラブラブモンスターを相手にできるのは、ミサと戦えるのは一人だけ。
 プリティサミーだけだ!


「はぁ…」
 とぼとぼと桜の下を歩きながら、周りを見るとあちこちにアベックの姿が目につく。よけいに沈んで砂沙美は深々とため息をついた。
「あーもう砂沙美のバカバカバカっ」
 何やってんだろ。あんなに怒らなくてもよかったかな。まあリョーちゃんも悪いんだけど、仲直りに来たはずだったのに。
 でも、だって、だってだってなんだから!
「おーーい河合さーーん」
 せっかくの緊張をそぐ間延びした声。顔を上げると健二がてふてふと走ってきた。
「な、なに?小山田くん」
「えーと、なんだったっけね」
「あ、あのね…」
「ああそうそう、ラブラブモンスターが現れて暴れてるんだよ〜」
「ふーんラブラブモンスターがねぇ〜…って、えええっ!?」
 飛び上がる砂沙美。言われてみれば遠くから騒ぎ声が聞こえる気がする。でもなんで?ミサは美紗緒で、味方になったはずなのに!
「と、とにかく行かなくちゃ!」
「そうだね〜」
「あ、でもリョーちゃんと顔合わせずらいや…」
「そうだね〜」
「小山田くん、砂沙美の代わりにプリティ健ちゃんとかやってみない?」
「あはは、それもいいけどね〜」
 無茶言ってる砂沙美に相変わらずの事態を把握してないとしか思えない調子で答える健二。でも、と言葉を続ける。
「そんなに気にしなくてもいつも通りでいいんじゃないかな〜」
「そ、そりゃ小山田くんはいつだっていつも通りだけどっ」
 でもそうかな。魎皇鬼のこと気にしすぎてたかな。恋人とかそういうのは砂沙美はまだわからないけど、それより前にリョーちゃんは大事なパートナーなのに。
 どっちにしたって今は悩んでる場合じゃない。何が起きてるにせよ行ってみないと!
「小山田くん、急ごう!」
「僕は駆けっこ苦手だから先行っててよ」
「うん、じゃあそうする!」
 言うが早いか砂沙美は土煙を上げて走っていく。後には健二が、ただのほほんと見送った。

「やめてよミサ!」
 留魅耶の声も無視される。今度は桜吹雪の洪水を起こす。
「お前河合の友達じゃなかったのかよ!」
 広人の声にミサが止まる。留魅耶と魎皇鬼、美紗緒の気持ちを知っている2人も。
「お前そんなヤツじゃないだろ! 真面目で、友だち思いで、優しいのが天野だろ!」
「うるさい!」
 ミサのバトンが火を吹き、広人の足元に穴を開ける。
 違う。
 美紗緒は本当はいい子じゃない。臆病で、独占欲が強くて、弱虫で。砂沙美のことしか考えてない。
 砂沙美、
 砂沙美、砂沙美、砂沙美、砂沙美、砂沙美!
「ミサ!」
 振り返る。砂沙美がやって来ていた。


 息をのむ。2人とも。一瞬だけミサが泣いてるように見えた。
 横ではラブラブモンスターが暴れてる。止めなくちゃ、ラブラブモンスターも、ミサも、砂沙美が止めなくちゃ!
「砂沙美ちゃん!」
 魎皇鬼が駆けてくる。慣れ親しんだ感覚。リョーちゃんとはいつも一緒だったから。姿が違ってもそれは同じ!
 魎皇鬼の手が円を描き、亜空間からバトンを取り出して砂沙美に渡す。懐かしい感覚、懐かしい言葉。
「砂沙美ちゃん、プリティサミーに変身だ!」
「うんっ!」
 バトンを振り、力をくれる魔法の呪文!

「プリティミューテーション、マジカル・リコール!」

 この世界の魔法が集まり、砂沙美を正義の魔法少女へと変えていく。上半身は和服に似たジュライヘルムの衣装。下半身はミニスカート。花の髪留めに額のタトゥー。相変わらず変なかっこだけど、今はそんな場合じゃない!
「魔法少女プリティサミー、春の陽気に参上です!」
「で、出たわね脳天気サミー!」
 どこかぼうっとしてサミーの変身を見ていたミサは、はっと気を取り直したようにバトンを構える。
「ミサ…」
「にょほほほほっ!センチってる場合じゃないわよボンクラサミー。さぁお花見女、あのおポンチちゃんをギッタンギッタンにのしちゃいなさい!」
『お団子にしてあげますぅ〜』
「サミー、気をつけて!」
「うん!リョーちゃん!」
 かけ声と共にバトルが開始される。次々と枝を伸ばすお花見女に、バトンで打ち払いながらキック、パンチ、小ボンバー。周囲にはいつの間にか花見客がギャラリーになって遠巻きに観戦する。鷲羽はデータ集めに余念なく、このは達も戻ってくる。
「もーっ、何よもう来てるじゃない!」
「間に合ったね〜」
「う〜ん、校則違反…」
 ようやく目を覚ました映美も一緒に、みんなサミーを応援する。頑張れサミー。
 留魅耶と、サミーだけがずっとミサを見ていた。
「(ミサ…)」
 ミサは本気じゃない。ラブラブモンスターもその場で騒いでただけで、本気で公園を怖そうとはしてない。今だってサミーを待っていたように。ミサは、美紗緒は。
「えーいこのままじゃラチがあかんだっちゃわいや!お花見女、ここで一発何か必殺技でもぶちかましちゃいなさい!」
『できませ〜〜ん』
「ホワイ!?ホワ〜イホワイ、ホワイの三乗!」
『そろそろ桜の季節は終わりなもので…』
「アンビリーバボーーーっ!!」
 激しく動いたせいでいつの間にやらお花見女の桜はほとんど散ってしまっていた。手を振り上げて魎皇鬼が叫ぶ。
「今だ、プリティサミー!」
「集まれ、正義の魔法!」
 プリティ空間が出現し、ピンクの魔法がサミーのバトンに集まっていく!
「プリティ・コケティッシュボンバーー!」
『サクラ散るぅぅぅ〜〜!』
 絶叫と共にラブラブモンスターは消滅し、桜の木は元の五分咲きに戻った。周囲から感嘆の声と拍手がわき起こる。
「やったねサミー!」
「おまかせ、ね」
 戦いはこうして終わり、魎皇鬼が笑顔でサミーの手を握った。サミーも元気に握り返す。もう平気、リョーちゃんは、リョーちゃんなんだから。


 はっと気づいてあたりを見回す。ミサの姿はどこにもない。
「美紗緒ちゃん…」
 サミーの変身が解け、元の河合砂沙美に戻る。魎皇鬼と仲直りできたけど嬉しさも半分。何もかもうまくいくなんてことは滅多にないのかもしれないけど。
「天野さんってサイテー」
「まーまー、人間そんなもんだわよ」
「でも許せませぇん」
「ち、違うよっ!」
 砂沙美と留魅耶が同時に叫ぶ。
「ミ、ミサはわざとやってたんだよ!砂沙美とリョーちゃんが元どおりになるにはあれが一番だったから、だからっ」
「だからミサはあえて憎まれ役になったんだ!」
「そうぉ〜?」
「そ、そうだもん!」
「そうだよっ」
 魎皇鬼以外はみんな疑わしそうに砂沙美たちを見る。砂沙美だって100%自信があるわけじゃない。美紗緒はやっぱり寂しかったんだろうし、だからって美紗緒と魎皇鬼のどっちかなんて選びようがない。みんなが完全に幸せになれる世界なんて本当はないのかもしれない。
 でもだからって何もできないわけじゃないし。砂沙美はただ美紗緒が好きで、リョーちゃんも好きで、みんなと仲良くしたいだけ。100%じゃなくても、美紗緒だってわかってくれるから。
「砂沙美、美紗緒ちゃんのところに行ってくる!」
 留魅耶は少し下を向く。今の美紗緒が求めてるのは砂沙美なんだ。悔しいけど、まだまだ時間はあるから。
「砂沙美ちゃん」
 走りだそうとする砂沙美に魎皇鬼が声をかける。
「美紗緒ちゃんに伝えてよ。無理にとは言えないけど…ボクは君とも、友達になりたいんだって」
「リョーちゃん」
 だから今できることをしよう。みんなの幸せのお手伝いを。美紗緒も一緒に、きっと大丈夫。
「うんっ!」
 元気に答えて、砂沙美は思い切りよく駆けていった。



 公園の一番片隅。桜の代わりにうっそうとした針葉樹が茂り、昼でも薄暗く人通りもない。
 美紗緒は小さいころから、どこにも行けないときに一人でここに来て泣いていた。

 今、悪の魔法少女はひどく頼りない。とぼとぼと力なく歩きながら。

 今ごろは砂沙美と魎皇鬼は仲直りしてるだろうか。
 もう自分のいるところなんてない。嫌われた。自分なんて嫌われて当たり前だし、砂沙美は魎皇鬼といた方がいいから。だからこれでいいの。これでいいの?美紗緒…。
 落ちそうになる涙を上を向いて堪える。
「あは、ピクシィミサが泣くなんて似合わないわね…。戻るわよ、美紗緒」
 ウェーブのかかった金髪がさらさらの黒髪に。レザーの衣装が普通の服に変わっていく。天野美紗緒の姿になったその女の子には、もう涙を止める力もなかった。

「…砂沙美ちゃん…」

 声に出さずに、美紗緒はずっと泣き続けた。



 どのくらい時間が経っただろうか。

「美紗緒ちゃん」

 呼吸が止まる。
 その声は確かに届いた。でも怖い、顔を上げられない。

「美紗緒ちゃん」
 もう二度と呼んでもらえないと思った。美紗緒の身体が小さく震える。どうしよう、何て言って謝ろう。
「美紗緒ちゃん…」

 目の前に砂沙美が回り込む。
 顔を見られない。言わなくちゃいけないことはいっぱいあるのに。喉の奥に空気が固まる。
「ごめん…なさい」
 胸が詰まる。ぽたぽたと涙が落ちる。泣きながら、かすれる声で美紗緒は謝った。
「ごめんなさい、砂沙美ちゃん、ごめんなさい…」
「もういいよ」
「ごめん…」
 泣きやまない。泣きやめない。待つのを諦めて、砂沙美は美紗緒の手を取る。
「行こ、美紗緒ちゃん」
「でも…」
「早く!」
 思わず顔を上げる。砂沙美の顔。砂沙美の手。引っ張られて歩き出す。後ろめたさを感じながら。
「ねぇ、美紗緒ちゃん!」
「は、はいっ」
 針葉樹を抜け、桜が見えてきたところで砂沙美が止まる。
「砂沙美は美紗緒ちゃんの親友なんだよ! 他の誰がどうなったって、親友は親友なの! もしリョーちゃんとケンカして絶交したって、美紗緒ちゃんは親友なんだから!」
「砂沙美ちゃん…」
「だから…美紗緒ちゃんが元気じゃないと砂沙美もつまんないよ!」
 俯く。そうだった、元気になるって約束したのに。砂沙美の幸せのお手伝いをして、自分も幸せにならなくちゃ意味がないのに。
 また歩き出す。太陽の光の下で、桜の花びらが舞う。
「リョーちゃんもね、美紗緒ちゃんと友だちになりたいって」
「そ、そう…」
「だから行こ!」
「…うん」
 手をつないで走り出す。100%で割り切れなくても。砂沙美が親友だって言ってくれた、それだけでも。
「…ありがとう、砂沙美ちゃん」
「うんっ!」
 ピンク色の雲が目に飛び込む。いつか散るとしても、今咲いてるのは確かだから。だから今はそれで。
 それでいいよね、ミサ…。


「みんな悩んで大きくなるのですねえ…」
 水晶玉の中ではそれぞれがそれぞれの形で美紗緒を出迎えてる。美紗緒もその中へ入っていく。
「なーに津名魅、またのぞき見?趣味悪いわよ」
「あら、そう?裸魅亜」
 魔法の国ジュライヘルムでは、女王と女王補佐の他愛ない会話が流れていた。
「馬鹿らしいわね。何が友だちなんだか」
 裸魅亜が呟く。いつまでも続くものなんてないのに。今から10年経ったら、あの子たちだってどうなってるか知れたものではないのに。
 そんな裸魅亜に津名魅は微笑む。
「でもね裸魅亜、私も若い頃は幾度か男の方とお付き合いしたこともあったけど…」
「(みーんな私が告白して振られた男だったやんけ!)」
 暗い過去の記憶も知らず、津名魅はゆっくり言葉を続ける。
「今も続いてるのは裸魅亜との友情ですもの、ねえ?」
「あーん、誰の友情だって?」
「まあまあ、裸魅亜ったら恥ずかしがっちゃって…」
 にこにこと笑う津名魅。思わず首を締めたくなるが、水晶玉の中で頑張ってでも笑おうとしている美紗緒を見て
 ま、いいか。
 珍しくそんなことを思う裸魅亜様だった。




「おっはよー!美紗緒ちゃん!」
「おはよう、砂沙美ちゃん」
 いつもの光景。でも違う光景。今も時間は流れ、季節は絶え間なく移ろっていく。だからっていちいちそんなこと気にしてられない。
「ミャァ!」
「おはよう、魎皇鬼くん」
「リョーちゃん、もうすぐジュライヘルムに帰っちゃうんだって」
「そ、そうなんだ…」
「また遊びに来るけどね」
 まだ少し心が痛む。そのことは隠せない。自分は邪魔じゃないかとも思う。その考えも消え去らない。
 でも、何とかしよう。何とかなるよ。季節が移るように、自然にどこかへ向かってるから。
「そ、それじゃ今日の帰りにまた公園に行かない?」
「あ、美紗緒ちゃんいいこと言う!」
「そうだね、散る前にもう一度見たいから」
 始業の時間が近いのに気づき、少しだけ早足になる。砂沙美の顔を見る。大事な笑顔。美紗緒の宝物。変わることもあれば、変わらないこともある。たとえ桜の季節が終わっても。
「急ごう、美紗緒ちゃん!」
「うん、砂沙美ちゃん!」


 だから今は、どうか今は…もう少しだけ、このままで。







<END>






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