制服姿で家を出る。この世界の一日は、通学路から始まるのだ。
「(たまには瑞佳誘ってこうかな…)」
 そう考えた七瀬は、方向転換して瑞佳の家へと向かった。

 静かな街並み。
 ひとが存在しない場所だ。
 途中、空き地を見つけた。周囲から忘れ去られたような、何もない空き地。
 女の子がひとりいた。
「何してんの?」
 振り返るクラスメート。
「人を待ってるんです」
 彼女はそう答えた。
「ここで別れた人です。
 ずっと不安だったんです。いつまでもこんな事していられるわけがないし、高校も大学も卒業して、社会に出てしまえばここに突っ立っている訳にはいかない。この空き地だっていつまでもあるとは限らない。
 だから救われました。この世界なら、私はずっと彼を待つことができます。永遠に待ち続けられるんです」
「そう…」
 それ以外に感想はなかった。
 七瀬はそのまま通り過ぎる。茜もまた、空き地に溶け込むように視線を戻した。


 瑞佳とは結局会えずじまい。すれ違ってしまったようだ。
 上ばきに履き替え、階段を登り教室へと着く。無限に繰り返す道程。
 扉を開ければ変わらぬ朝の光景。
「留美ちゃん聞いてよ〜。繭ちゃんが私のチーズバーガー食べちゃったんだよ」
「みゅーっみゅーっ」
「低レベルな争いすなっ」
 空いた茜の席の隣で、ひとりで座る柚木を見つけた。彼女も待ってるんだろう。
 周囲を見回したが瑞佳の姿はない。鞄を起き、あたりの生徒に尋ねてみる。
『中庭に行ったの』
 七瀬もゆっくりと中庭に向かった。焦ることはない。あくせくする必要なんてない。
 永遠なんだから…


 暖かく、ゆるやかな日差しに照らされた中庭。芝生の上で幸せそうに座る瑞佳が見える。
 周囲には8匹の猫。永遠に死なない猫。
「七瀬さん」
 こちらに気づいて顔を上げた。
「隣、いい?」
「うん、いいよ」
 ごめんね、と言いながら猫にどいてもらう。腕を上げて軽く伸び。本当に暖かい場所だ…本当に。
「ありがとう」
「何が?」
「わたしのために、ここに来てくれたんだよね」
「ま…まあ、そうなのかな」
 結局のところ自分でも分からない。瑞佳のことは口実で、本当は自分も、永遠を望んでいたのかもしれない。
「嬉しかったんだよ。ほんとだよ。ずっと大好きだったから、七瀬さんのこと…」
 間近で瞳を見つめながら、少し恥ずかしそうに俯く瑞佳。
「…留美って、呼んでいいかな」
「あほっ」
 ついそんなことを言ってしまう。
「何でさっさとそう呼ばなかったのよっ」
「あ…あはは、ほんとだね」
 嬉しそうに笑って。
 とん…、と、留美の肩に頭を乗せた。
「留美…ずっと、一緒にいようね。ずっと、ずっと一緒にいよ…」
 留美は答えずに、そっと瑞佳の手を握る。嫌でも別れることはないのだ。この世界は永遠なんだから。
 暖かい日だまり。死なない猫たち。留美に体を預けたまま、瑞佳は静かに目を閉じる。
 幸せそうな微笑み。これで良かったのかもしれない。瑞佳のいるべき世界を見つけたのかもしれない。

 でも
 これって死んでるのと何が違うんだろうね。
 何も得られない、何も変わらない、なら何のための存在なんだろうね。

 そんな疑問も、いつしか空気の中に溶けていく。瑞佳の体温を感じながら自分も眠る。
 目が覚めたときもきっと同じ光景。永遠に変わらない。永遠に、変わらない学校での日々――


 無限に続く、モラトリアムの円環
 決して終わることはなく、また終わらせることもできず
 高校生のままで、これから何をしていこうか?

















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