「はぁぅっ…。また不採用かぁっ…」
「ま、ま、1社くらいで気を落としなさんな」
今年も就職戦線は厳しいらしい。七瀬留美も四苦八苦しながら何とか行き先を探していた。これさえ終わればもはや人生に試験はない…と思いたいが、所詮世の中一寸先は闇だ。
「相沢って内定取ったってねー」
「えーっ、何であいつが取れるのよ。納得行かないっ」
「コネがあるからねぇ」
学食でこんな風に愚痴るのもあとわずか。いずれは皆それぞれの進路を選び、バラバラの方向へ進んでいく。少し寂しいけど、今さら悲しくはない。
「あ、ごめん。待ち合わせだからそろそろ行くね」
腕時計を見て、食器を片づける。途端に冷やかしの声が飛ぶ。
「なになに、男?」
「まーねっ」
「ふーん、いいわね支え相手のいる奴は」
「そーゆー奴じゃないわよっ、全っ然!」
外の日差しはまだ強い。
でもそれは昨日の日差しとも、明日の日差しとも違うのだ。
案の定奴は10分ばかり遅刻してきた。
「よっ、悪いな遅れて」
「ううんっ。今来たところだから気にしないで。久しぶりね、元気だった?」
文句のひとつも言ってやりたいところだが、自分は大人なのだと言い聞かせて度量の広いところを見せてみる。
が、当の相手は感激もせずに、まじまじと七瀬を見つめる。
「…お前、本当に七瀬か?」
「へ?」
「俺の知ってる七瀬はなぁ、10分も遅れた日には『乙女の貴重な時間を何だと思ってんのよ、うらぁぁぁっ!!』とばかりにテーブルをへし折って…」
「誰がよっっ!!」
「おー、確かに七瀬だ」
「くっ…」
馬鹿馬鹿しくなって姿勢を崩す。
「はぁっ…、あんたなんかに乙女として振る舞う方が間違いだったっ!」
「まーなっ」
ウェイトレスが歩み寄ってきて、彼はアイスコーヒーを注文した。それから積もる話を互いに交わす。彼も就職活動中で、現状は厳しいようだ。
「そういえば、おばさん元気?」
「あ?」
「恩返しするんでしょ? さっさと就職して稼がないとね」
「ああ…」
コップの中で、氷がからん、と音を立てる。
「亡くなった」
「え…」
絶句する七瀬に、浩平はぽつぽつと話し出した。死因は過労。
働いて、働いて、働いた末の戦死みたいな最後だったそうだ。
「分かってたんだよな、あれだけ仕事ばかりしてればこうなる事くらい分かってた。でも何故だか、ずっと元気でいてくれると思ってたんだ」
浩平はそんなことを言った。
「死ぬなんてこと考えもしなかった」
誰だっていつかは死ぬに決まってるのに。でも普通はそんなこと考えない。
いちいちそんなこと考えながら生きてなんていけない。
「そ…そうだったんだ。ごめん…」
「気にするな、もう1年も前だ」
「あ、あのさっ…」
衝動。
瑞佳が消えてから、ずっと七瀬を動かしてきたものの為に、言わずにはいられなかった。
「好きでやってた仕事だったのよね? だったら意味はあったんじゃないかな。会社に殺されたなら救いがないけど、自分の情熱で燃え尽きたなら、少なくとも充実はしてたんじゃないかな…」
何言ってるんだろう。会ったこともない人の死に対して。肉親を失う痛みなんて本人にしか分からないのに。
でも浩平は少し微笑んで
「サンキュ、七瀬」
…と、言ってくれた。
「また、そのうち会おうね」
「おう」
互いに手を振って、別々の方向へ歩き出す。ふと空を見上げる。初秋の抜けるような青空は、遠く遠く澄んで、胸が痛くなる。
「(猫だけじゃなくて、人も死んじゃったよ。瑞佳…)」
あの空の向こうで
今も彼女たちは、教室の中の日常を過ごしているのだろうか。
永遠に少女のままで…
目を落とす。自分の足は地面から離れることはない。この現実と戦っていくだけだ。
先のことなんて知らない。今のこの時間を、精一杯充実させるだけだ。
それだけだ…
「命みじかし、恋せよ乙女
黒髪の色 褪せぬまに
心の炎 消えぬまに
今日はふたたびこぬものを…」
誰にも聞こえないよう小さな声で口ずさみながら、七瀬留美は歩いていった。
懐かしいだけのあの頃を、ただ心の中で懐かしんで。
<END>